渦巻く策謀-中編









 ──────時刻は十時を過ぎた頃。

 月明かりの届かない暗い世界。
 そこに響くのは風の吹きつける音と、雷が夜空を染める音だけ。
 そう、今この時、それ以外の音が響く筈が無かった。

 だが。

『きゃあああああああああああああああああああああああ!』

「──────っ!」

 闇を裂く声が耳を突く。
 近場ではない。一階の方から聞こえた悲鳴。

「今の声は…………翡翠か?」

 眠りへと落ちかけていた意識が覚醒する。
 回りだした思考に従いナイフをポケットに放り込み、悲鳴の元へとただ走った。






渦巻く策謀-中編/Devise a Stratagem II




/1


 声の元は多分客間の辺りだろう。今日はアルクェイドや弓塚さん達が泊まっているはずの辺りだ。ちなみに反対側の客間には先輩と有彦が泊まっている。
 悲鳴の原因はわからないが、とりあえず現場に急ぐ。

「翡翠!」

 客間の前に蹲るように座す翡翠の姿を認めた後、そう大声で彼女の名を呼んだ。

「し、志貴さま…………」

 俺の姿を見て多少安堵したのか、崩れそうな表情が少しだけ和らいだ。
 そして未だ震える手で、闇の奥を指した。

「────────え?」

 途端、頭が真っ白になった。

 さっきまで冷静だった頭が沸騰したみたいに熱くなる。何も思考出来ない。それを、何かの間違いだろうと思いたかったから。
 だって、ありえる筈がない。ありえる筈がないんだ。

「アル、クェイド────?」

 闇の奥、そこにはうつ伏せのまま廊下に倒れている彼女。ぴくりとも動かず、開かれた窓から差し込む稲光を浴び、金糸の髪を輝かせるアルクェイドの姿があった。

「おい、アルクェイド? 何、寝てるんだ」

 俺の呼びかけにも応えない。
 ありえない。夜の彼女には死は無い。この眼を以ってしても視る事が出来なかったんだ。
 だから、アルクェイドが死ぬなんてアリエナイ。
 わかってる。わかっているのに、その姿はまるで────……

「おい、悪い冗談はよせ。おまえが死なないってのは俺が一番良く知ってるんだ。
 だから、────起きろよ!」

 応える声は無い。
 それで、俺の中で何かがキレた。

「遠野くん!? それに翡翠さん! どうし────アルクェイド!?」
「兄さん!? 翡翠!」

 遅れてやって来た先輩と秋葉の声がする。
 だが俺の足は力なく崩れ落ち、硬い床を叩いた。

「秋葉さんは遠野くんを! 私はアルクェイドを診ますから!」
「わかりました! 兄さん、しっかりしてください!」

 耳に音は入ってきている。
 だが体が動かない。まるで、糸の切れた操り人形のように……。





/2


「ん………あれ、ここは……」

 気がつくと、そこは自分の部屋だった。
 あれ、なんで?

「ようやく気がつきましたか、兄さん」

 側には柔らかな表情で安堵の息をつく秋葉の姿があった。

「えっと………秋葉? 俺、なんでここに?
 確か、俺は────」

「まだ混乱しているようですね。
 とりあえず、これを飲んで落ち着いてください」

 手渡されたのはグラスに入った冷たい水。
 ひんやりとしたそのグラスを数秒眺めた後、煽るように喉に流した。渇ききっていた口内が、体内が潤され、思考もクリアになっていく。

