Part1 ※WEB拍手内に掲載していたSSです。 基本的に書き散らしたモノばかりですので、さらりと読み流す程度が理想です。 1/もしもシリーズ 〜もしもバゼットが普通に聖杯戦争を終え、ランサーとの別れの時が来たら〜 踏みしめる大地はいつかの荒野に似ていた。 辺りには何もない。 何もかも吹き飛んだ山頂には、もう、余分なものなど何もなかった。 ────戦いは終わったのだ。 聖杯を巡る戦いは終幕を過ぎ、彼の戦いもまた、ここに幕を閉じようとしていた。 それはどれくらいの長さだっただろう。 永遠とも、一瞬とも感じられた虚ろな楽園。 それでも終わりは速やかに浸透し、彼女の呼びかけに応じた彼の姿を透かしていく。 「ランサー……!」 マスターの声に視線を向ける。 走る余力などないだろうに、彼女は息を切らして駆け寄ってくる。 それを、彼は黙って見守った。 「はあ、はあ、は……はあ!」 彼の元まで近寄った魔術師は、乱れた呼吸のまま騎士を見上げる。 ───風に揺れるその姿に、見る影はなかった。 顔は煤け、青い鎧は所々がひび割れ、砕けている。 存在は希薄。 それでも彼は、以前のまま、出会ったときと同じように笑っていた。 「ラン、サー」 遠くには黎明。 地平の彼方には始まりを告げる陽が昇っている。 「お互いよくここまでボロボロになれたもんだ。なあ、マスター」 特別言うこともないのか。 青い騎士はそんな、どうでも良いことを口にした。 「───────」 それが彼女には何より堪えた。 今にも消えようとするその体で、騎士はいつまでも絵本の中の少年だった。 共に戦い、共に夜を駆けた存在。 文句を言いながらも背中を預けあった最も信頼できる相手。 振り返れば、「楽しかった」と断言できる日々の記憶。 ───それが、変わらずそこにあってくれた。 全ての戦いを終え、傷だらけになりながらも、彼女が駆けて来るのを待っていた。 「ランサー」 言ってはいけない。この言葉は口にしてはいけないものだとわかっている。 それでも。 それでも彼女は─── 「ランサー。私と契約を続けてください」 幼い頃からの憧れだったハシバミの少年。 絵本の世界で夢見続けた彼の騎士と。 ───まだ、一緒に居たいと願ってしまった。 「は───────」 騎士の口元に、かすかな笑みが浮かぶ。 「な、なんですか、ランサー。ここは笑うところではないでしょう!」 むっ、と上目遣いで騎士を見上げる。 「いやな。まさか予想通りの問いが来るとは思ってなかったからよ」 「なッ────」 それに魔術師は顔を赤く染める。 だがそれでも彼から視線を逸らすことはせず。 そして彼のその顔に。 その何の未練もない、という顔に胸を詰まらせてしまった。 「ランサー……貴方は」 「んな顔すんじゃねぇよ」 この女に泣かれるのは困る。 彼にとって彼女はいつだって生真面目で、頑固者で、とことん不器用でなければ張り合いがない。 その姿を、いつだって愛らしいと感じていた。 だから最後まで、この女にはいつも通りでいて欲しかった。 「─────バゼット」 呼びかける声に俯いていた顔を上げる。 涙を堪える顔は可愛かった。 胸に湧いた僅かな未練をおくびにも出さず、その言葉を口にした。 「バゼット。あんたがオレのマスターで本当に良かった」 それは、この上ない別れの言葉だった。 憧れ続け、夢に見続けたクー・フーリンが、彼女と共にあったことを喜ばしいと。 彼女で良かった、と口にしたのだ。 ならばもう彼に与えられるものなど何もない。 全ての役目を終え、座へと還る青い騎士に、最後に、満面の笑みを返すのだ。 彼の想いに精一杯応えるように。 「ええ、私も。貴方が私のサーヴァントで本当に良かった」 ───貴方は、最高のパートナーだ。 言葉にはせず。 万感の想いを込めて、彼女は消えていく騎士を見上げる。 それがどれほどの驚きを彼に与えたのか。 彼は、誇らしげにマスターの姿を記憶に留めたあと。 