十一日月 夜/蒼崎大戦-前編 /1 ────新都にある中央公園。 この地域に住んでいた人々から、全てを奪いつくした大火災。 その中心地にして、あの惨状を現代に残す唯一の場所、それがこの公園である。 公園という名がついてはいるが、人々の憩いの場として使われる事は殆どない。 それもそうだろう。 十二年前のあの日より、まったくと言っていいほど人の手が入っていないのだ。 火災は広範囲に渡ったが、その他の地域は今では人々の賑わうオフィス街へとその姿を変えている。 ならば、何故この地だけがあの日のままなのだろうか。 あるのは見渡す限りの背の低い草、枯れ果てた木々、そして申し訳なさそうにある幾つかのベンチ。 それがこの公園の現状だ。 だがそれは一般人から見た視点。 魔術的に見るのなら、ここは一種の固有結界に近い様相を呈している。 ここで死んだ人々の怨念と無念と、吐き出された黒い泥により色の無い世界を体現する。 そんな、もはや死んだような公園で。 今宵────至上最凶最悪の姉妹が邂逅を果たす。 /2 ────夜。 それは魔術師にとって特別な時間。 世界を覆う黒い闇は、日常に溶け込み非日常に生きる魔術師達にはお似合いだ。 過去へと歩みゼロを目指す。 何かに憑かれたように、ただただ研究に没頭し、世代を入れ替えいつか真理へと到達させる。 それが────魔術師。 だが、今はそんなことはどうでもいい。 この地にいる魔術師にとって、夜は戦いの時間だ。 神秘を秘匿とする魔術師が争う以上、人目につきやすい日中の戦いを避けるのは当然といえる。 必然的に人々が、世界が眠りに就く夜が戦場となるのだ。 黒の画用紙を思わせる闇の空に、宝石をばら撒いたように星達が煌めく。 そこに一際大きく白い穴を穿つ楕円の月。 真円を描くにはまだ遠く、僅かに欠けているのが目に視える。 曰く、月は異界の門であるという。 だからあれは太陽を映す鏡などではなく、あちら側の風景を覗いているのだと。 また、古来より月は信仰の対象にして畏怖の対象でもあった。 ただそこにあるだけで美しく。 闇夜を照らす一条の光は、人々の心にさえ光を灯す。 しかし黒の世界にぽっかりと穴を開けるその様は、時に酷く恐怖を覚える。 その、神代より魔術と女と死を孕んできた白い月。 それを背に、二つの影が時を待つ。 /3 ────風は亡い。 見渡す限りの灰色の世界で。 女性は煙草を咥え、ただソイツらの登場を待つ。 高まる緊張。 ピリピリとした気配が辺りを包み、ただの人間なら迷うことなく逃げ出すだろう。 だが、このセカイにただの人間などいるはずもない。 いるのは輪廻の輪から外れし者と、自らの意思で逆しまの道を歩む者だけだ。 そこへ、もう一つの影が口を開く。 「自分達から呼び出しておいて遅れてくるとは。 マスター共々高が知れているな」 その言葉に呼応するかのように、一陣の風が吹き抜ける。 音と共に灰色の穂波がざわめき立ち、演者の登場を自らのうねりを持って歓迎する。 風が過ぎ去ったその場所に。 青の魔法使いとその従者が姿を現した。 「はぁい♪ 姉貴。元気してるー?」 右手を挙げ、ニコリと微笑む妹。 それはまるで、十年来の旧友と久々に出会った時のように。 再会の挨拶を交わす。 「久しぶりだな、青子。おまえが私から魔眼殺しを奪った時以来か?」 対する姉は笑みすら見せず、ただ眼前の妹を見据える。 「あー、そういえばそんなこともあったわねー。 まあ、ちゃんとアレは役に立ってるから。安心してよね」 「さっさと返せ。あれに一体幾らつぎ込んだと思っている」 「それは無理よ。もうあげちゃったし」 その言葉に。 橙子の口元が痙攣したようにつり上がる。 「あげた……だと? 貴様、私の傑作をそこいらの人間にくれてやったというのか」 睨みつける眼光は、怒気を通り越し殺気を放つ。 「そこいらの人間じゃないわ。 私が目をつけた可愛い男の子よ」 二人の間を風が駆け抜ける。 視線を交わしたまま、姉妹はどちらも口を開かない。 それは時間にして数秒か、数分か。 「貴様…………私を舐めているのか?」 「別に舐めてなんかいないわよ? ただ事実を言っただけだから」 「……もういい。貴様は後だ。先にそっちの小僧に用がある」 「あ、何よ。まだ話は終わってないわ。今度はこっちの番なんだから。 姉貴、私の名義で勝手にお金引き出さないでよね。協会に居場所を言いつけるわよ?」 関心を無くされた事に腹が立ったのか、捲くし立てるように言葉を紡ぐ。 「────ほう。 魔法使い様ともあろうお方が、子供が教師に告げ口をするような事をなさると。 中々に狭量だな、青子。 それに、そもそもの原因はおまえが私からお気に入りの魔眼殺しを強奪したからだ。 返せば止めてやる。