渦巻く策謀-前編









 ──────穏やかな一日。

 今日も今日とて俺はそんな陽だまりの中にいるような心地で午前最後の授業を受けている。後五分足らずで授業は終わり、昼休み、ひいては昼食の時間となる。
 本来ならこれは喜ぶべきことなのだろうが、如何せん視線の先。窓の外を流れるどんよりとした灰色の雲が俺の気分を若干陰鬱とさせる。
 何やら今日は大型の台風が接近中とのことで、夜くらいには直撃となるらしい。
 どうせなら昼の間に来て休校にでもなってくれたらいいのに、と皆が思う気持ちを代弁しておこう。

 そうして喋っている誰かの声も耳に入らない、そんな時。

 ──────ガラガラ

 開かれる扉。
 後数分で授業も終わりという頃に重役出勤をかましてきたのは言うまでもない。

「うぃっす」

 申し訳程度に壇上に立つ教師に会釈をする赤毛の男、乾有彦である。

 教師の方もそんな有彦の出席具合などとうに慣れているのか、何食わぬ顔で授業を続けている。体裁だけでも繕っとくべきだろう、とは思っても口には出さない。

 そしてこちらも素知らぬ感じで自分の席につく有彦。
 他に見るべきものもないので、こうして有彦の一連の動作を観察していると、

 ………………ウィンクなんかしてきやがった。

 何考えてんだ、アイツ。
 視線を室内から室外に向けてみても陰鬱な空は変わりはしない。

 結局俺は、空色の気分で午前の授業を終える事となった。






渦巻く策謀-前編/Devise a Stratagem I




/1


 チャイムが鳴り、教室で弁当を開く者、食堂へと駆ける者、みんな思い思いに散っていく。さて、俺はどうしようか、と考えていると。

「とっおっのっくぅ〜ん」

 気色の悪い声色でこちらに近づいて来るバカが一人。

「さて、飯食いに行くか」

 ソレをさらりと無視し、脇を通り過ぎようとすると、

「おい、待てって遠野。冗談だって」

「ん? ああ、有彦、いたんだ」

「てめえってヤツは……まあいい。今日のオレは寛大だからな。
 で、遠野。今日の飯は何だ?」

「んー、今日は食堂で食べ────」

 ガマ口の財布を開け愕然とする。鈍色に輝くは、ただ一枚の硬貨。
 百円………百円しか入ってない。え、これだけしか、ない?
 あー、そういえばこの間アルクェイドと…………ああ、うん、まあ仕方ない。今日は購買でパンでも買って食べるか。

「ほうほう、その顔はいつも以上にマネーがないようだね?」

 ニヤケたツラを隠すことなく俺の財布を覗き込む有彦。
 途端、顔色が曇り始める。

「おい、マジでこれだけしかないのか?」

「ああ、ないものはない」

 小遣いもなし、アルバイトも出来ないんだから貯金と細々とした収入でのやりくりで生きていくしかないのだ。

「はあ……おまえの貧乏性がここまで来てるとはな。
 まあいい。今日はこの有彦様が奢ってやろう」

「はあ?」

 有彦が? 俺に? 奢る?
 ハハ、一体どんな風の吹き回しだ。それとも熱でもあるのか?

「失敬だな、遠野。財布の寒い親友の為に一肌脱ごうというこの心意気!
 ここはおまえが感動して『有彦くん!』とオレの胸に飛び込んでくるシーンだろう。
 だが男からの抱擁など断固として拒否する次第だがな」

 何が可笑しいのか、はっはっは、と笑っている有彦。
 そりゃ俺だって男の胸に飛び込む趣味はない。

「じゃ、そろそろ飽きたんで飯食いに行って来るな」

 じゃあな、と手を振り教室を後にする。

「待てっ! 待てって言ってんだ、この眼鏡ヤロウ!」

 廊下に出た俺の首根っこを後ろから引っ掴まれる。
 ぐぇ、絞まってる! 首マジで絞まってるって!!

「あー、悪い悪い。
 良し、それじゃあ飯食いに行くか」

「くはっ、ごほっ、ごほっ。
 アホか、この殺人未遂者め。何しやがる」

「だ〜か〜ら〜、オレが飯奢ってやるって言ってんのにおまえが無視するからだろ」

「あ? あれマジで言ってたのか」

 てっきり有彦の有彦による誰の為にもならない、いつものクダラナイ与太話かと思っていたが。どうやらマジらしい。そうならそうと早く言えばいいのに。

「言ってんのに取り合おうとしなかったのは遠野だろ。
 ったく、おまえは。あー、ほら、食堂行くぞ」

 怪しい。
 露骨に怪しいが奢ってくれるっていうのなら精々贅沢させて貰おう。





/2


 ──────ズルズル。

 注文したのは他でもない、うどんだ。だが侮るなかれ。せっかく有彦の奢りなんだからいつものような素うどんではない。な、なんと! 卵が落としてあるのだ! 俗に言う月見うどん。嗚呼、これを学食で食ったのは何時以来だろうか。

