十四夜 昼〜夜/終幕への道標






/1


 死んだように眠る家の住人たちが、全員居間に揃ったのは夜の帳も下りる頃だった。

 結局昼飯は誰も起きて来なかったので、俺とセイバーだけで食べてしまった。
 そして俺が新たに台所で夕食の下拵えを、セイバーが居間でお茶を飲んでいるような時間帯。
 そんな時間に全員が起き出し、現状の確認と相成った。

 傷の方はともかく、十分な睡眠が取れたようなので身体的な疲労に関してだけ言えば、皆それほど残っていないようだった。
 とはいえ、やはり重要なその傷、ギルガメッシュが俺たちに残した傷痕は大きい。

 完治は魔力さえあれば傷を癒す事の出来るセイバーのみ。
 何故か傷の塞がる俺や、脅威の回復力を持つシエルさんはほぼ完治、といったところか。
 次いでダメージの少ないのは、遠坂とシオン。
 そして一番深刻なのが、志貴だった。

 乖離剣でのダメージはシオンたちと大差ない。だがギルガメッシュに貫かれた脇腹の傷が思いのほか深かった。
 シオンの縫合やシエルさんの治療により、歩くことぐらいはできそうだが、戦闘には支障をきたすだろう。確認する暇もなかったが、傷の治りを遅くするような呪詛を持った剣で貫かれたのかもしれない。

 とりあえずそんな面々を居間に集め(志貴には寝ているように言ったが拒絶された)、今後の対策と行動の方針を話しあうコトになった。

「まず一番最初に確認しなきゃいけないこと。
 タタリはあれで消滅したの?」

 遠坂が切り出す。
 そう、あのギルガメッシュはタタリが町の噂を具現化した存在。
 決死でアサシンが倒してくれたギルガメッシュ。
 それがまだ生きているとしたら、………悪い夢だ。

「正直に言います。わかりません」

「……どういうこと?」

 俺たちはそのタタリというモノについては志貴たちから得た知識でしか知らない。
 しかしかつて戦った、そして倒したというシオンたちが分からないってのはどういうことだ?

「タタリとは噂を纏い、具現化する現象です。
 そして真のカタチを得る時、真月の夜までは幾度倒そうと意味が無い。
 ……いえ、意味はありますが打倒はできない、というコトです。
 そしてこれまで私たちが戦ったタタリは三度。そして私たちが町で耳にした噂も三つ。
 噂が普遍性を失えば、依り代が無くなってしまえば、タタリは存在できないのですから」

「………よくわからないけど。
 既に噂の元となっている存在を全て具現化しちゃったからもう具現化するモノがない。
 依り代がないからタタリはもう発現しないってコトか?
 それならなんで分からない、なんて言うんだ?」

「簡単です。
 私という存在が、未だタタリがいると認識しているからです」

 …………意味がわからない。
 シオンの目はまだタタリが消滅していないという確信を湛えている。
 その根拠は………なんだ?

「根拠……それは、私がタタリに血を吸われた者であるからです」

 その言葉に俺たちは息を飲む。
 吸血鬼に血を吸われるということ。それが何を意味するのか、俺だって知っている。

「つまりアンタ、シオンは吸血鬼ってコトなのね?
 しかもタタリの子ってワケ」

「はい。数年前、志貴たちと出会う以前に私は教会の騎士団と共にタタリの討伐へと赴きました。
 ですが結果は壊滅。
 騎士団長であったリーズバイフェのお陰で私一人が生き残りましたが……逃げ切れなかった」

 その時にタタリに血を吸われ、吸血鬼となったと言う。

「ですがタタリは死徒の中でも特に強制力の弱い祖です。
 一夜限りの存在である以上、その時以外は親であるタタリはいない、と言えますから。
 そして私には吸血衝動を抑制する薬もある。
 真のカタチを得、タタリが私に対して強制力を働かせなければ、私はまだ人間でいられます」