ほら、さっさと渡したヤツから取り返して来い」 「だからそれは無理だって。姉貴って案外バカ?」 大気が軋み、鏡にナイフを突き立てた時のように亀裂が奔り。 殺意と敵意が入り乱れ、辺りの草木を震撼させる。 そこへ。 「くっくっく。あんたら、やっぱ最高だよ。 俺様の目に狂いは無かったね」 心底可笑しそうに少年は腹を抱え、ただ哂う。 「ずっと見てたい気もするんだけどさ。やっぱりそういうわけには行かないでしょ。 橙子は青子よりこっちに用があるみたいだしね」 それにオレンジ色の魔術師は答える。 「ああ、そうだ。まずはおまえを殺す。青子はその後だ」 その言葉に橙子の従者、ライダーが声を上げる。 「マスター。 まさか貴公、あのサーヴァントと戦りあうつもりではあるまいな?」 「無論、そのつもりだが」 何か問題でもあるのか、と言わんが如くライダーの言葉を切って捨てる。 「────何を馬鹿な。 いかにマスターが魔術師として優れているとはいえ、サーヴァントに勝てるわけが無い。 聡明な貴公ならそれくらい解っているのだろう?」 ライダーが橙子に寄せるは絶対の信頼。 それもその筈。何より自身を召喚した女性なのだ。 それが最高クラスの魔術師でないわけがない。 「ああ、十分理解している。だが────これは譲れないな、ライダー」 咥えていた煙草を放り捨て、碧眼の少年を見据え、たった一言言葉を紡ぐ。 「おまえは、私をあの名で呼んだ」 『殺してみろよ。 『───── 冬木大橋での戦いの最後。 少年はこの言葉を残し、蒼崎橙子の元を去った。 「げっ。キャスター、本当にあの名前で呼んじゃったの?」 ひそひそと自分の従者に声を掛ける青子。 その顔は、先程までのにこやかな顔とは異なり、血の気が僅かに引いている。 「ああ。その方が面白いだろ?」 それに臆面もなく言葉を返す金髪の少年。 「あ〜ぁ。君そりゃ死んだわよ。 じゃあね、キャスター。短い付き合いだったわ」 「何言ってんだか。たかが人間に俺様が負ける筈ないだろ」 「……君。私のサーヴァントだってこと、分かって言ってる?」 「ああ、もちろん。この身は偉大なる魔法使い様めのしがない一従者でございます故」 芝居がかった動作で恭しく礼をするキャスター。 「ま、いいわ。 私はあの銀ピカっぽいおじ様と戦ってくるから。 君も精々頑張んなさいな」 ひらひらと手を振り、青子はキャスターから距離を取る。 一方、もう一つの主従はというと。 視線を交し合う橙子とライダー。 お互い譲れないものがあるらしく、一歩も引く様子は無い。 だが。 「────ふう、やはり我がマスターは頑固者だ。 それが貴公の良いところでもあるのだが。仕方がない。主の命には逆らえんからな」 やれやれ、といった感で橙子を見つめるライダー。 「マスターがあのサーヴァントの相手をするのなら、私はあのマスターの相手をするとしようか」 敵マスターを先に殺してしまえば、橙子への危険がぐっと減る。 その考えの下、ライダーは青子との戦いの場へと足を向ける。 「ライダー」 背後よりかかるマスターの声。 「何用かな」 「油断するなよ。何と言っても、あいつは私の妹だからな」 「────了承した」 激励を背に。 銀色の王は、魔法使いとの戦いの場へと歩を進める。 /4 ────対峙するは青の魔法使いと銀の征服王。 「ん〜、久々ね。こんな強そうな奴と戦るのは」 ぐぐっと体を撓らせ、準備運動を始める青子。 その間にライダーは己が宝具を展開する。 「マスターに油断するなと言われているのでな。本気で行かせて貰おう」 周囲の空間が歪み、そこから無数の兵士が姿を現す。 「ん、んっ、そうね。でなきゃ死ぬのは貴方だろうし」 それに怯んだ様子も無く、体を解す。 「いーよっし。準備完了ー」 準備運動を終えた青子がライダーを見据えるが、まだ動く様子は無い。 そこでライダーはさらなる一手を打つ。 「来い──── 空間を歪ませ、ライダーの背後より来るは愛馬ブケファロス。 常に戦場の最前線に立ち、自ら兵を率いたイスカンダル。 幾多の戦いを共に駆け、常勝無敗、自軍を共に勝利へと導いた存在。 これに騎乗し、兵を指揮することによりイスカンダルはその全ての力を発揮する。 だが、この宝具自体に攻撃能力は存在しない。 この宝具は他の宝具を一時的に強化する支援宝具。 ────故に。 「□□□□□□□───────!!」 バビロンより現れた兵士がその士気を上げる。 そして更にその数を増やす配下。 槍兵から始まり、剣兵、弓兵、そして騎兵。 「な、何? 一体………」 辺りを埋め尽くすほどの大軍に、さすがの青子も僅かに怯む。 イスカンダルはライダーであってライダーではない。 彼は真実、王なのだ。王には王の戦い方があり、これこそが彼の戦いの真骨頂。 