九日月 朝/情報錯交






/1


 ───柔らかな日差しと共に目が覚める。

「ぅ……ん…」

 時間は六時半。
 うん、いつも通りだ。

 体は……ググっと背伸びをしたり、腕を回してみたりする。

「よし……大丈夫だな」

 あれほどの傷を受けて、一日二日で完治するのは自分でもどうかと思うけど。
 治ってくれたなら文句はない。むしろ、ありがたいぐらいだ。

 きっと俺には与り知らない何かがあるのだろう。
 だけど、わからないものを考えたって答えは出ないし、今はやるべきことをやろう。


 ───自室を出て、居間へと入り、台所へ。

 ……今日はアイツはいないようだ。

 昨日はずっと寝たきりだったからな。
 リハビリついでにちょっと豪勢に行くか。

 ガチャリと冷蔵庫を開き、中身を確認する。
 ……そろそろ食材もなくなってきてるな。
 今日辺りまた買い物にいかないと、ダメかも。

 残り少ない食材を朝、昼の分に分け、調理を開始する。
 残り少ないと言ってもそこは衛宮邸の冷蔵庫。
 一般家庭のそれとは比べ物にならないくらい食材は入っている。

 だが良く食べる王様が一人いるし、藤ねえと桜が来てなくても、最近人数が増えたので減り方は変わらない。

 そういえば、藤ねぇと桜達は大丈夫なんだろうか。
 今日辺りちょっと顔でも見に行こうかな……。

 ……色々な事に思案を巡らせながらも、料理は着々と完成していく。
 これが主夫の性か。





 ───そうして朝食。

 こくこくはむはむと食べ続けるセイバーを筆頭に、皆さんよくお食べになります。  それはいい。それはいいんだが……ただ一つ気になることがある。

「えーっと、遠野はどうしたんだ?」

 そう、彼の姿だけ食卓にないのだ。
 朝に弱い遠坂ですら食卓についているというのに、彼は未だ姿を見せていない。

「志貴はまだ寝ているのでしょう。
 朝は極度に弱いので、起こしに行かなければ起きて来ないかもしれませんが。
 ホテルに滞在中は十時近くまで寝ていることもざらでしたので」

 シオンが解説してくれる。
 だけど……。

「起こしにいかないと起きないって………。
 いつもはどうやって起きてるんだ? 目覚まし時計か?」

 それなら目覚まし時計を準備しないと。土蔵を掘り返せば、一個くらいあるだろう。
 いや、まぁ誰かが起こせばいいだけの話だけど。

「いえ。志貴の家にはメイドがいますので。
 毎朝彼女に起こして貰っている、と聞いています」

 このご時世にメイド!? 一体どこの金持ちなんだ。

「ふーん。
 さすがは遠野の人間、ってとこかしらね」

 遠坂が口を挟む。
 どこか棘のある言い方なのは気のせいか。

 ───すると。

「あー………。皆おはよう」

 居間の襖が開き、遠野が顔を出す。
 寝起きの遠坂ほど幽鬼な顔つきではないが、眠そうなのは見て取れる。

「おはようございます、志貴。
 とりあえず、顔を洗ってくる事をお勧めします。
 それと。早くしないと、朝食がなくなってしまいますよ」

「あー、うん。わかった」

 ゆらゆらと姿を消していく遠野。
 大丈夫か……?







