四日月 夜/開戦






/1


 あの後、俺達は帰路へと着いた。
 遠坂は終始不機嫌で、何を聞いても答えてはくれなかった。

 時刻は夕刻。夕食の準備をしよう。
 夕食には桜と藤ねぇが来るだろうから、遠坂に問いただすのは二人が帰ってからだ。







 ───夕食も終わり、夜の作戦会議へと移る。
 終始ピリピリしていた遠坂のせいか、桜が何かおどおどしていた気がする。

「で、遠坂。なんで昼間はあんなに突っかかったんだ? らしくなかったぞ」

 ムスーッとしてテーブルについている遠坂さん。

「わたしらしいって何よ。わたしはいつもわたしよ」

「落ち着け、凛。本当に君らしくない」

 アーチャーも心配しているようだ。珍しい。

「あんたらに何てわかんないわよ! わたしの気持ちは!」

「………どういうことだ?」

 そう問うのは俺。
 遠坂はぎゅっと唇を噛み締める。

「セイバー。アイツの魔力量………わかった?」

 アイツ……ってシエルさんのか?
 うーん。俺は魔力の感知に疎いのでわからなかった。
 十年以上冬木に住んでても遠坂が魔術師だって気づかなかったほどだし。

「はい………彼女、シエルといいましたか。あの魔力量は有り得ません。
 人間が個人で保有できるようなものとは到底思えませんでした。
 かのキャスターをすら上回る可能性があります」

 なッ……! 馬鹿な! あのキャスターより上?
 かつて柳洞寺で見た光弾の雨。
 一撃一撃が必殺であったあの光の嵐を放ったキャスターより………上!?

「ですがあくまでそれは魔力の総量の話です。
 彼女がどのような魔術師なのかはわかりませんが、神代の魔術師であるキャスター以上の出力がある魔術を一工程(シングルアクション)で使えるとは思えません」

 なるほど………。
 総量だけ見ればキャスターの上を行くが、高速神言のスキルを持つキャスターのような真似はできないってことか。

「でもかなりやばくないか?
 バーサーカーを前面に出して瞬間契約(テンカウント)を唱えられると一瞬で全滅だ」

「ふん。どれほどの魔術師であろうが、キャスター並の大魔術を戦場で唱えるなど自殺行為以外の何者でもない。
 いつどこから攻撃が飛んでくるか分からないのだ。
 それに我等の投影なら詠唱の妨害程度は容易いだろう」

 確かに……。ほとんど一工程(シングルアクション)で発動できる俺たちの投影なら妨害はできるか。

「………自分より圧倒的に上の実力を持つ者が目の前に現れた。
 しかもバーサーカーのマスターとして。
 ………ちょっとくらい取り乱すわよ。
 むしろ気づかないあんたら朴念仁の方がよっぽどおかしいわ」

 むぅ………。それを言われては返す言葉もない。
 アーチャーも渋い面をしている。

「それにアイツ、教会の人間だって言ってたでしょう?
 魔術協会と聖堂教会の仲が悪いことくらいあんたでも知ってるでしょ」

 それはさすがに聞いたことがある。
 水面下では未だ、いざこざが絶えないのだとか。

「聖杯戦争は魔術師の儀式。教会側は見守ることしか許されていない。
 なのにアイツは勝手に人の土地に入って来て、しかも聖杯戦争に乱入してきた。
 ケンカ売ってるとしか思えないわ」

 ここ冬木は遠坂の管理地。
 そこに断りもなく教会側の人間が乱入すれば怒るのも当然か。
 何か問題が起これば遠坂の責任になるんだろうし。

「なるほど、言いたいことはよくわかった。
 でもさ。
 相手に敵意がなかったんだから話を聞くくらい良かったんじゃないのか?」

 もしかしたら何か深い理由があって来たのかも知れないし。
 任務……とは言っていたけど。

「うっ………。
 それについては反省してるわ。……ごめん」

 シュンとしてしまう遠坂。まったく本当にらしくない。

「んじゃ今後の事だけど。遠坂、今日は休んでろよ。
 偵察は俺とアーチャーだけで行って来るから」

 これが最適だろう。
 今の遠坂じゃ冷静な判断は下せないだろうし、しっかり休んでもとの遠坂に戻って欲しい。
 しかし───

「衛宮士郎、偵察は私だけでいい」

 ───アーチャーがそんなことを言ってきた。

「なんでさ?」

「わからんのか? 凛の側に居てやれと言っているのだ」

 む………。そりゃ俺も遠坂の側に居たいけど………。

「何、この身は弓兵(アーチャー)のサーヴァント。単独行動は得意とするところだ」

 ニヤリ、なんて擬音が似合いそうなほど口元を歪ませる。

「………本当にいいのか?」

「ふん、おまえがいては逃げられるものも逃げられなくなるからな。
 偵察だけだ、無理はせん」

 じゃあな、と中庭に飛び出していくアーチャー。

 アイツの心遣いってのはムカつくけど。
 今日だけは、ありがたく貰っておこう───。





/2


 衛宮邸を後にし、夜空を駆ける赤い影。
 彼───アーチャーは新都の方へと向かっていた。

 ───いつか凛と共に来たセンタービル。
 その屋上に赤い騎士はただ、佇む。

 ここからなら新都を一望できるし、下からの攻撃を受けることはほとんどあるまい。
 偵察にここほど都合のいい場所もないだろう。
 もっとも───鷹の目を持つ彼だからこその芸当と言えるのだが。







 この身を召喚した衛宮士郎。
 ヤツの体内には未だ聖剣の鞘があるはず。
 ならば───何故オレはヤツに呼ばれた?

