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アインツベルン・シンドローム-No.1









 一体何を思ったのか、それはきっと誰にもわからない。
 ただはしゃぎたかっただけなのか、何か予感みたいなものでも感じてしまったのか。
 いつもと同じようにイリヤが衛宮邸へと訪れた時、唐突にこう言ったのだ。

「ねぇ、シロウ。みんなでパーティしない?」

 それは本当に突然だった。
 その日は休日でもなければ、クリスマスでも大晦日でも元旦でもない、ましてや誰かの誕生日でもない普通の日。もちろん近々そんな祝日は一切無い。バイトに疲れ、胡乱な頭で今日という日の終わりをゆっくりと待っている時間に、イリヤがそう言ったのだ。

「ん〜、皆って……この家にいるみんなの事か?」

 この家だけでも結構な人数が未だ滞在している。
 俺にとってみれば、もう皆家族みたいなものだからとりわけ何かを思うことはない。

「そうね。それでもいいけど、どうせならもっと大勢でやりたいわ。
 聖杯戦争もとっくに終わっちゃったけど、それの打ち上げっていうのはどう?」

 どうって言われても………。
 そもそも殺し合いの打ち上げなんて人類史上初なんじゃなかろうか。

「それはつまり……聖杯戦争に関わった全員でパーティをするって事か?」

 考えるだけでおぞましいと思うのは俺だけではないだろう。
 そんな素敵メンツが一同に会することがあれば、揉め事の一つや二つ、いや二十や三十はまるで必然のように起きる事は想像に易い。

「そもそもそんな大人数が入れる場所なんてないぞ?
 うちが幾ら広いったってこの居間に全員は入れないと思うし」

 それに小悪魔的な笑みでイリヤが答える。

「ふふん。シロウ、忘れちゃったの? わたしの家がどこか」

 あー………。アインツベルン城か。
 確かにあそこなら広さ的には俺の家なんかと比べるべくもないし、部屋数も腐るほどあるだろう。
 だけどイリヤ。本当にそんなことするのか?

「お兄ちゃんはイヤ?」

 胡坐をかいていた俺の膝の上にもふっと座り、上目遣いで懇願するように見つめてくる我が妹にして姉。イリヤ………それ、反則。イエローカード。

「いや………ってわけじゃないけど……。きっと収拾がつかなくなるぞ。
 ガンのくれあいから、場外乱闘に発展しそうなヤツらばっかだし」

 主に赤いのとか青いのとか金色のとか。あの辺はとにかくヤバイ。何がヤバイって目があった瞬間に殺し合いしそうなんだもん、アイツら。アイツらは港でヒャッホー、とかフィィィィッシュ!とか言ってるのがこの町にとって最も平和な事だろうと常々思う。魚には申し訳ないが。

「大丈夫。その辺はちゃんと考えてあるから。
 主催者なんだから他のお客様に迷惑をかける輩には、それなりの対応を取らせてもらうわ」

 ああ、何だろう。この遠坂を髣髴とさせる黒い笑みは。
 何かよからぬ事を企んでいるような、それでいてそのツケが全て俺に回ってきそうな確かな予感。とうとう俺にも心眼(真)のスキルが? とか言う冗談は置いといて。
 お兄ちゃんはそんな顔で笑うイリヤの将来が今からとっても心配ですよ?

「じゃ、決まりね! お城もちょっと改修しないといけないから、追って皆に招待状を送るわ。
 じゃあまたね、シロウ!」

 元気に走り去っていく冬の少女に手を振り返す。
 ま、あんなに嬉しそうなイリヤを見るのは久しぶりだし、たまにはこういうのもいいかな。確かに皆が一同に集まる機会ってのもそうそうあるもんじゃないし。きっといつものように俺に後始末のお役が回ってきそうだけどそれはソレ。これはコレ。兄として可愛い妹君の為に一肌脱ぐとしますか!





