十三日月 昼/直死×直死






/1


 シオンに連れられ、俺、シエル先輩、霊体化しているアサシンは柳洞寺に来ていた。

 柳洞寺───深山町の外れにある円蔵山の中腹に建てられた山寺。
 堕ちたとはいえ、冬木市最大の霊脈の上に建てられており、それ故か、サーヴァントにとっては鬼門であり、正面、山門以外からの侵入を試みると、能力を大幅に制限する結界が働いている。
 そしてここが前回の聖杯戦争終焉の地であり、士郎達が聖杯を破壊した場所である。

 ────とシオンが言っていた。

 見上げるだけで億劫になる、長い石段を登り、境内に入る。
 人影はなく、見渡す限りの石畳と、立派な伽藍が広がっていた。

「志貴、代行者。私は少しここでやる事がありますので、別行動を取らせてもらいます。
 三十分後、山門に集合しましょう。では」

「え?」

 俺の驚きに反応する事無くスタスタと、ヒュンヒュンとエーテライトを振り回しながら消えて行ってしまった。

「………遠野くん。せっかくですから、少し歩きませんか?」

 シオンの背中を見送り、どうしようかと思案していた頃。
 先輩がそんなことを言ってきた。

「はあ、俺は構いませんけど」

「良かった。ほらほら、行きますよ」

 先輩に手を引かれ、歩みだす。
 俺達は期せずして、柳洞寺観光を行うこととなった。







「は────づっ───!」

 心臓が跳ねる。衝動が体内を駆け巡る。
 渇き、餓え、渇望する。

「抑え、ない、と」

 茂みの中で蹲るように胸を掻く。
 日増しに強くなっていく吸血衝動。だが私は、

「まだ、人間でいられる」

 何故ならタタリは最も強制力の低い祖であり、一夜の具現の時以外では、世界に在って世界に無い存在であるからだ。
 言うなれば台風と同じ。空気や大気、風と呼ばれるモノはいつだって存在しているが、台風は時が来なければ発生しない。
 ならば何故彼女の身を衝動が襲うのか。

 震える手を抑えつけ、ポケットより抑制剤を取り出し、口に含む。
 シオンが秋葉とアルクェイドの強力を得、開発に成功した吸血衝動を抑制、遅延させる薬。
 だがそれも祖の中で最も強制力の弱いタタリの衝動を抑えられる程度。
 吸血鬼化の治療はまだまだ遠い目標だ。

 ───近い。タタリの発現は間もなくだ。
 吸血鬼は滅する。タタリとの折り合いでの解決は望まない。
 今回の私はただの討伐者としてこの地を訪れた。必ず、必ず終わらせてやる。

 落ち着きを取り戻したシオンは、鬱蒼と生い茂る木々を避け、腕輪に収納されたエーテライトを張り巡らせて行く。
 シオンのエーテライトは他者からの情報搾取や人体操作だけではなく。
 こうして、周囲に張り巡らせる事でその残滓より情報を汲み取ることを可能とする。

 彼女の行動原理は他者に依存する。
 志貴や秋葉との出会いにより、その在り方を多少変えられたとはいえ、根本はそう簡単には変わらない。
 それがエルトナムの在り方であり、ズェピアが現象へと成り得た一つの理由でもある。
 自己を限りなく薄くすることで、他者への介入を容易くし、同調、搾取、操作する。
 それが今も行えること。それが、彼女が今もその在り方を変えていない、いい証拠である。

 ─────だが。

 シオンは思う。これでいいのだろうか、と。
 かつての自分が感じた疑問。
 志貴や秋葉、士郎や凛と出会ってより濃くなった疑念。

 どのような疑問で、どのような解を求めているのか。それさえも解らない“正体不明の疑問”。

 それはきっと。

 ──────カット。

 他者から搾取することを厭わない自分。
 他者から搾取することを拒む自分。
 他者に依存しない自分、それは、どんなモノだろう。

 ──────カット。

 それは私なんだろうか? 私が私を捨てて、私のままあり続けられるのか?
 いやだ。私は私で居たい。でも、私の在り方は………。

 ──────カット、カット、カット!

 ……………解は出ない。出させない。

 停止。忘れろ。今はそんな事を考える時ではない。
 最優先事項はタタリの殲滅。及び、凛達との協力関係を果たす為の聖杯の破壊だ。

 一つ頭を振り、周囲より得られた情報を整理、使えそうな情報だけを抜き出す。

 堕ちた霊脈。岩。冬木最大の霊地。聖杯。小川。遠坂の管理地。発祥の地。終着点の一つ。アンリ・マユ。結界。神殿。この世全ての悪。大聖杯。……大聖杯?

