十三日月 夜/「死」 /1 ────炸裂した 二つの剣が引き起こしたのは、巻き上がる紅蓮の炎と立ち昇る黒煙。 それは暗い夜の闇を照らしながらも、中央公園の中心部を覆い隠している。 パチパチと鳴る火花を聴きながら、士郎や凛達、傷の手当てをしている志貴達がその見えない爆心地を睨みつける。 決まった。そう、確実に決まったはずだ。 あのギルガメッシュが士郎の固有結界を知っていたとしても、 いかにあの男が一目で相手の能力を看破する能力を持っていたとしても。 剣が爆発する、などとは考えられないだろう。 それ故の作戦。 対応を知らない攻撃なら、いくら英雄王といえど一瞬の困惑はあるだろう。 士郎の剣で視界を遮り、惹きつけ、セイバーの剣で全てを断つ。 作戦はほぼ計画通りに進行した。 欲を言えば、ギルガメッシュがエアを抜く前に決められればなお良かった。 だがそれも問題ないだろう。 あのタイミングでは、流石のギルガメッシュもエアを振り抜く暇はなかったはず。 たとえ刹那のタイミングで間に合ったと仮定しても。 この爆炎の中、生きているはずがあるだろうか。 誰も口を開くことなく、固唾を飲んでその炎を見守っている。 響くのは大地の灼ける音と、炎の爆ぜる音。 モノクロームな世界を染め上げる紅い赤いその炎は、士郎の心に一つの影を落とす。 「シロウ……?」 胸を掻くように背を丸める士郎を見つめ、セイバーが心配そうにかつての主の名を呼ぶ。 それに丸まっていた背を伸ばし、 「大丈夫だ、何でもない。 それよりもどうだ? ギルガメッシュは死んだのか?」 心に微かな蟠りを感じながらも、士郎は今確認すべき事をセイバーに問う。 「いえ、この状況では確認できませんが……手応えはあった、と思います」 どことなく歯切れの悪い言葉を残しセイバーは視線を士郎から炎へと移す。 傷ついた身体を気にもせず、手の中にある輝く聖剣を握り直した。 生死の確認ができない以上、警戒を解く理由は存在しない。 何と言っても相手はあのギルガメッシュなのだ。 もし生きているのなら、特殊な能力を持つ物も多い千の財を用い何をしてくるのか、想像もできない。 煌々と燃え盛る赤。 皆の視線を一身に集めながらも、止むこと無く猛る紅の焔。 そんな中、傷の手当てが終わったのか、よろよろと歩いてくる志貴達。 そちらへ士郎が視線を移そうとした、刹那。 ごうっ、という音と共に吹き上がる炎の柱。 それはさながら、天へと昇る龍の如く空高く舞い上がっている。 「な─────」 口から零れそうな言葉を飲み込み、ただ眼前の炎を見つめる。 ただの炎がこれほど高く立ち昇る筈がない。 事実、その炎を飲み込むように中心地で風が渦巻いている。 まずい………やはり、まだ───! 「 吐き出そうとした言葉を遮るように、一本の剣が炎より飛び出し士郎の肩を射ち貫く。 「士郎!」 「シロウ!」 駆け寄ろうとする二人を視線だけで制し、血の滴る肩を押さえながら剣の発射口を見る。 立ち昇る炎は勢いを衰えさせること無く猛り、中心に立つ人物を護るように踊り続ける。 「おのれ、おのれおのれおのれおのれおのれ………!」 エクスカリバーの直撃を受けたはずの、ギルガメッシュの姿がそこには在った。 あの極光の直撃を受けて立っていられるなど……考えられない。 ならば、回避したのか? 否、ソレはありえない。 回避したのなら炎の中にいるのはおかしいし、ギルガメッシュの容姿を見れば一目瞭然だ。 炎の中心に立つ英雄王。その風貌は出会った時とは比べるべくもない。 逆立てられた髪は垂れ下がり、纏っていた黄金の甲冑は砕け、上半身は肌を露出させている。 しかしその身体には刺青のような、赤い線のようなモノが刻まれていた。 ただその中で一つだけ以前と変わらぬ物がある。 それは、睨みつける眼光。 全てを射抜くような真紅の瞳だけは、以前と変わらずそこに在った。 それから察するに、直前で何か盾となる宝具を敷いたか、エアを発動させたかのどちらかだろう。 