「────ふう、落ち着いた。ありがとう、秋葉。
 何がどうなったのか、説明してくれるか?」

「はい。まず兄さんはどこまで覚えていますか?」

「えーっと、寝ようとしてベッドに入ってた時に翡翠の悲鳴が聞こえて……それで駆けつけたら……っ! そうだ、アルクェイドは!? アイツはどうしたんだ!?」

 捲くし立てるように言葉を紡ぐ。
 だが秋葉は俺のそんな言葉を予期していたように、

「落ち着いてください、兄さん。
 アルクェイドさんに別状はありません。ただ気を失っていただけです」

 別状はない。その言葉だけで、体が軽くなった気がした。

「そうか、良かった……」

「今後については皆さんに居間に集まってもらっているので、そこで詳しい説明をします。体調が悪いようでしたら兄さんは寝ていても構いませんが……」

「いや、大丈夫だよ。ちょっと驚いただけだから。
 良し、じゃ居間に行こうか」



◇




 秋葉と二人、屋敷の廊下を居間を目指し歩く。
 時折目に入る外の風景は変わらない。いや、より闇が濃くなっているような感じすらする。まるで、この先の俺達を暗示しているように。

「それにしても、ちょっと妬けます」

「え?」

 不意に秋葉が口を開いた。

「だっていつも達観してて余り熱くなる事のない兄さんがあんな状態になるなんて……兄さんにとってアルクェイドさんは余程大切な存在なんですね」

 そう語る表情はどこか淋しげで、それでいて羨望のようなモノが入り混じった微妙な表情に見えた。

「何言ってんだ。もしあの場面でアルクェイドの代わりに秋葉が倒れてたら俺はきっともっと取り乱してたぞ」

 アルクェイドが死なないってのは良く解っている。解っていてもあんな状態になったんだ。もし秋葉や翡翠達が同じ状況になっていたら………。

「…………兄さん」

 だが俺の言葉をどう解釈したのか、頬を赤らめている秋葉。
 ま、特に害は無さそうなんで、このまま居間まで行こう。



◇




 居間に入るとそこには既に翡翠、先輩、有彦、弓塚さんが待っていた。

「よう、遠野。大丈夫だったか?」

 珍しく人を気遣う台詞を口にする有彦。

「ああ、問題ないよ。ところで、琥珀さんは?」

「はいはーい、お呼びになられましたか、志貴さん?」

 カチャカチャとポットとカップの載ったトレイを持って厨房より出てきた琥珀さん。
 なるほど、お茶の準備をしてたのか。

「ささ、秋葉さまと志貴さんもお掛けになって下さいな」

 促されるままにソファーに腰掛け、注がれた紅茶を啜る。

「では、事の次第を説明します」

 一息ついた後、秋葉がそう切り出した。

「事件が起きたのは今日の十時頃。現在十一時過ぎですから約一時間ほど前になりますね。
 倒れていたアルクェイドさんを最初に発見したのが翡翠。そうよね?」

 事件…………というのは余りに大袈裟な気もするが、まあそれはどうでもいい。
 秋葉に向けられた視線にいつも通りの表情に戻っている翡翠は一つ頷き、

「はい。私が戸締りの確認の為、屋敷内を歩いていた所、客間の前に倒れているアルクェイドさまを見つけました。それで、頭が真っ白になって…………」

 人が倒れている場面に遭遇すればそうなるのが普通だろう。ましてやそれが顔見知りなんだから。それでもメイドとして常に冷静でいられなかった事を恥じているのか、翡翠は俯いてしまった。

「その後兄さんが駆けつけて、その少し後に私とシエル先輩が駆けついた、というワケね。
 それで、アルクェイドさんの状態なのだけれど────」

「それは私が説明しましょう」

 秋葉の言葉を遮って、先輩が声を上げる。
 確か倒れたアルクェイドを診たのは先輩だった筈だ。

「アルクェイドが気を失っていた、というのは周知の通りですね。
 今は客間の方で横になっています。
 で、アルクェイドを気絶させた要因ですが…………」

 それは?

