三日月 召喚/始まりの終わり






/1


「………やっと着いたか……」

 私、両儀式はトウコの事務所を出た後そのままここ、冬木市へと向かった。
 駅から出てみると、そこはビルが立ち並ぶオフィス街といえなくもない街並みだった。
 しかし、未だ開発途中らしく完成していない建物も多い。
 まあ………そんなことにはさして興味もないが。

「とりあえず、さっさと召喚してみるか……ッつ!」

 突然左手に痛みが奔った。
 目をやると血が出ており、ミミズ腫れのようになっている。

「なんだこれ………」

 疑問に思いつつも対したことは無いのでそのままホテルを探す。
 駅から一番近くにあったホテルへと入り、チェックインを済ませる。
 あてがわれた部屋はフローリングの部屋であった。

 膝を曲げ、指を地面に滑らせる。

「床……か。たしか陣は血で書くんだったな。
 丁度いい、ここでやっちまおう。金さえ払えば文句は無いだろう」

 持ってきていたナイフで親指に傷をつけ血を滲ませる。
 トウコに貰った紙に書かれている陣どおりに床に血で陣を描く。

「───よし。さ、何が出るんだろうな」

 一通り書き終わり、中央に文字の刻まれた石を置く。
 後は教えられた呪文を言の葉に乗せて紡ぐのみ。

「───告げる。
 汝の身は我が下に、我が命運は汝が剣に。
 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うなら応えよ」

 陣から風が吹き出し辺りを包む。
 ───身体が熱い。全身に張り巡らされた血が沸騰しているかのようだ。

「誓いを此処に。
 我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者」

 視界が消え、目の前は闇となる。
 しかし、吹き荒れる風は止むことなく、なお力を増していく。
 見えなくてもわかる───まだその姿はないだろう。

 しかし感じる、ゾクゾクと。

 さっきまでの熱さが嘘のように消え、背筋を貫くような寒さが奔る。
 こいつは……上物だ。見たこともないほどの化物だ。
 早くその姿を見せろと身体が疼く。

 そして紡ぐ───最後の言葉を。

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――」

 その言葉と共に身体から一気に何かを持っていかれる。
 視界は未だ晴れない。

 しかし、──いる、──感じる。

 どうやら成功したようだ。
 ゆっくりと瞼を開き、目の前のモノを見る。

「──アンタが俺のマスターか?」

「──ああ、そうだ」

「ここに契約は完了した。俺はランサー。よろしく頼むぜ嬢ちゃん」

「……嬢ちゃんじゃない。式だ」

「あーそりゃ悪かったな、んじゃ式。よろしく頼むぜ」

 ダッハッハと笑いながらランサーは私の方へ近づいてくる。

 契約の言葉と共に左手が熱く光る。
 さっきのミミズ腫れが三画の文字のように浮かび出ている。

「ああ、それが令呪だ。失くすんじゃねぇぞ」

 ──────令呪。
 サーヴァントに対する三度の絶対命令権。
 これを失うということはサーヴァントとの契約が失われるということだ。

 そんなことよりも身体中から力が抜けていく、この感じはなんだ。

 視界が歪み、足元がおぼつかなくなる。
 倒れ掛かる私をランサーは支えるように腰に手を回してきた。

「あー、あんた生粋の魔術師ってわけじゃねーようだな。
 サーヴァントはな、召喚の時が一番魔力持ってかれんだよ。
 ほれ。ベッドまで運んでやるから、とりあえず休め」

