五日月 幕間/それぞれの昼






/1


 ───甘かった。
 ───舐めていた。

 あんな化物を相手に殺し合いをする気でいたのか、私は。
 この眼を持ってすれば殺すことはできるだろう。
 しかし───それはあくまで殺せるだけ。
 ナイフの間合いに入ることができなければ意味がない。

 せめて───刀があれば………。



 両儀式の本当のエモノはナイフではない。いや、その言い方も正しくはない。
 式にとってエモノはナイフもカタナも同じ。ただ両儀に伝わる意思の制御法。
 遥かな昔。侍たちが刀の柄を握った瞬間に覚醒したように、式も刀によって変わるのだ。肉体を戦闘用に切り替えるのではなく、脳が、肉体を戦闘用に作り変えるのだ。戦闘に無駄な人としての機能を排除し、戦う為だけの部品にする。
 その様はまるで別人。
 両儀式を「両儀式」へと切り替える自己暗示による変態。

 尤も………両儀式は「両儀式」の存在を知らないのだが。



「よぉ、起きたか」

 スゥっと姿を現すランサー。
 時刻は朝というには遅すぎて、昼と呼ぶには早すぎる時間帯。

「ランサーか」

「まぁだ昨日のこと気にしてんのか?」

「別に。今度はこっちから仕掛けるまでだ」

「ハッ。やっぱそうじゃなきゃいけねーよな」

 そうさ。やられっぱなしで済ませるわけにはいかない。
 これは私もランサーも同じ。必ず借りは返してやる。

「とりあえず今夜からはアーチャーを探そう。
 やられっぱなしは趣味じゃない」

「あいよ。ところで式。オマエのその眼、そりゃなんだ?」

 突然のその質問に眉が動く。
 当然だ。魔眼殺しをしているわけでもなく。
 ただの槍兵が、そんなことに詳しいとは思うまい。

「………分かるのか?」

「あー、なんとなくだけどよ。
 俺も魔術……ルーンを一応習得してるからな」

 ルーン……ああ、トウコがいつか使ってたアレか。



 ルーン───固有の意味を持つルーン文字を書くことでその奇跡を実現する。
 遠隔的にしろ「書く」ことが必要なので戦闘には向かないが、橙子のように自身が戦わずに使い魔に任せるのであれば問題はない。
 ランサーは原初の十八のルーンを習得している。



「この眼は直死、直死の魔眼。モノの死を見ることができるってヤツだよ」

「ほお。あれか、バロールの魔眼ってやつか?」

「違うよ。バロールってのは睨むだけで殺せるんだろう?
 でもオレは相手の身体にある死に触れないと殺せない」

 魔王バロール。睨むだけで相手を殺す魔眼を持っていた彼は自分の孫であるルーに殺された。
 そのルーを父に持つランサーにとってこの眼は知らぬモノではないのだろう。

「まぁ何にしてもすげぇじゃねえか。ソレ、人間以外も殺せるのか?」

「ああ……。生きているのなら、神様だって殺してみせるさ」





/2


「さって志貴。せっかく出会うはずのない二人が出会ったんだ。
 ちょっとレクチャーしてあげよう」

 なんて、突然そんなことをアサシンが言ってきた。

「レクチャー? 何を?」

「戦い方さ。
 この先おまえがどんな道を選ぶか知らないが知っておいて損はないだろう?」

 なるほど。もし俺がアルクェイドを選んだとしたら戦いの中に身を置くことになるのはアサシンの過去から明白だ。
 もし選ばなくともこの戦いに少しは役に立つかもしれない。
 なにせ未来の自分に教わるのだ、必ずモノにできるはず。

「わかった、教えてくれ」

 その言葉に、良し、と頷きおもむろに床に座る。
 そして俺の方に手を掲げ、二本指を立てた。

「じゃーまず、おまえの力は大きく分けて二つある。これは分かる?」

「………直死の魔眼と七夜の体術か?」

「ご明察。
 直死の方は今まで通り付き合っていけばいい。
 いつか俺のようになるかも知れないが、先生の言い付け通りに使えばいいさ」

 先生の言い付け………『自分の判断で力を行使なさい』か。

 志貴にとっての原点。蒼崎青子の言葉。
 彼女の教えは志貴の人格を形作り、今なお心に深く根付いている。

「七夜の体術の方はどうだ。意識的に引き出せるか?」

「………いや。本気で相手を殺す気になったときか、瀕死ぐらいにならないと使えない」

 俺はある程度は常人より上の身体能力を有している。
 しかし、過去の傷のせいか持久力が極端に低い。
 その為か本当に追い詰められない限り身体に負荷のかかる七夜の力を引き出せていない。
 自分で言うのもなんだが、マンガとかによくある主人公みたいだ。

「おまえ……というか志貴は一通り七夜としての訓練は受けているんだ。
 なのに何故使えないか、というとそれはおまえが使おうとしないからだ」

「どういうことだ?」

 使えないのではなく、使おうとしていない?