「んじゃな、バゼット。達者で暮らせよ」 ざあ、という音。 騎士は彼女の答えを待たず、いつもと同じように飄々と消えていった。 「───ええ、貴方も」 ぐい、と込み上げた涙を拭い、もう消えてしまった彼に話しかける。 その声は清清しく、いつもの彼女に戻っていた。 ───黄金に似た朝焼けの中。 消えていった彼の笑顔は、いつかの少年のようだった。 〜もしも『決戦』がセイバーvsギルだったら〜 「セイバー、上!」 遥か四キロメートル先からの狙撃を弾くセイバー。 魔術回路をスタートさせる。 眼球に強化の魔術を叩き込む。 「見えているぞ、ギルガメッシュ」 交わる筈のない視線はやはり交わらない。 一方的に見える筈の無い敵を認識する。 戦闘開始だ。今夜、この橋を渡りきる……! 「ぐっ───!? シロウ、今のは一体……!? いえ、どうやって私より早く感知したのです……!?」 「話はあとだ、次が来る! ここじゃ狭すぎる、上まで運んでくれセイバー!」 「う、上? 上とは何処の事でしょう、シロウ?」 「ここより高くて広い場所だ。気が利いている。今夜は俺たちの貸し切りらしい」 「橋の上の自動車道───、確かにここなら足場も視界も確かですが───」 「セイバー! 十時の方向! 目標を確認しろ!」 ───二撃目。 射撃間隔は二十秒。たった今脳裏を掠めた記憶が残り三発だと訴える。 ヤツは確かにアーチャーだが、あの赤い騎士のような狙撃能力は持っていない。 ならば何故、この距離からの狙撃を可能とするのか。 ───簡単だ。 ヤツには千の財宝がある。 その中には、自動的に対象を狙い打つ宝具もあるだろう。 それを宝物庫より探し出す時間が二十秒。撃てば撃つほど探索時間は長くなる。 それが俺たちに残された思考の刻。 「か、確認しました……! 事態は掴めませんが、センタービルの屋上に狙撃手がいる……!」 さすがセイバー。 今の一撃で敵の位置を確認してもらえたのは大きい。 「どういう事です!? アレは───いいえ、こんな事が出来るのは一人だけだ! しかし、あの場所に立っているのは……!」 セイバーの驚きも無理は無い。こんな戦い方は今迄のアイツの戦法とはまるで違う。 「知らない。俺に分かるのはアイツが邪魔だって事だけだ。この橋を通るにはアイツを退かせる必要がある。───今、それ以上の理由が必要か?」 「……貴方の言う通りだ、シロウ。失態の罰は後ほど。今はギルガメッシュの迎撃に全力を───!」 三撃目。残る猶予は後二撃。 ギルガメッシュの狙撃は一撃ごとに力を増している。 セイバーに防がれる度、より強力な宝具を探してる為か。 今のが二十五秒、次はおそらく三十秒か。 この射撃間隔がヤツの弱点だ。 一撃防いだ後、次弾を発見される前にこちらから打って出れば、同じ結末を避けられる。 まったく、アイツがバビロンを整理していなくて助かった。 ───だがどうする。 相手は四キロメートルも先にいるのだ。 白兵戦を主とするセイバーでは、エクスカリバーを使わなければ届かない。 しかし、彼の聖剣は攻撃の範囲が広すぎて、ここから放てば街を巻き込む。 それにヤツはセイバーとは幾度と無く剣をあわせている。エクスカリバーへの対策も立てているに違いない。 ならば走っていくか。 無理だ。 直線距離で四キロ、道なりに進んでいては時間がかかりすぎる。 今考えられる最善の手段は。 こちらしか持ち得ない武器を用い、刹那の内に肉薄するまでのコト……! 「セイバー!」 強く想いを込めて凝視する。 ヤツの目では俺たちの会話を追うことなどできないだろうが、念には念を入れておく。 「───可能です。ですが私の魔力だけでは足りない。失礼ですが、シロウの魔力を足しても十分では……」 「心配ない。こっちにはこれがある」 左手には一つだけ残った令呪。 それを使う事に反対の意を唱えるセイバーを押さえ込む。 逃げは無い。セイバーだけなら逃げられるが、俺が居ては無理なのだ。 