 手を背と膝のあたりに回し抱えられる。
 俗に言うお姫様抱っこだ。
 動くことのできない私はされるがままにベッドへと運ばれた。

 眠りへと落ちていくその中で───

「今回は…………いいマスターのようだな」

 ───なんて、言葉が聞こえた。





/2


「―――抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ」

 裂けるような音と共にエーテルが具現化する。
 目を開ければそこにいる。

「問おう。貴公がオレのマスターか」

「ああ、そうだ。私の名は蒼崎橙子。よろしく頼む」

「ここに契約は為された。汝の命運は我と共に───」

 ───私は最強のカードを引いた。





/3


 プシューという音と共にバスが停車する。バスから降りると懐かしい匂いが鼻をつく。
 そして、一つう〜んと背伸びをする。

「だー、もう! つっかれた! 腰いたーい」

「…………」

 俺と遠坂はあの電話の後、急いで支度をし約一年ぶりとなる故郷の土を踏んだ。
 遠坂さんがなぜご立腹かというと、急なことでロクな航空チケットを取ることができず、狭い機内にずっと座らせられていたからだ。
 飛行機から降りた後も、多少マシとはいえバスでここ深山町にくるまで座りっぱなしだ。
 かくいう俺も腰が痛い。

「あー、でもやっぱ故郷の空気はいいわね。なんだか落ち着く」

 うむ。それはまったくもってその通りだ。
 やはり慣れ親しんだ土地の方が身体がしっくり来るような気がする。

「ふぅ。で、遠坂。どうするんだ? とりあえず自分ち行くのか?」

「んー、そうね。一応うちも管理は任せてあるけど士郎の家に行きましょ」

「わかった。じゃ行くか」

 バス停から俺の家まではそうかからない。
 故郷の風景を懐かしむように遠坂と共に歩いていく。







 家の門を通り、ガチャガチャと鍵を開ける。
 今は昼前なので、桜や藤ねぇはまだ学校のはずだ。

「ただいまー」

 と言い、家主をよそにパタパタと居間へと向かう赤いあくま。
 まるでもう自分の家のようだ。

 俺は玄関で立ち尽くし、感慨に耽る。
 雷画じいさんと桜に頼んでおいた家は倫敦へ向かう前と変わらない。
 ちゃんと手入れをしておいてくれたんだろう。ありがたい限りだ。

「………ただいま、切嗣(じいさん)

 ───なぜかはわからないが俺はそう言葉を紡いだ。

「士郎ー、何してんのよ。早く来なさーい」

 居間の方から声が聞こえる。
 名残を惜しみながら居間へと向かった。

「何してたのよ、あんた」

「いや、なんか帰ってきたんだなって」

「当たり前じゃない。あ、お茶入れてね衛宮くん。
 日本に帰って来たんだから、たまには日本茶がいいわね」

 いや、まぁそうなんだが………なんというかドライですね、遠坂さん。
 まあ今は機嫌を損ねる前にお茶の準備をしよう。

「はいよ。あー、茶っ葉あるかな」

 荷物を置き、台所へ足を運ぶ。うん、台所も昔のままだ。
 茶筒は………あるな。桜が家を使ってるんだろうか。

「お湯を沸かすからちょっと待っててくれ。すぐ淹れるから」

 ヤカンに水を入れ、コンロにかける。
 ………適温になった所で急須にお湯を注ぎ込む。
 じっくり蒸らしてから湯呑みに注ぐ。

「ほい。お茶が入ったぞ。で、これからどうするんだ?」

 コトンと湯呑みを遠坂と自分の前に置く。

 とりあえず当面はここで生活をしていかなければならないので、買い物に行きたいところだ。
 ズズーとお茶を飲みながら遠坂の言葉を待つ。
 ああ、茶がうまい。

「そうね。とりあえずここでの生活の為の必需品、食料とか買いに行かないとね。
 サーヴァントの召喚は私は夜になってから。
 士郎は自分にとって一番調子の良い時間とかないの?」

