満月 最終夜/鮮血の夜に舞え






/1


 ──────柳洞寺境内。

 襲い来る異形の怪物をランサーの槍が貫き、式のナイフが切り裂き、シエルの黒鍵が吹き飛ばす。

「チッ────キリがねえ」

 背中合わせに中央に立つ三人を囲む、堆く積まれ、見下ろす黒の群れ。
 どれだけ倒そうと、減るという言葉を知らないように何処からか沸き続けるソレに、式たちは体力よりも先に心が疲弊していた。

 それも当然、先の見通せない戦いほど分が悪いものもないだろう。
 後どれだけ倒せば良いのか。後どれだけいるのか。後どれだけ耐えればいいのか。

 ────終わりは、あるのか。

 そんな微かな不安が心を覆い、切っ先を鈍らせる。

「引き受けてから言うのも何なんですが……これはマズいですね」

「……ふん。無限、か。
 そんなの人間が作った見えない限界かと思ってたのに。
 こんなモノ見せられちゃ考えを改めないといけないかもな」

 ────ギャ、ギギギギギイギッギ、ギ、ギギ、──ギャギャギャ────

 嘲笑うように謳う闇。その囀りさえも勘に障る。
 だがそれより先に、闇の群れが覆いかぶさるようになだれ込む!


 ────瞬間、響く筈の無い爆音が柳洞寺を飲み込んだ。


「な、なんですか……?」

 覆いかぶさろうと降り注いだ闇は跡形も無く消え去り、境内の石畳、ひいては本堂にまで破壊を撒き散らした。
 それを引き起こした存在。それは、

「やっほー、こんばんわ」
「くそっ、まだ口が辛い」

 暢気に挨拶をする真紅の髪の女性と、吐き捨てるように呟く薄い青色の髪をした女性。

「ミスブルー……と蒼崎橙子?」

 シエルは在り得ないモノでも見たかのように目を見開き、口をぱくぱくさせている。
 式とランサーはただその二人を眺めていた。

「こんなところにいたのか、式。
 ほう、しかもランサーもまだ残っているとはな。
 やるじゃないか」

 いつもと変わらぬ口調で橙子は式に話しかける。

「…………トウコこそ、何しに来たんだ。
 ライダーはもう消えたみたいだけど」

「ああ、そこのバカ妹に倒されたよ。
 代わりにあいつのサーヴァントもブチ殺してやったがな。
 ま、それはいい。
 ここに来たのは忌々しくもそこのバカとの賭けに負けてしまってな。
 後始末を手伝えと言われたわけだ」

 ちっと舌打ちし、ポケットを探る。
 しかし煙草がなかったのか、より顔を顰める。

「ちょっと、姉貴? バカバカ聞こえてるんだけど?」

「当たり前だ。聞こえるように言っているんだからな」

 むーっと睨みつける青子をさらりと無視し、橙子は視線を境内の奥へと向ける。

「ほら、青子。お客のお出ましだぞ」

 消え去った筈の犬の群れが再度その姿を現す。
 やはりどれだけ倒そうとキリがない。

「ちょっと、姉貴も手伝いなさいよ。その為に賭けの賞品これにしたのよ」

「生憎と手持ちの使い魔がなくてね。ルーンくらいしかないな」

 口元を歪め、愉快気に青子に視線を投げる橙子。

「─────! さては姉貴、最初っから手伝う気なんかなかったんでしょ!
 〜〜〜〜〜〜あったま来た!」

 格闘技のような構えを取り、橙子へと襲いかかろうとする青子。
 しかし。

「まあ、待て。誰も手伝わないとは言っていないだろう。
 ただ手持ちがルーンしかない、というだけの話だ」

「そういえば姉貴、昔っから言ってたわよね。
 魔術師が最強である必要は無く、最強のモノを作りさえすればいい、って。
 じゃあさ、使い魔の無い姉貴なんかそこいらのボンクラと同じよね」

