十一日月 夜/蒼崎大戦-後編






/1


「だーりゃあーーーーーー」

 赤い髪の女性の間延びした声が辺りに響く。
 だがそれも自らの放つ爆音によって上書きされ、暗い空へと消えていった。



 ────ありえない。



 彼の脳裏をよぎったのはそんな言葉だった。

 戦闘開始から数分。
 未だこの一人の人間対一国の軍団の戦いは続けられていた。

 たかが一人の人間相手に一国の軍隊を持ち出すのもどうかと思うが、事実、その人間は未だ地に膝をつかず、舞うように敵兵を蹴散らし続けている。

 否──舞うように、ではない。
 彼女は実際に戦場で演舞を繰り広げているのだ。

 四方から襲い来る無数の兵士。
 それをその手から、その足から繰り出される光の弾によって駆逐していく。

 その光弾は触れる者を消し去り、線状にある全てのモノを薙ぎ払っていく。



 ────ありえない。



 再度同じ言葉が脳裏をよぎる。

 なんだ、これは。
 一体何を目にしている? あれは魔術師どころか人間ですらない。

 あれはまさに砲台だ。
 それも、ただの砲台などでは無い。

 絶えず撃ち続ける速射性、全てを消し去る破壊力、さらには再装填の必要が無い砲台。
 そんな砲台が有り得ようか────いや、無い。

 開始時の位置より動くことなく彼女は一人、踊り続ける。
 それだけで辺りを囲む敵兵はその姿を消し、接近することすら許さない。

 まさに、マジックガンナーの呼び名に相応しい実力。

「クッ。これが、魔法使いの実力か」

 笑みが零れる。
 自身の誇る無敵の兵団を為す術もなく駆逐されているにも関わらず。

 銀色の王は一人、笑う。







「どりゃーーーーーー」

 響く声。轟く爆音。壊れる兵士。

 蒼崎青子は魔法使いという事を抜きにしても異端の魔術師だ。
 魔術を行使する際、触媒によるバックアップを好まず、魔力をそのまま破壊に変えている。

 それは衛宮士郎と相似した魔術。
 衛宮士郎が己が魔力で幻想を編むのに対し、蒼崎青子は己が魔力で破壊を具現する。

それに蒼崎青子は破壊しかできない、と思われているが実はそうではない。
破壊を行う為に必要な技術、魔術は習得しているのだ。

 それが本人の鍛錬によるものか、蒼崎の遺産によるものか、はたまた魔法使い故のものなのか。
 それは解らないが、事実彼女はノタリコンを行使する。



 ノタリコン────「テムラー」「ゲマトリア」と並ぶ、ヘブライ式の暗号術「カバラ秘文」の一つ。
 意味は「速記」。
 単語の頭や後ろの文字のみを記述することで極限まで呪術的意味を込めた文章を短縮できる。
 つまり、すべての暗号秘文には表の意味と裏の意味があり、
 そのためにあらゆる呪文詠唱式魔術では最速の詠唱手段とされている。



 つまり本来長大な詠唱を必要とする魔術も、彼女の手にかかれば最速で最大の効果を発揮する。
 そもそも詠唱とは自己に対する暗示である。
 故に彼女の発する言葉には彼女だけが理解できる意味が込められているのだろう。