「んー……鍛錬とかするのは夜中の十二時が多いな。
 調子の良い時間かどうかはわかんないけど」

「そう。じゃ十二時に衛宮くんが召喚して、その後二時にわたしが召喚するわ」

 ん? その言い方はまるで───

「遠坂もここで召喚するのか?」

「ええ。わざわざ家に戻るのも面倒だし、召喚陣は血で書けばいいワケだし。
 衛宮くんの使った陣をそのまま使ってもいいしね」

「なるほど。じゃ、とりあえず買い物に行くか」







 その後は遠坂と一緒に買い物に行き、軽い昼食を作って後はのんびり過ごした。
 夕方になり、夕食の準備をしていると桜がやってきた。
 連絡せずに飛んで帰ってきたもんだから、めちゃくちゃ驚いてたな。
 藤ねえなんか驚きながら叫んで泣くなんて器用なことしてたし。
 急な帰郷だったけど、二人の顔が見れて良かったと思う。



 ───そして夜が更け、2人が帰った後。
 もうすぐ日付が変わろうという時間に俺たちは土蔵に来ていた。
 遠坂が引っ切り無しに時間を確認していたが何だったんだろうか。

「ん。ちゃんと陣はあるわね。
 何で書いたか知らないけど、全然消えてないわね」

 遠坂が屈み指を這わせる召喚陣。それはかつて俺がセイバーを召喚したときのものだ。
 おそらく切嗣が書いたであろうモノ。
 もしこれがなかったら俺はあの時、死んでいただろう。

「さあな。多分切嗣(おやじ)が書いたんだろうけど」

「ま、いいわ。準備しなさい。士郎」

 遠坂に言われ、俺は陣の前に立つ。

「アンタ、前は触媒もなしでセイバーを召喚したんでしょ? じゃあ多分あんたにはセイバーを引き付ける何かがあるのよ。
 だから前と同じようにやれば、また同じセイバーが召喚されるはず。
 今回はちゃんとラインをつなげて召喚するのよ。わたしの弟子としてあんなヘマは許さないからね」

 赤いあくまが何やら言っている様だが、俺はすでに自己へと埋没している。
 セイバー………あの戦いの後、セイバーがどうなったのかは俺は知らない。
 救ってやることができなかった金の少女……。
 まだ悩みを抱えているのなら、今度こそ救ってみせる!

同調(トレース)開始(オン)

 ただ一つ、俺だけの呪文を口にし、召喚へと臨む。

「───告げる。
 汝の身は我が下に、我が命運は汝が剣に。
 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うなら応えよ」

 ゴォという音と共に舞い上がるエーテル。
 行き場を求め乱舞するそれを見つめ、さらに言葉を続けていく。

「誓いを此処に。
 我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者」

 以前にはなかった魔力を奪われる感触が身体を包む。
 大丈夫。このまま行けば必ず成功する!

