四日月 朝/誓い






/1


「うっ………」

 目が覚めると身体の節々に痛みを覚える。
 ああ、そうか。あの後、そのまま畳で寝たんだっけか。そりゃ身体が痛いはずだ。

 と、枕など準備していなかったはずなのに頭の後ろに柔らかいものがある。
 ゆっくりと瞼を開けるとそこには───

「目が覚めましたか、シロウ。おはようございます」

 ──かつて月の輝く夜に出会った少女の姿があった。

「あれ……セイバー?」

 セイバーの顔を見上げたまま問いかける。

「はい、シロウ。どうしたのですか? あなたの目覚めが悪いとは珍しいですね」

 小さな笑顔を湛えながら、手で髪を梳く。
 あれ、ちょっと待て俺。
 セイバーの顔が目の前にあり頭の後ろには柔らかいもの……。
 ガバッと起きてセイバーの前で正座する。

「わ、悪い、セイバー。ずっとその……そうしててくれたのか?」

 顔が真っ赤になっているのが自分でもわかる。

「はい。あまりにもシロウが寝苦しそうにしていたものですから」

「あーえっと、ごめんな。……それとありがとう」

「いえ、礼には及びません。
 この身は凛のサーヴァントではありますが、貴方との誓いは健在だ」

 剣を胸の前に構える格好をするセイバー。
 ………セイバー。それは何か違う気がするぞ。

「ああ、そっか。遠坂、セイバーの召喚に成功したんだな。良かった。
 本当は俺が召喚するつもりだったんだけど」

 セイバーはいつも見ていたあの服装、白のブラウスと紺のスカートを纏っていた。
 遠坂持ってきてたのか。

「ええ、昨夜凛とアーチャーに聞きました。
 きっとこれには何か意味があるのでしょう」

 ……意味、か。
 俺がアイツを召喚した意味──そんなもの、あるのか?

「まあ、積もる話は後だ。朝食の準備、しないとな。
 ああ、それとセイバー。おはよう、そして久しぶり。また逢えて良かった」

「はい、シロウ。私も同じ気持ちです」

 そう微笑む彼女の顔は、見たことがないほど優しかった──。







/2


 セイバーと共に居間へ向かう。
 朝食を楽しみにしているであろう彼女の為にもいっちょ頑張るとするか。

 ───で。

 トントントンと小気味良く響く包丁の音。
 グツグツと音をたて、良い匂いが漂ってくる鍋。

 居間に入るとそこにいたのは──

「………おい」

「なんだ」

「……なにしてんだ」

「見てわからんか。朝食を作っている」

 ──アーチャーである。

 律儀にもエプロンを身に纏い、これぞ主夫! と言わんが如く。
 服もいつもの赤い外套ではなく、上下とも真っ黒な服装だ。

「くッ………台所半分貸せ」

 その言葉に口元を歪ませるアーチャー。

「ほう──私と勝負する気か? いいだろう。ついて来れるか?」

 ニヤニヤする赤いヤツを無視し、愛用のエプロンを身に纏う。
 落ち着け。
 そうだ。俺は創る者だ。勝てるものを想像すればいい。
 そう───いつだって衛宮士郎の敵は衛宮士郎なんだから!!

 トントントン

「なんだ、その切り方は。もっとこう───」

「………」

 ジャージャージャー

「おい、火が強すぎるぞ。その料理は───」

「………」

 (盛り付けている)

「待て待て。食とは味覚だけでなく見た目も──」

「だぁーーーーーーーー! もううるせーーーーーーーー!!」

 その時───スパンッ! と居間の襖が開いた。
 そこにいたのは幽鬼のような眼つきをした遠坂さん。

「………」

 呆然とする俺とアーチャーを余所にユラユラと居間を通り、冷蔵庫から牛乳を取り出す。
 セイバーは何事もないように定位置に座り優雅にお茶を飲んでいる。

 牛乳パックからコポコポとコップに注ぎ、腰に手を当てグイッと飲み干す。

「と、遠坂……」
「り、凛………」

 戸惑う俺たちに遠坂さんはこちらを向いてニッコリ。
 満面の笑みを───否、あれは赤いあくまの微笑み………。
 その笑顔のまま俺たちに向かって左手の人差し指を突き出す。

 あの………遠坂さん? ………僕たち何かしましたか………?

