八日月 昼/目覚めと鍛錬 /1 ─────夢を見ている。 そこは、赤い荒野。 そこは、衛宮士郎の始まりの場所。 炎の中にいた。 崩れ落ちる家と焼け焦げていく人たち。 走っても走っても風景はみな赤色。 これはあの日の光景。 長く、思い出す事がなかった風景。 その中を、再現するように走った。 悪い夢だ。 なんだって今更こんなものを。 それでも。 走って走って、どこまでも走って。 行き着く先は結局、力尽きて助けられる、幼い頃の自分。 そこは、赤い丘。 そこは、エミヤシロウの終わりの場所。 そして────俺がいつか辿り着く場所。 辺りを見渡しても、あるのは無数の剣だけ。 走っても走ってもあるのは、ただ剣だけ。 それでも。 走って走って、どこまでも走って。 行き着く先は結局、無数の剣がある赤い丘。 そう。 衛宮士郎が己の理想を曲げない限り、ここは必ず辿り着く場所。 でも。 衛宮士郎がエミヤシロウになることは決してない。 そう。 衛宮士郎が、遠坂凛と共にある限り。 俺が────道を間違えることはないんだ。 /2 「う……っ…」 嫌な気分のまま目が覚めた。胸の中に鉛がつまっているような感覚。 なんだってあんな夢を………。 「目が覚めましたか、シロウ」 ふと、横から声がした。 「セイ…バー?」 「はい、体の具合はどうですか?」 体………? あれ、そういえばなんで俺は自分の部屋で寝てるんだ。 確か昨日は………。 「ッ!………セイバー! 遠坂は無事か!?………痛ッ…」 起き上がろうとすると、脇腹の辺りに激痛が奔る。 痛みのせいで、起き上がろうとした体は布団へと沈んでいった。 「いけません、シロウ! まだ完治していないのですから。 凛なら無事です。貴方が助けたのではないですか」 昨日……確か柳洞寺でキャスターと戦いになって、それで遠坂が……コケて。 俺が突き飛ばしたんだっけ? その後の記憶がないな…………でも。 「そっか、遠坂は無事か。良かった………」 心の底から安堵する。本当に良かった。 あれ。 でも俺はキャスターの光弾を受けて………。 「なあ、セイバー。なんで俺は生きてるんだ?」 セイバーの顔が険しくなる。 むぅ、この顔はお叱りを受けそうな顔だ。 「……直撃ではなかったからです。 それでも普通の人間なら死んでもおかしくないほどの傷でした。 ですが、貴方の傷は自然と塞がってしまったのです」 傷が塞がる……ああ、これは経験がある。 前回の聖杯戦争の時、俺は何度も死んでもおかしくない場面にあった。 それでも体は倒れることなく、前へと進んでいった。 それが今回も効いてるってことか。 「前回と同じか。 理由はわからないけど、助かったんならありがたい限りだな」 「ええ。ですが、まだただ傷口が塞がっただけです。 内部がどうなっているのかわかりませんが、先程の顔を見るとまだ痛みはあるようですね。 今日は安静に過ごしてもらいますから」 それは有無を言わせない、何かがあった。 むう。こうなってはセイバーは梃子でも動かないだろう。 頑固者だからなぁ。 「何か言いましたか、シロウ」 「い、いや、何でもないよ。うん」 「では私は凛を呼んで来ます。 先ほどまでは居たのですが、シオンに呼ばれて出て行ったので」 「あれ、彼女たちも家にいるのか?」 部屋は余るほどあるから問題ないけど。 「はい。協力関係を結んだ以上、一つ所に集まっていた方が有利ですから。 それに情報の交換などもまだですし」 「そっか。じゃあ家は好きに使ってくれていい、って言っておいてくれ」 「それは大丈夫でしょう。凛がいますから」 そう言いながら彼女は微笑み、俺の部屋を後にした。 時間は……もう昼過ぎか。結構眠っていたみたいだな。 体は………やっぱり動かすと痛いな。 そんな事を考えていると部屋の襖が開いた。 「士郎………?」 そう俺を呼ぶ声は、今にも消えいりそうだった。 「遠坂……体は大丈夫か? 突き飛ばして悪かったな。怪我とか、ないか?」 仕方ないとはいえ、思いっきり突き飛ばしたんだ。 怪我とか痣とか出来てないといいけど。 そんな俺の言葉を無視し、遠坂は俺の横に座り、俯く。 「………バカ。 あんたは自分の心配してなさいよ……。 