「何か毒物を飲まされたようです」

「…………毒物如きであのアルクェイドさんを昏倒させる事が出来るんですか?」

 秋葉が心底驚いたようにそう言葉を綴った。
 確かに俺もアルクェイドが毒物なんかで気を失うのは想像できない。だが事実、先輩が嘘を言わない限りそう受け止めるしかない。

「はっきり言ってしまえば毒物らしき物、としか解りませんでした。
 口に何かを含んだ痕のような物が残っていたのでそう判断したのですが……外傷もありませんでしたしね。
 ですが並みの毒物では、秋葉さんが言うようにアルクェイドを昏倒させる事は無理でしょう。よって強烈な威力を持つ毒物、あるいは未知の毒物が今回の事件に用いられた可能性が考えられます」

 強烈、または未知の毒物ねぇ…………。

「あれ? あれれ? どうして皆さん私の方を見てらっしゃるんですかー?」

 先輩の話を聞き終わり、皆が一様についっと視線を滑らせるのは、給仕をしている琥珀さん。割烹着の悪魔、マジカルアンバーなどの異名を持つ遠野家の影の支配者。
 そして何より、屋敷の裏にて怪しげな庭園を作り、そこでもっと怪しげな植物を育てているという事実。

「いやですねぇ、皆さん。私を疑ってらっしゃるんですか?」

 疑ってるワケじゃない……けど、そういう危険物を持ってそうな人物といえば琥珀さんしか思い浮かばない。

「誰かを疑うのは後にしましょう。
 まずは兄さんが寝ている間に行った現場検証について説明します」

 現場検証というとアレだ。
 刑事物のドラマとかで良く見る鑑識の人たちが事件が起きた現場を調べる事、または証拠と成り得る物を探し出す事だ。

「何か証拠らしき物でもあったのか?」

「順を追って説明しますね。
 まずアルクェイドさんが倒れていた場所、その付近の窓が一つ開け放たれていました」

 ああ、それは少し覚えている。
 吹き込む風と雨、そして差し込む稲光に倒れたアルクェイドが照らされていたんだ。

「単純に考えればこれは外部犯に見せかける物だと考えられます。
 ですがこれは余りにも露骨ですし、内部犯である可能性を示す証拠もあります」

「それは?」

「先ほどシエル先輩がおっしゃったようにアルクェイドさんは口に何かを含まされて気絶していました。
 幾らあーぱーなアルクェイドさんと言えど、外部の人間にそう易々と負かされるとは思えませんし、何かを口にさせられるとも考えにくい」

 確かにアルクェイドが後れを取る相手などそう居ないだろう。
 真祖を狙ったネロのようなヤツらだったら可能性はあるが、それならこんな回りくどいやり方はしまい。

「そして証拠がもう一つ。
 これはシエル先輩が見つけた物なんですが」

 秋葉はそこで言葉を区切り、後を先輩に任せるように視線を送った。

「アルクェイドの指先と、倒れていた付近にお菓子の残りカスのような物が付着していました。残りカス……と言ってもクッキーのような固形物の欠片ではなく、どちらかといえば溶けたチョコレートのような感じでしたね。
 ほら、チョコレートって指先で摘み続けてると溶けてくるじゃないですか。丁度あんな感じです」

 先輩の言う通り、チョコレートなどは放っておけば勝手に溶けていく。それも体温レベルの温度に曝され続けたのなら、より早く溶けてしまうだろう。

「これは口内に残された痕跡と類似していたので、これを口にした結果、アルクェイドは気絶したと考えられます」

 …………それは、つまり。

「アルクェイドはそれを毒物と知らず、自分から口にしたっていうのか?」

「そうなりますね。よって外部犯の可能性はより低くなります。
 アルクェイドさんなら知り合いから差し入れと称し、偽装された毒物を渡されれば、自分で口に運ぶのは想像に難くありません」

 まあ……確かに。
 俺だってもし琥珀さんや秋葉にそういう風に渡されたら疑うことなく口にするだろう。
 だが腑に落ちない。

「ちょっと待ってくれ。
 じゃあ意図してアルクェイドにその毒物を食わせるように仕向けたって言うのか?
 それも、────この中の誰かが」

 轟音と共に閃光が走り、カーテンの隙間から僅かな光を覗かせる。
 そして世界から音が消失し、カタカタと揺れる窓の音だけが響く。

 自分で言ったとはいえ不快な言葉だ。この中の誰かが悪意をもってアルクェイドを昏倒させたなんて。
 それは皆も同じなんだろう。一様に黙り込み、今後を憂いている者、思案を巡らせる様に目を瞑る者など様々だ。