それに大切なのは、一度でもこの橋を超えたという事実だけだ。 ───四撃目。 時間が無い。 「令呪でバックアップする。行けるなセイバー」 「まったく、貴方の決断はいつも突然だ」 大きく構えを落とすセイバー。 「指示をマスター。この身は貴方の剣ですから」 封が解かれ、刀身が露わになる。 全ての魔力を一瞬に集約する為、余分な魔力供給をカットする。 「次弾にあわせるぞ……! あと十五秒………!」 撃鉄を落としていく。 セイバーが剣となる以上、俺は自分の身を己の力で守らなければならない。故に己の魔術を盾と成す。 「令呪、装填」 十秒。 令呪による命令は“飛行”。 ギルガメッシュさえも恐れる、セイバーの近接戦闘能力。 ここがヤツの舞台なら、無理矢理こちらの舞台を作り上げればいい! 「聖杯の誓約に従い、第七のマスターが命じる」 五秒。 対するは世界最古の英雄王。 自身の蔵より、最高の一振りを探し出す。 三秒。 セイバー……! 一。 「行け、あのヤロウを斬り伏せろ………!」 天へと駆け上がる青光。地へと降り注ぐ赤光。 二的を貫かんとし、放たれた英雄王の剣。 それは回避を許さぬ死の運命。 されど───それを凌駕してこそ、剣の英霊! 「─────!」 交差する光と光。 青光は勝利を謳うように天上へと。赤光は敗北を預げるよう、奈落へと直下する───! だがしかし。 「甘いぞ、セイバァァァァァァァァァァァァァァ!!!」 聞こえないはずの英雄王の声が夜に響く。 目標を断ち切るため、天へと飛翔していたセイバーの前に、 「な─────!」 ありえぬ筈の門が開く!! それは必然のように。 空を翔けていた一つの光が唐突にその姿を消した。 開かれた門は極光を内部へと飲み込んで、何事もなかったように閉じられる。 士郎を狙って飛来していた剣も、目的を達したギルガメッシュの意思に呼応するように消滅した。 「…………せい、バー?」 一人地上に残された士郎は、ただ空を見上げる。 そして眼球に施された強化の魔術が、たった一つの姿を目視する。 ……センタービルの屋上で、満面の笑みを湛えるギルガメッシュの姿を。 セイバーをバビロンへと収納したギルガメッシュは、早々に夜の闇へと溶けていく。 これからのめくるめく未来に、思いを馳せるような顔をして。 「………………。ま、いいか。橋を超えるって事実が大事なんだし、うん」 そう自分に言い聞かせて敵のいなくなった町を進む。 こうして、橋を巡る戦いは終わりを告げた。 2/よいこのめっさつしりーず - vol.1 - ○月○日 晴れ ☆ 今日の出来事。 今日の夕食は桜が作ってくれた。 口ではマズイとか口に合わないとか言ったけど、本当はすごく美味かった。 ○月○日 晴れ ☆ 今日の出来事。 桜が食器の片づけを手伝って欲しいと言ってきた。 悪態をつきながら手伝ってやったけど、本当は頼りにされて嬉しかった。 ○月○日 晴れ ☆ 今日の出来事。 湯上りの桜を見てしまう。 牛だのなんだのと罵ったけど、本当はすごく綺麗だと思った。 ノートにはちょっとした覚え書きが続いている。 「なんだ。しごく真っ当な日記じゃないか」 「そう?」 「そうだよ。実に慎二らしい。本心を口にだせないから、こうやって日記に綴っていってるんだろ。 慎二の失踪が桜のせいなワケないじゃないか。どう見ても仲のいい兄妹だ」 「………そうよね。わたしの勘繰りすぎだったみたいだわ。 だけどこれはあくまで日記の内容であって、本当の慎二は口汚く桜を罵ってるのよね?」 「う……それはそうかもしれないけど。やっぱり考えすぎだって」 そうだ。桜が慎二を亡き者にする理由なんてない。 見た目はどうあれ、本心ではこんなに桜のことを気にかけてるじゃないか。 そんな慎二が桜に…………ってあれ? 「なによ士郎。幽霊でも見たような顔して。脅かしっこはナシよ」 「──────」 無言でページをめくる。 ノートにはまだ続きがあったようだ。 ○月○日 晴れ ☆ 今日の出来事。 