新月 プロローグ/始まりの始まり






/prologue


 ───月の無い夜。
 ただ、星達のみが空を彩るその闇の中に───
 闇より昏い闇が在った───

「今宵は新月。
 月が満ちるまでの十五の夜。
 監督は私、■■■こと■■■■の■で御座います。
 舞台は冬木市、演者は七名の魔術師と七騎の使い魔。
 ご観覧の皆々様は御静かにお願い致します。
 それでは皆様、十五日間限りの喜劇を存分にお楽しみ下さい。
 最後に演目名の紹介をさせていただきます。
 演目名は───」












『第六次聖杯戦争』












/1


 私や幹也を巻き込んだ幾つかの事件が終わった後、町はいつもの平穏さを取り戻していた。
 ここは伽藍の堂と呼ばれる廃ビル。
 私は陽の光を反射される愛用のナイフを研ぎながら、いつも通りの着物に袖を通し、ソファーに体を預けている。
 その先、そこには紫煙をくぐらせながら書類に目を通す、一人の女の姿があった。

「式」

 そう私の名を呼ぶのはここの所長である、蒼崎橙子。
 表では建築などの設計を行っているが、裏では魔術師なんてのをやっている。
 私はその裏の仕事──まあ、いわゆる化物退治みたいなものか──の手伝いとしてよくここに訪れている。
 今日もその仕事のことで呼び出されたんだが───

「なんだ、トウコ」

 ナイフを研ぐのをやめ、視線を向ける。
 トウコはデスクに向かっていた身体を此方に向け、

「公然と人殺しができる舞台があるんだが………行く気はあるか?」

 なんて事を聞いてきた。

「へえ、それが今回の仕事か? いつもの化物退治じゃなくて本物の人間か?」

「ああ。まあ、化物もいるがな。とりあえずこの書類を見てみろ」

 と、先程までトウコが見ていた紙の束を投げてきた。
 面倒だ、と思いながらもそれに目を通す。

「……七人の魔術師と七騎の使い魔による戦争? なんだこれ」

「聖杯という名の奇跡をかけて、最後の1組になるまで殺し合いをする、いわゆるバトルロイヤルみたいなものか。
 勝者はなんでも願いが叶えて貰えるそうだ。
 ま、聖杯の真偽はともかく、眉唾物なのは間違いない。
 だが、この戦争も都合六度目。
 そこまでするからにはそこそこ価値のあるものなんじゃないか」

 興味の欠片も無さそうに、トウコは肺にたまった煙を吐き出した。

「参加資格に魔術師ってあるけど、オレは魔術師じゃないぞ」

「何を言っている。魔術師ってのは魔術を用いる者のことだ。魔術師の第一条件は魔術回路を持ち、それを開いている事。一般人レベルではこの回路自体無い事が多いが、おまえは両儀の人間だ。しかも直死の魔眼なんてのも持っている。魔眼も魔術の一種、というより、ある意味ではその辺の魔術よりよっぽど上等な魔術なんだ。
 ま、それはいい。
 魔眼の発動には魔力が必要とされ、回路が開いていないと魔力が消費されるだけで生成されない。生成されずに魔眼なんてものを使っていると魔力は底を尽き、即刻あの世逝きだ。あの世なんてものがあるのかは知らんがね。だが、お前は死んでいないだろう? つまりお前はすでに魔術回路が開いている状態にあるということだ。
 そら、お前は十分に魔術師としての資格があると言えるだろう」

 ………相変わらずトウコの話は長い。

「つまりオレには参加資格があるってことでいいんだな?」

「そう言っているだろう。確認するってことは参加するんだな?」

 ────トウコから視線を逸らし、逡巡した。
 だがそれも一瞬。
 最近は退屈だったんだ、丁度良い刺激になるだろう。

「ああ。別に断る理由なんか、無い」

「わかった。なら少し待っていろ。
 サーヴァント召喚用の陣の書き方と召喚用の触媒をくれてやる。
 舞台である冬木市に着いたら適当な場所で血で地面に陣を書き、中央に触媒を置いて呪文を唱えろ。
 そうすれば、おまえのサーヴァントが現れるだろう」