 そんな沈黙から一分ほど経った頃だろうか。

「遠野くんの言うように、現在の証拠では内部犯の可能性が高いです。
 しかしまだそれらは可能性の域を出ていません。
 ですから、ここで皆さんに事件当時のアリバイを証明して貰おうと思います」

 そう先輩が真剣な顔つきでそう口にした。
 何だかんだでアルクェイドと一番付き合いが長いのは先輩だろう。
 外面は冷静を装っているが、内面では憤ってるに違いない。

「アリバイ…………ですか?」

 今までほとんど喋らなかった弓塚さんが先輩の顔色を窺うようにそう言った。

「ええ。アリバイ、知りませんか? よくドラマなんかで出てくると思いますけど」

 アリバイ。事件に関わる者がその犯行当時その現場に居なかったという証明。いわゆる現場不在証明ってヤツだ。
 これは主に事件の容疑者相手に使われるものだが、今回の騒動では内部犯の可能性が極めて高い。ならこの場にいる全員が容疑者と言っても過言ではない。だからここでそれを証明するのは道理と言えるだろう。

「はい。では一人一人聞いていきましょうか。
 犯行時刻である今日の十時過ぎ、皆さんは一体何をしていたのかを」





/3


Case 1. 〜遠野志貴の場合〜

「俺は宴会の後、一人自室に戻ってベッドに横になってた。
 それで先輩の言うように、十時過ぎに翡翠の悲鳴が聞こえて駆けつけると、蹲るように廊下に座り込む翡翠を見つけたんだ。
 後は先輩と秋葉の知る通り、横たわるアルクェイドを見て茫然自失としちまったっていう訳だ」

「ふむ…………自室で横になっていた。
 これを証明する事、あるいは証明してくれる人はいますか?」

 まず間違いなく来るだろうと思っていた質問。

「ないよ。一人で自室に居たんだからそれを証明できるのは俺だけだ」

 そう、これを誤魔化す事など出来はしない。

「では犯行当時のアリバイを遠野くんは証明することが出来ない、という事になりますが…………」

「ああ、それは仕方ない。
 一人で自室に居た以上、それを証明するものはないんだから」

 アリバイとは本人の言だけでは成立せず、何らかの物的証拠、あるいは目撃者がいなければ証明できない。よって俺のアリバイはない事になる。
 だが俺には犯行に際し決定的に足りないものがある。だからこの場は真実を述べるだけでいい。

「……まあいいでしょう。次に行きます」


Case 2. 〜遠野秋葉の場合〜


「私は皆さんとの食事の後、琥珀と共にお風呂に入っていたわ。いつもはもう少し早く入るのだけれど、今日は食事が長引いてしまったからね。
 で、その最中に悲鳴が聞こえて、急いで着替えを終わらせて駆けつけると、呆然とした兄さんと翡翠を見つけた、という訳です。そうよね、琥珀?」

「はい、秋葉さまの言に相違ありません」

 前半は俺には解らないが、後半は俺が記憶している。
 だから間違いはないだろう。

「一つ質問ですが……秋葉さんが出て行った後、琥珀さんは何をしていたんですか?」

「翡翠ちゃんの悲鳴が聞こえて私もいてもたっても居られなくなったのですが、秋葉さまが頑なにここに残れ、と仰いましたので仕方なく後片付けをしていました」

「ふむ…………なるほど」

 秋葉と琥珀さんが結託、偽証していなければこの二人のアリバイは証明されたと言えるだろう。お互いがお互いのアリバイの証人だ。
 犯行時刻より前はずっと風呂場にいたんだとしたら、アルクェイドに何かを食わせるのは無理だし、悲鳴の後に別れた以上それまで二人は一緒にいたんだから。

