十三日月 昼/同じ誰かと違う自分






/1


「志貴。本当に一人で行く気ですか?」

「ああ、二人は離れててくれ」

「ですが相手はマスターでありサーヴァントを従えている。
 いつ戦闘になってもおかしくはない」

「こっちが敵意を見せなきゃ大丈夫だって。
 あーうん。相手のサーヴァントは……わからないけど」

「んじゃ俺はついて行くから。構わないよな」

「ん。そうだな、頼むよ」

 中央公園の端で会話する志貴達。
 式はすでに公園内へと入り、志貴が来るのを待っている。

「遠野くん。念の為、遮音と人払いの結界を張っておきました」

「ありがとう、先輩。
 だけど俺は話がしたいだけだから、そんな心配はいらないよ」

「ええ、わかっています。念の為、ですから」

 それに志貴は苦笑し、

「じゃ、行って来るよ」

 と二人に告げ、式の元へと向かう。







 煤けた灰色の草原で、ただ佇む式と所在無さげに辺りを見回すランサー。
 小刻みに式の足が地面を叩く。

「……遅い」

「まだ五分も経ってねぇぞ。
 ま、女の子を待たせるのは男してどうかとは思うがね」

 式は割と短気である。  本人にはそれほど自覚はないようだが、周りが皆そういうので渋々そうなんだろう、と受け入れている。
 他者の評価とは、ある意味で自己を映す鏡と言える。
 なるほど。それは全くもって正しいと言えるだろう。

「あー、式。先に訊いときたいコトがあんだけど」

 いつも飄々とし、どこかサバけた所のあるランサーが、僅かに口ごもりながら式に問う。

「なんだ?」

「相手がサーヴァントを連れてきたら戦ってもいいか?」

 ランサーの願いは死力を尽くした戦いをする事。
 それは式も知っている。
 そしてランサーがまともに戦えたのはアーチャー戦とバーサーカー戦。
 いや、アーチャー戦はともかく、バーサーカー戦はただの足止め。戦ったとは言いにくい。

 だが今回、式には戦意が無い。
 ならばこの質問は戦いを願いとするランサーには、必ず訊いておかねばならないものだったのだろう。
 なぜなら彼は、主を裏切るようなことはしない忠義の騎士である。
 生前、彼は主と女性だけは殺さなかったし、それが誇りでもあったからだ。
 そして、今回のマスターをランサーは割と気に入っている。
 故に式が否、と言えばたとえ自身の願いを犠牲にしても、マスターの命令に従うだろう。
 だが、式の答えは。

「好きにするといい。ただオレ達の邪魔はするなよ」

 その言葉に。ランサーは満面の笑みで応える。

「恩に着るぜ」

「……………ふん」







 ───それから二分ほど。
 志貴がようやくその姿を現した。
 隣には黒ずくめのサーヴァント、アサシン。

「ごめん。待たせちゃったかな」

 距離を置いたまま、志貴が声をかける。
 幾ら話し合いたいだけとはいえ、どちらも聖杯戦争の参加者だ。
 故にある程度の距離、一息では詰められない間合いを空けたまま、声をかけた。

「別に」

 それに素っ気無く、式は答えた。

「………………」
「………………」

 両者の間に沈黙が流れる。
 ……話しにくい。ただそれだけが脳裏をよぎる。
 まるでそれは、初めてお見合いをする男女のようだった。

 その沈黙を破ったのは青い槍兵。

「よう、そっちの黒いの。
 せっかく出会ったんだからよ。ちっと戦らねぇ? 最近鈍っててよ」

 言って右の手を水平にかざし、何も無い空間から真紅の魔槍を具現化させた。

「………ソイツは奇遇だな。
 俺も喚ばれてからこれまで、ほとんど戦ってなくてね。
 ちょっと今後の戦いが心配だったんだ。
 ああ、あんたとの戦いは、予行練習には丁度良い」