 その言葉に、凍るような気配が境内を包む。

「────ほう。そう言うおまえも、昔から変わらず口だけは良く回るんだな。
 未だに破壊しか出来ない魔女が、一人前に囀るなよ」

 その言葉に、射殺すような視線が突きつけられる。

「言ったわね」

「言ったが、なんだ?」

 それで決まった。対峙する青の魔法使いと橙の人形師。

「………完全に私たち、無視ですね。
 邪魔しに来たのなら帰って欲しいんですが」

 相手が相手な為、シエルの声は自然小さくなっていた。

「へえ、トウコが戦うのか。初めて見るかもな」

「──────あの髪の赤い姉ちゃん、ただもんじゃねえな。
 ルーンしか使えない橙子じゃ分が悪すぎるんじゃねえか?」

 一触即発の雰囲気の二人に茶化すように見守る式たち。
 ただ忘れてはいけない事が一つある。ここは、戦場だという事を。

 ────ギ、ギィ、ギ、ギャアアアアアアアァァァァァァ!!────

 奇怪な咆哮を上げ、襲いくる黒犬。
 それは近場にいたエモノをただ襲うように橙子と青子に集中する。

 それに感づいたのか、

「邪魔を────」

 青子の構えは横に向けられ、肘に魔力が集中する。
 橙子はポケットより取り出したナニかで空中に一つの意味を持つ文字を描く。

「────するな!」

 撃ち出された拳は引き絞られた弓のように空を裂き、込められた魔力が銃弾のように撃ち放たれる。
 時を同じく、描かれた文字が闇に重なり、白光めいた輝きを放つ。

 轟音と爆音。

 闇を飲み込む炎と線上のモノを消滅させる光弾。
 最悪の姉妹が、憂さ晴らしをするように闇を切り裂いていく。
 内容さえ無視すれば、それは背中を預けあう仲間のように見えるかもしれない。

「蒼崎姉妹の共闘が見られるなんて……これは夢なんでしょうか」

「いふぁ、いふぁいでふよー、マフタ〜」

 わざわざセブンを実体化させて頬を抓ってみるものの、どうやら夢ではないらしい。

「ま、なんだっていいんじゃねえの。
 あの姉ちゃんたちがいれば、幾らか楽になるのは事実だろ」

 飄々と。
 それだけを告げ、ランサーは死地へと駆ける。

「ふん」

 同じく式も大地を蹴る。

「そうですね。せっかくの援軍ですから。もう一踏ん張りと行きましょう!」

 そしてシエルは空に舞う。



 ここに、──────聖杯戦争の参加者の全てが集った。





/2


「は────ずっ………あぁ!」

 打ち鳴らされる衝突の音撃。
 舞い散る火の花。
 空に踊る鮮やかな血の色。
 弾け合う黒と白の夫婦剣、二刀一対の干将・莫耶。

「はっ───ああ、あああぁぁぁ!!」

 一際強く一撃を見舞い、対峙する黒衣の騎士、黒いアーチャーを退ける。
 それと同時に、自身の足に力を込め、出来る限りの距離を取る。

「はっ、はっ、はっ、……は、────ふ、う……」

 対峙して、剣を交えて初めて解った。コイツは間違いなくアーチャーだ。
 外見こそ似て非なるものの、その剣技、その流れ、その戦術眼は間違いなくあの野郎のモノだ。

「──────」

 だが、心の奥で何かが叫ぶ。
 アレは違うと。
 俺の辿り着く境地は此処ではないと、何かが吼える。

 ────いや、きっと俺は既に理解している。

「はっ────この、野、──郎………!」

 大地を蹴り、再度その間合いへと踏み込む。

 コイツはアーチャーじゃない。ただアーチャーの殻を被っただけの泥の塊だ。
 どうゆう原理でコイツが動いているのか、何故アーチャーを模しているのか、そんなものは関係ない。