「あのっ…………一ついいですか?」

 唐突に、おずおずと弓塚さんが手を上げた。

「はい、何でしょう?」

「えっと、遠野さんと琥珀さんがお風呂に入ったのって……何時頃ですか?」

 それに秋葉は顎に手をあて、思案するように目を閉じた。

「…………食事が終わったのが九時過ぎ。
 そのすぐ後だと記憶していますけど……何か問題でも?」

「う、ううんっ、何でもないの! ちょっと訊いてみたかっただけだから……」

 ぶんぶんとツインテールを振り乱し、弓塚さんは話を終えた。


Case 3. 〜翡翠の場合〜


「秋葉さまと姉さんがお風呂に入られた後、私は居間の片づけをしていました。厨房は姉さんの管轄なので、食器を下げ、テーブルを整える程度でしたが。
 その後、少し休憩を挟み、屋敷内の戸締りの確認をしていた所、倒れていたアルクェイドさまを発見いたしました」

「ふむ………それを証明することは出来ますか?」

「あー、片づけをしてたのは見たぜ。最後まで居間にいたのはオレだったみてーだし」

 と有彦。

「はい。乾さまの仰る通りです」

「間に挟んだ休憩というのは何処で、どれくらいの時間でしたか?」

「…………片づけを終えたのが九時三十分頃でしたので、その後十分くらいでしょうか。
 場所は自室でしたので、証明できるものはありません」

 自室、てのはこの状況じゃ厄介な場所だな。用が無ければ他人の部屋なんてまず入らないだろうから、そこに居た、と証明できるものは数少ない。

「では第一発見者である翡翠さんにお聞きします。
 倒れていたアルクェイドに遭遇した時の状況説明をお願い出来ますか?」

「はい。片付けと休憩の後、戸締りを確認する為、屋敷内を歩き回っていました。今日は台風が接近しているので念入りに確認しなければ、と思いまして。
 それで客間の方に差し掛かった時、うつ伏せに倒れたまま全く動かないアルクェイドさまを発見いたしました。
 突然の事に頭が真っ白になってしまい、悲鳴を上げてしまった、という所です」

 そう語る翡翠はいつもの鉄のメイド心を纏った冷静沈着メイドだった。
 いつだったか、あーそのー、まあ、俺が翡翠に粗相をした時でさえ声を上げなかったというのに今回は声を上げた。それだけでその時の翡翠の動揺ぶりが解るというものだ。

「アルクェイドを発見した時、辺りにおかしなものはありませんでしたか?
 例えば、不審な影を見掛けたとか」

「いえ、そのようなものはなかったように思います。
 動揺しておりましたので、確実にそうと言い切ることは出来ませんが……」

「そうですか、解りました」


Case 4. 〜琥珀の場合〜


「私は────」

「琥珀さんは秋葉さんと一緒に居たようですので証言はいりませんね。
 次に行きましょう」

 語りだそうとした琥珀さんの声を先輩の声が遮った。

「ええ〜、私にも証言させてくださいよー、シエルさんのいけずー」

 くねくねと体をうねらせながら懇願している琥珀さん。
 …………絶対この状況を楽しんでるよね。

「…………はあ、良いでしょう。
 では秋葉さんの証言以外に気づいたことなどはありますか?」

「そうですねー…………」

 うーん、と顎に指を当て考え込んで、

「……特にありませんね」

 朗らかにそう答えた。

「…………次、行きましょう」


Case 5. 〜乾有彦の場合〜


「あー……オレはどうやら宴会の最後の方で寝ちまったらしい。ちょっと調子に乗って飲み過ぎたせいだと思うんだけどな。
 それで目が覚めるとそこの翡翠ちゃんが後片付けをしててよ。手伝おうか、て訊いたんだけどお客さまの手を煩わせるわけには参りません、て言われちまってな。んで教えられた客間に戻ってシエル先輩に起こされるまで寝てたってわけだ」