 その甘美なる味に舌鼓を打ちつつ、眼前でカレーライスを貪り食う有彦と…………何故かその隣でスパゲティを食べている弓塚さんを窺う。

「……で、何のつもりなんだ?」

 コイツが俺にただで奢るなどありえない。これでも付き合いは長いんだ、ドロドロになるくらいに。故にこういう場合の有彦には必ず裏がある。さあ、さっさと吐け。

「……ふん、流石は遠野。話が早くて何よりだ」

 カチャ、と食べ終えたカレーの器にスプーンを置き、水を一息で飲み干す有彦。
 そのまま一つ息を吐き出し、

「今日、おまえん家に行くから」

 なんてことをのたまった。

「………………」

 ずるずる。
 程好いコシを持った麺を咀嚼する。それと同じように今の有彦の言葉を咀嚼する。

「────なんだって?」

 俺の家に今日、有彦が来る。
 そう聞こえた気がするが気のせいだろうか。

「気のせいじゃない。そう言ったんだ」

「…………なんで?」

 当然の疑問を投げかける。
 唐突に、しかも急な話だ。一体そこにどんな裏がある?

「裏なんかねぇよ。
 おまえは俺ん家ばっかり来てるのに、オレはおまえん家行った事ないだろ?」

 ああ、そりゃないな。
 有間の家に居た時も遠野の屋敷に戻ってきてからも有彦が俺の家に来た事はない。

「だろ? だから一回くらい行ってもいいだろ?
 ごたごたも落ち着いたみてぇだしな」

 ……確かに最近の俺の周りは幾分平和になったと思う。
 それにも増して慌しくもあるんだけど、ま、それはいい。

「うーん、まあ別にいいんだけど。秋葉が何て言うか……」

「構いませんよ、兄さん」

「うぅお!?」

 後ろの席から唐突にかかる聞きなれた声。
 振り向けばそこに、漆黒の髪を流す我が妹の姿があった。

「あ、秋葉か……びっくりさせるなよ」

 気づかなかった。何時の間に後ろの席に座ってたんだ。

「あら、兄さん。私は最初からここに座ってましたけど?」

 この学校に転入した頃は購買で買ったパンばっかり食べてたけど、最近になってようやく食堂の使い方を覚えた秋葉。今日は……一人で食ってるのか。

「秋葉……なんか怒ってない?」

「いいえ、兄さんの気のせいでしょう」

 そうか? なんかピリピリした気配が感じられるんだけど。
 ま、いいか。

「で、秋葉。さっきの話なんだけど」

「ええ、構いませんよ。
 乾さんとは面識がありますし、兄さんのご学友の方なら丁重にもてなしましょう」

「────って言う事らしいけど」

 秋葉に向けていた顔を有彦の方へと向ける。

「おお、そりゃ有り難い。
 じゃそういう事で、よろしく頼むぜ。遠野、秋葉ちゃん」

 らんらん、といった陽気で食堂を後にした有彦……と弓塚さん。
 うーん、怪しい。





/3


 ──────そうして放課後。

 一旦家に戻った有彦が来るのを自室のベッドに寝転がりながら待つことにした。

「ふぁぁぁぁぁぁ、眠い……」

 ベッドに横になると途端、眠気が襲い掛かってきた。だが寝るわけにもいかないので、窓の外でも眺めてる事に────っておいいいいぃぃぃ!?

 バンッ! と勢い良く開かれた窓。
 もちろん俺が自分で開けたワケではない。俺の部屋は二階。その部屋にある窓を外から開けて闖入してくる輩……と言えば一人しかいない。

