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そんな始まりの日









 ────年の瀬も過ぎ去った頃。

 一般に日本でお正月と言えば一月一日から三日までの三が日を指す言葉であるが、今日はその始まりの日、年が明けた新たな一年の最初の一日である。
 がやがやわいわいと賑やかに街を行き交う人々。そのほとんどの行く先は一様に冬木市の果て、円蔵山は中腹に構える柳洞寺。
 初詣、お参り。今年一年の祈願を行う為に人々はその場所を目指すのである。

 そんな中、その人の波に逆らうように新都方面へと足をゆるやかに運ぶ者が一人。厚手のジャケットを着込み、すれ違うカップルや親子連れを目を細め見やる人物。

「正月ぅ? はいはい、平和で豊かで良かったね」

 全身に入れ墨の施された復讐者の名を冠するサーヴァント・アヴェンジャー。彼のつまらなさげな呟きは雑踏に掻き消され、青い青い空には届かなかった。






そんな始まりの日/Happy New Year ?




/1


「────でさ。なんでアンタがここにいるワケ?」

「何故と問われましても。貴方が私に声をかけたからでしょう」

 どこにでもありそうなファミレス。その店内の一角で彼はぼやくようにそう漏らす。それにアヴェンジャーの目の前に座る銀の髪とくすんだ金の瞳を持つ少女、カレン・オルテンシアは事実だけを口にした。それにげんなりしながらも、アヴェンジャーはものの数分前の己が行動を振り返る。

 波に逆らい新都に到着。あーあードイツもコイツも浮かれちゃって。はいはい、平和ってのはよーござんしたねぇと思いながら時計を見上げる。まだ一時過ぎ。そういやメシ食ってねぇな、と思い立ち、じゃあその辺でオンナのコでも引っ掛けて一緒にゴハンと行きましょうかねぇヒヒヒ、と浮かれたのがやばかった。
 ああ、きっと知らず知らずこの馬鹿げた喧騒の気に中てられていたのかもしれないと彼は後々悔いた。

 で、まあここまで思い返せば大体思い当たろうものだが、何故だか彼は彼女に声をかけてしまったというワケだ。
 だがそれとて、いつものカソックあるいはハイテナイ彼女曰く戦闘服ならすぐに判別がついただろう。カソックならまだしも喧々騒々たる人ゴミの中でハイテナイでは流石に他人のフリをして足早にその場を立ち去った事であろうが。
 それはさておき。彼が彼女だと判別出来なかった事にはいくつか理由がある。まず第一に駅前のターミナル、それも今日のような日ともなれば散々語り尽くしてきたが人に溢れかえっているのである。その只中にあって、彼の美人発見レーダーが感知したのが彼女であったというだけの話。

「………………」

 胸の内に沸いたヘンな感情めいたモノを振り払って、目の前の少女を凝視する。ウエイトレスが運んできたお冷に白い指を滑らせながら揺れる氷に瞳を落とす教会に住まう聖女。その出で立ちこそが彼が彼女を彼女と気づけなかった最大の理由である。

「アンタもそんな服、持ってたんだ。いっつもアレ……なんだっけ。法衣? ばっか着てるからさ、ありがちなマンガの中の主人公みたく年中同じ服着てるのかと思ってた」

 心からの感心を彼は口にする。そう、彼の目の前に座るカレンはカソックでも戦闘服でもないごく普通の、少女が冬場に身に纏うような衣服で着飾っていたのだ。カソックを着ているのが当たり前となっていた彼の中の少女像からはこの格好は想像に難く、それ故に気がつかなかった。

「これは凛と桜さんに見繕っていただいたものです。彼女らも貴方と同じような発想に行き着いたのでしょうね。定時報告では常にカソックでしたから」

「ヴェルデ?」

「ヴェルデです」

「……ふーん。じゃあアンタが自分で買った服とかってないの? この街に来る前に買ったのとかさ」

「ありません。貴方にも以前話したとおり、私は教会の中の世界でしか生きてきませんでしたから。修道服、カソックでいることが当たり前であり、それに疑問を持った事もありませんでしたし」

 そりゃあ難儀な事だ、と彼は呟いてお冷を煽った。
 狭窄な世界。教会、修道院という狭い世界でしか生きてこなかった彼女にとっては着飾るという概念すらなかったのかもしれない。
 外からの情報が一切ない世界での生活。その生活はその世界の常識だけで括られ、その中だけで完結している。それ故にその在り方に疑問を持つ事がない。それはある種の支配と同じだ。
 だが彼にそれに異議を唱える資格はないし、唱える気もない。何を信じ、何を真実とするか。それは人それぞれであり、価値観の押し付けなど余りにもくだらないコトであると知っているから。
 何より、目の前の少女がそれを幸福と捉えている以上、わざわざ不幸に引き摺り込むコトなど出来ようか。……それに、今の格好を見れば判ることだ。

 程なくして適当に注文していたメニューをウエイトレスが彼らの座るテーブルへと運んできた。アヴェンジャーの前には小腹を埋める為のサンドイッチとコーヒー。カレンの前には見るからに甘そうなケーキと紅茶。

