Part3







※WEB拍手内に掲載していたSSです。
 基本的に書き散らしたモノばかりですので、さらりと読み流す程度が理想です。



1/偽りの夜/別離の刻


 ────骸が消える。

 夜の闇に蠢き、彼女の領域に無断侵入した輩は悉くが殲滅され、刻限を以ってその全てを消滅させた。
 誰かの願いによって創られた箱庭。
 誰一人失われていない不実の楽園。
 それが今、欠けた絵の完成と共に崩壊を始めた。

 ふわりと、夜に舞っていた魔女が地に降りる。
 眼前には一人の男。

「──────」

 この結末は解っていた。解っていて加担したのだ。

 それは誰の願いでもない。
 彼女の主の願いではない。
 彼女自身の願いでもない。

 ただ誰かがこの永遠に異を唱えて、続ける事を願ったから。
 偽りではなく、真実の世界を見たいと願ったから。

 ただそれが正しい事だと思ったから。
 彼女は自分さえも裏切ってこの結末に加担した。

「………宗一郎……様」

 俯いたまま、彼女は愛しい人の名を呼んだ。

「────なんだ」

 いつもと変わらず、彼女の主はそう返した。

「…………………」

 言葉が出ない。
 言いたい事、伝えたい事はそれこそ星の数ほど胸にあった。
 だけど、それは一つして口から零れ落ちてはくれなかった。

 ただ零れるのは────涙。

 ほほをつたう、あたたかい雫だけが彼女から零れ落ちた。

「メディア」

 痩躯の男から発せられる言葉に、黒衣の女性は俯いていた顔を上げる。
 直視した彼の顔は変わらない。
 感情などどこかに置き去ってきたような無表情で、彼女の瞳を見つめていた。

 ちくりと胸が痛む。
 それは、この顔を二度と見れない後悔からか。
 それは、別れの時も表情を崩さない彼への嫉妬からか。
 それとも────………

「メディア。苦労をかけたな」

「………もったいないお言葉です。宗一郎様」

 ふいに、あの夜のことを思い出した。
 血に濡れた自分を何も言わず抱きしめてくれた彼。
 ただそんな彼と共にありたいと願い続けた日々。
 そして、その願いを叶え続けた日々。

「………っ、………っ!」

 両手で口元を抑える。
 止め処なく溢れる涙は、彼女の内面を表すように溢れ続ける。

「メディア。おまえは、私と共にあることが願いだと、いつか言ったな」

「………はい」

「ならばおまえは、幸せだったか?」

 叶え続けられた願い。
 ただ共にあるだけでいいと思えた日々。
 だがそれも今宵で終わる。
 でも。それでも、幸せだったかと問われたら。

「───はい。私は、メディアは……宗一郎様と共にあった日々の全てが」

 ────────幸せでした。

 そう……万感の想いを込めて、彼女は口にした。

「………そうか」

 素っ気ない言葉。だけど、その言葉の全てが彼女には愛しく聞こえる。
 もうこの言葉が聞けない。
 もうこの姿を見れない。
 もう、────彼と出会う事が出来ない。

「………………っ」

 そう思うだけで、想いとなって涙が溢れる。

「私も─────」

「─────え?」

 ふいに、宗一郎が口を開き、

「私も、おまえと出会えて────幸せだった」

 そう、言葉を紡いだ。

「───────」

 それは彼を知る人にとってみれば、ありえない言葉だった。
 自己がない朽ち果てた殺人鬼が、己の意思で、己の言葉で、そんな想いを口にするなど。

「う、うぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!」

 それが口火だった。
 身体は崩れ落ち、堰を切ったように涙が、想いが溢れる。

 消えたくない。消えたくない。消えたくないっ─────!

 まだ一緒にいたい。ただ一緒にいられるだけでいいのに。
 なぜこんなちっぽけな願いさえ叶えられないのか。

 離れたくない。一緒にいたい。いつまでも、ずっと彼と一緒にいたい。
 叶わないと知りながら、そう願わずにはいられなかった。
 ただ一人、自分を受け入れてくれた大切な人。
 魔女だ、裏切り者だと嘲笑われてきた悠久の時の中で。

 たった一人────心から愛しいと思えた人。

 泣き崩れていた彼女を、ふいにあたたかな感触が包み込む。

「─────え?」

 泣きはらした瞳が見たのは愛しい人の身体。
 その身体が、消え始めている自分の身体を包み込んでくれていた。

「そう、いちろう……さま」

「メディア」

 あたたかい感触。あたたかい言葉。

「やだっ、やだやだやだやだやだやだっ! 消えたくない、消えたくない、消えたくない!
 まだ、宗一郎様と一緒にいたい……………っ!」

 泣き叫んでみても、夜に透け始めていく身体は止まってはくれない。
 刻限は近い。
 それは、偽りの中にあった真実さえも透かしていく。

「そういちろうさま、そういちろうさま、そういちろうさまぁ……っ!」

 縋るように彼女の手は彼の身体を掴んで離さず、彼はそんな彼女の全てを受け入れていた。
 言葉などない。
 喉から漏れるのは懇願と嗚咽。
 ただ叶え続けられた願いが終わる事への悲観がカタチとなって溢れ続けた。

 さらさらと足元から彼女の肉体は消えていく。
 それでも二人は寄り添いあって、最期の時を噛締めるように互いを抱き合う。

「そう、いちろう……さま」

 もう変える事のない出来ない運命。
 自分の思いを裏切ってまでこの結末を望んだのだから。
 なら最期はしっかりと、この愛しい人の姿を心に刻まないと。

「宗一郎様……最期に……一つだけ、よろしいでしょうか」

「……なんだ」

 身体は既に腰元までもが消えている。
 その上で叶えられる願い。

「最期に……口づけをしていただけませんか」

 それに宗一郎は僅かの逡巡の後、

「それは手荒くか、それとも優しくか」

「───────」

 それは、出会った時に聞いた言葉。
 笑みが零れる。
 ならば答えなど返す必要はない。
 答えなど返さずとも─────────

「─────ん……」
「────────」

 交わされる口づけ。  この出会いは、この想いは確かにあったものだと、その身体と心に刻みながら。

 裏切りの魔女と呼ばれた一人の女性は、愛しい人の腕の中で────………









後書きと解説





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