「…………アルクェイド」

 頭痛の種が文字通り飛び込んできた。

「やっほー、志貴。遊びに来たよー」

 外の澱んだ空を晴らすような太陽の笑み。いつも変わらぬアルクェイドの姿がそこにあった。まあ、これはいつものことだからいいとして。

「あれ、今日は先輩は一緒じゃないのか?」

 アルクェイドが来る時は大概先輩が『こんのっ、あーぱー吸血鬼がぁぁぁぁぁ!』という気迫で追って来る筈なのに。

「うん、今日はシエルいないよ。だから志貴っ、遊びに行こ!」

「あー、そうしてやりたいのは山々だが今日は無理だ」

 昼の間に先約が出来ちまったしな。俺がいなくとも有彦なら問題なさそう、いや喜びそうだから席を外すわけにはいかない。

「有彦ってあの赤毛の人?」

「あれ、おまえ有彦と面識あったっけ?」

 アイツとアルクェイドを会わせた記憶はないんだけど。

「うん。会った事はないと思うけど、学校でよく志貴と話してる人だよね」

 ああ、まあアイツとは一番話してるだろうけど、論点はそこじゃない。

「待て。なんでおまえが学校の内情を知ってる?」

「だってたまに行くもの」

 さらりと放られた爆弾発言。
 だがこの程度では俺は動じない。なんてったって茶道室の押入れにいつの間にか侵入し、あまつさえニャンプシーを披露するヤツだからな。

「ま、いいや。
 というわけだから…………っておまえどこ行く気だ」

 人が過去を回想してる間にドアノブに手をかけてるアルクェイド。

「どこって、志貴は今日その有彦って人と遊ぶんでしょ?」

「ああ、うん、まあ多分そうなるだろうな」

 ヤツの目的がはっきりしていないから曖昧な返事をしてしまう。

「ならわたしも一緒に遊ぶ」

「はぁ!?」







「………………」

「どうしたの、志貴。なんか暗い影を背負ってるみたいだけど」

「自分の胸に手を当てて訊いてみろ」

 なし崩し的にそういう事になってしまった俺達はリビングへと向かっている。
 あー、秋葉がなんていうかなぁ。有彦の方はきっと『全然オッケーっすよ!』なノリで快諾するだろうし、翡翠や琥珀さんは何も言わないだろうしなぁ。どうしたものか。

 そんな現実逃避にも似た対策を巡らせている頃。
 リビングへと入る直前、来訪者を告げるベルが鳴った。

 それに翡翠が待ち構えていたように扉を開き、有彦を…………って、

「あれ、先輩と……弓塚さん?」

 そこにはニコニコ顔の有彦と左右に先輩と弓塚さんがいた。

「こんにちは、遠野くん」
「こ、こんにちは………」

 先輩はいつも通りの笑顔で、だが時折俺の横にいるアルクェイドに妙な視線を送り、弓塚さんは気恥ずかしげに俯いている。
 とりあえず、両者の間にいる男に問うとしようか。

「いやー、そこで先輩と弓塚にばったり会ってよ。遠野ん家行くっつったら一緒に行きたいって言うからよ。連れてきちまった」

 ああ、うん。もう今更何人増えようが俺は構わない。ただ望む事があるとするなら今日という日を平穏無事に終えられればいいと、切に──────願う。





/3


 ──────が。

 俺のそんな願いなど露知らず、睨みあう金の姫君と教会の代行者と鬼種の混血。目視できない筈の視線の交差、火花が散っているのが目に見えて解る。
 それを尻目に他の人たちを窺えば、有彦はいつも通り、弓塚さんはガタガタと震え、翡翠は側につき、琥珀さんは笑顔を絶やさない。

 このまま放っておけば阿鼻叫喚、地獄絵図が描かれるのは明白だ。彼女らだけで済めばいいが、有彦はどうでもいいけど、弓塚さんは巻き込むわけにはいかない。

 と、いうワケでなんとかしようと声を上げようとしたその時。

「えーでは皆さん。ゲームでもしましょうか」

 笑顔の琥珀さんがそう言った。

「このままお三方が睨み合ってても面白くないですし、何より今日は他のお客さまもお見えになってます。
 ですから、ここは一つゲームで勝負しましょう」

 たしかにゲームでなら流血沙汰にはならず屋敷の崩壊も免れそうだ。
 さすが琥珀さん、この手の人種の扱いには慣れてますね。

「ふん、いいでしょう。で、何のゲームをするのかしら」

「では手始めにトランプを。
 翡翠ちゃん、私の部屋からトランプ持ってきてくれる?
 私は皆さんのお茶の準備をするから」

「はい、姉さん」







 手始め、という事なのでトランプの定番、ババ抜きから。翡翠と琥珀さんも加わっての大ババ抜き大会。

 順繰りにカードを引き合い、次々に抜けていく勝者達。
 そうして最後に残ったのは俺と翡翠だった。

「…………むう」

 俺の手札は一枚、対する翡翠は二枚。つまり翡翠のカードのどちらかが当たりのカードでもう一枚がジョーカーだ。
 翡翠の両手に握られた二枚のカードの前に手をかざし、顔色を窺う。こういう場合顔に出やすい人だと結構動揺が見られるもんだ。

 だが。

「──────」

 ついっと片方のカードの前に手をかざしても変化なし。

「──────」

 もう一方も同じく変化ゼロ。
 …………手強い。鉄のメイド根性を纏った翡翠は極限のポーカーフェイス。ぬぬぬぬぅ、ならばここは勘で行くしかないっ!