 言ってポケットに手を突っ込み、無骨なナイフを取り出した。

「────ハ。言うね、暗殺者風情が」

「暗殺者を甘く見るのは構わないけど。
 そんな程度だと一瞬で終わるよ、おまえ」

 瞬間──体が震えた。
 パキリと空間に亀裂が入ったような感覚に。
 魔力の奔流と殺意の波が、同時に押し寄せてくるような感覚に。

「ランサー」
「おい、アサシン」

 マスター同士に敵意は無い。
 しかし互いのサーヴァントは既に相手を敵と認識してしまっている。
 だがそれも仕方のないコト。
 サーヴァントは召喚されたその瞬間から、互いを敵と見なす僅かな敵意を持っている。
 それはキッカケにすら足りえない些細な敵意。

 ────だがそれは。
 戦いを楽しむ者と、殺しを貴ぶ者には十分すぎる欠片だった。

「んじゃな、式。場所を移すぜ、アサシン」

「志貴。俺はアイツの相手をするから。
 おまえ達は好きなだけ語らってるといい」

 言って、対峙する二人の従者は互いの主より距離を取るべく、大地を駆けてゆく。
 志貴はそれを呆れたように見送り、深く溜め息をついた。
 そして先輩に感謝しなきゃいけないな、と一人思う。

「まったく……お互い大変なサーヴァントを引いたもんだ。
 あ、さっきも言ったと思うけど、俺には君と戦う意思はないから。
 ただ、話がしたいだけなんだ」

「ああ。オレもおまえを殺る気はない」

 舞台は整った。
 さあ───話をしよう。同じ誰かと違う自分の真実を知る為に。





/2


 マスター達から距離を取る為、移動するランサーとアサシン。
 何も無い、灰色の荒野を駆け抜ける。

「───っと。こんなもんでいいか」

 ザッという音を立て、ランサーが大地を踏みしめ、停止する。
 それに僅かに遅れ、アサシンも向かい合う形で対峙した。

「わりぃな。ヘタな芝居させちまってよ」

「なんだ、気づいてたのか」

 ランサーの言葉にアサシンは感心したように口にする。
 それをランサーはハッ、と笑い飛ばし

「あんな三流芝居、気づかない方がどうかしてる。
 だがな、おまえと戦いたいってオレの気持ちに嘘はねーぜ」

 言って、紅い槍を斜に構え、獣の如く敵対者を値踏みする。

「ああ、俺も今後の戦いを心配してるってのは嘘じゃない。
 けどあんた相手だと、そんなコトも言ってられそうにないな」

 言って、目にかかる白の包帯を僅かにずらし、片目だけを露出させる。
 その奥にある蒼の瞳が青の騎士を捉える。

「ハ、そりゃそうだ。
 気を抜いた瞬間、貴様の首は宙を飛んでる」

「悪いがまだ消えるワケにはいかないんでね。
 俺の願いと赤い騎士(あいつ)の願いの為に」

 対峙する黒と青。
 交じり合わない二つの色は、今───交錯する。







「先に聞かせろ。おまえも……死んだのか」

 式が問う。
 それは己の歩んだ道。死を経験するコトで手に入れた死を視る眼。
 それを持っているのなら、おまえもアレを見たのか、と問う。

「ああ……死んだよ。俺はあの時死ぬはずだったんだ。
 でも秋葉が……妹が助けてくれた」

「その時……失くしたものは?」

「……親友を失くした。
 本当の意味で死んだのはもっと後だけど、四季は……あの時、俺が殺したんだ」

 殺した者が殺され、殺された者が殺した。
 それは、なんて──矛盾。

 そして式は感じとる。こいつは自分と同じなのだと。
 死に際し、大事なモノを失った。
 それは皮肉にも同じ名前、織と四季。
 死ぬはずだった自分は生き残り、生きるはずだった誰かが死んだ。