 振り下ろされる対極の剣。
 ニセモノとはいえ、その剣技は間違いなくホンモノ。
 未だその領域へと至っていない俺では、躱し切れるモノではない。

「はっ、はっ、あァ────、ぐっ」

 アーチャーの剣が俺の肉を切り裂き、骨を砕いていく。
 飛び散る鮮血が、傷の深さを物語る。

 だが、それだけだ。痛いだけ。
 その剣は、ヤツの剣はあまりにも軽い。軽すぎる。

 その一撃には、決定的に足りないものがある。

「ぐっ────は、ふ、ああぁぁぁぁ!!」

 振り上げた剣で今度は俺がアーチャーを切り裂く。
 だが相手はそれに痛みを感じないように、否、何をされたかすら理解しないうちに次の攻撃へと移っている。

「ぐっ────、こ、の」

 合わせた剣が火花を散らし、引き裂かれた体から血が零れる。
 だが、踏み込む足を止めない。支える足が折れることはない。

 俺の心が折れない限り、この足は前へ前へと進んでいく。
 我が身は剣。

 ────体は剣で出来ている。

「こ、の、ニセモノ野郎!」

 持てる力をただ込める。
 それだけで相手は俺の剣を受けきれなくなり、よろめく。

「────その顔で!」

 それは当然の帰結。
 踏み出す足と共に、一撃を見舞う。

「────その姿で!」

 もう片方の剣で更に連撃。
 止まることを知らぬ削岩機のように、ただ前へと足を進め、ただ眼前の敵を打ち砕く為に剣を振るう。

「────その剣で!」

 振り下ろされた剣は寸分違わず、黒衣の騎士を切り裂く。
 ヤツの剣に決定的に足りないもの。

「アイツの理想を────、」

 この人形には信念も、心も、理想も無い。ただ殻の真似事をするだけだ。
 だからこの人形の剣は軽く、脆い。

 ────だけど。

 何故か、それがとても不愉快で。
 俺は、そんな言葉を口にした。

「、────騙るんじゃねぇ!」

 それで終わり。
 当たり前のように俺の剣はそいつを切り裂き、そいつは地に倒れ伏す。
 カタチを得た泥は元の黒い泥へと還り、大地にへばりつく。

「はぁ、はぁ、はぁ、────くそっ」

 余計な時間を食っちまった。
 急いで、遠坂たちの後を追わない、と────

「くっ、そ、…………血、流しすぎたかも……」







/3


「シオン……目を醒ませ!」

 七つ夜を片手に疾走する。
 眼前に舞うのは紫の少女、シオン・エルトナム・アトラシア。

 音速を以って俺へと接近し、爪を振り回し、大気を裂く。
 それをギリギリで躱し、更に距離を取る。

「くそっ────やるしか、ないのか!」

 今のシオンは思考を止めてしまっている。
 裡から湧き出る吸血衝動にただ身を任せ、本能のままに行動している。

 なら、シオンがもう一度自分の意思を持ってくれれば……あるいは。
 だけど、ただ逃げ回ってるだけじゃ止められない。

 なら、やるしか────!

 眼鏡をポケットに収め、死を視る。

「多少の痛みは我慢しろよ!」

 自分とシオンに言い聞かせるように吼える。
 距離を取った俺に対し、シオンは中距離戦を行おうと、エーテライトを張り巡らせる。
 極細のライン。不可視の線。

 だが、この眼からは逃れる事はできない。
 線の線を視切り、ナイフを這わせる。

「──────!」

 駆け出す足にめいっぱいの力を込め、拓いた道を駆け抜ける。

「シオン! 君はそうじゃないだろう!
 君は、吸血衝動にも、自分にも負けはしない!」

 一瞬。
 シオンの動きが停止したのが見えた。よし、まだ俺の声が聞こえている。
 まだ、シオンは還って来れる────!

