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Part5







※WEB拍手内に掲載していたSSです。
 基本的に書き散らしたモノばかりですので、さらりと読み流す程度が理想です。



1/

- 授業参観 -

 今日は日曜日。
 なのに冬木市のとある小学校では、いつも以上の賑わいを見せていました。
 それもそのはず。今日は授業参観の日。
 子供達のお父さんやお母さんがみんなの勉強風景を見にくるからです。

「げっー、なんだってウチのジジイがくんだよ。くんなって言ったのにさー」
「に、兄さん…………」

 ざわざわとざわめき立つ教室で、そんな事を呟いたのは間桐さんちの慎二くん。
 視線の先にはしわがれたお爺さんが、ぷるぷると震えながら慎二くんの方を見ていました。
 でも慎二くんはそのお爺さんがとても嫌いでした。

「慎二、そんなコト言うなよ。せっかく来てくれたんだから」

 そう反論するのは衛宮さんちの士郎くん。

「はっ、なんだよ、うるさいなあ。おまえには関係ないじゃんか。
 あ、そうか。おまえの親父まだ来てないもんな。そりゃあ八つ当たりもしたくなるよ」
「に、兄さん!」
「なんだよ桜。僕は本当のコトを言ったまでだよ。何か文句でもあるのかい?」
「そ、それは…………」

「いいんだ、桜。慎二は嘘を言っていない。でもさ、せっかく来てくれたんだから邪魔みたいには言うのは止めろ」
「ふん、うるさいな」

 そう言って、慎二くんはそっぽを向いてしまいました。
 桜ちゃんは二人を見比べながらおろおろするばかりです。

 士郎くんが後ろを振り向きます。
 でもそこには、士郎くんのお父さんの姿はありません。

「(まあ、来るはずないんだけど………)」  視線を落とし、かさ、と机の中からくしゃくしゃになった一枚の紙を取り出しました。
 それは父兄への授業参観のお知らせが書かれた紙でした。
 それを士郎くんはお父さんには見せなかったのです。
 なぜなら士郎くんのお父さんはとっても忙しい人で、世界中を飛び回る仕事をしていたからです。
 ふらりといなくなるのは当たり前。
 それでも士郎くんは寂しいと思ったことはありません。思わないようにしてきたからです。

「………………………」

 お父さんは世界の人達を助ける仕事をしている。
 そう聞かされた士郎くんは、テレビの中のヒーローを見るような眼差しで言いました。

『すっげーな、爺さん! 俺も、俺もいつか、爺さんみたいな正義の味方になれるかな!?』

 その問いに、お父さんは照れくさいような笑みを浮かべて言いました。

『ああ。士郎が本当にそうなりたいと願って、そうなろうと努力するなら。
 不可能なことなんて、きっとない』

 士郎くんにとってお父さんは憧れです。
 みんなを救う、正義の味方。
 だからそれを自分の都合で呼び止めるわけにいかない。
 もし頑張るお父さんを止めてしまったら、救われない人たちが生まれてしまうから。

「はぁ〜い、みんな〜静かにー。授業を始めるわよー」

 ガラガラと開かれた扉から、このクラスの担任藤村大河先生が入ってきました。
 そう、士郎くんが寂しくない理由のひとつが、この先生が毎日のように家に入り浸るからです。

「今日はみんなのお父さんお母さんお兄ちゃんお姉ちゃんお爺ちゃんお婆ちゃんがみんなの勇士を見に来てくれているわ。
 その期待に応えられるように、みんなもはりきって授業を受けてちょうだいねー!」