相殺できれば御の字、できなくとも軽減くらいはできる、と踏んだのだろうか。 だがそんな想像はいよいよ以って関係が無い。 あるのは作戦が失敗した事とギルガメッシュが生きている、という真実だけだ。 「許さんぞ貴様ら。王を愚弄するのも大概にしておけよ!!」 「くっ──────!」 耳を突くような金切り声を響かせながら、炎を切り裂き風を巻き込む乖離剣。 まずい。アレに対抗する術は一つしか存在しない。 だがセイバーは既に一発エクスカリバーを放っている。 凛の魔力量を持ってしても、セイバーを支えきるには二発が限度。 士郎が固有結界を使わない、という条件付きでも二発が限度なのだ。 つまり後一撃。 後一撃で決めなければ、エアに対抗する術を失うことになる。 「だが今ので決められなかったのは相当の痛手であろう。 セイバーがエクスカリバーを使えたとして後一撃。 消滅覚悟で後二撃、と言ったところか」 「っ──────」 全て見透かされている。 ならば、何がなんでもその攻撃を防ぎきりに来るだろう。 「先ほどは不本意な一撃に終わったが。 次は容赦無く貴様らの命を刈り取らせてもらうとしよう。 ────起きろ、エア。 世界の真実を識る者として、一つ教授してやるがいい──────!」 甲高い音がさらに高くなり、紅蓮の炎が乱舞する。 大気をその内へと巻き込み、世界を切り裂く、断層を創り上げる力が刻一刻と増していく。 荒れ狂う暴風の中心点、炎すらを味方につけ一帯を覆う黄金の風。 その様はまさに、金の大嵐。 黄金の殲滅者が、全力を以って放つその一撃────! だが侮るな英雄王。 おまえを倒すべき策が、一つや二つだけであるはずがない! 「セイバー!」 「アサシン!」 二人のマスターが声を上げる。 それに応え、セイバーは凛達を庇うように前面に立ち、アサシンは迂回しながら高速でギルガメッシュの背後へと回る。 「雑兵が。そこで大人しく見ていろ!」 アサシンへと放たれる無数の刃。 それは自らに意思があるかのように上下左右正面背後。 あらゆる方向から黒衣の男めがけて飛来する。 「チッ────」 それを足を止めることなく走りながら躱し、短刀で軌道を逸らし、致命傷を避け続ける。 アサシンの武器はその足にある。足を止められればそれだけで終わり。 だから足へのダメージを避けるようにただ疾走する。 その間も唸りを上げ続けるエア。 それに対抗するように振り上げられた黄金の光がその輝きを増していく。 「 「 赤き旋風と黄金の極光が──── 「───── 「───── ─────激突する! /2 鬩ぎ合う光と風。 かたや、魔力を光へと変換し、収束・増大させる最強の聖剣。 かたや、風を圧縮、鬩ぎ合わせ、擬似的な時空断層を創り上げる世界を切り裂いた剣。 だがどちらも最高にして同レベルの暴力。 ならば、結果は見えている。 収束する音と光、そして風。 ぶつかり合った二つの力は、お互いの威力を殺し合い、相殺という結果に落ち着いた。 だが、英雄王は既に次の動作へと移っている。 またも軋みを上げる乖離剣。 相殺した直後、新たな風を巻き込み、第二撃を放たんと回転する。 「さあ。選べ、セイバー! 命を賭して我が一撃を相殺するか、マスターもろとも消え去るか。 二つに一つだ。だがどの道、おまえは消える運命なのだがな!」 構えられた乖離剣を前に、苦悶の表情を浮かべるセイバー。 この身はマスターの剣にして盾。 ここで相打つ事ができるのなら、それもまた良いと思えただろう。 以前の────自分だったのなら。 だが今の自分は一つの誓いを、願いを宿している。 共に戦うと決めた。共に歩むと誓った。 そして、 だけど。 ───すまない、シロウ、凛。 貴方達との誓いは、果たせそうにありません。 ここで身を呈したところで結果は同じ。 セイバー一人が消えるか、シロウ達も共に消えるか。 それだけの違いしかない。 なら、命を賭して、あの敵だけは連れて行く────! 身を投げ出し、英雄王へと駆け出そうとしたその時。 