七日月 夜/柳洞寺の攻防-2






/1


 暗い道を歩き続け、ようやく目的地、柳洞寺に到着した。

「凛、サーヴァントの気配を感じます」

 がちゃり、と武装したセイバーが一歩前に出る。

「戦っているようだな、あれは……」

 山門を見上げ、アーチャーが状況を把握する。

 それに倣い俺も自身の眼を強化し、柳洞寺を見上げる。
 月明かりがあるとはいえ、闇が濃い為、肉眼では見えにくい。

 石段の中腹に飾り気のない服を着る男が一人。
 その隣にやけに派手な服装をした女性。

 その更に上。山門付近に戦う二人の姿。
 一方はまっ黒な服装の男。もう一方の人物は………。

「セイバー、あの陣羽織の男。あれ前回のアサシンじゃないか?」

 ───アサシン、佐々木小次郎。

 俺は彼とは、ほとんど面識がない。
 以前、キャスターに操られ、柳洞寺に連れてこられた事があったが、その時、俺に剣を向けたアーチャーの一撃を避ける為に山門から転がり落ちた後、微かにその姿を垣間見ただけ。
 アーチャーと小次郎が戦っていた時は、胡乱な意識の中でアーチャーの剣技に見惚れてたし。
 直接戦っていたセイバーなら確認できるだろう。

「はい。あの容姿と長刀。
 顔こそ見えませんが、あれは以前私が戦ったアサシンです」

 山門を見上げるセイバーがそう答えた時───。

 甲高い声と、銃声と共に女性が小次郎に向けて弾丸を放つ。
 その一瞬後。
 数秒にも満たない間に、アサシン・佐々木小次郎は切り刻まれ、地に倒れ伏した。

「な────」

 そうして。
 佐々木小次郎と呼ばれたサーヴァントは姿を消した。







 ───静寂を取り戻した柳洞寺。
 未だ月は空高く、仄かにこの町を照らし出す。

「どうする、遠坂。あいつらと戦うか?
 ここにいるってことは例の昏睡事件を調べに来たか、適当に敵を探しに来た好戦的なマスター達か。どっちかだと思うけど………」

 わざわざこの柳洞寺まで来ているということは、そう考えるのが妥当だろう。
 前者なら話し合える可能性はあるが、後者ならそれも無理だろう。

 山門にアサシンがいたことから、キャスターもその奥にいる可能性が高い。
 俺たちの目的はキャスターの魔力の蒐集の阻止。
 できれば戦力の低下は避けたいところだが………。

「甘いわよ、士郎。これは聖杯戦争。
 相手も願いがあって参加している。なら敵は倒すしかない。
 削げる時に敵の戦力は削いでおかないと」

 確かに……。参加者は皆、願いがあってこの戦争に参加しているんだ。
 その願いを踏みにじって聖杯を破壊するというのなら───戦うしかない。



 そう決意して。石段に足をかける。





/2


 タタリが消滅して数秒。
 俺とシオンはアサシンの元へと駆け寄る。

「志貴、アサシン。後方、山門入り口付近に誰かいます」

「────!……新手か?」

 シオンは上から見下ろし、敵の数、戦力を分析する。
 人数は四人。
 うち二人は見た目二十歳程の男女。後の二人は……。

「おそらくですがマスターとサーヴァントが二名ずつ。
 手を組んでいるのでしょう………マズいですね」

 対してこちらのサーヴァントは一人。
 考えるまでもなく、状況は不利。

「────アイツは………」

 アサシンが下方にいる人物を見て声を上げる。

「悪い、志貴、シオン。俺はアイツに用がある」

 その僅かに見える蒼い左眼で見つめる相手は………白髪の男か?

「え?───アサシン?」

 こちらの声も空しく、アサシンは最速で石段を駆け下りて行く。

 それに気づいたのか、赤い外套の男も石段を駆け上がる。
 その手には、いつの間にか二振りの剣が握られていた。

「アーチャー!?」

 マスターの一人であろう女性が声を上げる。
 こちらも届いてはいないようだ。



 ───そして。
 黒い外套と赤い外套が激突する───!