「確かに乾くんを起こしに行ったのは私ですが……良く寝てましたね」

 ちょっと呆れたように先輩が言った。
 確かにあの悲鳴を聞いても寝てられるのは神経が図太いというかなんというか。

「はっはっは、まだ酒が抜けきってなかったみたいで。面目ない」

「ふむ。翡翠さんの証言と合わせて間違いはないようですが……寝ている間のアリバイなんて証明できませんしね。次行きましょう」


Case 6. 〜弓塚さつきの場合〜


「えーっと、その、私も案内された客間に入った後、ずっとそこにいました。
 あ、一度だけ外に出たけど…………」

「それは何時で、何の目的でですか?」

「あ、その、お、お手洗いを探して…………」

 いつになくおどおどした感じで言葉を紡ぐ弓塚さん。
 先輩に気圧されてるんだろうか。

「その時に不審なものや気づいたことはありませんでしたか?」

「あ、ありません。わたし、何も見てません」

 口調は弱々しいが、だがはっきりとそう言い切った。
 まるで、何かに急かされるように。



◇




「ふむ、これで一通りのアリバイは聞き出せましたね」

 淹れ直された紅茶のカップに口をつける先輩。
 それは考えを纏めるようにゆっくりとした動きだった。

「お待ち下さい、シエルさま」

 そこに不意にかかった声。ふと、横に視線を向ければ…………ってあれ?

「なんでしょうか、翡翠さん」

「まだシエルさまのアリバイを聞いておりません」

「ああ、そういえば忘れていました」

「忘れていた……本当にそうでしょうか?」

 冷徹なまでの蒼いグルグル眼が先輩を見据える。

「何が言いたいんですか? 言いたい事があるなら仰ってください」

 対する先輩も翡翠の顔つきに何かを感じ取ったのか、カップを置き真摯な面持ちで翡翠を見つめ返した。

「では僭越ながら。
 シエルさまはこの事件に対し、率先して解決の先陣を務めてまいりました」

「こういう物事は誰かが指導していく方が早く解決に漕ぎ着ける、と踏んだまでですが」

 確かに議論の場では進行役が不可欠だ。
 そういう意味ではこれまで先輩は充分にその役目を果たしてくれたと言える。秋葉もな。

「確かにそうですね。
 しかし今までの意見を纏めると、未だにこの場の全員に容疑がかかっている状態です」

「ええ。まだアリバイを聞いただけですから」

「その場で容疑のかかった一人が率先して導き、進行役を務める。
 そこに違和感を感じませんか?」

「ですから、言いたい事があるならはっきりと仰ってください」

「では…………私が一番疑っているのはシエルさま、貴女です」

 その唐突なまでの翡翠の一言に場がざわめく。
 ていうか翡翠、なんかキャラ違くない?

「(あらあら、翡翠ちゃんてば洗脳探偵モードになっちゃってますねー)」

「(こ、琥珀さん?)」

 小声で俺に話しかけてくる琥珀さん。
 洗脳探偵って…………まさか、あれですか?“お部屋をお連れします”とか“貴方を、犯人です”のヤツ?

「(そうです。
 翡翠ちゃん、スイッチ入っちゃったみたいですからこれからが見物ですよ)」

 子供のように目を輝かせた琥珀さんが、嬉々とした表情で翡翠を見つめている。
 貴女は…………止めようとか、考えたりしないんですね。

「────ほう、それは興味深いですね。ではその根拠を明示して頂けますか?」

 先輩の眉が若干吊り上る。
 それは遺憾に思ってなのか、疑いをかけられてムカついているのか、それは解らない。

「まず第一にご自分のアリバイを省こうとなさった事」

「それは忘れていただけだと言ったでしょう。なんなら今から説明しましょうか?」

「いえ、結構です。
 他の方のアリバイにシエルさまの名前が出たのは乾さまの事件後の時だけ。
 ですからそれ以前に誰かと行動を共にしたという可能性は極めて低いです」