 そう言うと、トウコは此方に向けていた身体をデスクに戻し、流れるような動作でなにやら紙に書き出した。
 その間にさっきの書類にざっと目を通す。



 聖杯戦争───七人の魔術師(マスター)が七騎の使い魔(サーヴァント)を従え殺しあう。
 勝者は最後まで残った一組。
 報酬はなんでも願いが叶えて貰えるという。
 サーヴァントとは過去の英雄が輪廻の輪より外れた存在に昇華、英霊となったものだ。
 サーヴァントには、
 『セイバー』
 『アーチャー』
 『ランサー』
 『ライダー』
 『キャスター』
 『アサシン』
 『バーサーカー』
 の七つのクラスがあり三騎士と呼ばれるセイバー、アーチャー、ランサーのクラスに該当する英霊は総じて強力な存在であるらしい。
 マスターには召喚に際し、令呪と呼ばれる自身のサーヴァントに対する三度の絶対命令権が与えられる。
 この令呪を失ったマスターはサーヴァントを従えられなくなり、事実上の脱落である。



「良し、これでいいだろう。ほら、持っていけ」

 と、書き終わったのか此方に向き直り、紙と石を渡してきた。

「この石が触媒ってやつか」

 しげしげとその石──なにやら文字みたいなものが刻まれている──を見ながらトウコに問う。

「ああ、何が出るかは召喚してからのお楽しみだ。
 ほら、準備ができたらさっさと行け」

 その言い草にイラっとしながらも、どうでもいいと思い直し、研いでいた愛用のナイフを手に取る。
 そのまま背を向けることなく、伽藍の堂を後にした。





/2


 式が出て行った後、一人物思いに耽る。

 聖杯戦争───第四次が十二年前、第五次が二年前、そして今回………。
 段々と時期が早まっているのは、四次、五次と魔力の消費がほとんど無かったせいだろう。
 しかし……何かが引っかかっている。
 この仕事を回してきたヤツも───……

「……さん」

 ふむ。仕方が無い。今回は私も行くとするか。
 元々私は戦闘に特化した魔術師では無い。
 だが強力なサーヴァントを引き当てれば問題は無いだろう。

 観覧者(ギャラリー)でいるよりも参加者(プレイヤー)でいるほうが私は好きだしな。
 式にはルーンの刻まれた石を渡した。
 あの石ならば彼の光の御子が召喚されるはず。
 それ以上の英雄となると───……

「…子さん」

 確かこの間のオークションで競り落とした古代遺物(アーティファクト)があったはず。
 あれを触媒にすれば───……

「橙子さん!」

 ………なにやら横で声がすると思えばうちの従業員じゃないか。

「なんだ、黒桐」

「なんだ、じゃないですよ。呼んでも返事がありませんからどうしたのかと。
 橙子さんに頼まれてたもの、買ってきましたよ」

「ああ、ご苦労。ところで黒桐、私は二週間ほどここを空ける。その間は仕事は休みだ」

「は?」

 黒桐はあんぐりと口を開け、呆然としている。
 まあ、いきなりこんなことを言われれば当然と言えば当然だろう。
 面白いからそのまま言葉を続ける。

「何、向こう側の仕事が入ったのでね。
 式に頼んだのだがどうにもきな臭い気がするんでな。私も行くことにした」

「えぇ? じゃあ式も一緒ですか? というか、え?」

 椅子から腰を上げ、出口に向かいながら一方的に話を続ける。

「じゃあな、黒桐。
 残っている事務処理を終えれば今月はそれで終いだ。
 ああ、給料が欲しければ勝手に口座から引き出してもいいぞ。
 もちろん、終えるまでの分だがな」

「え? じゃあその後、僕はど───」

 バタンッ!と扉を閉め、困惑する黒桐を無視したまま、私は事務所を後にした。





/3


 TRRRRRR………TRRRRRR……

 あの戦いから二年……俺、衛宮士郎は最愛の人、遠坂凛と共にここ倫敦は時計塔に来ていた。
 何故も何もなく、第五次聖杯戦争の後、遠坂に誘われるままに時計塔に入学した。