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

 視界が光に包まれエーテルが収束していく。
 徐々に晴れていく視界………そこにいたのは───

「え?」

 ───それは誰の言葉だったか。

「………なんでさ」

 目の前に佇むのは───



「ふむ、私の方こそ説明して欲しいな。衛宮士郎」



 真っ赤な外套を翻し、不遜な態度を隠しもせずに腕を組んでいる。
 それは───あの赤い騎士アーチャーであった。

「な、な、な、なんでお前が!」

 咄嗟に愛用の剣、干将莫邪を投影する。
 かつて俺を、自分を殺そうとしたエミヤシロウ。理想の果てへと辿り着いた世界の守護者。

「ちょ、士郎!」

「ふむ………早まるな、衛宮士郎。私がお前に害を為す事は無い」

「………どういうことだ、アーチャー。自分殺しはもうやめたのか?」

 その言葉に呆れたような顔をするアーチャー。

「ああ。私はもうお前に害意は無い」

「お前は自分(オレ)を殺すことが願いだったんだろう?
 なぜ、召喚されている」

「そんなことは私の知るところではない。
 そもそも召喚される側には拒否権など無いからな」

「じゃあお前は俺に害意は無く、自分の意思で召喚されたわけじゃないんだな?」

「さっきからそう言っているだろう。何度も言わねば分からんのか」

「くッ……!」

 この野郎。召喚された直後からその挑発的な態度は何なんだ。
 そんなに俺の神経を逆撫でするのが楽しいのかっ。

「ちょっと士郎、落ち着いて。
 アーチャーもアーチャーよ。挑発するようなこと言わないで」

 二人の間に割って入り、宥めようとする遠坂。
 ……落ち着こう。頭に血が昇りすぎているようだ。深呼吸をして、身体と頭を落ち着ける。

「……悪い、遠坂。もう落ち着いたから大丈夫だ。
 で、アーチャー。お前は俺のサーヴァントってことで良いんだな」

 直立不動でほとんど動かず佇む赤い騎士。

「ふむ。召喚された以上従わぬわけには行くまい。不本意だがそういうことだろう」

 相変わらず見下したような物言いだ。
 くッ……また頭に血が昇りそうになる。

「はぁ……まったく。あんたら放って置くと今にも殺し合いをしそうだわ。
 士郎、あんた今日はもう寝なさい。
 召喚直後で魔力持ってかれてるでしょ。立ってるのも辛いはずよ」

 確かに……。
 ほとんど魔力を持っていかれた状態で投影までしたせいで今にも倒れそうだ。
 さっきまでは頭にキていて気づかなかったようだ。

「ほら。さっさと行きなさい。
 アーチャー、あんたは少し残ってもらうわ」

 その言葉にビクッと身体を揺らすアーチャー。
 ………英霊になっても遠坂には敵わないようだ。ザマぁみやがれ。

「……了解した、凛」

その言葉を最後に、俺は自分の部屋へと戻る。
ふらつきながらもなんとか辿り着くことができたが、そのまま倒れこむように畳に突っ伏した。

「くそっ………なんでアイツが………」

思考する間も無く、深い深い眠りへと堕ちていく。





/4


 士郎が母屋に入っていった後、わたしはアーチャーと対峙している。

「さて、アーチャー。
 どういうことか説明して貰えるかしら?」

 語尾を強めながらアーチャーに迫る。

「説明と言われてもな………。
 気が付いたら召喚されていた。これ以上何も無いが」

「なんで士郎に召喚されるわけ? わたしが召喚しようと思ってたのに」

 かつてアーチャーに返して貰ったペンダント。それをわたしは触媒にしようとしていたのだ。

「そんなことを私に聞かれても困る。
 さっきも言ったが、召喚される側に拒否権はないのでな」

「じゃあ質問を代えるわ。
 士郎に害意が無いって言ってたけど、それは本当?」

「ああ。前回の聖杯戦争の最後、君と別れた時に言ったとおりだ。
 答えは得た、と。私の理想にもう迷いは無い」

 その言葉を聞き、わたしは心の底から安堵した。
 でも───。

「? アンタ、前回の記憶があるの?」

 そう、サーヴァントは特殊な例──セイバーのような──でも無い限り記憶が残らないはずなのだ。

「確かに記憶は無い。が、記録には残っている。
 それに──ヤツを見ても、嫌悪は浮かんでも殺意は浮かんで来なかった」

 そう答える顔には、微かな笑みがあるようだった。

「そう──なら良かった。仲良くしなさい、とは言わないけど。
 あんまり癇に障るようなら二人まとめてぶっ飛ばすわよ」

 その言葉にまたもピクリと身体を震わせ、

「………………………………………………努力はしよう」

 その反応にあぁ、やっぱりこいつも士郎なんだ、と思うわたしであった。







「ところでアーチャー。エクスカリバー投影してくれない?」

「────なんだと?」

 まるで化物でも見たかのような顔をするアーチャー。
 む、なんかムカつく。

「召喚用の触媒よ。
 アンタに返してもらったペンダントを使おうと思ってたんだけど、先に召喚されちゃったし」

「以前は触媒など無くとも私を召喚したのではなかったか?」

「何言ってんのよ。それはアンタがわたしに縁のある触媒、このペンダントを持ってたからでしょ。
 そうなると何も無しで召喚できる保障なんてどこにもないわ」

 そう、以前は何の触媒の準備もなく召喚に臨んだのだ。
 運良くアーチャーが召喚されてくれたけど、今回はそうはならないだろう。
 そもそもそんなうっかりはもう二度としたくない……。