 それはつまり、裏を返せば。

「もしその強制力ってのを使われたら飲まれる、ということね?」

「子は親に逆らえない。それは死徒のルールでもあ──……」

「シオンは負けないよ」

「………志貴?」

「シオンはタタリなんかに負けない。そうだろ?」

 その目に宿るのは絶対の信頼。確信。
 志貴はシオンがタタリなどには負けないと、心の底から信じている。

「…………志貴」

「シオンがタタリを認識できて、まだどこかにいると確信しているのはわかったわ。
 で、どこにいて、噂もないのに何を具現化しようとしてるの?」

「ですからそれがわからない、と言った理由です。
 これから先のタタリが何に成るつもりなのかは想像もつきません。
 こんなコトは過去に例のない事象ですから」

 じゃあ手詰まりじゃないか。
 何に成るのか、何処にいるのか、何を成すつもりなのか。
 まったく分からないんじゃ、また相手の出方を窺うしかない。

「いえ。何を成すか、これだけは明白です」

 シオンが言葉を紡いでいく。

「何故この地を、この時をタタリは発現の時としたか。
 そしてヤツのこれまでの言動を考慮すれば、自ずと答えは出る」

「…………─────聖杯、か」

 この聖杯戦争という時を選んだ以上、そう考えるべきだろう。
 実際、ヤツはサーヴァントを具現化しているのだから。

「なるほど。
 そこでわたしたちの目的の方へと移るわけか」

「はい。聖杯がタタリの目的であるのなら、それを破壊してしまえばタタリの野望は潰える。
 そしてその聖杯のある所。そこがタタリの最後の発現場所となるでしょう」

 これでタタリが何を求めているか、何処に現れるかの大体の目処は立った。
 一番重要な何に成るか、が分からないのは不安だがそれは仕方ない。
 それに、ギルガメッシュ以上の畏怖の対象など、俺には無いのだから。

「だがここでまた一つ、問題があります。聖杯の所在が明らかではない、という点。
 聖杯の器は代々アインツベルンが用意していると聞き及んでいます。
 ですが代行者があの城を訪れた時には既に何者かが殺されていた、そうですね?」

 その問いに、今まで黙っていたシエルさんが口を開く。

「ええ。ただ、あれが誰だったのかは私には分かりません。
 彼がマスターとしてこの冬木に来たのか、聖杯の器を持ってきたのか、ただ偶然あそこに居ただけなのか、それを知る術はもうありませんから」

 それに一つ頷いたシオンがこう続けた。

「ですので在り処の不明な器を探すことを止め、大元の方を探しましょう」

「大元?」

「貴方達の真の目的。
 聖杯戦争というシステムを成している基盤を破壊する、と言っているのです」

 それは願っても無い事。
 俺たちの本当の目的はこの聖杯戦争を二度と引き起こさせないようにすることなんだ。
 それが出来るのならば、これ以上のことはない、が。

「待ってくれ、シオン。
 その大元のシステムの在り処だって割れてないだろ?
 所在不明なのは器も大元も同じじゃないか」

「いえ。器はおそらく持ち運びを可能とするサイズのモノでしょう。
 それなら何処かに既に隠されている場合、発見は困難を極める。
 しかし、これほど大掛かりの儀式の基盤はそうもいかない。
 大きな儀式を行うのなら、その起動式も巨大なものである筈ですから。
 必ずこの町のどこかにそれはあり、今なお起動を続けている筈だ。
 それに、その場所も幾らか目処も立っています」