「瀕死とか本気になったら使えるっていうのは本能、七夜としての血、みたいなものかな。
 それが自分を生かそうとしてるんだと思う。
 でもさ。
 瀕死だろうと本気だろうと使えるってことは、意識さえすればいつでも使えるはずなんだ。
 でもじゃあ何故使えないと思う?」

 まぁ確かにポテンシャルとしてその能力を有している以上、瀕死じゃないと使えないってのもおかしい、か?
 負荷がかかるから抑えていると思っていたんだが……違うのか。
 じゃあなんだろう。使えない原因………。

 難しい顔をして考え込む志貴を見てアサシンはやっぱり、という表情をして続ける。
 顔は見えないのだけれど。

「わからないか。まぁ無理もない。いや、触れないようにしているだけなのかな。
 七夜としての力はお前の「使われていない部分」にあるんだ。
 それをおまえは何故使わないか? 簡単だ。それは恐れているからだ」

 俺が恐れているもの………。

「────」

「思い当たる節はあるだろう? そう、七夜───志貴、さ」

 ───絶句する。確かに俺はアイツを恐れている。
 恐怖の具現として戦ったことさえあるんだから。

「お前は何度も自分の分身として、恐怖の具現として七夜と戦ったことがあるだろう?
 それが原因さ。
 お前は見えもしない自分に恐れをなしてその力を使わないんだ。
 『もしこの力を解放したら、俺は殺人鬼になるんじゃないか』ってな」

 まさにその通りだ。
 夢で見たアイツは俺を殺し、俺に成り代わり殺人を行おうとした。
 恐怖の具現としてのアイツはタタリのせいで殺人を楽しもうとしていた。
 そんなものを見せられてアイツは、七夜は殺人鬼だと思うな、という方が無理だ。

「でもさ、それはおかしいんだ。七夜は元々魔を狩る一族だろ。
 それが何故好んで人を殺戮する?
 お前は一度として人を殺していない。あくまで殺したのは魔的な存在だけだ。
 お前は勝手な想像で自分の影を作り出し、それに怯えているんだ」

 そうか……確かに俺はアイツを恐れていた。
 でもそれは誰かが俺の中にある恐怖を生み出したモノ。
 俺自身が生み出した恐怖。
 俺の中の“if”。それは七夜であって七夜でないモノ。

「つまりさ、おまえの中におまえの想像する七夜なんてヤツはいないんだ。
 ただあるのは七夜として呼んだヤツを始末する為の思考回路だけさ」

「思考回路?」

「俺の中には二つの思考回路がある。
 一つは生のものとして。もう一つは死のものとして」

「それは私の分割思考のようなものでしょうか」

 今まで黙っていたシオンが質問を投げかけた。
 思考回路については興味があるようだ。

「いや、違うよシオン。
 シオンの分割思考っていうのは二つ以上の思考を同時に使う、みたいなもんだろ?
 でも俺の思考回路は違う。
 片方を使っているときはもう片方は停止しているんだ。
 二つ同時に使えるほど器用じゃないよ、俺は」

「じゃあ何の為に二つあるんだ?」

 この疑問はもっともだろう。
 一つずつしか使えないのに、二つある理由なんて無い。
 むしろそれは在り方としておかしいとさえ言えるだろう。

「生きる為と殺す為さ。
 今は生きる為の思考回路、うーん、言うなれば遠野志貴としての回路を使ってるってとこかな。んで、戦闘時になると七夜志貴としての思考に切り替える。
 こっちは呼び出したモノ、まぁ相手だな。そいつを殺す為だけの思考回路ってわけさ」

 目の前の敵を打ち滅ぼす為だけの思考回路。
 そんなものが、俺の中に?

「七夜としての思考回路はただ目の前の相手を殺す為だけのもの。
 殺すこと以外不要なんだから身体自体も殺すことに特化した作りに変わる。
 これのおかげで俺は死徒達と殺りあうことができた、ってわけさ」

 会話文に殺す殺すって飛び交うのもなんかイヤな感じだな………。

「なんだか二重人格みたいだな」

「あー違う違う。別に別人ってわけじゃないから。
 遠野としての俺も七夜としての俺も俺なんだから。
 いうなれば俺はただの志貴ってところかな。
 これがメレムさんに言わせれば矛盾した存在と言わしめるものなんだろうけど」

 メレムさん?って誰だろう。

「まぁいきなり使われていない部分を使えって言われてもわからないだろうしさ。
 今は覚えておく程度でいいと思うよ。必要な時が来れば必ず気付くから」

「ああ、ありがとう。アサシン」

 一通りの話は終わったようでアサシンは人心地着いている。
 そこにシオンがずいっと身を乗り出す。

「さて。話も終わったようなので、本題に移らせてもらってよろしいですか?」

「本題?」

「これからの活動について、です。
 まずタタリが具現化しようとしている噂について調査します。
 どのような噂かはわかりませんが、ある程度絞れるでしょう」

 そうか。タタリはそのコミュニティの噂を纏って具現化するんだったな。

「本体を倒さなければ意味がありませんが、殺戮を行われることは阻止しなければなりませんので」

 タタリは噂を纏って具現化する。
 真にカタチを得るのは最後の夜だけだが、依代となる噂が決定する前にも具現化はすることができる。
 それを倒してもタタリへのダメージなどないが、放って置くのはマズい。