 そして彼女を彼女たらしめているもう一つの要因。
 それが魔力消費の燃費の良さ。
 通常十の魔力を必要とする魔術も、彼女ならその百分の一程度で発動を可能とする。

 ノタリコンを基本とした魔術行使による高速詠唱。
 際限なく魔術を発動し続ける、燃費の良さ。

 故に────“無限回転”
 それが彼女を破壊に関しては希代の魔女と云わしめるものなのだ。




「あーもー、次から次へと……いい加減疲れたわ……っね!」

 繰り出される光弾は次から次へと敵兵を破壊していく。
 それでも際限なく兵は現れ、一向にその数を減らさない。

 だが。

 パチンという消え入りそうな音と共に、その兵団全てが姿を消す。

「あれ? 終わり? つっかれたー」

 ようやく解放された青子は人心地着く。

「ああ。この方法では貴公を倒せそうにないのでな。
 こちらとて魔力は有限。
 先に尽きるは果たしてどちらか────考えるまでもない」

 言って腰に提げられた剣を抜く。

「これで決着だ。
 王としてではなく、騎士としてお相手願おう」

「へぇ──構わないわよ」

 お互いを見据え、距離を取る。
 交差したが最後、どちらかが膝をつき地に倒れ伏すだろう。



 ここに。
 一つの戦いが終幕を見る。





/2


「さて。こっちもさっさとやっちまおう。
 出し惜しみするのは性に合わないだろう? お互いさ」

 言って懐から一つの朱い赤い真紅の宝石のような物を取り出す。

「これ、なんだと思う?
 そう────これが俺様の宝具、賢者の石さ」



 賢者の石────万物、物質の流転を共通のテーマとする学問、錬金術の一つの到達点。
 様々な呼び名が存在し、石という名がついてはいるがそのカタチすら定かではない。
 曰く、卑金属を貴金属へと変換する力を持つ。
 曰く、人間に不老不死の力を与えるエリクサーである。
 曰く、等価交換の原則を無視し、練成を可能とする。
 その名は確かではなく、カタチも不確か、その能力すら不明。
 故に、これを一つの到達点とし、研究する者達を錬金術師と呼ぶ。



 彼の真名がパラケルススだというのなら、それを持っていても不思議ではない。
 それを見た橙子は驚きに目を丸くする。

「──────」

「声もでない? そりゃそうだよね。
 これを持ってる錬金術師なんて他にいないんだから」

 それはそうだろう。
 錬金術の中でも最も有名で、ありきたりなテーマ。それが物質の変換だ。
 アトラスの錬金術師は事象の変換をテーマとするが、それは本来の錬金術とは別物である。
 本来の、プラハの錬金術師達の目指すものは物質の流転、変換。
 その到達点がこの賢者の石なのだから。

 それを練成、所持しているということは、ある意味で辿り着いた事を指し示す。



 そう────それが、本物であるというのなら。



「くっく。くっ、あははは、あはははははははは!」

 腹を抱え、蒼崎橙子が笑い出す。

 それを怪訝そうに見やるキャスター。
 気でも違ったのか、と。

「おやおや。本物の賢者の石を見て興奮しちゃった?」

「くっくっくっくっく。あははははは。
 これが笑わずにいられるものか。
 こいつは傑作だ! さすが青子のサーヴァントだよ!」

 笑いは止まらず、仄かに暗い空へ無情にも響き渡る。

「────おい。何がそんなに可笑しい」

「あーはっははは、あはは。はは………コホン。
 あー、こんなに笑わせて貰ったのは久しぶりだ。礼を言うよ」

 ようやく収まったのか、表情から笑みが消える。

「何がそんなに可笑しかったのかと、訊いてるんだ」

「──くっ。思い出させるな。何が可笑しかった、か。
 …………そうだな。全部可笑しかった、とでも言うべきか」

 ポケットより煙草を取り出し、ライターで火をつける。

「────何?」

 肺に溜まった紫煙を吐き出し、先を紡ぐ。

「おまえ、最初に言っただろう?。
 自分はパラケルススであってパラケルススではない、と」

「ああ、そうだ」

「あれの意味を教えてくれないか?
 でなければ、何が可笑しいのか説明しにくいのでな」

 僅かに一考した後。

「ハ、まぁいいだろう。
 俺様がパラケルススであってパラケルススでない理由。
 それは本物のパラケルススは賢者の石を持っていないからだ」

「────ほう?」

 オレンジ色の魔術師は興味深げに先を促す。

「確かにパラケルススは稀有の才能を持つ者だった。
 だがそれでも辿り着けたのはおまえと同じ領域が限界。だから彼は封印指定を受けたんだ。
 まあ…………色々とやらかしたのも理由の一つだけどな」