/3


 走る赤影と黒影。
 山門と入り口にそれぞれのマスターを置き去りに、石段の中腹で二人は激突した。

 弾け合う鉄と鉄。

 互いの距離は等価。
 アサシンが刃を繰り出せば、アーチャーがその刃で弾き。
 アーチャーが刃を繰り出せば、アサシンがその刃で弾く。

 アサシンの眼ならばその剣すら斬ることが可能だろう。
 しかし、何故かアサシンはそれをしなかった。
 アーチャーの能力ならもっと別の戦い方もあるだろう。
 しかし、何故かアーチャーはそれをしなかった。

 ただただ二人は互いのエモノをぶつけ合う。
 それは───何かを確かめ合うように。

「よう、エミヤ。まさかこんな所で出会うとはね」

「ふん。それはこちらの台詞だ、殺人貴」

「あ、ひでぇ。俺の名前は志貴だって言ったのに」

 そんな、久しぶりに会った友人のように二人は語る。

 しかし、二人は打ち合うことを止めない。
 まるで───それが、挨拶であるかのように。

 その様をそれぞれのマスター達は呆然と見守る。
 セイバーでさえ、その足を止めている。

 それもそうだろう。
 あの二人は戦っているようで、戦っているように見えない。
 ただ、じゃれあっているようにさえ見える。
 口元を歪め、その戦いを楽しんでいるようだ。

「……ねぇ、衛宮くん。あれ、一体何なのかしら」

「俺に聞かれてもな………。アイツが何を考えてるかなんか、わかるわけない」

「それもそうね。……ただ本気で戦ってるようには見えないわね」

「ああ、それは俺もそう思う」

 いや……剣技のぶつけ合い、というのならあれは本気だろう。
 だが、あれは戦いではない。
 お互いを殺しあう戦いがあんなに消極的であるはずがないし、なにより殺意が感じられない。

 そんな会話をしていると、黒い外套と赤い外套が距離を離した。







「ふん。腕は落ちていないようだな」

「そっちこそ。まぁ英霊にそんなモノがあるのかは知らないけど」

 未だ会話を続ける二人のサーヴァントに、俺と相手の飾り気の無い青年が近づいていく。

「アサシン、あいつはなんだ?」
「アーチャー、あいつはなんだ?」

「「む」」

 黒髪の眼鏡をかけた男と眼が合う。
 その瞬間───なぜか声が聞こえた気がした。



衛宮士郎(オレ)は────遠野志貴(アイツ)とは相容れない』



 あちらもそう感じたのか、怪訝そうな顔を向けてくる。
 そんな顔を見て、先ほどまで戦っていた二人が口元を歪める。

「クックッ。おい、オレ達が出会った時と同じ顔をしているぞ」

「はは、本当だな」

 何がおかしいのか、男二人で笑ってやがる。
 なんかムカつくぞ。

「おい、アーチャー。笑ってないで説明しろ」

「そうです。説明を要求します、アサシン」

 あちらも状況を理解していないようだ。

「説明してもいいが……今はすることがあってここに来たのではなかったか?」

 そういえばそうだ。昏睡事件の調査の為に来たんだっけ。

「じゃあ最低限のことだけでいい」

 アーチャーはふむ、と顎に手をあて、

「私とそこの男、今はアサシンか。それが知り合いだった、それだけだ」

 それだけを話した。本当に最低限なんだな……。

「それ扱いは酷くないか………」

 がっくりと肩を落とすアサシン。

「はぁ……。あんたらに任せとくと話が進まないわね。
 私が話すわ。そっちで話できるのは誰?」

 遠坂がずいっと前にでる。

「それなら私が話しましょう。遠坂の魔術師」

 相手、紫の服を着た女性が前にでる。

「わたしを知ってるの。なら話が早いわ、アトラスのアトラシア。
 そっちのサーヴァントとこっちのサーヴァントが知り合いなのはわかった。
 わたし達は今朝のニュースでやってた昏睡事件の調査の為にここに来たの。
 貴女達は?」

 ああ、彼女がアトラシア。さすがに聞いた事がある。
 魔術協会三大部門の一つ、巨人の穴倉・アトラスの次期会長候補の人、だったかな。
 たしか名前は……シオン、だったはず。見るのは初めてだけど。