「では私はなぜ衛宮士郎に召喚されたのだ?」

「んー……あえて言うならアイツ自身が触媒ってとこでしょうね。
 前回もセイバーを引っ張ってきてるし。アイツどっかおかしいわよ、絶対」

 暗におまえはおかしい、と言われているアーチャーは渋い顔をするしかない。

「ふむ、わかった。
 しかしエクスカリバーを完全に複製することなどできんが構わんかな?」

「わかってるわよ。そんなことしたらアンタ、そのまま消滅しちゃいそうだし。
 どう投影するかは任せるわ。
 少しでもセイバーを呼べる確率を上げれればいいわけだし」

 投影とは本来、儀式の際に用意できなかった道具の、その場限りの代用品を作り出す為に用いられる魔術なのだ。
 通常なら数分で霧散してしまうはずの投影品もこのデタラメ男'sにかかればずっと存在し続ける。
 ことイメージ、幻想の創造という点においては、コイツらの右に出るものはいないだろう。
 まあ、コイツらの投影は投影であって投影ではないのだろうけど。

「了解した。─────投影(トレース)開始(オン)

 目を閉じ、集中するアーチャー。
 幻想が実体を帯び、現実へと具現化する。
 ──その手には、かつて見た騎士王の剣が在った。

「そら、凛。投影できたのは形だけだ。中身は何も詰まっていない。
 これ以上は身を滅ぼしかねんし、何より魔力が十分ではない」

 そう言いながら手渡された約束された勝利の剣(エクスカリバー)
 確かに見た目はそっくりだけど、あの強力な魔力は微塵も感じられない。
 アイツらの能力を持ってしてもこの剣は遠い………ってことか。
 さすがね、セイバー。

「十分よ。ありがとう、アーチャー。下がってて良いわよ」

 もうすぐ時刻は二時を指す。
 召喚陣の上にエクスカリバーを置き、陣の前に立つ。

「────Anfang(セット)

 目を深く閉じ、心臓にナイフが突き刺さるイメージ。

「――――告げる。
 汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 咲き乱れるエーテルを見つめ、以前にも感じた熱い、熱い身体を静止する。

「誓いを此処に。
 我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。
 汝三大の言霊を纏う七天、
 抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

 視界が戻るとそこには───月の光を編んだような金糸の髪。
 宝石のように澄んだ瞳。
 触れば壊れてしまいそうな華奢な身体。
 ───それは、かつて見た美しい少女の姿があった。

「───問おう。貴方が、私のマスターか」

「ええ、そうよ」

「サーヴァント・セイバー、召喚に従い参上した」

 その言葉と共に右手の甲に痛みが奔る。

「───これより我が剣は貴方と共にあり、貴方の運命は私と共にある。
 ───ここに、契約は完了した。………お久しぶりです、凛」

 契約の完了と共に、柔かな表情へと変わるセイバー。

「久しぶりね、セイバー。またあなたと逢えて嬉しいわ」

「はい。私もです、凛」

 久しぶりの再会にわたし達は微笑を交し合う。

「……ところで凛。
 私が貴方のサーヴァントであるというのに、アーチャーがいるのは何故ですか?」

 私の後ろにいるアーチャーに視線を向け、疑問を口にする。

「ああ、アイツ士郎に召喚されたのよ。
 士郎はセイバーを呼ぶつもりだったんだけどね、なんでかアーチャーが出てきたのよ」

 クスクスと笑うわたしを半眼で睨むアーチャー。
 アーチャーは、はあ、と深くため息をつき、わたしの横へと移動し、

「久しぶりだな、セイバー」

「ええ、お久しぶりです。アーチャー」

 アーチャーにニコリと微笑みを送る可憐な少女。

「あ、セイバー。士郎はもう寝てるわよ。
 ん〜、今日はもう疲れたし、わたしも寝るわね。
 詳しい話は起きてからにしましょう。
 一応言っておくけど、わたしと士郎は同盟関係みたいなもんなんだから勝手にやりあわないでよ」

