アングラーズ・ホライズン









 ぼんやりと穏やかで麗かな休日をまったりと過ごせる日々に感謝しながらお茶を啜る。
 今現在衛宮邸の居間にいるのは俺とバゼットだけだ。
 ライダーはふらりと出掛け、セイバーと桜は遠坂が有無を言わさず買い物に連れ出した。

 目の前に座るバゼットは姿勢を正したまま、俺の出したお茶を少しずつ味わうように飲んでいる。かつての彼女ならぐいっと一息で飲んではい、終わりだっただろうが、この家での生活に慣れてきたのか、合わせてくれたのかは解らないが、缶詰を主食にしたり、ものの数分、時には数秒で飯を平らげる事は少なくなった。
 食事を機械的に摂るのではなく、少しでも味わうように摂ってくれるなら作る身としては喜んで良いのだろう。

 そんな二人きりで居ることにちょっと息苦しくなったのか、はたまたいつものように何か悪いユメでも見ていたのか、それは不明だが、なんで俺はあんな事を言ったんだろうな。知っていた筈なのに。あそこには、一般人の居場所など存在しないことを。






アングラーズ・ホライズン/No medicine can cure a Fool




/1


 それは本当に些細な事だった。ふと脳裏をよぎった疑問、それが口に出ただけだと思う。

「なあ、バゼット。まだランサーとは会ってないのか?」

 俺の言葉にバゼットの動きがピタリと止まる。
 そのまま、

 十秒。
 二十秒。
 三十秒。
 四じゅ───……

「な、なななななななななななな、何を言い出すんですかっ、士郎君!」

 持っていた湯呑みをがたんっとテーブルに叩きつけ、真っ赤になってがぁーっと吼える。とりあえず湯呑みはそっと置いて欲しい。アンタの力じゃ湯呑みもテーブルも脆すぎるからな。

「アンタさ、何でそんなにランサーを避けるんだ?」

「べ、別に避けてなどいません。た、ただ出会う事がないだけです」

 露骨に視線を逸らし、咳払いをする彼女。

 相変わらず嘘が下手なんだな。
 バゼットはランサーを避けている。これは変え難い事実だ。先日のカレンとの一騒動の時はしきりに“私のサーヴァントを返しなさい”と連呼していたのに、町中で出会いそうになるとサーヴァントもかくやという速度で逃走するらしい。俺も何度かその場面に立ち会ったことがあるが、アレは嫌がって避けてるというより───

「ランサーに会うのが恥ずかしいのか?」

 熟れた林檎。この表現が適切だろう。それくらい顔を真っ赤にし、

「…………………」

 またもがぁっと吼えるかと思いきや、しゅんとなってしまった。

「私は、私はランサーに合わせる顔がありません」

 騙し通せないと思い至ったのか、ぽつり、ぽつりと、己が心情を吐露していく。

「私は彼と約束しました。死力を尽くした戦いを、彼の望む戦いの舞台を用意すると。
 しかし私は戦う以前に、いえ、開始の合図の前に退場を余儀なくされた……己の不手際、迂闊さによって」

 第五次聖杯戦争の折、バゼットは俺や遠坂がセイバーやアーチャーを召喚するよりも早く一人冬木市に入り、打ち捨てられた洋館を根城とし、そこで彼の光の御子、アイルランドの大英雄を召喚した。
 そんなバゼットを聖杯戦争の参加者へと推薦したのは言峰綺礼だった。冬木に来るよりも以前、時に敵として、時に手を組み戦場を駆け抜けた二人、封印指定の執行者、バゼット・フラガ・マクレミッツと教会の代行者、言峰綺礼。
 バゼットにどんな思いがあったかは解らない。しかし言峰がバゼットを推薦したのは己が目的を果たす為、バゼットを利用し、その令呪とサーヴァントを奪う為だった。
 その計略は成功し、バゼットは令呪と共に左腕を、そしてサーヴァント・ランサーを奪われた。約束を、果たす前に。

