十六夜 エピローグ/別離──そして……






/1


「“────約束された勝利の剣(エクスカリバー)────!”」



 戦いは終わり、本当に最後、終結を告げる極光が放たれる。
 穿つはソラに胎動する黒い太陽。そして、冬木の聖杯戦争の根幹を成すシステム、大聖杯。

 暗い大空洞を覆う真白の光。それを眺めながら、

「これで……終わるんだな」

「ええ、これでもうこの土地で聖杯を巡る争いは起きない。
 これで……終わりよ」

 ふと視線を横に向ければ、少し悲しそうな、戸惑うような遠坂の顔。

「…………ちょっと、未練があったりするか?」

 事実、この儀式は根源への道を開く大儀礼だった。
 魔術師の悲願、それを魔術師の手で打ち壊す。
 そこにどんな感慨があるのかは、半端者の俺には解らないけど。

 遠坂は少しだけ口元に笑みを作り、

「まさか。そんなものあるわけないわ。
 冷徹で利己的な一魔術師としては間違ったことをしたのかもしれないけど。
 わたしはもう、そんな魔術師にはなれそうにないからね。
 ────どっかのバカのせいで」

「…………む。それってまさか、俺?」

「あら、自覚あったの?」

 いつも通りの意地悪な笑み。
 むう…………その顔は未だに苦手なんだよな。

「そんな顔しないの。わたしは今のわたしを気に入ってる。
 士郎は今のわたしのこと、嫌い?」

「…………そんなわけあるか。
 俺は今の遠坂のこと、好きだぞ」

 それだけはもし俺が俺でなくなっても変わらない一つの想い。
 そう信じられる一つのカタチ。

 視線を交わす二対の瞳。そこへ───

「─────こほん。
 二人とも、仲が良いのはわかりますが場所くらい弁えてはどうですか」

「「セ、セイバー…………」」

 うぅ……じとっとした眼差しが突き刺さる。
 私が頑張っている裏で何をしているのか、そう言いたげな視線だ。

「セ、セイバー、終わったんだな?」

 話題を逸らすようにセイバーに確認する。

「はい。聖杯、大聖杯ともに我が宝具を以って消滅させました。
 これで、終わりです」

 その言葉と共に遠坂の令呪に光が奔る。それは聖杯戦争の終わりを告げる合図。
 聖杯戦争が終結するとマスターとサーヴァントの契約はサーヴァント側から強制的に破棄される。

 その後契約を続けるか、そのまま座へと還るかは当事者に委ねられるというわけだ。
 まあ、サーヴァントが現界を望もうとマスター側に支えるだけの魔力がなければ選択権はないのだが。

 遠坂がセイバーの青緑の瞳を見つめながら、

「────問うわ、セイバー。
 貴女は…………わたしとの契約の続行を望む?」

 それにセイバーは、

「────はい。
 私は貴方たちと共にありたい。私は貴方たちの未来を見たい。
 ですから私は…………凛との契約の続行を願います」

「違うだろ、セイバー」

「え?」

「俺たちの未来を見るだけじゃなくて、一緒にその未来を作っていくんだろ。
 もうマスターとサーヴァントの関係としてじゃなくて、対等な仲間として」

「シロウ…………」

 もちろん俺は今もセイバーを対等に見ているつもりだ。
 たとえ俺たちの魔力がなければ現界できない存在でも、これからはずっと一緒なんだから。
 セイバーとはちゃんとそういう関係でありたいと俺は思う。

「…………そうですね、シロウの言うとおりだ。
 凛、私は貴方たちと共に新しい未来を、思い出を作る為に、貴女との契約を続けたい」

 その言葉と共に遠坂の令呪にもう一度光が奔る。
 これで、

「────貴女の願い、確かに聞き届けたわ。これからもよろしくね、セイバー」

「────はい。こちらこそよろしくお願いします、凛、シロウ」

 満面の笑み。
 これからの未来を思わせるような笑みで、セイバーが微笑む。  





/2


 セイバーさんの剣が振り下ろされ、戦いの終わりを告げる鐘を鳴らす。

「…………………」

「ワラキアのこと、考えてるのか?」

 極光を見つめ、憂いの表情を見せるシオンに訊ねる。

「…………いえ。
 志貴の甘さについて考えていました」

「え? 俺?」

「先ほど言ったではないですか、ワラキアの発端には悪意はない、と。
 志貴は甘い。
 たとえそこに悪意がなかろうとワラキアが行ってきた殺戮がなかったことになることはない。
 始まりに罪がなかったとしても、彼の行いには贖罪が必要だ」

 ワラキアの目的が世界の終焉の回避であったとしても、その過程でヤツは幾百、幾千もの血を飲み続けている。
 故に始まりに罪がなくとも、その行為に対しては罰が必要だと、シオンは言う。