「─────! 何時の間に………」

「しかしあたりをつけたエリアが広すぎます。
 闇雲に探しても無駄だと思いますし、ここは桜の調査の結果を待って………」



 ─────ピンポーン



 まるで計ったかのようなタイミングで打ち鳴らされる来訪者を告げるベル。

「ちょっと行って来る」

 重い腰を上げ、廊下を渡り玄関へ。
 ガラガラと引戸を引き、そこに立つ人物に声をかけた。

「……桜?」

「先輩! やっと見つけました!」

 そこにいたのは、一冊の古く黒ずんだノートのような物を掲げる桜だった。







 桜を居間へと通し、同じようにお茶を出す。
 僅かの沈黙の後、遠坂が口を開いた。

「桜。貴方が見つけたっていうのがその変なノート?」

 テーブルの上に置かれたノートを指さしながら問う。

「はい。あ、見つけたのは兄さんです。
 お爺様………いえ、臓硯の部屋に隠してあったって言ってました」

「慎二が? へぇー」

 今の慎二は以前の慎二ではない。
 あの戦いの後、まるで憑き物が落ちたみたいに性格が変わった。
 いや、戻ったというべきか。俺が慎二と出会った頃のように。

 そしてソレを手に取り、ペラペラとめくっていく。
 チラリと横目で見た感じでは、ミミズがのたくったような字がびっしりと書き込まれていた。

「何書いてあるんだ、それ」

「うーん………………」

 めくる手を止めず唸る遠坂。

「聖杯戦争の起源とその目的について書かれています」

 と言ったのは桜。
 あ、そうか。中身を見なきゃ、コレが目的のモノだってことが分からないからな。

「アンタ、全部読んだの?」

「い、いえ。兄さんがそんなコトが書いてあるって言ってたので……」

 困ったような顔で笑う桜。

「ふーん。じゃ、少し時間をもらうわ。出来る限り読み解いて見るから」

 言って立ち上がり、ヒラヒラと手を振って居間を出て行ってしまった。

 残された俺たちはどうしようかと思い悩む。
 鍛錬をするには身体的疲労が抜けきっていないし、今更どうこうするのもアレだろう。
 さらに言えば、雑談に華を咲かせるような雰囲気でもない。
 うーん……どうしたものか。

 と、頭を捻っていると志貴が口を開いた。

「シオン。君のあたりをつけた所ってどこなんだ?
 別に教えられないような場所じゃないんだろ?」

「はい。別に構いませんが」

「じゃ、教えてくれないか。情報は少しでも多い方がいい」

 志貴曰く、シオンは必要が無ければ質問しない限り余計な事は言わないらしい。
 それがどれだけ重要であっても、シオンが相手に必要ではない、と判断したのなら黙秘を続けるというのだ。
 まあ問えば答えてくれるあたり、説明する事はさして嫌いではなさそうだが。
 ……見た目もそんな感じだし。

「以前柳洞寺に赴いた時に周囲よりリードした情報の中に幾つか興味深いものがありました。
 ですがその情報のほとんどが劣化しており、全てを理解できたわけではない事を先に伝えておきます」

 皆が頷き、続きを促す。

「リード出来たのは、大聖杯と呼ばれるものがあり、それが柳洞寺の付近にある。
 これくらいしか私には読み取れませんでした」

 ………確かにあまりにも曖昧で要領をえない情報だ。
 しかし大聖杯。そんな名前のモノは聞いた事が無い。聖杯とは別のモノか?
 それともそれが聖杯戦争の根幹を司るシステムの名か?
 そしてそれが柳洞寺の近くにあるらしい、とのこと。
 柳洞寺と言っても、あのお山はあれで結構の広さを持つ山だ。
 生い茂る木々の部分も捜索範囲に入れていたら、一日二日では到底回りきれないだろう。

 うんうん唸ってあれこれと考えたり、あーだこーだと話し合っても結論はでない。
 結局遠坂の解読を待つ次第となった。

 そうは言ってもまだまだ時間がかかるだろうし、……中断していた夕食の準備でもしておくか。

「あ、先輩! わたしもお手伝いします!」

 腰を上げ、台所へと向かおうとした時、桜がそう声を上げた。
 しかし、夕食は既に下準備を終えている。
 後は仕上げを残すだけなんだが……桜の目に宿る火が「何がなんでもお手伝いします!」と語っていた。

「う……うん。じゃ手伝ってくれるか」

「はい!」

 傷の癒えきっていない志貴達にゆっくりしててくれ、と告げ台所へ。
 そう言えば桜とこうして並んで立つのも久しぶりか。







 桜と一緒に料理の仕上げにかかりながら、なんでも無いような事に言葉の華を咲かせる。
 仕上がった料理をテーブルに並べ終わる頃、匂いにつられたのか遠坂も居間に戻った。