 ただ先生は、少し空気の読めない人でした。
 シーンと静まり返る教室。
 生徒達は緊張でガチガチで。親達は一人ハイテンションな藤村先生に苦笑を浮かべています。

「う、まあ授業参観だしこんなものよね! じゃあ授業を始めます!
 今日のお題はーーーーーーーーーーーこれだっ!!!」

 ばばん! と黒板に汚い字で何かが書かれた紙を磁石で張り付けました。
 その紙には、虎の絵がプリントされていました。

「今日はみんなに書いてきてもらった作文を発表してもらいます。
 お題はみんなのお父さん、お母さんのコトです。あ、お爺ちゃんでもOKよ」

 そう慎二くんと桜ちゃんのお爺さんに向けてウインクしました。
 お爺ちゃんが倒れました。
 でもやっぱり空気の読めない藤村先生は自分の魅力にメロメロだと思い込んで授業を続けます。

「じゃあ順番に〜といいたいところだけどーそれじゃあ芸がないから私が指名した子からね!」

 教室中から、ええ〜という声が上がります。
 先生の気まぐれ、というのは生徒にとって有り難迷惑以外の何物でもありません。

「ノンノンノン、あなた達に拒否権なんてないの。
 さあいくわよ! トップバッターは〜〜〜遠坂凛ちゃん! 君に決めた!」

「ふぇ─────!?」

 ツインテールの女の子、遠坂さんちの凛ちゃんが情けない声を上げます。
 いつもは品行方正、成績優秀、才色兼備とそんな感じの四字熟語がとても似合う凛ちゃんですが、こういう大舞台、しかも不意打ちにはとてもとても弱いのです。
 それを知っていて指名するあたり、藤村先生はきっと腹黒だ、と桜ちゃんは思いました。

「じゃあ凛ちゃん。発表しちゃって下さい」
「は、はい」

 ガタ、と立ち上がって少しだけ、後ろを振り向きます。
 そこには凛ちゃんのお父さんの姿がありました。
 いつも厳格で、あまり喋ってくれないお父さん。でも、大好きなお父さん。

 そんな想いの綴られた作文を、毅然とした態度で凛ちゃんは語っていきます。
 それはとても小学生とは思えないような立派な作文でしたが、

「────わたしも将来はお父さんと同じ、立派な魔術………」
「────────凛っ!!」
「────っ!?」

 お父さんの怒号が飛びます。
 凛ちゃんが、みんなには秘密にしている事を言おうとしてしまったからです。

「り、立派な! お仕事がしたいですっ!」

 そう纏めて、凛ちゃんは席につきました。
 一瞬教室は静まり返りましたが、なんとかパチパチと鳴る拍手でさっきまでの妙な雰囲気は消えてくれました。

 でも凛ちゃんは落ち込んでいます。
 ここ一番、一番大事なときにこそ失敗してしまう自分にちょっとナーバスな気分でした。

「気にするなよ、遠坂。後ろ、見てみろ」

 そう声をかけるのは士郎くん。
 凛ちゃんが後ろを振り返ると、そこには笑みを湛えたお父さんの姿がありました。
 そう、凛ちゃんのお父さんは厳しい人。だけどそれは、愛しているからこそ厳しくするのです。

「……ありがと、士郎」

 頬を少しだけ赤く染めて、凛ちゃんは士郎くんから顔を逸らしました。
 それを見ていた桜ちゃんが、クスっと笑ったのは誰も見ていませんでした。

「あらあらあらあら〜、なぁ〜にを話してるのかなぁ〜衛宮士郎くん」
「な、なんでもありません」

 ニヤニヤしながら近づいてきた藤村先生に士郎くんはそう答えます。
 でも先生のニヤニヤは止まりません。

「じゃあ次は士郎くん!」
「え────!?」

 ビシッ、と教鞭を突きつけた藤村先生。そこに士郎くんの拒否権はありません。

「は、はい」

 士郎くんが後ろを見ます。しかしやっぱり、そこにお父さんの姿はありません。
 仕方がない。お父さんは今もどこかで誰かを助けているのだから、ここには来れない。
 そんな判りきったことを自分に言い聞かせて、士郎くんは立ち上がります。

「『僕のお父さん』
 僕のお父さんは────」

 そのとき。
 ガラッ、と教室の後ろの扉が開きました。
 みんながそちらを見ます。もちろん、士郎くんも自然にそちらを見ました。

「──────おや、じ……」

 そこにはハァハァと息を切らせながら扉に手をかけたままの、士郎くんのお父さん、衛宮切嗣さんの姿がありました。

 ────なんで!?

