a Sequel to the Story/Episode II






/1


 ────幹也と式、それに橙子師が伽藍の堂を空けてから数週間。

 わたし、黒桐鮮花と浅上藤乃はその事務所に向かっている。その数週間にわたしと藤乃がこの事務所を訪れたのは二回。
 一度目は幹也だけがいて、落ち着かない様子で事務処理をしていた。二度目はもぬけの殻。ただ幹也の書き置きだけあって、式達の所へ行ってくる、と書いてあった。

 そして、三度目。

「………………」

 結局わたしは未だ幹也に思いを伝えていない。
 わたしが幹也に、じゃなくて幹也にわたしを惚れさせるのが目的だから仕方ないんだけど。

 それはそれとして、わたしが燻ってる間に幹也と式はなんだかイイ感じになってるし。

「鮮花?」

 眉を寄せ、俯くように歩いていたわたしを心配そうに見つめる藤乃。

「なんでもないわ、行きましょう、藤乃」

 橙子師の事務所、伽藍の堂がある廃ビルにわたし達は入っていく。

 カンカン、と鉄を叩く足音。
 既に幹也達が帰ってきてるのは聞いているから、わたし達がここに入ったことも橙子師にはバレているだろう。
 …………バレて困るものもないんだけど。

 何が置いてあるかわからない下層を通り過ぎ、事務所のある四階に到着。
 ドアをノックする。

「開いてるよ、どうぞ」

 橙子師の声が聴こえる。
 それに失礼します、と一言断り中に入る。

「こんにちは、橙子師」
「こ、こんにちは」

 わたしと藤乃の二人で挨拶をする。

「はい、こんにちは。
 こんな時間に呼び出して悪いね、鮮花、藤乃」

 普通の仕事なら今の時間、手を動かしていなければならないのに、橙子師は煙草を咥え、ぼんやりと明るい空を眺めている。

「やあ、久しぶりだね。鮮花、それに藤乃ちゃん」

「ええ、そうですね、兄さん」
「あ、はい、先輩」

 走っていた手を休め、こちらに微笑みかける幹也。
 だが急ぎの仕事なのか、それだけでまた机の上の書類へと目を落とした。

 そうしてわたしは室内を見渡す。
 デスクにへばりついている橙子師、すらすらと手を動かし続ける幹也、ソファーに寄りかかり眠るように目を閉じている式に、

「──────え?」

 式の横に見慣れない影を見つける。
 青い逆立てた髪、射抜くような切れ味を持つ瞳、口には煙草、上はアロハに下は黒のパンツ。
 ひどく場違いな雰囲気なのに、そこにいるのが当たり前のようなふてぶてしさで腰掛ける男。
   ………………えーっと、誰?

 わたしの顔色と視線に気づいたのか、橙子師はデスクに預けた顔をこちらに向け、

「ああ、そういえば紹介がまだだったな。
 アイツはランサー、今回の仕事で拾ってきた使い魔だ」

「おい、橙子。人をまだ使える粗大ゴミみたいに言うんじゃねえ。
 それはそうとそっちの嬢ちゃん達。ま、そういうわけだからよ、よろしくな」

 ニカッと真っ白な歯を見せ、微笑むランサー……さん?

