彼と彼女と時々少女









 誓約を破り捨て、新たな幻灯機巧……マスターを手に入れてから幾許か。
 夢の世界でしか存在できなかった少女は現実に干渉する術を手に入れた。そのマスターもまた現実には存在し得ない存在。悪夢の具現。
 さて。どちらがマスターでどちらが使い魔なのか、分からないと言ったのは誰だったか。

「で。こんな場所に呼び出して一体何の用?
 オレを上手く使う余興でも考え出したのかい、お姫様」

「違うわ。私は貴方に文句があって呼び出したの」

 場所は街のどこかのある、どこにでもありそうな路地裏。しかし、幾人もの血に塗れたこの場所こそ、この虚ろな主従には相応しい。

「──文句? さて、特に粗相を働いたつもりはないが」

「ええ、そうね。新たな誓約を交わしたあの日以来、貴方ったら私にほとんど干渉して来ないもの。貴方は私がなくては存在できないって事、わかっていて?」

「それを言うならお互い様だろう。どちらが欠けても存在し得ない。いや、まったく。こんな関係は世界中探しても他にはないだろうな」

 くつくつと青年は笑う。
 確かに、両者は互いが互いを必要としている関係だ。少女は現実に干渉するために青年を依り代とし、青年は少女の力がなくば存在することさえ許されない。
 しかし力関係は拮抗しているように見えてその実、不均衡だ。少女は新たな依り代を探すことは出来るが、青年は少女の意思一つでまた死者の世界へと還る事になる。
 だがそんな事は瑣末だと言わんばかりに青年は笑う。たとえそうなったところでまるで構う必要はない、いや、むしろそれこそを望んでいると。

「貴方って人は…………! せっかく私が選んであげたんだからもうちょっと喜んだらどうなの!? 毎日毎日死人みたいに街をふらふらするばかりで……! 私のマスターなんだからもう少しそれらしく振舞いなさい……!」

 少女は声を荒げる。その様を青年は切れ長の目でじっと見つめたまま聞き続け、少女が一息ついたところで「ああ……」と何かに思い当たったように呟いた。

「つまり──寂しいから構って欲しい、と。そういうコト?」

「………………なっ!!」

 少女の頬が紅潮する。的を射たその一言は少女の中身をぐるんぐるんと揺さぶった。
 熟れ切った林檎のような頬とその身を彩る白亜のドレス。その対比は中々に綺麗なものだと青年は口には出さず頷いた……が。

「〜〜〜〜〜〜っもういい!
 貴方みたいな唐変木はパンダにでもなってしまいなさいっ!」

「────っ!」

 少女の憤怒の言葉に呼応するように青年を光が包む。
 一瞬の後、つい先程までそこにあった筈の若々しい青年の姿は形を失い、どこぞの動物園から逃げ出してきたかのようなジャイアントパンダの姿だけが残されていた。

「ふふふ、あははははははは! どう、パンダになった気分は」

「…………」

 青年だったパンダは己の身体に何が起こったのか、確認するように腕や脚、身体を見回す。しかしどれだけ見回そうともやはりパンダにしか見えなかった。

「声も出ない? そう、そうでしょうね。貴方は元々夢の住人である私によって生み出された存在。外見を変化させることなんて造作もないわ」

「…………」

「とりあえず、その姿のまま少し反省しなさい。許しを請えば、すぐにでも元通りにしてあげるから」

 妖艶な笑みを振りまいて少女は雪を纏う。舞い散る雪が溶けゆくように少女の姿もまた路地裏から姿を消した。
 残されたのはパンダへとその姿を変貌させられた青年ただ一人。
 青年は幾度かその四肢を確かめるように動かし、跳躍する。鈍重なその体つきからは想像など出来ないような速度で壁面へとへばりつき、たん、ともう一度壁を蹴って地面へと着地した。

「……なるほど。身体能力は以前のままか。変えられたのは外見だけ……と。着ぐるみを着ているようなものか。ならばさほど不自由もない。
 ────ああ、一つだけあったか。この手では……」