「あんたら………朝っぱらからうるっさいのよーーーーーーーー!!」

 ───後は語るまでもないだろう。




 朝食は何故か無事だったので、居間のテーブルへと運ぶ。
 俺とアーチャー二人がかりで作った朝食は夕食といっても過言ではない量があった。
 しかしそれだけの量も虎と獅子(+桜)の前にはあっという間に消滅。
 ちなみの二人のことはセイバーは帰郷した俺達の後を追い観光に来たことにし、アーチャーはセイバーの親戚ということにしておいた。
 遠坂の話術は虎に対して効果バツグンである。

 二人が出掛けた後、これからの事についての作戦会議を始める。

「さて、これからのことだけど。午後からはとりあえず教会にいくわよ。
 あんまり意味は無いけど登録も必要だし、少しでも情報が欲しいしね」

 そう切り出したのは遠坂。
 各々腰掛け、遠坂の言葉の続きを待つ。

「これが一番重要なんだけど、わたし達は聖杯の真実を知っている。
 わたし達が聖杯戦争に参加する目的は聖杯の完全な破壊。
 これに異論のある人は?」

 聖杯──かつて慎二の体とイリヤの心臓を核として具現化した黒き泥と肉の塊。
 あれは人の願いを叶えるなんてものじゃないし、人の世にあるべきものでもない。
 俺は首を横に振り、セイバーは力強く頷いた。
 アーチャーも黙したまま頷いているように見える。

「あと一応これも聞いておかないとね。サーヴァントは願いを叶える為に呼び出される。
 聖杯が無くとも叶えられる願いはあるでしょう? アーチャー。アンタ、本当に願いはないの?」

「ああ。呼び出されたからここにいる。それ以上でもそれ以下でもない」

 目を閉じ黙々と語る赤い騎士。

「セイバー。あなたは?」

「はい。あの戦いのあと、私は自らの時代に戻りました。
 そしてその生涯を駆け抜け、幕を下ろすことができたのです」

そうか。じゃあセイバーは世界との契約を破棄したのか。それはつまり───

「セイバー。じゃあもう迷いは、未練はないのか?」

「ええ。シロウとアーチャー。
 お二人の戦いを見ることで、その生き方を感じることで私自身の生きた道も、間違いではなかったと、信じることができました。
 貴方達のおかげです。シロウ、アーチャー」

 深々と頭を下げるセイバー。

 それを見て俺は思う。
 あの戦い───答えを失い、答えを得た戦い。自らの希望を懸け、自らの理想と戦ったあの戦いは。
 得るものなど何もなく、ただ自分を確かめるだけに自分の影を叩きのめそうとしただけ。
 もし、そんなものでも、この少女の心を救うことができたのなら。

 ただそれだけで───意味のあったものなんだ、と。

「ところで、セイバー。未練はなさそうだけど願いはないの?」

 感慨に耽る俺を余所に、遠坂は問いかける。

「願い───ですか。
 最後に聖剣を振るったあの時は、貴方達二人の行く末を見届けたいと願いました。
 しかし、シロウには凛が、凛にはシロウがいる。私の力は必要ないでしょう」

 そう──胸に手を当て答えるセイバーの顔は、穏やかで。
 心の底からそう思っているようだった。

「何言ってんのよ。この朴念仁にはね、周りに人が必要なのよ。
 ほっとくと勝手にどこまでも飛んでいっちゃう。
 コイツを一人で引き止めておくのって結構大変なのよ」

 人を手から離れた風船みたいに言ってのける遠坂。

「む、遠坂。俺は遠坂を置いてどこかになんて行かないぞ」

 きっとこれは本心。
 衛宮士郎は遠坂凛と共にある限りその道を間違えることはないのだから。

「どの口がそれを言うのよ。
 最近ルヴィアにちょっかい出してるじゃない」

「なッ……! ルヴィアには執事としてだな───」

 そう。俺はエーデルフェルト邸で執事のアルバイトをしているのである。
 そのおかげか、こう、人に対する礼節からお茶の淹れ方まで格段に上達したはずだ。
 ……そこの赤いヤロウには未だ届かないが。

「む。それはいけませんね、シロウ。
 凛というものがありながら他の女性に手を出すとは」

 バッと手を前に突き出し立ち上がるセイバー。
 ちょッ! セイバー! 今にもフルアーマー化しそうな勢いで睨むなよ!
 おい、そこの赤いの! ニヤニヤしてないで助けやがれ!!