「こっちだっ!」

 …………………ジョーカー。

 その後あっさりと翡翠に見切られ結局俺が最下位。

「さてさて、では志貴さん。これ引いちゃって下さいな」

「え?」

 朗らかな笑顔で俺の前に大きな箱を差し出す琥珀さん。
 それは立方体であり、上部に中が見えないようになっている穴が開いている。
 そして横の面には、あの…………これ、罰ゲームって書いてあるんですけど?

「あはっ、何言ってるんですか、志貴さん。私は最初に勝負をしましょう、と言いましたよ? 負けたら罰ゲームに決まってるじゃないですかー」

 聞いてねぇぇぇぇぇぇぇ!

「さあ、どうぞ、志貴さん!」

 そして巻き起こる罰ゲームコール。
 くっ、なんだ、この引かねばならない状況は!

「ええい、ままよ!」

 箱の中に手を突っ込み一枚の紙を引き抜いた。
 折り畳まれたそれ開き、何が書かれているか確認する。

「えー、何々? “後ろを向いて振り返りながら、大好きって言う”
 ………………琥珀さん、何ですか、これ」

「はい、じゃよろしくお願いしますねー」

 聞いちゃいない。

「あーはい、わかりました」

 もう何を言っても聞く耳はないだろう、と思い渋々後ろを向く。
 有彦のゲェっていう顔が見えたが俺も同じ気分なんだ、我慢しろ。

 …………なんだろう、背中に好奇の目、あるいは期待に満ちた意思を感じる。
 ま、いいか。

 書かれていた通り、振り返りながら、

「…………だ、大好き」

「──────」

 沈黙。

 有彦以外が目を丸くしたような顔で、言葉を発さず俺を見つめている。ううう、こういう場合、無反応だと一番対応に困るんですけど。

「きゃーきゃーきゃー、志貴さんがっー!」
「志貴さま…………」
「こ、これはまた……」
「えへへ、志貴がわたしのこと大好きだって」
「に、兄さん……それは反則です……」
「と、とおのくぅん……」

 歓喜の声を上げる琥珀さんにうっとりしている翡翠。涎を垂らす先輩と照れるアルクェイド。頬を染める秋葉にぶっ倒れた弓塚さん。

 えーっと……何これ。





/4


 その後は秋葉と琥珀さんが一瞬の目配せを行い、箱の中身を改竄。
 断固一致した女性陣が俺一人を目の仇にしたように狙い撃ち。

 トランプだけでは飽き足らず、しまいには王様ゲームに発展し、露骨なまでのインチキパラダイスと化して俺一人が罰ゲームを被る事となった。
 その内容はといえばさっきのような恥ずかしい台詞から始まり、しまいには誰の趣味か女装にまで到達し、それを見た有彦が腹を抱えて爆笑していたのは今思い出しても腹が立つ。

 そうして気づけば外は闇色────しかも嵐だった。

 カタカタと窓が震え、横薙ぎの風に木々が幹を軋ませる。
 流石にこんな中を帰すのは忍びなかったのか、それとも俺を弄り倒したゲームが余程面白かったのか、秋葉は今日だけ泊まっていくよう皆に進言した。
 それに異を唱える者は無く、酒も開けた大宴会が九時過ぎまで展開され、ようやくそこから抜け出してきた俺は、今こうして自室のベッドに横たわっているというワケだ。

「ま、なんだかんだで楽しかったし、いいか」

 そうして暗い外を眺める。
 時折空を駆ける稲光が室内を照らすくらいしか明かりはない。

 そんな暗くて明るい時間。
 疲れからか、簡単に眠りへと落ちていく俺の意識。

 と、このまま楽しい気分で今日という日の幕を閉じるかに思えた。
 だが神サマってヤツは存外性格が悪いらしい。



 だってそうじゃなきゃ──────あんな面倒は起こらないだろうから。









後書きと解説

……………ムズカシイ。
リクエストを頂いた月姫短編、だけど前中後になりそうな予感。
Fateと違う路線にしなければと思い、月姫メンバーでなければ出来ないような内容にする予定です。

前編は長い前振りだと思ってくれれば問題ない、かな。
暴風と豪雨吹き荒れる屋外。陸の孤島と化した遠野邸に集められた面々。
そこで渦巻く策謀、解決を試みる志貴、犯人を貴方です! ってなカンジで。
あ、罰ゲームはあれです。某孤島で行われた王様ゲーム。

ま、こちらはボチボチ書いていくとしてFateの方もコイツを出してくれって要望があったんでそっちも書こうと思います。
…………書けるかなぁ。



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