「………冬木大橋に破損?」

 テレビを見ていた遠坂が口を開く。

 ニュースによれば、今朝未明、冬木大橋に破損が発見されたらしい。
 意図したように、直線状に削られているようだが、原因は不明とされていた。

「……サーヴァントの仕業ね」

「やっぱりか」

 あんな真似をできるのは、サーヴァントしかいない。
 なら俺たち以外のマスターが、昨日橋を舞台に戦ったのだろう。

「ちょっとやりすぎじゃないか? 歩道は通れるようだけど、車道は全面通行禁止だぞ」

「宝具を使ったのなら、これくらいで済んでよかった思うべきね。
 最悪、橋自体落ちてたかも知れないんだから」

 むう………。
 確かに前回は色々とあったしなぁ。アインツベルン城とか柳洞寺とか……。

「終わったことを言っても始まらないわ。
 こんなことが二度とないように務めるほうが、建設的ってもんでしょ」

 確かにそうだ。
 今は自分たちにできることをしよう。
 さし当たっては、情報の交換だ。その為に、さっさと朝食を終わらせよう。







 ───なんとか無事に朝食も終わり、早速会議へと移る。
 昨日は俺のせいで何も進展しなかったらしいから、少しでも時間が惜しい。

「さて。どこから話せばいいのかしら。
 とりあえず、士郎が倒れた後の話からしましょうか」

 遠坂が切り出す。

 一昨日、キャスターに撃たれた後の記憶が俺にはない。
 気が付いたのは昼だったからな。
 キャスターがどうなったのか、気になる。

「キャスターに士郎が撃たれた後、セイバーがエクスカリバーをキャスターに放ったの。
 多分死んだと思うんだけど、あそこは彼女の神殿。
 空間転移ができてもおかしくないから、生きている可能性はゼロじゃないわ」

 セイバーがエクスカリバーを……。

「なら死んだんじゃないか?
 キャスターは前回、アーチャーのカラドボルグの余波ですらかなりのダメージを受けてたぞ。
 エクスカリバーの余波なんか受けたら身が持たないだろう」

「そうね。
 でも可能性としてゼロじゃない、ってだけよ。
 生きているとしてもボロボロだろうし、昨日も動きがなかった事を見ると、生きていないと考える方が妥当ね」

「凛。そのキャスターについてお話があります」

 シオンが割って入ってくる。

「なにかしら」

「あのキャスターはサーヴァントではなくタタリの可能性があります」

「………どういうこと?」

 ───シオンが語る。
 まずタタリという存在について。存在から現象へと化し、噂を纏って具現化する存在。それがタタリ。
 町で噂になっている、夜になると現れる異形の者達。その噂を具現化しているのがタタリであるという。

 そして、彼女達が俺達が柳洞寺に着いたとき戦っていた相手。
 ───佐々木小次郎。
 彼がタタリであったという。

 噂になっている、空を飛ぶ魔女、というのもキャスターの事である可能性が高いし、小次郎はキャスターの呼び出したサーヴァント。
 小次郎がタタリならキャスターもタタリである可能性がある……ってことか。
 キャスターのマスターの姿はなかったし、葛木ももう………。

「……タタリであるかないか調べる方法ってないのか?」

「ありません。
 タタリが成った者は、その成られた者とまったく同じ存在なのです。
 あえてあるとするならば、相手自身に自分はタタリだ、と言わせることでしょうか」

 まったく同じ存在に化け、こちらを混乱させる。
 しかも相手がサーヴァントに化けるのなら……厄介この上ない。

「つまり聖杯戦争に参加している七騎以外にもサーヴァントがいる、
 と考えた方がいいってことかな」

「はい。
 タタリはその地域で最凶の存在と成る。
 この地で最も強力な存在、それはサーヴァントでしょう。
 奴が最後に何に成るのかわかりませんが、サーヴァントであることは間違いない」

「まぁどの道倒さなければならない相手って事でしょう。
 こっちにはサーヴァントが三騎もいるのよ。余程の相手じゃな…い……と…」

 遠坂の顔が曇る。
 恐らく俺と同じ相手を想像しているのだろう……。

「タタリについてはある程度分かって頂けたと思います。
 次はこちらの質問に答えて欲しいのですが」

「聖杯について、ね。分かってるわ」

 ───遠坂が俺たちの知る限りの聖杯についての事を語る。
 聖杯という器をアインツベルンが用意し、そこにサーヴァントの魂をくべる。
 あの男をして天才と言わしめた人物が造った人造の願望器、それが聖杯。

 それも本来なら正しく願いを叶えていたのだろう。
 だがその聖杯の中身は汚染され、すでに呪いしか詰まっていない。

 前回発現した聖杯は、赤い肉塊と黒い泥を撒き散らした。
 あれはすでに人の願いを叶えるなんてものではなく、全てを呪うものになっている。

 ───だから、壊す。
 二度と聖杯戦争が起きないように、今度こそ完全に破壊する。
 それが俺たちの目的。

「なるほど。
 そういうことでしたか」

 シオンが思案を巡らせながら頷く。

「しかし、前回聖杯を破壊したのでしょう。
 ならば今回同じように破壊しても、また聖杯戦争が起きるのではないですか?」

 ……む。それもそうか。
 前々回も同じようにセイバーが破壊したらしいし、前回も破壊したのに止まらない。
 なんでだ………?