 ───あまりにも似ている。
 同じ眼を手に入れ、同じ誰かを失い、同じ失くす筈の命を得た。

 それは、本当に。唯の偶然なのだろうか。





/3


「──────ハッ!」

 繰り出される打突はまさに閃光。
 既にそれは槍の一撃などではなく、赤光となってアサシンの身を襲い続ける。

「チッ──────!」

 それを最小限の動きで躱すアサシン。
 だがそれはあくまで致命の一撃を喰らわぬ為の動き。
 身体を捻ることで回避し、右手に構えたナイフで槍の切っ先をずらす。
 一突き一突きが必殺の一撃を、その身を削ることでなんとか凌ぎきっている。

 アサシンの戦い方は至って単純。
 相手へと接近し、一刀の元にその死を断ち切る。
 それが唯一にして絶対の、真の意味での必殺の一撃。
 相手の死に触れさえすれば、それはアサシンの勝利を意味する。

 だが─────遠い。

 遠すぎる。ランサーの間合いは二メートル弱。
 しかも自分と同等、いやそれ以上の戦闘技術を有するこの槍兵の死を切断するには、その二メートルは余りにも遠すぎる距離だった。

 ガキンと鉄と鉄の弾ける音と共に、間合いを離す為、地面を蹴る。

「くそっ」

 一息で後退したアサシンは身に纏う黒の装束はボロボロで、身体は既に傷だらけ。
 だがその中には一つとして絶命に至る傷は無い。

「ほう。暗殺者のくせに真っ当な殺し合いも中々じゃねぇか」

 対するランサーは傷など一つとしてなかった。
 それは当たり前の定理。
 瀑布となった槍の飛沫を、アサシンは防ぎきることで手一杯だったのだから。

「そりゃどうも。生前は色々と大変だったんでね」

 遮蔽物があれば、屋内であれば相手を翻弄し、背後を取ることさえできるのに。
 アサシンは心の中で毒づく。
 本来、七夜の体術は屋内向きの戦闘術である。
 上下左右正面背後。空間全てを道として、足場として用い、神出鬼没で相手を惑わす。
 だがそれも、このただ広いだけの、平面だけの世界ではあまりにも無意味。

 ─────さて、どうする。

 真の意味での暗殺者とは相手にその気配を悟らせずに殺す。
 こうして正面から応対した時点で、暗殺者としての領分を越えている。
 だが彼は正しく暗殺を生業とした者の血を引いてはいるが、彼自身は暗殺者というワケではない。
 ただその彼に最も適したクラス。それがアサシンであったというだけの話。

「ま………やり方次第か」

「あん?」

「今度は………こっちが攻める番だって言ったんだよ!」







「次はこっちから訊ねてもいいかな」

「ああ」

 ────直死の魔眼。

 常に世界の死を視続ける、いや、視せ続けられる呪われた眼。
 その眼を持ちながら、死を視続けながら何故、平然と生きていられるのか。
 そう、式に問う。

 志貴とてこの眼を心底嫌っているワケではない。
 異能は異能を引き寄せる。
 この眼に引き寄せられたのかはわからない。
 だけど、この眼があったからこそ出会えた人々だっている。
 否、この眼が無ければ、今の自分はないだろう。
 だが享受する事と死を視続ける事はイコールでは繋がらない。

 もし──蒼崎青子にこの眼鏡を貰っていなかったら。
 志貴という人間は既に狂っているか、この世には存在し得ないだろう。

「何故、か」

 それを聞き、式は僅かに思案した。
 言ってしまえば、蒼崎橙子の喜ぶ顔が見たくなかったから。
 というのも理由になるだろう。
 だが、そんな理由ではこの男は納得しないだろうし、式本人もそれが本当の理由だとは思っていない。
 ならば、答えは簡単だ。

