十二日月 昼〜夜/非日常のある日常






/1


 ────瞬間、世界から音が消失した。

 キイン、という耳鳴りにも似た音だけが耳朶に響く。

 座っている俺たちは彫像のように動かず、一人立ち上がっている人物を見上げ、目を丸くしている。
 立っているコトの張本人───まあ遠坂だが───はというと、結んでいない黒の髪を振り乱しながら、所在なさげにきょろきょろと辺りを見回し……あ、赤くなった。

 …………とりあえず現状を整理しようか。
 止まっていた思考回路を回転させる。

 えーっと、明日の夜ギルガメッシュとの総力戦を行うことになっている。
 それでその作戦会議を今までしていたんだ。うん、これは間違いない。

 で、遠坂がいきなり切り出したんだな。明日デートするって。
 ふむ…………なんでさ?
 こんな聖杯戦争の最中に? 明日決戦なのに?
 なに考えてるんだ、遠坂。

 どんなに考えても答えなど出る筈もない。
 きっとその答えに意義はないし、意味もないのだろう。
 さしあたっていうのなら、なんとなく、あたりが関の山か。
 ……二年近く一緒にいるけど、未だに遠坂の思考が読めん。

 そんな現実逃避にも似た分析をしていると、顔を赤くした遠坂が口を開く。

「ちょ、ちょっとみんな? わたしそんなにおかしいなこと言った?」

 僅かに上擦ったような声。
 それに示し合わせたように皆がこくり、と頷く。

「な、なんでよ!? 
 どうせ今から特訓とかしたって意味ないし、ここ最近どたばたしてたからちょっと息抜きでもしようかなーってだけじゃない!
 ちゃんと明日の夜は万全の態勢で臨めるように考えてるわよ!?」

 またもがぁーっと捲くし立てる遠坂。
 とりあえず拳を振り上げるのは如何なものか。

 というかこんな状況でも冷静でいられる自分が不思議だなぁ。
 二年前なら俺も真っ赤になってたんじゃなかろうか。
 月日は人を成長させるんだな……なんて年寄りくさい事を考えるんじゃなくて。

 あー……うん、まあずっとピリピリしっぱなしじゃ出せる力もだせない…か?
 これも遠坂なりの気遣いなんだろう、うん。
 それにしても内容が突飛すぎるんだよな。ちゃんと順を追って説明すればいいのに。

「と、とにかく! 明日はデートするんだからねっ!
 セイバーも一緒に行くんだから覚悟してなさいよ!」

「なっ────私もですか?」

 遠坂はセイバーの問いには答えず、フーッフーッと肩を上下させ、言いたいことを言って居間を出て行ってしまった。
 ……きっとああなったら梃子でも動かないだろうな、あいつ。
 ならば仕方あるまい。

 ぽりぽりと頭を掻きながら

「あー……えっと、そういうことだからさ。
 悪いんだけど俺たち三人は明日出掛けるから。
 早めに帰ってくるし、ちゃんと戦えるように準備もしておく」

 なんてことを志貴たちに言った。
 俺もつくづく甘いな……そんな甘さを嫌いじゃないと思ってる俺が言うのもなんだけど。

 俺の言葉にシオンはふむ、と頷き

「分かりました。
 息抜きは確かに必要なことですし、凛は秋葉に似て思慮深そうに見えて実は突飛的な所がある。
 しかし、貴方とセイバーが一緒なら大丈夫でしょう。
 明日は楽しんで来て下さい。
 それと、明日は私たちも出掛けたいのですが……よろしいですか? 志貴」

「……へ? 俺?」

 きょとんとした顔でシオンを見る志貴。
 その言葉は予想だにしていなかったのだろう。
 頭の上に?マークがたくさん浮かんでいるのが見えるようだ。

「ええ。少々付き合っていただきたい場所がありますので。
 如何でしょうか」

「え? あ、うん。俺は全然構わないけど」

 きょとんした顔から一転、状況は理解できてないけどオーケーな顔で爽やかに微笑む志貴。

「なっ、遠野君!?
 くっ、シオン・エルトナム! 貴女まさか……!
 そのようなこと、神が許しても私が許しませんよ!!」

 がばっと立ち上がり今にも黒鍵を取り出しそうな勢いで睨むシエルさん。
 仮にも聖職者の人がそんなことを言うのはどうかと思うんだけど……怖いからやめておこう。

 赤いあくまも言ってたしな。『人の恋路を邪魔するヤツは馬に蹴られても死ねないのよ。もちろん痛みは据え置きで』、とかなんとか。触らぬ神に祟りなしってヤツだ。

「何を言っているのですか? 代行者。別について来て貰っても構いませんが。
 アサシンもよろしくお願いします。
 日中とはいえ油断しないに越したことにはありませんから」

