a Sequel to the Story/Episode III






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 戦いが終わって数日。俺たちは未だ冬木市に滞在していた。

 それというのも冬木の管理者たる遠坂がその後始末に追われている為だ。俺も手伝おうか、と尋ねてはみたが“半人前に任せられる仕事はない”と一蹴されてしまった。
 確かに長年この地の管理者をしてきた遠坂に比べれば俺なんて半人前だし、魔術の痕跡の消去とか情報操作なんて出来るわけがない。

 なので、せっかく出来た暇をゆっくりしようと思い、今はこうしてセイバーと共に居間でお茶を愉しんでいるワケだが。

 ──────セイバー。

 彼女は自らの意思でこの世界に残り、俺達と生きていくことを決めた。
 それは俺としても嬉しいし、未練も後悔も全て清算した彼女に今後は王としてではなく、一人の少女としての生を謳歌して欲しいと思う。
 ま、俺がそんな心配をするまでもなく、あの赤いあくまがいる限り、心休まることなく思う存分振り回してくれるだろう…………俺も含めて。

 そんな麗らかでゆったりとした一時。
 そこに、

 ────ピンポーン

 来訪者を告げる鐘と共に、珍しくも懐かしい友人が訪ねて来た。





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「────慎二?」

「よう、衛宮。久しぶりだな」

 玄関を開けたところにいたのは桜の兄、間桐慎二だった。

 慎二も前回の聖杯戦争の参加者だった。だが正規のマスターであったワケではなく、桜からライダーを借りての参戦だったと聞いている。そのライダーも早々に脱落し、後は俺達の知る結末となったのだが。

「ああ、久しぶりだな。体は大丈夫なのか?」

 あの戦いで無理矢理弄られた体。そしてその治療に要した時間は一年。また今回もキャスターの略奪により少なからずダメージを受けただろう。それら全部を含めて体は大丈夫か、と慎二に尋ねた。

「衛宮に心配されるほど落ちぶれちゃいないよ。
 ま、体は問題ない。ないからこうして訪ねて来たんだ」

 多少は丸くなった印象はあったがやはり慎二は慎二。
 何も変わっちゃいなかった。

「ははっ、そうだな。
 で、何の用だ? 上がっていくんだろ?」

「何が可笑しいのかは知らないけどさ。
 バカみたいに笑ってないでさっさと案内しろよ」

 言ってずかずかと我が家を行く慎二。

「あれ、おまえ俺んち来た事なかったっけ」

「さあ。あるような気もするし、ないような気もするね。
 覚えてないんだからどっちでも一緒さ。ほら、早く、居間はどっちだ?」







 そうして居間へ。
 台所から何を飲むかと尋ねると“コーヒー、ミルク多めでね”とだけ答えが返ってきた。

 最初からいたセイバーと俺の分のお代わりもついでに用意し、定位置につく。
 慎二はセイバーが気になるのか、露骨に目を泳がせていた。

「おい…………衛宮」

「なんだ?」

「こいつ……セイバーだろ? なんでいるんだ?」

 驚きのような、解せないような微妙な表情でセイバーを見つめたまま慎二はそう俺に訊いて来た。
 慎二も今回また聖杯戦争が始まった事、そしてそれが終わった事も知っているだろう。知っているからこそ解せないのだ。終結後に何故サーヴァントが残っているのか、と。

「間桐慎二、といいましたね」

 セイバーの澄んだ声を聞き、ぴくりと体を揺らす慎二。

「私は凛のサーヴァントとしてこの世界に残る事を決めました。
 シロウと凛の行く末を見守る為に、これからの未来の為に」

「へえ────流石は遠坂ってことか。
 自力でサーヴァントを現界させ続けられるなんて、羨ましい限りだね」

 憧れと皮肉の入り混じった言葉。だがそれは慎二の本心だ。魔術師の家系に生まれながら魔術師ではなかった慎二。
 今でも間桐慎二という人間の底から湧き出る羨望と憎悪。

「ま、僕には関係ないね。
 遠坂がサーヴァントを現界させ続けようとセイバーが何を思って残ろうとね。
 おい、お代わりだよ、衛宮。このコーヒー美味いじゃないか」







 その後は何でもない話が続いた。俺達がいない間に何があったとか、ロンドンはどうだ、など本当に他愛もない話。
 だが慎二は中々訪ねて来た理由を話そうとしない。話しづらいのか、何かを待っているのかはわからないが、とりあえずこちらから訊いてみることにした。

「慎二、何か俺に用があったんじゃないのか?」

 話の区切りに俺はそう慎二に向けて言った。
 それに慎二は視線を彷徨わせるように室内を見渡し、ようやく決意したのか、こう切り出した。

「──────桜の事だ」

 真っ直ぐに。俺の瞳だけを見据えて慎二は続けた。

「桜の心臓にお爺様…………臓硯が住み着いていたのは既に知っているだろう。
 どうやってアレを殺したのかは僕は知らない。
 だけど、桜を助けてくれた事に礼を言いに来たんだ」

