十三日月 昼/シキ






/1


「ねえ、式。外にいかない?」

 ベッドに横になったまま、ぼうっと真白の壁を見つめる私に声がかかる。
 声をかけた男は上から下まで真っ黒で。およそ着飾る、という言葉とは無縁だった。
 その男の言葉に私は答えず、首だけを動かし、視線だけでその意思を問う。

「ここの所ずっと部屋に篭もりっぱなしじゃないか。
 たまには太陽の光を浴びないと腐っちゃうぞ」

 夜しか出歩かないなんて、まるで吸血鬼みたいだ、と続けた。

「それって逆じゃないか。吸血鬼は日の光を嫌うんだろ」

「逆じゃないよ。君は、人間なんだから」

「そうだぜぇ〜、式。たまには昼の散歩もいいんじゃねぇか?」

 奥から気の抜けた声が聴こえる。
 青い髪を逆立て、椅子にもたれかかる槍兵のサーヴァント。
 何処から持ってきたのか、その風貌は青の鎧ではなく、黒のパンツにハイビスカスの咲くアロハシャツ。
 加えて煙草をふかしながら、雑誌に目を通しているという。
 ……サーヴァントっていうのは、どいつもこいつもこんなに現世慣れしてるものなんだろうか。

「ほら、ランサーさんもそう言ってる事だし。行こうよ、式」

 幹也に腕を引っ張られる。珍しく強引だ。
 まあ……たまにはいいか。

「わかった。行くよ」





/2


 幹也に連れ出され外に出る。
 頭上の空は高く、白く、蒼く。
 街は活気で溢れ、死都のような夜とはまったく違う様相を呈している。

 何をするでもなく、話をするでもなく街中を歩く。
 と言っても、幹也には一応目的地があるのか、迷うことなく歩を進めていた。

 人混みは嫌いだ。
 人は私を避け、私は人を避けてきた。
 私は認識していたから。私は普通とは違うんだ、と。
 それを淋しいとも、辛いとも感じたことはなかった。

 ────私には織が居たから。

 孤立はしていたけど、孤独じゃなかった。
 だけど。一人だけ、拒んでも拒んでも近づいてくるヤツがいた。



 ────黒桐幹也。
 フランスの詩人みたいな名前の男。
 温和な雰囲気をしながらも、端整な顔立ちをしている。
 とは言っても私のせいで、左目に深手を負い、そこだけ隠れるように髪を伸ばしている。
 それなりに身なりを整えれば、街行く人の何人かの目には留まるであろう。
 だけど本人はそんなモノには興味はないのか、年中、上から下まで黒ずくめの格好だ。

 何度か『その真っ黒な服装はよせ』と言ったことがあったが、返ってくる言葉はいつも同じ。
 『じゃあ式も着物とか紬じゃなくて、たまには洋服を着てよ』、と。
 それを言われると反論の余地がない。
 だって、洋服を着てる自分が想像できないし、きっとトウコに笑われる。



 だけどその織はもういない。
 織は夢を守る為に、夢を見続ける為に私の代わりに消えたのだ。
 両儀式を構成する半身が消え、式は一人ぼっちになった。
 そして眠りから覚めた私にあったのは、ぽっかりと空いた胸の穴。
 虚無感。空の心。ガランドウ。それを埋めたのは────







 駅の近くにある私たちの滞在するホテルから数分。
 辿り着いたのは

「………映画館?」

「うん。式って映画とか見たことなさそうだし。
 たまには違うコトを知るのも楽しいかもしれないよ」

 確かに観た事なんかない。
 テレビでさえ家にはないんだから、映画なんて興味もない。

「幹也。太陽の光を浴びないと腐るとか言いながら、薄暗い映画館なんかに入るってのか」

「え? ええと────」

 もちろんこんなもの、ただの口実。
 映画館になんて入ってもどうせ私は寝てるだけだろう。
 せっかく外に出たんだから、どうせなら歩きたい。
 ────が。

「(式。後ろ、いるぜ)」

「解ってる」

 溢れかえる人混みの中。
 明らかに私達、いや私に視線を向けるヤツがいる。………二人、三人か。

「(ありゃセイバーとそのマスター。んで、アーチャーのマスターか。
 アーチャーのヤロウはいねぇな)」

 ……ああ、あの剣を創るヤツか。
 ……ふぅん。

「幹也。映画、観ようぜ」

「え?」

 難しい顔でこれからどうしようか悩んでいた幹也。
 唐突な私の心境の変化についてこれていないみたい。

「だから、映画観ようって」

 ……今の私はあいつらに興味はない。
 昔の私なら、あれほどの異能力者相手なら血が騒いだだろう。
 いや、今でも血は騒いでる。
 それも一度戦い、最後まで殺りあえず終わった相手。
 不完全燃焼もいいところだ。
 それに戦いとなれば相手を気遣う余裕も、気遣う必要もない。