「───── それはセイバーさえ知りえない一つの策。 ギルガメッシュに無く、凛達に有るもの。それはマスターであり、令呪である。 現世へと繋ぎとめる楔にしてサーヴァントを縛る絶対命令権。 それが今、解き放たれる! 「行きなさいセイバー! アイツを、ぶったおせ─────!」 「─────はい、マスター!」 溢れる魔力。加速する身体。 令呪による命令は、セイバーの尽きかけた魔力を全快にする。 満ち溢れた魔力が聖剣へと注ぎ込まれ、かつて無い程の光を宿す。 「っ───! 令呪! そうか、それが貴様らの──!」 だが遅い。 大地を駆け、振り上げられた剣は既に起動している。 「 轟音が消え去り、誰もが勝利を確信した一瞬。 響くのはジャラリ、という鉄と鉄が擦れあう音。ギリギリと締め上げる音。 「バカ────な」 それは誰の言葉か。 全てを包む光が収束し、晴れた世界には変わらず英雄王の姿があった。 振り下ろす一瞬。 突如中空より現れた鎖によって腕を締め上げられ、エクスカリバーの軌道が逸れたのだ。 ─────天の鎖───── バーサーカーの動きさえ封じる、ギルガメッシュが最も信頼する友の名を冠する宝具。 だがその能力は“神を律する”こと。宝具の中でも数少ない対神兵装だ。 それゆえ神性を持たない者には束縛能力が著しく低下し、ただの頑丈の鎖でしかない。 だがそれで十分なのだ。 完全に動きを封じられなくとも、腕だけを束縛し、軌道さえ逸らせば後はどうにでもなる。 事実は一つ。 令呪のバックアップを受け、放たれた光は。 誰を害することも無く、空を斬った。ただ、それだけだ。 「終わりか。では死ね」 勝利の確信は一瞬にして、敗北の絶望へと塗り替えられた。 /3 ──────惨劇。 その地は、そんな言葉だけが似合う舞台と化していた。 「ふはは。あーっははははははは! 無様よな! 一体貴様らは幾つ策を弄した? 三つか、四つか!? だがどれもこれも失敗だ。 知るがいい、弱き者よ。絶対的な暴力の前では、策など無意味であるとな!」 唯一その地に立つ黄金の王の高笑いだけが木霊する。 直撃を受けたセイバーは血塗れで倒れ伏し、セイバーの背後にいた士郎達も立ち上がることができなかった。 「だがまあ、それなりに楽しめたぞ。 幾つか肝を冷やした場面もあったのは事実として教えておこう。 見ろ。貴様らのせいで我が鎧が台無しだ。 しかし王にこれほどの傷を与えたのだ。もう十分であろう。疾く、逝くがいい」 エアではなく、宝物庫より一本の剣を取り出すギルガメッシュ。 その足は一番近くに倒れているセイバーへと向かっている。 「や───め……っ」 声にならない声を発し、立ち上がろうとする士郎。 だが立てた腕は滑るように崩れ、身体もそのまま地に落ちた。 「し、ろっ…………」 消え入りそうな声で呼ぶ凛。 もう打つ手が無い。 ギルガメッシュの言うように、絶対的な力の前には策など無意味なのか。 もう、為す術も無い。 なら、最期の時くらい、好きな人の側に居たいとその手を伸ばす。 だが、その愛する人はまだ諦めていない。 折れた腕を必死に伸ばし、迫り来る死に立ち向かおうと、身体を起こそうとしている。 ────そうだ、遠坂凛。わたしは遠坂凛なのだ。 士郎がまだ戦う事を諦めていないのに、わたしが諦められるかっての! 「はっ───ず………くっ」 その決意を感じ取ったように、血濡れのセイバーの目に火が灯る。 まだだ。まだ終わっていない。 この命が尽きるまで、まだ勝負は決していない。 「まだ足掻くか、羽虫どもめ。いい加減目障りだと自覚しろ」 歩みを止めることなく、蟲でも見るかのような目で見下す英雄王。 剣を振り上げ、止めを刺そうとした、刹那。 「待てよ」 セイバーや士郎の更に後方。 志貴やシオンがいる近くから、声がした。 /4 ギルガメッシュの高笑いが響いている時。 志貴達も士郎と同じく、地に倒れ伏していた。 「くそっ────」 だが士郎達よりは遠くにいたせいか、彼らよりはその身に刻まれた傷は少なかった。 