「考えられることは、どこか別に聖杯戦争を起動するシステムのような物があるのでしょう。
 根本を破壊しなければ、終わることはない、と考えるのが妥当です」

 そうか。
 終わりを告げるのは聖杯の成就だけど、始まりを告げるものが無い。
 始まりを告げるもの、それがシオンの言うどこか別にあるシステムだとしたら。
 それを破壊しない限り、何度でもこの戦いは起こる。

「……そうね。
 それくらいで考えないと、何度でも聖杯戦争は起こり得るわね。
 遠坂の家にはそんな記述のある書物はなかったと思うんだけど……。
 あるとしたらマキリかアインツベルンね………。
 だとすると………」

 ブツブツと自己の世界へ(以下略)。





 ───ようやく戻って来た遠坂を筆頭に、今後の行動を決める為、
 お互いの戦力を把握する。

 驚くべきはアサシンの正体か。
 なんとなく気づいてはいたけど、目の前の彼、遠野志貴の未来の姿。
 俺とアーチャーと似たような関係だな。
 あっちはなんだか仲が良さそうに見えるけど。

 そしてもう一つ。
 彼らの能力───直死の魔眼。死を視る能力。

 これには遠坂が特に驚いていた。
 あるわけないものを見たような顔をしていたな。
 よほど貴重で特殊な能力なのだろう。

「なぁ、遠野。その能力で剣を切ったりできるのか?」

 式と呼ばれた女性。彼女もおそらく魔眼の持ち主。
 なら───

「ん。確かにできるけど。何でそんなことを訊くんですか?」

「ランサーのマスターが式って女の人なんだけどさ。
 その人、遠野と同じ能力を持っているんじゃないかな、と思って」

 彼女の能力、というより剣を切られたことを詳しく話す。

「……こんな能力を持つ人間が二人も?
 ……バカな」

 苦虫を噛み潰したような顔をする遠野。
 確かに稀有な能力っぽいけど……。

「その式って人。眼鏡してました?」

「いや、裸眼だったと思うけど」

 思い出す。
 あの全てを見通すような黒の瞳。闇よりなお黒いあの瞳。

「そんな……こんな眼でありながら魔眼殺しをしていない……。
 生きていられる筈がない………」

 ブツブツと何事かを呟く遠野。
 うーん。

「あーえっと。
 もしかしたらそうなんじゃないかな、と思っただけだからさ。
 全く別の能力なのかもしれないし」

 とりあえずフォローをしてみる、が。

「そうですね………」

 えらく気落ちしているようだ。
 何が彼をそこまで落ち込ませたのか、わからない。

「あー、はいはい。
 わかんないものを考えたってわかんないんだから。
 そんなことより、今後の行動を説明するわよ」

 パンパン、と手を叩き注目を集める。

「私たちの目的は聖杯の破壊。シオンたちの目的はタタリの阻止。
 そして、タタリが聖杯戦争を利用しようとしている。
 なら両方に意味のある行動を取りましょう」

「どういうことだ?」

「つまり────」

 そこへ。



 ────ピンポーン。



 チャイムの音が、鳴り響いた。





/2


「誰か来たみたいだ、こんな時間に誰だろう」

 言って立ち上がる衛宮さん。

 時刻はまだ九時過ぎ。なんとも微妙な時間だ。
 話の腰を折られた遠坂さんは、むすっとしているようだ。

「志貴、大丈夫か?」

 アサシンが声を掛けてくる。

「ああ、大丈夫だよ」

 俺以外にもこの直死の魔眼を持つ者がいるかもしれない。
 しかも、魔眼殺しをせずに生きているという。

 ───ありえない。
 もし俺が、あの草原で先生に出会えていなかったら。
 俺は既に生きていないだろう。
 日常的にあの死を視せ続けられて生きていくことなど、俺にはできない。