 だけど─────

「え、だって君。さっき観たくないって……」

 この殺人衝動は式のもの。
 どんなに拒んでも抗えず、どんなに殺しても満たされない。

 ─────私は。

「いいから。ほら、早く行こう」

 幹也の手を取る。
 こいつが、幹也が私を(はな)さないと言ったから。



 私はもう──────誰も殺さない。





/3


 退屈ではあったけれど、つまらなくはなかった二時間が終わった。

「んー………なんだか微妙だったね」

 少し苦い顔をして酷評する幹也。
 どうやらこの映画は幹也の眼鏡に適うものではなかったらしい。
 そしてそのまま腕時計へと視線を移す。

「ん、そろそろお昼だね。何か食べたい物、ある?」

「任せる」

 私は基本的に食べるものにケチをつけない。
 だがそれは、あくまで他人の手によって作られた物の話。
 自分で料理をするなら、納得のいくものを作らなければ気が済まない。

「じゃあ軽いものでいいかな。ちょっとオススメの所があるんだ」

 言って幹也は歩き出す。
 コイツは探し物がとことんうまい。
 おそらくだが、この街へ来る前にあらかた調べ尽くしているんだろう。
 そんな幹也がお勧めって言うくらいだから、少しは期待できるかもしれない。






 幹也に連れてこられたのはコテージ風の喫茶店。
 アーネンエルベとはまた違った趣の喫茶店だ。
 店先にある丸太階段をのぼって、店内へと入る。

 小奇麗な店内に、ゆったりと穏やかな音楽が流れている。
 店内は昼時であるにも関わらず、それほど混んでいるわけでもなかった。
 穴場ってやつだろうか。

 店員に案内され、座ったのは窓際の席。
 窓から零れる柔らかい光がアンティーク調のテーブルを照らし、暗い壁を白く染める。
 外見はそうでもなかったが、店内は割とアーネンエルベと似てる気がする。

「ご注文はお決まりでしょうか」

 ざっとメニューに目を通してみたが、何だ………これ。
 アッサムやキーマン、ダージリンはまだ聞いたことがある。
 だがなんだ、ヌワラエリヤとか、ラプサンスーチョンとかいうのは。
 どうやら紅茶の名前のようだけど、さっぱりだ。

 じとっとした目で幹也を睨みつける。
 それに苦笑しながら、

「じゃあ、────と────、あと───を二つずつ、いや三つずつお願いします」

 私の分も注文してくれた。
 いや、待て。

「幹也、そんなに腹減ってるのか?」

「? 僕と式の分、それにランサーさんの分だけど?」

「────────」

 ……なるほど。コイツはこういうヤツだった。

「ランサー、出て来い」

  私達の座っている席は窓際、しかも奥まった場所なので人目につく事もあるまい。
音もなく、私の横の席にランサーが実体化する。

「おいおい、坊主。オレの分まで頼むなんざ、そりゃ無粋ってもんだろ」

「なんでですか?」

 それに首を傾げる幹也。

「そりゃおまえ、これは坊主と式のデートだろ?
 オレなんかいないもんとして扱えばいいのによ」

 サーヴァントは腹も減らねぇし、と続ける。

「それは聞きましたけど、やっぱり除け者って嫌じゃないですか。
 食事は楽しく食べないと」

「ハ、こりゃ式も苦労するね。ま、坊主の好意は頂いとくか。
 ああ、夜になりゃオレは消えるからよ。二人でどこへなりと───」

「───ランサー」

「んな顔で睨むなって。ちょっとした冗談じゃねぇか。
 オレがこっちに居られるのも後数日だろうしよ。ちっとくらい遊ばせろ」

 言って屈託のない顔で笑う。

 そう。
 サーヴァントは聖杯戦争の間だけ現世に現れる一時的なもの。
 永遠に現世に在る事は不可能だし、二度目の生を願いとするサーヴァントもいると聞いた。
 マスターの素質が優れていれば、終結後も繋ぎとめる事ができるらしいが、私では無理だろう。
 それに、この男もそれを望むまい。

 この男の最後はきっと。

 笑いながら───この世界を去るのだろう。





/4


 ────三人での昼食を終え、喫茶店を後にする。
 ウェイトレスがランサーの存在に怪訝そうな顔をしていたが、瑣末なコトだ。

 それにしても紅茶だ。
 ただの赤い水かと思いきや、なるほど、存外美味しいものだ。
 主に日本茶、たまにコーヒーを飲む程度だったが、今度からは紅茶にも手を出してみようか。

 ランサーは霊体化し、私は幹也と他愛もない話をしながら雑踏の中を歩く。
 そんな時。

「………………ぁ」

 蚊の鳴くような声が聴こえた。
 ふと、そちらに視線を移せば今にも倒れそうな男が一人。
 胸を押さえ、崩れ落ちそうな膝を必死で支えていた。
 だがそんな努力も無駄に終わり、地面に倒れ───