「……………………」

 今度はシエルさんがぴたりと動きを止め、目を丸くしている。
 ……おそらくシオンの考えていた内容とシエルさんの考えた内容に齟齬があったのだろう。

 あくまで冷静に見据えるシオンに対し、シエルさんは

「え、ええ。分かっていますとも。
 貴女にどんな思惑があるかは知りませんが、遠野君に危険が及ぶのは本意ではありません。
 よって私も同行しましょう」

 こほん、なんてわざとらしく咳を一つ、視線を逸らしながらそんなことを言った。

 聖堂教会の埋葬機関の第七位・弓のシエルなんて大層な肩書きを持ってるからもっと怖い人かと思っていたけど。
 中々どうして。俺の知ってる教会の人間がロクでもないせいもあるのだろう。

「というわけですので、明日は別行動という事でお願いします。
 私たちも夕食前には戻りますので」

「ああ、わかった」

 彼女の言葉に頷く。
 まあ、これで明日の予定は決定した。
 とりあえず今日の夜は作戦を煮詰めるとして、今すべきことは──

「さてと。昼食でも作るか」

 そろそろ昼も近い。
 と言ってもまだ二時間近くあるが、なんとなく手の込んだものを作りたい気分なのだ。

「ああ。待ってください、衛宮さん」

 立ち上がろうとした俺にシエルさんの声が掛かる。

「なんでしょう?」

「昼食は私に作らせてください。
 居候させて貰ってるのに何もしないワケにはいきませんし」

 そう言ってちらりとシオンに視線を移す。
 ああ……挑発しているように見えるのは俺の気のせいではないだろう。

「いや、でも────」

「大丈夫です! これでも一人暮らししてましたし、料理には自信がありますから!
 ほらほら、セイバーさんと稽古でもしててください」

 言葉を紡ぐことすらできず、ずずいっと居間から追い出されてしまった俺とセイバー。
 ……うむ、中々に強引な人だ。

「どうしよっか、セイバー」

 むむむ、と唸るセイバーを見下ろし意見を請う。

「私としてはシロウの手料理が食べたいところですが……あの様子では譲りそうもありませんね」

「だな。まあ、結構自信ありそうだしいいんじゃないか?
 上手いなら是非教授して貰いたいしな」

 桜や遠坂には負けてられないし。
 洋食や中華ならまだしも、和食ですら負けちまったら俺の存在意義が失われる。
 でもシエルさん、外人っぽいから和食は作らなそうだけど……。

「夜は俺が作るから、昼はシエルさんに任せよう。
 せっかくだし、久々に稽古つけてくれないか、セイバー」

 こっちに帰って来てからは専らアーチャーと打ち合ってたしな。
 セイバーとの稽古も為になるけど、アーチャーとのそれとは毛色が違う。
 アイツの全てを受け継げたのかはわからない。
 だけど、必ず俺の血肉となっている筈だ。

「わかりました。
 二年間の成果とアーチャーから得たものを見せてもらいましょう」

 言って道場の方へと歩み始める。
 優しげな微笑の中に、心なしか遠坂に似た邪悪な笑みが見えた気がするんだけど……。
 気のせい……だよな、セイバー?





/2


 ───場所は道場。

 張り詰めた空気。
 息をするのも憚れるほどの静けさが漂っている。

 眼前には竹刀を正眼で構えたセイバー。
 対する俺はアーチャー式の二刀流。

 わざわざ短めに投影した竹刀を両の手に携える。
 俺達の剣は二刀を扱う剣技。
 故に一刀ではその全てを出し切ることはできはしない。

 これは腹ごなしの訓練ではなく、俺の成長を師匠であるセイバーに見て貰う為のもの。
 ならば全力を出せる戦い方で臨まなければ失礼だろう。

 あれから二年。
 体格の成長と共に出来得る限りの研鑽を積んできたつもりだ。
 だが俺の力などまだまだ。
 アイツのように実戦の中で培われた経験が少なく、振るうに値する筋力も足りない。

 だがそれを埋めるものが俺にはある。
 アーチャーから託されたモノ。
 それが今、俺に足りない分を補強してくれる。

「はぁっ────!」

「くっ─────!」

 瞬きの間に俺との距離を詰めるセイバー。
 打ち下ろされた竹刀を両手の竹刀で受け止める。

 繰り出される剣戟は一撃一撃が必殺を意味している。
 一発でも貰えば即座に昏倒してしまうだろう。
 だが、いつかのようにはいかないぞ、セイバー!

