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Part6







※WEB拍手内に掲載していたSSです。
 基本的に書き散らしたモノばかりですので、さらりと読み流す程度が理想です。



1/-到れ、その場所へ-

 遥か広大な草原に、多くの人間の姿があった。
 微風に戦ぐ足の短い草花の上に描かれるは巨大にして緻密な魔法陣。直径にして裕に100メートルはあろう魔術の円には多くの文字が刻まれている。それはその中心に佇む少女らが描ききったものに相違ない。
 長い歳月を研究へと費やし、莫大な投資を行い、ようやく漕ぎ着けた最終段階。

 魔法へと到る────最後の試練。

「では、術式を起動しなさい」

 魔法陣を取り囲む多くの魔術師の内の一人、最高位の位を冠する女性が告げる。
 魔法とは、根源へと到る道である。その起動には世界でも数少ない有数の霊地でしか行えず、起動に際しては他の魔術師の監視が必要とされる。理由は諸々あるが、結局のところは、

「……到れまい。君達はまだ、若い。警戒を怠るな。如何なる事態へも対応できるようにしておきなさい」

 危険の回避、神秘の秘匿である。魔術というルールに縛られない魔法は多くの魔術師にとって未知なるものに等しい。その際に起こりうる危険はありとあらゆる可能性を孕む。術者だけが消え去るのならばまだいい。過去の例を見る限り、その可能性は余りに低く、多くの場合は余計なものまで連れて行く。

 それは誰しもが望まない事。ゆえに、時計塔においても名を馳せる面々が有り得うる危機を回避すべく、こうして彼女らの術式の発動を見守っている。

 女性の告げた言葉に頷いて、陣の中央に立つ二人に魔力の波が高まり始める。身体に刻み込まれた魔術刻印は既に最高速度で回転している。余力を残す必要などない。過去より連綿と受け継がれてきた知識と業は全て、今この時の為にあったのだから。

「……頑張れ。遠坂、ルヴィア」

 赤い髪の青年はただ、見守る。彼女らの無事を祈る事。それだけしか、今の彼には許されない。如何な危険を孕もうと、これは彼女らが望んだ事。彼女達の意志を否定することなど、出来る筈もない。

 極大の魔法陣に火が灯る。中心点より流れ出で、円環状に広がる魔力の渦。高まりに高まった魔力が、火柱のように立ち昇る。

「くっ………うぁ…………」
「あっ………………はっ……」

 少女らより零れる呻きの声。
 自らの魔力にさえ逆上せてしまいそうな程に、中心に立つ彼女らにかかる圧力は大きい。
 それでも、その重圧に耐え、その先へと手を伸ばす。

 開く扉は無限に連なる世界への横穴。
 本来開けてることなど出来ない、開けてはいけない禁断の箱の鍵。
 此処とは何処か違う、けれど全く同一の白地図。
 極めて遠く、けれど限りなく近いその場所の名は。

 ────並行世界。

 かつて、偉大なるただ一人の男しか到達したという事実を確認できていない、五つある魔法の内の二番目に属する魔の法。
 その扉が今────開かれようとしている。

「……ダメだな」

「エルメロイ講師?」

 赤毛の青年の横にどっかりと腰を落とした男が半眼混じりの視線を一切そらず、そう漏らした。

「あのバカ共。こんな時に足並み揃えないで何やってやがる」

 男より視線を切り、再度魔法陣を見つめた青年の瞳にも確かに、その異常が見て取れた。
 二人同時による魔術式の起動。その為には両者の呼吸が合わなければならない。だというのに、今の彼女らはどうだ。
 圧倒的な魔力の重圧、世界よりの修正、覚悟を以って望んだ大儀礼の成否への不安。様々な要素が彼女らの儀式の邪魔をしようとしていても、成功へと漕ぎ着ける可能性を確信できているからこそ、この場に臨んだ筈だ。

