九日月 昼/誤解−理解−和解






/1


「お前のような奴を見てると虫唾が走る。死んでくれ」

 言って。
 志貴は桜の胸を突き刺した。

「──────ぁ」

 突き刺された桜は、その場に倒れ込み、意識を失った。



 ────時間が止まる。
 何もかもが止まったように、動かない。

「───さく、ら……?」

 最初に口を開いたのは凛だった。
 それを口火に、皆は己の時間を取り戻す。

「さくら?───桜!」

 凛が桜へと駆け寄る。

「遠野ッ!………お前、何してんだ!!」

 士郎が志貴へと掴みかかり、押し倒す。

 その怒りはもっともだ。
 妹のように、家族のように想っていた相手を、目の前で刺されたのだ。
 取り乱さない方が、どうかしている。

 一方、サーヴァント達は。

「アサシン……。貴様ら………」

 セイバーが剣を抜く。

「セイバー、落ち着け」

 声を掛けるのはアサシンではなく、アーチャー。

「アーチャー? 何故ですか! 桜を殺されたのですよ!?」

「落ち着け、セイバー。アサシンを信じろ、と言っても無駄だろう。
 だから私を信用してくれないか。
 あいつは、アサシンは意味なくこのような事をしない。
 そうだろう、アサシン」

 そうアサシンを見やる瞳は射殺す程の殺意が灯っている。
 アサシンを信じているその言葉に、間違いはないのだろう。
 それでも行き場のない気持ちが、殺意として相手に突きつけられている。

「ああ。もしこのまま彼女が死ぬようなら、俺達を好きにすればいい」

 口元しか見えないアサシンの顔には、決意のようなものが見えた。
 それを見て、セイバーはその剣を収める。

「───分かりました。今の言葉、忘れぬように」




「おい! 遠野ッ! なんでッ、なんで桜を殺したんだ!!」

 胸倉を掴み、普段は見せないような鬼気迫る顔で、志貴を問いただす士郎。
 それでも志貴は冷静に、これからすべきことを促す。

「落ち着いてください、衛宮さん。
 殴りたければ殴ってくれても構いませんが、今はまだすべきことがあります」

「なんだとッ」

「良く見てください。
 桜さんは死んでいません」

「─────え?」

 その言葉を聞き、士郎は桜の方を振り返る。

「血が………出てない? 確かに刺したのに───」

 志貴を掴んでいた手を離し、桜の方へと駆け寄る士郎。

「おい、遠坂。桜は、桜は生きてるのか?」

 急かすように凛に問う。
 凛はすでに落ち着いて、桜の容態を診ているようだ。

「………ええ。
 桜は生きてるわ。ただ気を失ってるだけ。外傷もないし……」

 それを聞き、安堵の息を漏らす士郎。
 志貴は乱れた服装を直し、皆に話しかける。

「シオン。遠坂さんと協力して、桜さんの容態を診ててくれ。
 俺は他の皆に、事情を説明するから」

「わかりました。凛、桜を客間へ」

「え、ええ。わかったわ」

「私が運びます」

 セイバーが桜を抱え、三人は居間を後にする。





/2


 ────セイバーが戻って来た後。

 皆が席に着き、志貴が話し始めるのを待つ。

「まず最初に謝ります、いきなりあんなことをして、すいませんでした。
 でも悟られるわけにはいかなかった。
 こちらの思惑を知られる前に、殺す必要があったんです」

 頭を下げ、謝罪の意を示す志貴。

「詳しく説明してくれ」

 士郎が先を促す。

「桜さんの心臓には、何者かが住み着いていました。
 それを殺したんです」

 その言葉にアサシン以外が、顔を顰める。

「そんなバカな。心臓に住み着くなんてできるのか?」

「何が住み着いていて、何が目的で住み着いていたのかはわかりません。
 ただそいつが桜さんに害をなす存在だったから殺したんです」

 志貴はシオンにその全てを聞いていない。
 聞いたのは必要な情報、アレがどんな存在か、その一点のみ。

 他者に聞かれたくない情報だってあるだろう。
 なら、それを知る者は少ない方がいい。

「なんで桜の中にそんなモノが住み着いていて、
 それが桜に害をなすモノだったなんて遠野にわかったんだ?」

 先程情報交換した時、教えあったのはサーヴァントの能力のみ。
 志貴の能力はアサシンとほぼ同じである以上バレてしまっているが、シオンの持つ武装については説明していない。

