十二日月 昼/宣戦布告






/1


 ────カランカラン



 この家に施された結界が警告音を鳴り響かせる。
 これは、侵入者の……!

「────凛!」

 武装したセイバーがマスターの指示を仰ぐ。
 だがその様は既に当たりをつけ、飛び出そうとしているようだ。

「セイバー! 庭よ……!」

 遠坂の言葉と共に、一息で縁側へと飛び出していく。

 俺たちに敵意を持ってこの家に侵入してくる者。
 それは他のマスターかそのサーヴァントしかありえない。
 あるいはその両方か。

 または────

「……まさか、ギルガメッシュか!?」

 あいつもその可能性の一つ。
 マスターを持たず、サーヴァントを殺す為に行動しているというのなら。
 昼も夜も関係なく動いていても不思議じゃない。
 むしろ一番可能性が高いのはギルガメッシュだろう。

「わからないわ! 急ぎましょう!」

 遠坂が駆け出し、それに皆も続いていく。
 縁側へと出、そこにいた者は────



「遅い。王を待たせるとは何事か、雑種ども」



 塀の上──そこにはやはり、やつの姿があった。
 だが、その姿はアインツベルン城で見た黄金の甲冑などではなく、二年前に見た黒の服装だった。

「ギルガメッシュ────!」

 やはり、アーチャーは……。

「ヤツと同じ贋作者(フェイカー)か。
 ──チッ、忌々しい。偽物の分際で我の手を煩わせおって」

 心底憎憎しげに言葉を吐き捨てるギルガメッシュ。

「……まあ良い。
 今日は争う為にわざわざ我自ら訪れてやったわけではない。
 騎士王、暗殺者。刃を納めるが良い」

「何────?」

 それは誰もが思ってもいなかった一言。
 確かに以前服が汚れる等という理解できない理由で去ったことはあるが……。
 今度は一体どういうつもりだ?

「貴様らとてこのような時分に事を荒立てるのは本意ではあるまい?
 故に我自ら舞台を用意してやると言うのだ。
 残るサーヴァントは三騎。終局は間もなく訪れる」

 なッ────既に残り三騎!?
 アーチャー、バーサーカーに続きコイツは二騎も倒したというのか!?

 俺の顔色から何かを悟ったのか、ギルガメッシュはこんなことを口にする。

「ああ──アーチャーとバーサーカー以外は我自ら手を下すまでもなかった。
 勝手に争い、勝手に消滅していったのだ。
 まあ、それが我のもっとも理想とした形だったがな」

 口元を歪め、そんな真実を語る。
 だが……そんなことは真実どうでもいい。
 今の俺たちにはコイツをどうやって倒すか、その一点のみ。

「……ギルガメッシュ。
 それで、おまえの用意する舞台ってのは?」

「何、簡単な事だ。
 明日の夜、新都にある中央公園で貴様らを待つ。
 我は慈悲深いのでな。
 最後の生を謳歌する時間くらいはくれてやろう」

 尊大に腕を組み、俺たちを見下ろす英雄王。
 そこには負ける、などという考えは微塵も存在しないようだ。
 ……まだ付け入る隙はある。
 油断、慢心してくれれば、こちらにも勝ち目が出てくるというものだ。

 チラリと遠坂に視線を移し、意見を請う。
 こくりと頷いてくれた。
 あの男がわざわざ条件を提示してくるのだ。
 飲まなければどうなるか、そんなもの、考えるまでもない。

「──わかった、ギルガメッシュ。明日の夜、中央公園で戦おう。
 そこで俺たちは……おまえを倒す」

「く、はは、くはははははははははは!
 我を倒す? 中々面白い戯言をほざくようになったな、雑種!
 いつかの時のようにはいかんぞ?」

 心底可笑しそうにギルガメッシュは笑い続ける。
 はっ、笑いたければ今のうちに笑っておけ。
 必ず後悔させてやる──!