 士郎くんの脳裏がその言葉で埋め尽くされます。
 自分は切嗣に今日授業参観があることを知らせていない。プリントも見せていない。
 ならなぜ切嗣は、今日授業参観があると知り、ここを訪れたのか────

 でも答えは簡単でした。
 このクラスの担任教師、藤村大河は衛宮邸に入り浸っているという事実。
 なら藤ねえが、切嗣に知らせたとしか考えられない。

 士郎くんは藤村先生を凝視します。
 でもヘタなウインクが返ってくるだけでした。

 なんにしても、お父さんが来てくれた。
 自分の為に、駆けつけてきてくれた。ならば自分も、それに応えないといけない────

「『僕のお父さん』
 僕のお父さんはみんなを助ける仕事をしています。
 いつも世界中を飛び回り、苦しむ人々にその手を差し伸べて、助けてあげています。
 家にいることが少なくて、ちょっぴり寂しいときもあるけど、僕はそんなお父さんを誇りに思います。
 だからお父さん、これからも頑張ってください。世界中の人々を、助けてあげてください。
 そしていつか僕も、お父さんのような正義の味方に、なってみせます」

 胸を張って、士郎くんは最後まで言い切りました。
 パチパチとなる大喝采の中、士郎くんは後ろを見ます。
 そこにはやっぱり、照れくさそうなお父さんの姿がありました。

 そして次々と発表は続き、最後の一人となりました。

「じゃあオオトリを務めるのは、言峰カレンちゃん!」
「はい」

 言峰さんちのカレンちゃん。
 言うまでもなく、カレンちゃんは新都にある教会の一人娘です。
 お母さんは病気で亡くなったらしいのですが、お父さんはぴんぴんしていて、今も遠坂さんちのお父さんの隣でニヤニヤしていたりします。

 ゆっくりと立ち上がって、少しだけ後ろを見ます。
 カレンちゃんのお父さん、言峰綺礼さんと目が合いました。
 カレンちゃんは前へと向き直り、不愉快そうな態度を隠しもせず、

「『私のお父さん』
 私のお父さんは街のダニ。そろそろ死ねばいいと思う」

「────────」

 教室が凍りつきました。
 でもカレンちゃんは毎日のお祈りのような気軽さでそれだけを言って、さも当たり前のように席に着きました。

 静まり返った教室に、小さな笑いが零れています。
 それはまさしく、言峰綺礼さんのものに他なりませんでした。

「────娘よ。なんと立派に育っていることか」

 ええーっ!? という叫びが、教室に木霊しました。



/2

- アカイてのひら -

「───はぁっ、はぁっ……、はっ、はぁっ、………っはあ、ああぁ!!」

────逃げなきゃ。逃げなきゃ。逃げなきゃ。

 暗い、月の亡い夜だった。
 流れ行く灰色の雲に遮られ、夜を照らす灯りは死んでいる。
 闇は既に深く、影絵の街のように黒く塗りつぶされた街路を、ただひたすらに少女は駆けていた。

「────はぁっ、はっはっ、はっ………、やだ……やだよぅ……っ」

 息は荒く、足は軋み、肺は酸素を欲し伸縮する。
 身体は止まれと訴え、このまま走り続ければ数刻の後に死ぬぞとさえ警告を投げつける。
 だが、それでも少女は止まらない。止まれない。