 シオンの持つエーテライト。
 他者の神経に介入し、知識、情報、思考法則を共有する。
 他にも肉体を操作することもできるが、ここでは必要ない。

 必要な情報、シオンが桜にエーテライトを打ち込み、情報を搾取。
 それらから志貴に必要な情報だけを流したことを伝える。

 だがこれは賭けでもあった。
 もしすでに中に住み着くモノにより、桜の思考を支配されていた場合。
 こちらの思惑が漏れていた可能性があり、どうなっていたか分かったものではない。

「もう一つ。
 遠野は確かに桜を刺しただろう?
 中のモノを殺せたとして、桜も一緒に死んでもおかしくなかったんじゃないか?」

「俺達の直死の魔眼はそこにあるモノを殺すものじゃないんです。
 存在として、概念として在るモノの死を視て、それを殺すんです。
 だから俺は桜さんじゃなくて、その中にあるモノの死を視て、それを殺したんです」

 それが直死の魔眼の能力。
 あるものを殺すだけなら、その辺のナイフや銃器でも使えば良い。
 だが、直死は死を視認することでモノを殺す。
 その気になれば、今回のように外を殺さず、中だけを殺すことさえ可能とする。

 ───つまり。
 今回のことは、志貴の人外に反応する血。
 直死の魔眼と言う能力。
 そして、シオンのエーテライトがあったからこそ可能だった作戦。

 どれか一つが欠けても、為し得なかったであろう。

「つまり遠野は桜を助ける為にやってくれたことなのか……。
 ごめん、掴みかかったりして」

「アサシン、私も浅慮でした。申し訳ない」

 頭を下げる士郎とセイバー。

「止めてください、衛宮さん」

「そうだよ、セイバー。君が謝る必要はないよ」

「ありがとう……。
 でも、少し一人にしてくれないか……」

 そう言って居間を後にする士郎。
 その背中は、悲哀のようなものが漂っているように見えた。





/3


 ────場所は移り、客間。

 桜は寝かされており、凛とシオンは容態を診ながら先程の事について話す。

 シオンは凛が桜の実の姉であると先程読み取っている。
 なので、少し踏み込んだ所まで、凛に説明した。

「ありがとう。………桜を助けてくれて。
 わたし達は、いえ、わたしは桜がそんな状態だったなんて微塵も思わなかったわ。
 ずっと見てたのに……姉失格ね」

 俯き、呟きを漏らす凛。

「それは仕方ないでしょう。アレは巧妙に潜んでいたようですから。
 私も志貴に言われるまで、理解できませんでしたから」

「それでもよ。
 わたし達が気づけなかったことに、あなた達は気づいてくれた。
 桜を、妹を助けてくれてありがとう」

 その柔らかな笑顔の奥に、悲しみのようなものが見えた気がした。

「ぅ………ん……」

 桜が身動ぎ、その肌に色を取り戻していく。

「桜が目を覚ますようですね。私は席を外しましょう。
 何かあったらすぐに呼んで下さい」

「ありがとう、シオン」

 言って立ち上がり、シオンは客間を後にする。







「ぅ……ん…」

 目が覚める。
 あれ、わたしはなんで寝ているんだろう?

「気がついた? 桜」

「あ、え、姉さ………遠坂先輩?」

 目の前にいるのは姉さんだ。
 そう呼んだ事はほとんどないけど、心の中ではいつもそう呼んでいる。

 場所は………先輩の家かな?
 確か私は……遠野さんに……刺されて……。

「えっと……遠坂先輩。
 なんでわたし、生きてるんですか?」

 なんで刺されたのかわからないけど、刺されたのは覚えてる。
 胸を刺されて、なんで生きているんだろう?

「桜。体に何か変化はない?」

「え……体、ですか?」

 そういえば……体に巣食っていた蟲が……いない?

「えっと……」

「悪いけど、事情は聞かせて貰ったわ。
 志貴は、あなたを苦しめていたモノを殺したのよ」

「─────」

 蟲を……お爺様を……?