 …………と、意気込んだまでは良かったものの、現実はそんなに甘くは無い。と思い知らされるまでにはそれほど時間を要しなかった。
 ああ、なんでだろうな。なんでいつもいつもあんな目にばかり遭うんだ、俺。






アインツベルン・シンドローム-No.1/Transient Memories I




/1


 ──────それから数日後。

 本当に招待状が来てしまった。イリヤがパーティの開催を思いついた日から、彼女が我が家を訪れる事は無く、改修作業に従事しているのだろうと思っていた。そしてそれも終わりが見えてきたのか、はたまた既に終わったのか。真っ白の封筒に金の装飾の施された豪華な招待状が届いたのだ。

「ふーん。イリヤスフィールがそんなことをね。何考えてるのかしら」

 律儀にも人数分届いたその招待状を我が家の住人を居間に集合させ、それぞれに手渡したのがちょっと前。その事実を初めて知った遠坂がその封筒をくるくる弄りながら言葉を発したのが今だ。

「パーティ、ですか。ドレスとか着ていかないとダメなんでしょうか?」

「ほう。イリヤスフィールがそのような事を……」

「…………………………」

 桜は既にパーティに思いを馳せたような顔で、セイバーはこくこくと頷くように何かを思案し、ライダーは興味なさげにその封筒を見つめていた。ちなみに虎の分は無い。聖杯戦争の関係者という以上、藤ねえが誘われないのは当たり前の事だとは思うんだけど。なんか不憫だ。

「とりあえず開けてみないか? これを眺めてても仕方ないだろ」

 真っ白な封筒に名前しか書かれていないモノを延々と見てても仕方ない。
 中に入っている物が重要なんだから。

「そうね、日時とかも書いてあると思うし。開けましょう」

 そう言って皆で綴じられた箇所、何かのマーク──アインツベルンのシンボル?──の描かれたシールを剥がし、中にある一通の白い紙を取り出した。こちらも縁取りに金糸の花をあしらった、イリヤらしい装丁だった事をお伝えしておこう。

 誰も口を開かず、その招待状に目を通す。

 …………………要約すると日時は来週末の日曜日の夜。できれば正装で着て欲しいが、なければそれはそれで構わない。こちらで用意したものを着てもらう。必ず後悔の無い時間を提供するので、できる限り多くの人に参加して貰いたい旨が書かれていた。

「日曜日か。俺は大丈夫だけど、都合の悪い人はいるか?」

 これは訊いておかねばなるまい。もし都合が合わなければ日程の変更を頼んだり、欠席の旨を伝えなければならないし。

「んー、わたしは問題ないわ」
「わ、わたしも、なんとかしますっ」
「特にこれといった予定はありません」
「サクラが行くというなら………」

 とりあえずその答えにほっと胸を撫で下ろす。せっかくイリヤが計画してくれたのだ。できる限りみんなで楽しみたいところだからな。

「そっか。後は……そうだな。正装で来て欲しいって書いてあるけど……」

 もちろんそんな社交界にデビューできそうな服装はもっていない。あるとしても切嗣の遺したスーツが数着あるくらいか。
 それに桜や遠坂はともかく、セイバーやライダーの分もないだろう。セイバーなら二人の小さい頃の物でもあれば着れなくはなさそうだが、ライダーは……。

「士郎。何か不穏当な事を考えていませんか?」

「いぃ!? そ、そんな事、か、考えてるわけないじゃないか。あはは、アハハハハ……」

 魔眼殺しの奥に光る鈍色の瞳を避けるが如く、ついっと視線を逸らす。
 なんでこの家に住まう住人には俺の心が見透かされるんだ。硝子だからか?

「と、ともかくだな。正装のない人の分はイリヤに頼もう。
 そっちの方が確実だ」

「そうね。わたしもドレスの一つくらいは持ってるけど、着てくの面倒だし。
 イリヤならまぁ、変な物も用意しないでしょうし」

 借りる身分の癖にえらく高圧的な遠坂は置いといて。

「桜はどうする? 持ってるか?」

「いえ、わたしも持ってませんから……イリヤさんに借ります」

 となると、うちのメンバーは全員イリヤに頼むってことか。
 なんだか悪い気もするけど……無いものは仕方ないか。そんなお金もないしな。

「じゃ、イリヤにそう伝えてくるよ」

「その必要はありません」

「うひゃあああぁぁぁいぃ!?」

 どこから現れたのか、音も無く人の背後に立つは几帳面メイド、セラ。
 つかマジでどこに潜んでたんだ………。

「なんでうちにいるのか、は置いとくとしても。
 もうちょい普通な登場の仕方はできないのか、アンタ」

「話は伺わせて頂きました。ドレスの手配の方はお任せ下さい。
 必ずや皆様にお似合いの物を用意させて頂きます。
 つきましては皆様のサイズの方を測らせていただきたく…………」