 魔術を覚えることは俺の理想である正義の味方に近づくことでもあるし、遠坂とも離れたくなかったので、何の問題も無かった。
 まあ……あの虎を説得するのには一悶着あったのは言うまでも無いが。

 学園を卒業してからだから、こちらに移り住んだのは約一年前。
 少しずつではあるけれど、魔術の方も覚えていっている。
 俺は一つの事しかできない魔術師であるが故に、かなり限定された魔術しか習得できていないけど……。

 遠坂はというと、その才能を遺憾なく発揮し、時計塔随一の魔術師と呼ばれるほどになりつつある。
 ライバルであるルヴィアとの騒動は、他の魔術師に『トオサカとエーデルフェルトのかちあう授業には出席するな』と言わしめるほどだ。
 ………なぁ遠坂、もうちょっと慎みってものを覚えてもいいんじゃないか? と、思っていても口には出さない。出せない。………だって怖いし。

 TRRRRRR………TRRRRRR……

「士郎ー、電話でてー」

「はいよー」

 そういえばさっきから電話が鳴っていた。
 遠坂はなにやらガタガタとやっているらしく、俺は調理中の台所を後にし、電話のある玄関へと足を向ける。

「はい、遠坂ですが」

 この家は遠坂の名義で借りられているので、電話にはそう出るように言われている。
 遠坂の弟子として来ている以上当たり前ではあるけども。

「はい……あ、おひさしぶりです。……遠坂ですか? 少しお待ち下さい。
 おーい、遠坂。冬木教会の神父さんから電話だぞ」

「え? うん、すぐ行くー」

 パタパタとスリッパを鳴らしながらご存知、赤いあくま≠アと遠坂凛嬢がこちらに歩いてきた。
 学園時代にしていたツインテールは此方に来た時から下ろされ、今ではHFルートのエピローグ仕様となっている。(何を言っているんだ俺は?)
 本人曰く『ツインテールなんかしてたら舐められるわ!』らしい。
 男としてはなんとも淋しい限りである………。

「何かしら。冬木の管理に問題でもあったのかな」

 と、郷愁の念に似た想いを感じている隙に目の前に。

「さあな。内容は聞いてないし。ほら、出ればわかるだろ」

「うん。……はい、お電話代わりました。遠坂です」

 冬木教会、元言峰教会は先の聖杯戦争の後、後釜としてエネルギッシュなじーさんが赴任してきた。
 結構な人物らしく、教会の人間とは思えないほど(失礼)いい人だ。

「はい。……え? そんなまさか……ええ、わかりました。すぐに戻ります。それでは」

 ガチャンと電話を切り、青ざめたような顔をしたままブツブツとなにやら考え込んでいる。

「おい、遠坂。顔色悪いぞ? どうしたんだ?」

 気遣うように尋ねると───

「士郎! すぐに準備して! 冬木に戻るわよ!」

 ───なんてことを言ってきた。

「は? なんでさ?」

「聖杯戦争が始まるのよ!」

「なッ………!」

 これが、俺達にとって二度目となる聖杯戦争の幕開けだった。





/4


 キーンコーンカーンコーン

 今日もいつもどおりに授業が終わり、帰路につく。
 最近は平和なもんだ。
 アルクェイドも最近はなぜか大人しいし、シエル先輩はヴァチカンに報告があるとかで帰っている。
 秋葉のお小言はあるけども、そつなく毎日を過ごせている。
 嗚呼、平穏ってのは素晴らしいね。
 ネロとロアとの戦い……タタリの発現から一年……そういえば、シオンはどうしてるのかな。

 真夏の怪夜を共に駆け抜けたアトラスの錬金術師、シオン・エルトナム・アトラシア。
 一時期、秋葉と意気投合し遠野家に滞在していたが、研究設備はやはり故郷の方が優れているらしく、アルクェイドと秋葉の協力により得たデータとかサンプルとかを持って帰国した。