「はあ…………よろしく、お願いします」





/2


 胡乱な頭をそのままに、瞼だけを開ける。
 デスクに張り付いているトウコ、書類と睨めっこをしている幹也、あくびをしているランサー、呆けている鮮花と浅上。

「おい、鮮花。
 何でそんなトコに突っ立ってるんだ、寝惚けてるのか?」

 私の言葉にキッと視線を送りつけてくる鮮花。

「あ、貴女は驚かないの!?
 このランサー……さんは橙子師の使い魔だって言うじゃない。
 こんな人間大の使い魔なんて……」

 何も驚くことなんて無い。
 だって、ランサーはつい先日まで私のサーヴァントだったんだから。







 コトの起こりは私とランサーが別れの言葉を交わした直後。
 後は消え行くのみだったランサーに、

「ちょぉっと、待ってくださる?」

 眼鏡をかけたトウコが話しかけた。

「あん?」

 トウコは気味が悪いほどにこやかに微笑み、ランサーを見つめている。
 そのあまりの変貌振りにランサーもいぶしかんでいる。

「ランサーサン、一ついいかしら?」

「?」

 未だ状況の掴めていないランサーはただ眉を顰めるだけ。
 対して、その沈黙をYESと取ったトウコは一方的に言葉を続けた。

「ランサーサン。この後、一緒に食事なんてどうかしら?」

「──────げっ!?」

 意味がわからなかった。
 これから消え行くランサーを食事に誘うトウコもトウコなら、その言葉にありえないものでも見たかのように目を見開くランサーもランサーだった。

 …………後から聞いた話だが。
 ランサーには生前交わしたゲッシュという誓いがあるのだという。
 それを破れば禍が降りかかり、身を滅ぼすとか。

 そしてランサーが宿すゲッシュの一つに、“目下の人間からの食事の誘いを断らない”というものがある。
 ────つまり。

「ああ、まったく。本当にオレは女運がねえらしい」

 心底そう思っているように、顔を顰めランサーは言葉を吐き出す。

「ふふ、それは褒め言葉と受け取っていいのかしら」

 対するトウコは笑顔を湛えたまま、右手を前に突き出した。

 キィン、と響く音。
 それは私の手から発した音ではなく、トウコの手から響く契約の音。



 ────こうして、ランサーはトウコのサーヴァントとなり、今なお現界している、というワケである。







 でも解せない。

「トウコ、おまえ聖杯戦争が終わってもサーヴァントを支えられるほどの魔力を持っていたのか?」

 私に私ではそれは出来ない、と告げたのはトウコだ。
 トウコも封印指定とかいうのを受けるくらいだから、裏じゃそれなりに名の通った魔術師なんだろうけど。

「んー、そうだな。
 私の魔力をやりくりし、いくつか手段を講じても一月持つか持たないか、というところだろう」

「なんだそれ。
 そんな適当な考えでランサーと契約したのか」

 何故か言葉に怒気が篭もる。
 自分でもそれが何故かはわからなかった。

「ん? なんだ、式。何をそんなにイラついてるんだ?」

 ニタリと口元を歪ませるトウコ。

「別に。ランサーを引き止めたのはおまえだろ。
 なら最後までちゃんと責任を持て」

「わかっているさ。
 だから一ヶ月の間にランサーを現界させ続ける方法を探すんだ」

「………………」

「まあそう怒るな。私だってせっかく手に入れた極上の使い魔をそう易々と失いたくはない。
 本来、自身の生み出した使い魔以外は信用ならないが、ランサーならその点は大丈夫だろう。
 アイルランドの光の御子、クー・フーリンと言えば忠義の騎士としても知られている。
 それに令呪がある限り、マスターには逆らえないからな」

 そう言って視線だけをランサーに向けるトウコ。

「ああ、別にアンタに逆らいはしないけどよ。
 せっかく現代に残るんだ。
 オレを繋ぎとめるんなら、オレも好きにやらせてもらうぜ?」

 不敵な笑みを向けるランサー。

「ああ、それは構わん。私が必要とした時に居さえすればな。
 だが私がここにいるという事がバレるような行動は慎め。
 後は……そうだな。
 余計な魔力の消費を抑える為に鎧と宝具の具現化は私の許可なく禁止だ」

「あいよ。つーわけだ、式達もよろしく頼むぜ」

 ガハハハ、と笑いながら隣にいる私の肩を叩くランサー。
 ……まったく、この事務所はいつも騒がしい。





/3


「で、橙子師。今日はどういった用件なのでしょう?」

 鮮花と藤乃が今日、この事務所を訪れたのはいつもの魔術の勉強をする為や、能力の制御を学ぶ為ではない。
 橙子から、いや幹也を通し、礼園に通う二人にコンタクトを取ったのだ。

「あー、そうだな。まず今言ったランサーの紹介が一つ。
 それと、────」

 ガタッ、と椅子から立ち上がり、

「飯を食いに行くぞ。私の奢りでな」

「──────」

 沈黙が辺りを支配し、橙子がどういう人間かをまだ良く知らないランサー以外が息を呑む。

「…………なんだ、貴様ら。
 私が奢ると言ったことがそんなに不思議か」

 それも当然。
 金が入れば欲しい物に即座につぎ込み、従業員たる幹也にさえロクに給料を払わない橙子が。
 自分から飯を奢るなんて、どういう風の吹き回しだ、と皆が思う。

「…………所長」

 口を開いたのは幹也。

「なんだ」

「みんなでご飯を食べに行くのは構いません、僕も賛成です。
 ですが、僕の給料は?」

 それは暗に飯を食いに行く金があるなら給料を支払ってくれ、という幹也の嘆願だった。

「心配するな、黒桐。今回の仕事は前金だけでも破格だったんだ。
 ちょっと飯を食いに行ったくらいで痛む額じゃない」

 それに、ほっ、と胸を撫で下ろす幹也。

「他に異論はないな? よし、では行こう」

「え、今からですか?」

「当たり前だ。思い立ったその時に行動しないでいつ行動するんだ。
 急ぎの仕事も君なら既に終わっているだろう。後は明日に回せ」

 言ってそのまま橙子は一人、事務所を出て行く。
 それに続くように、

「ま、いいんじゃねえの。えーっと、鮮花と藤乃って言ったっけ?
 ほらほら、行こうぜ」

 ランサーが二人をエスコートするように連れ出していく。
 残ったのは白の着物を身に纏う式と黒の服装に包まれている幹也だけ。







「………………」

 本当に、騒がしい奴らだ。
 あいつらがいなくなっただけで、この瓦礫の事務所はあっという間に静けさを取り戻す。

「どうしたの、式。行かないのか?」

 幹也が事務所の入り口で待っている。

「………………行く」

 だけど、この騒がしさが嫌いじゃなくなってる自分がいる。
 二年近く前、目覚めた私の胸に空いていた穴。
 半身を失った私の心に空いた、埋めれらない筈の伽藍の洞。
 それを埋めるように、私は毎日を幹也と、あいつらと生きていく。

「ほら、行こう」

 差し出される幹也の手。それを取る私の手。
 暖かい、温もりのある掌。

「──────ああ」









後書きと解説

二つ目、まさかまさかの兄貴現界。
えー、橙子さんに兄貴を維持できるのかとか、色々あると思いますが、
後日談的なお話ってことでどうかお一つ。
話としては三十七話で終わってますので、このエピソードは可能性、
あるいは妄想程度だと思っていただいて構いません。

この後食事に行って散々飲み食いを繰り返し、果てはまた買い物したりで
後日の給料日には結局給料が貰えない幹也がいたりいなかったり。

それにしても橙子さん。
オークションに参加したり、依頼を受けたりしてたら居場所すぐバレそうなもんだけどなぁ。
やっぱり日本という立地がいいのか。

えー、流れでわかると思いますが、次でこのエピソードシリーズも終わりです。
彼らの話を以って、空×月×運命に関わる話は完全に終了って感じで。
では後一話、興味のある方は見てやってくださいませ。



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