a Sequel to the Story/Episode I /1 電車に揺られ、ようやく我が家がある町、三咲町へと帰ってきた。 朝日に照らされる町並みは、見慣れた、住み慣れた町。 「んー、なんだかこの町も久しぶりだなあ」 シオンと共にこの町を出発したのが約二週間前か。 思えば、色んなことがあった。 アサシン、未来の自分の可能性と出会い、士郎たちと出会い、式と出会った。 そしてその全てに別れを告げて、俺はこの町に、俺の日常に帰ってきた。 「と、ここまで帰ってきたけど、皆はどうするんだ?」 アルクェイド、シエル先輩、シオンに振り向きながら問う。 「そうですね、今日のところは私はお暇させて貰いましょう。 事後処理やら、報告やら、手回しやら、やる事が沢山ありますから」 と、シエル先輩。 「そっか。ごめん、先輩。色々と面倒かけてるみたいで」 「遠野くんのせいではありません。これは私の仕事ですから。 ……アルクェイド、遠野くんにちょっかい出すんじゃありませんよ」 「え〜? シエルにそんなこと言われる筋合いないしー」 「まったく。まあ……いいです。では、また会いましょう、遠野くん」 「ああ。またね、先輩」 笑顔を残し先輩は去っていく。 「シオンはどうするんだ? 家、寄って行かないか?」 今すぐアトラスに戻る、なんてのはないと思うんだけど。 シオンの目的の一つは達成できたんだから。 秋葉もシオンが居るとなれば、会いたいと思ってるだろうし。 俺の言葉にシオンは一考し、 「……そうですね。 私の作成した抑制剤は親からの強制力の前には何の役にも立たない事が証明されてしまったので、改めて秋葉と真祖のサンプルが欲しいところです。 そうなれば、秋葉の屋敷に僅かばかり滞在するのも悪くは無い」 「しーきー、わたしも行くー」 シオンとは対照的にこちらは特に何も考えず腕をぶんぶんと振り回して言った。 んー……ま、いいか。 「良し、じゃ帰ろう、久しぶりの我が家へ」 /2 屋敷へと続く坂道を行く。 隣にはアルクェイド、少し後ろにはシオンがゆっくりとついてくる。 まだ遠いながらもその輪郭が見える屋敷を前に、俺はポケットの中を確認するように探った。 右のポケットには相棒の短刀、七つ夜。 そして、左のポケットにはアサシンに渡された魔眼を御する包帯。 「──────」 「志貴? どうしたの、考え込んだりして」 僅かに俯く俺の顔を覗き込むアルクェイド。 そう、アルクェイド。 「────アルクェイド」 「なに?」 なんと伝えるべきだろう。この包帯を渡せば話が早いかもしれない。 だけど、何か────何かが引っかかる。 「アルクェイド、覚えておいて欲しい事がある」 「だから、なに?」 ………言葉が続かない。 変な言い回しだとコイツは覚えてなんていないだろうし、直球ストレートな物言いだと……うーん。 やはりこの包帯を渡す方が手っ取り早くて解りやすいか。 ────良し。 と、ポケットから包帯を取り出そうとした時。 シオンの手がそれを制した。 「…………シオン?」 「志貴、それは貴方が持っているべきです」 なんで、という言葉は続かなかった。 きっと心の何処かで、アサシンは俺にこれを託したんだという思いがあったから。 「真祖。今から私が言う言葉を志貴の代弁として、永劫覚えておいて下さい。 志貴もそれで宜しいですね?」 「え? あ、うん」 俺じゃ言葉を見つけられない。 なら、シオンに頼むのもいいかもしれない。だけど、シオン……君なんていう気だ? 「んー、それは志貴の言葉としてずっと覚えてろってことよね。 うん! 志貴の言葉ならわたし、忘れないよ」 笑顔を湛える白き吸血姫。 