「…………そうかもな。
 でもさ、シオンだけでもアイツのことを判ってあげたら。
 アイツ、最後にシオンの名前を呼んだんだから」

 そこにズェピアとしての理性があったのかはわからない。
 だけど、あの言葉はアイツの本心なんだろう、と何故か思った。

「ですから、志貴は甘いのです。
 たとえ私が理解しようと、理解しなかろうと何も変わらない」

「────それでも、さ」

「しぃ〜きぃ〜、何してるの〜、早くかえろ〜よ〜」

「うわ、ア、アルクェイド!?」

 間抜けな声で俺を呼び、いきなり抱きついてくる純白のお姫様。
 まったく、コイツには緊張感ってものがないのか。

「あー、わかった。わかったから、離せ」

「ヤダ。志貴ってばわたしを置いてすぐどっかいっちゃうんだから。
 シオンとシエルとは一緒に居たくせに。帰るまで離さないー」

「アホか! ずっとくっついて歩けるわけ無いだろ!」

 ブーブー言うアルクェイドを引き剥がし大空洞の外へと足を向ける。
 先輩も心配してるかもしれないし、彼らには別れの挨拶をしないといけないからな。





/3


 黒い泥の線を断ち切ろうとナイフを振り下ろした時。

「────消えた」

 ナイフが黒を捉える直前にカタチを失ったように溶け、世界から消失した。

「おー、やーっと終わりね」

 赤い髪の女……トウコの妹が暢気に背を伸ばす。

「ふう、まったく、割に合わない仕事でしたね」

「ん、終わりか」

「はっ、やっと消えやがったか」

 柳洞寺の境内にいた面々は各々の反応を残し泥の消え去った世界を見渡す。
 見渡す限りの荒野。
 あったはずの本堂も、奥にあった池さえも吹き飛ばされた寺はまっさらな更地と化していた。