「はっ───!」

「─────む」

 一撃の重さではセイバーには敵わない。
 ならば俺は俺の剣の長所、手数の多さで対応する。

 矢次早に剣を繰り出しセイバーに反撃の暇を与えない。

「──はっ──ふっ──たぁっ!」

「──────っ」

 だがそれでもセイバーは動じない。
 一定の距離を保ち、一刀で俺の剣の全てを捌ききり、反撃のチャンスを窺っている。
 さすがは剣の英霊。
 この程度じゃ通じないかっ!

 ならば隙を作るように剣戟を繰り出す。
 以前はわざと隙を作り、そこへ誘い込まれ一刀の元にやられた。
 今度はこっちが誘い込んで、そこへカウンターをお見舞いしてやるっ。

「はぁっ────!」

 上下左右から剣を振るい続ける。
 そして、くるりと背中を向け、セイバーの剣が反応した瞬間──

 そのままの回転速度で剣を繰り出す!──もらった!



「──────あれ?」

 なんだ? 天井が遠いぞ?
 ああ、俺は吹っ飛ばされて倒れているのか。

「……シロウ。戦闘の最中に敵に背を向けるとは何事ですか」

 はぁ、と心底呆れたようなに溜め息をついているセイバー。

「え? あーえっと、こう、くるりと回転してだな……」

 そうそう。一回転してその反動と速度を利用して一撃を……。
 むむ。セイバーの様子がおかしいぞ?
 半白眼で睨まれているような……あれ、まさか怒ってる?

「セ、セイバーさん?」

「確かに並の使い手ならば貴方の速度の方が上でしょう。
 ですが貴方の相手をしていたのは誰ですか?」

「……セイバーです」

「その通りです。
 ならば少し考えれば分かると思いますが。
 明らかに実力が上の相手に背を向けるなど愚の骨頂!
 わざわざ自分から敵を視界の外へと追いやるとは……。
 シロウは背中に目でもついているのですか?」

 いや、さすがにそれはありませんけど。

「それと。貴方はまだ自分の剣を理解していない。
 貴方達の剣は堅実な剣だ。
 その手数の多さで間合いを詰め、一瞬の隙を断つ。
 相手が攻勢に出てきても守勢に重点を置き、そこに僅かでも可能性があるのならそれを手繰り寄せ勝利を手にする。
 確かに相手を誘い込む手は有効ですが、貴方のそれは大きすぎる」

「─────────」

 言葉が出ない。
 俺よりもセイバーの方がずっと俺の剣を理解している。

 ────いつか見た校庭での青赤の戦い。
 そこで俺は何を見た。
 ────アーチャーとの打ち合い。
 そこで俺は何を見た。

「シロウ、立ちなさい。
 どうやらじっくりと打ち合う必要がありそうですね。
 御身に今一度、彼我の力の差を、己の剣を身を持って知ってもらいましょう。
 昼食までにはまだ十分に時間はあります。
 さあ、遠慮なくかかってきなさい!」

 ……俺は一体何を見てきたのか。
 二年間の研鑽の自負と、アーチャーから譲り受けたもの。
 それを活かしきればセイバーとさえ打ち合えると。
 ハッ、馬鹿馬鹿しい。何を自惚れているのか、俺は。

 それに俺はどこかで投影に頼っていたようだ。

 俺の投影は剣だけでなく、その経験すらも模倣(トレース)する。
 故に俺の技量が足りなくとも剣がその分を補う。
 投影する剣によって攻撃の多様性を出せるのも俺の能力の強み。

 でも、そんな戦い方じゃダメなんだ。
 骨子となる部分、俺自身が強くならないと。
 俺自身がその投影した剣を振るうに値する力を身につけないと。

 相手は可憐な少女とはいえ、サーヴァント。
 ブリテンの英雄アーサー王なのだ。
 ああ、なんて甘い。
 ここはじっくりとセイバーにしごかれるといたしますか。





/3


 ────それからどれほどの時間打ち合っただろうか。

 時刻は正午回るか回らないか、そんな頃。
 俺は床に大の字に倒れこみ、見えない空を見ている。
 節々が痛み、腐った性根ごと叩き直されたような気分。
 でもこれは、悪くない気分だ。