「死が視えようと」

「────え?」

「死が視えようと。
 あの世界に比べれば、この世界は、とても綺麗だから」

 そう、そんな簡単な答え。

 ────漣のような静けさ。
 ────小鳥の囀り。
 ────陽射しの温かさ。
 ────澄んだ空気。

 そんな、何でもないものが当たり前のようにある世界。
 ただそれを美しいと感じたから。
 あの“無い”という形容すら生ぬるい「 」の世界に比べれば。
 死が視えるコトなんて、余りにも些細なモノだった。

「────────」

 その答えに志貴は直感する。この少女は、自分とは違うのだと。
 例え同じ眼を持っていようと、この少女の見た闇と自分が見た闇はまるで違うモノ。
 自分が死に触れただけだとするのなら、この少女は死に浸っていたのだと。

 ───あまりにも、違いすぎる。



「遠野。最後の質問だ」

 自分の裡へ沈んでいた志貴はその言葉で現実へと立ち返る。
 声を発することなく、視線だけでその続きを促した。

「おまえたちは────…………」





/4


 青い槍騎士と黒い暗殺者。
 希しくもこの二人は最速を誇るに足る英霊である。

 ランサーは瞬発力、最高速、持久力の全てが高い位置で纏まり、他の追随を許さない。
 総合的な速度という点から見れば、彼と競える相手など数えるほどだろう。

 対するアサシンは最高速、持久力共にランサーには及びはしない。
 特に持久力は比べるべくもない程低い。
 だがアサシンには他の英霊が持ち得ない武器がある。
 そう───その一点でのみ、アサシンはランサーの速度を凌駕する!



「な────!!」

 その驚きは青い槍兵のものだった。
 一息では届かぬ間合い、いや、たとえ届いたとしてもランサーが槍を突き出す方が早い距離。
 その距離を、アサシンは一瞬でゼロにしたのだ。

 それはアサシンの持つ瞬発力が為せる業。
 七夜の体術が持つもう一つの特性。
 静止状態から一瞬で最高速へと到達する極限のバネ。

 本来室内という限られた空間で、最大限に殺人術を発揮する為に培われた能力。
 加速という過程を経ずにゼロからマックスまで到達する秘技。
 それを以って、ランサーへと肉薄する─────!

 そこは既にアサシンの間合い。
 長柄の武器を獲物とするランサーにとって、その距離は槍を突き出す暇も無ければ、防御に割く事も叶わぬ距離。
 そこへ終わりを告げるように銀のナイフが振り下ろされる!

「クソがっ─────!」

 攻撃も防御もあたわぬならば、残された道は唯一つ。
 渾身の力を脚に込め、大地を蹴る!

 振り下ろされた死神の鎌は僅かに槍兵の左腕に傷を残し、ランサーは膝をつく形で後退に成功した。

「………外した、か」

 予想以上の速度。
 一息で後退したランサーの速度はアサシンの予測を上回るほど速かった。
 身体の死線を切ろうと振り下ろされた刃は、標的の左腕を掠める程度で終わってしまった。

 そもそも腕を振り上げたのが間違いだ。
 一瞬で間合いに迫ろうと、逃げる時間を与えては意味が無い。
 あれほどの速度を誇る英霊相手では一瞬の判断ミスが勝機を逃す。

 ───勘が鈍ってるのか?

 アサシンが召喚後に戦った相手は佐々木小次郎のみ。
 それもシオンの協力を得てやっと倒せた程だ。
 この後に控えるギルガメッシュはおそらくその上を行く英霊。
 ここで勘を取り戻せる事を僥倖と思うべきか……。

「なんだ? その動き。バケモンじゃねーか」

 身体についた草を払い、ランサーが立ち上がる。

「お互い様だろ」

 さっきまでの無駄な思考を排除し、切り替える。

「ま、今ので殺れなかったのは痛いぜ。
 同じ手は二度通じるとは思わないこった」

「いや、全く」

 いかな瞬発力を持とうとも、相手にそれを知られてしまえば対応する術は幾らでもある。
 奇策は分からないからこその奇策であり、知られてしまえばただの愚策へと成り下がる。
 相手に能力を知られてしまうこと。
 それは戦いという場において、致命傷とも呼べる失態である。

