十三日月 夜/黄金の殲滅者 /1 ────此度の聖杯戦争で、幾度となく戦場となった中央公園。 そこで。 今宵、また一つ大きな戦いが繰り広げられようとしていた。 一時の休息を終え、魔術師の時間、戦いの時間が訪れる。 その休息の中で、ある者はこれからの事に想いを馳せ。 ある者は自分と近しくも遠い稀有な者と出会い、これからの可能性を手に入れた。 だがそれは、この夜を越えなければ意味がない。 戦いの舞台も、倒すべき敵も判っている。 ならば───後は己の力を示すのみ。 「みんな、準備はいい?」 凛の声に、居間に集う他の者達が無言で頷く。 準備など、とうの昔に出来ている。これは戦いへ向かう意思の確認。 敵は強大。向かうは死地。 それでも。それでも行くという意思を確認する言葉である。 「ふん、確認する必要なんてなかったわね。さ、行くわよ」 二騎のサーヴァントと五人の人間が衛宮邸を後にする。 必ず────この家へと帰ってくる事を誓って。 /2 「ほう、中々に良い夜だ。奴らが消えるには相応しかろう」 天には灰色の草原を白く照らし出す澄んだ月。 その姿は未だ楕円で、真円を描くには足りていない。 だが今宵は十三夜。満月の次にその美しさを讃えられる豊饒の月の夜である。 これから満ちていくその月は、古代より人々に親しまれ信仰の対象とされてきた。 ────なるほど。 英霊とは人々の信仰により祀り上げられた存在。 この月が彩る世界で終焉を迎えるならば、確かに相応しいと云えるだろう。 その楕円の星が輝く月下。唯一人佇む、その者の名は。 「待たせたな、ギルガメッシュ」 王の名を呼ぶは、黒影の中から現れた一人の人間。赤色の髪を持つ年若き一人の青年。 かつて、目前に立つ黄金の王を打倒した者。 「……………アサシンはどうした。マスター共々逃げ出したか?」 「さあな。教えてやる義理もない」 士郎と共に現れた一団の中には、ギルガメッシュの言うようにアサシンと志貴の姿がなかった。 あるのはセイバーと凛、シエルとシオンだけである。 「雑種どもは置いてきても構わぬとは言ったが、アサシンまで来ないとはな………腰抜けが」 忌々しげに舌打ちをするギルガメッシュ。 だがその表情は、すぐさま愉悦へと変貌する。 「まあ構わん。刻限まではまだ後一日あるからな。 今宵はセイバーだけで我慢するとしようか」 「その余裕……後悔しますよ」 「はっ。誰に向かって口を訊いている、セイバーよ」 愉快げに言って。男の背後が陽炎と揺らぎ扉が開く。 王の宝物庫へと続く道より、無数の宝具がその姿を顕す。 そして、ギルガメッシュはその中から一本の剣を抜き出した。 「あれは………」 士郎がその目でその剣を解析する。 いや、解析する必要など無い。 なぜなら、その剣は既に知っているのだから。 「さあ、来るがいい騎士王。 出し惜しみはせぬ。 我が全てを以って、貴様に終焉をくれてやろう!」 「セイバー!」 凛の声が辺りに響く。 それが開戦の合図となり、銀光が草原を駆け抜ける───! /3 瞬きの間にセイバーがギルガメッシュとの距離を詰め、振り下ろされる不可視の剣が、ギルガメッシュへと肉薄する。 「はああ─────!」 奔る火花。 かつてない気迫で打ち込まれる連撃の前に、黄金の騎士が後退する。 ギルガメッシュは携えた剣とその身を護る黄金の甲冑で、後退しながらもセイバーの剣戟を防ぐ。 だがそれでもなお、セイバーは烈火の怒涛で不可視の剣を振るい続ける! 一撃。二撃。三撃。四撃───! 膨大な魔力が込められた剣撃が雨となって、瀑布となって男を襲う。 男はそれをただ防御に徹し、防ぎ続ける。 いかに最古の英雄王といえど、その身はアーチャーのクラス。 純粋な剣の英霊たるセイバーの前では、接近戦での勝利はありえまい。 「いゃああああ────!」 繰り出される剣の舞。 屈指の頑強さを誇る黄金の甲冑も、あまりの衝撃に耐えかね軋みを上げる。 あと数撃。 あと数撃叩き込めば、鎧ごとギルガメッシュを切り裂けると確信した瞬間。 