 食事中にそれとなく訊いてみたが、そう短時間では読みきれるものではなかったようだ。
 食事をさらりと平らげた遠坂は、「後よろしく」とだけ言い残して自室へと戻っていった。

 後は本当になんでもない日常。
 食器の片付け、風呂掃除から入浴、後は傷の手当てくらいか。
 特にすることがあるわけではなく、特にすべきこともない。
 前回の聖敗戦争の時は終盤に差し掛かる頃にはこんなにのんびりする暇もなかったなぁ、と胡乱な頭で考え始める頃。
 ドタタタタタタ、と象が大地を踏み鳴らすかのような勢いで遠坂が駆けて来た。

「どうした、遠坂。なんか解ったのか?」

 自分でも気の抜けた声だったと思う。
 それにイラッと来たのかムカッと来たのかは知らないが、いきなり胸倉を掴まれて、

「ちょっと来なさい。セイバーと桜も!」

「え、あ、はい」

 ものすごい剣幕で食って掛かる遠坂に桜とセイバーは目を丸くしながら素直に従う。
 今のコイツに逆らうとガンドが雨のように降り注ぎそうな予感を肌がいつものように感じていた。

「志貴、シオン、シエル! 絶対ここを動いちゃダメよ。解った!?」

 コクコクと頷く志貴を認めた後、俺は引き摺られるように──むしろ引き摺られて──遠坂の自室へと連れ込まれた。





/2


「で、一体何なんだ。志貴たちに言えないような事でも書いてあったのか?」

 連れてこられた遠坂の自室。というより俺の横の部屋。
 そこにノートを囲むように俺、遠坂、桜、セイバーが座っている。

「……ええ。
 このノートにはね。聖杯戦争の始まりと、その目的について書かれてたのよ」

 それはさっき桜が言ってた気がするが。

「うっさい。でね、あくまでこれは臓硯が書いたものだろうから、どこまでが真実かは解らない。
 だけど、あの蟲は術式の起動の時から生きてたみたいだからそれなりに信用できると思うわ」

 聖杯戦争は約六十年周期。
 今が六回目で五回目が四回目の十年後だから………約二百年くらい前か。
 そんな時から生きてたのか。

 遠坂が語ったノートに記されていた事とは、以下のような事だった。

 ────始まりは約二百年前。

 聖杯───あらゆる願いを叶える願望機。その完成のため、アインツベルン、マキリ、遠坂は協力してゼルレッチの立会いのもと、“聖杯を召喚する”儀式を行った。
 それが聖杯戦争の発端。七人の英霊を召喚して、聖杯の所有権を定める殺し合い。
 聖杯によってマスターに選ばれた魔術師は英霊の依り代となり、最後の一人になるまで殺しあう。
 それが参加者に告げられる表向きの決まり事。

「表向き?」

「そう。これはわたしたち参加者が知っている事よね。
 でも実際これはただの名目。
 こうする方が都合がいいから、こんな決まり事を作ったのよ」

 遠坂の話は続く。

 サーヴァントは聖杯に呼び出される。
 聖杯を得る人間が相応しいかどうか、その選定の為の道具として英霊は呼び出される。
 呼び出された英霊は聖杯を手に入れる為、現世に留めてくれるマスターと契約し、自分たち以外のマスターとサーヴァントを殺しにかかる。

 それだけなら話は簡単だ。
 しかし、倒されたサーヴァントは聖杯に取り込まれるという。
 サーヴァントとは聖杯を得るに相応しい人間を選ぶモノの筈。
 倒され用済みとなった英霊が、そのまま聖杯の中に留まるのは何故か。