「どうしてるかなー、シオン。元気にやってればいいけど」

「その心配は無用です。体調管理は錬金術師の基本ですから」

「ああ、シオンならきっとそう言うと思ったよ。
 あれから全然連絡ないから、俺達の事忘れたのかと思ってさ」

「志貴。貴方や秋葉は私の恩人です。
 研究や雑多な書類に追われ、全く連絡を取ることはできませんでしたが、私が貴方達の事を忘れる事はありえない」

「そう? そう言ってくれるなら嬉しいな………って」

 ……幻聴か? いやいや、会話の成立する幻聴なんて聞いた事ないない。
 声のする方、後ろを振り返るとそこにいたのは───

「お久しぶりです、志貴」

 ───シオンだった。

「シオン? 本当に君なのか?」

 驚く俺に対し、あくまで冷静に少女は答える。

「私の姿が私以外に見えているのであれば、志貴の視力はかなり低下していると思われます。
 すぐにでも病院へ行くべきでしょう」

「ははっ………。シオンに間違いないな」

 はにかむような笑みが零れる。
 会いたいと思った時に現われるなんて、こりゃ一体なんの偶然だ。

「ところでシオン。君、研究の為にアトラスとかいう所に戻ったんじゃなかったのか?」

「はい、確かに私は研究の為にアトラスに戻りましたが、それより優先すべき事態が発生した為、再度日本を訪れました」

「シオンが研究より優先すること? ……まさか」

「はい、こういう時だけ察しがいいのは相変わらずですね、志貴。
 タタリが発現しようとしています」

「……ッ! 確か次のタタリは二十年後って言ってなかったか?」

「詳しい原因はわかっていません。
 しかし、聖杯戦争と呼ばれる儀式が原因の一端を担っているのは確かです」

「聖杯戦争? なんだそれ」

 聞き慣れない単語を耳にし、眉をひそめながら聞き返す。

「それについては追って説明します。ついては志貴。あなたに助力をお願いしたいのですが」

 上目遣いで懇願するようにこちらを見てくる。
 むっ………そんな顔されると………。

「ああ、そんなの答えるまでもない。シオンが困っているのなら、いくらでも助けるよ」

 顔を赤くしながらも何とか答える。

「ありがとうございます。では、さっそく行きましょう」

「えぇ? 今すぐか? 秋葉達に言っておかないと何を言われるか………」

 あの鬼妹に無断で出かけたなんて知られると後で何を言われるか……考えただけで怖気がする。

「心配には及びません。志貴がこちらの申し出を了解してくれる確率は87.52%と出ていました。
 故に既に琥珀に志貴を借りることを伝えてありますので問題ありません」

 琥珀さんか……あの人のことだから面白おかしく秋葉に伝えそうだけど……うーん。

「そっか、じゃあ行こう。というかどこへ行くんだ? この町じゃないんだろう?」

 行こう、というからにはこの町じゃないだろう。
 変な噂も耳にしていないし。

「はい。ここから電車で数駅先にある都市、冬木市です。
 タタリと聖杯戦争については車内で説明します」

「わかった。じゃあさっそくいこう。
 ああ───何はともあれ、久しぶりシオン。また逢えて良かったよ」

 と、微笑んで言葉を紡ぐ。
 すると、ボンッなんていう擬音が似合いそうなほどシオンは顔を真っ赤にし、

「え、ええ。私も志貴にまた逢えて嬉しいです」

 と微笑み返してくれた。





/5


 荘厳な雰囲気を醸し出すとある建物の一室。
 そこには私ともう一人の人間が存在し、目の前の女性は顔の半分を覆った髪を気にもしないまま、高級そうなデスクと椅子に腰掛けながら報告書に目を通している。
 私はそれを対面するような形で立ったまま目を閉じ、じっと待ち続けている。

「ふぅん、二十七祖が十位と番外位をお前と真祖の姫君とで、十三位をアトラスのアトラシアと手を組み、これを滅ぼした、と」

 私の差し出した報告書に目を通しながら彼女、埋葬機関が第一位ナルバレックが呟く。

「はい。
 十三位タタリ、ワラキアの夜については現象と化している以上、完全な消滅こそできませんでしたが、十位ネロ・カオス、番外位ミハエル・ロア・バルダムヨォンについては消滅を確認しています」

 私、シエルは彼らと共に戦った死徒の報告の為、ここ聖堂教会の本部があるヴァチカンに戻っていた。

 報告書の内容には奴らを直接滅ぼした彼、遠野くんの事は記していない。
 彼の存在を教会、協会に知られるとどうなるかわからないからだ。
 その点ではあの二人とも一致し、口裏を合わせる為、こんなでっち上げの書類を作り上げたというわけだ。