アサシンも、この笑顔を────………… 「…………では。 真祖、志貴はずっと貴女のことを想っていた。 それだけを、忘れないで下さい」 「──────」 「──────」 時間が止まり、思考が停止する。 いや、あの、その、シオンさん……? その言い方だと、俺がアルクェイドに……ああ、アサシンも志貴だけど、あー、俺も志貴であってだな、えーとだから………… 「えへへー、なーんだ、志貴、そうだったの」 朗らかに笑うアルクェイド。 「い、いや、待て、アルクェイド。 確かにシオンの言葉は真実だが、それは俺じゃなくてだな。 もう一人の俺、というか、そう、未来の俺がおまえのことを大事に想ってたんだ」 「? 志貴が何言ってるかわかんないけど、志貴はわたしのこと、好きってことでOK?」 「全然オーケーじゃない! あー、いや、だけど、未来の俺はおまえが好きっていうか……シオン! たすけ……っておーーーい! 何一人で先行ってんだよ!」 俺達を置いてスタスタと屋敷に向かうシオン。 俺の声にくるりと振り返り、 「志貴、私は嘘は言っていません。それは貴方も解っているはずです」 「えー、いや…………まあ、そうなんだけど」 そうなんだけど、違うだろ。同じなんだけど違うから、あー…… 「うん、わかったから。志貴はわたしが一番好きってことが」 腕に擦り寄ってくるアルクェイドを引き剥がしながら、言葉を探す。 ────が。 「だーかーらー…………あー、もう、そうだ、それでいい。 アルクェイド、絶対ソレ、忘れるなよ」 アルクェイドがそれを認識してくれるなら、ま、いいか。 全部が嘘ってわけでもないし。 変にアサシンのことを話して重荷になることを、アサシンだって望んでないだろうから。 「忘れないよ。 たとえ眠らなきゃいけなくなったって、わたしは志貴のこと、忘れないから」 言って、太陽のように微笑むアルクェイド。 まったく……とんだ相手を好きになったもんだ。 なあ、────アサシン。 /3 そうこうしてようやく我が家、遠野の屋敷に到着。 重々しい鉄格子の前にはいつも出迎えてくれる、翡翠の姿はない。 ま、当たり前か。 シオンは琥珀さんに伝言を頼んだって言ってたし、いつ帰るかわからない俺を待ち続けるほど翡翠も暇ではないだろう。 鍵はかかっていない。 翡翠か琥珀さんの配慮かはわからないけど、シオンとアルクェイドと共に邸内へと入る。 士郎の屋敷もでかかったけど、やっぱりこの家の方がでかく見えるな。 士郎の家はなんとなく開けた感じがするけど、この家は閉鎖的な圧力みたいなものを感じる。 そのせいかもしれない。 歩き慣れた道を行き、扉の前へ。 こちらも鍵はかかっていないみたいなので、勝手知ったる自分の家(違う)故に、手にかける。 ギィィィとという音を立て扉を開く。 最初に目に入ったのは、 「あ、志貴さま! おかえりなさいませ」 恭しく礼をする翡翠の姿だった。 「ただいま、翡翠。 ごめんな、いきなり二週間近くも出掛けちゃって」 「…………いえ。姉さんから話は伺っていましたので。 ご無事に帰られて何よりです」 ? ちょっと間があったような気がするけど……気のせいか。 「えーっと……秋葉は?」 「リビングの方でお茶を。姉さんも一緒にいると思います」 「そっか。ありがと、翡翠」 玄関からリビングへ。 もしかしたら秋葉のヤツ、怒ってるかもしれないからな。警戒だけはしておこう。 や、悪いのは俺だから怒られても文句は言えないんだけど。 「ただいま、秋────…………ッてええええええええええええええええ!?」 「あら、兄さん。ようやくお帰りになられましたか。 帰ってくるなり大声を出すなんて、何か変わったところでもありましたか?」 