十三日月 昼/デート /1 深山町よりバスに揺られる事数分。 辿り着きたるは御馴染み、冬木市の半分を占める新都だ。 休日の為かいつもより人通りは多く、駅前パークは平日以上の賑わいをみせている。 これだけ多いと立っているのも億劫になってくる。とりあえずどこかに移動したいな。 俺の片手には遠坂に預けられた緑色のトートバッグ。 まあ何が入っているか、なんてのはこれまでの経験でなんとなく想像はできるけど。 言わぬが華というやつだ。 「さってと。どこから行こうかしらね」 きょろきょろと辺りを見回す遠坂。 ……帰郷した時は慌しく、それ以後もほとんど通り過ぎる事しかなかった新都。 よくよく見回してみれば、あの頃とは結構様変わりしているようだ。 以前あったものがなかったり。なかったものがあったりと。 年月の過ぎるのはこんなにも早く、あれから約二年か、と今更ながらに思い出す。 「んー、そうね。セイバー、貴女行きたいところとかある?」 「は? いえ、私にはまだよくわかりません。 凛達にお任せします」 「はい、期待通りの答えをありがとう。 そうね、久々に日本の映画でも観てみる?」 それに、“む、勝手が分からないのですから仕方ないではありませんか”という批難の目を浴びせるセイバー。 全くもってその通りだが、それに遠坂は気にした様子もない。 ……とりあえず遠坂の問いに答えよう。 「ああ、俺は別に構わないが」 イギリスにだって映画館くらい、もちろんある。 遠坂と何度か行った事もあるが、俺の英語は遠坂と藤ねえにみっちり英語を叩き込まれたとは言え、所詮付け焼刃、なんとか日常会話をこなせる程度である。 そんな俺が完全英語、字幕なしの映画を見たって全部を理解できるワケがないのでありまして。 日本語で上映される映画に思いを馳せても不思議ではないだろう。 「ん、じゃあとりあえず行ってみましょう」 ◇ とりあえず上映されてるのが二本。 “ネコアルク -THE MOVIE 2- 体はネコで出来ている” “ジャプニカ暗殺帳「ふくしゅう」編 〜許せない〜” ……なんだろう、これ。 そこはかとなく、嫌な予感がするんだが。 「な、なぁ、遠坂」 映画は止めにしないか、と声をかけようと振り返った時。 視界の隅に見慣れたような人影と、見慣れない人影が目に入った。 「────え? 志貴?」 俺達より僅かに離れた場所、入場口付近にて話をしている一組の男女。 正面から見ているわけではないから確証はない。 だがあの黒髪と大きめの眼鏡。……ってあれ? 志貴ってあんな真っ黒な服装してたっけ。 アサシンは全身真っ黒だけど、志貴はそこまで黒ずくめじゃなかった筈だ。 それと何か……志貴よりも大人びた雰囲気を感じる。……他人の空似か? そしてその人物と一緒にいる見慣れない人影。 古風な着物を身に纏う中性的な美人、あれは─── 「ランサーのマスターね」 見間違える筈がない。 乱雑に切られた黒髪に、白の着物が良く映えていて人目を惹く。 ……確か式って言ったか。 「セイバー。サーヴァントの気配は感じるか?」 「はい。彼女の背後に霊体となり、ついてきています」 となると、セイバー、アサシン以外の残りの一騎。 それがランサーってことか。 「……あっちもこっちに気づいてるわね。 だけどやる気はないみたい」 そりゃそうだ。 こんな街中でサーヴァント同士が争ったらどうなるかわかったもんじゃない。 「それにあの志貴に似てる男の人、一般人っぽいし。 映画は止めね、離れましょ」 「ああ」 言って踵を返す。 思いがけない出会いにより、残ったサーヴァントが誰であるか知ることができた。 だが俺たちの当面の敵は彼女らではなく、ギルガメッシュ。 あちらに戦意がない以上、こっちから手を出す必要もない。 振り返らず、映画館を後にする。 /2 映画を観る、という事を断念され、敵マスターとのニアミスがあったにも関わらず、遠坂は俺達をあっちへこっちへと引き摺り回す。 目に付くブティックに足を踏み入れ、気に入るものがあれば自分のだけでなく、セイバーの物も買い漁っていった。 それにセイバーは難色を示すも、遠坂の強引さに勝てる筈もなく、とっかえひっかえで試着しまくったのであった。 どうやら今日の彼女はマスターとしてでも魔術師としてでもなく、一人の少女として楽しんでいるようだった。 以前と同じく、煌びやかな女性二人は嫌でも人目を惹き、連れ回される俺にまでその視線が及んだ。 ……まあ、彼女らに向けられる視線と、俺に向けられる視線が全くの別物であったことは言うまでもないだろう。 ───そしていつしか場所は移り、深山町側にある海浜公園。 そこのベンチで俺達は人心地着いていた。 「つっかれた……。遠坂、忘れてただろ」 「……アンタだって何も言わなかったじゃない」 それにお互いジト目で睨みあう。 