六日月 深夜/混戦






/1


 ─────深夜。

 月明かりは鈍く、見上げる空に星は無い。
 今夜は灰色の雲が空を覆い、今にも雨が降り出しそうだ。

「やれやれ。ようやく見つけたぜ」

 彼、ランサーは槍による白兵戦を得意とする男ではあるが、その実、魔術にも長けている。
 十八の原初のルーン、その全てを習得しているが故の英雄である。
 尤も、彼は魔術による戦闘よりも槍による戦闘を好む為、その秘術が日の目を浴びることは稀である。
 その稀な日が今日この時であった。

 ベルカナのルーンの刻まれた小石は敵の発見と共に唯の石ころに立ち返る。

「よお、アーチャー。探したぜ」

 場所は新都中央公園。
 頭上は一面の曇天。
 黒より灰色に近いその空は、いつかの時間を思い出す。

 十二年前の聖杯戦争において最後の戦場となった荒野には、二組の影があった。

「──────」

 語る言葉もないのか、黙するアーチャー。

 対峙するは赤と青。
 いつか見たその二つの姿に、士郎はかつての恐怖を思い出した。
 一触即発のその雰囲気に、マスターとしての命を下す。

「アーチャー。ランサーを頼む」

 ザッと無手のまま構える赤い騎士。

「───心得た」

 その言葉と共に二人の騎士より距離を取る。
 こちらと同じく距離を取り、対峙するはランサーのマスター。
 距離は目測で五メートル弱。

 その容姿は夜に溶け込むかのような黒絹の髪。それを乱雑に切っただけのショートカット。さらりと着流す白の着物は夜の闇によく映えている。
 しかしそんなものはどうでもいい。
 何より目を惹かれるのはその瞳。闇よりなお黒いその瞳は見る者を惹きつける。

 しかし───魔術師としての自分が警告する。
 あの瞳は危険だ、と。
 何が危険なのかはわからない。ただ、危険だと認識する。

「一応、聞いておきたい」

 じっと相手の目を見つめ問いかける。

「何だ」

 漆黒の中にある微かな光が士郎を見つめる。

「戦わずに済ませることはできないか?」

 戦わないで済むならそれが一番良い。あくまで士郎達の目的は聖杯の破壊なのだ。
 マスターを倒す必要はないし、できるなら協力して欲しいくらいだと彼は考えてる。

 何より───彼の目指す正義の味方は誰も傷つかないこと。

 そんなことは無理だとわかっている。それでも、戦わずに済むのならそうしたい。

「──無理だな、戦う為にこんな所まで来たんだ。
 今更退くことなんかできるか。
 それにマスター同士が出会っちまったんだ。やることは一つだろう?」

 右手に構えられたナイフに力が込められる。
 それを受け、こちらも構えを取る。

 士郎には戦う理由がある。
 十二年前の悲劇を、二年前の悲劇を繰り返させるわけにはいかない!




 ここに弓の騎士対槍の騎士、魔術使い対魔眼保持者の戦いが、幕を開ける───!





/2


 対峙するは赤い弓兵と青い槍兵。
 ランサーは二メートルにもなるその槍を具現化し、構えを取る。
 対するアーチャーは未だ無手のまま構えている。

「なんのつもりだ。さっさと(エモノ)を出せ、アーチャー。
 これでも礼は弁えているからな、それぐらいは待ってやるよ」

「ふむ。では、お言葉に甘えて」

 その言葉と共に両の手に現れるは一対の双剣。
 アーチャーの生涯の相棒にして最も信頼する宝具、干将莫邪。

「あん? 弓兵風情が接近戦を挑むつもりか。──舐めてんのか?」

 ───瞬間、空気が凍る。

 当たり前だろう。アーチャーと称されていながらランサーに接近戦を挑もうというのだ。
 距離を保ち、相手の裏を掻くことを常とするアーチャーが、わざわざ自分から敵の間合いに入っていくなど自殺行為も甚だしい。

 お互いの距離は五メートル弱。
 構えし両者の火蓋を切るのは、

「さてな。やってみなければわかるまい───!」

 双剣を手に、赤い弾丸が疾駆する。

「ハッ!────バカが!」

 迎え撃つは青い槍突。
 両者のエモノは風となりてぶつかり合う。

 奔る刃を流す一撃。
 高速で打ち出される槍の一撃を、その双剣で受け流す。

「────っ!」

 赤い外套が止まることを余儀なくされる。ランサーはアーチャーの疾走を許さなかった。
 間合いの広さはランサーが圧倒的に上。
 アーチャーが双剣で敵を打倒しようとするならば、その間合いに踏み込まねばならない。
 しかし、その間合いが遠すぎる。
 高速で打ち出されるランサーの打突は、一撃一撃が必殺の突き───!