「さあ、第二ラウンドと行こうぜ。もっともっとオレを楽しませろ」







 ───風が一際強く吹きぬけ、二人の会話を阻害する。

「それがおまえ達の……か」

 消え入りそうな声で呟く式。
 何かを確認するように何度か反芻する。

「……してくれるのか?」

 志貴の言葉は風によって遮られ、式に届いたかはわからない。
 だがその言葉に式は答える。

「断る。オレはオレの……をするだけだから」

「………そうか」

 春一番のような突風は過ぎ去り、辺りを静寂が包み込む。
 遠くには鉄と鉄が弾ける音。
 剣戟の音が微かに残る風に乗って響いてくる。

「じゃあ、話はここまでだな」

 訊くべき事は聞く事ができた。
 この会話によって何が変わるわけでもない。
 たとえ同じ眼を持とうとも、志貴は志貴として在り、式は式として在るのだから。

 ただ自分と同じ存在がどのような考えを持っているのか。
 ただそれが、聞きたかっただけなのだから。

「ああ、待て。もう一つだけ」





/5


 ────二つの影が大地を駆ける。
 極限までギアを上げ、青光と黒光はぶつかり合う。

 目標を穿つ為、奔り続けるランサーの真紅の魔槍。
 それを迎撃し、更に懐へと入る為、死地へ踏み出すアサシン。

「ハッハ───!
 やるな! こうじゃなきゃ面白くねぇ!」

「───────ハァ!!」

 だがその一歩も、最高まで高まっているランサーの速度には届かない。
 所狭しと駆ける二人にとっては、この広いはずの公園があまりにも狭く感じた。

 一撃を合わせ距離を取る。
 互いの速度を見極め接近し、再度火花を散らす。
 まるで踊るように大地を走り、舞うように刃を重ねる。

「くっ──────はぁ」

 現状は拮抗しているかのように見える。しかしその実、押しているのはランサーだ。
 アサシンには致命的に持久力が足りない。
 加えて先程の槍撃のせいで、身体には無数の傷。
 体力の消耗と、長時間の戦闘をこなせないその肉体。

 だが足を止めればそれで終わり。
 瀑布の如く槍を繰り出され、またも受けの一手に回らざるを得なくなってしまう。
 そうなれば今度こそ防ぎきれる保障はどこにもなかった。

 ────アサシンの強さとは一瞬の強さだ。
 その動きで翻弄し、相手の隙を窺うのはあくまで二次的なものでしかない。
 一瞬で最高速に到達する脚力、一撃で死を確定させる魔眼。
 この二つを以って、刹那の内に勝負をつける。それがアサシンの戦闘スタイル。

 だが、この相手にはそれが通じない。
 自分と同等以上の速度、戦闘技術を有する強敵。
 生き残るという事に特化した戦闘スタイル。

 直死でその命を断つ為、間合いに踏み込む事が不可能ならば、槍を断つ事すら不可能。
 高速で繰り出される槍にはナイフを当て、軌道を逸らす事が限界だ。
 そこで死線に合わせ断ち切るなど、捨て身でもなければ出来はしない。

 だが、現状を打開する術はある。
 あるが、それを出す暇も無ければ、それをここで使いたくはなかった。
 まだ、終わらせるワケにはいかないから。
 だが、ここで終わってしまえば結局は同じ事。
 ならば───相手が切り札を使う前に、先手を打つ!