 しかし……二十七祖の中でも最も死ににくいとされる混沌と転生無限者を私達だけで完全に滅ぼした、などという報告をナルバレックが鵜呑みにするはずがない。

「……まぁいいさ、任務ご苦労。良かったな? 死ねる体に戻れて」

 口元を釣り上げ笑いながら、そんな思ってもいないことを言ってきた。
 相変わらず性格が捻じ凶ってますね………。

「報告は以上です」

 無駄話はする気はないといわんが如く報告を切り上げる。

「つれないね。まぁいい。
 でだ、戻って来た早々で悪いんだが、もう一度日本に飛んでくれ」

「は? ………真祖の監視ですか?」

 元々真祖、あのあーぱー吸血鬼の監視という名目で日本に戻るつもりであった。
 しかし、向こうから言ってくるとは思いもよらなかった。

「いや、今回の任務は二つ。
 一つは冬木市で行われる聖杯戦争という儀式に参加し、聖杯を奪取すること。
 もう一つは、その都市で発現しようとしているタタリを狩ることだ」

「なッ! タタリ!? いくらなんでも早すぎるッ!」

 前回のタタリから一年ほどしか経っていない。
 あまりに早すぎるタタリの発現に驚愕する私を余所に、ナルバレックは言葉を紡いでいく。

「詳しい原因は不明。
 しかし、タタリが聖杯戦争を利用して何かをしようとしている、という事は掴んでいてね。
 だが、通常魔術師達の儀式である聖杯戦争へのこちら側の参加は認められていない。
 しかし、死徒が関わってくるとなると話は別だ。
 死徒殲滅の為なら、利用できるものはなんでも利用する。
 聖杯戦争ではサーヴァントと呼ばれる過去の英雄を召喚できることは知っているだろう。
 ソレを用い聖杯戦争を勝ち残り、タタリの消滅に利用しなさい。
 あわよくば、聖杯も掻っ攫って来なさい」

 ナルバレックはなんでもないように無茶な任務を押し付けてくる。

「しかし、そんなことをすれば仮初めとはいえ協定状態にある魔術協会との拮抗が崩れるのでは?」

 魔術協会と聖堂教会は協定が結ばれ仮初めの平穏を謳っているが、記録に残さないことを前提に現在でも殺し合いをしている。
 両者が一致しているのは神秘の秘匿という一点のみ。
 そんな状態で魔術師達の儀式に乱入し、さらに聖杯を奪うなんてことをすれば、どうなるかなんてわかったものじゃない。

「ふん、そんなものどうにでもなるさ。
 元々監視の名目で聖杯戦争の監督役には教会の人間があたっている。
 その監督役も聖杯が真作であるならば奪えと命令されているはずだ。
 仮にも聖杯と呼ばれる聖遺物であるしな、所有権は主張できる。
 だが聖杯を奪うのはついでだ。
 私達の目的、使命はは吸血鬼、死徒を狩ること。
 その為には使える戦力は全て利用し、タタリが何をしようとしているのか見極めるのは重要な事だ」

