お嬢様、来日-前編 フィンランドの名門、エーデルフェルト家の若き当主、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトですわ。 ……誰に説明しているのかわかりませんが私、名乗らないのは信条に反しますので。 ────そう。彼女の名はルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト。 淡くオレンジ色の混じる金糸の髪。時代錯誤の縦ロール。 見る者を惹きつけるワインレッドの瞳。 見目鮮やかなブルーのドレスを身に纏い、今日も今日とてバックドロップ。 ……もとい、魔術の研究に明け暮れていた。 この物語の始まりは長期休暇の少し前。 今年も実家のあるフィンランドに帰郷しようと思っていたそんな頃。 執事である衛宮士郎に話しかけたのが始まりだ。 お嬢様、来日-前編/a sapphire I
/1 -倫敦 エーデルフェルト邸- 研究の合間の優雅な一時。 テラスにてアフタヌーン・ティーを楽しむルヴィアゼリッタ嬢。 太陽さえ眩む金の髪とその佇まい。 それはさながら、美しい一枚の絵画のよう。 「シェロ。貴方は休暇はどう過ごされますの?」 用意されたカップに口をつけ、ふと気になったことを己の従者に問う。 そう、これが始まり。 「はい、お嬢様。私は師である遠坂と共に、帰郷する予定です」 「……シェロ。何度言ったらわかりますの? 二人の時は敬語は止めなさいと言った筈ですわ」 「しかしお嬢様。私は今、執事として貴女にお仕えして………わかった、わかったから。 ガンドを撃とうとするんじゃないっ」 ほう、と一つ溜め息をつく。 「で、休みの予定だっけ? 遠坂と一緒に日本へ帰るよ。 遠坂は研究に何か必要なモノがあるらしいし、俺もたまには帰って家の掃除しないと。 ルヴィアは?」 「私も実家のあるフィンランドに帰国予定ですわ」 「ふ〜ん。あ、そうだ。ルヴィアも一緒に行かないか?」 「は?」 「いや、だからさ。俺達と一緒に日本へ行かないかって」 「シェロ。それは私が日本人が嫌いな事を知っていて、なおそんな事を仰っているのかしら?」 「でもルヴィアは俺と普通に接してるじゃないか。遠坂とは………まあ、うん。 昔何があったか知らないけど、見てもいないものを毛嫌いするのは良くないと思うぞ」 『地上でもっとも優美なハイエナ』と恐れられたエーデルフェルトが辛酸を舐めさせられた地、日本。 そのせいかエーデルフェルトの者は日本人、とりわけ遠坂の家系の者を毛嫌いしていた。 それがどういうワケか、にっくき遠坂の現当主と同じ学科に席を置き、あまつさえ主席争いまで演じる事となったルヴィアゼリッタ。 そこまでならまだいい。今でこそ均衡を保っているが、いつかは必ずどちらが上かを思い知らせてやるだけなのだから。 しかし彼女は出会ってしまった───衛宮士郎に。 「そ、そうですわね。これも何かの神託かもしれません。 ですが勘違いなさらないでよ。 私が日本へ行くのは……そう、冬木にあるエーデルフェルトの別荘の様子を見に行くのです。 そのついでにミス・トオサカにも挨拶をするだけですから」 「ああ、それで構わないさ。 きっと日本を好きになってもらえる様に、俺も頑張る」 ────こうして、ルヴィアゼリッタは士郎、凛と共に日本へと向かうのであった。 /2 -日本 冬木市- 「まっさかアンタが日本の地を踏むとはね。 どういう風の吹き回しかしら? レディ・ルヴィアゼリッタ」 「簡単な事ですわ、ミス・トオサカ。 私、自分の目で見たもの以外は信用できませんの。 いかに祖先が苦汁を舐めさせられたとはいえ既に半世紀も前の事。 そろそろ見解を改めても良い時期でしょう? これも何かの縁、そう、西南西から新しい風が吹いたのです。 それに────────」 ──────ここはシェロの国ですもの。 「それに? 何なのかしら?」 「いえ、何でもありませんわ」 おほほほほほ、と微笑みあう青と赤のあくま。 空港から降り立って、すぐこのギチギチ感。 毎度の事だが、間に挟まれてる俺のこともちょーっとは考えて欲しいなー、お嬢様方。 「何? その顔は、衛宮くん」 「何ですの? その顔は、ミスタ・エミヤ」 「いえいえ。何でもございませんよ、フロイライン。 それよりさ、これからどうするんだ?」 危ない危ない。まだまだ顔に出るクセは治ってないみたいだ。 うーん、執事のバイトし始めてから大分マシになったと思ったんだけど。 ……この二人が鋭すぎるんだ、うん。そういうことにしておこう。 「とりあえず、この荷物をなんとかしたいわね。 衛宮くんの家に行きましょう。 ルヴィア、アンタ、ホテルとか取ってあるの?」 「? 何を仰ってますの、ミス・トオサカ。 シェロの家に泊めて頂くに決まっているでしょう」 「はぁ!? 