 だけど、式という女性は生きている。
 なら直死なんてものじゃないのかもしれないし。

 遠坂さんが言ったように考えたって分かるわけないんだ。
 気になるなら実際に会ってみればいい。

 そう───これは今考えることじゃない。

 無理矢理自分にそう言い聞かせて思考を切り替える。

 ほどなくして衛宮さんが女性を連れて戻って来た。

「えっと、遠坂。
 桜が来たんだけど………」



 ─────ドクン。



 衛宮さんの連れてきた女性を見た途端、心臓が跳ね上がる。
 この感覚は………。

「(アサシン)」

「(ああ。……あの女、中に何かいるぞ)」

 いつの間にか姿を消していたアサシンに、ラインを通して話しかける。
 どうやらアサシンも同じ事を感じたようだ。

「桜。今ちょっとお客が来ててさ。
 家に泊まって貰ってるんだ。紹介するよ」

「あ、はい。すいません、先輩。こんな時にお邪魔しちゃって……」

 そう言って。
 衛宮さんがこっちとあちらの女性、間桐桜を紹介してくれた。

 気づかれてはいけない。
 俺達があいつを殺せることを。
 ───あいつだけを殺せることを。

 何やら話をしているようだが、そんなもの、耳に入ってこない。

 あるのは苛立ちと衝動。奴を殺せと、誰かが言う。
 血が、あいつを殺せと突き動かす。

「(志貴、俺がやるか?)」

「(いや、俺がやるよ。ああいう奴は、見てるだけで吐き気がする)」

 他人に寄生し、生き永らえる存在。あれはもう人間じゃない。
 ただ生にしがみつく───亡者だ。

 なら───

 まずはアレが彼女にとってどうゆう存在か、調べる必要がある。
 彼女が生きる上で必要な存在だとしたら、ヘタに手を出すと取り返しがつかなくなる。

 訊いても教えてくれないだろうし、何より彼女の身に危険が及ぶ可能性すらある。
 ならここはシオンに頼むのが最善。

 無断で他人の情報を搾取するのは良い事じゃない。
 だけどもし───もし彼女が望まず、あんなモノを中に住まわせているのなら。
 なんとしても助けてみせる。

 隣にいるシオンに視線を送る。

 テーブルの影で見えないように、エーテライトの収納されている腕輪を指す。
 後はバレないように俺にエーテライトを繋げるように促す。
 これなら俺の思考を誰にもバレず、シオンだけが理解してくれるだろう。

「─────」

 理解しくれたのか、シオンは頷いてくれた。
 よし、後は………。

「(アサシン)」

「(なんだ?)」

「(もしもの時は、セイバーさんとアーチャーさんの相手を頼む。
 すぐに誤解は解くから)」

「(了解。早めに頼むよ)」

「(分かってる)」







「少し、失礼します」

 シオンが席を立つ。

 警戒していない今なら、セイバーさん達にバレることはないだろう。

「────っ」

「どうした? 桜」

「あ、いえ。なんでもないです」

 ────よし。

 後は、シオンが彼女から読み取った情報から奴の存在がどんなモノか聞けば───





/3


 話によると桜はもうすっかり元気で、慎二も大丈夫のようだ。
 うん。良かった。

 それは言いとして、さっきからぼうっとしているのが一人。
 まださっきの事を気にしているんだろうか。

「おい、遠野。どうした? 大丈夫か?」

 その言葉にハッと我に帰る遠野。
 大丈夫じゃなさそうだな……………。

「具合悪いのか? なんなら少し休んでても……」

「いや、大丈夫ですよ。
 えっと、桜さん、でしたっけ?」

 桜に笑顔を向ける遠野。

「え、あ、はい」

 遠野の顔を見て、桜が赤くなっているように見えるのは気のせいか?

「ちょっと、いいかな」

 言って、立ち上がり、眼鏡を外す。
 眼鏡……?
 それにつられるように桜も立ち上がる。

 向かい合うように立ち、桜を凝視する遠野。
 一体なんなんだ?

「おい、遠野………」



「お前のような奴を見てると虫唾が走る。死んでくれ」



「───────ぁ」



 ───言って。

 ───遠野は桜の胸に。

 ───刃を。

 ───突き刺した。









後書きと解説

情報交換がメインのお話。
桜については……これほど先の読める展開はないんじゃなかろうか。
色々と突っ込みどころはありますが。
桜を救済したかった、これに尽きます。






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