十日夜 朝/出発






/1


 ─────そうしてアイツの夢を見る。

 これは───零してきたモノの夢。

 理想を追い、大切なモノを全て手放した男の物語。
 その男は、自らに差し伸べられた手すら突き放し、ただ、自分の理想を追い続けた。

 だが全てを手放しても、たった一つだけ、大事に大事に守ってきた。
 たった一つの、誰かの願い。
 たった一つの、誰かの想い。

 守ったそれに裏切られても、間違いなんかじゃないと信じ、ただ走り続けた。

 ───多くを掬い、僅かを零してきた。
 ───多くを救い、僅かを殺してきた。

 それでも、もし。
 もし、その零してきたモノを救えるなら。





 それは─────なんて─────………。





/2


 ─────そうしてあいつの夢を見る。

 これは───黒と赤の出会いと別れ。

 一を守る為、十を敵に回した黒の男。
 十を守る為、一を殺しに来た赤の男。

 ───その出会いは必然に。
 ────その別れも必然に。

 敵として出会い、友として別れた───二人の守る者の物語。

 二人を別つのは、死。

 黒の死と共に、赤は再び歩み始める。

 行き着く先は、騙し、裏切り、欺き、そして───死。

 行き着く先は変わらない。
 それでも二人は己の信じたものを貫き通し、そしてこの世界を去る。

 真逆の理想を持つ二人は、相容れない。
 それでも二人は反発しあいながら、互いを理解する。

 互いを友と呼べる存在だと、理解する。





 それは─────なんて─────………。





/3


 ─────そうしてあの子の夢を見る。

 己の歩んだ道を間違いだと認識し、世界にIFを求めた少女。
 これは─────そんな少女の物語。

 少女は未来で二人の男と出会う。
 それは、同一の存在にして全く違う存在。
 互いの存在を賭け、ただ互いを否定しあった二人の男。

 その存在は、少女に己の道を再度認識させることとなる。

 答えを得た少女は、己の時代へと舞い戻る。
 そうして、王としての生涯に幕を引いたのだ。

 それでも少女はただ─────願う。

 あの少年の、行き着く先を見てみたい、と。





 それは─────なんて─────………。





/4


「ん……………」

 目が覚める。

 朝の日差しは柔らかく、一日の始まりを告げている。

 今見たものを振り返る。
 なんだって────あんな夢を。

 頭を振り、意識を現実へと引き戻す。

 時刻はいつもと変わらない。
 なら俺もいつもと変わらぬ行動をしよう。







 ────着替えを済ませ、台所へと向かう。

「あ、先輩。おはようございます」

 柔らかな笑顔。いつもと変わらない笑顔を向けてくる、桜。

「あ、え、えっと……おはよう」

 その顔を見た途端、昨夜の出来事が走馬灯のように駆け抜ける。
 まともに顔を見れないじゃないか……。

 桜………なんで、あんなことを。


『先輩。先輩が姉さんのことを好きでも、わたしはずっと先輩のことが大好きです』


 物思いに耽る俺に、怪訝そうな顔をする桜。

「先輩? どうかしたんですか?」

「え、いや、な、なんでもないよ、うん」

 桜は昨日のことをまったく意識していないようだ。
 あー……うん、前向きになってくれるのはすごく嬉しいんだけど、方向性がなんというか。

 頬を軽く叩き、気合を入れる。
 よし。桜が意識してないんだ、俺だけ意識なんてしてられない。

 それに、俺は遠坂の恋人だ。
 桜には悪いけど、これだけは譲れない。

 うん………きっと………だいじょう、ぶ……だよな?俺。

 ────桜と並んで朝食を作る。

 途中昨夜のことは話題に上らなかったが、桜の体の事については訊いておく。

 桜曰く、まったく問題ないとのこと。
 本人がそういうなら、俺の心配など杞憂だろう。俺はただ、それを素直に喜べばいい。



 居間に徐々に人が集まり始め、調理もまもなく終わろうとする頃。
 よろよろと居間に入ってくる男が一人。

「おはよう、士郎、桜さん」

「ああ………、おはよう、志貴」

 ニコリと笑い、朝の挨拶をする志貴。

「あれ? あんたら名前で呼ぶ程仲良くなったの?」

 すでにテーブルについている遠坂が口を挟む。

「まぁ、昨日ちょっと、な」

 はぐらかすように言う。

 ────そうなのだ。
 昨日の志貴のお願い。それが、これ。

 なんでそんなことを言って来たのかはわからないが、それはこちらも望むところだ。
 ほとんど年の離れていない男に敬語を使われるってのも慣れてなかったしな。

 ………まぁ、そんなものは建前で、遠坂に黙っててくれればこんなもの、お安い御用です、はい。





 朝食の準備も完了し、皆で食卓を囲む。
 これだけの人数の料理となると、作った身としてもいっそ壮観だ。

 基本的に食事中は静かである。
 藤ねぇがいないのが最大の要因ではあるんだけれど。

 黙々と食べる皆を余所に、桜が口を開く。

「姉さん。わたし、先輩にキスしちゃいました」

「「「ブッふぁっ!!」」」

 口に含んでいたモノが吐き出される。

 ちょっ、桜っ!