 それは、俄かには信じられない言葉だった。
 慎二との付き合いは長いが、これほど真っ直ぐに感謝の意を伝えられた事はなかった。

「ああ、僕にアイツをとやかく言う筋合いはない。
 二年前の出来事で入院してた時、桜には出来る限り謝ったつもりだけど、その程度で本当の意味で許して貰えるとも思っていない。
 ──────僕は、それくらいの事を桜にしてきたからね」

 慎二が桜に何をしてきたのかは俺は知らない。
 桜本人が言いたくない事なんだろうし、今は健全な体を手に入れたとはいえ、長年一緒にいて気づけなかった俺がとやかく言う事でもないと思う。話すべきことなら桜がいつかきっと話してくれるだろうから。

「慎二。桜を助けたのは俺達じゃない。
 もう帰っちゃったけど、遠野志貴ってヤツが桜を助けてくれたんだ」

 そう。ずっと側にいた桜の異変に気づけなかった俺に慎二の言葉を貰う資格はない。

「そんな事はどうでもいい。どうせそいつも衛宮に巻き込まれたクチだろ?
 おまえは本当に無駄に厄介事に首を突っ込みたがるからな。
 せっかく僕が感謝してやってるんだ、素直に受け取っておけよ」

 ふん、と顔を逸らし、それだけを言って慎二は言葉を綴った。




/3


 何杯目かのお代わりの後、

「で、慎二。本当にその礼だけを言いに来たのか?」

「…………もう一つ、ある。おまえ、倫敦に戻るんだろ?」

「ん? ああ。
 遠坂が今やってる後始末が終わり次第戻るつもりだけど」

 その時はもちろんセイバーも一緒だ。
 講義とかもほとんど無断に近い形で放棄して来たから、戻ってもすぐは大変そうだけど。
 ああ、家の方もほったらかしだから掃除しないといけないな。

「…………桜も連れて行け」

「────は?」

 向こうに思いを馳せている時に、突拍子もない言葉を聞いた。

「桜も連れて行ってやってくれ、って言ったんだよ」

 桜を連れて行く? 倫敦へか?

「そこ以外にどこがあるって言うんだよ。
 まだ陽も沈んでないのにもう眠くなってきたのか?」

「いや、そうじゃない。そうじゃないんだけど……………」

 なんていうか、その、

「遠坂は連れて行く気満々だったぞ」

 それどころか桜を遠坂の姓に戻そうとさえしていた。
 まあ、最後の決定を桜に任せる辺り、強引ながらも遠坂らしいというか何というか。

「なんだ、じゃあなんでアイツは迷ってるんだ。
 今更間桐の家なんかに居たいとは思わないだろうし、願ったり叶ったりじゃないか」

 …………桜が迷う理由。
 それはきっと、慎二が────……

 その時に鳴り響くチャイムの音。
 見上げればすでに夕刻。夕食を作る頃合いとなっていた。

「桜かな?」

「────チッ。
 ま、そういうわけだ。衛宮からも桜に言っとけよ」

 それだけを言って立ち上がり、足早に玄関へと向かった。

「え、兄さん?」

 玄関で鉢合わせる二人。
 桜は慎二の来訪に驚き、慎二はそれを事も無げにやり過ごす。

「ああ、桜。
 僕は今日外食するからおまえは衛宮の家に泊めてもらえ。
 じゃあな」

 返答を待つことなく、珍しくも懐かしい来訪者は我が家を後にした。





/4


 結局、俺は桜に慎二の言を伝えなかった。伝えたところで遠坂が言ったように、最後に全てを決めるのは桜自身だ。俺達が自分の道を行くように。桜を縛るモノがなくなった今、桜も自分で道を決める時だ。

 ────そうして聖杯戦争の後始末が終わり、俺達が倫敦へと旅立つ日。

「遠坂、忘れ物ないよな?」

 場所は空港。
 藤村組の若衆さんに送ってもらい、纏めた荷物を全て持ってこの地へとやって来た。

「失礼ね。そんな言い方するとわたしがいつもいつも何か忘れてるみたいじゃない。
 まだボケた覚えはないわよ」

 そうは言ってもなあ。何と言っても遠坂だしなあ。一応確認しとくべきだろう。

「家からは必要なモノは全部持ってきたし、倫敦から持ってきたもういらないモノも置いてきた。後始末はちゃんと終えたし、セイバーの分の荷物も纏めたし、身分証諸々偽造したし、ガスの元栓も閉めたし、冬木の管理も教会の神父さんに任せてきたし………………あ!」