「……くっくっく。
 ふむ、ではもうここには用はない。
 ああ、騎士王、暗殺者。一つ言っておこう」

 そこで言葉を区切り、セイバーとアサシンに視線を移す。

「我はそこにいる雑種どもには興味はない。
 連れてこなければ見逃してやるぞ? よく考えてから赴くのだな。
 ではな、セイバー。十二年前の決着、忌まわしきあの場所でケリをつけよう」

 それだけ言って塀の向こうへと姿を消す、ギルガメッシュ。
 とりあえず、日中の街を戦場にせずに済んだようだ。





/2


 居間へと戻り、全員が思案を巡らせる。
 期限は明日の夜。
 それまでにヤツを倒す方法を考え出さなくてはならない。

 静寂で包まれ、誰一人として口を開かない。

 それからどれほど経っただろうか。
 そこへ俯いていたセイバーがゆっくりと口を開く。

「────凛」

「却下───」

「───は?」

 驚きはセイバーのもの。
 当たり前か、話し出そうとした瞬間に切って捨てられたのだから。

「どうせ、明日は私とアサシンだけで行きますとかなんとか言う気でしょ?」

「そ、それは……」

 見透かしたように遠坂がセイバーを睨み、セイバーは視線を逸らす。
 やはり図星か。セイバーが考えそうなことだ。

「しかし凛。失礼を承知で言わせて頂きます。
 わざわざ皆で行っても、あの英雄王相手では凛たちは足手まといだ。
 あの男は以前のものとは何かが違う。
 ならば私たちで行くのが得策────」

「セイバー。少し思慮が足りてないわよ? もしセイバーとアサシンが二人で行ったとして、必ず勝って帰ってくるって断言できる?
 それに、あの金ピカがセイバーたちを誘い出して、わたし達を襲撃する可能性もゼロじゃないわ。金ピカがそうしなくても他のマスターがするかもしれない。
 あいつ言ってたでしょ? 残るは三騎って。つまり貴女たちの他にもう一人サーヴァントがいるのよ? そんな状態でマスターをほっぽりだしてあいつを倒しに行くの? ならアサシンを残して一人で行く? 冗談、それこそ無謀よ」

 がぁーっと捲くし立てるように言葉を紡ぐ遠坂。
 それに何の反論もできず、ただただきょとんとするセイバー。
 無理もない。俺たちも同じような心境だ。

 遠坂はだん、とテーブルを叩きセイバーを見つめる。

「わたしは誰かに任せて自分だけ安全なところにいるなんてこと、絶対にできない。
 わたしの魔術なんかあいつには効かないかもしれない。
 ただの足手まといかもしれない。
 それでもわたしは、貴女たちだけでなんて行かせない。
 マスターとサーヴァントは共に戦うものでしょう?」

 そういって微笑む遠坂。
 そうだ、俺も遠坂と気持ちは同じ。
 今までずっと一緒に戦ってきたんだ。ここで俺たちだけ除け者なんて。

「あっはっは。おまえの負けだよ、セイバー」

「……アサシン」

「俺もマスターたちを連れて行くことに同意するよ。
 確かに人数がいてもアイツに勝てるかどうかはわからない。
 だけどこっちのアドバンテージを捨ててたらアイツには勝てない気がする」

 それに目を瞑り一考するセイバー。
 深く己の内へと沈みこみ、考えを纏めようとしているようだ。
 ……考えが纏まったのか、ゆっくりと目を開き

「────わかりました。
 皆の力で必ずギルガメッシュを倒しましょう。
 アーチャーの為にも」

 その視線はまさしく最優の騎士、セイバーのもの。
 必ず勝つ、と。
 皆の力で勝利を得、この家に帰ってくると瞳が語る。

 そうだ。
 アイツが命を張って俺たちに開いてくれたこの道を。
 こんなところで途切れさせるわけには行かない。
 必ず勝って、皆でここに帰ってくるんだ。







 ────後はいつもの作戦会議。
 時は明日の夜。場所は中央公園。
 この条件で必ずあいつに勝てる策を考えだすだけだ。

「とりあえず彼の能力を教えて頂けますか。
 敵の戦力を把握しなければ対策の立てようもありませんので」

 そうシオンが切り出す。
 俺たちは知っていても志貴やシオンたちが知らないのは当たり前か。

「ギルガメッシュの戦い方は宝具を展開しての一斉掃射が基本だ」

 それがアイツの戦い方の基本。
 自分は踏ん反り返って突っ立ってるだけで相手を蹴散らすとんでもない宝具。

「あれを相手に正面から戦っては勝ち目がありません。
 サーヴァント程の技量かシロウの能力でもなければ防げないでしょう。
 アサシンほどの速度があれば回避は容易いでしょうが」

 セイバーが答える。

 確かに以前セイバーはアイツの掃射から俺を守ってくれた。
 それにギルガメッシュは唯一セイバーを恐れている。
 いかに無数の宝具を持とうとも、アイツは所詮アーチャー。
 接近戦ではセイバーに敵う筈がない。