 当然赤い騎士は足を止め、その打突を躱すことを余儀なくされる。
 ランサーが繰り出すは線としての払いや薙ぎなどではなく、点としての打突。
 しかし、点としての攻撃は相手にとっては読みやすく、避けやすい。
 僅かに切っ先を逸らすだけでその軌道を変え、隙を生み出すことが可能だからだ。
 だが青い槍兵の前に、そんな常識など通用しない。
 高速で突き出されるその槍は、瀑布となって相手を襲い続ける!

 しかし元よりアーチャーの剣技は守りの剣。
 双剣を盾とすることにより徐々にランサーとの間合いを詰める。

「────っ!」

 それも一瞬───、一際甲高い剣戟の音。
 ランサーの槍を弾いたその右手の剣は、そのままアーチャーの手を離れた。

 点としての打突から一転し、突然の薙ぎ払い。
 それはアーチャーが、頭で理解できていようと避けることなどできない一撃だった。

「───ハ。一本で躱せるか! アーチャー!」

 がしりと地面を足で踏みしめ、必殺の一撃を放たんと構えを取る。
 左手の剣のみでその一撃を防ぐことなど、ただの弓兵には不可能だ。

 ────刹那。

 一息のうちに放たれたランサーの槍は、閃光と呼ぶに相応しい。
 一瞬に繰り出される高速の三連。
 眉間、首、そして心臓。

 穿つは全弾急所───!

 だがしかし。
 その閃光のような三連もアーチャーの刃が弾き返す───!

「────何?」

 弾くその右手には先程アーチャーの手を離れた莫邪が再び握られていた。

「────ク」

 笑いを噛み殺し、ランサーへと肉薄するアーチャー。
 一瞬の呆然も束の間、ランサーはすぐさま己を取り戻し、敵にその槍を繰り出す。

 奔るランサーの槍を烈火の気勢で弾くアーチャー。
 打ち出される槍はなおも速度を増していくが、その双剣を持って全てを弾く。

 奏でるは二つの鋼。
 響く剣戟は、見る者がいればその心さえ奪われる程美しく。
 火花を散らし、剣合は絶え間なく、際限なくそのリズムを上げていく。

 両者の戦いは周囲を全く寄せつけない死地と化す。
 近づけばそれだけで切り刻まんとするほど、響く剣戟は凄まじい。

 ───だがランサーは解せない。
 それもそうだろう。
 アーチャーの剣を弾いたその一瞬後には、全く同じ剣が再度握られているのだ。

 英霊が持つ宝具は一つか二つ。
 宝具はサーヴァントが生前愛用した唯一無二の武装である。
 しかしこの弓兵は弾けど弾けど、まるでそれがそこにあるのが当たり前だと言わんが如く握られているのだから。

 しかし、そんな思考は一瞬だ。
 この相手は油断などしてもいい相手ではない、と本能が告げている。
 隙を見せれば、相手を侮れば、敗北するのは己なのだと。

 懐に入れまいと槍を繰り出すランサーと双剣を盾に全てを弾き間合いを詰めるアーチャー。
 両者の打ち合いは十合、二十合と数を増し、いつしかそれは百をも超える。

 ガキンという音共に両者の距離が離れる。
 仕切り直しをする為か、ランサーは大きく間合いを離した。

「………貴様、何者だ」

 苛立ちと困惑を含ませ、呟くランサー。

 弾いた剣は二十を超え、なおもその手には剣が握られ続けている。
 それは本来有り得ないこと。あってはならないことなのだ。

 ランサーとて第五回の聖杯戦争に呼び出されし者。
 その時この弓兵とも何度か槍を合わせている。
 しかし、それは自身の記憶としてではなくあくまで記録としてのモノ。
 完全に記憶として有しているのはあのセイバーくらいのものである。
 故に完全にこの目の前の男の正体を知っていることなど有り得ない。