 ナイフと槍が弾け、火花を散らす。
 そして覚悟を決めたその一瞬後。
 押しているはずのランサーが間合いを離し、足を止めた。

「……何のつもりだ?」

「時間切れだ」

 ランサーが親指で指し示す方向、そこにはマスターたちの姿があった。
 話が終わったのか、志貴は走り、式は歩くような速度でこちらに向かって来る。

「アサシン!」

 駆けつけた志貴がボロボロのアサシンを見て、声を上げる。
 満身創痍、という程ではないが、アサシンには無数の傷痕。
 両者を見比べればどちらが押していたか、一目で分かろう。

「悪い、志貴。ちょっと分が悪い」

 自らの傷など気にせず、平然と志貴に応える。

「そこまでだ、ランサー。
 こいつらにはまだ借りのある敵がいるらしい」

 起伏の無い声で、式がランサーに話しかける。
 それは志貴との会話から聞いた事実。

「へぇ。ま、オレはそこそこ楽しめたからいいけどよ。
 おい、アサシン。その借りっての返したら、また付き合えよ」

 それは約束。
 そんな借りなどさっさと返して、もう一度自分と戦え、という意思の確認。
 それにアサシンは首肯する。

「ああ。次は本気で殺るから、覚悟しとけよ」

 それは誓い。
 この後の戦いを生き残ると、心に誓う一つの決意。



 こうして、一つの出会いと戦いに幕は下りる。





/6


「いや、参った。あいつ強いな」

 式とランサーが公園を去った後、アサシン達は未だ公園内にいた。
 そしてアサシンが目にかかる包帯を直しながらぼやく。

「ですが貴方もランサーも本気ではないように見受けられましたが」

「あれ、シオン見てたのか?」

「当然です。私が貴方を、代行者が志貴を万が一に備え監視していましたから。
 尤も、私では貴方達の戦いに割り込む事などできませんでしたが」

「そっか。んー、でも相手はともかく俺は本気だったよ」

 サーヴァントが真価を発揮するのは宝具を使用する時。
 その意味で言えば、ランサーは本気を出していないと言えるだろう。

「いえ、貴方も────」

 ───私達の知らない、何かを隠している。
 言葉にはせず。ただシオンはアサシンを見据えた。

「………いえ、何でもありません。忘れて下さい」

「遠野くん。その紙は何ですか?」

 志貴が手に持つ一枚の白い紙切れ。
 ここへ来る前は持っていなかったソレにシエルが興味を示す。

「ん? ああ、これ。なんでもないよ」

 スッと隠すようにポケットの中へと仕舞う。
 …………怪しい。

「なんで隠すんですか?」

「いや、別に隠したワケじゃ……」

 疑いの眼差しを向けられ、じりじりと後退する。
 別に見られて困るという物でもないが、何故か志貴は見せたくなかった。

「疚しい物じゃなければ見せられますよね?」

 極上の笑顔で志貴に迫るシエル。

「いや、あの、先輩。何でもないですから。
 ただ住所が書いてあるだけです………って」

 その言葉に。
 シエルとシオンの目が細まる。

「ほう、志貴。今日あった女性の住所をその日のうちに手に入れるとは……。
 貴方は些か手が早すぎるようだ」

「遠野くん? どういうことか説明してくれますよね?」

「いや、まっ、ちが、違うから。
 違うって! シオン! 先輩! お、落ち着いて!!」








後書きと解説

式と志貴の対話&ランサーvsアサシン。
式×志貴はちょっとした伏線みたいなもの?かな。
四季は歌月と缶コーヒーの印象が強いのでやっぱあの二人は親友っぽくないと、と。
反転後の四季はロアみたいなものだし。

式が死を視ても耐えられるのは達観しているせい、らしいですが、
やっぱりそれは死に浸っていた時間が長いのが影響しているのかな、と。
死ばっかり視続けてたから、たかが死線程度じゃ動じない、みたいな。
あとはこの世界とあっちの世界を比べた結果、ですかね。
全部想像ですけど。

ランサー×アサシンはランサーに軍配、か?
地形と獲物、殺す事に特化した者と戦う事に特化した者じゃ
戦闘、という領分においては後者の方が強いかなー、と。
月姫の志貴もまともにやりあったのはあんまりなかったような。
あっても遮蔽物の多い森の中とか、学校だったし。
ただ広いだけの空間じゃ分が悪いでしょう。






back   next