剣の鎖 - Chain of Memories - 第五十八話









 王は孤独だった。

 生まれながらの王にして、半神半人。およそ人でもなく神でもない、王としてあった黄金の稀人。
 彼はその生い立ちが故に、余りある暴君としての執政を行ってしまう。彼の下につく臣下も民も、彼の横には並び立てない。人である民は王の執政を畏怖し、人である臣下は並び立とうという気さえもなく、ただただ王の後ろを付いて来るばかりだった。

 王はそんな者達しかいない世の中に醒め切っていた。肩を並べあえるものはなく、また並び立とうという努力さえしない下人達。王は彼らを雑種と呼び晒し、なお絶対的な王国を築き上げていく。

 そんな彼であっても、暴君ではあったが同時に賢君でもあった。無益に人は殺さず、必要ならば奴隷であろうとも見せしめでの処刑は許さない。
 ただ貪り食うだけの昏君ではなく、王であれと願われた彼は、正しく王として我が国を統べ、完璧なる王者として君臨した。

 しかしその行いさえも、王にとっては雑事と変わらない。彼の類稀なるカリスマ性に熱狂を歌う人々を見下ろし、王は孤独にある覇道をひらすらに突き進んだ。

 元より王者の道は狭き道。肩を並べて通る事など罷り通らない。故に王は民を先導する事もなく、臣下を率いる事もなく、ただ我が道を征き続け、後を追って来る者達をも無視し続けた。

 そしてそんな中、彼が出逢った一人の男が、この王の運命を変えたといっても過言ではない。
 行過ぎた執政に嘆きを上げた神々が遣わした人ならざるヒト。泥より造られた奇人。

 ────名をエンキドゥ。

 英雄王ギルガメッシュが生涯唯一人と定めた、王に比肩しうる朋友だった。






剣の鎖/Answer




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 彼らの出会いは凄惨な殴り合いから発展し、結局決着を見ずに終わりを告げる。思えばその時だろう、王の中で冷え切っていたものが、再燃しかけたのは。

 今まで誰一人として楯突く者はなく、崇め奉り、まるで神のように崇拝されてきたギルガメッシュに、対等な勝負を挑み、しかも引き分けた者などいなかった。
 だからこそ、二人の仲が深くなっていったのもまた必然だったに違いない。王はようやく得たのだ。詰まらない事ばかりだった半生の区切りに、ようやく己に比肩しうる存在と出逢った。

 それから彼らは常に共にあった。肩を並べて敵を倒し、肩を抱き合い酒を飲み、己が冒険譚を謳い合い、喜怒哀楽の全てを共有した。

 それは、王にとって最も輝かしい日々であった。

 退屈な王宮での生活は朋友が一人いるだけで騒がしくなり、朋友一人さえいれば万軍を相手取っても負ける事等有り得なかった。
 二人は巧く噛み合った。人でも神でもない王と、泥より造られた人ならざるヒト。色を失った世界において、その朋友と語らう時こそが、王にとっての唯一生を実感できる瞬間だった。

 ……しかし、終わりは唐突にして訪れる。

 王を愛した一人の女神。その女神の求婚を断固として拒絶した王の下へと遣わされた天の牡牛。
 ウルクを荒しに荒しまわった牡牛は、王と朋友の手により討たれたが、その結末とエンキドゥの身を弁えぬ傲岸は、神々の怒りに触れ、神罰によって命を落とした。

 朋友の死に王は涙を流し嘆き悲しみ、やがては自分も同じ運命を辿るのだと理解してしまった王は、不老不死の妙薬を捜し求めた。
 ただ、王が妙薬を欲したのは自らの死への恐怖からだけではない。朋友の為。朋友を理解していた唯一の人物である王が死んでしまえば、朋友の存在も完全に失われてしまう。だからこそ王は不老不死を欲した。

 世界に唯一人、この王が生き続ければ朋友もまた死なぬ。王が永遠に記憶し続ければ、朋友は王と共に永遠を連ね続けるのだと。





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 そして王は長い冒険の末、遂に不老不死の妙薬を手に入れる。意気揚々として手に入れた妙薬を手に、一息に煽ろうとしたその時に、ふと疑問が沸いた。

 朋友の末期に残した言葉……王の孤独を偲ぶ想い。

 この妙薬を口にすれば、王は永遠を生きることになる。ただ、その代償として永遠の孤独を手に入れることになる。
 連綿と続く歴史の中、王は独りで歩き続けなければならない。それは、朋友と出逢う前の王の退屈な生を、永遠に続けるという事。

 王はもう、そんなものには耐えられない。朋友と過ごす日々を知り、肩を並べて笑い合う喜びを理解した今、その孤独は王の望むものではなくなった。
 そしてその孤独は、朋友もまた望んでいない。朋友が憂いたのはまさしくその孤独。誰にも理解されず、共に歩む者がいない生は、王を孤独という永遠に閉じ込めてしまう。

 だから朋友は涙を流し、王の手を握り締めたのだ。自らの死にではなく、神の理不尽にでもなく、王の為に朋友は涙を流したのだと。

 ……ああ、そんなこと、初めから判っていた筈なのに。

 その瞬間、王は永遠に対する執着を失くしてしまった。手にした妙薬を傍にいた蛇にくれてやり、王はウルクへと凱旋する。
 自らが生涯に収集した千の財と比してなお、眩く尊い朋友の想い。その想いを理解してやれるのもまた、王以外に有り得ない。