防御に徹していた王が一転、刹那のうちに攻撃へと転ずる! 背後の空間が揺れ、そこから幾重もの剣が飛び出し、ギルガメッシュの意思一つで乱舞する。 それは攻防一体の暴風となり、セイバーの剣を防ぎ、セイバーへと肉薄する! 「くっ────!」 刹那の攻防は一瞬にして逆転し、撃ち出される無数の凶器をセイバーはその剣で弾き、その脚で回避する事を余儀なくされる。 幸いにもここは広い荒野。 逃げるだけなら道は幾らでも存在する。 「そら。どうした、セイバー! 逃げるだけが貴様の剣か!」 撃ち出される雨は止まず、ただ広い荒野を駆け続ける。 推進剤でも使ったかのような跳躍と、それを逃がすまいと宝具が大地に突き刺さっていく。 だがそれで終わろう筈も無い。なぜならこの身は────! 「 そう────この身は一人ではないのだから! 「─────ッ!」 背後。 セイバーへと意識を集中させていたギルガメッシュの後方。 そこから繰り出されるは投影された宝具の雨! その数、実に二十七! 「雑種が………舐めるなァ!!」 撃ち出される宝具を全く同じ宝具で撃墜していく最古の英雄王。 それはいつかの戦いと、全くの逆! 「もらった────!」 セイバーへと向かう掃射が減り、士郎へと意識が向けられた刹那。 その網を掻い潜り、セイバーがギルガメッシュへと駆け出す───!! 「甘いわ───!!」 突如セイバーの死角より顕れる一本の無骨な剣。 それは選定の剣の原型、竜殺しの特性を持つ最強の魔剣、グラム! 「なっ────くぅ!」 その異名を持つ剣は竜の因子を持つセイバーにとっては最大の天敵。 まともに受ければそれだけで致命傷。 攻撃へと転じていた身体を、無理矢理に捻り、襲い来る魔剣を迎撃する! 「はっ───ぐ………っ」 だがそれも間に合わない。 致命傷こそは避けられたが、籠手を貫かれ腕に傷を受ける。 撃ち出された贋作を迎撃し終え、たたらを踏むセイバーを余所に、挟撃という現状を打破する為、ギルガメッシュが右へと跳ぶ。 だがそこに、逃げ道などありはしない! 「はあああ────っ!」 宙を舞う一つの影。月を背に踊る青髪の女性。 その手に携えられし六本の黒鍵が、空を裂く! 「小賢しい!」 それは摂理の鍵という名を持つ概念武装だが、所詮それはただの剣。 宝具でも何でもないただの剣では、王の鎧に傷一つ付ける事などできはしない。 だが射手であるシエルは、この剣を射ち出す時に、ある一つの技法を組み込んでいる。 そう、傷はつかなくとも。動きを封じるにはそれで十分! 「な────っ!」 事実、投擲された剣は黄金の鎧に傷は残さなかった。 だが、その剣に込められた技法、作用によって衝撃が鎧を伝い、ギルガメッシュの身体を吹き飛ばす。 体制を崩したギルガメッシュが吹き飛ばされる先。 そこにはシオンが銃を構え、凛が魔術を詠唱している。 狙いをつけた銃口と長い詠唱を終えた一つの魔術が、寸分違わず王の頭を撃ち貫く! 「チィ───!」 それをどこから取り出したか、鏡のような盾で反射させ、地へと着地する。 怒涛の連続攻撃を全て防ぎきったギルガメッシュは、なお後退し、千切れた木々を背景に敵を視界におさめる。 「はっ。セイバーならともかく、雑種共まで我の手を煩わせるとはな。 いい余興だ。それほど死にたければ我自ら手を下してやろう」 揺らぐ空間。増える武装。展開される、一面を埋め尽くす無数の原典。 その一つ一つが、意思を持つかのように獲物に狙いを定める。 今までは柄しか見えなかった物が、刃を露わにし主の命を今か今かと待ち望んでいる。 これがこの黄金の騎士の本来の戦い方である。 元々ギルガメッシュは剣士ではない。接近戦を行う事自体が手を抜いている証拠。 この無数の宝具は、空間に展開され、主の命によって自らが弾丸となる。 故にアーチャー。 このサーヴァントは、最強の魔弾の射手なのだ。 「巧く避けろ。 なに、運が良ければ手足を串刺す程度───ッ!」 背後。 千切れた木々を隠れ蓑とし、気配を遮断し潜んでいた二つの黒影。 それは、殺人に特化した一つの主従! 