 まるで他人事のように語るキャスター。

「────で? じゃあ今は私の前に立つおまえは何者だ?」

 それにニヤリと嗤い、彼にとっての真実を口にする。

「俺様は人々が生んだ伝説をカタチにしたパラケルスス。
 生前の行い故に死後も彼の残したモノは多くの人々の間で語り継がれたのさ。
 魔術師であった。錬金術師であった。ホムンクルスを造った。
 そして────賢者の石を精製した。後は言わなくてもわかるだろ?」

 つまり、彼はこの世界を生きた本物のパラケルススではなく。
 人々の伝説と化した「賢者の石を所有しているパラケルスス」をカタチにしたものだと、彼は言う。

「なんてったってウチのマスターは魔法使い様だからな。
 それくらい出来たってワケないだろ?」

 誇らしげに彼は語った。
 橙子はそれを聞き終わると────

「なるほどねぇ。いやいや、実に面白かった。
 じゃあ────死んでもらおうか」

 言って橙子は足元に置かれていた鞄をばたりと地面に蹴り倒した。
 その大きすぎる鞄は倒してもさほど形は変わらない。
 鞄と言うよりは立方体の匣と呼ぶべきか。

「おい。質問に答えてやったんだ。こっちの質問に答えろよ」

 それに思い出したように言葉を紡ぐ。

「ああ────何が可笑しかった、か。
 大別するなら、おまえの無知さ加減、かな」

 冷め切った目でキャスターを目視する。
 そこに、すでに感情は存在しなかった。

「────何?」

「本物の賢者の石、ね。
 それが何であるか、何ができるのか、私は知らない。
 あいにくと私は魔術師であり人形師であって、錬金術師ではないからな」

「だから…………何だ」

 その蟲けらを見るかのような橙子の視線に、キャスターは怖気づく。

「だから何だと訊いている!」

 咥えた煙草を口から離し、赤い宝石を見やる。

「……ただの一魔術師の目から見ても、それは────偽物だ。
 いや、偽物ですらないな。別物だ」

「な────に」

 ばたん、と音がした。
 橙子の足元の鞄が開いた音である。

 大きな鞄の中身は、それこそ闇だ。
 世界を覆う闇より黒い闇。
 月明かりさえ届かない、深淵の闇が鞄の中にはつまっていた。

 その中に、二つ、ある。



「何を勘違いしたのかは知らないが、そのザマで私に喧嘩を売ったのか」



 鞄の中には、光る──────二つの目が。

「な、んだ、それは……」

 その匣を見てキャスターは思う。
 鞄というには大きすぎる立方体。
 それは神話に出てくる、魔物を封じ込めた開けてはならない匣そのものではないか、と。

 匣から現れたエタイの知れない黒い生物は、茨のようにその触手を伸ばし、キャスターを絡め取る。

「くっ────離せ! 触るな!!」

 捕えられたキャスターはずりずりと匣の中へ引きずり込まれて行く。

「ほら、どうした?
 その自慢の賢者の石とやらを使って脱出を試みたらどうだ?」

 嘲笑うように橙子は謳う。

「くっ……そおおおおおおおお!」

 赤き石が光り輝き、その能力を発動する!