 ナイフを握れない。
 つまり刃物による解体が出来ないこと。それだけが彼の不満だった。






彼と彼女と時々少女/Boy meet Girl




/1


 それから更に数日。行方を眩ました少女はそろそろ彼も反省した頃か、と思い立ち、再度現世へと舞い戻った。
 だがそこで彼女が見たものは彼女の想像の斜め上を行くものだった。

「……なんで? なにやってるの、あいつ!?」

 少女が彼の気配を辿り、行き着いた先。どこにでもありそうな空き地の中心にそのパンダはいた。確かにいたが、ただその光景が異様だった。
 彼女の予想ではそろそろ己の身体に辟易していて、項垂れているものだと思っていた。そしてそこに颯爽と登場していって、彼が一言謝れば許してあげないこともないと思っていたのに。

 それがどこをどう間違ったらあのパンダときたら中学生くらいの少女と組み手なんかをしているのか。まるで自分の境遇を省みてなどいないかのように少女と楽しそうに組み手をしている。いや、表情を窺い知ることは出来ないが。

 たん、たたん、とリズミカルに交わされる二人の拳。裂帛の気合をもって放たれた少女の拳は、しかしパンダに難なく受け流され逆にカウンターを貰う結果となった。
 それで稽古は終わったのか、少女は元気に挨拶をして空き地を後にした。そしてこちらに背を向けていたパンダがくるりと振り向く。

「────っ!?」

 咄嗟に身を隠す彼女。盗み見るように塀に預けていた身体を引っ込める。

「……バレた? まさか、見られてなんて……」

 今一度顔を半分だけ出し覗き見る。振り向いたと思っていたパンダは背をこちらに向けたまま空を仰ぎ見ていた。赤い、茜色に染まった空を。

「………………」

 パンダはそのまま数分ほど空を眺めた後、こちらとは反対側から空き地を出て行った。無人と化した空き地は閑散として、まるで空っぽの心のよう。

「ふ、ふん……! まだ反省が足りていないようだからダメね。絶対にそっちが謝ってくるまで許してなんてあげないんだからっ……!」

 もうこんな場所に来るもんですか、と吐き捨て彼女はいつかと同じように空に溶けた。





/2


「うぅ……もう来ないって言ったのに。なんでまたこの場所に来ているのかしら……私」

 翌日。
 ぴょこりと顔だけを空き地の端から覗かせ、舞踏会のように軽やかにステップを踏む少女とパンダを見やる。
 昨日と同じように少女とパンダは組み手をして、時間が来たら別れるという変わり映えのない日常。それを数日、彼女は見続けた。

 結果として理解できたのは、あのパンダは姿を変えられた事に驚いてもいなければ、まるで不満にも思っていないという事。かつての自分と変わらず、いや前にも増して生き生きとして気ままに過ごしているその様は、いたく彼女の自尊心を傷つける。

「……もういいわよ。そんなにパンダが好きならずっとパンダの姿でいればいいじゃない。知らないんだからっ」

 ふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向いてみても、数秒後にはまた空き地を盗み見ている自分がいる。
 何故彼は自分には構ってはくれないくせに、あの少女には構うのか。それも殺人鬼として恐れられる筈の存在がパンダになったっていうのになんて順応力。我とか、プライドみたいなものはないのだろうか、と考えているうちに、

「……やれやれ。
 いつまで覗き見なんてはしたない真似をしているのかな、うちのお姫様は」

「──────っっっ!?」

 その日の稽古が終わったのか、少女の姿はなく、いつの間にかパンダとなった彼だけが目の前に居た。いつもは空を眺めてからすぐに去って行く筈のパンダが影を伸ばすように突っ立っている。ずーんと聳え立つような巨躯は痩躯だった青年とは比べるまでもない強烈な威圧感を放っている。ぶっちゃけ近くで見るとかなり怖い。

「な、……し、…………し、き……」

「なんだ? 今更自分が変えた姿に驚いているのか。ま、オレも流石に変えられた直後は驚いたものだが、慣れればこれはこれでそれほど悪くはないな」

「な……あ……っ」

「ぅん? なんだ、言いたいことがあるなら言えばいい。いつか言ったように怖がりなのは性分だとしても、勇気が足りないのは頂けないからね」

 それで彼女の中の何かがカチン、と落ちた。
 この男は笑っている。能面のようなパンダの表情の奥で、自分の様を見てほくそ笑んでいるのだと。
 そう直感したとき、彼女は憮然とした顔でパンダを見据えた。
 ぱちん、と指を鳴らす音がして、その一瞬後には彼女の目の前にはいつかの青年の姿があった。