何言ってんの、アンタ! 誰がそんなこと許可───………ってまさか」 アハハハハ、乾いた笑みが止まらない。 とりあえず、視線だけでも逸らしておこうか。 「ちょっと、衛宮くん? どういうことか説明してもらえるかしら?」 怖いっ恐いってば。青筋立てて魔力を立ち昇らせないでくれ─────! 「私が頼んだら二つ返事で了承してくださいましてよ?」 ふふ、と微笑むお嬢様。 いや、だってさ───── 『そういえばルヴィア。日本に来たらその別荘ってトコに泊まるのか?』 『数十年使っていない別荘に、僅かとはいえ滞在するのは難しいですわ。 協会に委譲してあるとはいえ、それほど管理の手も入っていないでしょうし。 今回は様子を見に行くだけですから。 そうですわね、ホテルでも貸切────………シェロ?』 『なんだ?』 『シェロの家に泊めてくださいませんこと?』 『俺の家? そりゃ構わないけど………あ、でも遠坂がなんて言うか』 『あら、ミスタ・エミヤ。 右も左もわからないレディを異郷の土地に放り出しますの? それに今回の日本訪問は貴方の提案でしてよ? なれば最後まで責任を持って頂きたいですわ』 『え? あ、うん。そう……だな。 うん、部屋はいっぱいあるから泊まるといい。ルヴィアには手狭かもしれないけど』 『いえ、構いませんわ。シェロの家ですもの。 それにシェロの家は日本文化の一つ、武家屋敷でしたわよね? ええ、それなら存分に楽しめそうですわ』 ─────って言われちゃ断るに断れないし。 本当に楽しそうだったし。俺は別に構わないし。 「いや、ほら。な、遠坂。 せっかく日本に来たんだから日本の文化を知ってもらった方がいいだろ? それなら俺の家は持って来いじゃないか」 そうそう。何と言っても武家屋敷。 遠坂の家は洋館だし、ホテルも旅館でもなければ洋室がメインだしな。 うん、そう、きっとそうだ。我が家が武家屋敷なのは今日この時の為なのだ。 フィンランドのご令嬢に日本を知ってもらう先駆けとなれるのならば、我が家も本望だろう。 「そういうわけでよろしくお願いしますわ、シェロ。 リン。いつまでもネチネチとしつこいのは貴方の悪い癖でしてよ?」 未だブツブツと呟く遠坂を宥め、とりあえず衛宮邸へ向かおう。 バス……はご令嬢であるルヴィアを乗せるのは気が引けるし、ここはタクシーにしよう。 /3 -深山町 衛宮邸前- タクシーに揺られる事数十分。 ようやく懐かしの我が家に到着。 邸内は雷画爺さんと桜に管理を任せてあったから、かつてと殆ど変わりはなかった。 強いて言えば、桜の私物っぽいものが増えてるような気がしたくらいだ。 荷物を置き、お茶を淹れ一息つく。 とりあえずのんびりするのかと思いきや。 「士郎、わたし一旦家に戻るわ。 先に戻って準備するから、後でルヴィアと一緒に来て」 「準備って何の?」 「余所の魔術師を迎え入れる準備よ。 僅かな期間とはいえ、私の管理地に滞在するんだもの。 それ相応のもてなしくらいしないとね」 「ここじゃダメなのか?」 「ダーメ。こっちにも体裁ってもんがあるんだから。 わかった? 一時間くらいしたら必ず来るのよ」 言ってパタパタと玄関へ走り去ってしまった。 「……管理者ってのは大変なんだな」 「当然ですわ。他の魔術師の管理地に踏み入ることはそれだけで重大な事でしてよ。 その魔術師が何かコトを起こせば責任は管理者にまで及びますし。 移り住む事にでもなったら、まず挨拶に行って工房建設の許可も必要になりますし、それ相応の対価を要求されても不思議ではありません。 たしかシェロはモグリの魔術師でしたわよね。 管理者がリンでなければ、土地ごと接収、さらに魔術協会に出頭させられていても可笑しくないのでしてよ?」 「…………アハハハ、ハハ」 /4 -深山町 遠坂邸- ……何故か俺まで同席させられ、二人の長いなが〜い挨拶を延々と聞かされていた今日この頃。 二人はこれまた美しくも回りくどいやり取りを繰り返すものだから、聞いているこっちとしては気が気じゃない。 要約すると、 『わたしの管理地で問題起こすんじゃないわよ、ルヴィア』 『あら。誰にものを言っているのかしら、ミス・トオサカ。 この私が問題を起こすなんて事、ある筈がないではありませんか』 『ふん、どうだか。 アンタのせいで時計塔でのわたしの評判ガタ落ちなの、もうお忘れかしら?』 『くっ………それは貴方も一枚噛んでいるでしょう!? ええ、ええ。貴方に悪気がないのは承知しておりますわ。 そう、貴方などに私の改心の作を託したのがそもそもの間違い。 どこをどう間違ったら手を取り合ってロンドン塔からダイブしなければなりませんの!? そのせいで七月のメアリなどという不名誉なあだ名を………! 忌々しい……時間を遡ってでもやり直したい過去の過ちですわ。 あ、ですが貴方も同罪ですわよ。