「私が彼との約束を果たせなかったのも、左腕を奪われたのも、偏に私の責任です。
 そんな私に、彼はきっと失望している……」

 俯き、左腕を抱くように握り締めるバゼット。

 全く……手のかかる二十三歳だ。
 ガシガシと頭を掻き、バゼットに告げる。

「………はあ。よし、行こう」

「……何処へですか?」

「決まってるじゃないか。ランサーのところだよ」

「────っ! 貴方は私の話をちゃんと聞いていたのですか!?
 私は彼に合わせる顔が無い、資格が無いと言ったのです!」

「誰かに会うのに資格なんているもんか。
 それにさ、ランサーはアンタに失望なんてしてないよ」

「な、何故そんな事が解るんですか!」

 座ったまま動こうとしないバゼットの腕を引き無理矢理外に連れ出す。

 何故? 決まってる。失望してるような相手に、既に興味を失った相手にあの男が自分の信念を曲げてまで手を貸したりするもんか。そうだろ、ランサー。





/2


 場所は移り、冬木にある漁港。
 空は快晴、海は燦々と輝く太陽の光を反射しキラキラと揺らめいている。

 その一角に何時も通りに海面をぼんやりと見つめ、糸を垂らす青髪のアロハ男。
 俺たちの接近に気づいたのか、視線だけをこちらに向ける。

「おう、坊主────………と、アンタか」

 俺へと向けられた視線は一瞬、俺の後ろ、隠れるようについて来るバゼットに視線を固定した。

「よう、元気にしてたか」

「────っ、ラン、サー」

 何でもないように挨拶をするランサー、思いつめたようにランサーを見つめるバゼット。二人の顔は対照的だ。

「ランサー……私は、貴方に謝らなければならない事があります」

「謝る事?………んなもんねえだろ」

『フィィィィィィィイッシュ!』

「いえ、私は、貴方との約束を果たせなかった」

『ふっ、鯖、十匹目フィッシュ。はっはっは、今日も快調だ。
 ん? そこの英雄王、調子はどうだ?』

「────約束?」

『ええい、五月蝿いぞ贋作者。王たる我に気安く話しかけるな』

「……はい。私は貴方と約束した。
 貴方の願いを叶えると、貴方の望む戦いの場を用意する、と」

 苦悶の表情のまま言葉を続ける。

『はっはっは、まだ鯖が二匹だけか。
 さすがの英雄王も子供の声援がなくばその程度ということか?』

「ですが私はその約束を果たせなかった。それどころか……貴方に不本意な戦いまで強いてしまった。
 私は……貴方に合わせる顔がなかった。私には貴方のマスターたる資格がなかった」

『五月蝿いと言っているのが聞こえないのか、下郎。
 釣りをしているのか、機械の調子を見ているのか解らないアングラーにそのような事を言われる謂れは無い』

「んな事気にしてたのか」

「────え?」

『……ほう。それは挑発と判断して構わんのだな? ふふん、いいだろう、受けて立つ。
 行くぞ、英雄王────竿の貯蔵は充分か?』

「アンタがオレとの約束を果たせなかったように。オレもアンタを守れなかった」

「──────」

『────はっ。贋作者風情が我に挑むと? 戯言を抜かすなよ。だがそれはそれとして受けて立とう。しかし勝負事には賞品がなくてはならん。よって敗者は己のエモノを差し出すというのはどうだ。異論はあるか?』

「オレがもっと警戒してれば、間に合えばアンタはあの野郎に腕を切り落とされずに済んだんだ。
 サーヴァントとはマスターを守る者。アンタを守りきれなかったオレには、アンタのサーヴァントの資格がねえのかもな」

『異論など無い。その電撃ガマ○ツ、今日こそ貰い受けよう』

『それはこっちの台詞だ。そのリールは我にこそ相応しい』

「ランサー……」

 長い、長い沈黙。
 バゼットは言葉を捜すように視線を彷徨わせ、ランサーは青一色の空を眺める。

『────! 来た、来たぞ、贋作者! 面白いように魚がかかるぞ!
 ふはははははは、我の幸運はA! 勝負事で我が負ける事などありえるはずがなーい!』

「だからよ、アンタだけが責任を感じる必要はねえ。オレにも責任があるんだから、おあいこだろう。それに────」

『ふっ、甘いな英雄王! 貴様が漁港に住まう魚の全てを釣り上げるというのなら、私はその悉くを凌駕しよう!』

「────それにそれはもう終わったことだ。
 今、オレもアンタもこうして生きてる。それだけで充分なんじゃねえか」

 口に咥えたタバコを空き缶に押し付け、立ち上がる。

「ランサー……わかりました。そして、ありがとうございます。
 ────何故忘れていたのだろうか。
 彼にも言われた事だったのに。過去に縛られること無く、前へ進め、と」

 ニヒルな笑いと微笑を交わす、元マスターとサーヴァント。
 やれやれ、これでこの二人の関係がより良いものになってくれれば、わざわざここに連れてきた甲斐もあるってもんだ。
 やっぱりマスターとサーヴァントの関係がギクシャクしてるのは良くないからな。

 ま、それはそれとして。

「ではランサー。久しぶりに一つ、付き合っていただけますか?」

「ああ、丁度良い。オレもいい加減アタマにきてたところだ」

 ぎゅっと黒の皮手袋を嵌める人間凶器と俺の心臓を貫いた赤い魔槍を取り出す最速のサーヴァント。

『────っむ。中々やるな、贋作者。だが、貴様の贋作と我の真作を一緒にして貰っては困る。そう、我はともかく我の財を侮るなよ。
 この程度の魚群、釣り尽くせなくて何が王か。我を負かせたくば、この三倍は持って来いと言うのだ────!』