「立てる、か。先輩、シオン」 「ええ。なんとか、大丈夫そうです」 「行動に支障をきたすレベルの傷ですが……ここで立ち上がらないわけにはいかない」 脅威の再生力を持つシエルですら完治には時間のかかる傷。 だがそれでも。 前方で倒れる彼らはここまで頑張ったのだ。 なら次は俺たちがやる番だ。 だが、手立てが無い。 志貴達にはセイバーのような破壊力も、士郎のような万能さも持ち合わせていない。 志貴は近づくことすら叶わず、シエルの投擲では宝具の掃射で防がれる。 シオンのバレルレプリカも、真正直に撃っても当たるとは思えない。 何かないか。アイツを倒す術はないのか。 どれだけ思考を巡らせようとも、痛む身体と流れていく血のせいで考えが纏まらない。 「手がなくても、やるしかないか………!」 このまま待っても、訪れるのは冷たい死だけだ。 なら立ち上がって、それから何か考えよう。 大丈夫。まだ終わっていない。死んでいないのなら、何か手はあるはずだ。 そう思って。立ち上がろうとした時。 「いい。志貴も先輩達も、そのまま寝ててくれ」 自分と似た声がし、振り返る。 そこには無数の傷痕を身体に残すアサシンが立っていた。 「アサシン?」 サーヴァントゆえか、直撃ではなかったせいか。 アサシンはセイバーや士郎達ほど満身創痍ではなかった。 「寝てろって……どういう事だ?」 「どうもこうもない。俺がアイツを倒す。それだけだ」 目にかかる包帯を解いていないのに、冷たい殺気が背筋を駆け抜ける。 だがその微かに見える表情からは、確信とも決意とも取れる何かが窺い知れた。 「何を………する気なんだ」 それに答えず、アサシンは真白の包帯をいつものようにずらす……だけではなく。 戒められたモノを解き放つように。ゆっくりと、包帯の全てを外し終えた。 「────────」 今まで見えなかった顔の全体像が露わになり、息を飲む。 整った顔立ち。乱雑に切られた漆黒の髪。 なにより目を惹くのは、その対の瞳。 現れた双眸は、空よりも澄んだ青さで、海よりも冴える蒼の輝きを放っていた。 そして自分より幾分か成長したその顔を見て。 未だあどけなさを残す己の顔を思い描き、いつかは俺もこんな顔になるんだろうか、などと場違いな感想が頭をよぎっていた。 「志貴。これをやる」 アサシンは手に握られていた包帯を志貴に手渡す。 それは蒼崎青子から受け取った眼鏡では抑えきれなくなった魔眼を御する為のモノ。 「何言ってんだ……これがなきゃおまえ、は、…………まさか」 「最初からこうすれば良かった。 そうすれば、誰も傷つくことなく終わっていたはずなのに」 ボロボロの黒衣を翻し、アサシンはギルガメッシュの元へと歩を進める。 「待て、アサシン!!」 最初からこうすれば良かった? 嘘だ。 そうできない何かがあるからこそ、今までソレを使わなかったんだろう! 「志貴」 主の名を、そして自分の名を呼び足を止める。 「じゃあな────アルクェイドによろしくな」 /5 響いたのはアサシンの声。 その姿は黒くボロボロで、だが月光を受けるナイフとその双眸だけが輝いていた。 「ああ………どこぞの雑兵か。 ちょろちょろと動き回るしか能の無い暗殺者が何の用だ」 「士郎。動けるか?」 「え、あ……ああ。なんとか、少しくらいなら」 両目を露わにしているアサシンに一瞬戸惑いながらも、訊かれた事にはなんとか答える。 事実、いつかと同じように士郎の傷は治りかけている。 だがあくまでそれは表面的なモノであって完治には程遠かった。 折れた腕など治りきっていない部位は多い。 「そうか。じゃ、そっちの彼女を連れて離れてろ。 そこに居られると邪魔になるから」 セイバーの肩を抱き、倒れた身体を支える。 「アサシン? 何を、するつもりですか」 「アイツを倒すんだ。 それ以外にする事なんてないだろ」 今まで手も足もでなかった相手を、一人で倒すとこの男は言う。 ならば何か、セイバー達の預かり知らない力をこの男は持っているというのか。 