 可能性としては、ヤツと鞘との繋がりより、ヤツとオレとの繋がりの方が強くなっていること。
 ………何を莫迦な。そんなこと、あるはずがないではないか。

 かつて、理想と現実をぶつけ合ったあの戦い。
 誰かを助けたいという願いが、綺麗だったから憧れた。
 何もなかったから───切嗣の顔が、あまりにも幸せそうだったから憧れた。

 故に、自分自身から零れ落ちた気持ちなど何もない。
 ────借り物の想い。
 切嗣の………ヤツの………そして───オレの想い。

 それでも、それを信じたこの想いだけは。

 間違いなんかじゃ、────なかった。







 ………どれほどの時間───思案していたのだろうか。
 空には僅かに月が輝き、その鋭さを湛えている。

 ───考えるのはよそう。
 所詮答えなど出ることの無い問い。
 真実は闇の中。
 召喚された以上、ただオレはオレとしての戦いをするだけだ。

 ふと、橋の方へと眼を見やる。
 そこにいたのは────





/3


 私は召喚(あの)後、眠り続けていた。
 起きたのは昼前か。

 僅かに鈍る身体を解し、自らの呼んだサーヴァント・ランサーと幾らかの話をした。
 聞けば、魔術師達の戦いは主に夜に行われるらしい。
 ならば昼に出歩く必要はない、とそのまま、また眠りについた。

 元々私は夜出歩く癖がある。今夜の散歩も私の日課みたいなもの。
 その途中、サーヴァントと戦えるのならば願ってもないことだ。

 ────時刻は夜半。

 私とランサーは新都のホテルから深山町という地域の方へと来ていた。
 が、途中人とすら出会うこともなく私達は帰路に着いていた。







 ───深山町を抜け、新都への唯一の道、冬木大橋に足がかかる。
 歩道橋を利用する人もなく、自動車の姿すらない。
 あるのは二人の姿のみ。

 まるで、整えられた舞台のように。

「なぁ、式」

 ランサーがだるそうに問いかけてくる。

「なんだ」

 ぶっきらぼうに返す。

「いや、ほんとに実体化したままでいいのか? 目立ってしゃーねーぞ」

 そう。ランサーは実体化している。
 あの青い全身タイツみたいな服装で式の隣を歩いているのだ。
 深山町へ向かうまでは霊体化していたのだが、敵が襲ってくる気配がまるで無い。
 ならばこちらから誘ってやろう、という魂胆だ。

「構うもんか。元々ほとんど人がいないじゃないか。
 それに普通、そういうの気にするのはオレだと思うけど」

 その言葉に笑みが零れる。
 普通とか一般論はアイツのお株だったな。
 私がそんな言葉を使うなんて、どういう心境の変化だろう。

 でも言った言葉に嘘は無かった。
 事実、私は周囲の目を全くといっていいほど気にしない。
 だから常に紬なんてものを着ているし、服装が自由な学校にもこのまま通っている。

「ま、そうだけどよ。あー、敵襲ってこねぇ───ッ式!!」

 ───刹那。

 大気を裂くような音共にナニかが飛来し、槍と光が弾け合う。
 ランサーが瞬間、───具現化した槍でその飛来したナニかを弾いたのだ。

「な、何………」

 いきなりすぎて何が何かリカイできなかった。

「敵だッ! 新都の方から狙撃されているッ!」

「ばッ……!」

 莫迦な! 新都からだと?
 ここから新都までどれだけ離れていると思ってる!

 風を裂き、大気を裂き飛来する二撃目………!!

「チッ……! クソ! さっきより重いッ!!」

 直線距離にしてここから三〜四キロメートルは軽くある、新都のセンタービル。
 その頂上───明滅する光の影。
 屋上に何か、赤いモノが立っているのが微かに見えた。

「ビルの………屋上? 何か……いる」

「こんな真似できるのはアーチャーのクラスしかいねぇ!
 どうするッ! 式!」

 どうする。どうする? 何を? 誰が? 何で?

 ガキンと三撃目を弾くランサー。
 衝突の余波が大気を震わせ、橋をも揺らす。

 今見ているモノはなんだ………?
 アリエナイそれを、アリエナイそれで弾く。

 私が戦ってきた化物なんて赤子も同然。
 本物の化物同士の戦いは私の想像を遥かに上回るものだった。

 ………これが、サーヴァントの戦い───!!