「さあな。それよりもランサー、様子見とは君らしくないな。
 先程の勢いは何処にいった」

「………チィ。減らず口を」

 ランサーの苛立ちはもっともだ。己の真の武器を用いて戦ったランサーに対し、アーチャーはかつて見せた弓兵としての実力を見せることなく戦い、これを凌いだのだ。

 しかしランサーは知らない。
 知らず知らずのうちにその戦いを楽しんでいたことを。
 己が力を存分に発揮できる相手との戦いを、心の底から楽しんでいたことを。
 その為か、殺せる一撃を放つよりも、その戦い自体を楽しむ為に槍を振るっていたのだ。

「どうしたランサー。アイルランドの光の御子の力はこの程度なのか?」

 ──しかしそれもここまで。
 己の誇りを穢されて、黙っていられるはずがない───!

 大気が凍りつく。

 世界の調律を乱す魔力、因果を狂わせる魔槍がその鎌首を起こしていく。
 放たれる殺気は今までの比ではない。
 呼吸さえ困難な緊迫の中、

「───ならば喰らうか。我が必殺の一撃を」

 そう、青い槍兵は言い放つ。

「止めはしない。いずれは超えねばならぬ敵」

 一息でさらに後退するランサー。その距離はゆうに百メートルを超える。
 それはすでに槍を突き出す、などという間合いではない。
 この広い中央公園で、ランサーは獣のようにその四肢を大地につく。

「─────」

 息を呑む。それは恐怖か、畏怖からか。
 そのどちらであろうとアーチャーは理解する。
 ランサーの放つであろう、その一撃は、この身を必ず滅ぼすことを。

「覚悟はいいか、アーチャー」

 大地に四肢をついたランサーの腰が上がる。

「─────」

 答える声はない。
 その両の手にあった双剣を手放し、最速で自己へと埋没する。
 生半可なものでは彼の魔槍を防ぐことなどできはしない。
 唯一防げるであろうソレを、自身の丘から引きずり出す。

「───喰らえ。冥府で己の言葉を呪うがいい……!」

 青光が走る。
 残像さえ遥か遠く、ランサーは疾風となり大地を駆ける。
 両者の距離は百メートル余り。
 五十メートルほどの助走を以って、ランサーは空へと大きく跳躍する。

 宙を舞う身体。
 大きく振りかぶったその腕には放てば必ず心臓を貫く*qпB

 ギシリ、とその肉体が、空間が軋みをあげる。



「“────刺し穿つ(ゲイ)



 紡がれる言葉に紅い魔槍が呼応する。
 青い槍兵は自身の身体を弓と化し、



死翔の槍(ボルク)────!!!!”」



 その魔槍を矢となして、必殺の一撃を放つ───!

 それはもとより投擲する為の宝具。
 狙えば必ず心臓を穿つ槍。躱そうとも再度標的を襲う呪いの魔槍。
 それがゲイボルク、生涯を不敗で生き抜いた英雄の持つ破滅をもたらす槍。

 ───故に必殺。

 この魔槍に狙われた者に、生き残る術などありはしない………!

 しかし相手も同じく英霊。
 いかな必殺の一撃であろうとむざむざとやられはしない。
 迫り来る魔弾を肌で感じ、刹那のうちに言葉を紡ぐ。



「────I am the bone of my sword.(体は 剣で 出来ている)



 飛来する赤い棘。
 破滅をもたらすその一刺が、赤い騎士へと届く刹那、



「“熾天覆う七つの円冠(ロー・アイアス)────!”」



 大気を震わせ、二つの宝具が激突する!