「勝算はあるのですか?」 「なきゃこんなコトは言わないさ。あー、だけど一つだけ頼みがある」 「なんでしょうか」 「志貴達のコトを頼む。アンタにとっちゃ護る必要の無い人たちだけどさ。 アイツらがこの先もアンタ達と共に戦うって言うのなら、助けてやってくれないか」 「───────」 それは、別れの言葉に他ならなかった。 またか。またなのか。 アインツベルン城ではアーチャーを犠牲にし、またここでアサシンをも犠牲にすると言うのか。 皆が主を護るため命を投げ出す中、私一人生き残ると言うのか。 「何故、」 俯いたまま呟くセイバーの顔は、髪に隠れて見ることができない。 「ん?」 「何故、貴方たちは! 自分の身をいとも簡単に犠牲にできるのですか!」 向けられた顔は悲哀に濡れていた。 縋るようにアサシンの服を掴み、涙が零れそうな瞳を湛えていた。 「そんなの、簡単じゃないか」 本当に、何でもないように─── 「女の子の悲しむ顔を見たくないからに決まってる」 ──満面の笑みで、そう答えた。 /6 セイバー達を遠ざけ、ギルガメッシュと対峙する。 ただ、一つだけ疑問が残った。 「おいアンタ。なんで俺達を殺さなかった?」 そう。 彼がセイバーを運んでいる時も、士郎と凛が支えあっている時もギルガメッシュは手を出さなかった。 「あんな死に損ないどもはいつでも葬れよう。 だが貴様は我を無視した。よって最初に殺してやろうと思ってな」 「ハッ────くだらねぇ」 「何?」 「弱者から殺すのは戦いの常だろう。 そんな余裕をかましてるから、アンタは俺に殺されるんだ」 「は、はははははははは! 我を殺す? 手も足もでないどころか逃げ回る事しかできなかった貴様がかッ! くははははははははは! なるほど! 我を笑い殺す心算か!!」 心底可笑しそうに笑い続けるギルガメッシュを余所に、アサシンは臨戦態勢へと移行する。 「さっさと来いよ。もう話す言葉もありゃしない」 右手に握られた銀の短刀が揺れる。 「………ふん。良かろう、さっさと死ね」 右手を上げ、指と指とを合わせる仕草。 背後から幾つもの刃が顔を覗かせる。 睨みあう蒼眼と紅眼。 パチン、という音共に弾き出される無数の宝具。 それを全て視界に収め、アサシンはその悉くを────殺す。 「な、────んだと………」 繰り出される宝具は多種多様。 これまでの戦いでもかなりの数を撃ち出したはずなのに、溢れる水の如く飛来する。 それを動き回りながら死線を見つけては沿うように切断し、死点を見つけては寸分の狂い無く穿ち続け、徐々にギルガメッシュへと接近して行く。 「バカなっ………宝具を斬る、だと。貴様、何者!」 「アンタが自分で言っただろ。 逃げ回るしか能の無い暗殺者だってなッ!」 ただでさえ物の死を視るコトはアサシンの脳に負荷をかける。 それも、宝具なんていう極上の神秘のカタマリだ。 死を視るごとに頭痛が襲い、殺すごとに亀裂が奔る。 だがこんなモノは解っていた。 包帯を完全に外せば、視る必要の無い死すら視えてしまうことなど。 これでも長い付き合いだ。この眼の事は、誰よりも理解している。 「………死を視る眼、か。ほう。貴様、あの男の成れの果てか。 ならば近づかれてはマズイな。距離を取らせてもらう」 冷静さを取り戻したギルガメッシュは宝具を射出しながら後退する。 右手にはエア。 それを見舞われてしまえば、アサシンでは消滅を避けられまい。 ─────だが。 「遅いッ!」 宝具の雨を掻い潜ったアサシンは、右手の短刀をギルガメッシュめがけて投擲する。 「はっ。自ら武器を捨てるか」 短刀ではギルガメッシュに傷をつけられたとしても、殺すまでは至らない。 直死の魔眼はその眼を以って死を認識し、その手で断ち切る必要がある。 放たれたナイフでは、死を穿つ事などできはしない。 「こんなもの───」 迫り来る銀光を避けることなく、撃ち出した剣で叩き落とす。 だがそれは囮。 