 …………これは、私のせいじゃない。

「はい、みんなお疲れさまー。
 んじゃー姉貴。
 私は会いたいけど会えない子と、あんまり会いたくないヤツがいるから先に退散するわ」

 トウコの妹が朗らかに笑って告げる。

「ふん、どこへなりと勝手に消えろ。一々別れを告げなくても構わん。
 …………今回の賭けは私の負けだが。次は負けん」

「そ、相変わらず負けず嫌いね。でも私だって負けないわよ。
 じゃあね、他の人も。──────縁があったらまた逢いましょう」

 そう言い残して、トウコの妹は瞬きの間に風に溶けるように消えていった。

「私は遠野くんのところへ」

 髪の青い修道服の女が石段へと駆けていく。

「おー、これで終わりみてえだな」

 残されたのは三人だけ。
 そのうちの一人、私のサーヴァントのランサーが側でそんなことを言った。

「ああ、これでオレたちの戦いは終わりだ」

 得るものなど何もなく、失ったものも何もない戦い。
 ただランサーと共にあった戦いが今、ここに終わりを告げた。

 ────遠くには夜明け。
 新しい一日を告げる陽光が顔を覗かせている。

「んじゃ、式。ここでオレたちの契約も終わりだな」

「────ああ」

 キィンと音が響き令呪が輝く。それに伴い、令呪が色を失う。
 まだサーヴァントたるランサーの姿は目の前にあるが、私たちを繋ぐ契約は解除された。

「一つだけ、聞かせてくれ」

 自然と、そんな言葉が零れる。

「なんだ? 最後だ、答えられることなら答えるぜ」

 これから消え行くと解っているはずなのに、この男は変わらず笑顔を湛えている。

「おまえの願いは、叶えられたのか?」

 ランサーの願い。それは生死を賭けた全力での戦い。
 私はこの男の願いを、叶えることができたのだろうか。

「あー、そうだなぁ。
 戦ったのはアーチャー、バーサーカー、アサシンか。
 アサシンとの再戦が出来なかったのは未練と言えば未練だが、ま、及第点じゃねえか」

「なんだそれ。満足してないってことじゃないか」

「いや、そうでもねえ」

 それに微かな疑問を抱えていると、

「アンタみたいなマスターに呼び出され、共にあれたんだ。
 オレはそれだけで充分満足してるぜ」

 言って朝日を背に、かつてないほどの笑顔を見せる。

「ま、そういうわけだ。
 アンタと一緒にいたこの二週間、オレは充分楽しませてもらった。
 未練ももうねえ」

「…………そうか」

 この男がそういうのなら、そうなのだろう。
 なら私から言うことはもうない。ただ、別れを告げるだけだ。

「んじゃな、式。
 オレはアンタみたいなさっぱりした女も好きだが、ちぃっと歳が足りねえな。
 ま、あの真っ黒の坊主と達者に暮らせよ」

「…………ふん。じゃあな、ランサー」

「────おう」



 最後まで笑顔で。その男は────…………





/4


 暗い洞穴を後にし、僅かに明るい森林へと出る。
 来た時と同じように表へと出る為、朝焼けの森を傷ついた体で行く。

 そうして、石段。
 そこを下りた先、柳洞寺の入り口には複数の人物が待っていた。

「悪い、待たせたか?」

 士郎が志貴とそれを囲む女性陣を見渡しながら言う。

「いや、今ここに戻ったところ。とりあえずお疲れさん」

「ああ、本当に。助かったよ、志貴たちがいてくれて」

「そのまま返すよ。お互いあっての出来事だったと思う。
 それと、式にも」

 壁に寄りかかり、待っていたもう一人の少女。
 白磁の着物を流麗に着こなす黒髪の女性、両儀式。

「……別に。で、もう終わったんだろ」

「ああ、この街で起こった非日常はこれで終わり。
 俺たちの戦いは終わりだ」

 志貴の言葉に式は寄りかかっていた体を起こす。

「なら、もうここに用は無い。じゃあな」

 ぶっきらぼうに、だけどどこか優しさを湛えるような顔で。
 式と呼ばれた少女はこの地を去った。

「じゃ、俺たちもこれで」

 式を見送った直後。
 志貴がそう、士郎たちに告げる。

「え、もう帰るのか? 家に寄っていかないのか?」

「悪いけど、遠慮しておくよ。
 待ってる人がいるからさ、なるべく早く帰りたいんだ」

 遠野の屋敷に残してきた三人の少女たち。
 今頃彼女たちは何をしているのだろう、と志貴は思う。

「そうか、それじゃ仕方ないな」

 口元を僅かにあげるだけの小さな笑顔。

「ああ、仕方ない」

 それに答える同じような笑顔。

 そして、長い沈黙。
 志貴と士郎はお互いの瞳をただ見つめる、いや、睨みつける。

「────また会えるといいな」

 士郎は本心から、その言葉を紡ぎだした。

「────ああ、本当に」

 志貴も同じように、本心から言葉を紡ぐ。

 それは願望。
 だが、どこか違うところでその言葉とは違う意味を理解する。
 もし次に出会う事があるとすれば。
 その時は、今と同じ出会いはできないかもしれない、と。

 それでも今は仲間。
 幾つもの戦いを共に駆け抜けた仲間なのだから。
 次も仲間として出会えればいいと、ただ────願う。

「じゃあな、志貴」

「ああ、士郎」

 最後に握手。

 それで終わり。これ以上の言葉は必要ない。
 交わらない信念を持つ二人の男は、お互いの日常へとただ、還る。





/5


 ────これにて、この物語は閉幕だ。

 出会うはずのなかった者たちが集う狂った宴。
 僅か半月にも満たなかったその中で、各々は何を手に入れ、何を失ったのか。

 ただあったのは邂逅と別離。

 そして、────…………。

 たとえ何も得られなかったとしても、この出会いに意味はあったんだと、願いたい。



 そんな出会いがどんな未来を描き出すかは、また………別のお話。









後書きと解説

というわけで、空×月×運命、最終話と相成りました。
まずはここまで読んでくださった方々に謝辞を述べさせていただきます。


そして書き終えての後書きを。

一番最初のコンセプト、それが「型月作品を三つ絡めた話を作りたい」でした。
色々と絞ったつもりでしたが、それでも登場者が多く、扱いきれない部分が多々ありました。
また、私の力量不足ゆえに波のない、今ひとつ盛り上がりに欠ける作品になってしまったと、自分でも思います。
それでも長編と題した以上、最後まで書ききるまではやめない、という思いでここまで書き続けてきました。
それも感想を下さった方、批判を頂いた方、考察までして下さった方、そんな方々のお陰だと思っています。

で、カタイのはこれくらいで。うん、やっぱり長編っていうのは難しいですね。
キャラたちにもっと色を付けられたり、ハプニング的な要素を組み込めれば盛り上がったかと思うんだけど、
ほんとに自分の技量不足が嘆かわしい。精進あるのみっす、押忍ッ!

で、今後のことなど。
とりあえずアフターエピソードとして個別に後日談的、あるいはエピローグ的なものを一つずつ書く予定です。
清算しきれていないものもありますし。
あれ、そうするとコレ最終話じゃないかも? ま、いいか。

そのあとは……本当はここから続く、今度は月姫系の話を書こうと最初は思ってたんですが……どうしよう。
その為に色々と話を書きやすい見え見えの伏線を張ってきたんですが……どうなるんだろ。

それ以外にも書いてみたいのが幾つか。
だけど、どれも全然纏まってないしプロットも立ててないので見通しゼロな感じかなぁ。

当面としては上記のアフターエピソード。
そしてこの作品の手直しとか、短編とか中編で技量を鍛えるとか、でしょうかね。

では、ここまでこの作品を読んでくださった全ての方にお礼を申し上げて、後書きとさせていただきます。
誠に、ありがとうございました。



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