「よし、わかった。じゃあ昼間に調査にいこう。
 夜はほとんど人が出歩いてないしな」





/3


 朝食を終え、アーチャーに昨日の偵察の結果を聞く為、皆居間に集合している。
 遠坂もぐっすりと眠ったせいかいつも通りの遠坂に戻っている。
 うん、よかった。

「さて、アーチャー。昨日の成果を聞かせて貰えるかしら」

 やはり切り出すのは遠坂。
 アーチャーは顎に手を当て考え込むように語る。

「ふむ。昨夜はランサーとそのマスターと戦った。
 いや、一方的な射撃を行った、と言うべきか」

 俺はそれに気づいていた。
 なにせラインが繋がっているんだ、分からないワケがない。
 まぁそれもあっちの方にいて、戦っている、程度のものだけど。

「それで? ランサーを倒せたの?」

「いや……逃がした。おそらくだが令呪を使ったのだろう。
 視認するのが不可能な速さで消えていったよ」

「そっか。まぁ令呪を使わせたなら偵察にしては十分かもね。
 相手の姿は見たんでしょう? 特徴、教えてくれる?」

 アーチャー曰く、ランサーは青く全身を覆うスーツのような鎧で身を包み、赤い槍を持っていたそうだ。
 これは前回のランサー、クー・フーリンと見て間違いないだろう。
 マスターの方は短く切った黒髪に着物のようなものを着ていたらしい。
 このご時世に着物を着て出歩くなんて、よほどの和風びいきなのかな。

「ふぅん、あのランサーか。
 あの男が負けたままノコノコ引き下がるとは思えないわね。
 死ぬ間際まで命を張り続けた程だし」

 確かにそうだ。
 飄々としていながらも芯は熱く、戦いをこよなく愛する男、ランサー。
 前回、アインツベルン城からずっとついてきてたしな。
 最後は遠坂を助けて死んだらしいけど、詳しくは教えてもらっていない。

「よし。じゃあ今夜から二手に別れて探索しましょう。
 あっちもアーチャーを探して出歩くだろうしね。
 もし先にセイバーと出会っても あのランサーなら逃げはしないでしょう」

 なるほど。
 俺と遠坂はラインで繋がっている。
 どちらかが敵と接触すれば相手に知らせ、援軍を呼ぶ、と。
 一対一で勝てればいいけど、念の為ってところかな。

「わかった。じゃあ今夜からはそれで行こう」






 夜───探索に行くも、今夜は敵と出会うことがなかった。









後書きと解説

式×兄貴の会話。
ええ、ただ最後の言葉が書きたかっただけです。
兄貴はバロールの魔眼のこと知っているんですかね。
あんまり詳しく調べたわけじゃないんですけど、
バロールの孫がルー。ルーの息子が兄貴。
なら一応血縁関係にあるってことですよね。(神様っぽいから不明だが)
ならまぁ知っててもいいんじゃないかと。
そんな感じで書きました。

殺人貴に関してはTalk.等からの個人的な推測です。
メレムの会話からまったく別の思考回路、矛盾した存在等の言葉が出ました。
別の思考回路ってのが1つは遠野としての生きる為の回路。
もう1つは七夜としての殺す為の回路。
全く別の思考回路を有しながらも二重人格ではない存在。
志貴として存在し、遠野としての思考と七夜としての思考を使い分ける存在。
そんな矛盾かな、と個人的には推測しました。
後Re:ACTの七夜の台詞から俺は俺を呼んだやつを殺すだけ、
俺はアイツの使われていない部分、みたいのがあったので。
本当のヤツは人殺しはしないんじゃないかと。
あくまで彼を呼んだ存在、魔的なものにしか反応しないんじゃないかな、と。
使われていない部分は肉体面ではなく脳、思考面にしてみました。
普段の身体じゃ負荷がかかりすぎるなら、負荷のかからない身体に作り変えればいい、ってことで。
両儀の意思の制御みたいなもんかと。
ただ違うのは両儀は別人になるけど、志貴はならないってところかな。
それくらいしないと死徒と渡りあえないんじゃないかと。
かな、とかみたい、が多いのは推測でできているからです。
こうなんじゃないか、という推測を送られても困りますのでご了承下さい。
公式設定に明らかに矛盾するものがあればドシドシ受け付けます。
確認後、なんとか修正する所存です。

Fate組はアチャの偵察確認。
はい。それだけです。

えー、今回はなんかあんまり意味のないことをつらつらと書いてますね。
まぁ、幕間ってことでお許し下さい。






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