/3


 対峙するは魔術使いと魔眼保持者。

 式は逆手に銀光を放つナイフを持ち替え、

投影(トレース)開始(オン)

 士郎は両の手に干将莫邪を投影する。

「へぇ、それがおまえの魔術か」

 投影された剣を見やり、式は嬉しそうに顔を綻ばせる。

「─────」

 ザッと双剣を構え、相手の出方を伺う士郎。

「───ハッ」

 白い着物をものともせず、式は士郎へと疾駆する。

 振り下ろされる相手のナイフを、右手の莫邪で受け止める。
 疾走するその姿から、常人とは思えないほどの速度を生み出した彼女。
 しかし、その力は所詮女性のもの。止めるだけなら片手の剣だけで事足りる。

 しかし、──────その刹那。

「─────え?」

 受け止めたはずの莫邪が切れた(・・・)
 比喩ではなく。鋼で出来ているはずの剣が切れた(・・・)のだ。
 意識が途切れるほどの驚きを覚えたのも、束の間。

「余所見するなよ」

「───っく!」

 一瞬の呆然の間に、再度迫り来るナイフ。それを必死に左手の干将で受け止める。
 だが、またしてもその剣は切れた。

 即座に切れた剣を相手に投げつけ、距離を取る。

「一体なんだ………」

 相手の武器を解析する。しかし、それはただのナイフ。
 何の概念も想念もなく、ただ切れ味のいいだけのナイフ。

 思考の間に士郎は再度干将莫邪を投影する。

 しかし、驚きを隠すことなどできはしない。
 それはそうだ。
 仮にも宝具と呼ばれる武器を、ただのナイフが切ったのだ。
 そもそも武器が武器を切るなどありえない。

 ────ならば魔術か。

 どんな魔術であろうと、あの相手に接近戦を挑んではいけないと警告する。
 ならば─────

投影(トレース)開始(オン)

 背後に数本の剣を投影し、それをそのまま相手に向けて射出する───!

「────!」

 繰り出される剣を式はその常人離れした身体能力を以って回避する。

「チッ………。あんな使い方もできるのか!」

 繰り出す剣は彼女を捉えることは難しく、たとえ捉えたところで僅かに軌道を逸らされるか、剣自体を切られてしまう。

 このままでは先にこちらの魔力が尽きてしまうだろう。
 ならばどうする。考えろ。考えろ…………。

 刹那───大気が凍る。

「ッ───なんだ?」

「───ッ」

 両者の行動は完全に停止し、目は自然とそちらへ向く。
 向こう、サーヴァント同士の戦いから漏れてくる殺気。
 ただ、そこにいるだけで呼吸することさえ困難になるほどの殺気。
 これは────

 ランサーが真紅の魔槍を構え、今にもアーチャーに迫ろうとしている。

 瞬間的に士郎は思考を巡らせる。
 あれは───かつて見たゲイボルク。俺を殺した、槍。
 アレはマズい……。
 アーチャーなら止められるかもしれないが、無傷で済むはずがない。

 ──なら、俺のやることは一つ!





/3


 激突する槍と盾。

 かたや、あらゆる防壁を突破する破滅の魔槍。
 かたや、あらゆる投擲武具を防ぐ鉄壁の盾。

 アーチャーの繰るアイアスの盾。
 かつてトロイア戦争において、唯一大英雄の投擲を防いだとされる盾。

 花弁の如き七つの守りは、その一つ一つが古の城壁と並び立つ。
 投擲武具に対する最高の守り。

 その盾の前には投槍など無意味のはずだった。
 しかし、その槍は止まることを知らず、ただ前へと突き進む!

 弾ける七つのうちの六つの花弁。止まる事を知らぬその一撃は、決して貫かれることのなかった七枚目の守りを前に、なおその勢いを増していく。

「ぐ───うおおおおお……!」

 残り一枚となったその盾に、アーチャーはその身のありったけの魔力を注ぎ込む!

 最強の矛と最強の盾の激突────!

 だが、アーチャーのそれは自身のモノではない。
 唯一無二の担い手であるランサーのゲイボルクの前では、真なる担い手ではないアーチャーの盾が勝ち得ることなどあり得ない。

 ─────ならば。





/4


 その衝突を目前にし、俺はその戦いの場へと駆け出す。
 激突は一瞬。
 おそらくアーチャーは負けるだろう。
 俺たちの魔術はその真なる担い手たちの前には届かない。

 ───ならば。

 俺達は魔術師───足りなければ余所から持ってくればいい。
 足りない分は俺が補う───!

 刹那にして自己へと埋没し、その盾を探し出す。



「────I am the bone of my sword.(体は 剣で 出来ている)



 勝負は一瞬。
 ありったけの魔力を注ぎこみ、できるだけ多くの花弁を引きずり出せ。
 アーチャーの盾が消えるその刹那───!