 念の為二人のサーヴァントに言っておく。

「わかっていますよ、凛」
「わかっている、凛」

 ハモるように返事を返してきた。

「じゃ、おやすみ。セイバー、アーチャー」

「はい、ゆっくり休んでください」
「ああ、ゆっくり休むといい」

 ムッと睨み合う二人。

 その光景をクスクスと見守りながら昼に準備した部屋に戻り、布団へもふ、と倒れこむ。
 さすがセイバーね。持っていかれる魔力の量の桁が違うわ。
 前は途中契約だったからなぁ。

 ───懐かしい人達との再会。

 もう逢えないと思っていた人たちと出会えた夜。
 ああ──今夜は、良い夢が見られそうだ。





/5


「───以上が聖杯戦争についての概要です」

 電車に揺られ、シオンと共に冬木市を目指している。
 俺はその車内で今回の戦いについての説明を受けていた。

「うーん……大体わかったけど、俺達の目的はタタリの阻止だろ?
 なら別に聖杯戦争には参加しなくてもいいんじゃないのか?」

 今までの説明をまったくの無駄にするようなことを言ってみる。
 あ、シオンが顔が曇った。

「ええ、タタリを倒す為には聖杯戦争に参加する必要はありません。
 ですが、タタリがこの戦争を利用し何かをしようとしていることは明白です。
 でなければわざわざ冬木市などいう場所には現れないでしょう」

「じゃあタタリが何をしようとしているのか探るってことか?」

「その通りです。
 タタリが何をしようとしているのかはわかりません。
 ですが聖杯戦争を利用しようとする以上、その舞台に参加することがタタリに近づくことにもなります。
 それに聖杯戦争の賞品、聖杯についても興味はあります」

 何でも願いを叶えるという聖杯。
 シオンなら吸血鬼化の治療に役立てようとするだろう。

「ん。じゃあタタリを止めて、聖杯も貰う一石二鳥作戦ってことか」

「……その作戦名はどうかと思いますが結論から言えばそうです。
 しかし、聖杯についてはあくまでついでに過ぎません。
 本物であるかどうかもわかりませんから。
 優先すべきことはタタリの計画の真意を知ることと、タタリ自身の消滅です」

「オーケー、そういうことなら文句はないよ。
 もうそろそろ着くかな。降りる準備をしよう」

 と、言いながら持ってきた荷物──と言っても俺は七夜の短刀ぐらいだが──を抱える。

 駅から出て、とりあえずホテルへのチェックインを済ませることにした。
 ………なんとも情けないが費用は全額シオン持ちだ。

 ホテルの一室に入り、ベッド──もちろん二つある──に腰を下ろす。
 うう、一つの部屋に男と女。……ちょっとドキドキしてきた。

 うー、いかんいかん。
 頭を振ってシオンに向き直る。

「で、シオン。
 その召喚っていうのはシオンがやるのか?」

「いえ、できれば二人共召喚できるのが理想でしたが、私は無理なようです。
 元々アトラスの錬金術師は魔術回路が少ないですし、令呪の兆しもありません。
 ……尤も、私が半吸血鬼化しているせいかもしれませんが」

 少し悲しそうに俯くシオン。
 俺はふと左手の付け根のあたりに傷痕のようなものを見つけた。

「これが令呪の兆しってやつか?」

 腕を伸ばし、見せるように差し出す。

「ええ、間違いないようですね。
 魔眼保持者は総じて魔術回路を持っているはずですから」

 そう言いながら床になにやら書き始めるシオン。

「お、おい。シオン? 床に落書きなんかしちゃダメだぞ?」

 ムスッとした顔で睨まれた。ちょっと怖いぞ。

「志貴、これは落書きではありません。召喚用の陣です。
 できる限り早く召喚を終わらせることにしましょう。
 私が陣を描きますから、志貴はこの呪文を暗記して下さい」