 ………………………。
 しかし、そんな理由であの魔術師達が黙っているはずが無い。
 ナルバレックの事だ、私を捨て駒にでもするつもりだろう。

「………拒否権はないんでしょう?」

「あると思っていたの?」

 ニタリと笑いながらこちらを見上げてくる。

「くッ……任務了解しました。
 現時刻をもって埋葬機関が第七位弓≠フシエル。
 聖杯の奪取、及び死徒二十七祖が十三、タタリの消滅の任を開始します」

「ああ、行くがいい。蛇の子よ。ああ、『元』かな?」

 ナルバレックの言葉を無視し、私は踵を返し出口へ向かう。

「ああ、忘れていた。この任務が終われば君をバカンスに招待しよう。
 頑張ってく───」

 全ての言葉を聞き終わる前に、扉を閉め執務室を後にする。

「はぁ………タタリに聖杯戦争ですか。これまた厄介ですね」

 なんて愚痴りながらトボトボと歩いていると、

「やあ、シエル。戻ってたのかい?」

 壁に寄りかかっている人影が声を掛けてきた。

「ゲッ、メレム」

「ゲッ、とは失礼だなぁシエル。ボク傷ついちゃうよ」

 肩を竦めるポーズ。

「ふん。四桁の年月を生きたあなたが何を言いやがりますか」

 彼、メレム・ソロモンは埋葬機関が第五位でありながら二十七祖が二十位の死徒でもある。
 見た目は小柄ながらも端正な顔立ちで、まるで十二、三歳の子供のような容姿だ。
 王冠などという大層な二つ名を持っているが、両手の指に処狭しと嵌めている指輪は見ているだけで鬱陶しい。
 なんでも、秘宝コレクターとかで教会が持つ秘宝の側に居たいが為に教会に身を置いているとか。
 教会側からも死徒側からも容認されている変わった死徒である。

「いやほら、ボクはピーターパンだから。そういう俗世間の秤にかけちゃいけないよ」

「……………で、何か用ですか、メレム」

 メレムの自称ピーターパン発言を無視して問いかける。

「ん、またナルバレックにいじめられたのかな、と思ってね」

「ええ、いじめられましたよ。あの性格は死んでも直らないでしょうからね」

「ははっ、それは言えてるね。ボクもアイツの小言嫌いだし。
 それはそうとシエル。急いでいるようだけど、また任務かい?」

 コロコロと変わる表情は本当に幼い子供のようで、たまに本当に死徒なのか? と思ってしまう。
 …………まあ今はそんなことは置いといて。

「ええ、かなり厄介な任務ですね。なんでもまたタタリが発現するそうで」

「また? 早いなー。アイツも節操ないね」

「ナルバレックのことですから不死ではなくなった私を用済みだと思い、捨て駒にでもする気でしょう。
 まったく………たまったもんじゃありませんね」

 愚痴愚痴文句を言っていると、メレムはクスクスと笑いながら切り揃えられた漆黒の髪と金の刺繍の施された純白の法衣を揺らしてこちらの方へ歩いてくる。

「はい、シエル。これナルバレックから。
 召喚用の触媒だってさ。聖杯戦争頑張ってね」

 なんて言いながら、その触媒を手渡してきた。

「………知っててさっきの質問をしたんですか? 相変わらず性格悪いですね」

「いやだなぁ〜、気のせいだよシエル。
 あんまり睨むと眉間に皺が寄っちゃうよ」

「………ほう?
 タタリの前にあなたを滅してあげましょうか?」

「ちょっ……冗談だってば。相変わらずカタイね」

 その言葉にそっぽを向きながら、

「ふん。で、もう用事はありませんね? 行きますよ、私は」

「あー、最後に一つ。アトラシアが動いたってさ。
 まあ、タタリが発現するなら彼女が動くのは道理だけどさ」

 アトラシア──シオン・エルトナムですか。確かに彼女なら動くのは当然と言えましょう。

「で? 何故それをわざわざ私に言うのですか?
 私は私の戦いをするだけですが」

 と言いながらもう用は無い、とメレムの横を通り過ぎる。

「なんでも───……一人の日本人に接触したらしくてさ。
 君の知り合いかと思ってね」

 その言葉に体が停止する。
 彼女が接触する日本人……まさか……遠野くん!?

「メレム! あなた一体どこまでしっ───」

 振り返るとそこにはメレム・ソロモンの姿はなかった。
 ナルバレック……メレム……埋葬機関……一体彼の事をどこまで知っているのか。
 私は心に不安を残しつつも日本へと向かうのであった。





/interlude


 ───シエルが出て行き、静けさを取り戻した執務室で彼女、ナルバレックは笑いを噛み殺していた。

「クックック………遠野、志貴か。なかなかに面白そうじゃないか。
 なぁ───エレイシア」

 何を思うか、彼女は一人───嗤う。


/interlude out



 そして───最後の演者の登場により、舞台はゆっくりと幕を開ける。



/6


 ザァーザァーと風の吹く草原。
 見渡す限りに風に舞う緑の草と世界を埋める黒い闇と空に輝く白い星しかない場所。
 そこに───空を見上げたまま佇む一人の魔法使いがいた。