 なぜなら。
 今足を止めれば数刻など待たず、瞬きの間に殺されると知っているから。

「何処まで逃げようと無駄です。貴女は私からは逃れられません」

 深海のような闇に響く声。姿は見えないけれど、それは荊のように伸び、畏怖で縛りつけようと迫り来る。
 それを振り払うように少女はコンクリートの海へと身を投げた。

「…………諦めが悪いですね。貴女は既に終わっているんですよ」

 ヒュン、という風切音。
 大気を切り裂き闇を祓うように、戒めの楔が進路上に突き刺さる。

「──────はぁっ………くっ!」

 悲鳴を上げる身体を酷使して、なお少女は逃げ惑う。
 だがそれも長くは持つまい。
 限界をとうに超えたその状態では、脳が考えることを放棄していることには気づかない。
 自分が何処を走っているのかさえ判らない。
 総じてそれは、自分が徐々に追い詰められている事にすら気がつけないという事。

「はっ、はっ、はっ、はっ、…………ぁ、行き……止まり…………」

 行き着いた先に道はない。
 三辺を高く聳え立つ摩天楼に囲まれて進むことは出来ず。
 唯一道があるとすれば、それは己が今辿って来た道しかありえない。
 だがそれも、

「ここまでです。────弓塚さつきさん」

 死神によって閉ざされた。

「…………なんで? なんでなの? なんで……わたしが……っ」

 胸を掻き毟るようにして紡ぎ出した声は細く、今にも消え入りそうな声色だった。
 己の境遇を呪う、怨嗟の声。

「呪いたければ呪いなさい。怨みたければ怨めばいい。貴女には、その権利がある」

 死神の両の手が振りかざされる。
 一瞬の後、その掌には左右合わせ六本の十字架を模した剣が握られていた。

「ひっ…………! や、やだ………」

 惑うように少女は後ずさる。だがすぐに退路はなくなり、冷たい壁の感触を背中が捉える。
 こつん、と死神のブーツがアスファルトを叩く。

 殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。

「やだ、やだよぅ………! 助けて、助けて遠野くん……!」

「──────!」

 ぴくりと。本当に一瞬だけ、死神の目が見開かれた。
 それは彼女の言葉が思いもしなかった単語が含まれていたからか。
 それとも。

「弓塚さつきさん、貴女は自分の置かれた境遇を理解するべきです。
 あの夜、死徒に貴女が血を吸われたその瞬間に、弓塚さつきという人間の人生は終わったのです。
 今の貴女は死者が動いているのとなんら変わらない。
 それは世の摂理から外れた事です。
 そして私は神の代行者。
 人として死ねるうちに、慈悲を与える事こそ主の御意でありましょう」

 青い瞳に火が灯る。迷いなどなく、手の中にある剣で眼前でへたり込む堕ちかけたる者を断罪する。
 ただそれだけを目的としたキラーマシーンへと彼女は変貌した。

「……………っ、…………っ、…………………っっっっっ!?」

 息が出来ない。動かないと。逃げないと。殺されちゃう。
 だけど身体は動かない。痙攣したように震え、微動だに出来なかった。
 それは、逃れようのない絶対の死に直面した者だけが感じえる拭い切れない恐怖。
 恐れが彼女の自由を絡め取る。

 ────あ、もうダメかな。

 それは走馬灯のように頭をよぎる。

『わたしがピンチになったら────』

 あは……遠野くん、嘘つきだね。助けてくれるって言ったのに。
 わたしがピンチになったら、助けてくれるって言ったのに。

 死神の足音が近づいてくる。
 それが耳朶によく響いて、何故か妙に心地良い。
 足音と自分の鼓動だけが聞こえる。
 どくん、と一つ脈打つ度に足音も一つこつん、と鳴った。
 ああ、もう死ぬのかな。
 すぐ殺されるのかな。
 出来れば痛みは感じたくないかな……。

 ────受け入れろ────

 誰かの声が聞こえた気がした。
 うん、とっくに受け入れてる。
 逃げ道なんかないし、どうせもう以前の生活には戻れないし。
 なら、ここで死んでも…………

 刹那。
 一際大きく、心臓が跳ねた。

「────っ、………か、はっ」

「…………?」

 ……違う? 何が違うの? 死ぬのは怖いけど、生きてるのも辛いだけだから。
 だから………、え…………? 力を、受け……入れる?