 だから王はいずれ終わる生涯を精一杯に走り抜けた。朋友が悲しくないように。たとえ独りであっても大丈夫なのだと知らしめるように。
 孤独ではなく、孤高足らんとし、王は最期まで王で在り続けた。

 その生の果てに────朋友の待つ場所へ行けるように。





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 果たしてその願いが果たされたかどうかは王以外は知る由もない。

 そして王が次に目覚めた場所は未来の世界。自らが君臨した世界から様変わりした、雑多なものが溢れに溢れる塵の山だった。
 しかも自らを召喚したのは不出来なマスターで、そのお陰で本来の力を引き出せないとあっては噴飯ものであったが、呪縛がそれを許さない。

 甘んじてマスターと共に聖杯という元より王の所有物であるものを取り合う儀式に参戦した王は、短い時の中を走り抜け、ある一つの想いを宿すようになる。

 もしこの場所が彼の願った朋友の待つ場所であるのなら、そこに一体どんな意味があるのかと。
 一人目の朋友が偲んだ、王の孤独。その孤独に祈りを感じ、聖杯が王を招いたのだとすれば、彼が手に入れるべきものはなんなのか。

 あるいはそれは、気の迷いだったのかもしれない。

 王であり、王ではないサーヴァントとなったギルガメッシュは、その在り方にさえ異質なものを抱いていく。
 朋友を想うからこその孤高であるか。朋友の想いを汲むからこその新たなる朋友を求めるか。

 その答えを見出す為に、王はマスターと一度は訣別した。
 見極める必要があった。その男は王に比肩しうるのか。王に並び立とうと足掻くのか。その答えを、見出さなければならなかった。

 そしてその答えは、最終決戦の中で得た。

 圧倒的に格上の敵に対し、非力な声を張り上げて、身を削り命を賭けて自らの信ずるものの為に走り抜こうとするその姿。
 その背中に、王はあの朋友と同じものを感じ取った。

 人ならざるヒトでありながら、王に比肩せんと欲した奇人。
 人の身でありながら、ヒトならざる大望に胸を焦がす偽物。

 その根底にあるものはきっと同じだ。その存在自体が偽物で、作り物で、本物の輝きを一つとして持たない彼らが手にした輝き。
 零した涙と、胸に抱いた理想は同位であると。他の全てが紛い物であろうとも、たった一つの本物を持つのであれば、王はその在り方を是とする。

 儚くも尊いその生き様。その先にある破滅を愛してやれるのもまたこのギルガメッシュ以外に有り得ない。
 故に王は吼え猛る。ゆけと。その自らの信じたものの為に、全てを賭けてやり遂げて見せろと。

 そして確かに、その男は成し遂げた。救うと誓った少女を救い、王の声を受けてその背中を超えていった。ならば是非もない。
 王もまた朋友の為に。朋友の願うものの為に。自らの存在を賭けて戦い抜いた。





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 全ての決着を見届け、消えていく最中に王はある一つの決意をした。

 千の財を収める王の蔵にある数多の武具には、叫ばれるべき銘がない。それは後の英雄達の手に渡り、武勇と名を馳せる前の代物であるからだ。
 それらはあくまで王が世界中から収集したただの“武具”。宝具ではあれど、その真名を持たない原典である。

 ただその中にあって、王は二つにだけ己が命名したものがあった。

 一つは乖離剣。世界創生に際し振るわれたという剣。天と地を別け、原初の地獄を体現する、王の所有する数多の宝具の中でも最頂点に位置する至宝の剣・エア。

 もう一つは天の鎖。かつてウルクに降りた天の牡牛を縛り上げた、神々を律する強靭なる鎖。元は暴君であるギルガメッシュを律する為に遣わされた、朋友であるエンキドゥの体現ともいえるこの鎖。

 王はこれら二つに、自らが信を置く宝具として名を与えた。

 そして王の決意とは、三つ目の宝具への命名に他ならない。現世で出逢った、二人目の朋友。王と彼とを繋ぐものにあっては、その剣以外に有り得ない。

 能力制限が科せられた状況下で王が最初に手にした剣。己の納まったクラスと持ち得る能力を鑑みて即座に引き抜いた剣ならざる剣。
 ────それこそがあの不可視の剣。視えざる剣だ。

 この現世での出来事が、王の記憶に残るかどうかは判らなかった。だから消えてゆくその最中、決して忘れえぬように王は剣に銘を刻んだ。
 泡沫の夢。目を覚ませば消えてなくなるかもしれないこの出逢いに、決して消えない銘を刻み込む。

 見えざるもの。二人の間に確かに芽生えた確かな証明を、視えざる剣に残す。たとえ記憶から消え去ろうとも、この銘だけは消えないように。たとえ幻でも、その出逢いは確かにあったのだと証明するように。

 彼の者は無限の剣。そして最初の朋友は天より遣わされた鎖。ならば、名付けるべき名も既に決まっている。


 ────“剣の鎖”────


 王はその最期に、朋友と共に在った記憶の鎖を、視えない剣(たしかなキズナ)に刻み付けた。









執筆期間:2006/10/07〜2008/06/01 了



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