「宝具の掃射は俺とセイバーで防ぎきれると思う。
 でもアイツにはまだ、エアって剣がある」

「────エア?」

「アインツベルン城で一瞬だけアイツが見せただろう?
 円柱みたいな形で剣っぽくない剣。
 あれがギルガメッシュの持つ最強の宝具。
 セイバーのエクスカリバーと同等、もしくはそれ以上の威力を持ってる」

 解析すら不可能な世界を切り裂いた剣、乖離剣エア。
 エクスカリバーですら一応投影は可能なのに、あの剣は解析すら不可能。
 一体何で出来てるんだ、あの剣。

「……話を聞いているとめちゃくちゃ反則っぽいね」

 志貴が顔を顰める。

 それはそうだ。
 アイツの存在自体、既に反則なんだから。
 全ての宝具の原典を持ち、かつエアなんていう最強の剣を持つ最古の英雄王。
 アイツは間違いなく英霊の中でもトップに立つ存在だ。

「あの金ピカの能力はわかった?
 じゃ、本題に入るわね。
 あいつに勝つには私たちの利点を最大限に活かす必要があるわ」

「確かにその通りですね。
 あの男は広範囲への掃射、多数を相手取ることに長けていました。
 広い場所での戦闘は相手の方が有利。
 ならばこちらが有利に動けるような場を形成することが上策でしょう」

 俺たちの利点……まずは人数の多さ。
 あっちは一人だけど、こっちはサーヴァント二人を含め七人。
 多面攻撃を仕掛けられるってのは大きい。
 だけどアイツにそんなものが通用するだろうか。
 ヘタをすれば利点が弱点になるなんてことも有り得る。

 俺個人に限って言えば固有結界か。
 ただ埋葬機関のシエルさんとか、アトラスのシオンがいる前で遠坂が使わせてくれるかどうか……。
 それにアーチャーが敗北していることから考えると……。
 アーチャーが固有結界を使ったのかどうかはわからない。
 だけどおそらくアイツは知っている。
 俺たちの記憶から噂を再現している以上、知っていない方がおかしい。
 それに俺がギルガメッシュに勝てたのはアイツが慢心していたからだ。
 本気を出されたら────……。

「ちょっと、士郎? 人の話聞いている?」

「あ?…………あ、悪い。ちょっと考え事してた」

 どうやら深く考え込んでいたようだ。
 むーっと睨まれても怖くないんだよなぁ、この遠坂は。
 というか遠坂の癖がうつったのか?
 いかん、いかん。ちゃんと話を聞かなければ。

「で──? なんだって? もう一回頼む」

「もう、後一回しか言わないからちゃんと聞きなさい。
 私たちの利点を活かした戦い方ってのはね────……………」







「…………なるほど。それは面白いかもな。
 今までそんなことはしたことないけど、不可能じゃないだろう」

 さすが遠坂ってとこか。
 都合これで二度目の聖杯戦争。過去の経験を活かした発想といえるだろう。
 うん、俺じゃ思いつかないな、そんなこと。

「そうですね。それが私たちの最大の利点でもありますから」

 セイバーもどうやら納得してくれたようだ。
 志貴たちもうんうん、と頷いている。

「へへー、そうでしょう?
 後の細かいところは皆の意見を聞いて調整していくとして……」

 にっこり微笑み立ち上がり、俺を見下ろす遠坂。……なにさ?



「────士郎。明日デートしましょう」



 そんな、トンデモナイことを口にした。









後書きと解説

あー……全然纏まらない。
なんだろう、突然詰まった感じです。

まあ、とりあえず23話目アップです。
敵はギルガメッシュ。宣戦布告してきた王に対して策を練る士郎達でした。
先輩とかほとんど喋ってないなぁ……一つ所にいる全員を動かすって難しい。
19話みたくバラけてくれると書きやすいんだけどなぁ。
うーん、作戦で大それたこと書いてますが果たして意外な展開にできるのか。
不安で不安でたまりません、はい。

ふと思ったのですが、エアって何なんでしょうね。
宝石剣やカリバーですら一応解析できるのにエアはそれすら不可能。
現実ではエアってのは神様の名前、だったかな?
でも型月ワールド的にいうなら原初の剣って感じですかね、個人的には。
橙子さんが人間の原型、アダムから根源の渦へと挑もうとしたように。
エアが全ての武器の原型なんじゃないかな、と。妄想ですけど。
ギル様全ての宝具の原典を持ってるけどその原典の原点。
それが最強の剣エアって感じで。
ということはギル様根源へと通じる道を持ってるってことに……。
いやーうん。想像は楽しいねってことです。






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