 はいはい。俺の事なんてまるっきり無視なんですね、この腹黒メイドめ。

「シロウ、こっち」

 ん? 襖の奥から手招きをしているのはもう一人のイリヤのメイド、リズではないか。
 ああ、やっぱりリズの方が愛嬌があっていいよね。

「こんにちはシロウ。ぐーてんたーく」
「こんにちはリズ。ぐーてんたーく」

 二人だけの秘密の挨拶をかわし、廊下へと出る。
 どうやらそのまま居間にいたらセラが皆のサイズを測りだして「あら、エミヤ様。そのようなところで一体何をしておいでなのでしょう? 女性のサイズにそれほど興味があるのですか? まあ、なんていやらしい目つきでしょう。全く、これだから下賎の者は………お嬢様も何故このような人間に……」うんぬんかんぬんとチクチクいじめられそうだし。

「シロウこっち。シロウのサイズも測る」

「え、俺も?」

 それにコクリと頷くリズ。

「イリヤに頼まれたから」

 ああ、なるほど。俺たちが正装なんて持ってないのはお見通しってわけか。
 流石はイリヤ。なんとも手際がいい。

「んじゃ、頼む」

「うん、頼まれた」





/2


 ──────そうして迎えた日曜日。

 送迎の車まで用意してくれるそうで、全くイリヤには頭が上がらないな。
 夜の帳が下りる前に、家の前に停車した黒塗りの車。それに皆が搭乗し、アインツベルン城目指して揺られている。乗ってから数十分。未だ到着しない車内で、ふと脳裏に浮かんだ疑問を遠坂に問う。

「なあ、遠坂。アーチャーのヤツはどうしたんだ?」

 リムジンと呼んでも相違ないデカさの車に乗っているのは俺、遠坂、桜、セイバー、ライダーだ。家にはアーチャーの分の招待状も来ていたが、それは遠坂が持っていってしまったし。ちゃんと渡したんだろうか。いや、アイツの心配をしてるわけじゃないからな。遠坂のうっかりを心配してるだけだ。

「わざわざ呼びつけて渡してやったけど。
 何か渋い顔してたわね。来るか来ないかは知らないわ」

 あー……そういえばアイツ、なんとなくだけどイリヤを避けてるような節があるからな。生前なんかあったんだろうか。………いや、アイツの心配じゃなくて、俺の未来の心配をしてるだけだ。

「ふーん。ま、アイツの事なんてどうでもいいけど。
 それにしてもパーティってどんなパーティなんだろうな」

 少なくとも俺たちが想像するような貧相なものではないだろう。何と言ってもイリヤが主催だし。

「ちょっとドキドキしますね」

 嬉しそうに顔を綻ばせるのは桜だ。招待状を貰った日からずっとニコニコしてたからな。俺たちの中じゃ一番期待してるんじゃなかろうか。

「私の時代にもそのような催しは何度かありましたが、やはり出される食事は………。
 イリヤスフィール。貴女ならば、私の期待を裏切ることはないと信じています」

 こちらはセイバー。遠い昔に思いを馳せては渋い顔をし、そう遠くない未来に思いを馳せては期待に満ちた顔をする。
 ころころと変わるその表情は見ていて飽きないものだ。

「ま、行けばわかるんじゃない」
「そうですね」

 残った二人はなんともクール。期待しているのかいないのか、興味があるのかないのか、全然読めない。
 でもこれだけは言っておかないと。

「イリヤがせっかく招待してくれたんだしさ。めいっぱい楽しもう」

 それには遠坂やライダーも笑顔を返してくれた。
 さあ、もうそろそろ着く頃かな。  





/3


 …………甘かった。舐めていた。まさか、

「……………バーサーカーに乗って移動するとは、な」

 そう。森の入り口で下車した俺たちを待っていたのは黒の巨人、バーサーカー。
 声を発せずとも“乗れ”という無言の意思が伝わってきてしまい、逃げ出そうものならぶった斬る、というオーラが出ていた。
 そんなもの発せられたら乗るしかあるまい。確かに歩くよりは相当早く到着できたが、なんとも変な気分だ。こんな乗り物酔いはもう勘弁願いたい。