「遺言があれば聞きましょう」

 いつの間にか、ソレは目の前にいた。
 視線を上げると、ソレと目があった。
 青い青いキレイな瞳。でもその瞳は、この上なく真っ赤な血に濡れていた。

「あはっ……なんだ、先輩も……真っ赤なんですね」

「…………? なにを………………っ!!!!!!!!」

ぶん、と少女の腕が振るわれる。力などなかった筈のその腕は視認さえ難しい速度で振るわれて。

「ぐっ…………! 貴女っ………!!」

 死神の脇腹を確かに切り裂いた。
 抉り取られた脇腹からは血が零れ、カソックを赤く染め上げていく。

「ふ、ふふふふ、あはははははは、そっか。そうだよね。最初から、そうすれば良かったんだ」

 ゆらりと。少女は幽鬼のように立ち上がる。
 肉を抉った爪先はナイフのように尖り、赤いアカイ血色の液体に濡れている。

「あ………もったいないな」

 少女は翳すように掌を持ち上げ、舌を突き出し指先から零れ落ちるソレを掬い取る。
 一滴垂らして喉を鳴らし。潤うたびに身体が歓喜に打ち震える。

「はっ、ふ、あぁぁああぁぁぁ………美味しい。とっても、美味しい……」

 ぶるりと震え悶え、絶頂に達したかのような快感だけが全身を支配する。

「………んっ…………、ふぅ……ちゅっ、……ぁ、はぁあ………」

 余すことなく舐め取った指先を妖しい口元から離し、血に染まった瞳が見据えるのは血液の詰まった肉の袋。
 彼女にはもう、膝をつくソレはただのエモノにしか見えていなかった。

「あはっ、あははははは。無様ね、先輩。
 さっきまではすっごく怖かったけど、今は全然怖くないんだ。
 なんでかな?
 今ならきっと、先輩にも勝てそうな気がする」

 その言葉に、張り詰めていた空気がより力強さを増し、明確な殺意が少女へと突き刺さる。

「────自惚れるな、吸血鬼。
 たかが一撃見舞った程度で図に乗るなど。
 人間として死ねるなら良しとしていましたが、今の貴女は本物の吸血鬼です。
 ならばもう────容赦はしないっ!」

「あはっ、無駄無駄。だってこんなにも身体が熱いんだもの。
 ほら、聴こえるでしょう?
 熱いの。疼くの。乾くの。
 血が飲みたいって、誰かが叫んでる。
 だから、ねぇ。
 その腕も。その足も。その首も。全部圧し折って、美味しい血液を飲みたいな。
 でもね、先輩。先輩は先輩だから、チャンスをあげる」

 翳っていた月が姿を現す。
 雲の切れ間から差し込む淡い光は昏く血に薫る路地裏を白く染め上げ、少女の姿を照らし出す。
 その姿は見えない血に濡れ、その表情は。

 少女は心の底から愉しそうに、嗤っていた。


“────逃げれば? 今なら見逃してあげるわよ、先輩”



/3

- 開戦、その前 -

「やあ、シエル。調子はどうかな」

 場末の宿。その一室の扉が開き、場違いな程端正な少年が姿を現した。
 彼の名はメレム・ソロモン。
 金の刺繍の施された純白の法衣で身を包む、決して表には姿を現さない筈のその姿。

 部屋の中にはシエルと呼ばれた、こちらは青みがかった法衣に身を包んだ少女がいた。
 彼女はベッドに腰掛け、その上に何やら機械の部品らしきモノを散乱させながら、手に取ったその一つを丁寧に磨き上げている。
 少女は扉の前に佇むその少年に僅かな視線を向けただけで、彼が訪れる前と同じように視線を落とした。