「志貴さ〜ん、おかえりなさいませ〜」 朗らかに笑う琥珀さんはいい。うん、いつも通りの琥珀さんだ。 琥珀さんはいいんだが、あの、秋葉さん? 変わったところというか、えっと、その、なんで、 「髪を真っ赤にしてらっしゃるのでしょうか……?」 ソファーに腰掛け、優雅にお茶を愉しむ秋葉。 その様はいつも通りの見慣れた秋葉だが、髪が、髪が真っ赤だぞ。 「あはー、秋葉さまったら、数日前からずっとこの調子なんですよー」 いやいやいや。 そんなに反転ばっかりしてると、戻れなくなるぞ? 「心配には及びません。自分の事は自分が一番よくわかってますので。 それと、シオン。良く来てくれたわ」 「ええ、秋葉。お久しぶりです。 今回は急な事で志貴を借りてしまって申し訳ありません」 「いいえ、シオンに罪は無いわ。罰が必要なのは────」 つぃっと視線をこちらに向ける我が妹君。 や、その状態で睨まれると略奪されそうですごく怖いんですけど!? 「妹ー、わたしもいるよー」 「あら、アルクェイドさん。玄関からお入りになられるなんて、珍しい。 貴女には特に用はないのでもう帰っていただいて結構ですよ」 「妹ひどーい」 ぶーぶー言うアルクェイド。 ついでに秋葉の目はそちらに向いており、俺への注意は散漫と見た。 今のうちに…… 「────兄さん?」 「はひっ!」 リビングから逃げるように背を向けた俺に背後からかかる威圧を通り越して突き刺さる声。 それに体は無条件に反応し、硬直する。 「で、兄さん? この二週間、一体どこで何をしてらしたんでしょう?」 うふふ、と微笑んで脅迫めいた言葉を押し通してくるマイシスター。 うーん、なんて説明したものやら。 「えーっと、琥珀さんに伝言を頼んだと思うんだけど……」 秋葉の側に控える琥珀さんを見る。 いつも通りの向日葵の笑顔でニコニコとしていらっしゃる。 「ええ、琥珀には聞きました。 兄さんが、──────シオンと駆け落ちをなさったと」 「な──────にぃぃぃ!?」 ちょ、琥珀さん!? シオンが琥珀さんに直接言いに来た筈なのにそんなわけないでしょう!? そんな俺の訴えの視線すら何処吹く風、琥珀さんは笑顔を湛え続ける。 「秋葉。私は志貴にそのような────」 「いいのよ、シオン。シオンは何も悪くありません。 悪いのは兄さんだけです」 コイツ、絶対解ってやってやがるな…………。 「とりあえず落ち着け、秋葉。俺はシオンの手伝いに行ってただけなんだ。 決してそこに疚しい気持ちとか、そういった事実はない」 そう。こういう時こそ毅然とした態度で。 こんな修羅場は日常茶飯事、体は既に慣れている。 「私はいつも落ち着いています。 まあ、兄さんにシオンをどうこうする度胸があるとは思ってません」 「え、じゃあ────」 「しかし私に何も告げずに出て行ったことは許せません。琥珀っ!」 「はい、秋葉さま。 志っ貴さ〜ん、というわけですので覚悟なさってくださいね〜」 くっ────やっぱり最後はそういうオチかよ! だがそういつもいつも俺が素直に捕まるとは思うなよっ! 琥珀さんがしそうなことを考えろ。 手には注射器を持っていない。なら、ここは───! ガコンッ! 足元に開く奈落の穴。 予想通り! 足場がなくなる前に後ろに跳んで───……… 「────げっ」 ちょ、落とし穴、広すぎません? 着地する場所がないんですけどっ! 「あは、志貴さんの行動パターンなんて予測済みですよー」 「さすがですね、琥珀。 私と同等、またはそれ以上に志貴の行動パターンを読みきっているようだ」 「シオンさんに褒めていただけるなんて光栄ですねー」 冷静に解説を入れるシオン。 おーい、助けるとか、なんとか無いのか!? 