「ありがとう、セイバー。
 全然歯が立たなかったけど、なんだか清々しい気分だ」

「そのようなことはありません、シロウ。
 最初以降は徐々に動きが良くなり、あの頃とは比べるべくもなかった。
 やはり、この二年間は貴方に確かな成長を促したようだ」

 俺の傍らに座し、温かな、それでいて優しい笑みを向けてくるセイバー。

「そうかな。そうだったらいいんだけど」

「ええ。貴方は見違えるほど逞しくなった。
 身体も、心も。そして剣技も」

 なんだろ、この身体がムズムズするようなこの感じ。
 ……ああ、褒められることに慣れてないから、かな。
 遠坂もルヴィアも厳しいからなぁ。

 苦笑にも似た笑みをセイバーへと返す。

 そこへ。

「士郎、セイバーさん。昼食できたから居間へ…………」

 ひょっこり道場へ顔を出したのは志貴。
 なんだ? 固まってるぞ。

「あー……お邪魔だったかな?」

 何を勘違いしたのだろうか、そんなことを志貴は言う。
 倒れた身体を起こし、立ち上がる。

「いや、そんなことないよ。
 さ、行こうセイバー。十分腹も減ったしな」

「はい、シロウ」





/4


 居間へ入らずともわかる。この匂いは間違いなくカレーだ。
 カレーライスかカレーうどんか、はたまたカレーパンとか。
 いやいや、さすがにカレーパンはないだろう。
 オーブンなら作れなくもないけど、そこまで凝った事をしていないだろうし。

 セイバー、志貴と共に居間へと入る。



 ………………………なんだろう、これ。
 テーブルの上がカレーで満たされている。

 古今東西カレーを使う料理をとりあえず並べて見ました。
 どれでもお好きなカレーを召し上がれ? って感じだろうか。
 というか……この短時間でこれほどの量を作れるとは、いと恐ろしい。

「ああ、やっと来ましたか。衛宮さん、セイバーさん。
 ちょっと張り切って作りすぎてしまいました。
 遠野君と(不本意ながら)シオンにも手伝って貰ったんですよ」

 テヘッ、と笑うシエルさん。

 あーいや、確かに張り切ったようですね。
 しかし、その全てがカレーというのは如何なものか。
 申し訳なさそうに食卓に色を添えるサラダが神々しく見えるのは何故だろう。

「ちょっと士郎、セイバー? 突っ立ってないで座ったら。
 このカレー、かなり美味しいわよ」

 何事もなかったかのように何時も通りに食卓についている遠坂。
 さすがに切り替えは早いらしい。

 すでに遠坂はシエルさんのカレーに舌鼓を打っているようだ。
 しかも、遠坂の舌を唸らせるほどのカレーなのか。
 それは是非ご賞味に預からねば。

 いそいそと定位置につき、食前の感謝を済ませる。
 とりあえず眼前に置かれたカレーライスにスプーンを通す。
 何ともいえない食欲をそそる匂いを漂わせるカレーを口へと運ぶ。