夜、眠っているといきなりドアが物凄い勢いで蹴り飛ばされたような音がした。 不審に思って見に行ってもそこには誰もいなかった。 なんだったんだろう? ○月○日 晴れ ☆ 今日の出来事。 食事に針が混入していた。 ごめんなさい、兄さん。間違えました、と謝る。 謝ってくれるのは嬉しいが、何を間違えたんだろう? ○月○日 晴れ ☆☆☆ 今日の出来事。 洗濯籠に入れておいた僕のお気に入りの洋服がズタズタに切り裂かれていた。 ………うん、そうだ。きっと野良猫が迷い込んでやったんだろう。 そういうことにしておこう。 ○月○日 晴れ ☆ 今日の出来事。 夕食が白米だけだった。 桜の前にはちゃんと料理が置かれているのに。 小遣いもないのでおなかが減って中々寝付けなかった。 一体僕が何をしたというんだろう? ○月○日 晴れ ☆☆ 今日の出来事。 たまには勉強でもしようと机の引きだしを開けると生ゴミが散乱していた。 ………まさか、いや、そんなことは………。 きっと、ゴミ箱と間違えたんだろう。 「─────」 「─────」 何かに急かされるように頁をめくる。 危険だ。 この先は見てはいけない。 つーか、今すぐノートを放り出して逃げ出さないととてつもなくマズイ気がする。 だが、もう頁をめくる手が止まりません。 ○月○日 晴れ ☆☆☆☆ 最近の桜はやけに僕を見る目が冷たくなった。 あの目は何かを決意した者の目に見えた。 今日の出来事。 ナイフの立てる音に舌打ちをされる。 ○月○日 晴れ ☆☆☆☆ 今日の出来事。 食事に露骨に異物が混入されるようになる。 やはり僕は桜に何か悪いことをしたのだろうか。 何も思い当たらないが、今後は気をつけようと思う。 ○月○日 晴れ ☆☆☆☆ 今日の出来事。 洗濯籠に入れておいた洋服がゴミ箱に入っていた。 ○月○日 晴レ ☆☆☆☆ 今日の妹。 家の鍵を開けてくれなかった。 ○月○日 晴れ ☆☆☆☆ 今日の妹。 咀嚼する音に舌打ちをする。怖い。 ○月○日 晴レ ☆☆☆☆☆ 今日の妹。 夕食に一秒遅れただけで怒鳴られた。怖い。 ○月○日 晴レ ☆☆☆☆☆☆☆☆☆ 今日の妹。 目に殺意が宿っているように見えた。恐い。 ○月○日 晴レ ☆☆☆☆☆☆☆☆☆ 今日の妹。 ナイフを持って家の中をうろつく。怖い怖い怖い。 ○月○日 晴レ ☆☆☆☆☆☆☆☆☆ 今日の妹。怖い。 ○月○日 晴レ ☆☆☆☆☆☆☆☆☆ 今日の妹。怖い。 ○月○日 晴レ ☆☆☆☆☆☆☆☆☆ 今日の妹。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。誰か助けてくれッ!!! 「──────衛宮くん」 「ああ…………」 遠坂の推理は間違っていなかった。 慎二が行方を眩ませたのは………… その時。 キィィィィィと音を立て、開かれる背後の扉。 見てはいけない。 振り向いてはいけない。 きっと、そこには 3/妄想二十七祖編 - No.XX & No.XXVII - ───カツカツカツ 朽ち果てた建物に鳴り響く、二つの足音。 崩れ落ちた天窓から零れる僅かな灯りを頼りに、奥深くへと歩を進める。 一歩進むほどに響く残骸の音。 ここは、打ち捨てられた瓦礫の聖堂だ。 神を祀り、神を称え、神に祈りを捧げる神の社。 なるほど───神論者であったという彼に、ここより相応しい場所もそうあるまい。 沈黙と静寂と。踏みしめる足音以外の音色が存在しないこの世界で。 それに耐え切れず、カソック姿の女性が口を開く。 「本当にこんなところにいるんですか?」 それに、神父服の男性は歩を止めぬまま、応える。 「難しい質問ですね。言うなれば、彼はここに在ってここには無い、そんな存在ですから」 それに女性は小首を傾げながらも、先を行く男性の後を追う。 そして、最深部。 神の座と呼ぶに相応しき、神託の間。 欠け堕ちたステンドグラスから降り注ぐ月光を一身に浴び、黄金色に輝く大きな南京錠がそこに在った。 