 何かに思いあったのか、記憶の網から抜け出した遠坂が辺りを見渡し始めた。

「………………やっぱり、来なかったか」

 残念そうな顔をする遠坂。

 何が来なかったかというと桜だ。結局遠坂は桜の道は桜が決めるべきという信念を通し、今日この時間、旅立ちの時に俺達と共に倫敦へ行く気があるなら、荷物を纏めて来るように告げていた。
 だが桜の姿は付近にはない。

「桜が残る事を決めたんなら、俺達が言うことはもうないだろう?」

 それは最初に決めていたこと。

「そうね。
 残念だけど桜がそうするって決めたのなら、それを認めてあげるのが姉ってもんでしょう」

 だが。

「凛────来ましたよ」

「え?」

 セイバーの静かな声が響き、視線が向かう先。
 重い荷物を持ち、駆けて来る見慣れた少女の姿。

「………………桜」

「っ────はあっ……はあっ……はあっ……はふぅ。
 すいません、遅れちゃいました。兄さんが道を間違えちゃって」

 そう言って微笑む桜。
 それは本当に、────春に咲く櫻のような笑顔。

「くっ…………はあっ、はあ、はあ、はぁっ、僕だけ、の、せいに、するなよな、さく、ら。
 おまえの、ナビが悪いん、だ」

 桜以上の荷物を抱えて息も絶え絶え。
 こんな時でも悪態をつく慎二に自然笑みが零れた。

「桜、決めたんだな?」

「はいっ、先輩。
 わたしは姉さんと先輩とセイバーさんと一緒に行きます」

 決意を湛える瞳。迷いなどないという強い思いが伝わってきた。

「そうか。桜がそう決めたのなら、俺達は歓迎するよ」
「桜、これからもよろしくお願いします」
「まったく、来ないのかと思ったじゃないの」

 三者三様の言葉に照れくさそうな笑みを浮かべる桜。

 丁度その時、俺達が乗る飛行機へのアナウンスが響く。

「じゃ、行くか」

「ええ、そうね」

 行く者と残る者が別れ、向かい合うように立つ。

「行って来るよ、藤ねえ、慎二」

 倫敦へは戻るわけだが、行って来る、と告げる。
 俺達の帰る場所は、ただいま、を言う場所はやはりここだと思うから。

「いってらっしゃい、士郎、遠坂さん、桜ちゃん、セイバーちゃん。
 ちゃんと無事に帰ってくるのよ。あ、お土産は忘れずにね!」

 朗らかに、いつも見ていた笑顔で微笑む藤ねえ。
 ああ、まったく。お土産を請求するところがなんとも藤ねえらしいな。

「ふん、桜」

「はい、なんでしょう、兄さん」

「──────────」

 長い、長い沈黙。
 慎二は顔を逸らしたまま、それでも、

「気をつけて、行って来い」

 旅立つ桜に、その言葉を伝えた。

「はい──────行って来ます、兄さん」

 満面の笑みで。
 最高の言葉をくれた慎二に桜は微笑んだ。

「ふふっ、さ、行きましょう!」







 ────俺達は冬木の土地を後にする。

 新しい仲間との生活に思いを馳せながら。
 そこはきっと楽しいことばかりじゃない。辛い事や苦しい事もあるだろう。
 だけど俺達は一人じゃない。
 みんなで共に生きていくんだから、どんな事でもきっと乗り越えていける。

 俺の理想も、必ずカタチにして見せる。

 そしてこの土地で出会った人々との再会を思い、これからの未来を描いていく。



 さあ、行こう!

 ここから始まる、新しい──────未来へ!









後書きと解説

はい、これにてエピソードシリーズ終了でございます。
慎二の性格がアレな気もしますがそこはそれ、UBWルート後だからってことで一つ。
なんかハーレムルートっぽいけどそんなことはないっ! 士郎はきっと凛一筋でやって…………くれるよな?

後書きらしい後書きは三十七話で書いたのでここは軽い感じでなんか書こうかな。

えー、なんか長編よりも短編の方がウケがいいですね、私の書いた物は。
まあ長編はこれが処女作ってことでほとんど冒険せずに設定のうちに収まるように書いたせいもあると思いますが。

短編は設定に囚われることなく気軽に書けるのがいいですね、……キャラを崩しすぎる感はありますけど。
対して長編は制約がある中でどれだけオリジナリティを出すかが肝だと思うんですが……難しい。
後は書いてて自分の文に脈絡がないのがイカンかと。書きたいこと書いてるせいですね。

ま、愚痴ぽくなりましたが好きで書いてるんでこれからも書いてくと思います。
生暖かく見守ってくださいませー。


あ、リクエストとかネタは随時募集してますのでこんなの見てぇってのがあれば拍手よりどうぞ。
とりあえずリクエストぽいっのは一つ。次は月姫の短編を書くこととなりそうです。



web拍手・感想などあればコチラからお願いします。



執筆期間:2006/05/02〜2006/09/09 了






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