「ひどいなあ。挨拶ぐらいはしなよ」

 少年は扉を後ろ手で閉め、備え付けのテーブル脇の椅子に腰掛けた。
 少女は何も答えず磨き上げた機械の部品を窓から降り注ぐ光に翳し、他に汚れがないかを丹念に調べ上げる。
 それを満足げに眺めた後、新たな部品を辺りから探し出してまた磨き出した。

 その淀みない動作を何も言うでもなく少年は眺め続ける。
 そこではたと、少女が手にするソレが何であるかに思い当たった。

「ソレってさ。アイツの────?」

「ええ。『メンテナンスをしておけ。夜には取りに来る』とだけ告げて、放り投げていきました。
 まったく。彼はわたしを一体なんだと思っているんでしょうか」

「メンテナーじゃないの? ……ああ、冗談だよ。そんなに睨まないで」

 からからと少年は笑う。それをまだ少女は不満げに眺めていた。
 無論、それはくだらない冗談についてではなく。

「もう間もなくなのですよ? もう少し緊張感をもってはどうですか」

 そう、この地────アルズベリで行われる儀式まで後幾許。
 その正確な刻限は誰もが把握しきれていないが、開戦は間近だと、この地に集う誰もが認識している。
 死徒、聖堂教会、魔術協会。
 裏の世界に蠢く三つの巨大組織が一同に会する大儀式。
 始まってしまえば、この僅か十年ほどで急速に発展した街は、瞬く間に戦場へとその姿を変えるだろう。
 そしてなにより、いつ始まるか判らないというのが最大の不安要素。
 今こうしている間にも、誰かがスイッチを押す気軽さで始まらないとは言えないのだから。

「大丈夫だよ。まだ始まらない」

 だが少年は、さも当たり前のように答えた。

「何故そう言い切れるのです?」

「だってさ、まだ役者は揃っていないんだもの。舞台が幕を開くのは演者が配置についてからだ。
 リハーサルの時間はないだろうけど、本番はまだだよ。
 なによりさ、はは、主役のいない舞台なんて始めようがないじゃないか」



「バルトメロイ──内偵より報告、未だどの勢力も動きなし。動きがあり次第、再度報告」

「…………」

「……バルトメロイ?」

「聴こえています、副官。報告は一度で構いません。
 それと。
 そのようなつまらない報告は私の耳に入れる必要はありません」

 その言葉を聞き届け、副官と呼ばれた男は一礼をし、部屋を後にする。
 ──アルズベリ監査連盟。
 そう名づけられた魔術協会に属する──否、魔術に関与するほぼ全ての者の統括、指揮を任された若きリーダー……それが彼女、バルトメロイ・ローレライ。

 彼女はいつになく不機嫌だった。
 水面下では彼女の部下達が目標の偵察から地形の把握、戦闘準備までを着々と進めている。
 だが彼女はそれにあまり興味を抱けなかった。

 もとより、相手側から動きがなければこちらから動く事あたわない。
 人間の手によって、人間の力だけでカタチ作られたコミュニティに神秘が介入し得るのは、その正しい営みが崩れた時のみ。
 故にこの地で起きる儀式が始まらない限り、彼女等は一切の手出しが出来ない。
 だがそれでも、いつその時が訪れるかが不明な以上、その時に備え細心の注意を払い、万全の準備を整える事は無駄でない。

 無論、始まってしまえばこれを阻止殲滅し、無念の声を上げる吸血鬼どもを見下ろすつもりではあるのだが。

 だが彼女にとって他の魔術師など戦力の一つに数える事も不愉快なのだ。
 彼女自身が指揮するクロンの大隊。
 それとて、彼女にとっては手足にも満たない盤上の駒。
 彼女の戦いとは、チェスのようにキングは他の駒に守られ、他の駒が相手のキングを打ち倒すのではなく。
 あくまでキングが先頭に立って戦場を駆け抜けるものなのだ。