「ま、とにかく到着したんだ。中へ入ろう」

 重苦しい扉を開き、ロビーへと入る。そこは以前と変わらない豪奢な装飾に彩られていた。その下で俺たちを待ち受けていたのはイリヤ付きのメイド、セラとリズだ。

「お待ちしておりました」

 恭しく礼をするのはセラ。それに続いて、ちょっとぎこちなくリズも礼をした。

「まずはお召し物の方をご覧になっていただきます。
 女性の方は私と、男性の方はリーゼリットと共に奥へとお進み下さい」

 さすがはセラ。俺に対する言動も時と場合を選ぶようで、いつもなら呪い殺せそうな眼光を放ってくるのに、今日は幾分柔らかい感じがしたのは気のせいではないだろう。ううむ、メイドの鑑だ。

「じゃ、衛宮くん。また後でね」
「先輩、いってきます」
「シロウもお気をつけて」
「また後ほど」

 四者四様の言葉を告げ、セラと共に奥へと消えて行く。
 男性、といってもこのメンバーの中にいる男は俺だけなので、必然的にリズと二人で奥へと進む。

「なあ、リズ。他に誰が来てるんだ?」

 途中、気になったことを訊いてみる。

「秘密。行けばわかる」

 む。という事は今から行く所が更衣室と待合室を兼ねた場所なのか? というかなあ……改めて振り返れば、男連中はロクなのがいないからなあ。ちょっと気が滅入ってきた。

 僅かに気落ちしたのも束の間。リズが足を止めたのは少し大きめの扉がある部屋の前だった。はっきり言ってこの広すぎる城の全ては把握できていない。解析すればできるだろうけど、別にそうする必要も無いし。それに知らないところがある方が、なんとなくワクワクするだろ?

 キィィとという音を立てて開かれる扉。人の気配がする。やっぱり先客がいるようだ。

「…………って慎二じゃないか」

 大きな鏡の前でポーズを取っているのは間違いなく間桐慎二その人だ。

「なんだ、衛宮か」

 慎二は既に着替えを済ませており、黒のタキシードを身に纏っていた。
 さすがは穂群原一の女誑し。男の俺から見てもよく似合っている、と思う。

「慎二も招待されてたのか?」

 イリヤと慎二ってあんまり面識なさそうだけど。

「まあね。
 僕は来る気はなかったんだけど、桜がどうしても、って言うからさ。仕方なくだよ」

 とか言いつつも仕切りに身なりのチェックをしているのを見れば、結構乗り気だと思う。
 ま、慎二がこんな性格だってのは十分承知してるけど。

「そういえば臓硯は? 来てないのか?」

「お爺様には招待状が来なかったんだ。
 僕が出てくる前に、
 『ふん。そのような所に行くくらいならチンせぬレトルトを食うとる方がマシじゃ!』
 とか何とか言って、拗ねてたよ」

 ははは、と笑う慎二。そして憐れなり、臓硯。
 だが悲しむ事はない。アンタの分も、桜と慎二が楽しんでくれるだろう。

 ふと、辺りを見渡せば、幾つかカーテンの閉まっている試着室が見える。
 他にも誰かいるのか?