「だからセイバー。
 あなたはこの戦いを生き残りなさい。これは命令よ」

 立ち上がり、右手を差し出すように構える遠坂。
 キィンという音と共に遠坂の右手が光る。

「なっ────凛! このようなことに令呪を使うなど!!」

 令呪は瞬間的な命令には莫大な効果を発揮するが、長期的な命令には効果が薄い。
 遠坂の今の使い方は令呪として正しい使い方ではない。

 けれど───

「いいのよ、セイバー。これは誓い。
 セイバー、あなたは生き残る為に戦いなさい。そしてわたし達と共に在りなさい」

 これはきっと遠坂の優しさ。
 俺たちと共に在りたいと願う彼女の心を決めさせる厳しい優しさ。
 まったく………相変わらず遠坂の優しさはわかりにくいな。

 その言葉を聞き、セイバーはそっと胸に手を当てる。

「………わかりました。我が剣に誓い、私の心は常に貴女達と共に。
 必ず、この戦いを生き残ると誓いましょう」

 晴れやかな顔で見詰め合う二人の少女。
 その在り方はとても────とても綺麗に見えた。





/3


 作戦会議が終わり、午後までの時間が暇になってしまった。
 どうしようかと考えていると──

「衛宮士郎。道場へ来い」

 ──アーチャーがそんなことを言ってきた。
 言うだけ行って本人は足早に道場の方へと消えていく。
 まさか……やる気か?

 眉をひそめながら言われたとおり道場の方へと向かう。
 道場に入るといつもの赤い外套を身に纏い、佇む騎士の姿があった。

「何の用だ?」

 目の前の男は組んでいたを腕をスッと下ろし、瞬間的に愛用の剣、干将莫邪を投影した。

「おい、なんのつもりだ。
 俺に害意はないんじゃなかったのか?」

「ああ、そうだ。さっさと剣を投影しろ」

「───何?」

「鍛えてやると言っているのだ」

 ………は? こいつが俺を?

「……どういう風の吹き回しだ?」

「勘違いするな。おまえの為などでは無い。
 おまえと共に歩むと決めた凛の、セイバーの為だ」

「──────」

「何。正義の味方が守るべき対象に守られる場面を想像してあまりにも滑稽に見えたのでな。
 少しだけ手を貸してやろうと思っただけだ」

 ククッ、と口元を吊り上げて笑うアーチャー。

「──────」

 こいつにどんな思惑があるかは知らない。けど、こいつとの戦いは必ず俺の力になる。
 ………安いプライドなど捨ててしまえ。
 全てを救うことはできなくとも、せめて自分に見える世界を救う為に───!

「………本気で行くぞ」

 そう言い、構えを取る。

「無論だ。本気でなくてはオレ(・・)の剣製にはついて来れんぞ」

投影(トレース)開始(オン)

 両の手に干将莫邪を投影する。

「───行くぞ!」





/4


 あの後、私は自室に戻り、教会へ向かう準備をしていた。
 物に溢れる荷物を漁り、宝石の入った小箱を取り出す。
 念の為いくつかの宝石をポシェットに収め、準備は完了。
 時間まで誰かと話をしようと居間に行くとセイバーの姿しかなかった。