 けれども今の彼女達はまるで自分一人が魔法陣の中心に立っているかのように詠唱を続けている。それでは意味がない。届かない。
 噛み合わない言霊。たとえそれがコンマゼロ以下のズレであろうと、死に直結する。

 今行われている大儀礼とは、そういう類のものなのだ。

「ちょ、ルヴィ……。アンタ、もうちょい、速度落として」

「貴女、こそ。もう少し、スピードを上げなさい」

 肩にかかる重圧が増していく。一滴のズレが、いずれ大きな溝を生み出す。そう理解していても、今の彼女らは自らのことで精一杯。相手を気遣う余裕など既にない。
 それでも刻一刻と術式は終点を目指して疾走する。到る先が望んだ世界か、あるいは奈落へと通ずるのか。

「遠坂っ!! ルヴィアァ!!!」

 青年の声も、彼女らには届かない。
 叫びは無情にも空へと消え、焦燥は募り、額より流れ落ちる雫が大地を伝う。

 彼女達をここで失えない。見捨てられない。たとえこの結末が分かりきっていたとしても、青年には諦めることなど出来る筈もなく。

 出来る事など何もない。手を貸すだけの力がない。ただ、見守ることしか許されなくて。けれど、それだけは嫌だと心に決めて。無謀を承知で駆け出そうとした足を、その手によって阻まれた。

「え、貴方は……」

「……宝石の翁!」

 何処から現れたのか、年老いてなお精悍な顔つきを保ったままの魔法使いが、二人の少女を見つめていた。

「青年よ。君の知る彼女達は、この程度で屈する弱い生き物だったか?」

「は────?」

 問われて。頭が真っ白になって。けれど。

「──いえ。俺の知ってる遠坂もルヴィアも、こんな程度じゃ終わらないヤツらです」

「だろう。ならば見守れ。君の役目は、見届けることだ」

 翁は大笑し、やわら青年の横に座る男と同じように腰を落とした。
 彼の到来を気づけた者は数少ない。皆が皆が中心で行われる儀礼に目を奪われる中、少女らと、開始を告げた女性だけが僅かに視線を投げかけた。

「第二魔法の体現者が姿を現した、か。これはもしかすると……」

 女性の呟きは誰にも聞き届けられない。ただその言葉の裏にあるものは、他者を同列として扱わない彼女らしからぬ響きがあった。

 もう一つ、今なお儀式を続ける彼女らから視線は宝石の翁だけではなく、赤毛の青年すらを捉えていて。その表情を見て、頬が緩んだ。

“頑張れ”

 そう、彼の顔が語っていたから。だから少しだけ微笑んで、もう一度表情を引き締めた。

「ルヴィア」

「ええ。ここからはもう、手加減なしですわ」

 掲げられた手と手が触れ合う。紡がれる言霊は綺麗に響き合い、遠い空を目指して駆け上がる。もう恐れるものなどない。失敗など有り得ない。長い月日を共に過ごしてきた青年が傍らにあってくれる。築き上げてきた道に間違いなどないと信じているから。こんなにも素直に前を見ていられる。

「そうだ。何故おまえ達が二人でこの儀礼に臨んだか、それを思い出せ」

 確かに二人の実力は時計塔においても高位にある。けれどそれは魔術師としてのものであり、魔法へと到れるものではない。一人一人の実力は未だ彼の魔法使いに遠く及ばない。けれど、二人なら。

「────二人なら、私に並べる。いや、私を超えようというか、若き者達よ」

 翁が笑う。豪快に。高らかに。自らの領域へと踏み込もうとする挑戦者を前にして、彼は怯えも敵意も見せはせず。ただ笑う。
 来れるものならば来て見せろ。容易く到れる道ではない。けれど届かんと欲するのならば、己が力で道を拓けと。

 一人の力では届かなくとも、二人の力が合わされば、出来ないことなど有り得ない。合わされば、足し算などではなく、相乗となって天を衝く。
 宝石に名を連ねる者と、天秤を象る者とが手を取り合う。終始いがみ合いを続けてきた彼女らが見せる────最初で最後の心の共鳴。