「シロウ、これに着替えて」

 リズに手渡されたのはやはりタキシード。こういうのは着慣れてないから抵抗があるけど、一人私服で浮きまくるのもイヤなので着るしかあるまい。興味もあるしな。
 リズにありがとう、と述べ試着室へ入ろうとした時。別のカーテンが開かれた。

「あん? セイバーんとこの坊主と間桐の兄ちゃんじゃねぇか」

 出てきたのは青髪の光の御子。アイルランドの大英雄、クー・フーリンである。
 その容姿はタキシード、というよりスーツのそれに近い。黒のスーツに黒のワイシャツ。ネクタイはせず、胸元を僅かにはだけさせている。それなのにそれがだらしなく見えないのは如何なる技か。

「あのネクタイってのはどうにも堅苦しくていけねえ。これで十分だろ」

 相変わらずさばけた性格で、捉え所の無い男だ。

「アンタも来てたのか」

「おうよ。うまいもんにありつけるんだろ? 来ない方がどうかしてるぜ。
 それによ、一つ頼まれごともされちまったしな」

「頼まれごと?」

「おう。女の頼みは断れねぇだろ? ああ、今のマスターは例外だが」

 言って近くにある椅子に腰掛けるランサー。
 女………多分、彼女の事だろうな。それよりもカレンに今の会話を聞かれてたら、あの赤い聖骸布で吊し上げられるぞ?
 と、そうこうしているうちにまた別のカーテンが開いた。

「あ、お兄さん。どうもこんばんわ。
 どうです、似合ってますか? どこか変じゃありません?」

 にぱっ、てな感じで笑うのは金髪赤目の小さな英雄王、ギルガメッシュ……以下、子ギルである。
 こちらはお子様サイズのタキシードだ。端から見ても和み王気が出ているのは言うまでも無い。それなのに溢れる気品を感じるのは何でだ。

「ああ、うん。悪くないんじゃないか。
 それよりもさ、今日は大人の方じゃないんだな」

 そんな容姿なんかどうでもいいくらいに、そっちの方に心の底から笑顔が溢れる。それなりに誰に対しても友好的な子ギルでいてくれれば、悩みの種が一つ減るってなもんだ。主に俺の。

「ええ、マスターに無理矢理参加を命じられましてね。
 やってられるか、ってまた薬を飲んじゃったわけです」

 やれやれ、といった感じで肩を竦める。
 参加しないでくれるのが一番ありがたいが、これはこれでOKだろう。俺一人じゃ対処できないような危険人物が豊富にいることだし。子ギルなら好き勝手に暴れる心配もないだろうし。むしろ味方と呼べるやも知れん。
 ………というかカレンも来てるのか。体、大丈夫なのか?

「その心配はいりません、衛宮士郎」

「うわぁぁぁぁあああぁぁ!」

 背後にある扉の隙間から覗く金の瞳。僅かに見える銀の前髪。見間違うはずが無い、カレンだ。

「アンタ………そんなとこで何してんだ」

「いえ、特に。ただ貴方が私を呼んだ気がしたものですから」

 呼んでない。断じて呼んでないから。
 というか隙間から見つめるな。かなり怖いから。

「そうですか。では私もそろそろ着替えなくてはならないので。
 また後でお逢いしましょう」

 キィと閉じられる扉。

「あはは。一体何だったんでしょう?」

 俺が聞きたいよ。

「ああ、忘れていました」

「おぅわっ!?」

 またも扉の隙間から覗く瞳。その光は今度は俺ではなく、腰掛けているランサーに向いているように見えるが……。

「ふふ………帰ったらお仕置きね」

 囁くような声量で、それだけ言って閉じられる黄泉の扉。
 ………嗚呼、ランサー。
 今日という日を、思う存分謳歌せよ。明日という日は、エアがなくとも黄泉路が開くぞ。

「ふむ、騒々しいな」

 シャッと音を立て開かれる新たなカーテン。一体いくつ試着室あるんだ、この部屋。

「え、小次郎?」

「然り」

 いつもの雅びやかな陣羽織ではなく。こちらも黒のスーツだ。似合わなそうなイメージだったんだが、中々どうして。揺れるほどに長い紫紺の髪も背負った煌びやかな長刀も、何故かミスマッチに見えて、その実似合っているのは彼の容姿があまりにも飛び抜けているからか。というかスーツに刀ってどうよ。

「侍が刀を背負わずして何を背負うと?
 ああ。見上げる月もいいものだが、その月を背負うのも悪くはないか」

 相も変わらず風流にして、花鳥風月がこの上なく似合う男だ。
 ま、それはいい。それよりも気になる事があるからさ。

「アンタ、山門から離れられないんじゃなかったか?」

 確か山門、行けても柳洞寺の境内くらいまでがコイツの行動範囲じゃなかったっけ?