 それゆえに、駒にも満たない魔術師が自分の配下として配置されている事が不満であった。
 理解はしている。
 これほどの大規模な儀式、総力を以って当たらなければどのような不具合が起こるか判らない。
 時計塔所属の魔術師だけではなくフリーランスの魔術師、果ては魔法使いすらも現れるであろうこの地。
 その総指揮官ともなれば誇るに値するものであろうに。
 ──それでも。
 彼女をバルトメロイたらしめる「誇り」がそれを許さなかった。

「…………」

 そうしてもう一つ。
 あの夜。あの時。いまだ邂逅の時の訪れない、彼女に辛酸を舐めさせた一人の人間。
 ルヴァレの居城で垣間見た惨殺空間。
 一切の音もなく。一滴の血すらなく。死徒を滅ぼした何者か。
 彼女は未だ、その者へと固執していた。
 その者の勇名はそれから徐々に裏の世界へと浸透した。
 各地に節操なく姿を現し、誰もその姿を見ることなくまた姿を消す。

 ────姿なき暗殺者。
 唯一つ。判っている事といえば、その者の傍に真祖の姫君がいるということ。

「……必ず来る。この地、アルズベリ。
 私はこの地でようやく、貴君と相見えることが叶う──」



 姿見の前に一人の男が立っていた。
 その男には己を映し出す鏡を見つめる瞳がない。
 いや、顔を覆う真っ白な包帯のせいでその瞳が見えないだけだ。
 男はそれに手をかける。
 スルスルと衣擦れのような音を立てて、その包帯は地に落ちた。
 それでもまだ眼は閉じたまま。
 だというのに──その瞳は、己の──死ニ塗レタ──姿を映していた。

 身を蝕むように徐々にその力を強めるその瞳。
 ある恩人より貰い受けた魔眼殺しでさえ、この瞳を押さえきる事が不可能なほど、ソレは力を強めていた。
 潰したところでおそらく、この眼に映る死の気配は消えてはくれない。
 むしろ潰す事など出来よう筈がない。
 この力は、これからこそ必要になるものだと理解しているのだから。

「──志貴?」

 背後の扉が開く。
 鏡には、見えるはずのない彼女の死が映し出されていた。
 それをこれ以上見ないよう、男は足元の包帯を拾い上げ、今一度己の眼を戒めた。

「もう時間?」

「ええ。これ以上遅れると間に合わなくなるかもしれないから」

「そうか。──では」

 男は姿身より離れ、扉より顔を覗かせる女性へと歩み寄る。
 こつん、と靴音を響かせて、その女性の髪を梳いた。

「じゃあ行こうか。姫君」

「もう、そんなヘンな呼び方しないで名前で呼んで」

「……はいはい。
 ──行こうぜ、アルクェイド。アルズベリとかいう街へ」

「ええ。ちゃんとわたしを守ってね、志貴」

 黄金の姫君とそれを守護する黒き騎士。
 アルズベリに集う三大勢力のそのどれもが敵視する──たった二人きりの勢力。
 最大勢力は語るまでもなく死徒のそれ。
 だがそんな彼らとて、聖堂教会の動向にだけは注意を割く。
 また、総力を合わせれば魔術協会は聖堂教会の上を行く。

 この三勢力は三すくみとはいかずとも、絶妙なバランスの上で互いが互いを牽制しあっている。
 そのバランスに歪を起こすのは紛れもなく、この勢力。

 火種はその炎を徐々に大きく咲かせ、やがて全てを飲み込む焔へとその姿を変えるだろう。
 ──刻限は近い。
 彼女らの到着と共に、その火種は間違いなく生まれる。
 それがどのような花を咲かせるのか、それを知るものは未だおらず。

 それでもなお、その地に集う全ての者は各々が思い描く大輪の花の完成を目指し走り出す。



 ────さあ、始めようではないか。
 我らが宿願……月の王の定めし第六へと至る大儀礼を、此処に執り行う────









後書きと解説





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