「ああぁああぁああ────!!」 二人の蒼眼の死神がその死を断ち切る為、黄金の王へと肉薄する。 だが、それすらも。 「ぬるい────!」 既に展開されている武器が、神速を以って放たれる。 接近せねば断ち切れぬ死の楔。 それを断とうとした一人の男は、近づくことあたわず、剣にその身を貫かれる。 「はっ───ぐ、づっ──!」 「志貴!」 アサシンはそのスピードをもって致命傷を避けた剣の群れも。 未だその領域には至っていない志貴では避けきる事は不可能だった。 志貴を抱え、アサシンは一息でギルガメッシュから距離を取り、士郎達のもとへと走る。 「志貴!」 「遠野くん!」 駆け寄る二人に、精一杯の笑みを浮かべ、大丈夫だ、と伝える。 だが脇腹より滴り落ちる血は、その傷の深さを物語っている。 「逃げ出したかと思えば……こそこそと奇襲の準備をしていたか。 所詮は暗殺者。真っ当な打ち合いもできぬ屑よな」 志貴の傷の手当ての為、シオンとシエルが戦線を離れる。 「悪い。しくじった」 そう告げるアサシンの顔に笑みは無く、ただその蒼い瞳で眼前の敵を見据えている。 「いえ、あれは仕方のないことです。 やはり……あの男……何かが違う」 穿たれた手の甲を魔力で補うセイバー。 だが、治りが遅い。 竜殺しで傷つけられたその身体は、修復には若干の時間を要するようだ。 だが、幸いにも傷は左手。剣を握るだけなら、このままでも十分戦える。 襲い来る様子の無いギルガメッシュと対峙したまま、傷を癒し思考を巡らせる。 何が違うのかは解らない。ただ、言える事は一つ。 ──────強い。 全員がかりの連携攻撃も、死角からの奇襲も、まるで全て見透かされていたように防がれた。 数の優位も、手数の多さもこの敵には通用しない。 やはりそれはあの男の持つ千の財ゆえのもの。 まるで手足のようにソレらを用い、上下左右正面背後。あらゆる角度からの攻撃を可能とするあの宝具は強すぎる。 それに、ヤツにはまだ…………。 「どうした? 来ないのならこっちから行くぞ?」 愉快げに口を歪ませ、まるでこの状況を愉しむかのように男は告げる。 それにその場にいる全員が息を呑む。 視認できるだけで五十を超える宝具の群れ。 あれを全て撃ち出されては、生き残る術などありはしなかった。 「───シロウ、凛、アサシン」 そこへ、決意を秘めたように青銀の騎士が言葉を発す。 振り返らず。己がマスター達と、共に戦うサーヴァントに投げかける。 「後は、お願いします!」 駆け抜ける青光。 弾丸となって走るセイバーに── 「まずは貴様か。疾く逝くがいい! 騎士王!!」 ──無数の魔弾が放たれる! 放たれる無数の刃先。 その全てがセイバーの命を刈り取らんと迫り来る。 降りしきる際限の無い凶器の雨。 それを、木の葉の如く、悉くを受け流す───! 上段から剣、 正面から槍、 下方から鎌、 弧を描き、背後からは戟のような長柄の武器、 そして、薙ぎ払うかのように襲い来る超重量の獲物! それを不可視の剣で弾き、払い、流し、防ぎ、最後はその身を捻る! 「はっ───、ぁア………くっ」 崩れた体制を無理矢理に整え、未だ遠い敵を見る。 ギルガメッシュの背後に展開される宝具、その数は未だ三十は残している。 だが行かねばならない。 そこが死地とわかっていても。踏み出さなければならない! 「くっ──あぁぁぁあぁっ──っ!」 握り締める手に血が流れる。 セイバーが傷ついている。止めたい。止められない。 止めたところで何も変わらない。 セイバーは俺達の為に、自分の為に戦っている。 それを止める権利は俺には無いし、止めたところで止まる筈もない。 そうだ………これは全て俺達の作戦。これは全て、勝利を手に入れる為の布石。 なら俺は、セイバーを信じて自分に出来ることをするだけだ! 降り注ぐ雨の中を、掻い潜るように進むセイバー。 だが雨の全てを払うことができないように。 防ぎきれない幾つもの刃によって、彼女に無数の傷を作っていく。 鎧は軋みを上げヒビ割れ、手甲は脆くも崩れ落ちる。 