「ああ、それか。あの魔女めの配慮よ。
 どういう風の吹き回しかは知らぬが、今宵限りの自由を得る事が出来た。
 と言っても、この城の中だけだろうがな。
 いやいや、あの女狐にも未だ人の心というものがあったかと思うと、涙が零れそうよ」

 くつくつと笑うお侍さん。
 もしここに本人が居たらぶっ飛ばされてるな。コイツも怖いもの知らずか。
 頼むからそういう不穏な発言は俺のいないところでしてくれ。

「それにしてもパーティ、とな。ふむ、実に興味深い」

 元は百姓の出らしいから、そういうこととは無縁の世界で生きてきたのだろう。サーヴァントとして召喚されてからも山門から動けなかったし。よくよく考えると結構不憫だな、小次郎。

「んなもんより俺はおめぇに興味があるね、アサシンよ」

 ニヤニヤと笑うのはランサーだ。多分カレンのお仕置き発言が聞こえていなかったのだろう。笑みに余裕が見える。知らないってのは幸せだね。三度の飯より戦いが好きな男が、値踏みするようにアサシンを見据える。
 おいおい、こんな所で喧嘩なんてやめてくれよ。

「ほう、貴様。まさか───………」

 何かを悟ったような鋭い目つきでランサーを睨むアサシン。
 頼むから止めてくれ。

「…………そっち系の趣味が?」

「あるかァァァァァァァァァァァ!!!」

「煩いぞ。時と場所くらい選ばんか」

 最後の一つ、閉じられたカーテンが開かれる。
 出てくるヤツは大体判ってるけどな。後二人くらいしか男いないし。こんな事言うのは一人しかいないし。

「……………………って」

 出てきた褐色の男を見て、その場に居た全員の時が止まった。

「なんだ、貴様ら。何を驚いている?」

 ふふん、どうだ。似合うだろう? と言わんが如く口元を歪ませるアーチャー。
 いや、衝撃っていえば衝撃だが………、あ、う、その、ああ………無理!

「「「ぎゃははははははははははははははは!」」」

 示しあわせたように皆で笑い転げる。
 だって。

「ちょ、おまえ、なんで白のタキシードなんだよ!」
「ぶははははははは! 似合ってねぇ! この上なく似合ってねぇぞ!」
「くく、これはまた……」
「あはは、所詮は贋作屋って事でしょうか」
「………っ! ……………っ!(声が出ないほど笑い転げている)」

 ……想像してみてほしい。褐色の肌と白い髪。そこに真っ白のタキシードを着込んでいるのだ。みんな黒なのになんでわざわざコイツだけ白なんだ。一体誰の奸計だ? 俺達を笑い殺す心算かっ。

「ほう…………。私の姿がそれほどおかしい、と」

 あ、なんかヤバイ。空気が変わった。

 ていうかキレ方が尋常じゃない。まさかイリヤからの誘いに実は心底喜んでいて、これは気合を入れねば。と街を散策していると中々格好のいい白のタキシードを偶然見つけ、買う金もないので投影しちまおう、てことで投影し張り切って着込んでみたら、これが案外似合っているのではないか? と自分では思っていたのが、いざ登場してみると、爆笑されちゃって怒髪天を衝く状態になっちまったとか? そりゃ……なんというか、ご愁傷様?

「くっははははは! おかしいなんてもんじゃねぇよ!
 どっから見たってあのチキン屋のおっさんじゃねぇか!」

 あれは褐色の肌じゃないけどな。うん、まあ、似てない事もない。

「そこになおるがいい、ランサー。
 ──────I am the bone of my sword.」

 ちょ、何唱えてんの、このガングロ主夫!