「そちらも私を知っているようですね。
 私達はこの地で発現しようとしている、死徒二十七祖が十三位・タタリの阻止の為、この地を訪れました。
 ここに来たのは昏睡事件とタタリの関連を調べる為です」



 死徒二十七祖───死徒たちの大元である二十七つの祖のこと。
 現在は約半数が教会の手により封印されている。
 最も古い祖たちの事で中には既に消滅している祖もいる。
 それでも二十七祖とされるのは、消滅した祖の配下であった死徒がその座を受け継いでいる為。

 ……ようは吸血鬼の中でも飛び抜けて強いヤツら、である。



「死徒!? しかも二十七祖って………そんなバカな…」

 ブツブツとまたも自分の世界に入っていく遠坂。
 最近多いな。

冬木の管理者(セカンドオーナー)である遠坂凛。
 あなたはロンドンにいると聞いていたのですが、戻ってきていたようですね。
 ならばこちらも都合がいい。
 この地の管理者である貴女にはタタリ消滅に助力をお願いしたい。
 貴女も自分の庭が血の海になるのは本意ではないでしょう」

「────!?」

 血の海………そんなことが出来る奴らなのか、死徒二十七祖って。
 サーヴァントよりヤバイ連中なんじゃないか……。

 もしそれが本当なら絶対に止めなくちゃいけない。
 聖杯戦争のこともあるけど、みすみす誰かが犠牲になるのを黙って見過ごせるわけがない!

「遠坂」

 そう決意し、遠坂を見つめる。
 対する遠坂は下を向き、何かを思案していたが、こちらに向き直り強く頷いた。

「その話が本当なら協力したいところね。
 そのタタリってヤツの情報はほとんど知らないから。
 でも、それを鵜呑みにするわけにはいかないし、こっちとしても幾つか質問させて欲しいことがあるわ。いいかしら?」

「ええ、構いません」

「まず一つ目。
 そのタタリってヤツを倒そうとしてるのはわかったけど。
 なら、何故聖杯戦争に参加しているのかしら。
 そっちの黒いの、サーヴァントでしょ?」

 黒いの扱いされたアサシンはまたも肩を落としている。
 アーチャーはそれを見てニヤニヤしているようだ。

「タタリがこの聖杯戦争を使って何かを成そうとしているからです。
 それの調査、戦力の確保、敵の戦力を削ぐ意味もあります」

「なるほど……もっと詳しく聞きたいところだけど、それはいいわ。
 二つ目。
 これが重要なんだけど、わたし達は聖杯を壊す為にこの戦争に参加してるの。
 アレは人の願いを叶えるなんて代物じゃない。だから壊す。
 こっちがタタリの消滅に手を貸すなら、そっちも聖杯の破壊を手伝って貰うわ。
 魔術師の基本は等価交換。わかってるわよね」

 聖杯の破壊、という言葉にシオンの眉がぴくりと上がる。
 ちらりと眼鏡の男とアサシンを一瞥するシオン。
 二人はコクリと頷く。

「ええ、構いません。
 こちらもそれを詳しく聞きたいところですが、それはまた後で。
 私達にも願いはありますが、聖杯に頼らずとも叶えてみせる。
 よってそちらの条件を飲みましょう」