「“熾天覆う七つの円冠(ロー・アイアス)────!”」





/5


「“熾天覆う七つの円冠(ロー・アイアス)────!”」


 弾けたアーチャーの盾のすぐ後ろに。新たなる盾がその姿を現す────!

「…………なっ!」

 その驚きは青赤の騎士のもの。

 ランサーは勝利を確信し、アーチャーは敗北を悟ったその刹那。
 新たに生み出されしその盾により、紅い魔槍の勢いは衰えていく。

「バカな………」

 放てば必ず心臓を貫く*qпB
 その槍も、二枚の盾の前にようやくその前進を止めたのだ。

「─────」

 地に降りたランサーは目前の騎士と、その脇にいる少年を凝視する。
 自らを英雄たらしめていた一撃を、二人がかりとはいえ完全に防がれたのだ。
 その憤怒たるや、視線だけで人を呪い殺せよう。

 だが、その怒りも強い疑問に打ち消されつつあった。
 ……解せないどころの話ではない。弓兵と呼ばれる者が盾を宝具として扱うことがありえなければ、ただの人間が全く同じ宝具を扱うことなど、なおありえない。

 ─────異常。

「貴様ら………何者だ」

 そう問いかけた時。


「余所見するなって言っただろ」



 魔槍を止め、油断していたその隙に。
 ランサーのマスターである両儀式が衛宮士郎へと肉薄する!

「────ぁ」

 それはマズい。
 振り下ろされるナイフから、身を守るものは何もない。
 全ての力を使い、アイアスの盾を投影したのだ。
 この刹那では投影すら間に合うまい───!

 ─────しかし。







 ガキン。

「────ッ!」

 繰り出されたナイフは、不可視の剣によりその一閃を阻まれる。
 阻まれたことで、距離を取るランサーのマスター。

「セイバー!」

「どうにか間に合いましたか。ご無事ですか。シロウ、アーチャー」

 不可視の剣を構えたまま、問いかけてくる。

「ああ、助かった。ありがとう」

 今のは本当に助かった。
 彼女に切られては、一体どうなるかわかったものじゃない。

 遅れて遠坂もやって来る。

「───っはぁ、──はぁ。二人とも、無事?」

 かなり息を切らしているようだ。飛んできてくれたのだろう。

「ああ。俺たちに怪我はない」

 対峙する俺たちとランサーとそのマスター。
 形勢は逆転し、俺たちの圧倒的有利な展開になった。

「………チッ」

「さって。観念してもらおうかしら。
 こっちは四人、そっちは二人よ。勝てるなんて思わない方が良いわよ」

 ふふん。と鼻をならし勝ち誇る遠坂。

 だが………。


「いや、四対四だよ。いや、四対無数、かな」



 突如───ランサーたちの背後より一人の女性が現れた。
 振り返るランサーのマスター。

「………トウコ?」

 橙子と呼ばれた女性は下に飾り気のないタイトな黒色のズボン。上に新品みたいにパリッとさせた白いワイシャツ。
 首筋を露にし、髪は短く、薄い青色に染められている。耳にはオレンジ色のピアスをしている。

「ようやく見つけたよ、式。
 まったく、どこをほっつき歩いていたんだ」

 煙草に火をつけ一息つきながらそんな話をしている。

「何のつもりだ? オレを助けに来た、なんて言うなよ。
 虫唾が走るから」

「じゃあ言ってやろう。お前を助けに来たんだ、式」

 それに律儀にゾクリと身を震わせる式……さん。
 橙子と呼ばれた女性はニヤニヤしながらその反応を楽しんでいるようだ。

「まぁ、冗談は置いといてだ。さすがに二対四は不利だろうと思ってね。
 何、魔術師は身内に甘いのさ。なぁ、遠坂の魔術師」

 その言葉と共に遠坂に一瞥をくれる。
 その遠坂はというと、

「とうこ……トウコ……橙子……まさか………」

 何やらブツブツとまた自分の世界に入っているようだ。
 ふと顔を上げ、

「貴女、まさか……あの蒼崎?」

 橙子と呼ばれた女性にそう問いかけた。
 ………蒼崎?