 約二年前。ギルガメッシュも似たような事を言っていたはずだ。
 サーヴァントは、聖杯にくべられる、と。

「……つまり聖杯の完成にマスターは必要なく、サーヴァント……英霊の魂のみが必要ってことか。
 そして俺たちマスターはその英霊を呼び寄せる為だけの道具……」

 聖杯の完成、この儀式の成就に必要なモノは英霊のみ。
 マスターはただそれを現世へと呼び出す為だけの存在ってわけだ。

 英霊の本質──時間軸の外にいる純粋な『魂』、この世の道理から外れ、なおこの世に関与できる外界の力。それをアインツベルンは欲したのだ。

 それがこの地の聖杯の真の目的。
 人の手では届かぬ奇跡、未だ人間の物ではない現象を手に入れる為のシステム。

 それはアインツベルンから失われたとされる神秘、真の不老不死を実現させる大儀礼。
 英霊でも聖霊でもない。いと小さき人の位において、肉体の死後に消え去り還り、この世から失われる運命の“魂”を物質化する神の業。



 ────其の奇跡の名を“天の杯”(ヘブンズフィール)────



 現存する五つの魔法の内の一つ、三番目に位置する黄金の杯。

 「……魔法、ってあの魔法か」

 場が緊迫する。
 ノートに記された真実。この地の聖杯とはどんな願いを叶える為のものではなく。
 魔法を再現するシステムであるという。

 魔法。
 魔術では到達できない神秘、あらゆる手段を以ってしても、現存の人間では届かない実現不能の現象。それは魔術師にとっての最終目的であり、実現し習得した者は、ありったけの羨望と畏怖を込め、“魔法使い”と呼ばれる。

 俺のような半端な魔術師が、その魔法の内訳を知るわけがない。
 が、現在魔術協会に認定されている魔法と呼ばれる大儀礼は五つあり、その使い手は四人足らずしかいないと聞く。

「何よ、その顔は。もうちょっと驚いたら?」

 ムスっとした顔で睨まれる。
 なるほど。これが遠坂をあそこまで興奮させた理由か。
 でもな。

「魔法……って言われてもな。ぴんと来ない」

 だってそうだろう。人の身では届かぬ奇跡。それを再現するシステムがこの聖杯戦争。
 そんな事を言われたって、魔法という総称しか知らない俺がそれを理解する事も、実現する事も出来そうにない。
 それに俺が知りたいのは、そんな事じゃない。

「そ、そんなこと!? いい、士郎。これはとんでもない事なのよ!?
 第三魔法って言ったら協会でもずっと秘密にされてきた禁忌中の禁忌じゃない!
 魔術師の最終目的、魔法が目の前にぶら下がってんのよ。
 あんたも魔術師ならもうちょっと驚いたり、関心を持ったりすべきでしょう!」

 その後も延々と遠坂の魔法講義は続く。

 魔法の起動には超一級の霊地が必要とされ、冬木の霊脈も一等地ではあるが、根源に繋がるほどの歪みは無いという。道が繋がっていないのなら、無理矢理に壁に穴を開ければ良い。

 それを可能とするのがこの聖杯戦争。

 遠坂の霊地に作られた大聖杯という巨大な魔法陣とその鍵となるアインツベルンの用意した聖杯。
 大聖杯とは聖杯戦争を管理するシステムの事であり、聖杯は敗れ去った英霊の魂を回収し、大聖杯を動かす炉心になる当たるという。
 そうして大聖杯の起動に必要な分の魂が聖杯に溜まった時、“外部”からのマレビトである英霊の魂を利用して穴を開ける。役目を終えた彼らが元の“座”に戻ろうとする瞬間、わずかに開いた穴を大聖杯の力で固定し、人の身では届かぬ根源への道を開く。

 ただそれは最初の一歩。穴が開いたからといって望みのものは手に入らない。
 根源への道は遠すぎる。
 それでも聖杯を手にした者は無尽蔵の魔力を手に入れられる。
 外の世界には誰も使っていない、地上とは比べ物にならない大量の魔力が撒布されているからだ。
 普通の魔術師であれば、それだけでも充分“奇跡”と呼べる成果だ。

「だから遠坂」

「何よ、何が言いたいの? はっきり言いなさい」

「俺が知りたいのは、俺たちが知るべきなのはそんな事じゃないだろう。
 その大聖杯ってのが何処にあるのか。それだけでいい」

「───────」

 ぽかんと口を開けたまま固まる遠坂に、俺はなお言葉を続ける。

「この戦争がその魔法を再現する物だって事はなんとなくだけど分かった。
 でもそれは既に俺たちには関係ない。
 俺たちの目的は、それをぶっ壊す事なんだから」

 おまえだって見ただろう。
 二年前。柳洞寺で生まれた、あの赤い肉塊と黒い泥を。
 あんな事をおまえは、また繰り返すって言うのか?

