Fairy Tale 5









「遠坂の容態はどうなんだ、イリヤ?」

「もうほとんど治ってるわ。身体も心もね。来週には学校出てくるんじゃない?」

 戦いの日々より数日。

 戦いが終わりを告げたのなら、戻ってくるのは日常だ。衛宮士郎は未だ学生の身。一日ばかりは休養に当てたが、その後は制服を身に着けて歩き慣れた坂道を、今もこうして登っている。

 その隣を歩くのはイリヤスフィール。士郎と同じ穂群原学園の制服を着こなして、少年と同じ道を行く。

「まさかイリヤとこうして学校へ通う日が来るとはなぁ……」

「魔術師の基本は等価交換なんでしょう? リンの身体を治してあげた見返りにしては、むしろ安い方だと思うけど?」

 かろうじて生き延びた遠坂凛は、通常ならば治癒に一月以上の時間が掛かる見通しだったが、それを大幅に短縮して見せたのがイリヤスフィールだ。
 持ち前の小さな奇跡の力の使い、凛の身体を治療した。その見返りが戸籍やら偽造証明書やらなんやら、日本で生きていく上で必要となる諸々だった。

 そうこうして無事穂群原に転入を果たしたイリヤスフィールは、士郎の家で厄介になりながら、今まで体験した事のない日常を謳歌している。

 凛もまた、自分に折り合いをつけて生きていくだろう。
 あの少女は強い。
 たとえ折れてしまっても、自分一人で立ち上がる強さがあるのだから。

 それでももし、彼女が助けを必要とするのなら、少年と少女はいつでも彼女の下へ駆けつけるだろう。

「ま、それがイリヤと遠坂の間で交わされた契約なら俺が口出しするのもな」

「なぁにシロウ、そんなにわたしと一緒にガッコウ行くの、イヤなの?」

「そんなわけないさ。むしろ嬉しいに決まってる。ただ──」

 常に、思ってしまうのだ。
 いつも肩を並べて歩いていた少女はもういないのだと。
 そう、痛感してしまうのだ。

「あの時──」

「ん?」

「あの大空洞での戦いの時、わたしは聞こえた気がするの。サクラの声が」

 臓硯に攫われ、一時的にしろあの泥に触れた弊害か、イリヤスフィールは全てが終わるその時まで目を覚ます事がなかった。

 暗い昏い闇の底に、落ちていく感触だけが残っていた。
 そんな中──聞いた気がするのだ。桜の声を。

「『先輩を、お願いしますね』って。『あの人は、いつだって無茶する人だから』って」

「…………」

「だからわたしは、癪だけど、あの子のことは今でもキライだけど、託された想いは無碍にはしたくないから、サクラの代わりを務めてあげるの」

 それは桜の居場所だったものを奪っていく侵食行為。間桐桜の生きていた痕跡を消す行いだ。
 それが本人の本当の願いかは分からない。だが、死んでまでなおその重荷にはなりたくないという想いは、イリヤスフィールにも、少しだけ分かる気がするから。

「……じゃあまずは、トーストをちゃんと焼けるようになってくれよ。ガリガリの炭みたいなトーストはもうコリゴリだ」

「な、なによーっ! 卵焼きはちゃんと焼けるんだからいいでしょ!?」

「いいわけないだろ、桜の代わりになろうってんなら、せめて俺と張り合う程度まで腕を磨いてもらわなくちゃ困る」

 だけど──

「桜は桜で、イリヤはイリヤだ。誰にも代わりは務まらない。桜の事は、俺がもう背負うと覚悟した事だから。
 イリヤはイリヤらしくしてくれればそれで──」

 その時、そっと士郎の手を握る温かな掌。雪の少女の掌は、その髪に似つかわしくなく温かだった。

「うん。わたしはずっとシロウと一緒にいる。それがわたしの決めた生き方だから」

「ああ。俺もずっと、イリヤと歩いていく」

 日常は戻ってきたけれど、もう還って来ないものもある。
 もう土蔵で寝ていても起こしてくれる後輩はいない。
 美味しい食事を用意してくれる後輩はいない。
 あの優しい笑みは、もう二度と見る事は出来ない。

 それでも歩き続けると決めた。
 立ち止まらないと誓った。

 失ったものがあって、それでも掴んだものがあるから。
 無様な正義を貫くと決めた少年の手を取る、たった一人だけの味方を得たから。

 少年は抱いた理想を胸に、道の果てを目指して進む。

 この、隣に歩く──
 共に荒野への道を歩いてくれる少女がいる限り──













web拍手・感想などあればコチラからお願いします






back   next







()