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 ──全ての始まりを語ろう。

 そこは地獄だった。周囲には炎が走り、赤黒く燃えている。焼け落ちた家屋は無残にも崩れ、そこかしこに散らばっている。遠く聞こえるのは人々の嘆きの声。理不尽に襲い掛かった災厄に困惑し恐慌し救いを求めている。

 けれどそんな声は誰にも届かない。だって、此処は地獄だから。救いなんて、ある筈がない。

「ああ……オレ、は──」

 剣を支えに立ち上がる。身体に痛んでいない箇所はなく、血は溢れ続けている。手当ても止血も間に合わないし意味もない。もって後数分の命。その残された僅かな時間の中、赤のセイバーは何が起こったかを追想する。

 といっても、覚えている事は多くない。

 何が原因か、何処で歯車が狂ったか、聖杯大戦と名付けられた七人七騎と七人七騎の殺し合いは、凄惨な結末へと転がり落ちていった。

 発端は赤の陣営の空中庭園の陥落。巨大な要塞はその制御を失い、あろう事か街中へと墜落した。それを阻もうとし、失敗した多くのサーヴァントは崩壊に巻き込まれ、戦争は一層激化した。

 本来中立であるべき監督役が一陣営に肩入れしていた事実が公のものとなったのも盛大に拍車を掛け、赤と黒は全面戦争へと雪崩れ込み、結果、多くの犠牲を払い、此処に戦いは終結した。

 最後の相手が誰であったか、霞み行く思考ではもう思い出せない。乱戦の体となったのだからそれも当然で、赤のセイバーはがむしゃらに勝ち抜いたに過ぎないのだから、状況把握など二の次だった。

 大戦の結末、示されたのは唯一人の勝者の確定。

 乱戦、共倒れ、ありとあらゆる想定外が起こった聖杯大戦は、赤のセイバーの勝利によって幕を閉じる。彼女の眼前には黄金の輝きを帯びた聖なる杯。願い叶える権利は彼女だけに与えられた。

「……悪いな、マスター」

 足元に倒れ伏す己がマスターへと詫びの言葉を述べながら、それでも彼女は目の前の輝きから目を逸らせない。

 求め欲した奇跡。
 生前では決して叶える事の出来なかった祈りを此処に。

 多大なる犠牲の果て、万能の釜に捧げる願いは、もう既に決まっている。

「さあ、聖杯よ。勝者たるオレの願いを叶えろ。あの王が引き抜いた選定の剣に、挑戦させてくれ……!」

 白光が視界を染めていく。それが聖杯より溢れる光だったのか、自身が消滅する間際に見た輝きだったのかも分からぬまま、気がついた時、彼女は街の中にいた。

「…………は?」

 街並は彼女の見慣れた時代のものではく、どちらかと言えば聖杯大戦の行われた時代に近しいものだった。その直後に理解したのは、天啓のように脳裏に降った多くの情報。脳へと叩きつけられる問答無用の膨大な知識。

 聖杯戦争。
 魔術師の宴。
 殺し合い。
 マスター。
 サーヴァント。
 令呪。
 奇跡。

 そう、それら情報は彼女の良く知るもの。つい先程まで行われていた死闘の始まりに叩き込まれた情報──多少の差異はあれ──だった。

「なん、だ……これ? オレは確かに、聖杯に……」

 選定の剣へと挑戦させてくれ、と願った。その答えが再び聖杯戦争に参加しろなどとは頭が悪いにも程がある。そんなわけの分からない状況のまま、突っ立っていても状況が変わるわけでもなし、赤のセイバーは行動を開始した。


+++


 序盤は静観に務め、状況把握を優先するつもりだった彼女の思惑は、ある一人の騎士の存在によって霧散した。

 それは遍く騎士達の王。
 永遠に幼い少年王。
 理想と謳われ、無謬の執政を敷いた一人の王者。

 アルトリア・ペンドラゴン。
 またの名をアーサー王。

 赤のセイバー……モードレッドの実父に当たる少女との、それが初めての邂逅だった。

 その先については既に語られている。この戦いが三つ巴の様相を呈する戦いであると理解したモードレッドは、唯一単一の組でしかなかったバゼット達に接触し、戦力の均衡化を計った。

 他の三陣営への肩入れでは戦力バランスが崩れ、あの王と見える前に他の陣営に潰される可能性も出てくる。何より、このイレギュラーなモードレッドを最も受け入れ易いのは、戦力に劣る彼女達だという打算的な読みもあった。