「アイツが言ってたな。シオン、君には自分が無いと。
 そして君は言った。奪ってきた自分が憎いと。自分は間違っていると」

「志──────キ…………」

 シオンの動きが鈍る。
 それでも振り上げられる爪は黒い残像を残しながら、乱舞する。

「ぎっ────ぐっ、ずっ………がはっ」

 血肉を抉るように引き裂かれる。
 崩れそうな足を奮い立たせ、前へ進む。

「ああ、ワラキアの示した道はそれは歩きやすいだろうな。
 何も考えずに、ただ歩けばいいんだから。
 だけど、そうじゃないだろシオン。
 間違いに気づいたからって逃げ出すほど、俺の知ってるシオンは弱くない!」

 理性と本能の衝突。
 蹲るように胸を掻くシオンへと肉薄する。
 動きを止めるには、多少の痛みは我慢してもらうしかない。

 人間を動かす一つの機能、神経の何本かを、断ち切る────!

「ぐっ────あああああああああああああああああ!」

 崩れ落ちるように地に膝をつくシオン。
 大丈夫な筈だ。
 シオンのエーテライトは元々医療用の擬似神経だって聞いた。
 だからこの程度でシオンは再起不能にはなりはしない。

「はっ───ずっ、ごほっ」

 血を吐き出し、呼吸を正す。
 目を醒ませ。

「………シオン。逃げるな。間違いを正せなんて言わないから。
 ただ前を見て、────自分の足で歩け」







 理性とは別のところで本能が体を動かす。
 千切れた神経を繕うようにエーテライトが補っていく。

 血のコトしか頭になかったのに、今は冷静に彼の言葉を理解できる。
 それ以上に彼の言葉が私の心に突き刺さる。

 私は私の弱さに目を背け、逃げ出した。
 気づいてしまったから。気づきたくなかったことに。

 だから逃げた。
 自分からも、アトラスからも、ワラキアからも。

 それが私の弱さ。
 ワラキアが誘う道は私にとって御しやすいモノだから、そこに逃げ込んだだけ。

 けれど彼は違う。
 彼の言っていることはあまりにも困難だ。
 間違いを正す必要は無い、ただその間違いを認め、歩けと彼は言う。
 ただ在るがままを受け入れろと、彼は言う。

 それは自分を否定し間違いを正すより、間違いから目を背けるより困難な道。
 間違いを抱えたまま、自分を肯定し自分らしく前を向け、と。

「────そう、です」

 ああ────とっくに知っていた。

 自分が弱いなんてことは、とっくの昔から知っていた。
 だけど、私が負けてやるのは私だけだ。
 外部からの声にも、衝動にも、そんなモノに屈するほど私は弱くない。

 私の問題は私が解決する。
 私は私を肯定し、私は私を否定する。

 ────私は強く。
 弱い自分を引き離す為に前へ進もう。戦おう。

 当然、私の挑む相手はワラキアではない。
 私の相手はこの男。
 私により困難な道を歩けなんていう、無責任な協力者を見返す為に戦うのだ。

「そうです。
 私は私以外の者に負けてなんてやりませんから」

 精一杯声を奮い立たせ、眼前の男に言ってやる。
 我が身を襲う衝動は薄れている。

「シオン……!」

 心は強く。ただ、──────確かに。





/4


「なんで!?」

 激突するセイバーとセイバー。
 二人の刃は白銀の閃光を撒き散らし、青緑の風を巻き起こす。

「くっ────何故だ……」

「何故力負けするのか、不思議ですか?」

 ワラキアがセイバーを嘲笑うように剣を繰り出す。
 それを同じ剣筋で受け、流すセイバー。
 そこに反撃の隙は無く、ただ一方的にワラキアの攻撃を防ぎ続ける。

 ヤツの言葉は真実だ。
 同じセイバーのはずなのに、ワラキアの方が少しずつ押し始めている。

「答えは簡単です。貴女はマスターである凛からの供給を受けている。
 貴女自身の魔力、そして供給される魔力が貴女の持てる力の限界だ」

 それも真実。セイバーの戦いは魔力に頼りきるものになる。
 本来普通の少女と変わらぬ筋力しか持ち得ないセイバーが他のサーヴァントを圧倒できるのは魔力放出が半端じゃないから。
 自身の魔力を攻防に回すことで、セイバーは立ち振る舞う。つまり、魔力が枯れればそれだけでセイバーは力の大半を失うことになる。

 だけど解せない。セイバーは私からちゃんと魔力を受け取っている。
 足りないなんてコトはない。ギルガメッシュ戦で失った魔力も回復している筈だ。

 ならば、何故────?