「ふん、そうだとしたらなんだ?」

 サーッと遠坂の顔が青ざめていく。おいおい、どうしたんだ。

「おい、遠坂………」

「なッ……まさか本当にあの蒼崎!? ブルーの姉の!?」

 ピキリと空気が冷える。
 橙子と呼ばれた女性からとてつもない殺気が零れてくる。

「その名を二度と私の前で呼ぶな。………殺すぞ」

「……ぐッ」

 息を呑む………。
 比喩なんかじゃない……あの人は……本当に殺す人だ。

「まぁいい。さっさと本題に入ろうか。
 ここは退いてくれないか。そうすればこちらから手出しはしない」

「おい、トオコ」

「これも仕事のうちだ」

「…………」

「で、どうだ?
 まぁもし戦うというのなら、それでもいいがな。出て来い、ライダー」

 パチンという音共に姿を現すサーヴァント。
 あれが今回のライダーか?

 その容姿は銀の鎧を身に纏い、青い外套のようなものをはためかせている。
 髪は銀色、瞳はオッドアイなのか左右で色が違う。
 顎には立派な髭をたくわえている。
 歳は二十後半くらいに見えるが、その雰囲気から溢れるのは貴族のような気品。
 本物の王のような貫禄さえ感じられる。

「なッ………! 貴方はイスカンダル!!」

 ザッと構えを正し、臨戦態勢に移行するセイバー。
 イスカンダル……?まさか、あの?

「セイバー。イスカンダルってあのイスカンダルか?」

「はい……彼は危険です。
 彼の英雄王と拮抗するだけの宝具を持つ相手です」

 ギルガメッシュと拮抗する宝具!? そんな相手が……。

「そう構えるな、セイバー。
 そちらが手出ししない限りこちらから手出しはしないよ。
 まぁ、すでに包囲させてもらっているがね」

 周囲の空間が歪み、中から兵士のような者がでてくる。
 これがイスカンダルの宝具か?
 しかしマズい……視認できるだけで百を超える兵士。
 後ろ以外は全て囲まれているようだ。

「ちょっと。見逃すとか言いながらバリバリやる気じゃない」

 唇を噛み締め構えを取る遠坂。
 俺もそれに習い、双剣を投影する。

「何、ただの予防さ。退路は残してあるだろう。
 何度も言わせるな。退けば手出しはしない」

「───くっ。士郎、退くわよ」

 それが最善。
 共に二騎のサーヴァントを有し、さらに向こうには無数の兵士が存在する。
 アーチャーと俺は疲弊しており、乱戦となれば周りを巻き込むエクスカリバーも使えず、おそらく防戦一方になるだろう。
 それにライダーの能力も割れていない。

「───わかった。アーチャー、セイバーもいいな」

 コクリと頷くセイバーを一瞥し、残された退路より中央公園を後にする。

 ───深夜の中央公園での激突は一応の終結を見た。









後書きと解説

はい。七話目、混戦です。いかがでしょうか。
あっちいったり、こっちいったり視点がちょっとおかしい気がしないでもないです。
まぁそういう意味も込めて混戦、てことで。
兄貴vs赤いの。士郎vs式。
式は宝具の死も視えるのか?というのは視える、ということで。
物の死は見にくいらしいですが、
なんてったって神様さえも殺しちゃうんですから。(本人談
まぁそれも士郎相手なら、ですかね。
打ち合えないサーヴァントの武器は切れないでしょうし。
投げボルクvsアイアス×2は1枚でアチャの腕と極度の頭痛、
なら2枚あれば防げるんじゃないの、ということで防いでみました。

久々登場、橙子さんと初登場ライダーさん。
はい、これもありきたりですね。でも書きたかったんです。
イメージ的にはギル様の金色の部分を銀に、赤色の部分を蒼にしてちょっと老けた感じですかね。
ギル様のように威圧感バリバリではなく、もっとこう王様然とした感じが理想です。
宝具はギル様に拮抗するということで物量作戦です。
まぁ他にも宝具持ってそうですが。
ワラワラ感をもっと出したかったかも。

なんか引き分けばっか、かつ、セイバーさんの見せ場がないですが
きっと、きっといつかあるはずです。
青いのと赤いのの方が動かしやすいんです……。






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