なんだってこんな時までわたしの心配してるのよ………」 「いや、でも、ほら。 俺はこうして生きてるんだし、な」 その泣き出しそうな声を聞き、慌てて言葉を繕う。 「心配……したんだから」 ポタリと。 ギュっと握り締められた手の甲に、何かが零れ落ちた。 「………ごめんな、遠坂」 そっと手を伸ばし、その頬を優しく撫でる。 「信じらんない……また泣かされちゃった……。 アンタ一体、わたしを何回泣かせれば気が済むのよ……」 そう言う間にも、涙は零れ落ちてくる。 伸ばした手でその涙をそっと拭う。 「ごめん……ごめんな………」 そして、ありがとう。こんな俺を心配してくれて。 でもな、遠坂────遠坂には泣いて欲しくないんだ。 いつだって前向きで、現実主義者で、とことん甘い。 その姿にいつだって励まされてきた。 だから、この少女にはいつでも、笑っていて欲しい。 きっと、これは俺のわがまま。 それでも。 それでも俺は────そんな君が好きだから。 「─────凛」 そう名前で呼んで。優しく抱き寄せる。 温もりを感じられる距離。 生きていることを実感できる距離。 そして───愛しい人と一つになれる距離。 「…………士郎」 ─────そうして、二人だけの時間が過ぎていく。 /3 セイバーさんが居間に入ってきて、遠坂さんが出て行った後。 居間にいるのは俺こと遠野志貴、アサシン、そしてセイバーさん。 アーチャーさんは見張りをしているらしく、シオンは遠坂さんと何か話してからどこかへ行ってしまったようだ。 情報の交換とか、今後の事とかは衛宮さんが回復してからだそうだ。それもそうか。同じ説明を二度もするのは面倒だしな。 「えっと、セイバーさん。彼の容態、どうでした?」 正座をし、お茶を飲んでいるセイバーさんに声をかけてみる。 「さん、など付けなくても呼び捨てで構いません、志貴。 シロウは傷口は塞がっていますが、完治にはまだ遠い。 ですが、あの回復力なら一日安静にしていれば動けるようになるでしょう」 あれだけの傷を受けてもう傷口が塞がってる……? 何者なんだろう、衛宮さんって。 それにしても呼び捨てか……。 見た目年下っぽいけど、なんだか呼び捨てにするのは憚られるような気品を感じるんですけど。 「えーっとまぁ、呼び方についてはおいおいって事で……。 衛宮さん、無事で良かったですね」 彼とは根本的に相容れないような気がするが、それとこれとは話が別だ。 「ええ、私もほっとしています」 そう言うセイバーさんの顔は優しく、温かみのようなものを感じた。 きっと本当に彼のことを心配していたんだろう。こんな人に想われるなんて、羨ましい限りだ。 うちの女性陣はなあ……心配はしてくれるだろうけど、その後何されるかわかんないしな。 はぁ、と自然ため息がでるのは何故だろうか。 「どうしたのですか、志貴。何か心配事でも?」 セイバーさんが声をかけてくる。 ───が。 その目は俺ではなく、俺の前に置かれたお茶菓子に向けられている。 「ああ、えっとなんでもないですよ。 それより………食べます?」 ススッとお茶菓子をセイバーさんの方へ寄せてみる。 ピクリ、と体が動きこちらの目を見据えてくる。 「いいのですか? ああ、貴方はとても良い人のようだ」 食べながら見せるその微笑みは、太陽のように眩しかった。 ああ、なんて───笑顔。 こんな顔されたらもっとあげたくなるじゃないかっ。 見た目は違うけど、晶ちゃんを見ているようだ。 そんな悦に入っていると、シオンが居間に戻って来た。 「アサシン、セイバー。話があります」 「どうしたんだ?シオン」 かしこまるようなシオンに、アサシンが声をかける。 「アサシン、セイバー。 私たちと手合わせして頂けませんか」 そんなことをシオンが言う。 私たち…それは俺も入っているのか?と、目で訴えてみる。 「志貴も昨日見たでしょう。 アサシンと佐々木小次郎の戦い、そしてキャスターの魔術。 あなたは彼らと戦えると思いますか?」 あいつらと、戦う? 「いや………無理だ。 戦うどころか、逃げることさえ難しいと思う」 俺が今まで見てきた敵たちは、それでも戦えるレベル、俺との相性のいい相手だった。 だが、昨日見たあれは違う。 近づくことさえできない相手に、どうやって勝てっていうんだ。 