「………ランサー。
 この距離を詰める方法、またはここからアイツを倒す術をお前は持っているか?」

 身体の熱が限界を超え、一回転し、逆に身体が冷えていく。
 それに伴い、心と頭も冷静さを取り戻す。

「…………。ある。あるが………外せば、止められれば終わりだ。
 身を守るモノの無い俺たちは死ぬ」

 四度飛来する光の弾。
 徐々に重くなっていくソレは、確実にランサーを蝕んでいく。
 このままでは不味い………。

「癪だが………ここは退くことを提案するぜ。
 ま………逃がしちゃくれねぇだろうがな」

 ランサーの顔にさえ焦りが見える。───当然だ。これは弓兵の間合い。
 この超々遠距離射撃の前には、いかに最速を誇るランサーと言えど、マスターを抱え逃げ切るなど不可能に近い。

 ランサー一人なら避けることなど容易いのだろうが、今は私がいる。
 なんて───無様。
 足手まとい以外の何者でもないじゃないか。

 考えろ………今、私にできること。
 自身の身を守る術があればいい───しかし、あの光弾を弾くことも、切ることも私には無理だ。

 ならば─────

「ランサー」

 これは口にするわけには行かない。
 もし───もし相手が鷹の目を持つなら、口の動きでこれからすることがバレる可能性があるからだ。
 レイラインを通し、意志を伝える。

「─────」

「───オーケー。行けるだろ。
 ああ、やっぱアンタは最高のマスターだ」

 ニヤリと口元を歪ませるランサー。

 飛来する都合五撃目の光弾。
 ランサーが全力でそれを弾く瞬間────!

「令呪に告げる!」

 キィンという音と共に手に光が奔る。
 その刹那、ランサーが私を抱え、全速力で深山町の方へと走る!

 令呪のバックアップを受けたランサーは視認するのが不可能な程の速さで駆ける。
 いかに弓兵といえど、相手を視認できなければ、狙いを定めることなどできはしない!

「勝負は預けるぞ、アーチャー。次はこちらの舞台に上がってもらう」

 ───それは、誰の言葉だったか。

 私たちの最初の戦いは、敗走という終わりを迎えた。





/4


「ふむ………。逃がしたか」

 左手に構えた弓を下ろす。

「あの速度………おそらく、令呪を使ったか」

 令呪は瞬間的な願いほど、莫大な力を発揮する。
 元々最速を誇るランサーがさらにその速度を増せば、捉えることなどできはしない。

「元より今宵は偵察の身。令呪を使わせたのなら僥倖だろう」

 左手にあった弓を霧散させ、夜へと飛び込んでいく。

 こうして、───開幕の夜は更けていった。









後書きと解説

凛様、取り乱すの回です。
どうでしょ。間違ってはないと思うんですが。
凛様が最大出力で1000。平時で500。
普通の魔術師は七〜八割を常時持っているらしいので、シエルは最大4000。平時3200は妥当でしょう。
月姫研究室様の考察よりキャスターは最大2000ほど。なら平時は1600でしょう。
つまり、凛<キャスター<シエルになるわけですね。
ただキャスターは陣地作成と魔力の搾取を行いますから供給が半端ないんでしょうけど。
それでもただの人間がキャスターを超える魔力量を誇ればビビるのは間違いないでしょう。
ヘタに上を知っているから余計、ですね。
ところでキャスターは魔法を習得してないから使えないだけで習得すれば使えるらしいですが
シエルも習得したら使えるんだろうか。
まぁシエルは魔術を使うことをあまり良しとしないので宝の持ち腐れ、ですかね。
士郎とアーチャーの魔力感知はどうでしょ。
士郎はいいとしてもアーチャーはそれなりにできそうだけど……。
まぁ特化した人たちですから他がヘボいはご愛嬌、てことで。

アーチャーvs式×ランサー。
hollow決戦のちょいいじった感じ、でしょうか。
とりあえず初バトル。
式にはサーヴァントの異常性を認識していただきました。
4キロを数秒で詰める矢を線に合わせて切る、なんて芸当はとてもできるものじゃありません。
むしろ4キロを飛んでくる矢ってのが凄いと思いますけど。
兄貴の投げボルクなら届きそうですけど、もし止められたら丸腰ですからね。
生き汚く主思いの兄貴は不確実なことはしないでしょう。
hollowでは士郎は橋を通る為に無理をしましたが、式は別に通る必要もありません。
なので、令呪を逃走の為に使ってしまいました。
まぁ死ぬよりマシでしょうし。
あそこで令呪でアーチャーまで飛んで行け!
なんて発想は事前に知っていた士郎ならではと言えるでしょうし。
むしろ死んでも構わないって発想がないと無理か。
これで式×ランサー組はアーチャーに敵意を燃やし、リベンジって欲しいところですね。






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