つまり──────彼は、 ────ここに戦いの準備は完了した。 「行くぞ、メイガス────覚悟の程は良いか?」 「うっわー。こりゃマジで戦らなきゃマズいかも」 周囲を包囲する無数の兵。 たかが一人の人間を相手にするには、些か多すぎる大軍だ。 呼吸を正し、眼前の敵兵を見据える。 腹は決まった。後は全てを殲滅するのみ。 「────行くわよ、サーヴァント。 伊達に破壊しか出来ない女って呼ばれてないんだから」 ここに一人対一軍、殲滅者同士の戦いが幕を開ける────! /5 ────公園の片隅。 「…………あれがライダーの本気か。 くっく。あれでは青子も苦戦せざるを得まい」 自然口元が緩む。 その圧倒的な包囲網を見やり、自身の引いたカードに間違いはなかったと確信する。 あちらの戦争に対し、こちらはあくまで個人の決戦だ。 対峙するはオレンジ色の魔術師とクラス・キャスターの少年。 キャスターの能力は全くと言っていいほど割れていない。 それもそうだ。 姿を見せたのはあの橋上の戦いのみ。 戦闘を行ったことなどなく、これまでその力を隠してきたのだ。 「とりあえず自己紹介しておこうか。俺様はサーヴァント・キャスター。 真名は────パラケルスス」 ……ありえない。 自分からその真名を明かすサーヴァントがどこの世界にいようか。 余程の自信家か、あるいは。 「ほう、自ら正体を明かす程の愚か者か。 まあ、こちらとしては都合がいい。 それにしてもパラケルスス? あの医師にして錬金術師のか」 パラケルスス────本名はテオフラトゥス・フィリップス・アウレオールス・ボンバトゥス・フォン・ホーエンハイム。 このパラケルススという名は二つの異なる説がある。一つはドイツ語のホーエンハイムをラテン語化したもの。もう一つは古代ローマの医師ケルススを越えるという意味であるとの説。 またはその両者か。 その存在は謎多き人物である。 表向きは医師であり、裏では魔術師──錬金術師であったのでは、と思われている。 曰く、完全なホムンクルスを造り上げた。 曰く、アゾットという名の魔剣を所有していた。 曰く、賢者の石を精製、所有していた。 だがその詳細な過去を知る者は既に亡く。 彼の死後はその伝説だけが一人歩きし、より彼の謎を深めた。 ──────が。 それは表向きの話だ。 彼は希代の才能を有する天才だった。医師としても、錬金術師としても。 故に、彼はその身を追われたのだ。 天により与えられたその才により。 権威に媚びぬその性格により。 神秘を日の目に晒そうとしたことにより。 表の世界には妥協を許さず、その傲慢とさえ取れるプライドの高さ故に追われ。 裏の世界にはその稀有の才能と、神秘を晒そうとしたことにより封印指定として追われた。 それでも彼は世界を放浪し、生涯自身の意思を貫き、人々に己の自論を説き続けた。 故に世界にその名を残し、死後も伝説が一人歩きするほどに不動の地位を確立している。 「ご明察。さすがは同じ封印指定の人形師」 「チッ。それで、おまえがその本物だというのか?」 苦々しげに舌打ちをする。 もし本物ならその力は如何ほどのものだろうか。 英霊は人々の伝説によって加工される。 生前だけでなく、伝説にまでその力を付加されては想像すらできはしまい。 それに英霊は全盛期の姿で召喚される。 パラケルススがその頭角を現し始めたのはもっと年老いた時期の筈。 あのような十四、五歳の少年の姿で召喚されるなど、ありえない。 「いやいや。 俺様はパラケルススであってパラケルススではない存在」 「────どういうことだ」 「さあね、お喋りはここまで。訊き出してみろよ、傷んだ赤色」 「は。余程死にたいらしいな。ならば疾く逝け」 ここに、二人の封印指定の魔術師。 希代の人形師と希代の錬金術師の戦いが幕を開ける。 後書きと解説 予想より長くなったので分けて掲載。前半戦、出会いから開幕まででした。 とりあえず青子vsライダー。 イスカは元よりライダーっぽくするつもりはありませんでした。 やはり王であるべきだ、と。 ロードは英語で支配者?みたいな感じっぽい、のかな。 あえて統率者と書いてますが。王っぽいし。支配者も王っぽいか……。 橙子vsキャスター。 パラケルススは表向きの部分はネットより拾ったもの。 本名すら諸説あるっぽいですね、このお方。 裏側は型月世界に沿うように捏造した感じです。 天才医師にして天才錬金術師。 しかも後世は世界を放浪。 なら追われててもいいんじゃない?ってことで封印指定に。 この方がインパクトあるかなー、と思いまして。 まぁ半オリキャラってことで勘弁を。 後編ではバトルと決着、かな。 鯖能力表は後編アップ後掲載します。 back next |