「もうあなたを縛るものは何もないわ。
 ごめん、ごめんね……桜。気づいてあげられなくて」

 そう言って、わたしに抱きついてくる姉さん。

「遠坂……先輩……?」

「ごめん、ごめんね、助けてあげられなくて……。
 ずっと桜のことを見てたのに……。ずっと、あなたのことを見ていたのに……」

 頬に温かいものが伝うのを感じる。
 これは私の涙だろうか、それとも姉さんの涙だろうか。

「ねえさん……」

「ごめんね……姉として失格よ、わたしは。
 意地ばっかり張って、何も見えていなかった。
 あなたが苦しんでいるなんて、ちっとも考えていなかった…!」

「────」

 なぜだろう。
 こんなにも───あったかい。

「あなたも頑張ってるんだって、そう思い込んで……。
 自分もそれに負けないように頑張ろうって。
 何を勘違いしてたのかしらね……。
 こんなに、あなたは傷ついていたっていうのに……」

「姉さん───」

 溢れる想いが止まらない。

 姉さんはちゃんとわたしを見てくれていた。
 わたしにないものをたくさん持ってて、全部自分でできて、わたしの事なんか忘れてると思っていた人が。

 ちゃんと───わたしを見ててくれた。

「こんなことなら、お父様との約束なんて破って、あなたを奪いにいけばよかった……!」

 ああ……。
 この人は、こんなにもわたしを想ってくれている。
 こんなにもわたしを愛してくれている。

 でもね、姉さん……。

「姉さんは…何も悪くないです……。悪いのは、わたしですから」

 わたしが苦しいって、助けてって言わなかったから。
 全部自分の裡に押し込めて。
 笑顔を顔に貼り付けて。

 誰にも悟られないように。
 こうして生きていくのが、自分の人生だって決め付けて。
 それに抗おうとしなかった。

 そんなわたしに───救いなんてあるわけがない。

 だから、姉さんは何も悪くない。
 悪いのは、わたし───。

「そうよ、バカ……。
 あんたが助けてって言えば、すぐにでも飛んでいったのに。
 なんで言わないのよ………」

 それは───先輩にわたしがこんなだって知られたくなかったから。
 先輩が姉さんを選んでも、わたしは側に居られるだけで良かった。

 だから───ううん、違う。

 助けてって叫んでも、誰も助けてくれなかった暗い、昏い、あの場所。
 だから、誰かに助けを求めても、きっと誰も助けてくれない。
 そう思い込んでいた────。

 これも───違う。

 ただ、勇気がなかったから。
 きっとそう───ただ、勇気がなかったから。

 助けてって、たった一言言うだけなのに、わたしにはそれっぽっちの勇気もなかった。

 だから、わたしは────。

「ごめんなさい………姉さん。ごめんなさい……」







 桜に想いをぶつけて、桜の想いを受け止める。

 ごめんね、桜。こんな姉で。
 大切な妹一人、助けることができないくせに、何が魔術師。

 わたしは士郎のように、誰かを助ける為に魔術師になったわけじゃない。
 それでも───。
 それでもこの大切な妹だけは、守りたかった。

 間桐の家では魔術師どころか、人間としても扱ってもらえず、ただ道具として扱われた。

 それに気づかなかったのは、わたしの責任。
 それに気づこうとしなかったのは、わたしの責任。

 だけど。



 ────お父様。

 わたしは初めて、あなたを恨みます。
 魔術師としても、人間としても、あなたのことは尊敬しています。

 だけど。
 桜の姉として、わたしはあなたを恨みます。

 どんな思惑があって、桜を養子にだしたのか、それはわたしにはわかりません。
 お父様が、間桐の魔術を知っていたのか、それもわたしにはわかりません。

 ただ。

 たった一人の妹と、離れ離れにさせたあなたを、許す事ができません。



 ───だからもう。

 何があっても、桜の手を離さない。
 約束なんて知らない。魔術師の掟なんて知らない。

 わたしは、桜の姉だから。桜は、わたしの妹だから。

 この大切な妹を。
 わたしは必ず、守ってみせる────。





/4


 時間は僅かに進み───縁側。

 そこに腰掛けるのは志貴のサーヴァント、アサシン。
 何を想うか、ただぼうっと空だけを見上げている。

 そこへ。

「アサシン」

「アーチャーか。なんか用?」

「少し、いいか」

 言ってアサシンの隣に腰掛ける。