「見せてみろ、バカ弟子共。私が持ち得なかったものを、ここで示せ!」

「いけぇぇぇぇぇぇぇ! 遠坂、ルヴィアーーーーーーー!!」

 手を伸ばす。その先へ。未だ見ぬ高みへ。


/-トッキーがもうちょっと人間味のある親バカだったら-


 遠坂時臣は自室にて魔道書を読み耽っていた。背を預けている年代ものの椅子が軋みの声を上げる。
 それを意に返した様子もなく、時臣は手にした本のページに視線を落としたまま動かない。読み終えたページを捲くり、ふむと頷き顎を擦ったその時に、閉じられた窓の外から声が聴こえた。

『やった! やったわ桜! とうとう完成したわ!!』

『はい。やりましたね姉さん!』

『わたし父様に報告してくる! ほら、桜も!』

『あ、え、ま、待ってください姉さん!』

「……まったく、凛にもこまったものだな」

 手にしていた本を閉じ机に戻す。ふう、と息をついた時に見せた時臣の表情は小さな微笑だった。
 階下からはドタバタとした音が響いてくる。おそらくは凛が桜の手を引きながら扉を開け放ったり床をずかずかと踏みしめているのだろう。
 まだ幼いとはいえ、彼女は遠坂の子女なのだ。淑女の嗜みは既に身につけて欲しい頃なのだが。

「……いや、まだ早いか。今はまだ、世界の真新しさに目を輝かせてくれればいい」

 さて、と立ち上がった時臣はカーテンの締め切られていた窓に手をかける。もう間もなく彼女達はこの部屋を訪れるのだろう。その時にこんな陰湿な暗黒が出迎えたとあっては彼女達の指標たる己に示しがつかない。

 本を読みには適した静けさと暗闇だが、あの輝かしい笑顔を迎え入れるには相応しくはない。開け放った窓からは柔らかな陽光と、鼻腔を擽る爽やかな木々の香りを風が運んできた。
 準備は整ったとばかりに振り向いた時臣の耳に、ノックの音が木霊した。

「お父様、凛です。少しお時間よろしいでしょうか」

「ああ。入りなさい」

 失礼します、と毅然とした態度を纏った凛が室内へと一歩踏み入った。恭しく礼を取り、落ち着いた瞳で先の出来事を粛々と告げた。

「先日、お父様が出された課題を終えた報告に参りました。つきましては、その確認を願いたく……」

 先ほどの喜びようとは裏腹の、酷く畏まった物言い。こればかりは時臣が凛に躾けた事だ。魔術師足らんとするのならば、自身の在り方にさえ誇れるようになりなさいと。
 少女としての遠坂凛は顔を引っ込め、父に教え諭された魔術師として遠坂凛の顔を覗かせていた。

 そして時臣は先の凛と今の凛とを見比べて、小さく微笑みを零した。

「お父様……?」

「いや、何でもない。では見せて貰おうか。凛と──桜の成果をね」

 凛の影に隠れるように身を引っ込めていた桜へと時臣は視線を投げて、桜はそれに笑顔で応えた。



「ほう。これは……」

 庭へと出た時臣は、淡い光を放つ魔法陣を見た。綺麗に描かれた真円の上に、規則正しく並べられた鉱石の欠片。互いが互いの力を増幅し合い、一つでは放てない輝きを描き出していた。
 遠坂の魔術たる宝石の制御。この課題は、それぞれの鉱石の特性を知り、いかにして巧く互いの力を損なわせずに増幅するかという、中々に難しい課題であった筈なのだが。

「……驚いたな。これほど巧く各鉱石の特性を引き出せるとは。この十分の一の輝きでも生み出せたのなら合格を賜わそうと思っていたのだが……」

「じゃ、じゃあ……」

「ああ、無論。文句のつけようもない合格だ。よく頑張ったな、凛」

「ありがとうございます!」

 大きく礼をし、成功と父に褒められたことが安堵をもたらしたのか、えへへーと父の前では普段は絶対に見せないような子供らしい笑みを零してしまった。

「ね、姉さん……」

 でれきった姉の顔を見咎め、妹は凛の裾をくいくいと引く。はっと我に返った凛はあわあわと忙しなく視線を彷徨わせ、こんな無様をどう弁解したものかと慌てふためいた所で、妹の顔が目に留まった。