「解りませんか? 私は聖杯から直接供給を受けている。ただそれだけです」

「なっ────!?」

 聖杯から直接魔力を供給される。
 それは事実上、無限の魔力を持っていると言っても過言ではない。
 だけど……そんなこと、出来るわけが…………。

 ガキン、と甲高い音を響かせセイバーが弾き飛ばされる。

 だがそれだけじゃ説明がつかない。
 セイバーの魔力放出の限界が私の魔力量を超越しているのなら解るが、エクスカリバーでもなければ吸い尽くされるなんてことはない。通常の魔力放出量は変わらないはずだ。

 なら、セイバーは無意識化で魔力をセーブしているのかもしれない。
 聖杯を破壊できるのはセイバーのエクスカリバーだけだから。
 セイバーがエクスカリバーを振るえるのは二回きり。
 余計な消費を抑える為に抑制していてもおかしくはない。

 それに対し相手は常に全力。
 それなら辻褄は合う。

 ────だが凛は知らない。出会いの時に示した一つの誓い。
 それがセイバーの力をほんの少し、本当に少しだけ抑えている事を。

 くっ────こんな時、自分の無力が情けない。セイバーが相手じゃ、どんな魔術も無効化されるだけ。マスターとしてサーヴァントをサポートできないのは歯痒い以外の何者でもない。

「ですが…………これでは勝負が長引きそうですね。
 やはりサーヴァントの勝負とは、これしかありませんか」

 暴風を伴い開かれる封印の鞘。
 不可視の剣は徐々にその黄金の刀身を露わにし、魔力を収束させていく。

「──────宝具っ!」

 マズい。
 最大の攻撃に対処する方法は、こちらも最大の攻撃を以って迎撃するしかない。
 だが宝具の撃ち合いになったら完全に分が悪い。
 無限の供給を受けるワラキアは無限に宝具を振るい続ける。
 対してこちらは二回。
 聖杯破壊の分を含めると一回きり。

 …………無理だ。打開策なんて、あるわけが無い。
 純粋な力勝負。なら撃ち続けられる方が勝つのは道理。
 それでも!

「────セイバー!」

 私の声より早く、セイバーは既に風を解いている。
 カウンター系の宝具でもない限り、先の先を取るほうが僅かに有利。
 風を巻いて灼熱する最強の聖剣。

 収束し、輝きを増す二つの極光。
 この大空洞を覆う瘴気じみた魔力の波さえ祓うように星の光は煌めいていく。



「“約束された(エクス)──────」
「“約束された(エクス)──────」



 真名が明かされる。
 両者の剣は超新星のような輝きを湛え、一秒後の発動の時を待つ。

 大上段に構えられる星の聖剣。
 タイミングはほぼ同時。……ややワラキアの方が早いか。
 起死回生の策は無く、為すがまま剣は振り下ろされる。

 せめて────…………



「──────勝利の剣(カリバー)!”」
「──────勝利の剣(カリバー)!”」



 振り下ろされ、衝突する、その瞬間────!







「“────熾天覆う七つの円冠(ロー・アイアス)────!”」



 七つの花弁が咲き誇り、ワラキアの極光の流れを阻害する!

「な、──────にぃ!?」

「士郎!」
「シロウ!」

「はっ────、ぐっ、うおおおおおおおおおおお!」

 間に合った……!
 出来る限りの魔力を流し込み、盾を維持する。

 二人のセイバー。
 それを見た瞬間は流石に驚いたけど、体は直後には既に動いていた。

 同じ人物の放つ同じ聖剣。同じ真名を以って放たれる光が拮抗するのは必然。
 なら、そこにもう一つの力を加えてやれば、その拮抗が崩れ去るのもまた必然────!