「うっ………それは…………」

「それにさ。この儀式は成功しないだろう。
 俺たちの回を含めても、明確な勝者は無く、魔法だって再現されてないんだから。
 出てくるのはあの呪いだけだ。だから、壊す」

 遠坂が逡巡するのも無理は無い。
 遠坂の悲願、魔術師の最終目的、魔法への道が目の前にある。
 だがたとえ魔法へと至れたとしても、あの泥もきっと一緒に出てくるだろう。
 それだけは何としてでも止める。
 遠坂が反対しても、俺はあの聖杯を破壊し、この聖杯戦争に終止符を打つ。

「はぁ………。
 まったく、とんだヤツと一緒になったもんだわ」

「じゃあ、遠坂……」

「ええ。聖杯なんてぶっ壊してやりましょ。
 わたしは自分の力でその場所に至ってみせるもの。
 聖杯の力なんて借りないわ」

 それに遠坂の悲願は第二魔法だし。というのは聞かなかったことにしよう。

「で、その大聖杯はどこにあるんだ?」

「それは────…………」





/3


 「柳洞寺の地下、ですか」

 居間へと戻って来た俺たちがシオンたちに告げる。
 遠坂の不審な行動にも目を瞑ってくれたようで、特に何も問われることなく今に至る。

「柳洞寺の石段から脇に入って小川が流れてる場所、そこにある岩が地下への入り口らしいわ」

 それにふむ、と頷く。

「今から行きますか?」

 今現在の時刻は既に夜の十一時を回っている。
 少しでも早く行動に移したいのは山々だが、まだこちらの準備も整っていない。

「いえ。明日の夜、しっかりと傷を癒して準備を終えてから向かいましょう。
 もし敵がいるとしたら、生半可な準備で向かえば、手痛いしっぺ返しを喰らう可能性もあるわ」

 それに皆が頷く。

「では今夜はもう休みましょう。
 準備は明日でも充分間に合うでしょうから」

「そうね。士郎、行くわよ」

「え? あ、うん」

 遠坂に手を引かれ居間を出る。

 今夜は最後の夜になるだろう。
 明日を越えれば、今まで通りの日常が戻ってくる。そして、それは志貴たちとの別れを意味している。

 だが悲しむ事も悔いる事も無い。
 後はただ、俺たちの目的を果たすだけなのだから。

 アーチャーとアサシンが繋いでくれたこの道を。
 ちゃんと最後まで繋いで見せよう。アイツらに、報いる為に。

 ────俺たちの道を、終わらせない為に。









後書きと解説

なんとも書きにくい回でした。
いよいよ最終局面。の筈なのに勢いがない。ううむ、マズい。

タタリは何をするつもりなのか、何に成るつもりなのか。
士郎たちは無事帰ってこれるのか。セイバーは無事願いを叶えられるのか?

……と、まあそんな感じです。

臓硯ノートはHFのイリヤ語りをノート化したもの。
きっと他にも臓硯の思惑とか書いてありそうだけど、もう関係ないんで割愛。
何で臓硯がそんなノート作っていたかというと。
だって、ほら、あのお爺ちゃん夜中にチャイムを連打するくらいボケてるから。
メモっとかないと色々と……アレな感じ、というただの言い訳ですね。

タタリってアレですね。今更ながらですけど、理解不能な部分が多い。
真・エンドルートは筋が通ってますが、その他はなんでタタリが消滅したのか不明瞭な所が多い気がしました。
単なるエネルギー不足で消えたり、カタチとなる前に消されたり。
どうなってんだと突っ込みたい気分です。
でもまあ、その辺を上手い事こう……ごにょごにょですよ。






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