 ──────が。



 パリン。

 何かが弾けるような音。ガラスが割れるような音。

 それは────赤い宝石が砕けた音。

「バカな…………バカなバカなバカな!
 俺様は、俺様は魔法使いのサーヴァントだぞ!
 それが何故っ!!!」

 狂ったように吼えるキャスター。
 もはやそれに関心など微塵もないが、せめてもの餞に言葉を紡ぐ。

「確かにアイツは魔法使いだが、出来るのは破壊だけだ。
 どうせ適当な召喚で強引にお前を呼んだのだろう。
 確証などないが…………おまえはおそらく英霊ですらない」

 その間にキャスターは遂に匣の中へと吸い込まれた。
 そして足元から何千という小さな口によって咀嚼されていく。

「くそっ……やめろ、やめろ、やめろおおおおおおお!!」

 バリバリと生きたままキャスターは食べられていく。
 サーヴァントという特性上、心臓や首、頭がなくならない限り死にはしない。

「くっ………あっあっ……た、助け…………」

 懇願するキャスターを見下ろす橙子の瞳は嗤っていた。





「学院時代からの決まりでね。
 私を傷んだ赤色と呼んだ者は、例外なくブチ殺している」





「クハハハ、アハハハハハハハ! アヒャヒャヒャヒャ…フヒッ……ギャアァァァ!!」

 無様な断末魔を残し、キャスターはその姿を匣のうちへと消していった。

 残ったのは闇を灯す昏い匣とその持ち主、蒼崎橙子。





 ここに────人形師対錬金術師の戦いは幕を閉じた。





/3


「──────見事」

 決着はついた。

 何がどうなったのか、そんなものは瑣末な問題だ。
 結論は一つ。
 ライダーは蒼崎青子に敗北したという事。

 あえて敗因を挙げるのならば騎士として戦ったことだろうか。
 イスカンダルは騎乗兵でも剣士でもなく、王なのだ。

 王として戦うことこそ彼の宝具の真価を発揮する唯一の術。
 それが何を思ったか、最後に騎士として戦いを挑んだ。

 それがきっと敗因だろう。

 仰向けに倒れ伏し、夜空を見上げる。
 確かに負けはしたが────こういうのも悪くは無い。

「……名を聞かせて貰えないだろうか」

 彼女の名など知っている。
 今ここでその名を聞いても再度召喚された時には忘れているだろう。

 それでも、自身を倒したこの女性の名を、心に刻んでおきたいとただ、願う。

 ざぁーと辺りを風が駆け抜ける。

「私の名前は蒼崎青子。魔法使いよ。
 貴方は?」

「オレの名はイスカンダル。マケドニアの王だ」

「そう、結構楽しめたわ。
 縁があったらまた会いましょう」

 言って彼女は微笑を向ける。

「クッ。是非そう願いたいところだが……そうも如何だろう」

「そうかしら?
 人生何て何時何処で誰と出会うかわかんないんだから」

 それに口元が緩む。
 ああ、この女性は、心の底からそう思っているのだろう。

「確かに……そうかもしれんな。
 ではな、青子。縁が会ったらまた会おう」

 二度と会う事などないというのに。
 なぜか、そんな言葉が零れ落ちた。

「ああ、最後に。マスターに宜しく言っておいてくれないか」

 それに少し苦い顔をしながらも、

「あーうん。わかった、伝えとくわ」

 消え行く者の願いを聞き届けた。



 風に吹かれるようにイスカンダルの体は灰となり空を舞う。





/4


 二つの戦いが終わった。
 中央公園はいつもの静けさを取り戻し、何事もなかったように時は流れる。



 残ったのは二人のマスター、蒼崎橙子と蒼崎青子。
 その従者達の姿は既に無い。

「あー姉貴。イスカンダルがよろしくってさ」

 僅かに乱れた衣服を正しながら、姉に声をかける。

「────そうか。
 おまえのサーヴァントからは何もないな」

 逝ったか、イスカンダル。
 我ながら最高のカードを引いたと思ったのだがな。
 相手が悪かったか。



 ────辺りを風が駆け、敵意が包む。

 そう、まだ戦いは終わっていない。