「そ、そうだ。お父様、この術式の完成はわたしだけの成果じゃありません。この子が、桜が助けてくれたから、こんなに綺麗に完成出来たんです」

 自分の失態をなかった事にしたかったのもままあるが、凛の言葉に嘘はない。あれで桜はなかなか優秀で、突っ走ろうとする凛を宥め、違う視点からの切込みを見せる事もあるほどだ。
 普段は引っ込み思案で姉の影に隠れているような彼女でも、きっと姉と同じくらいに努力していることを、時臣は知っていた。

「ああ。凛も桜も、よく頑張ったな。流石は私の娘だ」

 少女たちの視線まで膝を折り、わしゃわしゃとその髪を撫でる。およそ撫でるというより掻き回すという形容の方が相応しい行いであったが、子に向き合うのが不器用な時臣の精一杯の褒章で、少女らも太陽のように輝く笑顔で笑ってくれた。



「あなた」

 自室へと戻り、途中までになっていた魔道書の続きに読み耽っていた時臣にかかる澄んだ声。彼の妻たる葵が扉よりその姿を見せた。

「なんだ、何か用か」

「いえ。ただなんとなく、です」

 訝しげな視線を投げて、それでも微笑を崩さない葵。ふう、と溜息を漏らしてまたも本を最後まで読みきれずに机に戻した。

「凛と桜は?」

「今は庭で遊んでいます。あなたに褒められたのが余程嬉しかったんでしょうね。はしゃぎ回っているわ」

「成果に対する報酬は正当なものだ。凛も桜もよくやった。親バカという罵りも受けかねないが、よく出来た子らだ。私の誇りだよ」

 実に時臣らしくない発言だった。厳粛な姿勢を常とし続けている正当なる魔術師らしからぬ言葉。冷酷とさえ取られかねない冷ややかな視線に今は、優しい火が灯っていた。

「……これで良かったんだ。魔術師の家系は一子相伝。二人の子を生した家は不幸になる。二人に優劣があるのなら話は簡単だが、甲乙つけ難い場合がほとんどだ。北欧に居を構える天秤の家系ならいざ知らず、通常の魔術師の一派は必ずといっていいほど家督争いが巻き起こる」

 魔術師とは我の強い連中ばかりである。欲をかくあまり、二人の子を均等に成長させ、いざ継承の儀を執り行う段階となれば、どちらもが我こそはと名乗りを上げる。派閥のある家ならば互いに立てた子を是非にと押し、もう一方は蹴落とそうとする。
 その結果、共倒れとなっていった高名な魔術師の家系は少なくない。

 だから時臣は選ばなければならなかった。凛と桜。二人のうちのどちらかを後継者とし、もう一人の幸せを願うのなら──養子に出すべきであった筈なのに。

「いいえ、あなたの選択は正しかったと思います。もし桜を、あるいは凛を養子に出していたのなら今この光景はなかった。私たちは──二度と心から笑えなかったかもしれない」

 窓の外、眼下でじゃれあう二人の少女。魔術師という家系に生れ落ちながら、なお強く生きようとする彼女らを、時臣は手放せなかった。
 どちらもが至高の原石。磨けば必ず光り輝いてくれるだろう。だが、二人を共に育て上げたのなら、片方は必ず袋小路に突き当たる。

 魔術刻印。遠坂の全てを詰め込んだ肉体に刻み込む魔道書は、この世に一冊しかない。本を半分に千切れば物語の完結はない。同じように、魔術刻印も容易く分けられる代物ではなかった。
 その継承を以って一人は遠坂の魔術師として大成してくれるだろう。だが片方は、そこいらにいる二流魔術師止まりになる。それは不幸。魔術師という生において、真理にたどり着けない事は何物にも代え難い不幸と呼べる。