ナイフの後方、そこに在るべきアサシンの姿は既に無い。 「!──────上か!」 夜に舞う黒衣の死神。 輝ける蒼が、黄金の王の姿を完全に捉える時。 「────────── 紡がれた言葉は夜の闇に溶けるように消えていった。 それと同じように、ギルガメッシュの身体が崩れていく。 「………は、はははははははははは! 神話の体現、睨むだけで殺すというバロールの魔眼というわけか!」 志貴達が持つ直死の魔眼は別名、バロールの魔眼。 だが本来のそれとはいくらか趣が異なっている。 神話に登場するバロールが持っていたとされる魔眼は視るだけで殺すという眼だ。 相手の死を視、それから断ち切るという直死の魔眼はバロールの魔眼と呼ぶに相応しいが、所詮本物のそれとは違う存在だ。 青子から受け取った魔眼殺しでは抑えきれなくなった直死の魔眼。 それが行き着いた先は、神話を再現するバロールの魔眼だった。 「クッ。この身体もここまでか。 ふん。まあいい。 最期の夜にこそ、必ず、ワタ、シは───………」 風に靡くように消えていったギルガメッシュ。 長い長い夜は、ようやく一息つけるほどの静寂を取り戻した。 「ふう。疲れた、な………」 弾かれたナイフを拾い上げ、人心地着く。 身体はボロボロ。脳はもう、何かを考えるだけで痛むほど酷くなっている。 それは当前の帰結。 英霊といえど元は人間の身で神の所業に手を出したのだ。 即、廃人にならないだけマシってなもんだろう。 「悪いな、ランサー。アンタとの約束は、果たせそうにない」 誰にでもなく、虚空に向かって語りかける。 「でもま、エミヤとの約束の方が先だったんでね。 勘弁してくれ」 もう何もする事ができない。 足元から夜に透けるように消えていくのが実感できる。 「………アルクェイド」 いつか志貴とシオンに向けて言った言葉。 「無念はあっても後悔はない、か」 なんて、つまらないウソ。 自分さえ騙せない嘘はつくなと、先生に言われたじゃないか。 後悔してるから俺は志貴に『俺のようにはなるな』と言い、未練があるからここにいるんだ。 アルクェイドに逢いたい、アルクェイドに逢いたい。逢いたい、逢いたい。 だけどそれはもう、叶わぬ願い。 アルクェイドの姿は、網膜に焼きつくくらい鮮明に覚えている。 アルクェイドの笑顔は、心の中でずっとずっと残っている。 「アルクェイド……」 ほら。目を瞑れば、元気に笑うアイツの姿がそこにある。 でも………それでも! 「アルクェイドに………逢いたい……」 ああ、本当に。 アイツと共にあった時間は、夢のような日々だった。 「まったく、どうかしてる」 零れ落ちる涙を拭いもせず、ただ、空を見上げる。 ─────ああ、気づかなかった。 「アサシン!」 響くのは誰かの声。 「アル………は……るから! 絶対………アイツを……しな……から!」 誰かが何かを叫んでいる。 だけどもう、その全てを聞き取ることはできなかった。 でもきっと。 その言葉は俺が望んだものだと信じている。 いや、たとえ違っても構いはしない。 これはおまえの人生なんだから、好きに生きればいい。 過ぎ去るのは一陣の風。 消える俺を嘲笑うように、冷たい風は流れ続ける。 ……もう、時間がないな。 んじゃ、この世界にさよならを。 頭上の空は、いつの日かアイツと一緒に見た世界と同じ。 明るい闇を見上げたまま、いつか見たユメを思い出していた。 だって。 ─────今夜は、こんなにも──────月が、綺麗だから。 後書きと解説 vsギルガメッシュ終幕。 色々と突っ込みどころはあると思いますが、ご容赦の程を。 ネイキッド・ギルならこれくらいやりそうだし、 ネイキッド・ギルを倒すにはこれくらい必要かな、と思いまして。 バロールは……まぁ、ただの妄想です。 何の為に包帯巻いてんの、から始まって 抑えきれない程強くなったのに、能力向上しないのはおかしいんじゃない、と。 ま、これも厳密には本物のバロールとは違いますね。真名がないと発動しませんから。 back next |