「────くっ」 ギリギリのところで、落とし穴の端っこに手をかける。 あの様子じゃシオンは頼りになりそうにない。……そうだ、アルクェイドがいるじゃないか! 「アルクェ────って、おまえ何してんだァァァァァ!」 俺がこんな状況にあるっていうのに、アイツ、翡翠に給仕させてお茶を愉しんでやがる。 「ん〜? 志貴、何しているの?」 おま、この状況を見てそんなことを……! とりあえず、たーすーけーてー。 「志貴、楽しそうね」 「アホかァァァァァァァァァ!」 どこをどう見たら今の俺が楽しそうに見えるんだ!? くそっ、とりあえず自力で這い上がるか…… ────そう思った矢先、頭上に影が重なる。 「ふふ、兄さん? ちょっとは反省していただけましたか?」 ふと、見上げれば。 「…………………………白?」 「──────っ! 全て奪い尽くして差し上げます!」 「ぎゃあああああああああああああああああああ!」 手離した光。落ちていく体。 そんな、奈落へと向かうだけの危機的状況で。 ああ、俺には平穏などないんだ、と考えていた。 /4 ざぁっという音と共に風が舞い降り、それが消えると赤髪の魔法使いが姿を現す。 「んーっ、ま、なんとかなったわね」 一つ背伸びをし、今日までの出来事を回想する。 「ちょっとやりすぎちゃったかな……」 一番最近の記憶。 柳洞寺での戦いを思い返し、少し後悔する。 最後とはいえ敵ごと伽藍を吹っ飛ばすなんて自分でもやりすぎた、とちょっと懺悔。 「ま、誰かが揉み消してくれるだろうし、いっか」 魔術とは秘匿されるもの。 それが露見する可能性が僅かでもあるのなら、誰かがその痕跡を消去し、情報操作を行うだろう。 見渡す限りの草原で、魔法使いは空を見上げる。 思い描くのはここで出会った少年と、今回結局出会わなかった成長した少年の姿。 「今回は縁がなかったけど。 またね、志貴──────どっかの片田舎で、出会える日を楽しみにしているわ」 そう遠くない未来。 彼女はそこで少年と再び出会う事を確信している。 それでも空に約束を一つ。 移ろうものの中で、その約束が果たされると信じて。 彼女は黎明の風に透けていく──── /5 「あー……酷い目に遭った」 奈落の底から這い上がり、有象無象の群れから逃げ回り、ようやく自室の前に辿り着いた。 外は既に闇色。 夜の帳は下り、太陽が沈み、月がまた空に顔を覗かせる時間。 「くそう。 久々に帰ってきたんだから、ちょっとくらいゆっくりさせてくれてもいいじゃないか」 そんな愚痴を漏らしながら、ドアノブに手をかけ、回す。 開けた世界は懐かしい自分の部屋。 殺風景な、最低限のモノしか置いてない俺の部屋。 だけどやっぱり、ここに来ると帰ってきたって気分になる。 一通り部屋を見渡し、ふと、ベッドに視線を移せば。 「────レン?」 俺のベッドの上に蹲る黒い毛並みの猫。 俺の呼びかけに、うにゃあ、と鳴き声一つ、屈伸する。 「あー、レン。 ごめんな、いきなり出掛けちゃって」 その言葉にレンは応えず、じーっと視線を突きつけてくる。 「うっ…………レン、怒ってる?」 ああああ、刺さる。視線が刺さってる。 「ごめんってば。悪いと思ってる。だからさ────」 蹲るレンを抱きかかえようと手を伸ばす。 すると、 「────ぐふぉ!」 抱えた瞬間、レンが脅威の速度を以って撃ち放つ前足パンチ! 予期していなかった俺はそれをモロに顔面にもらう。 レンはそのまま俺の手をするりと抜け出し、窓際へと走って行く。 「くっ────、レン! ちょっ、まっ────!」 叫びさえも虚しく部屋に木霊し、レンは自力で窓を開け、夜の闇に駆けて行った。 