 気になる情報が幾つか。そしてこの微かなヤツの気配。
 やはり────。

「……戻ろう」







「………そろそろ大丈夫でしょうか」

「何がです?」

「いえ、こっちの話です。もう時間ですね、戻りましょう」

 柳洞寺の裏手。かつて池であったであろう場所。
 今では干上がり、枯渇し見る影も無い窪んだ場所。
 そこに背を向け、山門へと引き返す。

 山門へと戻ると、そこには既にシオンの姿があった。

「やる事ってのは終わったのか? シオン」

「ええ。幾つか得ることができました。次は───」

 そこでシオンは次の行き先を告げる。





/2


 次なる場所、そこは新都にある中央公園。
 今日の夜、戦場となる場所。

 そこへ向かう為、俺達は冬木大橋を通り、駅前パークへと出る。
 人々の賑わいの中を通り、公園の方へと歩いていく。
 その時。


 ────────ドクン


「………………あ」

 くらくらと目の前が霞み、足元がおぼつかなくなる。
 クソッ、こんな時に貧血かよ……。最近はなりを潜めてたってのに。
 先を歩くシオン達に気取られないようになんとか踏ん張る。
 が。
 ダメだ。たおれ、る。

「───おっと」

 膝が折れ、崩れ落ちそうになった時。不意に、誰かにその身を支えられた。

「あ、すいませ────え?」

 支えてくれた人と視線が合う。
 お互いに目を丸くし、お互いの顔を凝視する。
 それも仕方ないだろう。
 なぜなら、そこに自分の顔があるのだから。







「あれ、遠野くん?」

 僅か後ろを歩いていた筈の志貴がいないことにシエルが気づく。
 どうやら人混みではぐれてしまったらしい。

「アサシン、いますか?」

 シオンの問いかけに応える声は無い。志貴の方についているのだろう。

「困りましたね。この中から遠野くんを探し出すのはかなりの骨です」

 こんな街中で魔術を使うわけにもいかないし、志貴はほとんど魔力を発していない為、その探知も難しい。
 どうしたものか。

「とりあえず探しましょう。待っているだけは見つかりませんから」

「貴女に言われるまでもない」







「おい、幹也。何時まで男同士で見詰め合ってる気だ」

 不意に支えてくれた男性の連れであろう女性が声を上げる。
 ふと、視線を移すとそれは、着物を着こなした美人であった。

 ──────ドクン

「───────え?」

 また心臓が跳ねる。
 だけどこれは、貧血なんかじゃない。

 血が巡り、衝動が駆け抜ける。
 解る───あれは、魔なんかじゃない。もっと純粋な存在。
 俺が最も恐れ、最も身近に感じ、享受し、拒んでいる概念。

 そして士郎から聞いた容姿と悉く一致している。
 あれは。あれが。この人が。

「────君が、式か?」

「誰だおまえ。オレはおまえなんか知らない」

 女性でありながら、男みたいな口調で話す式。
 そこに奇妙なことに違和感はなく、自然とそれが当然であるような感じがした。

「あ、ごめん。えっと、すいません。ありがとうございました」

 とりあえず支えてくれた男性、幹也と呼ばれた俺と似た顔の男性に礼を言う。

「いや、礼なんていいよ。困った時はお互い様だからね」

 そう言う微笑みは、驚くほど普通で、呆れるほど優しかった。
 この人はきっと、こっち側の住人じゃない。
 だけど彼女は、式は俺と同じモノを持つのなら、間違いなくこっちの世界に足を踏み込んでいる。

 だけど俺は訊かなきゃならない。訊きたい。
 その漆黒を映す眼が。本当に直死の魔眼であるかを。

「ああ、その眼鏡。見た事がある。トウコのヤツと同じ物だ」

 とうこ? 聞き慣れない名前を耳にする。



 ───生憎、志貴は橙子が青子の姉であることを知らなかった。
 凛達とした情報の交換は各々の最終目的とそこへ至る手段だけである。
 その際に、士郎が式の魔眼についての疑問を話はしたが、橙子の話はしなかった。
 何故しなかったかと言うと。ただ単に話忘れただけである。