 結果としてモードレッドの目論見は成功し、何食わぬ顔をして戦いに明け暮れた。

 自らが何故この戦いに招かれたのかを知らぬまま。
 聖杯の奇跡が齎した意味を解さぬままに。


+++


 彼女が真に理解しえたのは、己が腹をエクスカリバーに貫かれた後の事だった。

 この身が願った『選定の剣への挑戦』という祈り。
 その上辺の願いを聖杯は見透かし、彼女の本当の願いを叶える為に聖杯はモードレッドをこの戦いへと呼び寄せた。

 無謬の王と剣を交えられるこの戦いへと。
 言葉を交わせるこの地へと。
 手を伸ばせば届く、この一瞬の為に──。

 けれど彼女の手は、何も掴むことなく地に落ちた。
 王の願いの悲痛さに涙し、自らを否定する父に嗚咽し、そんな姿に憧れていた己自身を責め立てるように。

 伸ばした手は何も掴めない。触れて欲しいと、褒めて欲しいと、そう願った少女の願いは叶えられない。
 だってこの聖杯は、破滅でしか願いを叶えられない代物だから。聖杯はただ、絶望を突きつける為にこの地にモードレッドを招いたのだと。

 そう、失意の内に絶望を抱きながら、モードレッドは、この世を去った。


/Answer


 ────そうして、一人の王は舞い戻る。

 墓標のように突き立つ剣。
 大地を染める血の赤。
 倒れ伏す無数の骸。
 落日の空が染める──この、カムランの丘の上へと。

 生きていながらサーヴァントなった彼女は、聖杯を手に入れるという結果に辿り着かない限り、何度でも聖杯を巡る戦いへと招かれ、失敗に終われば何度でもこの地へと舞い戻ってくる。

 今回はその一番初めが失敗に終わったというだけの話。
 あの聖杯はアルトリアの望むものではなかった。
 彼女の願いを叶えるに足る代物ではなかった。

 だから、次の聖杯を求めよう。今度こそ彼女の願いを叶えられる奇跡を探し、再び、この手を血で濡らそう。

 ……本当に、それでいいのか?

 紛い物とはいえ、アルトリアは自らの意思で聖杯を破壊した。望めば叶うかもしれないものを前に、破壊を撒き散らす悪だと断じて剣を振り抜いた。

 だから何度と言う。望んだものを望んだ形で叶えない代物が万能の奇跡などとはおこがましいにも程がある。世界を巡れば、次代を巡れば、きっと真にアルトリアの願いを叶えてくれる奇跡はある筈だ。

 それを求める事の何がいけない。罪を償い、悲劇の責任を取り、より良い結末を願う事が間違っているとでも?

「…………」

 そう自問する度、胸に鋭い痛みが走る。

 何が正しいのかが分からなくなる。何が間違っているのかが分からなくなる。答えは何処に。そもそも、答えなどあるのだろうか。

「モー……ド、レッド……」

 剣を支えに、足を引き摺り、アルトリアは倒れ伏す同じ顔の少女へと歩み寄る。その腹を聖槍に貫かれ、伸ばした腕は何も掴むことなく散って行った少女。

 父の温もりを求め、けれど一度として触れる事すら出来ずにその儚き人生を終えた少女へと、

 ──アルトリアはそっと、その頬に触れた。

「貴女は……私が間違っていると思うのですか……私は……、この結末を……受け入れるべきだと」

 まだ温かさの残る少女の頬。甲冑越しではなく砕けた手甲から覗く指先には温もりが伝わる。

 アルトリアの全てを奪い去ったその元凶。国を崩壊へと誘った逆賊。されど彼女は、アルトリアの願いに涙を以って否と唱えた。

 嘲笑ってくれたのなら、この心をより強固に出来たのに。
 踏み躙ってくれたのなら、より強く剣を突き立てられたのに。

「貴女はなにを……求めていたのですか……本当の、願いは……何だったのですか……」

 それを知る術はもう、彼女にはない。
 その願いが既に果たされている事も、知る由もない。

「私は────……」

 戦いの終わりに、小さくとも残った光を抱き締めた誰かを想い。

 ──私の心にも、まだ、残っているのだろうか。

 小さくとも、輝ける光が。
 遍く全てを叶えるなどという奇跡に縋る必要のない、確かな意味が。

 血塗れの王は天を睨む。
 その心と静かに向き合いながら。

 胸の底に眠る──少女の心を見つめながら。


+++


 破滅によって願いを叶えるという奇跡。
 少女は自らの死の後に、その願いを叶えられた。

 長かった一人の少女の旅路は、ようやく、その終わりを迎えたのだった。









執筆期間:2012/12/12〜2013/8/3 了



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