はぁ……何故こんな重要な事を忘れてしまっていたのだろうか。 「な、なんでしょうかシロウ。 そのような目で見られると困ります」 ついっと俺から視線を逸らすセイバー。 そう。何故、忘れていたのか。こいつが極度の負けず嫌いだということを。 事の起こりは二時間ほど前。 幾らかの買い物を終え、遠坂が『ちょっと体を動かさない?』なんて事を言った。 そして間近にあった新設のボーリング場へと入り、セイバーに説明を終えプレイ開始。 さすがのセイバーとはいえ最初のゲームで俺達に勝てる筈もなく。 『もう一ゲームやりましょう』 ……ここで気づいた。いや、気づいた時には時既に遅し、か。 後はもう以前の焼き回しだ。 セイバーが勝つまで俺達は、いや俺はピンを倒し続けたのであった。 「もう二度と忘れないわ。これから一緒に生活していくんだもの。 忘れちゃったら命に関わるわ」 それは大げさだと思うぞ。 「とりあえず、お昼にしましょう。もう二時過ぎだし、お腹空いてるでしょ? お弁当作ってきたから、準備よろしく」 ああ、そりゃもちろん。 二時間近くあの重い玉をなげっぱなしだったからな。 「わかった」 よっ、と立ち上がり、朝から持ち歩いていたトートバッグから敷物を取り出し、芝生に陣取る。 この快晴の空の下、皆で食べる昼飯はさぞ美味い物となるだろう。 ◇ 「──────ん?」 「どうしたの?」 「あ、いや、なんでもない」 芝生の上にシートを広げ終わり、三人で重箱のような弁当箱を囲む。 中身は手軽に食べられるサンドイッチといくつかのおかずだった。 そして俺がそれを見て疑問を口にしたのは、違和感。 一段目と二段目に敷き詰められるように入れられた、彩り鮮やかなサンドイッチは何かが違っていた。 片方は綺麗に切り揃えられ、具材もはみ出していない完璧なサンドイッチ。 もう片方は微妙に形が崩れていたり、少々無骨な感じのするサンドイッチだった。 なんだ? 遠坂の新手の謎かけか? 気になりながらも先に目に付いた方、形の少し悪いサンドイッチを手に取った。 そしてそれを口に運ぼうとすると── 「──────」 ──誰かが息を飲むような感じがした。 「???」 疑問に思いながらも手に持ったサンドイッチを口にする。 ……うん。形はちょっと悪かったけど、美味い。 「どうですか?」 セイバーが期待半分、不安半分といった感じで訊いてくる。 「ああ、美味いよ」 それにほぅ、と胸を撫で下ろすセイバー。なんでさ? 「その顔を見ると気づいてないみたいね、この鈍感」 「へ?」 「アンタが今食べたサンドイッチ、誰が作ったと思う?」 「そりゃ遠さ────」 いや、待てよ。 あの、にやりなんて擬音が似合いそうな遠坂の笑みは俺をからかう時のものだ。 そしてさっきの問い掛け。 「まさか……セイバーが?」 「はい。料理など初めてでしたので、うまく作れたかどうか不安でしたが……シロウが美味しいと言ってくれたのですから成功と言えるでしょう」 言って昼食に手を付け始めるセイバー。 なるほど……俺がどんな反応を見せるか待ってたのか。 「ああ、初めてでこれなら上出来だよ」 もう一つセイバーの作ったサンドイッチを手に取る。 「わたしも頂くわね」 蒼天の下、皆でセイバーと遠坂の作ったサンドイッチに舌鼓を打つ。 ◇ 遅めの昼食を終え、人心地着いた頃。 「んー、もう三時か。 ちょっと早い気もするけど、帰りましょうか」 「そうだな」 この後には戦いが待っている。 ここで力を使い果たしちゃ本末転倒だしな。 ──片づけを終え、屋敷への帰路の途中。 「士郎、今日は楽しかった?」 唐突に、遠坂がそんなコトを訊いてきた。 「──────」 それは、いつかの時にも問われたモノ。 それに俺は何と答えだろう? その出来事が楽しければ楽しい程、衛宮士郎には勿体無い、分不相応だといつかの俺は感じていた。 だけど、今の俺は? 今の俺は昔の俺とは違う。そう、違うんだ。 「ああ──楽しかった」 本心から。心の底からそう答える。 それに遠坂はとびきりの笑顔を返してくれた。 「そう。セイバー、貴女は?」 それに目を瞑り、胸に手を当て 「はい、今日はとても楽しかった。 こんな日々を、貴方達と共に過ごしていくこと。 それが────」 ────私の願いです、とセイバーは語った。 ああ、そうだ。俺達は勝たなきゃならない。 自分達の為に、セイバーの為に。 「勝つわよ、二人とも」 「ああ!」 「はい!」 活力を得、決意を新たに。 ────俺達は、最強の敵との戦いへ臨む。 後書きと解説 二十六話、デートでした。 映画名はでっち上げの適当です。 ネコアルクのほうは公式でも発表されたウソ映画。 や、勝手に2とかつけましたが。公式のは「おまえもネコミミになれ」です。 暗殺帳はデス○ート映画化記念で。観てないですけど。 back next |