そこへ、セイバーさんが声を上げる。 「シオン、貴女の考えは間違っている。 生身の人間がサーヴァントを相手にするなど、ただの無謀だ。 サーヴァントの相手は、サーヴァントに任せればいい」 「確かにそうですが、これは譲れない。 タタリがサーヴァントを模して現れるのならば、私はどんな手を使っても戦う」 「サーヴァントを……模す?」 怪訝そうな顔をするセイバーさん。 ああ、そういえば説明してなかったっけ。 「詳しくは衛宮さんが回復してから説明するけど、昨日の佐々木小次郎、あれはタタリが具現化したものなんだ」 俺の答えに目を丸くするセイバーさん。 「なるほど……。それが貴方たちの敵というわけですか」 あれだけの説明でわかってくれたのか、うんうんと頷いている。 「もちろん私一人で戦うわけではなく、あなた達サーヴァントの手も借ります。 その為に同盟を組んだのですから。 しかし、足手まといになりたくはない。 それに志貴、アサシンはあなたの未来の可能性。 ならば彼と戦うことにより、何かを得られるのではないでしょうか」 確かに。アサシンは小次郎と戦えていた。 彼が俺の未来である以上、俺にもそこに辿り着く余地があるってことだ。 なんでこんなことに気が回らなかったんだろう。 「なるほど。そういうことでしたらお相手しましょう。 一朝一夕で強くなれるはずもありませんが、鍛錬をするのとしないのでは心の持ち方が違いますから」 久々の鍛錬ですね、と何かワクワクしているように見えるセイバーさん。 衛宮さんか遠坂さんと鍛錬したことあるんだろうか。 「では、道場の方へいきましょう。 先ほどはそれを確認して来たのです」 ああ、遠坂さんと何か話して出て行ったと思ったらそんなことをしてたのか。 ってことは最初から特訓するつもりだったってことか。 「志貴、俺とおまえは庭でやろう。 結構広さもあるみたいだし、大丈夫だろ」 「ああ、わかった。アサシン」 居間に居たものは立ち上がり、シオンとセイバーさんは道場へ。 俺とアサシンは庭へと出て行く。 この特訓で、必ず何かをモノにしてみせる────。 /4 ───場所は衛宮邸の庭。 空は蒼く、太陽は未だ高い。 微かに雲も見えるが、今日はずっと晴れているだろう。 対峙するのは、俺とアサシン。 縁側にはアーチャーさんが腰掛けている。 「あれ、エミヤ。見張りはいいのか?」 「アーチャーと呼べ、と言っただろう、殺人貴」 「お前もアサシンって呼んでないじゃ………ああ、わかったわかった。 アーチャーって呼ぶからそんなに睨むなよ」 仲が良いのか悪いのか、漫才みたいなことをしている、サーヴァント二人。 エミヤって名前からして、アーチャーさんは衛宮さんの未来の姿っぽいが全然似てないな。 俺とアサシンは似てなくもないような気がするんだけど。 二人が俺たちの未来だとして、なんであんなに気さくな仲になってるんだ? 第一印象では、とてもああはなれるように見えないんだけどなぁ。 うーん、考えてもわかるわけないか。後で聞いてみようかな。 「おーい、志貴。何をブツブツ言ってんだ。始めるぞ?」 「あ、ああ、悪い」 口に出ていたのか怪訝そうな顔をするアサシン。 いや、顔は見えないんだけど。 「ん、じゃ最初は前のおさらい。 ちゃんと覚えてるよな、俺の言ったこと」 俺の能力───直死の魔眼と七夜の体術。 俺の使われていない部分にあるという七夜の能力。 それを意図して引き出すことが今の俺の課題だ。 「ああ、覚えてる。忘れるわけないさ」 「よろしい。 でもいきなり使われてない部分を使えって言ってもわかんないだろ。 だから体に教えるわけだがー………」 真剣でやりあうってことか? むむ。一瞬で俺死にそうなんですけど。 「あー、エミ……アーチャー。 刃のないナイフみたいなの投影できない?」 そう言ってアーチャーさんに視線を向けるアサシン。 いや、眼は見えないんだけどね。 「できなくはないが………」 「頼むよ、エ……アーチャー。 俺たちのエモノは短刀だから竹刀じゃでかすぎるし、 真剣でやるとつい殺っちまいそうだからさ」 「ア、アーチャーさん! 俺からもお願いします!」 慌ててお願いしてみる。 