開かれた窓の隙間から流れてくる冷たい風が俺の頬を撫でる。 「あー…………そりゃ怒ってるよな。二週間近くもほったらかしにしたんだし。 ────うん。 明日、レンの好きなケーキでも買って来よう」 そう決めて、うとうとする頭のまま、整えられたベッドに潜り込む。 この調子ならすぐにでも眠れそうだ、と思った矢先。 ────コンコン 扉を叩く、控えめな音。 「……兄さん? 起きて、いますか?」 か細い声。 俺を落とし穴に突き落とした張本人とは思えないほどに消え入りそうな声。 「ん、秋葉か。開いてるから、入っていいぞ」 そう応えても秋葉が入ってくる様子はない。 「────秋葉?」 それでようやくドアが開かれる。 秋葉の顔は暗くてよく見えないが、全体から暗い雰囲気が滲み出ているのが良く分かる。 「どうしたんだ?」 ドアの前に突っ立ったまま、秋葉は動こうとしない。 「えーっと、その、まだ怒ってる、のか?」 そりゃ秋葉に黙ったまま留守にしたのは悪かったって思ってる。 だけど──── 「────当たり前ですっ! 兄さんには私の気持ちなんて………っ!」 俺の思考を遮るように、秋葉の声が部屋を満たす。 あげられた顔。そこには、頬を濡らす一筋の涙。 「兄さんには、兄さんには私の気持ちなんてわかりません! 私はまた、……また……兄さんが戻ってこないんじゃないか、…………と」 「──────」 頭蓋をぶち破るような衝撃。 ああ、そうか。俺はまた、秋葉を一人ぼっちにしたのか。 有間の屋敷に預けられた十年間。 その間も秋葉は俺を待ち続け、親父の死後、俺をこの家へと呼び戻した。 それは俺が遠野の長男だからじゃない。 俺が────………… そして今回。 幾らシオンが伝言を残したと言っても、俺自身は秋葉に何も告げず二週間も留守にした。 心配しなかったはずがない。 不安がなかったはずがない。 俺のせいで秋葉にそんな思いをさせてしまった。 ────秋葉、ごめん。 そう思い至った俺は、ベッドから立ち上がり、秋葉を抱き寄せる。 「兄、──さん?」 「ごめん、秋葉」 朝の出来事も、きっとそんな感情の裏返し。 ああ、全く以って俺が全部悪いんだ。 俺の背中にそっと秋葉の手が添えられる。 「ああ、今回悪いのは全部俺だ。 どこかに出掛けるにしても、ちゃんと秋葉に伝えてからにすれば良かっただけなのに。 ごめんな、秋葉。不安にさせちまって」 「兄さん…………」 震える声と、震える手。 それでもしっかりと、俺の存在を確かめるように秋葉の手が俺を掴む。 「だけど、秋葉。これだけは覚えていて欲しい。 たとえどこに行ったとしても、俺は必ずこの家に帰ってくる。 ここが、俺の帰るべき場所だと思うから」 待っててくれる人がいる。 会いたいと思う人がいる。 そう────だからここは、俺が還るべき場所なんだ。 「そんなの、当たり前です。 ここは、兄さんの家なんですから」 やっと見れた秋葉の笑顔。 ああ、こんな笑顔を見れるなら、俺はきっと──── ────ガシャン!! 突如響く場違いな音。 その音は、間違いなく俺の後ろ、窓ガラスの割れた音。 「あーっ! 志貴、妹となにしてるのー!?」 「と、遠野くん!? それに秋葉さんも──!」 「げっ────、アルクェイドと先輩!?」 何勝手に人ん家に侵入してらっしゃるか、この二人は。 しかも超絶にタイミングが悪い。 「お二人とも…………こんな夜更けに何の御用ですか?」 あ、秋葉! 髪! 髪赤いから! 「別にー。わたしは志貴と一緒に寝ようと思って」 悪意なく言い放つアルクェイド。 「私はそこのアーパー吸血鬼がまた遠野くんの部屋に忍び込もうとしているの見かけたので。 入らせまいと孤軍奮闘していたところです」 いや、先輩。