 ……………むむむむむ。
 美味い。確かに美味い。遠坂が太鼓判を押すのも頷ける。
 しかし────

「どうですか?」

「とっても美味しいですよ。俺が作ってもこうはならないなぁ。
 ところで質問なんですけど、結構色んなスパイス入れてますよね?」

「あ、はい。さすが衛宮さんですね。そこに気がつくとは。
 私が常に持ち歩いている各種スパイスを織り込んだ渾身の作品です!」

 満面の笑みで嬉しそうに語るシエルさん。

 なるほど、持参したスパイスか。この味はうちにある香辛料じゃ出せないだろう。
 というかずっと留守にしていたから香辛料自体それほどない。

 それにしても、よっぽどのカレー好きなんだな。
 普通、香辛料なんて持ち歩いてないだろう……うん、ここは深く突っ込まないほうが良いような気がする。

 セイバーと打ち合ったせいか、カレーが美味しいせいか。
 自分でも不思議に思うほど食が進む。

 セイバーもコクコク頷きながら淀みなくスプーンを動かし続けている。
 志貴たちも談笑し、温かな昼食を楽しんでいるようだ。



 静かな食事もいいけど、やっぱり騒がしいくらいの食事の方が俺は好きだな。





/5


 食後の休憩を終え、後片付けをする。
 さすがに準備から後片付けまでしてもらうのは気が引けるので、後者は俺たちでやることにした。

 さすがのセイバーでもあの量は食べ切れなかったようだ。
 まあ、カレーなら一日寝かせても美味しさを保てるし、明日にでも食べればいいだろう。
 昼夜と同じ料理を食べるのは結構辛いし、夜は軽めのさっぱりしたものにでもしようか。

 カチャカチャと音を鳴らし、食器を洗う。
 傍らには遠坂、そしてセイバー。
 俺が洗い、遠坂が拭き、セイバーが片付ける。
 流れ作業のようにテキパキと大量の皿を捌いて行く。

「ふぃーっ、よし、終わりー」

「はい、おつかれさん」

「あー、士郎。わたしはこれから少しやることがあるから。
 部屋には入らないでね」

「ああ、わかった」

 言ってそそくさと自室へと戻る遠坂。

 とりあえず俺はっと……冷蔵庫の中身を確認する。
 あれほどの量のカレー料理を作ったのだから中身は結構減っているだろう。
 …………うむ。ニンジンだけ一本もないのが気になるが他の食材も軒並み少なくなってるな。
 これは後で買い物に行かないと。

 聖杯戦争もかなり終盤の筈。
 後数日分の食材を今日買いだめしておくか。

 となると人手が必要になるな。
 さすがに俺でもこの人数分のの食材を数日分を一人で持って帰ってくるのはちょっとツライ。

 遠坂はさっき出て行ったし、志貴たちは道場を借りたいって言ってたな。
 となると………。

 セイバーと俺の分の新たなお茶を淹れ、居間へと向かう。

「セイバー、後で買い物に付き合ってくれないか?」

 お茶とお茶請けを差し出しながら頼む。
 セイバーは既にそちらへと移っていた視線を上げ

「はい、構いませんが?」

 了承してくれた。

「ありがとう。多分一人じゃ持ちきれそうになくてさ。
 皆忙しそうだし、セイバーしか頼む人がいなくて」

「ええ、そのような事でしたら幾らでも。
 私もシロウの役に立てて嬉しい」

 よし。
 後は時間までセイバーとのんびりと過ごそう。
 たまにはこういうゆったりとした時間があっても悪くない。





/6


 セイバーと並んで坂道を歩く。
 辺りに人々の喧騒は少なく、空は快晴、雨の気配どころか雲一つありはしない。
 陽は天頂をとうに過ぎ、僅かに世界を赤く照らす。
 なんでもない町並み。なんでもない空色。

「そういえばセイバーとこうして買い物行くの、初めてだよな」

 そんな中、ふと頭をよぎった言葉を紡ぐ。

「そうですね。
 前回はこのような事はありませんでしたし、今回もシロウとは初めてです」

 そっか。桜のコトがあった時シオン達と買い物に行ったんだっけ。
 頼んだのはアーチャーだけど。

 セイバーと共にあった日。それは一ヶ月にも届かない儚い日々。
 戦う為、願いを叶える為に召喚に応じた剣の騎士。
 それは今回も変わらない。

 ──────だけど。

 今度の彼女の願いは王としてではなく、騎士としてではなく。
 セイバー本人の意思による願い。
 こんな穏やかな日常をセイバーと共に廻していけるのなら。
 それは、なんて。

「よし。手早く買い物済ましちまおう。
 終わったら一緒に大判焼き、食おうな」

「はい、シロウ」

 彼女の僅かに赤く照らし出されたその笑顔は、何よりもキレイだった。







 ────日常。
 そんなありふれた、誰でも持っているものを求めた者がいた。
 叶わないユメと知りながら、それを欲した者がいた。

 それは誰で、誰の願いで、誰の望みで、誰の希望だっただろう。









後書きと解説

これまでほとんど書かなかった日常パートを書いてみようと思ったら、
気がつけば士×剣風味な内容となってしまいました。

まぁ彼女はここまでほとんど出番がなかったし、こういうのもいいかな、と。
道場では凛々しさを、日常では穏やかさを。
snのセイバーもhaのセイバーもセイバーだと思いますので。






back   next