「な、なんですって?」

「聞こえませんでしたか? 先輩とキスした、って言ったんです」

くすくすと笑い、姉に視線を送る桜。

 当の遠坂は視線だけで人を殺せそうなほど、俺を睨む。
 …………なんで俺なんですか?

「へぇ、衛宮くん。
 わたしというものがありながら桜にも手を出してたの………。
 ふぅーん」

「いや、ちょ、待ってくれ遠坂。俺は何も────」

「言い訳なんて見苦しいわよ? あとでわたしの部屋に来てね、衛宮くん。
 あんたもよ? 桜」

 弁解しようとする俺を余所に、赤い笑顔を向けてくる遠坂。
 ああ、なんでこんなことに…………。





/5


 朝食後、遠坂さんに連れて行かれた士郎と桜さん。
 無事に帰ってこれればいいけど……。

 そんな俺の心配を余所に、語り合う赤と黒の男。

「おい、アーチャー。お前もあんなことあったのか?」

 ニヤニヤしているアサシン。

「知らんな。私とアイツは既に存在を別としたモノ。
 それにかつての私がどうであったかなど、既に覚えていない」

「なんだそれ。つまんないな」

 本当につまらなさげに、アサシンは言う。



 ─────今日見た、夢。

 アサシンとアーチャーの出会いと別れ。
 二人は敵として出会い、友として別れた。

 それなら彼らの世界と俺たちの世界はすでに違うものなのだろう。
 なぜなら、すでに俺たちは出会っているのだから。

 いや────違うな。
 出会いは敵として。これに間違いはない。

 俺と士郎の出会いは柳洞寺だ。
 最初は敵と認識し出会ったのだから、あの夢に間違いはない。

 ただ、出会う場所が違う。
 僅かかどうかはわからないが、ズレているのは間違いないようだ。

 まぁ、未来なんて考えたってわかるわけないか。
 分からないから未来なんだから。





 ────ほどなくして三人が戻って来た。
 決着、ついたのかな?





/6


 ピリピリしている。
 空気が張り詰め、今にも割れそうな風船のように。

 昨日の事を俺の口から説明させられ、仕方なく全部話した。
 それに桜は動じた様子もなく、淡々と聞いていた。
 遠坂の方は青筋が立ってるのがありありとわかってもう恐いのなんの。

 それでも最後に桜はこう言った。
 自分の気持ちにけじめをつけたかった、と。

 おそらくだが、俺への想いを捨て新しい道を歩む、ということなのだろう。
 俺は遠坂が好きだし、桜の想いに答えることはできない。

 ならその選択は、俺にとっても桜にとっても良い事なのだと思うのだ、が。

「そう。あなた、本当にそれでいいのね?」

「─────え?」

 遠坂の言葉に、桜が驚く。
 それはそうだ。
 俺ですら遠坂の言葉の真意が理解できない。

「あんた、本当にそれでいいの? 諦めちゃっていいわけ?」

「──────」

 その答えに、俺も桜も言葉に詰まる。
 何を言ってるんだ? 遠坂は。

「欲しいんだったら腕づくで奪ってみなさいな。
 ま、わたしは渡す気はないけどね〜」

 そう言って俺に腕を回してくる遠坂。
 自分で言っておいて顔が赤いのは何故だろうか。

「お、おい、遠坂……」

 何故諦めようとしていた桜を焚きつけるようなことを言うのか。
 理解できない。

「あんたは黙ってて。
 いじいじして、ずっと側にいたくせに想いも伝えられず、誰かのモノになったらあっさり身を引くわけ?
 情けないわね、同じ遠坂の者として涙が出てくるわ。
 そうでしょう?─────遠坂桜」

