十四夜 朝〜昼/ありがとう /1 「アサシン…………」 手に宿る令呪を見つめる。 赤く火の灯っていた三画の聖痕には、死んだように色が無かった。 「………バカ、野郎」 ただアルクェイドに逢いたいが為に召喚に応じたアサシン。 アイツはその願いを叶えることなく、その命を賭し、俺達のコトを守ってくれた。 「遠野くん……」 「志貴……」 なんて無力。 同じ眼を持っていても、同じ存在だったとしても。 俺とアイツは、こんなにも違う。 ただシオンに頼まれるがまま、この聖杯戦争に参加した俺。 ただ一つの願いを宿し、再度この世界へと舞い戻った未来の俺。 なんて甘い。 頼まれたから参加した? そうだ、俺の心なんてそんなものだった。 アイツのように、何を捨ててでも欲しいモノもなければ、叶えたい夢すらない。 ただ安穏と生きて、ただ平穏に生きられればそれでいいと。 それならこの世界に踏み込むべきじゃなかった。 ただの静穏が欲しいなら、自分から危険に飛び込む必要なんか無い。 それでも誰かを守りたいと思ったから。 アイツらとまだ一緒に居たいと思ったから。 この力は、その為にあるんじゃないか、と夢見ていた。 それが、このザマか。 守ろうとしても、ただ守られるだけで。 戦おうとしても、ただ庇われるだけで。 ─────クソッたれ! 強く大地を殴りつける。 そんな事をしたって、何の解決にもならないのは解っている。 それでも腕を地面へと振り下ろす。 その手の痛みだけが、心の痛みを拭い去ってくれると信じて。 ただ、殴り続けた。 「やめなさい、遠野くん」 殴りつけていた腕を、後ろから引っ張り上げられる。 「先、輩………」 「誰かが亡くなるっていうのは、とても悲しい事ですよね。 それも、自分達の為に己の願いを金繰り捨ててまで守ってくれたんですから」 月を背に、諭すように言葉を紡ぐ先輩の声にただ、耳を傾ける。 「でもですね、遠野くん。 誰かが亡くなったことを後悔しちゃダメなんです。 貴方にも、経験があるでしょう?」 それは、俺の目の前で息を引き取った一人の少女。 助けられなかった、同じクラスの同級生。 「彼は私達の為に命を張ってくれたんです。 どうせ何かを想うなら、ありがとう、にしましょう。 守ってくれてありがとう。私達の為にありがとう、と」 「──────」 「彼だってきっと、貴方に後悔して欲しくて命を賭したワケじゃないと思います。 託されたモノがあるでしょう? 叫んだ言葉があるでしょう? それを大切にして、前に向かって歩いて行きましょう。 それが死者に手向けられる最大の餞だと、私は思いますから」 そう言って。笑顔で手を差し伸べてくる。 そう、か。そうだな。 渡されたじゃないか。色んなものを。色んな言葉を。 簡単には割り切れないかもしれない。もしかしたら、いつか悔やむかもしれない。 それでも、前を向いて歩いて行こう。 繋いでくれたこの道を、終わらせない為に。 手の中にある白い包帯を握り締め、もう片方の手で先輩の手を取る。 さあ、行こう。まだ全ては終わっていない。 /2 ────ボロボロの身体を掻き抱き、皆で衛宮邸へと帰還したのは夜明けも間近の時刻だった。 出来うる限りの傷の手当てを終え、皆より傷の少ない──というより治った──俺とシエルさんとで極々簡単な軽食を作り、食べ、疲れきった身体を休める為、早々に皆床についた。 そうして目が覚めたのが先ほど昼も一時を回った頃。 まだ節々は痛むが、普通に歩き回るくらいならこれでも十分だった。 朝は本当に簡単な物しか作る気力も体力もなかったので、皆が起きてきた時の為に、昼食を作っておこうと思い立ち布団から出たのがついさっき。 居間へ行こうと歩を進める途中、縁側でぼんやりと雲を見つめるセイバーの姿を見つけたのが今だ。 「セイバー?」 本当にぼんやりと。俺が近づいても気がつかないくらい、珍しく気の抜けたセイバーだった。 「おはようございます、シロウ。身体の方はもういいのですか?」 「ん、ああ。完治ってわけじゃないけど、飛んだり跳ねたりしなきゃ大丈夫だよ。 セイバーももう大丈夫なのか? 一番深手だった筈なのに」 最も近く、至近距離からエアの一撃を受けたのだ。 それがこれほど短期間で治るものなんだろうか。 「私達サーヴァントは魔力さえあれば肉体を修復することは簡単です。 