 ──だがそう知ってなお、時臣は二人の子を手元に残す決断を下した。

「……ようは私は子が可愛かったらしい。魔術師として生まれ、魔術師として生きた筈の私にまだ、こんな感情が残っているとは。驚きは、誰よりも私自身が大きいだろうな」

 自嘲して、窓の外へと視線を移した。この光景があることに喜びを感じる自分がいる。もしどちらかを養子に出していたのなら、有り得なかった筈の光景に、笑みを零してしまう。

「私はね、葵。あの子達を信じてみたくなったのだ。凛は思い込みの激しい子だ、その積極性は物事を自身の思うように運んでいくだろうが、時に暴走を起こすこともある。
 それを止めるのが、桜。それほど自主性のある子ではないが、だからこそ見えるものがある。桜の存在は、凛という宝石をより輝かせる研磨剤だ」

「……あなた。自分の娘に対してその物言いはないでしょう?」

「はは。物の喩えだよ。だが的を射ていると思うがね。凛は桜を引っ張り、桜は凛をここぞという時に留めてくれる。
 私は思うんだ。あの子達は鳥なのだと。一人でも飛び立てる強い意志を持つ鳥だが、翼は二つで一つ。どちらが欠けても、あの大空の向こうへは到れない」

 だからこそ二人を選ばなかった。選べなかった。この決断は、後世に憂いを残す。幾つもの没落貴族を見てきた。そんなヤツらを尻目に必死の努力で駆け上がって、この地位を獲得した。
 それを、失うかもしれない。少女らが途絶えさせるのではなく、この時臣の決断こそがトリガーとなり自らを穿つ銃弾を放つのかもしれない。

 けれど──賭けた。自らの娘達に。信じた。あの幼い少女達を。

 遠坂という家紋を担う二枚の翼。先の鉱石魔術のように、互いが互いを競い合わせ、遥かなる高みに手が届くようにと。自らが到れなかった、今なお挑み続ける真理の探求をもし成し得なかったとしても、必ずや凛と桜がやり遂げてくれるのだと。

「消えていった名門の家長もまた、こんな気持ちだったのかもしれないな。けれど、それでも私は信じよう。凛を。桜を。私の……いや、私たちの子を」

「ええ。信じましょう。私たちの娘を。あの子達なら、きっと────」

 穏やかな空の下。柔らかな笑みを二人が零す。それは紛う事なく──娘を愛する父母のものだった。


/-四次に五次アチャが召喚されてなんかわからんうちに最終決戦になっててしかもキリツグとアチャが対峙してるの図-


「──思えば発端はあの言葉だった。もしあの時、貴方があんな事を口にしなければ……。口にしようとも、それを否定してくれていたのなら、オレはまだ人でいられたかもしれないのに……!」

 燃え盛る紅蓮。焼け落ちる家屋。既に二人に時間など残されていない。一刻も早く脱出しなければならないという刻限においてなお、両者は互いに譲らなかった。

 煤けたコートの男は赤い外套の男を見てなどいない。その奥、ステージ上に顕現した眩いばかりの黄金に煌く聖なる杯だけを見据えている。
 目の前には求め欲したものがある。手を伸ばせば届く距離にある。ならばその到達を阻むものの悉くは……単なる障害物でしかない。

 対する赤い騎士もまた譲れないだけの理由を持っていた。自身の望みは決して聖杯などに祈るようなものではない。この戦いの末路に、彼の望みの成就は有り得ない。だが此度の戦場には、その男がいた。
 優しさをくれた。温もりをくれた。伸ばした手を、凍えるような冷たさの手で包み込んでくれた。それを、救いと呼ばずしてなんとする。だが同時に、男は騎士の運命までもを決定付けた。