 はい、と文字の書かれた紙を渡された。
 ………結構長いな。

 紙をじっと見つめて呪文を覚える。
 ……………よし、大丈夫だ。
 顔を上げると既にシオンは作業を終えていた。

「準備はいいですか? 志貴」

「ああ、ちゃんと覚えたよ」

 眼鏡を外し──シオンに外して行うように言われていた──ベッドから立ち上がり、描かれた陣の前に立つ。
 心を落ち着け、わずかに目に力を込める。
 死の線と点が見えるが気にするな。今は召喚にだけ気を送れ。

「───告げる。
 汝の身は我が下に、我が命運は汝が剣に。
 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うなら応えよ」

 脳がズキリと痛む。
 後ろでシオンが心配そうに見ているように感じる。
 これくらい大丈夫さ。
 その痛みを堪えながら、暗記した言葉を思いだす。

「誓いを此処に。
 我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者」

 ズキズキと痛み続ける脳を抑えつけ、最後まで一気に紡ぎだす!

「汝三大の言霊を纏う七天、
 抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!!」

 突き抜けるような音と共に痛みも徐々に引いていく。
 霞のようなものが晴れ、目の前にいたソレは───

「────よう、俺」

 ───なんて、言の葉を紡ぎ出していた。





/6


「あなたが私のサーヴァントですね。
 私の名前はシエル。よろしくお願いしますね」

「────」

「マスタ〜、この人全然しゃべりませんね〜」

「まぁ、クラス上仕方のないことだと思いますが。
 理性の無いクラスですし」

「ほえ〜、そうなんですか」

「まぁ喋る事はできなくてもこちらの意図は理解してくれるかもしれませんし。
 一応今後の活動予定を説明しておきますね」

「────」

「とりあえず、私たちの目的は聖杯の奪取とタタリの阻止の二つです。
 二つ目の方は貴方には直接関係がありませんが、手伝っていただけるととても助かります」

「────」

「ちゃんと通じているんですかね〜」

「わかりません。
 しかし、嫌だ、という感じもしませんね。勘ですが」

「マスターの勘は当てになりませんからね〜」

「何か言いましたか、セブン」

「な、なんでもないですよぉ〜」

「まぁいいでしょう。当面の目的として他のマスターの情報収集と聖杯の器の確認ですね。
 器はアインツベルンが用意しているようですが、今はどこにあるのかわかりませんし。
 おそらくは冬の城にあるのだと思いますが……」

「────」

「とりあえず他のマスターとそのサーヴァントの力の確認です。
 話し合いができるのであればできる限り行いたい所ですね。
 タタリの阻止にはいくら戦力があっても不足ということはありませんし」

「────」

「では、以上でよろしいですね。
 さてさて、召喚直後でお腹が空いてしまいました。カレーの準備をしなくては」

「マスターまたカレーですかー? 飽きないですね〜」

「ほほう、ではセブン。貴女はニンジンがいらない、と」

「はわわわわ、冗談ですってば、マスタ〜!」





/7


「さってさてー。さっさと召喚しちゃいますか!」

 魔導元帥と別れた後、彼女、蒼崎青子は召喚の準備をしていた。

「えーっと、確か召喚陣はこうやって……あっやば。ちょっとずれた。
 んー、面倒だしこのままでいっか」

 なんて───暢気なことを言いながら陣を描く魔法使い(半人前)

「いーよっし。完成!」

 とりあえず完成はしたようである。
 円であるはずの陣が歪んでいるのは気にしてはいけない。

「後はっと………呪文を唱えるだけか」

 陣の前に立ち、心を静める。

「――――告げる。
 汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 凄まじい音と共に吹き上げるエーテル。
 それをものともせずに、詠唱を続ける。

「誓いを此処に。
 我は常世総て………えーと、の善と成る者、我は常世総ての悪を……敷く者」

 何故かたどたどしい口調で言葉を紡ぐ青子。
 まさか、呪文をちゃんと覚えていないのだろうか。

「えー……汝三大の…言霊を纏う………七天?
 えーっと………あーもうめんどくさい!そりゃーーーーーーー!!」

 気合一閃、雄叫びと共に舞い上がるエーテルは轟々と吹き荒れ、収束する気配がない。

「げッ………ミスった?」

 げッ、も何もあんな詠唱と適当な召喚陣で成功しようなどという事がおこがましいのである!