「───おっと」

 ───かけたその男を、幹也が支えた。
 そしてそのまま見詰め合う男二人。
 ………なんだ、コイツら。







「おい、幹也。何時まで男同士で見詰め合ってる気だ」

 不意にそんな言葉が零れた。
 そして倒れかけていた男と視線が合う。

 結論から言ってしまえば、その男は幹也にそっくりだった。
 いや、まだそのあどけなさを残すその顔は、幹也より少し下、私と同じくらいの年齢に思える。
 いつか出会った魔術師は、外見よりその雰囲気が瓜二つだった。
 だがこの男は雰囲気こそ違えど、外見がそっくりだ。
 ……世の中には似た顔の人物が三人いると聞くけど、まさか本当に三人と出会うとは思わなかった。

 じっと私の顔を見つめるその男が、不意に口を開いた。

「────君が、式か?」

 それは予想だにしなかった問い。
 何故見ず知らずのこの男が、私の名前を知っている。

「誰だおまえ。オレはおまえなんか知らない」

「あ、ごめん。えっとすいません。ありがとうございました」

 幹也の手を借り、その男は倒れかけていた体を起こす。

「いや、礼なんていいよ。困った時はお互い様だからね」

 幹也に頭を下げ、男はまたも私に視線を移す。
 ……なんだ、コイツ。妙な違和感を感じる。
 ……………………ああ。

「ああ、その眼鏡。見た事がある。トウコのヤツと同じ物だ」

 確か、魔眼殺しとか言ったか。
 トウコと出会って間もない頃、私用に大枚はたいて、その魔眼殺しを作ったとかなんとか。
 自慢気に話すトウコの顔を見て、いらないって突っ返してやったんだ。
 あの時の顔ときたら───

「(式。サーヴァントの気配を感じる。相手もマスターみてぇだ。油断すんなよ)」

 ……言われなくともわかっている。
 マスター同士は近づけば令呪が反応するから。

「俺の名前は遠野志貴。君は式、だよね」

 目の前の男が己が名を口にする。
 私と同じ名前。織と同じ名前。

「式と同じ名前だね。ねぇ、式。君、本当に彼と知り合いじゃないの?」

「さっきそう言っただろ。オレはこんなヤツ、知らない」

 何故かわからないが、イライラする。

「ああ、俺は君とはここで初めて会ったんだ。君のことはちょっと知り合いに聞いただけだよ」

「へえ。誰だ?」

「君と───戦った人から」

 自然、体から殺気が漏れた。へぇ。コイツ、あいつらの知り合いか。

「俺は今は君と戦う気はないし、戦う理由もない。
 だけど、一つだけ聞かせて欲しい」

「───────」

 それに私は応えない。

「君のその眼は、直死の魔眼か?」

 遠野は眼鏡を外し、私の眼を見据える。
 そしてその瞳が黒から蒼へと、その色を変えていく。
 魔眼殺し。可笑しな眼の色の変化。そして、さっきの質問。

「──だとしたらどうするんだ?」

「どうもしない。ただ訊きたいだけだ」

 その言葉は、きっと本当で。
 コイツは心の底から私にそのコトを問いたいだけなんだろう。
 遠野が何事かを口にしようとした時。

「遠野くん!」
「志貴!」

 遠野の後ろより走り寄る二つの影。紫の女と、青い女。連れか。
 そして私に向けられる殺気。

「やめてくれ、二人とも。俺は彼女と話がしたいんだ」

 遠野のその言葉に放たれる殺気が僅かに緩む。
 しかし未だ警戒の色を解いていないのは明白だ。

「……幹也、先に帰れ」

「え? なんで?」

 一人置いてけぼりを食らっている幹也が、間の抜けた顔で答える。

「オレはこいつと話があるから。おまえは来なくていい」

 言って視線だけで訴えかける。

「はあ……。わかったよ、式。でも危ないことしちゃダメだからね。
 それと。あんまり遅くならないこと」

 少しむくれるような顔で、私に言い聞かせようとする幹也。
 それに、

「わかってる。すぐ帰るから」

 素直に答えた。
 そしてそのまま、遠野へと視線を投げる。

「場所を変えよう」



 ──何故、私は遠野と話をしてみたくなったのか。
 わからない。わからない? わかってる。式は理解している。

 コイツは私と同類で、全く違う生物なのだと感じてしまったから。
 その全く同じで違うモノに、興味を持ってしまったのだろう。









後書きと解説

二十八話目、嗚呼……十三日目の昼が終わらない……。
幹也と式のデート……っぽい話。なんだかんだで幹也がリードしそうな予感。
式と志貴のコンタクトは次回に。

書いてて思った疑問。

その一:霊体化したサーヴァントは服装はどうなっているのか。
今回の兄貴はha仕様で活動? してますが、霊体化したら鎧に戻るんだろうか……。
セイバーは鎧を魔力で編むとか言ってたっけ。
あと、服を破く程高速で武装しなければ普通の服は破れないっぽい。
でもそれなら武装中は普段着はどこにいくんだろうか。普段着の上から武装?
まぁ……大丈夫だろう、うん。そんなに大きな問題でもないし。
という訳で、喫茶店内の兄貴はアロハだと脳内補完して下さいませ。

その二:キャス子が不思議剣でテーブルを粗大ゴミにした喫茶店はアーネンエルベなんだろうか。
本作では別物っぽく書いてますが、空の境界の描写とhaの画像が結構似てる気がする。






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