「正義の味方なんていう偶像を夢見続け、心壊されたオレの気持ちなど貴方は知るまい。あの夜の事で、貴方を恨む謂れはないのだろう。
 だが、だが! だからこそこれは報いだ! この胸を犯し続けた呪いを放った、貴方に対する余りにも下らない八つ当たり。
 ……それもいい。ただ今ならば、運命を変えられるかもしれない。そもオレ自身が生まれなければ、あの時救われなどしなければ、こんな道化は生まれなかった。ならば結論は一つ。────貴方に、聖杯を壊させはしない」

 その結果がどうなるのか、騎士は知っている。世界をも喰らう呪いの誕生。この世界は、歪な祈りによって駆逐される。
 しかしそんな事など知ったことか。自身という存在を否定する為だけの騎士に、絶望に磨り減り慟哭に埋め尽くされた心では、そんな「些細」は知らない。
 可能性。限りなく0に近い可能性ではあるが、命を懸ける価値がある。どうせ救いきれない人の命であるのなら、ただ早いか遅いかの違いでしかない。
 故に騎士は剣を執る。絶望の奥底に秘められた希望という名の可能性を掴み取るために。

「……あいにくと、僕には君が何を言っているのはか解できない。分かるのは一つだけだ。この道を阻むのなら、貴様は、僕の敵でしかない」

 男の手にしたコンテンダーが牙を剥く。未だ人である男にとって、霊格として上位にあるサーヴァントを傷つける唯一の手段がそのコンテンダー。単発式の、決して効率の良くはないこの銃だけを武器に騎士に戦いを挑まなければならない。

 暗殺者としての側面を持つ男にとって、この戦いは余りに分が悪すぎる。しかし、退けない。目前にまで迫った祈りの達成の為、確固たる意志を持ち、男は死地を踏み抜くと決めた。
 引くのは、勝敗を決めるトリガーだけでいい。騎士の慟哭も、怨嗟も、縋るようなその手でさえ、男には路肩に転がる石ころ程度にか見えない。

 争いを終わらせるという祈りの前に、同じ願いを夢見てくれた者に報いる為にも、切嗣は死を賭して障害を突破する。

 ──結局のところ、理解しあえない二人には、合い争う以外に道など残されていなかった。ただただ夢見続けたモノへの憧憬を心に誓い、両者は剣を銃を手に執った。

 だがその果てに、二人の望んだモノなどない。どちらが勝とうと、生まれるのは祈りなどではなく、世界を犯す悪意でしかない。
 黒い空。炎に包まれた荒野。無残に転がる亡骸の丘の上で慟哭することしか、この物語の結末は用意されていなかった。救いがあるとするのなら、運命は決して覆せなかったという一点のみ。
 男は絶望の中に希望を見、騎士は次なる戦地で望むものとの邂逅を果たす。到るのは終末ではなく始まり。

 これは、Zeroへと到る物語。

 これより始まるのが無間地獄であろうとも、その先に救いがあるというのなら、彼らの想いこそは決して無駄などではなかったのだ。


/-誰が為の幸福-


「時臣ィィィィ……!」

 地に這い蹲りながら吼え上げる間桐雁夜。それを冷ややかな視線で見下ろす遠坂時臣。絢爛たる炎が周囲で踊り、雁夜の放った蟲は悲鳴にもならぬ声を上げながら燃えていく。

 決着は既になった。
 元より魔道にて覇を競い合ったところで雁夜に時臣を打倒する術も技能もない。
 経験。知識。歴史。才能。
 その全てにおいて雁夜は時臣に劣っている。

 ……だがしかし。
 もし雁夜が初めから魔道にその身を染め上げていたとするのなら、また別の結末もあったのかもしれないが。

 そんな『もしも』を今更考えたところで是非もない。
 二人の目に前にあるものこそ真実。互いの視線こそが勝敗を決している。

 それでも。それでも雁夜は吼え猛る。
 憎悪に心を燃やし尽くし、灰になろうと塵になろうと、彼の心にはもう、それ以外の感情など有り得ない。

「……無様だな」

 嘲るように口元を歪めた時臣。
 本来彼がこんな優雅とはかけ離れた笑みを浮かべることなどないのだが、余りに滑稽すぎて、余りに無様すぎて思わず笑みを零してしまった。

「ふ、はは……ふはははは……!」

 そんな時臣を見やり、雁夜が笑う。黒く、黒く渦巻く感情に身を焦がして。
 その様を終に壊れたか、と見下ろした時臣目掛けて、雁夜は今宵最大級の侮蔑を込めて謳ってやった。