「お久しぶりです、コーバック・アルカトラス」 「久しぶりだね、メレム・ソロモン」 あれが、いや。彼が、魔法使い一歩手前と称される大魔術師。 死徒二十七祖が二十七────ラストナンバー、────コーバック・アルカトラス。 「今日は何の用かな」 「ええ、貴方に二つほどお訊きしたいことがありまして」 王冠の言葉に、千年錠はカチャカチャとその身を揺らす。 「へぇ、珍しい。まあ構わないよ。いつも情報を提供して貰っているんだから。答えられる問いには答えよう」 それにふむ、と一考し。 「では率直に訊きましょう。真祖とは何ですか?」 「それは君も知っているだろう? 最初から吸血鬼であったもの。世界の触覚にして世界の眷属。自然との調停者。人間の敵。カタチを得た抑止力」 「そんな表向きの事を訊いているワケではありませんよ、コーバック」 「───成る程。現状はそこまで切迫しているということかな?」 「ええ、時間はそれほど残されていません。彼の者らが目指すモノを知らねばならない」 「───だが生憎と私は真祖ではないからね。全てを知っているワケではないよ」 「構いません」 「月の王、朱い月は知っているよね。彼の者こそが原初の一、始まりの真祖。 他の真祖とは王の民、あるいは分身。王の器となるべきモノを造り上げる存在、いや、器となるべき存在」 「では、王が欲したものは後継などではなく───」 「いや、ヤツが欲したものは後継だよ。自分と同じ純度を持つ真なる祖。それを求め足掻いた結果。 それが白と黒の姫君であり、私たち死徒二十七祖でもある」 月光に濡れる千年錠の死徒が、謳うように言葉を紡ぐ。 「だけどね、メレム。複製機と同じだよ。一番初めの物以外は精度が落ちるんだ。それはヤツらとて例外ではない」 それはつまり。 本物を入れる器は、偽物では足り得ない、ということ。 「───つまり他の真祖はみんな出来損ないなんだ。真の祖なら唯一でなければいけないだろ? なにしろさ、ヤツは自ら究極の一を名乗ったんだから。後は解るだろう? 彼らの望むモノを」 「なるほど。それ故の■■■■ですか。───これは、まんまと嵌められたようですね」 神父は呟き、踵を返し、神の座より数歩距離を取る。 そして振り返らず、もう一つの問いを口にする。 「では、魔法使いとは何ですか?」 「魔の法を使う者。真理への到達者。扉を開きし者。根源へと回帰した存在。 ■■■■の言葉を借りるなら、秩序の飼い犬にして秩序と対峙する者、かな? これも私にはわからないね。なにせ私は、魔法使いじゃないんだから」 わからない?───嘘をつくな。オマエは知っている。 「ですが、その言葉には意味があります。なぜ『魔法使い』なのか」 「良い着眼点だね。そう、全てのモノには意味がある。 魔術師は魔術使いではなく、魔術師であり。魔法使いは魔法使い故に、魔法使いと呼ばれるんだ」 その答えに。神父服の男は振り返り、大業に礼をする。 「参考になりました、コーバック。この礼はいずれ。シエル、行きますよ」 ここへ来た時と同じように。神父は靴音を鳴らし、入り口へと歩を進める。 全てが埋まるとは思っていない。しかし、幾つかのピースは嵌まったようだ。 「いずれまたお逢いしましょう、コーバック。今度は『本当の貴方』とお逢いしてみたいものです。 魔法使いに為れなかった者。いえ、成らなかった大魔術師よ」 「それはこっちの台詞だよ。フォーデーモン・ザ・グレートビースト」 ────始まりが唐突であれば、終わりすらも突然に。 先を行く神父服の男の背から、ふと、女性は振り返る。 月明かりに透ける神々の座す処。 ───それは夢か現か幻か。 先程までそこに在ったモノ。そこに居た者は、既に存在していなかった。 - No.V - ──────ORT。 そう呼ばれる生物が在った。 西暦より以前にこの地球に飛来し、何をするでもなく、ただ約束の時を待ち続ける異星からの来訪者。 