「あれ、セイバーだけ? 士郎とアーチャーはどうしたの?」

 テーブルに腰を落ち着け、お茶とお茶菓子を堪能しているセイバー。

「彼らは道場に行きましたよ。
 おそらく特訓でもしているのでしょう」

「あの二人が? へえー」

 どんなことしているんだろうと見に行こうとする私に、

「凛、邪魔をしてはいけませんよ」

 と立ち上がり私の行く手を阻むセイバー。

「わかってるわよ。ちょっと見に行くだけよ」

「ダメです。これはアーチャーの意思ですから」

 グイグイと押され、半ば無理矢理に座らせられてしまう。

「アーチャーの? どういうこと?」

「昨日の夜、いえもう今日でしたか。
 凛が土蔵を出て行った後、私とアーチャーは少し話をしました」

 先を促す私。

「先程アーチャーは願いは無い、と言っていましたが彼には彼なりの思惑があるようです。
 詳しくは教えて貰えませんでしたが」

「ふーん。それが今してることに関係があるってこと?」

「おそらくは。
 道場にシロウと二人でいる時は誰も近づけないでくれ、と頼まれましたから」

 本当は私が稽古をつけたいところですが。
 と続け、お茶を飲み、お茶菓子を頬張るセイバー。

 確かに耳を澄ませば微かに剣と剣のぶつかりあう音が聞こえる。
 あの二人が戦うってことは剣製を競い合うってこと。
 つまり真剣での勝負をしているってことだろう。

「無茶してないといいけどね」

 ────それだけが心配。
 なんといってもあの士郎なのだ。自分の限界を見極めもせず、どこまでもどこまでも突っ走っていく。

「アーチャーがついていますし、大丈夫でしょう」

「……それはそれで心配なんだけどね」

 あの二人が自分の意思で戦っているのだ。わたしの口を挟む余地なんてない。
 無茶だけはしないで欲しいと、ただ───祈る。





/5


「───ッハァ! ────はぁ!」

 響くのは鉄と鉄が奏でる衝撃音。
 十合、二十合とお互いの幻想をぶつけ合う。

 呼吸が乱れる。
 ──乱れた呼吸を瞬時に整える。
 息吹の乱れはそのまま投影の精度に影響を与えるからだ。

 アーチャーと剣を合わせ初めてからどれくらいの時間が経ったのだろう。
 ぶつかり合う剣と剣は、そのイメージに乱れが生じた方から砕けていく。

 剣を合わせる度に理解する。
 まだまだ甘いと。
 この男の背中は──遥か遠くにあるのだと、思い知らされる。

「どうした衛宮士郎! 投影の速度が落ちているぞ!」

「───くっ……そ!」

 振り下ろされる干将に合わせ、砕けた干将の代わりを瞬時に創造する。
 が、その剣は一刀のもとに砕け散る。

「───ッ!」

「莫迦者! 速度を上げて精度を落とすとは何事か!
 速度を上げて精度も上げろ!!」

「ッくぅ───!」

 無茶な注文をする!
 だが、衛宮士郎にとってこれはたった一つの武器。たった一つ許された魔術。
 これしかできない以上、これを極めるしか道はない。

 そうだ、衛宮士郎。俺にとっての魔術とは自己との戦い。
 内面へと心を飛ばし───自分自身へと沈み込め。

 創造の理念を鑑定し
 基本となる骨子を想定し
 構成された材質を複製し
 製作に及ぶ技術を模倣し
 成長に至る経験に共感し
 蓄積された年月を再現する。

 そして───その全てを凌駕し尽せ───!!







「まさか本当にぶっ倒れるまでやるとはね。呆れた」

 額に手を当て、はぁ〜と深くため息をつき、呆れる遠坂。

 俺はあの後、投影のし過ぎで倒れてしまった。
 今は遠坂に魔力を分けて貰って大分落ち着いている。

「ふん。あの程度で倒れるとは。まだまだ甘いな、衛宮士郎」

 ぶっ倒れた俺とは違い、ピンピンしている赤いヤツ。
 鼻を鳴らし、口元を吊り上げる。
 ムカつくが事実な以上は仕方がない。

「────だが、得るものはあっただろう?」

「………ああ」

 これも事実。
 自分の未熟さを思い知り、理想の遠さを思い知る。
 何よりあいつと剣を合わせるだけで、あいつの全てが流れ込んでくるのだ。
 それにより俺の剣の丘の、剣のストックは格段に増えている。
 外面と内面を同時に鍛えられる効果的な特訓だ。
 感謝しなければならないな。
 まあ───自分に感謝ってのもアレだけど。

「はいはい。ご飯食べたら教会行くわよ、準備なさい」

 その言葉と共に───舞台はようやく外へと移る。









後書きと解説

今回はFate陣営の朝、ということでセイバーさんの誓いと士郎君の特訓編でした。いかがでしょうか。
セイバーさん、生き残ることを誓ってしまいました。
セイバー至上主義者じゃないんですが(弓×凛派)、彼女には楽しく生きて貰いたいと思います。
まぁ結末がどうなるかはわかりませんが。

凛様のわかりにくい優しさ。って書くのムズイですね。
言いたかったことは、迷いがあるってことはそれが自分のやりたいことだけど、
それが正しいかどうかわからないから迷うのです。
で、凛様は強制的にその後押しをした、という訳です。

後は士郎×弓の特訓ですか。
どこかでアーチャーが士郎に友好的に特訓するSSを見たことがありますがうちのアーチャーはツンツンしてます。
ツンツンしながらも世話焼きな人、それがアーチャーの在るべき姿だと夢想しております。
それにやっぱりアーチャーにはニヒルな笑いと皮肉が似合いますから。

で、今回の解説とか。
セイバーのその後…Fate陣は凛トゥルーを主軸としているのでセイバーはあの丘へ帰ったはずです。生涯を駆け抜け最後はアヴァロンへ。となると思うのですが、アーサー王ほどのものが英霊にならない理由があるのか、ということが気になります。妖精郷がどんな異界であろうと所詮世界の一部のはず。なら英霊の座に居てもおかしくないんじゃない?と妄想しております。それに英霊は人々の理想によって編まれたもののはずですから。

アーチャーについて…トゥルーの最後、Answerで「この答えはこの時限りのもの。次に召喚されたら忘れてる」とありましたが、それならなんで心が磨耗したんでしょうね?生きてる間はちゃんと理想を貫いていたはずですし、磨耗したのは英霊になった後のはず。ならどんなに小さな答えだろうとそれは彼の心に影響を与えるものだと信じてこのSSをお送りしております。






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