「んーこれはやっばいかな? ………アハハー」

 そこはさすが魔法使い。度胸だけは一人前である。

「どうしよっか……えーい。
 こうなりゃヤケよ! そおりゃあああああ!!」

 またも気合一閃!
 しかし、その言葉と共に徐々に収束していくエーテル。

「お、どうやらなんとかなったみたいね。うんうん、結果オーライね」

 なんて──楽天的。

 完全に収束し、静けさを取り戻した室内。
 陣の中央にいたのは───

「アンタが俺様のマスターかよ」

 ───いきなり悪態をつく子供であった。





 ───ここに七人の魔術師と七騎の使い魔が出揃った。
 いよいよ開幕───戦いの火蓋は切って落とされたのだ。









後書きと解説

はい、第2話召喚編でございます。
いかがだったでしょう?
今作は時系列順ではなく、プロローグとほぼ同じ並びとなっております。

内容は、極端に短い人や極端に長い人がいますがまぁそれも仕方のないこと。
士郎&凛が長いですが、これは仕方がないでしょう。
だって帰郷&再会ですから。短くしろって方が無理ってなもんです。
短いのやわけがわからないのは一応伏線みたいなもんです。
さすがに全戦力がわかっちゃ面白くないですし。

先輩がバーサーカーを召喚しておきながら平然としているのはその魔力量の多さからです。
普通の魔術師を40とすると、先輩は4000。(読本より)
イリヤがどれほどのものかはわかりませんが、これだけあればバーサーカーの維持には十分でしょう。
それに先輩はカレーがあれば万事OKッス。
逆に先生は人の100倍近く燃費が良いのでシエルとは違った意味で凄い人です。

後はいくつか解説を。
マスターの条件…聖杯が選ぶ、と本編にありましたが実際どうなんでしょう。本編を見る限りは冬木にいた魔術師、入った魔術師なのではないか、と個人的には思います。でないと、キャスターの元マスターのような三流が選ばれる道理がありませんし。ではこの作品ではどうなのか。え?臓硯と桜はどうなんだって?それはあれです。ホストの人が暗躍しているんです。いつか語られると思いますが。それに臓硯が関わるとどう頑張ってもダークになりますし、アイツは嫌いなので出番はナッシングです。

他者の召喚陣を使用できるか…これは問題ないと思います。でないと本編中セイバー召喚時に士郎君DEAD END確定ですから。

アーチャーに返して貰ったペンダント…これも大丈夫かと。アーチャーに返して貰った以上、これはアーチャーに縁の物のはず。ならば召喚できない道理はないです。死ぬまで肌身離さず持っていた物ですし。

投影…これはちょっと微妙。まぁあの2人の投影なら可能だろう、と。凛が言うように確率を上げられればそれでいいわけですし。それにアーチャーが投影したってのポイントかも。セイバーとは縁がありますしね。

志貴が眼鏡を外した理由…これは魔眼を起動するためです。魔術師ではない以上士郎や凛のように意識して魔術回路を回せるとは思いません。なので、魔眼を発動し無理矢理魔術回路を起動した、というわけです。式は元々裸眼ですし問題ないかと。


はい、後書き長すぎですね。すいません。
しかし、本編はさらっと読みやすいように無駄な説明は入れないようにしています。
より深く知りたいなー、と思う方はこの後書きを読んで頂ければ幸いです。
ではでは今回はこの辺で。







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