その存在に興味を持った一人の死徒がいた。 二十七祖の五位に名を連ねる祖。 祖はただの興味本位で、その異星からの来訪者の住まう土地を訪れた。 無論、あわよくばその生物を捕獲、解析したいとも思っていたが。 ────見下ろす崖の下。 そこは既に、この地球では在り得ざる環境となっていた。 死徒の持つ能力、一部の魔術師の扱う魔術に固有結界と呼ばれるものがある。 世界を己の心象風景で塗り変える異端にして禁忌の業。 祖が見下ろす世界はまさにそれだった。 水晶でカタチ作られた、蜘蛛の巣状の渓谷。 だがこれは固有結界などというレベルで語れるモノではない。 死徒が扱う固有結界でさえ維持できるのは一夜程度。 しかし、この異星からの来訪者は、それが当たり前のように世界を侵食していく。 目の前に広がる世界を眺め、祖はただ息を呑む。 それはおぞましくも美しい、異星風景の侵略。 ただ其処に在るだけで、地球という環境を己が住んでいた異星の環境に塗り変える。 異界秩序による物理法則の改竄。 故に其の名を、侵食固有異界────“水晶渓谷” 異星からの来訪者?────何を莫迦な。これは来訪などではない。 これは、ORTは異星からの侵略者だ。 そうして、祖はその異界へと降りていく。 そこに正義があるわけではない。 そのような生物が何故この地に眠り続けるのか、ただそれが知りたかった。 水晶の谷を行く。 細い道より見下ろす無数の穴にはエナメル状の結晶のようなモノが所狭しと張り付いている。 そして歩くこの道も。 硬くありながら柔らかく、それでいて充分な強度を誇る、見たこともない材質で出来ていた。 祖は一人、奥へ奥へと進んで行く。 心臓が跳ねる。 これ以上進むな、と。進めば帰れないと警鐘を打ち鳴らす。 だが足は止まらない。 何かに急かされるように、ただ祖は渓谷の奥へと進んで行く。 ────そうして。 蜘蛛の巣に見立てた渓谷に張り巡らされた一室で。 巨大な円盤状の物体を発見した。 声が漏れそうになる。それを必死に押さえ込む。 声を、音を上げてはならない。 コレを起こしてはいけない。 起こせば、──────殺される。 その刹那。 パキリ、と何かが砕けた音がした。 足元。 そこにあった小さな小さな水晶が砕けた音。 だがそれで充分だった。 目の前の奇怪な生物は身動ぎ、そのカタチを変化させていく。 見上げるほどの高さ。 それは青緑の炎結晶と異形のカタチを湛える蜘蛛の如き異星からの侵略者。 それを目視した瞬間、祖は悟った。 ────“抗えぬ絶望”──── 対峙するだけで本能が理解する。 コレに勝てるモノなど存在しない。 コレが本気になれば、どんな生物も生き残れなどしない。 ──捕獲?──解析?──莫迦な。 狩る者と狩られる者。それは全くの逆。 祖こそが狩られる者で、目の前の生物こそが狩る者なのだ。 祖は逃げることなく立ち尽くす。 逃げ切れる筈がないと悟り、相手も逃がす気は無いと確信しているからだ。 後に残ったのは悔恨の念。 何故、コレを捕獲しようなどと考えたのか。 何故、興味本位でこの異界に飛び込んだのか。 己が浅慮を恥、己が無能を恥、為す術もなく、五位の祖は瞬きの間に世界より消滅した。 ────その後、ORTは本人の知らぬところで二十七祖の五位を襲名する。 だがそれはORTには何の関わりもないこと。 ただORTは待ち続けるだけだ。 襲い来る無能な人間どもを喰い散らかしながら。 約束の時を一人、────待ち続ける。 - No.XVI - ──────朱い月が討たれた。 その報は瞬く間に祖の内に広がり、下位に属する死徒達へもすぐさま届けられた。 朱い月。始まりの祖にして月の王。 それが宝石の翁に討たれた。 それは、王の従者たる彼に戦慄を与えるには充分すぎる事実だった。 名などとうの昔に捨て、ただ主の為だけに生き、主と共にあった黒き鳥。 彼と王との出会いは戯れに過ぎなかった。 鳥を神聖視する彼に何かを見出したのか、王は彼に戦いを挑んだ。 