 ふふ、と微笑みあう見目麗しい女性二人。
 それに身体の芯から凍えるような寒気が走る。

「(あの遠坂って人、秋葉みたいだ………)」

「(なんだか厭な予感がする………)」

 眼鏡の男も俺と同じように身体を震わせていた。
 そんな俺達を尻目に、遠坂とシオンは握手を交わす。







 その後、軽い自己紹介をし共同戦線を張ることに。
 あの遠野って人とは判りあえない気がするが、利害が一致している以上、手を取り合うことには依存はない。

 そして当初の目的、柳洞寺にいるであろうキャスターを倒すために境内へと入っていく。




/4


 ───柳洞寺境内。
 前回の聖杯戦争終焉の地にして英雄王ギルガメッシュと戦った場所。
 この場所に来ると、否が応にもあの男のことを思い出す。

 そこを皆で進んでいく。
 辺りに気配は感じられない───が。



「あらあら。これはまたぞろぞろと。騒がしいわね、坊や達」



 荒涼とする境内に、女性の声が響き渡った。

 ───上空。
 月をバックに黒いローブを羽のように広げるサーヴァントの姿。
 その手には杖のようなモノが握られている。

 それは、まるで空を統べるように、黒い魔術師は君臨していた。

「キャスター!」

 その場にいた全員が上空を見上げ、戦闘態勢に移行する。

「五月蝿いわよ、坊や。
 残念だけど、貴方達とは語る言葉もないわ。
 潔く死になさい」

 その言葉と共に。
 キャスターの杖が動き、羽のような黒いローブに光が灯る。
 そして、眼に見えて強力な魔力が編まれていく。
 あれは────!

「────散開しろッ!」

 アーチャーの叫びに呼応し、皆が散らばっていく。
 その一瞬後。

 何か、悪い冗談のような光景が、繰り広げられた。

「くッ───!」

 声を上げ、全力で境内を駆け抜ける。

 キャスターの攻撃は際限のない雨だった。降り注ぐ光弾は爆撃とは何が違おう。
 その一撃一撃が必殺の威力を持つ魔術を、キャスターは矢継ぎ早に、それこそ雨のように繰り出していく。

 それがどれほど桁外れの魔術なのか、魔術師である以上理解できる。

 アレは大魔術に属する物。
 キャスターのスキルである高速神言を用い、通常、簡易な魔法陣と、瞬間契約(テンカウント)
 すなわち十以上の単語を含んだ魔術詠唱をしなければならないモノを、一瞬で発動させている。

 クソッ! 忘れていた。ここはヤツの神殿。
 ここならアイツは、魔法じみたことさえ可能だっていうことを………!

「走れーーーーーーーーーっ! 止まると死ぬぞッ!」

 繰り出される光弾は縦横無尽に境内を撃ち貫く。
 その大半は、サーヴァント達へと向けられているが。僅かながらマスターである俺たちにも迫り来る。

 サーヴァントなら迎撃する手段もあるだろう。
 だが、生身の俺たちではAランクの魔術を弾くことなど、難しい!

 セイバーの対魔力はサーヴァント中最高。キャスターのAランクの魔術でさえ、届かない。
 だが、あんなに遥か上空にいられては接近戦を得意とするセイバーには手出しが出来ない。

 アーチャーとアサシンは疾走しながら迫り来る光弾を弾く。
 アーチャーの矢なら届くだろうが、走ることと弾くことで手一杯だ。

 俺たちマスターは回避に全力を挙げている。
 投影し、放つ暇などありはしない。

 今、唯一できることがあるとするなら────。
 今、唯一自由な人物は────。

「凛!」
「遠坂ッ!」

 俺とセイバーの声が境内に響く。
 この状況を打開するにはエクスカリバーしかない!

「わかってる! セイバーッ!! やっちゃ………っきゃあ!」

「────ッ!」

 あいつ!
 こんなところでコケやがった………!

 その様を見て、キャスターがニヤリと哂う。
 そうして振りかざされた杖は倒れた遠坂へと向けられる。

 くッ───! 今、遠坂の一番近くにいるのは俺。
 足を止め、無理矢理に反転し遠坂の方へと駆け出す!

 キャスターの放った光弾が遠坂めがけて飛来する。

 立ち上がろうとする遠坂を俺は、

「遠坂あああああぁぁぁぁぁぁッ!」

 よし、これなら間に合う!

 足に力を込め、一息で遠坂へと飛び掛り、全力で突き飛ばす!

「────ッ士郎!?」







 弾き飛ばれた凛が声を上げ、突き飛ばした士郎はその場に倒れこむ。
 この刹那では回避することさえできはしまい。
 そうして────



「士郎ーーーーーーーーーーーーーーー!!」



 ────凛の叫びだけが、柳洞寺に木霊した。









後書きと解説

ようやく二桁、第十話です。
志貴組と士郎組、手を組むの回です。
志貴と士郎は仲悪さげなのにアチャとアサシンが良さげなのは次回くらいに書きます。

vsキャス子。
特にいう事はありません。次回お楽しみにってことで。






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