「まあ…………それはそうですけど」

 言い澱む先輩。むむ、翡翠から得も知れぬ圧迫感を感じるのは何故だ。

「第二に率先してこの場を先導した事です。
 確かにシエルさまの仰るとおり、誰かが先導する方が解決に漕ぎ着けやすいでしょう。
 しかしこの場の者は皆、容疑がかかったままの状態です。そんな場で自分の意のままに場を進行させようとする。そこにどんな意図があるか解りますか、志貴さま」

「へ、俺?」

 唐突に振られた話題に俺は唖然、あるいはきょとんと言った顔をしているだろう。

「えー……っと、そうだな。
 自分に容疑がかからないようにする、とか?」

「さすがは志貴さま、まさにその通りです。
 自分で進行役を務めるという事は場を自分の意思によって操作できる、という事です。つまり自分に容疑がかからないように誘導、他者の言動を規制する意味を持っています」

 捲くし立てるように言葉を紡いでいく翡翠。そこには妙な説得力というか、迫力みたいなものがあった。
 これにはさすがの先輩もただただ翡翠の言に耳を傾けるしかないようだ。

「進行役……つまり探偵でありながら犯人である。
 これは犯行の場において最強の役回りと言えるでしょう」

 確かに進行役には疑いをかけにくい。なぜならもし犯人なら率先して自分の犯行を暴くような行為をするとは思えないからだ。
 翡翠が言いたいのはまさにそういうこと。あえて自分が探偵役も兼ねることで自分への疑いを減らし、かつ自分が疑われないように場の流れを操作する。
 これが可能であれば確かに最強だ。どっかのマンガで見たような気もするが、気にしてはいけない。

「なるほど。翡翠さんの仰りたいことは良くわかりました。
 ですがそれはまだ疑い、という段階です。私を犯人と断定する根拠はゼロに等しい」

 それも真実。
 翡翠の言はあくまで率先して進行役を務めた先輩が怪しい、と思っただけだ。
 そこに証拠も根拠もないんじゃ、ただの疑惑の域を出ない。

「根拠なら、あります」

「それは一体なんでしょうか」

「動機です」

「──────ほう?」

「聞けばシエルさまは何かとアルクェイドさまと争っていらっしゃるようで。
 この遠野邸でも幾度となくアルクェイドさまと対立する場面を拝見しています」

 家でやる時は大概そこに秋葉も絡むんだけどな。
 ま、それはさておき。

「それに他の方にアルクェイドさまを貶める理由がありません。
 ほぼ初対面の乾さまと弓塚さま、私と姉さんはお客さまにそのような無礼をする筈がありませんし、志貴さまに限っては以ての外。秋葉さまには……多少あるかもしれませんが、やはり一番大きな動機を持つのはシエルさまです」

「ちょっと、翡翠! なんで私だけ──もがっ、もががっ」

「はいはい、秋葉さま。今翡翠ちゃんが頑張ってますのでお静かに願います」

 横槍を入れようとした秋葉が琥珀さんが抑える。
 そしてここまで静聴していた先輩がソファーに背中を深く預け、髪を掻いた。

「…………ふう。翡翠さん。貴女の推理も大概にして面白くありませんね。
 アリバイ、動機。
 たとえそこに疑いがあったとしても、立証するには最重要な物がありません」

「心得ております。アルクェイドさまを気絶させた毒物…………いわゆる凶器と呼べるものです。
 それが何であるかをはっきりと証明し、そしてどのようにして犯行が成されたのか。それを日の元に明らかにしなければ犯人を特定するには至りません」