七月のポピンズというあだ名を受けたのですから』 『おほほほほほ………ふん!』 『おほほほほほ………ふん!』 という風にいい感じで論点がずれまくった挨拶がようやく終わったので、ここは執事らしくお茶の一杯でも取り成して二人に落ち着いて頂きましょう。 ◇ それにしてもチンケな邸宅ですこと。 まあ、ミス・トオサカの器量にはこの狭くて小さな家が丁度良い大きさかもしれませんけど。 そんなどうでもいい事より、シェロの淹れてくれたコーヒーを冷める前に頂きましょう。 ……いつ飲んでも美味しいですわね。 全く、何で彼がこんな野蛮で粗暴で卑劣な女の従者をやっているのかしら。 理解できませんわ。 ま、それもいいでしょう。 私は地上で最も優美なハイエナと恐れられたエーデルフェルト家の現当主。 主席の座も、シェロもきっちり頂いてどちらが上か思い知らせてあげますから。 「ちょっと、ルヴィア? 聞いている?」 「何ですの、リン。お茶の最中に」 「何もどれもないわよ。聞いてた? 私の話」 「いえ」 「〜〜〜〜こんのアマッ。 ま、まあいいわ。もう一回だけ言うから、ちゃんと聞いてなさいよ」 仕方ありませんわね。 カチャリと飲み終えたコーヒーカップを置き耳を傾ける。 「アンタに見て欲しいものがあるのよ」 「……それは魔術品ですの?」 「もちろん。 アンタにウチの調度品見せてもどうせ鼻で笑われるだけだし」 そうですわね。 このチンケな家のチンケなアンティークを見せられた所で何も驚きませんわ。 ですが……。 「リン。他の魔術師に自分の成果を明かすと言うの?」 本来、魔術師の研究成果とは次代へそれを継がせる時のみ明かすもの。 弟子でもなく、他人の私にそれを見せるということ。 それがどういう事かわからない女でもないでしょうに。 「厳密には私の研究成果じゃないわ。 遠坂の家系の祖、大師父が遺した物、って言えばアンタでも判るでしょう?」 「───────ッッ!!」 宝石の翁、万華鏡、魔導元帥、幾つもの通り名を持つ第二魔法の体現者! キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグの遺した物!? それは根源へと繋がる確かな道! それを、私に明かすと云うのですか!? 震える手を抑え、冷静に切り出す。 「どういう風の吹き回しかしら。 それは貴女の研究成果より、よっぽど明かしてはならないものではないの?」 「ええ、そうね。 だけどわたし一人じゃどうやっても届きそうにないの。 そこで貴女の登場よ。わたしと同等の才能を持つ魔術師。 まさかそんな稀有な存在に出会えるなんて夢にも思ってなかったわ。 後はもうわかるでしょ? 一人では届かなくとも、二人なら───」 自然、喉が鳴る。 一から魔法を目指す事はとんでもなく遠く、険しい道のり。 だけど大師父、魔法使い本人から直々に出された宿題……それは近道以外の何物でもない。 試行錯誤、手探りで探すべき道を事前に用意され、後はそれを解く才能と能力さえあればいい。 それが、目の前に…………。 「それは私と貴女で共同研究を行い、根源を目指す、と受け取ってよろしいのかしら」 「ええ、わたしは貴女の能力を高く買ってる。 自分と同じくらいにね」 「──────っ」 まさかこの女がそんな事を云うとは……。 いえ、しかしまだ何か裏があるのかもしれません。 これは私の今後を左右する重要な選択。 安易に決めれば取り返しのつかない事になりかねませんわ。 「それは願ってもない申し出ですけど。 私が裏切ることは考えていませんの? 共同研究を行い、その成果だけ持ち逃げする、と。 世の魔術師が弟子や家系以外の者と研究を行わないのは他の魔術師を信用できないからですわ。 魔術師とは利己的で保身を第一に考える存在。 そんな魔術師を、貴女は信用するといいますの?」 それにふふ、と微笑むリン。 な、なんですの? 「その答えだけで十分じゃない」 「え?」 「本当に利己的で保身第一に考える人間はそんな事言わないわ。 それを言うのは全てが終わった後よ」 「……………リン」 「それにね、アンタとはそんなに短い付き合いでもないんだし。 アンタがどんな人間で魔術師なのかくらい、判ってるつもりよ」 そこまで……私の事を…………。 私……愚かですわ。ここまで信用してくれる相手を疑うなど……。 ええ、リン。ならばその信頼、答えてみせましょう。 「で、どうするの? YES? NO?」 「決まっていますわ。私の答えは─────」 後書きと解説 突然書きたくなった短編。ルヴィアメイン? のお話。 あれ、何この女の友情編。 とりあえず長くなりそうなんで後編へ続きます。 あ、ルヴィアの「私」は面倒で最初しかルビってませんが、ワタクシとお読み下さい。 web拍手・感想などあればコチラからお願いします back |