 聖杯戦争と言う観点から見れば、サーヴァントを失った時点で両者共に敗北だ。

 だが、そんなものはこの姉妹にとって何も関係がない。
 橙子は依頼を受けたから、青子は頼まれたから参加したに過ぎないのだ。

 元より聖杯などに興味はあっても願うことなど存在しない。

 そんな二人は、未だ対立を続けている。

「────さて。ここからが本番だ」

 吸い切った煙草を放り捨て、対峙する女性を睨みつける。

「当ったり前じゃない。
 今日こそ決着つけてやるんだから」

 びしっと指先を突きつけ、宣戦布告する青子。

「ふん。それはこちらの台詞だ。
 私から奪った蒼崎の遺産、返してもらうぞ」

「別に姉貴から奪ったわけじゃないじゃない」

 確かに青子が橙子から直接奪ったわけではない。
 橙子が受け継ぐ筈だった遺産を青子が受け継いだだけの話。

 だが────

「同じことだよ、青子。
 私の手になくおまえの手にあるのなら、それはおまえが奪った事と何ら変わりはしない。
 だがそれは私のモノだ。だから取り返す」

 どのような経緯を経たとしても変わらない。
 彼女にとっては奪われた、という事実に違いはないのだから。

「相変わらず頭かったいわねー。
 まあ、いいわ。んじゃ────行くわよ」

「ああ────」





 出会ってはならなかった蒼崎姉妹。

 ────遂にその二人が雌雄を決する。





/5


 ──────ドクン。

 心臓が跳ねる。
 それは一度きりではなく、絶え間なく鼓動を続けている。

 このまま破裂してしまうのでは、という危惧すら無視し、心臓は脈打ち私の体温を上昇させる。
 ……体が熱い。

 火照る、なんて生易しいもんじゃない。これは、体の芯から焼けているのだ。

「がッ………は…」

 口から紅い赤いナニカが垂れる。

 なんだ? 私は一体どうしたと言うのだ?

 ヒューヒューと音をたて、喉が、肺が酸素を欲する。
 それでも必要十分な量の酸素を取り込めず、何度も何度も呼吸を繰り返す。

 口から熱した鉄の棒切れを突っ込まれたように。
 胃が、肺が、体の内側から溶かされるようにアツイ。

 その熱は体温を無理矢理に上昇させ、発汗を促進する。
 とめどなく汗は流れ、体中の水分を枯渇させる。

 喉が渇く。体が水分を欲する。
 だが、そんなものはない。もしあったとしてもだ。
 戦いの最中、水を飲む余裕など有り得ようか。

 ──これは地獄。
 このまま死ねるならどれほど喜ばしいことだろう。

 私は死んでもストックしてある私にスウィッチすることができる。
 それさえできれば、私をこんな目に合わせた奴をブチ殺してやれるというのに。

 だがそれも不可能だ。
 殺さぬ程度に生かされ、生きながら殺されている。
 これを地獄と呼ばず、なんと呼ぶ。

 そして視界に入るのは赤、紅、朱。

 赤い世界。紅い海。朱い空。

 目には赤しか入らない。
 なんだ、これは。

 まさかこれが式の体験した死の世界という奴か?

 ────何を莫迦な。

 私に「 」に到達することはできない。
 「 」には到達しうる手段があるのではなく、到達しえる人間がいるだけだ。

 でなければあの破壊しか出来ない女が到達できるワケがない。

 ……もし辿り着く手段を見つけたとしてもだ。
 それは必ず阻まれる。

 そう────抑止力。霊長の守護者によって阻まれるのだ。

 我々が我々である以上、アレには絶対に太刀打ちできない。
 それほどまでに、抑止力は道への到達を拒むのだ。

 ………………思考が逸れている。
 私らしくもない。それほどまでに私は動揺しているというのか。



 何たる不覚。



 とりあえず、現状を把握しろ。

 何が起きたのか? そうだ、私は青子と戦っていたはずだ。
 ならばこの目に映る赤は、私の血なのか?

 それこそ有り得ない。
 血を吐くような出来事は起こっていない。

 それだけは確かだ。
 なら、この赤は、ナンダ。



 まさか────青子の────?