「頼んでから言うことじゃねえが……季節感の欠片もねえな」

「そうですね。日本ではオセチというものを食すそうですが、この店ではそれも叶わないでしょう。……そうね、いっそこと……」

 そのぽつりと漏らされた呟きに否応なく身体がぶるりと震え上がる。あれはまーたなんか人の不幸を見つけたって顔だ、と口には出さず顔を顰めた。

「それで、貴方は何故私に声をかけたのですか?」

「あ?」

 齧り付いていたサンドイッチを口に放り込んで咀嚼する。ついでにカレンの言葉も一緒に咀嚼して、あ、飲んじまった。

「リピート」

「ですから、私に声をかけた理由です。こうしてお昼をご馳走になっていますが……なにか話でも?」

「あー………そういうこと。今更っちゃあ今更だなあ……」

 ナンパもされたことねえのかなあ、黙ってりゃ結構な美人なのに……ああ、でもシスターをナンパしようなんて輩はきっとロクでもねえヤツだろうなあ、と何とはなしに心の奥で呟いた。
 だが彼にとってはたまたま目に留まったのが彼女だっただけであり、彼女でなかろうと適当に捕まえた女の子と適当にダベって街に繰り出すのも悪くないかなあとぼんやりと考えていただけ。

「そう……女性なら誰でも良かったのね、この女誑し」

「ゲッ、なんでココロを見透かしてんだよ。ついでに言えば判ってて聞いてくるなんざタチがわりぃ」

「ですが事実なのでしょう? さあ、懺悔なさい。一体その毒牙で何人の女性を手にかけたのです」

 テーブルの上に置かれたケーキにフォークを脳天を撃ち抜くようにぐさりと突き刺し、掬うように口元へと運ぶ。過度に甘いか辛いものでなければ味を感じ取れなくなっているその口で、甘ったるいケーキを味わう素振りすら見せず飲み込む。
 その様をじぃっと見つめていたアヴェンジャーは「ははあ、な〜るほど」と一人頷いてニヤニヤしながら口を開いた。

「アンタさ、もしかして嫉妬してる?」

 ぴたりと。カレンのフォークが空中で停止した。





/2


「はあ…………」

 意識などせずとも、当たり前のようにその溜め息は零れていた。こんな溜め息をつくのは一体何回目だろう。この街に来てからその回数は飛躍的に上昇したように思える。
 もう一度息を吐いて、高い空を見上げた。白い吐息は吸い込まれるように青い青い空へと昇り、ほどなくして消え散った。

 ゆるやかに歩みは再開され、人の流れに逆らうように彼女は一人道を行く。彼女の耳には周りの祭囃子のように賑やかな声も届かない。あるのは自分の不甲斐なさを呪う怨嗟の声と身体を覆う倦怠感だけである。

「新年であるというのに……未だ職に就けていないなんて……なんて体たらく」

 手の中には何枚書いたかすら定かではない履歴書。何枚撮ったかなどとうに忘れた証明写真。脳裏を掠めるのは山のように積みあがった不採用通知。
 門前払いは当たり前。雇ってもらっても以って三日。いかに自分の社会への適応能力が欠落しているかをまざまざと見せ付けられた二ヶ月間だった。

「それでも……」

 足を止め、ショーウインドウに映る己の顔を見つめる。元より不安に駆られやすい性格であるのは自覚していたけれど、こんな悲壮感に濡れた顔をしていては、受かる面接も受かるまい。
 ほう、と息を吐いて冷え切っていた掌に温もりを。だがその温かさすらもすぐに零れ落ちて。掬えない。

「日本の冬は……寒いですね…………本当に」







 カレンがなんかこっちをじぃっと見つめてる。いや、こっちを見てるけど焦点があってないみたいだから見つめてるとは言えないか。
 片手に持ったフォークを空中に停止させたまま、ぴくりとも動かない。あ、刺さってるケーキが落ちそう。石化の魔眼なんて高尚なモノは持ってないんだけどなぁ、と彼は思う。

「んん、あー……なんだ。そういう反応はすっごく困るんですけど?」

「……………………、ええ。すみませんでした」

 立ち直ったのか、かちゃりとフォークを戻し、姿勢を正した。

「で? で? でぇ? アンタまじで嫉妬してたの?」

「さあ、よくわかりません」

「は?」

「この感情が嫉妬と呼べるものがどうかわかりませんでしたから。先ほどは胸に沸いたこの感情が理解できなくて、その、少し考えてしまいました」

「………………」

 カレンの在り方は在るがままを受け入れる、と言っても過言ではない。その人生も己から主張したものなどほとんどなく、流されるままに生きてきた。その過程で相手から求められる事はあっても、おそらく、自分から求めた事などないのだろう。何もしないように生きてきたのだから、それも無理なき事だと言える。
 だからその感情に気づけない。胸の内に沸いた、微かな独占欲。

「アンタさ、いつかオレに言ったよな。オレは我慢できる人だって」

「ええ。それが何か?」

「いや、アンタも大概だなって思っただけ。でもさ、在りのままを受け入れる人生なんざ楽しくねぇよ。もっとジコシュチョーしたら。言い換えるなら素直になるって感じ? そんなに捻くれてるとさ、いい男みんな逃げてくぞ」