 静寂が辺りを包み、聞こえるのは鳥の囀りだけ。
 どちらとも、声を出さず、ただ沈黙を保つ。

「皆はどうしたんだ? 桜ちゃんの容態は?」

 口を開いたのはアサシン。

「桜には凛がついている。
 セイバー達には、悪いが買い物に行ってもらった。
 衛宮士郎は───知らんな。
 大方、自室にでも閉じこもっているのだろう」

 つまり、辺りには誰もいない。



「すまんな、桜を助けてくれて」

 ────その言葉に、アサシンは驚愕する。
 当たり前だ。
 生前ですら、この男の感謝の言葉など、聞いた事がなかったのだから。

「おいおい、どうしたんだ、エミヤ。らしくないぞ」

「そうだな………。フッ、オレらしくない、か」

 自嘲の笑みの奥に、何かがあった。

「────お前も、桜ちゃんを救えなかったのか?」

 二人の出会いは敵として。
 それ以前のことはアーチャーは語らなかったし、アサシンも訊かなかった。

「どうだろうな。
 あまり鮮明に覚えているわけではないが……。
 多分、救えなかったのだろう」

 多くを守る為、大切な存在すらも手放したエミヤシロウ。
 己の理想を信じ、生涯それを貫き通したエミヤシロウ。

 セイバーを救えず、凛の手すら手放した。
 日常の象徴であり続け、いつも微笑んでいた桜の身に異変があるなど、気づける筈もないだろう。

「エミヤ。後悔、してるのか?」

 彼女たちの手を放した事を。

「───いや。
 オレは自分の信じるものの為に駆け抜けた。そこに後悔など、ない」

 ──────嘘。

 一度は後悔した。
 己は、正義の味方などを目指すべきではなかった、と。

 だが───。



『答えは得た』



 その言葉に、偽りなどありはしない。

「ならいいじゃないか。
 この世界では救えたんだ。だろ?」

 ───アサシンは悔やまない。
 自分の手で、大切な人を殺めたことも。全てを、敵に回したことも。
 それが自分の信じたものだから。それだけは、誇りに思っていたいから。

「フッ。まさか、貴様に慰められるとはな。
 まったく───どうかしてる」

「あ、おい。それ、俺の台詞だぞ」







 ───二人の出会いは敵として。

 それもそうだろう。

 かたや、多くを救う為に、僅かを切り捨てる男。
 かたや、大切なものを守る為に、全てを敵に回す男。

 その出会いは必然だ。

 真祖の姫君が堕ちかけていると聞けば、エミヤが黙っている筈がない。
 大切な人を殺しに来たとなれば、殺人貴が黙っている筈がない。

 彼女が堕ちれば止める手段などなく、世界は血の海に染まるだろう。
 なれば、彼女を殺すことが、ひいては世界を救うことになる。

 だが、殺人貴はそれを良しとしなかった。
 全てを敵に回してでも、彼女を守り。
 彼女を救う為に奔走し、あらゆる手段を尽くした。

 それでも、最後は────────。



 エミヤと殺人貴は似て非なる者。
 根底にあるのは、誰かを守る、ということ。

 ただ目指すものがまったくの逆を向いていただけ。

 一を殺し、十を救うか。
 十を殺し、一を救うか。

 違いはそれだけでしかない。

 ────二人の道は重ならない。
 目指すものが違うのだから。だが、交わることはあるだろう。

 一度目は、敵として。
 二度目は、味方として。

 そして────三度目。







「ふん。まぁ、礼は言っておこう」

 そう言って。
 赤い外套は、アサシンに背を向ける。

「素直じゃないねぇ」

 アサシンの呟きだけが、蒼天へと消えていった。









後書きと解説

人称変更に◇を使ってみる回、ではなく。
誤解して理解して和解した回。

凛と桜はHFルートのような感じじゃなくなったような。
UBWルート後なので士郎に感化され、人間くさくなった凛ってことでどうかお一つ。
桜が全然黒くないですね。
ギャグキャラとしては黒桜はおいしいと思うんですけど、シリアスに出すとどうも重すぎると言うか。
なので白桜のまま姉妹は仲良くってことで。

どっかの姉妹も見習えばいいのに。

アサアチャはなんとなく。
アチャはあんな弱音を見せる人じゃないと思いますが。あえて。
召喚された理由もその辺にあったりなかったり。

過去についてはもう個人的見解バリバリです。
生暖かい目で(以下略)






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