「(志貴。サーヴァントの気配を感じる。相手もマスターだ。油断するなよ)」

 アサシンがさも他人事のように口にする。
 しかし相手がマスターであろうと、サーヴァントであろうと関係ない。
 こんな喧騒溢れる街中でサーヴァントを実体化させるほど馬鹿でも、戦闘を行おうとするほど狂ってもいないだろう。

「俺の名前は遠野志貴。君は式、だよね」

 たった今あった人間が何故名を知っているのか。
 そんな疑問に、幹也と呼ばれた男性は僅かに怪訝そうな顔をする。

「式と同じ名前だね。ねぇ式。君、本当に彼と知り合いじゃないの?」

「さっきそう言っただろ。オレはこんなヤツ、知らない」

「ああ、俺は君とはここで初めて会ったんだ。君のことはちょっと知り合いに聞いただけだよ」

「へえ。誰だ?」

「君と───戦った人から」

 瞬間。
 弛緩していた空気が張り詰め、凍るような緊張感が背筋を駆け抜ける。
 周りを行く人々はそれに顔を顰めながら通り過ぎていく。

「俺は今は君と戦う気はないし、戦う理由もない。
 だけど、一つだけ聞かせて欲しい」

「───────」

 それに応える声はなく、答える声もない。
 だけど俺は、その先を紡ぐ。

「君のその眼は、直死の魔眼か?」

 眼鏡を外し、式の眼を見据える。
 殺意は無くとも変わるのが解る。瞳が黒から蒼へと、その色を変えていくことを。

「──だとしたらどうするんだ?」

「どうもしない。ただ訊きたいだけだ」

 そう。俺はただ知りたいだけなんだ。
 何故、その眼を持ちながら平気なのか。何故、その眼に恐れを抱かないのか。
 そう口にしようとした時。

「遠野くん!」
「志貴!」

 背後よりかかる二つの声。貧血のせいで、はぐれてしまった二人が俺を探しに来たようだ。
 さっきのやり取りがマズかったか。あの二人なら式の殺気を感じ取れても不思議じゃない。
 視線だけで二人に無事を伝える。
 眼鏡を外しているせいで戦闘になるとでも勘違いしたのか、二人が式に僅かな殺気を向けているのが解る。

「やめてくれ、二人とも。俺は彼女と話がしたいんだ」

 その言葉に二人の殺気は抑えられたが、相変わらず睨みつけるその目に敵意が見え隠れしている。
 それに式は難しい顔をした後。

「……幹也、先に帰れ」

 なんてコトを言った。

「え? なんで?」

 一人置いてけぼりを食らっている男性がぽかん、とした顔で答える。

「オレはこいつと話があるから。おまえは来なくていい」

 言って視線を交し合う二人。
 それは如何なる関係故か、当然のように男性が折れる。

「はあ……。わかったよ、式。でも危ないことしちゃダメだからね。
 それと。あんまり遅くならないこと」

 少しむくれるような顔で、式に言い聞かせる幹也と呼ばれた男性。
 それに、

「わかってる。すぐ帰るから」

 素直に答えた。
 そしてそのまま、俺へと視線を投げてくる。

「場所を変えよう」

 喧騒を抜け、当初の目的地、中央公園へと足を向ける。









後書きと解説

タイトルからバトル物を想像した人、ごめんなさい。
本当はタイトル、デート〜編で纏めるつもりだったのに明らかにデートじゃなくなったので変更。二十六話も変わってます。
嗚呼、先見の妙を立てず思いつきで書くからこんな事に……。
というわけでザッピングっぽい視点でこの昼を書いてみる予定。
ザッピングというのは色々な解釈がありますが、あくまで視点の変更って意味で使っております。
同じ時間軸だけど、違う視点から見る、って感じかな?
士郎、志貴と来たので、次は両方に登場しているお人視点で。これでこの昼がようやく終了する予定。
月姫2はこのザッピングシステムが採用されるようですよ? いや、月姫2なんて無いらしいですけど。

眼鏡がないと生きていけないと公言する志貴は平然と死を視続ける式を見て何を思うんでしょうね。
後、あの眼鏡が何なのか、かなり気になる。
万物の死を視る事が出来るのに何故眼鏡の死は視えないのか。考えたことありませんか?
内側からは視えないけど、外側からは視えたりするのかな。
蒼崎の特別製だからなのかなぁ。アルクェイドをして壊せない、みたいな事言っていた気がするし。
普通の魔眼殺しの死は視えるんだろうか。うーん、謎だ。






back   next