『────くっ。やるではないか、英雄王。だが偽物が本物に勝てないなどと、誰が決めた。
 そう、魚を釣り尽くすというこの思いだけは! 決して間違いなどではない────!』

 ヒャッホーと竿を振り上げる赤いのと腕を組んだまま高笑いをする金色の。
 …………アンタらさ、空気読めよ。

「ランサー、先陣は任せます。相手が切り札を使用しようとした場合、後は私が。
 フラガの名は伊達ではない事を証明して見せます」

 前衛をサーヴァントに任せ、マスターは後衛としてパートナーをサポートする。これがマスターとサーヴァントのあるべき姿なのだろう。
 もしこの二人が普通に聖杯戦争に参加してたら、俺たち勝てなかったかもな。唯一勝てそうなのはイリヤとバーサーカーくらいか。

 バゼットを中心に回りだす砲丸のような球体。いや、あの、バゼットさん? それは流石にやりすぎではないでしょうか。貴女の宝具は発動しちゃったら確実に相手に致命傷を与える事になるんですけど……。

 俺の思いなど露知らず、ランサーはずかずかとバカ二人に近づいていく。

「む、なんだ雑兵。貴様も混ざりたいのか?
 ふん、止めておけ。
 この釣りという高尚な趣味は狗がするにはあまりにも高度な───ガッ!?」

「ふん、何か用かね、ランサー。
 ああ、君も私たちと勝負がしたいと? ははは、止めておけ。
 時代遅れの一本釣りでは最先端を行く私たちには───うぅお!?」

 ハラハラしながら見つめる俺を余所に、ランサーは具現化したゲイボルクを使うことなく二人のアーチャーを有無を言わさず海に蹴り落とした。

「うわ、それはそれでえげつないなランサー」

 季節柄それほど海面の温度は低くないだろうが、服を着たままのダイブは堪えるだろう。
 だけど、あれ?

「あん?」

 海面に叩き落とした筈なのに水飛沫も上がらなければ海を叩く音もしなかった。
 ランサーが蹴り落とした先を、三人して覗き込む。

「くっ────耐えろ、英雄王! 今その手を離せば二人とも海の藻屑となるぞ!」

「ええい、離せ、贋作者! 王たる我にしがみつくとは何事か! 貴様一人で海に散れ!」

 ぐぬぬぬぬぬぬ、と睨み合いながら、それでも必死に取り出した天の鎖にしがみつくギルガメッシュ。そしてそのギルガメッシュにしがみつくアーチャー。二人のあまりの必死さに不覚にも涙が零れそうだ。

「…………エンキドゥ、我はもう」

 早っ。早いぞギルガメッシュ!

「────っ! 頑張れギルガメッシュ! おまえは英霊の頂点に立つ男、世界最古の英雄王だろう! それがこんな無様に海に叩き落されて仕舞いと言うのか!?
 くだらん、実にくだらんぞ、英雄王! 貴様がその程度で諦めては、貴様の友も浮かばれまい!」

「くっ────言うではないか贋作者。だが、礼を言おう。そうだ。我がこんな所で諦めてはエンキドゥも報われない。
 そう、そうだ。我の名はギルガメッシュ! 世界最古の英雄王にしてこの世全ての財を持つ男! 我が友の為にも、この程度の事で諦めてたまるものか! うおおおおおおおおおおおおっ、む────…………グッバイ我」

「うおぉぉぉぉい!? 諦めるのが早いぞギルガメーーーーーーーッシュ!」

 ざぱん、と大きな波飛沫を立て、沈んでいく赤と金のアーチャー。あれかな、アーチャーってのはこんなのばっかりなのか。
 バーサーカー、ヘラクレスも最も力を発揮出来るのはアーチャーのクラスらしいけどこんな性格なんだろうか。……かなり嫌なんだけど。

 ────かくしてランサーの楽園は静けさを取り戻した。

「じゃ、俺は先に帰るから。後は二人でよろしくやってくれ」

「おう。世話かけたな、坊主」

「バゼット。家に帰ってくる時はランサーも連れてくると良い。
 二人の為にご馳走を作って待ってるから」

「え、あ、はい。ありがとうございます、士郎くん」

 ひらひらと手を振って、静かになった漁港を後にする。
 いや、特に何もしてないけど、良い事をした後のような気分だ。










後書きと解説

構想五分、一時間弱で書いたダメ短編。
いや、ただ空気の読めないダメミヤとギルダメッシュが書きたかっただけです。
噛み合ってるようで噛み合ってない金と赤。それがダメダメクオリティ。
オチにカレンが士郎を釣り上げて帰る、なんてのも考えてましたが蛇足っぽいので割愛。
アーチャー’sが書きたかっただけなのでこれでいいかな、と。

アングラーズがボンクラーズに見えるのはきっと私だけでしょう。



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