「ああ、無様さ。無様だろうさ。
 オマエにしてみれば、こうして身を蟲に食い散らかされ、地に這い蹲っているしかない俺の様など、滑稽にしか映らないだろう。
 だがオマエは、一度でも考えたことがあるか?
 オレがこうしているように、オマエが間桐にくれてやったあの子も、同じ目に遭っているなどという事をなァ……!」

「…………何?」

 このとき初めて、時臣の目に感情らしい感情が過ぎった。
 目聡く見て取った雁夜はなお追い討ちをかける。

「ああ、生粋の魔術師であるオマエなどに、この苦しみは分かるまい。そして同じように──あの子の苦しみも分からないッ!!」

 雁夜の憎悪に反応したのか、数匹の蟲が時臣目掛けて飛翔する。
 それを時臣は手にした杖の一振りで消し炭に返し、呼吸すらままならない様子の“蟲”を見た。

「……今おまえはなんと言った? あの子が、桜がおまえと同じ目に遭っている、だと……?」

 それは、時臣にとって思いも拠らなかった事実らしい。

「……クク。滑稽だ、滑稽なのは貴様の方だ時臣。
 遠坂の魔術師である桜をあの蟲がそのまま魔術師として育てあげるとでも思ったか?
 馬鹿が。彼女は間桐に染められる。本来持ちえる才能ではない、間桐の色に染め替えられる。
 その過程はな、俺もあの子も変わらない。
 間桐の家とはそういう家だ。
 蟲に食われ、蟲に寄生され、蟲を生かす為だけの苗床だ。
 全てはあのジジィの思惑。あのジジィの延命の為に、間桐は“生かされている”」

「──────」

 有り得ない。
 そう断じたかった時臣の目に、雁夜の視線が重なっている。
 嘘ではない。あれは、虚言を弄する者が抱く目ではない。
 では、本当に……?
 桜は、我が子の未来を託したあの家は、本当に目の前の男が語るようなものなのか……?

「なあ……教えてくれ、時臣。おまえは一体、誰の為の幸福を望んだんだ。
 あの昏い蟲倉の底で、泣く事も許されず絶望し続けるあの子の未来に、おまえは本当に幸せがあると思うのか?
 蟲に身体を蹂躙され、呼吸さえもあのジジィの許可がなくば行えない地獄の果てに、本当におまえの言う未来はあるのか……?
 葵さんから桜を奪い、凛ちゃんから桜を奪い、そして彼女自身からも幸ある未来を奪い取ろうと言うのなら、おまえは彼女達の夫でも父などでも断じてない。
 おまえは──魔術師という名の、ただの糞野郎だ…………ッ!」

 千にも上る蟲が一斉に奇声を上げる。怨敵目掛けて殺到する。
 それでさえ、先と同じように杖の一振りで消し飛ばした今の時臣の表情は、先ほどのそれではない。
 苦渋に満ちた表情。
 雁夜の語った一言一言を、しっかりと咀嚼するように噛み締める苦い表情を浮かべている。

 炎の去った向こうに、雁夜の姿は消えていた。
 落下したか、逃げ去ったか。どちらにしても変わらない。
 あの男では、遠坂時臣は倒せない。
 だが。あの男の言葉は、確かにこの魔術師を揺さぶった。

「…………」

 時臣の澄み渡る水面のような心に、墨汁にも似た真っ黒の憎悪が一滴滴り落ちた。
 生まれた波紋。付けられた色。
 その意味するところと行く先は、今はまだ──ようとして知れない。









後書きと解説





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