青のドレスすらも引き裂いて、その命を奪わんと荒れ狂う。 「士郎、頼むわよ」 横から遠坂の声が聞こえる。 それが、全ての合図なのだと悟った時、魔術回路に火が灯った。 「───────」 撃鉄が落ちる。 思考は円環状に速度を増し、火花を散らし軋みを上げて、そのカタチを、悪魔めいた速度で作り上げていく。 「──── それは俺を顕す呪文ではなく、アイツを顕す一つの呪文。 捻れながらも真っ直ぐに、ただ一つのモノを貫き通した男を顕す、一つの言葉。 その言葉と共に現れるは矢を番える一つの弓と、華美な装飾に彩られる一本の螺旋状に捻れた剣。 その剣を弓に番え、狙いを定める。 視認した先。 剣群の中にいるセイバーのさらに先。 そこで視た。 完全なとどめを、息の根を止めようと、歪む空間から引き抜かれる覇王の剣。 ─────“乖離剣エア”───── あれが解放されては全てが遅い。 その一撃は全てを薙ぎ払い、地獄を体現する原初の剣。 だが、此方の方が早い。 番えられた矢は、既に目標を捉えている。 「セイバァァァァァァァァ!」 俺の咆哮に反応し、セイバーは一瞬にして左へと大きく跳躍する。 目標を穿つ剣は、ただ一直線に標的へと突き進む! 「ハッ───舐めるなと言った筈だぞ、小僧!」 展開され、発射の時を待ちわびていた宝具が、その進行を止めようと矢となり剣を穿ち、盾となり王を守護する。 さらにそれを止めきった後。刹那のタイミングで必殺の一撃を放つ為、英雄王は初動に入っている。 既に引き抜かれた乖離剣が軋みを上げ、風を巻き込み唸りを上げる。 三つの刃が互い違いに回転し、世界を切り裂く力を生み出していく。 だが遅い。 勢いを止められ、真名を解放される、その刹那。 ────瞬間。あらゆる音が失われた。 「───────!」 標的へと着弾する筈だった螺旋の剣は、轟音と共に炸裂した。 それは、その場に居た者の視覚を覆い、聴覚を狂わせ、大気を振動させ、大地を焦がした。 吹き荒れる烈風が炎を巻き上げ、もうもうと黒い煙を上げ続ける。 ────その中央。 爆心地であったであろう地面は抉れ、小さなクレーター状になっている。 放たれた矢は、それほどの破壊を巻き起こし。 それほどの破壊を以ってしても、黄金の王は健在だった。 直撃でなかった事が功を奏したのか。 察知し、直前に盾でも敷いたのか。 黄金の甲冑は僅かな傷痕とヒビ割れはあるものの健在で、煤でその色をくすめているだけだった。 「………忌々しい。セイバーを囮にしての一撃とはな。 雑種の分際で我の鎧に傷をつけるなどと───!」 鬼の形相で士郎を睨むギルガメッシュ。 その手に携えられた乖離剣が再度唸りを上げ、辺りを包む炎を吹き飛ばしていく。 だが気づくまい、英雄王。 この一撃さえも、最後の一手への布石であることを─────! 「“ 剣を覆う鞘は既に解かれ、彼女を中心に巻き起こる風は、疾く嵐へと化けていく。 炎を巻き上げる風は、爆発によって起こったのではない。 彼女によって解かれた封印の余波である。 収束する光。 既に振り上げれたソレは、黄金に輝く、星の光を集めた最強の聖剣。 そう………全てはこの一撃へと繋ぐ為! 「行けぇぇぇぇぇ! セイバーーーー!」 触れる物を例外なく切断する光の刃。 夜空を翔け、雲を断ち切り、大地を焦がす極大の光。 それが今────振り下ろされる。 「“───── 後書きと解説 士郎達vsギル。 多数vs一って書くのムズカシイですね。 このギル様は限りなくネイキッドに近い感じを想像して書いております。 タタリの具現は最凶の存在ですから。 士郎達が最も恐れる者の一つは、間違いなく「慢心」のないギル様でしょう。 これ本編内で書くとギャグっぽくなりそうだったので書きませんでしたけど。 そう──タタリが具現化するのは最凶の存在だ。 士郎達が最も恐れる者。それは最古の英雄王、ギルガメッシュに他ならない。 しかもそれは以前戦った彼ではなく。 「慢心」のないギルガメッシュなのだ! ……………ギャグにしか、見えないヨネ。 back next |