結果は語るまでもない。 魔術も並、保有する血も目を引く要因のない彼では、王に勝利する術など存在しなかった。 このまま息を引き取るのだと思った、刹那。 気まぐれに訪れた偶然により、それを良しとした王は彼を見逃した。 そして王は彼に自分付きの魔術師として生きよ、と命じたのだ。 その時既に人として破綻していた彼だが、礼節を重んじていたのもまた事実。 そうして彼は心身ともに朱い月に忠誠を誓い、自らの力で死徒化の道を歩む。 魔道の果てに彼は遂に吸血鬼と成る。 そして『主に仕えるのでしたら、それに相応しい姿になりましょう』と自らの姿を鳥に変貌させていった。 二十七祖と呼ばれる者たちが真祖より離反したときでさえ、彼はただ主と共に在り、主の為に良く働いた。 そして、彼に訪れた訃報。 在り得ない────王が魔法使いとはいえ、たかが人間に討たれるなど、在り得る筈が無い。 そんな思いが彼を支配し、だがそれでも事実は覆らない。 世に既に主はなく、仕えるべき者はない。 目標と目的を失った彼だが、ある一つの真実に気がついた。 王は消滅したのではない。霧散しただけなのだ、と。 現にこの世界を覆う固有結界とも呼べる巨大な力。 それは朱い月の後継たる存在を産み落とす為のモノなのだと、彼は理解した。 ならば────主が存命なら、従者たる己もまた、消え去るわけにはいかない。 そうして彼は自律する。 ただ王の為に在った鳥は、王の再来を待つ鳥となった。 そして彼が目をつけたのは死徒のトップに君臨する二十七祖。 それは主が憂い、足掻いた結果である事を彼は知っていた。 ならば、その座にて主の到来を待とう。 そこに在れば、きっと主は己の存在に気づくと信じて。 そして、主の御意に反する輩を滅する為に。 鳥は夜に舞い、一つの祖の派閥が存在する城を訪れる。 オーストリアにあった、とある祖が居を構える荘厳にして厳粛な城。 夜の闇に映え、また夜の闇に溶けるような装いを見せる白き砦。 そこを根城とすべく、彼は堂々とその城の門を潜った。 待ち構えていたのは十六位を名乗る祖と、その眷属たち。 たった一人で二十七祖を名乗る者の城に乗り込む彼を、祖とその従者達は嘲笑う。 だが彼はそんなモノを気にも留めず、夜を抱くように、月を敬うように天空に手をかざした。 “────気をつけたまえ。 我が夜に舞う鳥たちは、死者にのみ厳しいぞ────” そう宣言し、展開されるは一帯を覆う彼の魔術にして能力たる固有結界。 夜空を舞う黒き鳥。舞い降りる死滅の翼。 それはまさしく宙を覆う死羽の天幕、月も星も飲み込む絶対無明の“死の世界” 故に其の名を────“ネバーモア” 魔術世界において鳥は死後の魂を運ぶものとして扱われている。 その鳥を自身とし、それを魔術基盤とおいた彼は優れたソウルキャリアーであった。 訪れる死。 死者であれば抗う事の不可能なその無明の死に、祖とその従者は為す術も消滅を繰り返す。 運ばれる魂。拒絶を許さぬ絶対の死は、その死者達だけを飲み尽くした。 ────後に残ったのは黒き一羽の鳥と白磁の巨城のみ。 一切の流血もなく。城壁も庭園も、カーテン一つ傷つける事なく、百を超える祖の一派は姿を消した。 その後、彼は正式に二十七祖の十六位を襲名する。 元より朱い月が存命時より二十七の一つに数えられていた彼であるから、異議を唱える祖もなく、彼を祖の一つとして認めた。 そして彼の在り方からつけられた名は、黒翼公。 ────グランスルグ・ブラックモア。 最初にして高貴たる白い翼の君とは似ても似つかぬ黒い羽の獣使い────それが彼の異名である。 そう呼ばれることを彼は嫌うが、それは彼の待ち望む事に比べれば余りにも瑣末なこと。 彼はただ主の御為のみにその翼を羽ばたかせる。 黒き翼の従者はその居城で、 主が定めし儀式の時を────ただ、ひたすらに待ち焦がれる。 後書きと解説 web拍手・感想などあればコチラからお願いします back |