「────お?」

 元通りの姿に変わった青年は懐かしむように掌握する。だがその手を、彼女の手が掴む方が早かった。

「ちょっと、こっちに来なさい」

 ぎゅっと固く握り締めた自分の手。雪のように柔らかい少女の掌と、修練の為か硬く強張った青年の掌。その二つを重ね合わせて空き地に横たえられた土管の前まで二人で歩く。少女はずんずんと大股で。青年は為すがままされるがまま後をついていく。

「座って」

 少女が土管を指差し高圧的な態度で命令を下す。
 いや、まったく。本当にどちらが使い魔なのかわからないな、と青年は胸中にその言葉を収めて言われた通りに土管に腰掛ける。
 その上に、ふわりと雪が舞う。いや、少女が腰掛けた青年の膝の上に座ったのだ。

「…………」
「…………」

 かすかな重みを膝に感じながら、青年は空を仰ぎ見る。
 赤い夕焼けの空は、見えないけれど少女の頬をこの空と同じように朱に染めているのだろうと、なんとはなしに思った。
 二人は無言のまま、その落ちゆく赤い陽を眺め続ける。

「……名前」

「ん?」

「な、名前で呼んでくれたら、ゆ、許してもあげても、いいわ……」

 ちらりと視線だけを僅かに青年に向けた後、すぐにぷいっとそっぽを向いてその言葉を口にした。
 青年は微かに窺い知れた彼女の頬が赤みを帯びていたのは夕焼けのせいなのか、他の事柄に因るものなのか、考えようとしてどちらでも同じなので止めた。

「……そういわれてもね。オレはなぜ怒っているのか、とんと判らないんだけど?
 ほら、それじゃあ一体何に対して謝ればいいのか判らないだろう?」

「う、うるさいわね。そうすれば私が許してあげるって言ってるんだから、素直に従いなさい」

「おお、怖い。ま、いつまでもご機嫌斜めでいられちゃバツが悪い。
 ──レン、で、一体何がお気に召さなかったのかな?」

 名を呼ばれてくるりと少女の顔が青年の方を向く。若干まだ不満そうだったその表情は、少しだけ柔らかくなって前へと向き直った。

「さあ、なんだったのかしらね。忘れたわ」

 膝に座していただけの少女が背中も青年へと預ける。僅かなぬくもりが互いの胸と背に伝わる。それ以上、どちらとも口を開くことはなかった。
 この世には存在し得ない、しかし確かにここにある青年と少女。その二人きりしかいないこの場所で、彼らはいつまでも赤い赤い夕日を見つめていた。





/3


 その後。

「ああ、レン。一つ頼みがあるんだけど」

「なに? 聞ける事なら聞いてあげるわ」

「なに、難しいことじゃない。またあのパンダの姿に戻して欲しいだけだ」

「──は? なんで?」

「いや。あの子とまた会う約束をしたから。この姿で行くわけにもいかないだろ?」

「………………」

「?」

「志貴のバカッ! 勝手にすればいいじゃないっ!!」

 去っていく少女の後姿を眺めながら。

「……いや、まったく。本当に退屈だけはしそうにないな」









後書きと解説

ツンデレってなんですか? 食べられますか? (挨拶)

貴重な休みに一体何を書いているのか。もうダメやもしれん。
MBAC ver.β稼動記念SS。という事にしておいてくれると助かる。

何度書くのをやめようと思ったことか。むしろやめた方が良かったかもしれない。
某サイトさんで白レンのシナリオモードを見て、某所を見てあまりの発想に負けて書いてしまったダメ人間。
つーかこういう芸風はやはり向いてない。読むのはいいけど、書くのはダメだ。

いじめっこ七やんと白い猫。
七夜はきっと解っててやってるに違いない。
なるほど。
志貴が殺人貴としてシリアスになっていくほどに、使われない部分である七夜はコメディ色豊かになるのだと。

じゃあそういう事で。気が向いたら消しておきますね。


2007/01/21



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