「こんばんわ。お久しぶりね、魔導元帥」

 佇んでいた女性がそう呟くと、その声に答える様にフワリと一人の老人が舞い降りた。

「久しぶりじゃな、ミスブルー」

 そう返すのは万華鏡、宝石翁、魔導元帥などいくつもの二つ名を持つ並行世界の運営者、第二魔法の使い手、キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグその人である。

「わざわざ私を呼び出すなんて何の用かしら?」

 視線を空に向けたままそう問いかける。

「何、君に一つ頼みたいことがあってな。
 君でなければイカン、というわけではないのだが君が適任であろうと思ってな」

 かつて彼、ゼルレッチに会った時、私は戦慄を覚えた。
 ブラブラとどこかの街を歩いていた時、突然声をかけられた。
 会った瞬間に、唐突に、理解した。

 ────あ、こりゃ死んだかなって。

 そのとき彼は『何、怯えることは無い。ただ君と話がしたいと思っただけだ。老人の戯言じゃよ』なんて、まるでナンパでもするかのような気軽さで声をかけて来たのだ。
 その後は本当になんて事の無い話をして別れただけ。
 今思えば、今回の為のファーストコンタクトだったのかなって思う。

「………私にできることであれば。あ、でも面倒なのはイヤかも」

 空から視線を彼に映し、その瞳を見つめる。
 すると、彼は笑いを噛み殺しながら答える。

「クックッ。まったく君らしい」

「で、内容は?」

「聖杯戦争、というものを知っているか?
 弟子の一人であるトオサカが治める管理地で行われるある儀式の名だ」

 聖杯戦争──日本では蒼崎の管理地に次ぐ霊地である遠坂の土地。
 そこで行われる魔術師達の殺し合い、だったかな。

「んー聞いたことはあるけど。それに私が参加しろってこと?」

「いかにも。いつものなら魔術協会からそれなりの魔術師を派遣するんじゃがな。
 今回は些か並の魔術師では気が重い。故に、君に頼みたいのだよ」

 そういえばこのじーさん、魔術協会でも偉い人だったような。

「ん、内容はわかったけど。私は魔術師としては三流よ?」

 そう。私は魔法使いなんて言われているけど、魔術師としては三流どころか半人前。
 だって一つのことしかできないんだもの。
 そのせいで人間ミサイルランチャーなんてムカつくあだ名を付けられたワケだけど。

「いやいや、今回は君のその力が必要なんじゃよ。
 それにな。君の目をつけた子、名を志貴といったか。彼が参加する」

 その言葉に、眉をひそめる。

「志貴が? ────あの子……やっぱり普通じゃいられなかったか」

 数年前────ここで出会い、私が姉貴からかっぱらった魔眼殺しを与えた子。
 彼には日常で生きて欲しかったんだけど………やっぱり無理だったか。

「オーケー。引き受けたわ。
 ま、参加するからには楽しませてもらうけどね」

 その言葉にニタリと笑いながら、

「うむ。礼を言おう。
 此度のそれは出会ってはならない者、出会う事の許されない者達の狂宴だ。
 まるで誘蛾灯に誘われるが如く集って来ておる。
 ではな、青子。任せたぞ。」

 なんて──最後に意味深な言葉を残し、溶ける様に姿を消した。

「うーん。出会ってはならない者達、か。
 私もここで志貴に会うのはダメなんだけどねぇ。
 ま、いっか。
 サービスってことで。そんじゃ、いっちょ行きますか」

 その言葉と共に風のように青の魔法使いも消えていった。

 残ったのは見渡す限りの風に舞う緑の草と世界を埋める黒い闇と空に輝く白い星達だけ。
 二人の魔法使いの邂逅と共に、出会ってはならない者達の戦いの幕が開く───









後書き

初めまして、朔夜と申します。
初SSでクロスオーバーなんて大それた事をしています。
まぁ、細かいこと抜きにして楽しんでいただければ幸いでございます。

さてさて、始まりの始まりってことで7人の魔術師+αの初お目見え。
次回は召喚編となります。
頑張りますので宜しくお願い致します。






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