「はっ、あ、ァ────、あ、あああああああああああああああああああ!!」

 七つの盾は順にその欠片を散らしていく。だがそれと同時にワラキアの極光も輝きを鈍らせていく。
 対して輝きを誇ったままのセイバーの聖剣は、花弁が散り終えたその直後。

 この瞬間を待っていたように勢いを増し、ワラキアを飲み込む────!

「くっ、バカな、莫迦な、馬鹿な!!! ぎ、ぎゃあああああああああああああああ!!」







 悲痛な叫びを残し、セイバーを模したワラキアは大空洞よりその姿を消滅させた。

「はっ───ふ、ずっ………痛っ……これで、終わった、か」

 ぺたりとその場に倒れ込む。
 安堵からか、張り詰めていたモノが解け、体から一気に力が抜けた。

「士郎!」
「シロウ!」

 駆け寄ってくる二人の少女。
 それに出来る限りの笑顔と、手を振って答える。

 …………と、姿の見えなかった志貴とシオンも時を同じくして姿を現す。
 しかし、その顔は────

 ────突如響く、壊れた蓄音機のような雑音。

「そん、な────」

 消え去った筈のワラキアが、乱れたTV画面のような残響を残し佇んでいる。

「くっ────これは私の落ち度だな。
 同じ存在に成れば、仲間を持つ貴様らの方が有利であった。
 尤も、それをさせぬ為の策は巡らせた筈だったのが。
 …………認めよう。私は貴様らを見くびりすぎていたようだ」

「!? そんな、一度タタリと成ったからには、カタチを崩されれば消え去る筈……!
 それが、どうして────」

「つまらぬ事だ。私をワラキアの夜と呼んだのは貴様らだろう。
 一度駆動式が完成してしまえばタタリは一夜中続くのだ。
 カタチを滅ぼされようと、発生したタタリは亡くならない。
 以前のように消されはしないという事だよ、シオン・エルトナム」

 皆の息を呑む音が聞こえる。

「タタリというカタチは失くしてしまったが、何、それではこの身で街中の人間を飲み尽すだけの話」

「──────」

「そうかよ、なら今おまえを倒すだけだ!」

 誰も動かない中、志貴が駆ける。
 しかし振るわれた刃はただ空を斬り、ノイズを切り裂く事はなかった。

「無駄だな。タタリというカタチを無くした私はただの現象だ。
 いかに直死と言えど、現象である私を殺す事はできぬ」

 そんな、バカな。滅ぼしても、倒しても消せない現象。
 それが、本当のタタリ。

「私を退場させられるのは夜明けのみ。
 それも遥かに遠い。一夜あらば悉くを飲み尽そう!」

「シオン………! 何か手はないのか!?」

 志貴の呼びかけに悲壮な面持ちで答えるシオン。

「………無理です。直死を以ってしても殺せない現象。
 それは存在しないモノを殺す事と同義です。そんなものを、……倒す術がある筈がない」

 奔る絶望の色。
 為す術も無く、俺たちは殺されるしかないのか……?

「さあ、──始めよう。私の舞台を穢したのだ。一滴残らず、その血を飲み尽す。
 速やかに奈落へと堕ち、永久に続く我が祭りを眺めるがよい────!」

 何か、何か手はないのか!

 殺せない相手、存在しない相手によって繰り返される一方的な殺戮。
 そんな事を、させるわけにはいかないんだ────!



「否。汝の祭りは今宵で終わりだ」



 刹那─────背筋を死神が駆け、心さえ凍る声を聞いた。  









後書きと解説

最終夜・其の二。
全員集結&タタリ消滅、現象化。

そしてオイシイところで現れるあの人。
これとは別のオチの付け方も考えていたんですが、
あまりにも突飛すぎて受け入れらまいと思い直した所存です。

橙子のルーンは式が直死を初めて使った時に一度使ってますが、
手持ちじゃ火力不足うんぬん、と言っていたのでそれなりに準備すれば
それなりの火力は出るんでしょう、うん、きっと。






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