「貴方にだけは言われたくないわ。捻じ曲がりすぎてもう戻らないくせに」

「いやいや、まったくごもっとも」

 喉を鳴らして笑う。その少し、拗ねたような表情が妙に愛しく見えて。

「────ま、安心していい。オレ、アンタにぞっこんラブだから」

「……どの口が言うのかしら、この駄犬。飼い主にいつもその汚い尻尾を振ってるの、知らないとでも思って」

「マジマジ、本気と書いてマジだって。もしアンタのおとーさんが生きてたらさぁー、オレ間違いなくご挨拶に伺ってこう言うね。
 『お嬢さんをボクにください』って。そりゃもーこの上なく大爆笑しながら」

「…………………………」

「いやいや、似合わないから。ぽっ、て効果音をつけて頬を朱に染めるなんて少女みたいな反応はアンタの対極にあるモンだから。ここは笑うところでしょ」

 そうさ。しみったれた話はもう終わりだ。ほら、外の世界を見てみろよ。ドイツもコイツも同じような顔して道を歩いてる。
 繰り返される日常。廻り続ける日々。その終わりなき時がぐるりと一周しただけで人はあれほどまでに笑えるんだ。
 だから今日くらい、何もかも忘れて笑っても────

「……────あ?」

 行き交う人々。晴れ着を着た親子連れに見惚れていたアヴェンジャーの瞳がその影にいる人物に固定された。

「……何してんだ、アレ」

 頭を抱える。彼がその前に見たのはトボトボと俯いたまま一人暗い影を背負って歩く、スーツ姿のお姉さま。見慣れた鳶色の髪と耳に飾られた銀のピアス。紛う事無きアヴェンジャーがマスター、バゼット・フラガ・マクレミッツその人である。
 アヴェンジャーは項垂れた頭を上げ、ガシガシと髪を掻く。見上げた時計がもう間もなく三時を告げようとしていた。

「おいカレン。アンタ、この後の予定は?」

「教会でミサを執り行うつもりですが。そうね、そろそろその準備に取り掛からないといけないわ」

「ああ、じゃあ丁度いい。お茶会はここまでってことで。ここはオレが払っとくから、じゃあ──」

「そう、あの女の所へ行くのね」

 席を立ったアヴェンジャーに睨むような視線が少女から注がれた。何かを訴えるような、何かを欲するかのような眼差し。

「そうそう、ジコシュチョーってのはそんな感じだ。
 あー、いやそうじゃなくて。なんだ、ほら。オレはアンタも言うように犬だからさ。飼い主のあんな顔見せられちゃあ、ほっとけないっしょ」

「好きにすればいいわ。私は何も言ってないもの」

「へいへい。
 ああ、それと。犬が飼い主に抱く愛情と同類に抱く愛情は別モンだ。特にオレは、アンタのその拗ねた表情が一番好きなんだ」

 それだけを告げて、アヴェンジャーはカレンに背を向けた。
 窓の外には若干遠くなったけど、まだ愛しのマスターの姿が目視できる。走れば充分間に合う距離だ。この時間ならまあ大丈夫だろう。悪魔がお参りなんざバカげてると自分でも思うけど、こんだけ世界はハッピーなんだ。バカやるのも偶にはいい。
 いつか言った言葉がある。遠くの誰かを救いに行くのなら、笑いながら行けと。救うなんて大それたことを言うつもりはさらさらないけど、だからオレはバカ笑いしながらあの背中に追いつこう。

 ────さあ、笑おう。
     青い青い空は、扉のすぐ向こうに広がっているのだから。







 向かいの席に座っていた誰かは既になく。残された少女の瞳が見つめるのは食べかけのケーキと口をつけていない紅茶。
 ふと、視線を上げる。ガラス一枚隔てた向こうでは、誰かが笑っていた。

「……そうね。貴方の言うとおりよ」

 誰にでもなくそう呟いて。
 かちゃり、と澄んだ赤色をした紅茶のカップを手に取り少しだけ口をつける。とっくに冷めてしまった液体が喉を通って、一気に身体中に沁みていく。

「冷たい……」

 そうして彼女も席を立つ。
 向かう先には彼の通った扉がある。彼は笑えと言った。心に素直になれと言った。なら、その通りにしてみせよう。この胸に沸いた昏い感情に正直に従おう。夢見るものは彼の悲劇。最低二股野郎にこの嗜虐心をぶつけてやろう。

 ────扉を抜ける時の彼女は、確かに笑っていた。









後書きと解説

新年一発目。一度はやってみたかった時事ネタ。
……どこが時事ネタ? 何、この不思議時空とか言わないように!

普通の参拝風景なんざ誰かがやるだろうと思って斜め上を狙った短編。
や、ちょっぴり人気投票のネタを借りちゃったりしてますが。

結局アベさん、アンタはどっちなのよ、と問いたかっただけ。
その個人的な答えがアベさんの最後の台詞ってことで。
ああ、拗ねた顔が好きなのはアベさんじゃなくて私です。



2007/01/01



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