「──────」

「遠坂………桜?」

 その言葉に目を見開く。

「そうよ、あんたは遠坂桜。私の妹よ。
 遠坂の人間なら、欲しいものは奪いなさい。遠慮なんかいらないわよ?」

 そう言って微笑む遠坂。

「──────ぁ……」

 口に手をあて、涙ぐむ桜。
 ああ、またか………コイツは。コツンと遠坂の頭を小突く。

「いたっ。何すんのよ、士郎」

 悪態をつきながらも、その顔には笑顔が見える。
 やれやれ…………。



 こうして間桐桜は、遠坂桜として、新たなる一歩を踏み出す。





/7


 ────居間へと戻って来た後。

「では凛。昨日の朝、言おうとした今後の行動を話してもらえますか」

 シオンが口を開き、場は重々しい雰囲気へと変わっていく。

「その前に、桜。あんたに頼みがあるわ」

 それに首を傾げる桜。

「なんでしょうか?」

「間桐の蔵書の中に聖杯戦争についての記述がないか、調べて欲しいの。
 欲しい情報は聖杯戦争のシステムに関することよ」

 ただ聖杯を破壊しても聖杯戦争は止まらない。
 ならその根幹、システム自体を破壊すれば、あるいは。

 しかし、それを聞き考え込む桜。

 それもそうか………。
 間桐の家にはいい思い出はほとんどないのだろう。
 蔵書を漁る、ということは自身を苦しめた間桐の魔術書にも手を出す可能性もある。

「……わかりました。すぐに家に戻って調べてみます」

 それでもはい、と言ってくれた桜。
 ありがとう───必ず、この戦いを終わらせて見せるから。





 桜が居間を出て行った後。

「じゃ、話を戻しましょ。
 えっと、私たちがまず最初にする行動。それは────」

「それは?」

「聖杯の確保、よ」

 聖杯────。
 前回はイリヤスフィールの心臓を核とし、人間の体を器としていた。
 まさか、今回も───。

「私たちの目的は聖杯の破壊。
 もしシオンが以前言ったように別のシステムがあるとしても、
 最後に降臨するのはこっちなんだからこれも確保しておく必要があるわ。
 それとシオンたちの目的。
 タタリが聖杯戦争を利用しようとしているのは聞いたけど、目的が明確じゃないわよね。
 サーヴァント自身になることが目的なのか、聖杯を手に入れるのが目的なのか。
 わからないなら一応確保しておいて損はないでしょ?」

「………そうか。
 もし聖杯が全ての望みを叶え、根源の渦へとさえ、道を開くと思っているのなら。
 タタリの目的は────」

 シオンはそこで言葉を区切り、考えを巡らせる。

「わかりました。聖杯を確保する為、動きましょう。
 それで、その在り処はわかっているのですか?」

「聖杯はアインツベルンが造る。
 そして、わたしたちが出会った他のマスターは貴女達を含めて四人。
 あと一人、出会っていないマスターがいるのよ」

「それがアインツベルン、か」

「そ。というわけで、郊外にあるアインツベルン城に行きましょ。
 ついでにシステムについても何かわかれば、なおいいんだけど」

 アインツベルンが聖杯を造り、マスターとして参加しているとしたら。
 本拠地であるアインツベルン城に聖杯があり、マスターもいるってことか。
 でも─────。

「なぁ、遠坂。アインツベルン城はぶっ壊れたんじゃなかったか?」

 俺とアーチャーが戦ったり、ランサーが火を放ったり。
 確認はしてないが、もうボロボロの筈だと思うけど。

「あれからどれくらい経ってると思ってんのよ。
 あそこはアインツベルンの本拠地なんだから修繕するなり、新しく持ってくるなりしてるわよ」

 ………確認していない以上反論もできないな。
 相手も魔術師だし、それくらいしても不思議じゃない、か。

「もう一つ。
 今回の聖杯も────前回と同じなのか?」

 イリヤスフィール───救えなかった雪の少女。
 もう、あんな悲劇は御免だ。

「それはなんとも言えないわね。
 今回も人型、生物かもしれないし、もしかしたら無機物かもしれない。
 それを確かめる為にも、行けば全部分かるでしょう」

「私が参加した第四回目の時は、無機物の聖杯でした」

 セイバーが口を挟む。
 そうか。別にカタチは決まっているわけじゃないのか。

 まあ、どちらだとしても構わない。
 あんなことが二度と起きないように、最善を尽くすのみだ。

「よし。行こう、アインツベルン城へ」

 それに皆が頷く。

「結構な遠出になるから、準備は万全にね。
 士郎、タクシー呼んどいて」

 各々準備の為、散っていく。

 とりあえず俺は電話して、後は………軽い飯でも作っておくか。





 ─────これを契機に、歯車は加速度的に廻り始める。

 この先に何があるのか。
 それを知る者は─────未だいない。









後書きと解説

桜救済を一応の形で終え、本編へと戻ってきました。

※修正
凛と桜のやり取りをほとんど改訂。
すいません、自分で書いといてなんなんですが納得できなかったので。
こっちの方が凛と桜らしいかな、と私は思います。
こういう改訂が出来るのもウェブ上で公開するメリットってことでどうかお一つ。

十五話の方も、最後の桜の言葉が違ってますがさほど大きな違いでもない、かな?






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