幸い、令呪により満たされた魔力はまだ十分残っていましたから」 「セイバーが大丈夫っていうなら、それでいいけど……」 ちょっとくらいならいいかな、とセイバーの隣に腰を下ろす。 それっきりどちらとも口を開かず、ぼんやりと空を眺める。燦々と輝く太陽と、蒼く澄んだ空と、流れていく真白の雲。ゆっくりと、穏やかな時が流れていく。 それからどれくらいの時間が過ぎたのだろう。 俺にはとても長く感じられた沈黙の後。 「シロウ、一つ訊いてもいいでしょうか」 唐突にセイバーがそんな事を言った。 セイバーが俺に質問? 珍しい。何か悩み事でもあるのか? 「私は、間違っているのでしょうか」 「───────は?」 それは予想だにしなかった問い。 「アーチャーもアサシンも。 己の身を賭してマスターを守る為に立ちはだかり、命を落とした。 以前の私なら、彼らと同じように主の剣として、盾として敵に向かっていった事でしょう。 しかし今の私は、生きる為に、生き残る為に戦っている。 ギルガメッシュに問われた時も、逡巡してしまいましたから」 遠坂が令呪を使う直前のコトか。 もしあの場面で令呪を使わずにエクスカリバーを放っていたら。 間違いなく、セイバーは消滅していただろう。 「今の私では、きっと最後の一歩を踏み出せない。 願いを叶える事に固執してしまえば、シロウ達を守りきれないかもしれない。 決断を迫られた時、どうすればいいのか、きっと迷ってしまう。 私は一体……何の為に剣を振るうのか、………分からない」 「そんなの、簡単じゃないか」 「え──────?」 これまでこいつは誰かの為にしか戦ってこなかった。 生前は国を守る為、聖杯を求めた前回も国を思えばこその世界との契約だった。 そこに今回、初めて自分としての願いが生まれてしまった。 初めて知ったその感覚に、違和感とか恐怖みたいなものを感じ取っているんだと思う。 だけどそれは当たり前のコト。 誰かの為だけに生きるなんてのは、きっと矛盾した人間だけがすることだろう。 遠坂に言わせれば、俺にこんなコトを言う資格はないんだろうけど。 それでも俺は信じてる。 俺の心の奥底に根付いている信念がたとえ借り物だったとしても。 それを信じたこの思いだけは、間違いなんかじゃないんだから。 「一緒に戦えばいい」 「一緒、に?」 「そう、一緒に。セイバーの願いは俺たちと共にある事だろう? それは一人じゃ叶えられない願いだ。 そもそも願いは一人で叶えなきゃいけない、なんて決まりはないしな。 だから、一緒にその願いを叶えよう。一緒に生き残る為に戦おう。 アーチャーやアサシンだって、死にたいと思って俺達を守ってくれたわけじゃない。 少しでも彼らに報いたいと思うのなら、願いを叶える事が、餞になるんじゃないか」 なんて偉そうなことを言ってみたけど、ほとんど俺がアサシンに言われた事だ。 アーチャーが一人残った時に、俺は自分の非力を嘆いた。 その時に言われた言葉が、今セイバーに向けた言葉と似たような事だった。 そしてこれは────自分へも向けた言葉だ。 死者に報いる為には、振り返っちゃダメなんだ。 悲しんであげる事はできても、それを重荷にしちゃいけないんだ。 背負う事や縛られる事はあるかもしれない。 死はそれだけで悲しいから。 だけど同時に、それ以上の輝かしい思い出を残してくれたから。 託されたモノを大切にして、遺されたモノを噛み締めて。 前に向かって進んでいかないと、消えていった者達に申し訳が立たないから。 「だから、さ。一緒に前を向いて歩いて行こう。 俺程度の力じゃ、足手纏いになるかもしれない。 セイバーの願いを支えるには、全然足りないかもしれない。 それでも俺は、セイバーと一緒に居たいと思うから。 その願いを叶える為に、一緒に戦っていこう」 「シロウ…………」 「せ、セ、セ、セイバー!?」 俺の胸に顔をうずめるように服を掴むセイバー。 突然のコトに両手がわたわたと空を切る。 「少しの間で構いません。少しだけ………こうさせて下さい」 顔は見えないけど、きっと今のセイバーは王ではなく、一人の少女の顔をしている気がした。 金糸の髪を梳くように抱き、頭を撫でる。 「……………ああ」 後書きと解説 ちょっと、というよりかなり短い話。 死に対する考え方、みたいなものを書いてみた回でした。 過去に悲劇を持つシエル&士郎の言なら多少重みも増すかなぁ、と。 back next |