 ……



 …………



 ………………



 ……………………



 …………………………思い、出した。



 そうだ────なんてことはない。
 何も起きてなどいないのだ。

 そう。
 私はただ──────────



































 ──────────麻婆豆腐を口にしただけだ。











 事の始まりは青子の一言だった。

「いつも大帝都じゃ面白くないし、この街の店にしない?」

 そう、青子が切り出したのだ。

「まあ構わん。
 だが、この時間に開いている店など少ないだろう」

 時刻は既に深夜に限りなく近い時間。
 こんな時間に開いている店など、二十四時間営業のファミレスぐらいのものか。

「ちょっと目をつけた店があるのよ。
 そこにしましょう」

 言ってすたすたと目的地へ歩を進める青子。
 どうやら新都にある店ではなく、深山町にあるようだ。



 新都からの歩きな以上、かなりの時間を費やした。
 辿り着いたのは、マウント深山商店街の一角に居を構える中華飯店。

 名は───

「紅州宴歳館、泰山? えらく本格的な中華料理屋だな」

「でしょう? ちょっと入ってみたかったのよ。
 あ、まだ電気ついてるわ」

 戸を開け、青子が中に入る。

「……まだ大丈夫っぽいわよー。姉貴も早く」

「────ああ」

 ……ここで気づくべきだったのだ。
 この扉が、地獄へと通じる門だということに。







 店内には人はおらず、本当に営業しているのかすら疑わしかった。
 まあ、こんな夜遅くに来る私たちも私たちだが。

「アイヤー、お二人ともとんでもない美人アルー。
 姉妹アルか? 全然似てないアルねー」

 青子がウエイターではなく、店主と受け答えをしている。
 その間に、メニューに一通り目を通す。

 だが。

「店主、この店で一番旨い料理はなんだ?」

 メニューを見ても味が分かる筈など無い。
 せっかく店主がいるのだから直接訊く方が建設的だ。

「そりゃー、マーボードーフしかないアル!
 自信を持ってオススメするアルよ!」

「ではそれを二人前頼む」

「アイヤー!すぐ作るから待ってるアルー!」

 言って厨房へと消えていく店主。
 ウエイター兼料理長兼店主…………か?

「さて、姉貴。ルール決めないとね」

 かつてはこのバカ青子ともガチで戦っていたのだが、終わった後には辺りに何も残らなかった。そう何度も何度も大地を更地に変え、大規模な魔術戦を繰り広げていれば協会や教会に知られないわけがなかった。

 流石に両者を敵に回して生きていくことの面倒さを考えれば、ある程度の妥協をせざるを得ない。よって今ではこのような勝負の方法を取っているのだ。

 ……まあ、聖杯戦争なんてモノをやっているこの土地ならバレはしないだろうが、何故か自然この勝負方法を取ってしまうあたり、慣れとは恐ろしいものと言うべきか。

「……いつもと対して変わらんだろう。焼肉が麻婆豆腐になっただけだ。
 制限時間は一時間。より多く食べた方の勝ち。
 敗者は勝者の言うことを必ず一つ聞く事。
 食べ放題じゃないから勘定も敗者持ちだ」

「麻婆豆腐って辛いんでしょ?
 水なしにしない? その方が面白そうだし」

「……構わんが」

 何故気づかなかったのだろう。
 この選択が、最後の望みを絶つ行為だということに。



「アイヤー! おまたせしたアル!
 マーボードーフアル!」

 数分後。
 二人の前にそれぞれ皿が置かれる。

 …………なんだ? これは。

 ぐつぐつとマグマのように煮立ち、白の器の中には真紅の海が広がっている。
 まるでスパイスだけを煮込んだような赤いタベモノ。

 これが…………麻婆豆腐だというのか?
 これを……今から食べるというのか!?

「あ、青子……」

 とりあえず同じ境遇に立たされているであろう、この店を選んだバカ妹に視線を移す。
 僅かに怯んだ顔を向けつつも、私の視線から言いたい事を感じ取ったのか、

「────逃げるの?」

 なんて不敵な笑みで挑発してきやがった。

「ハッ! 誰が貴様に背を向けるものか!
 この程度の麻婆、飲み干してくれるっ!!」

 ちょっとヤケになりつつもレンゲを取る。
 白のレンゲで赤い海を掬い取る。

 ────ゴクリ。

 喉が鳴る────体の芯が警告する。
 これを食べてはいけない、と。これは食べ物などではない、と警鐘を打ち鳴らす。

「じゃあ────勝負開始よ」

 向こうも覚悟を決めたのか、スタートの合図を切ろうとする。

「ああ────行くぞっ」

 切って落とされた落としたくなかった火蓋。
 意を決し、赤い世界を口へと放り込む!