いや、彼の能力は知らないけど、アサシンの口ぶりからすると、きっとそういう能力なんだろう。 ………つい、で殺されたらたまったもんじゃないからな。 「ふむ、了解した」 何やら言葉を紡ぐ。 すると両手にナイフのようなものが握られていた。 「そら、できたぞ」 できたナイフを俺とアサシンめがけて投げてくる。 慌ててそれを受け取る。 「お、サンキュー。アーチャー、恩に着るよ」 「ふん」 ……やっぱり仲悪いんだろうか。 そんなことより受け取ったナイフを見る。 見た目はナイフそのものだ。 しかし、刃の部分。そこに指を滑らせても血が出ない。 「模擬刀のようなものだ。 斬りつけても血は出ないがそれなりに痛いだろう。 痛くなければ鍛錬にならんだろうからな」 「上等、上等。行くぞ、志貴。 本気で止めろよ、でないと痛い目みるからな」 グッとアサシンの重心が沈む。 「ああ、いつでも来い」 構えを取り、対峙する。 そうして、志貴の特訓が始まった。 /5 ────場所は移り、衛宮邸道場。 竹刀のぶつかり合う音だけが響く鍛錬の場。 打ち合うは女性二人。 シオンの武装はエーテライトとバレルレプリカ。 しかし、彼女はそれを使わない。 これは戦いではなく、鍛錬。 確かに武装を用いての戦闘が最も好ましいが、一対一でのセイバー相手ではどちらも通用しまい。 それにこれは戦闘能力の向上ではなく、危機回避能力を向上させる為のもの。 もとよりサーヴァントに敵うはずがないことなどわかっている。 しかし、足手まといにはなりたくないのだ。 最低でも自分の身は自分で守る。 その為に、少しでもサーヴァントの攻撃に対応できるようにしておく必要があるのだ。 必要なのは経験。 少しでも長く打ち合い、少しでも多く相手から吸収しろ。 その全てを、自身のものへと変える為に。 繰り出される一撃は、まるで閃光のよう。 最初のうちはまるで歯が立たなかった。 しかし、慣れと予測を用いることにより弾き、回避できる可能性は上がった。 だが──── 「───くッ」 「腕が下がっていますよ、シオン」 どれだけ予測してもその上を行かれる。 志貴のように予測できないジョーカーのような行動ではなく。 純粋に予測の上をいく攻撃を繰り出してくる。 そして理解できていても、回避することのできない一撃。 これがサーヴァント、か。 /6 いつしか太陽は地平線の彼方へと向かい、夜が間近に迫ってくる。 痛む体を抑え、特訓を終えた俺たちは、居間へと戻った。 「あれ、シオンたちももう終わったんだ」 居間にはシオンとセイバーさんの姿がある。 いつの間にか居なくなっていたアーチャーさんは……台所で料理をしているようだ。 そういえば朝食も作ってくれたんだっけ。 なんだか悪いな……お世話になってばっかりだ。 「ええ、そちらはどうでしたか?」 シオンが訊ねてくる。 「うーん、得るものはたくさんあったんだけど……」 まぁ世の中そんなに甘くないわけで。 得るものはたくさんあったが、肝心の七夜の体術を意図して引き出すことはできなかった。 「そう簡単にはいきませんか」 「まぁね、でも兆しぐらいは見つかった思うよ」 打ち合うたびにアサシンから流れてくるイメージ。 その中にそれがあった。 と、そこへ遠坂さんが居間へ入ってきた。 「あら、皆揃ってるのね」 「彼の容態はどうでしたか?」 「今は眠ってるわ。 傷は大丈夫みたい。明日まで寝てれば大丈夫でしょう」 安堵の笑みが見える。 うん、大丈夫そうで良かった。 「そうですか、良かった」 「ええ、お腹空いたからご飯にしましょう。 あ、アーチャー。 士郎のご飯は私が後で作って持っていくからいいわよ」 「了解した」 ───そうして夜は更けていく。 後書きと解説 第11話、士郎の目覚め&志貴、シオンの特訓編でした。 士郎は自分が怪我しても相手を気遣う人ですから。 士×凛は……こういう描写はむずかしいですね、精進します。 特訓編、模擬刀ってどうなんでしょう。 調べたら模造刀はなんか違うみたいなんで、模擬刀にしてみましたが。 これも打ち合う為のものじゃないような気がします。 「模擬刀のようなもの」ということでお願いします。 アチャ、アサの過去はもう少し先になりそうです。 すいません。 back next |