「では無理ですね。私が調べた限りではその凶器が何であるかまでは特定できませんでしたし。それとも、何か根拠があってここまで話を続けてきたとでも言うんですか?」

「────はい。全てを明確にすることは可能です」

「──────っ!」

 先輩が息を飲む。
 翡翠の瞳に宿るのは絶対的な確信。直視するのも憚れるようなその瞳は、ただそれだけを湛えていた。

「ふん、いいでしょう。
 で? どうやってそれを提示してもらえるんですか?」

「では皆さまとでアルクェイドさまのいらっしゃるお部屋に参りましょう。
 そこで全てを明確にして見せます」

「わかりました。秋葉さん達もそれでよろしいですか?」

「…………ええ。構いません」





/4


 居間に集っていた面々が立ち上がる。翡翠がアルクェイドの部屋に行けば全てを明確に出来ると断言した為、そこに向かうのだ。

 だが…………俺はまだ、心に一つの引っ掛かりを残していた。

 往々が居間を出、彼女も同じく出ようとしたその刹那。

「弓塚さん」

 そう、後姿の彼女に声をかけた。

「え、はい。ええとっ、な、何かな、遠野くん」

 振り向いた彼女の顔にあるのは困惑に似た感情。

「正直に答えて欲しい。
 弓塚さん──────何か隠してないか?」

 俺の言葉にビクッと体を震わせる弓塚さん。
 やっぱりか。
 翡翠と先輩のやり取りのせいで秋葉達は忘れているんだろうけど、アリバイ説明時の弓塚さんは俺の目から見れば余りにも怪しかった。

「え、えええと、何のこと、かな」

「アリバイを先輩に聞かれたとき、弓塚さん、一回客間から外に出たって言ってたよね?」

「え、う、うん。
 あの時も言ったと思うけど、その、お手洗いを探して……」

「その時、何かを見たんだろう?」

「──────っ」

「教えてくれないか。
 この事件には何か裏があると思うんだ」

 実際何もかもがおかしすぎる。集められた俺に関わる人達、いきなりのアルクェイドの昏倒、事件の経緯、皆の言動。どこから仕組まれてたのかはわからない。だけど不可解な点が多すぎるんだ、この事件は。

 俺の思考の間、彼女の方も思考していたのか、視線は宙を彷徨い続けていた。
 そしてその視線が俺を認めた時、彼女は大きく深呼吸をし、

「…………遠野くんには敵わないな。うん、確かにわたしは客間から出た時におかしなものを見たんだ。
 あ、その時は不思議に思わなかったんだけど、みんなのアリバイを聞いた後だとどうしてもおかしく思えちゃって。だからわたしの目の錯覚だったんだろう、って思ってて黙ってたんだけど」

 言葉を紡いでいく弓塚さんにさっきまでの緊張はなく、いつも通りの弓塚さんだった。強いて言えば、いつもより声に嬉しさが篭もっているような……気のせいだろうか。

「うん。で、弓塚さんは何を見たの?」

「えっと、それはね─────………」

 その言葉に。
 俺は疑惑を確信に変え、真実を知った。









後書きと解説

無理無理無理無理、こんな作風向いてない。
はい、というわけで急展開の中編でした。何だろうね、コレ。

目標は推理物。だけど適当すぎて推理出来ないだろう物になってしまった感じ。
ていうか、推理物の小説とかあんまり読まないんですよね。
じゃ書くなって言われそうですけど、はい、多分もう書きません。コレは書ききりますけど。
推理好きの人には突っ込みどころ満載でしょうが、突っ込まれれば適時修正するんで、
どうぞ、ご随意によろしく申し上げます。

この時点で犯人、事の真相まで完全に読みきれた人がいたら、すごい。
これは推理が難解だからではなく、材料が多分足りないからです。

あれです。某子供探偵と一緒で、作中の人物しか知り得ない情報があるからなんですが……。

ポイントはもちろん、さっちんの見たもの。そして何故前中後編なのか。
んで不審な行動を取る人物に着目できれば……なんとか、ならないかなぁ……。
あ、後はモノローグはあくまで志貴の視点であり、私の視点ではない、というのもポイントかも。

最大のヒントは「Fate」ではなく「月姫」であること。
Fateじゃこの展開は多分無理………だと思います。





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