「──────!?」

「──────!?」

 ぐっ……ナンダ、コレハ。

 喉が焼ける。食道が焼ける。胃が焼ける。私が焼ける。
 なんだこの辛さは。唐辛子を直接齧った方が幾分マシな気がするぞ。

 逸る心臓を抑えつけ、眼前へと視線を移す。
 同じように顔を顰めているであろう青子を見ようとするも、



「────おいしい!
 この辛さの中にある芳醇な旨み。幾重にもブレンドされた数々のスパイス。
 それが惹き立てるはこの白い豆腐! これぞ麻婆豆腐の至高の形!
 世界中色んな所行ったけど、こんなにおいしい麻婆豆腐は初めてよ!」

 ナニィィイィィィィィ!?!?

 何を言っている、この女!
 これが、これが旨いだと!?

 世界中で変な物を食いすぎて味覚がイかれたか!?
 それとも既に……そうか!
 この劇物に洗脳されているんだな!? そうだ、そうに違いない!

「早まるな、青子! これが旨いわけが──」

「アイヤー! お客さんわかってるアルね!
 これの美味しさがわかったのはアナタで二人目アルよ!!」

 なっ…………この店主!
 そんなモノを自慢の一品として出したというのか!

「そうよ? 姉貴、これ美味しいじゃない。
 それとも…………食べるの止めて私に負けを認める?」

 ニヤニヤと口元を歪ませている。

 ────くっ。これは明らかに不利だ。
 辛さしか感じない私と、旨いと言う青子。

 このまま戦っても負けは必然。
 だが、こいつにだけは背中を見せるわけにはいかない!

「くっ────食べてやるさ! 貴様には負けん!!」





 …………結末は知っての通り。
 その後、どうなったのかを知るのは当事者である蒼崎姉妹と店長である魃さんだけである。









後書きと解説

…………ギャー!、こんなオチでごめんなさい。
二人がガチでバトルの想像できませんでした。
それにバトルは鯖で沢山やったのでやっぱり最後は落とさないと、と思いまして。

なんで大食いバトルっぽいかというと大帝都のアレです。
あれはただの食べ放題の記録っぽいですが、二人が勝負するとどうなるんだろう、と。
いやー、それにあの二人がそこかしこで暴れまわるとほんとに何も残らなそうだし。
あー、うん。きっと疲れてたんでしょう。

とりあえず他の解説を。
青子の能力解説は得られた物とそこからの推測です。
メルブラの青子の攻撃ってキャス子の光弾に似てる気がしたんであんな感じに。
詠唱うんぬんはさすがに格ゲーで詠唱はしないでしょうが、
青子なら「どりゃー」でも魔術発動できるんじゃない?ってことで。
魔法使いを常識のモノサシで測っちゃダメです。

キャスターはザコっぽく書けたかな〜。
慎二をさらに小物っぽくした感じを目指したんですけど、どうか。
特化した人たちは特化しているからこそ光るんですよ。
だから、青子は破壊しか出来ない半人前故に召喚なんて適当でいいんです。
後は私はオリキャラが目立つ二次創作はあまり好きじゃないんでかませ犬っぽく。
オリキャラが原作キャラを踏み台にするのではなく。
原作キャラがオリキャラを踏み台にしてくれれば狙い的には成功です。

賢者の石、プラハの錬金術師は独自解釈です。
普通の錬金術師ってのが原作にいないのでネットから拾った物を参照。

キャスターの詳しい情報は鯖表の方に書きます。

青子がどうやってライダーに勝ったのかはご想像にお任せで。
魔術だけで勝ったのか、魔法を使ったのか。
ライダーはなんか良い人っぽくなったかな。
ギルが横暴なんでこういう王もいいかと。







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