「あぁ? んなことで怒ったのか、相変わらず度量の小せぇ男だな。
 そんなんだから磨耗するんだ。ちっとはオレを見習え」

「ほう? 事あるごとに主を変える男には言われたくないがな。
 ああ、確かにこんな狂犬をまともに飼おうなどとは誰も思うまいよ」

 挑発に対し、挑発で返すアーチャー。何だってこの二人はこんなに仲が悪いんだ。

「テメェ────今オレを狗と言ったか」

「それがどうした。事実であろう? クー・フーリン。
 貴様など恥も外聞もなく、誰彼構わず尻尾を振っているのがお似合いだ」

 冷える空気。震える大気。息をするのも憚られる殺気が、ランサーより溢れ出す。

「─────よく言った。
 ならば喰らうか、我が必殺のゲイボルクを」

「止めはしない。いつかの決着、ここでつけてみせよう」

 …………ヤバイ。コイツらマジだ。
 慎二なんて部屋を覆う殺気にあてられて、プルプル足が震えてるじゃないか。小次郎は対峙する二人を興味深そうに見てるだけだし。
 ああ、もう。結局コイツらを止めるのは俺の役目か。というか俺程度の力でコイツらを止められるか? だから言ったんだぞイリヤ。収拾がつかなくなるって。とか愚痴ってる場合じゃない。なんとかしないと……!

「はい、そこまでですよ。ランサーさんとアーチャーさん」

 ぱん、と両手を叩き両者の間に割って入ったのは子ギルだ。
 おお、世界最古の英雄王。子供だけど、大人の時より頼もしい雰囲気が滲み出てるぞ。

「邪魔すんじゃねぇよ」

「そこをどけ。巻き添えを喰らっても知らんぞ」

「残念ですけど、そういうワケにもいきません。
 今日は戦いをする為に集まったワケではないでしょう?」

「はっ。知ったことか。邪魔するならテメエから先に殺るぞ」

「不本意だが、それには同意しよう。
 さあ、どけ。痛い目を見たくなければな」

 ギチリと音を立てる両者のエモノ。
 それを知ってか知らずか、子ギルは呆れたように嘆息する。

「………うーん。どうやら頭に血が昇りすぎてるみたいですね。
 先に言っておきますけど、お二人じゃどうやったってボクには勝てませんよ?
 ほら、その証拠に」

 瞬間的にランサーとアーチャーの喉元に突きつけられる刃。
 それも首を囲むように三本ずつ。動けばそれだけで切れそうなほど鋭利な剣だ。

「動かないほうがいいですよ。すっぱり切れちゃいますから。
 ね、戦いなんかやめましょうよ。
 今日は造花……いえ、イリヤさんがせっかく招待してくれたんですから。
 まあ、どうしても戦りたいというのなら相手になりますけど?」

 子ギルの言葉には慈悲が無い。
 否と言えば容赦なくその首を落とすだろう。
 …………なんてこと。
 慢心のない英雄王はこれほどまでに強いのかっ。

 動くこともできない状態では為す術もない。渋々ながら武器を手放すアーチャーとランサー。それに子ギルは、にぱっと笑い六本の剣を中空より消滅させる。

「悪い、ギル。助かったよ」

「いえいえ、当然の事をしたまでです。
 それよりお兄さん。そろそろ着替えないとまずいんじゃないですか」

 あ、いけね。俺だけが着替えてない。
 子ギルに一つ礼を言い、手近の試着室に入り、着替える。

 やれやれ…………、一体この先どうなることやら。









後書きと解説

前振りながッッッッ!!

というわけでふと思いついた短編……というより中編になりそうな今作。
いやー、こういう設定にこだわらなくていいものは書きやすいね。

小次郎については大目に見てやって下さいまし。
彼だけ山門に置き去りなんて、あまりにも不憫に思えたし、山門だけじゃロクに出番を与えられないので。
それはそれとして、小次郎、鞘なんか背負ってたっけ? ま、いいや。

子ギルきゅんはニコニコしながら、案外辛辣そうな気がする。
ライダーを蛇って言ったり、アーチャーを贋作屋って言ったり、イリヤ達を造花って言ったりしているし。
言い得て妙ではあるけど。やはり子供になろうと大人になろうと根本は変わらないのか?

一応、後日談。ベースなのであの人とかあの人とかは多分でません。
士郎の語りがアレなのはアンリのせいだとでも思っておいてくれたら良いです。

このまま事件なんて起きずにほのぼの路線で行った方が楽なんじゃないかと、書いてて思ったり。
ま、ぼちぼち書いていこうと思いますのでお付き合い下さいませ。



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