入ってきちゃアルクェイドと一緒ですよ。 それに事後処理とか、手回しとかあるとかなんとか言ってたような気がするんですが。 「貴女方ときたら一体何度言ったらわかるんですか! 勝手に人の家に侵入しないで下さい!」 「えー、だってそうしないと志貴に会えないし」 「会わなくて結構です!」 ギャーギャーと騒ぎ立てる姦しい女性たち。 嗚呼、さっきまでの良い雰囲気はどこに行ったのか。 「そうですねー、あの三人は絶妙なバランスの上で成り立ってますから。 横槍はあって当たり前なんですよー」 いつの間にやら俺の部屋に居り、あまつさえ解説まで入れてくれる琥珀さんと無言の翡翠。 「えーっと……琥珀さんと翡翠はなんでここに?」 「志貴さんを監視してましたら秋葉さまと良い雰囲気になりそうでしたので。 あのお二人にお電話差し上げた旨をお伝えしようと思いましてー」 ああ、なるほど。 アルクェイドと先輩を呼んだのは貴女でしたか。 というか、監視って何でしょう? 「細かい事はお気になさらず。 で、志貴さん? あのまま秋葉さまとナニをなさるおつもりでした?」 ニコニコと微笑む琥珀さん。 「────え? い、いや、俺はその、特に何も…………」 「志貴さまを不潔です」 ひ、ひすいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!? 「えー、ではみなさん。 争っても不毛ですので、ここは一つ、志貴さんに選んでもらいましょう」 いぃ!? 琥珀さん、ここで爆弾投下ですか!? しかも選ぶって、何を、 「決まってるじゃないですかー、志貴さんに添い寝する役ですよー」 な、なんですとーっ!? 「うーん、結果は見えてるけど、それもいいか。ねー志貴、わたしだよね?」 「遠野くんなら私を選んでくれると信じていますよ」 「兄さんは私以外の人を選びません!」 「志貴さん、志貴さん。今なら翡翠ちゃんとのセット販売も行ってますよー?」 「志貴さま…………」 見つめる五対の瞳。 むう…………こんな状態で誰かを選ぶなんて俺に死ねって言ってるのと同義じゃないか。 今まで培ってきた教訓が、道はたった一つしかないと告げている。 「三十六計、逃げるに如かず!」 ドアをすり抜け、廊下に出る。 後は脱兎の如く、脚が許す限り、ひたすら走る──────! 「あ、こら、志貴ー、待ってよー」 「遠野くん、逃げるとは卑怯ですよ!」 「待ちなさい、兄さん!」 「しっきさ〜ん、わたしから逃げられると思ってるんですかー?」 「お待ち下さい、志貴さま」 「だぁーっ、アホか! 待てと言われて待つヤツはいない!」 なぜこんな夜更けに命がけの鬼ごっこをしなきゃならんのか。 そんな切実な思いに思考を巡らせながらただ走る。 そんな状態でも、それでも俺はやっと日常に帰ってきたんだと、思い知ったとさ。 後書きと解説 後日談あるいはエピローグ的なお話、第一弾。サイド月姫でした。 というわけで、三咲町に帰ってきた志貴たち一行。 ま、志貴はいつもケセラセラ。 こういう立場が志貴の日常に最も相応しいものかな、と私は思います。 メルブラで先生が片田舎で逢いましょう、みたいな台詞あったと思いますがアレってやっぱりアルズベリ、かな? 月蝕とキャラマテから察するに先生は魔術師側、志貴はアルク側ってとこでしょうか。 それにしても先生、先が見えてるような発言が多い気がしますが、やっぱり先生の魔法って時間旅行? トランク片手に西へ東へ、そのスタイルも旅行って感じですし。技にも逆行〜ってのがあった気がするし。うーん、気になる。 web拍手・感想などあればコチラからお願いします。 back next |