七日月 朝/噂と事件






/1


 新都中央公園での戦いから一夜明けた朝。
 空は翳り、降り注ぐ太陽の光は無い。

 トントントン、と小気味良く響く包丁の音。
 あれだけのことがあっても俺の体内時計は正確で、いつもの時間に目が覚めてしまう。
 目が覚めたならすることは一つ。というわけで、現在朝食の準備中。

 昨日消耗した魔力は相当な量だが体調にはさほど問題はない。
 これなら戦うこともできるだろう。
 一年間の努力は無駄じゃなかった、と痛感する。

 昨夜の曇天は今朝になって町を濡らし、俺の心をも陰鬱にさせる。
 頭を振り、そんな気持ちを振り払う。料理中にぼうっとなんてしてられない。
 少しでも手を抜こうものならどんな叱責が飛んでくるかわかったもんじゃないからな。
 よし。気持ちを切り替えて準備に集中しよう。







 ───朝食の準備が終わっても桜や藤ねぇが来る事はなかった。
 セイバーが今か今かと待ち遠しそうにしているので、藤ねぇたちには悪いが先に食べることにした。
 雨が降っているから来ないのかもしれないし。
 まぁ藤ねぇが雨くらいで来ないか、というのは疑問だが。

 しかし、そんな疑問は食事中になんとなくつけたテレビのニュースにより氷解した。
 それと同時に、俺たちの心は凍りつくこととなったが。



『………昨夜未明、深山町全域で原因不明の昏睡事件が発生しました。
 ……この事件は二年前に起きたガス漏れ事件に酷似しており、なんらかの関連性が………』



「─────」

 食卓にいた全員が凍りつく。皆食い入るようにテレビを凝視する。
 時間にして数秒にも満たないであろう刻。それが、とても長く感じられた。

「おい………遠坂…これ」

 食い入るように見ていた遠坂が俺の声でハッと我に返り、顎に手をあて考え込む。

「………………キャスターしかいないわね。こんな真似するのは。
 衛宮くん、藤村先生の家に電話してみて。わたしは携帯で桜にかけてみるから」

「わかった」

 食事中ではあるが、そんな場合ではない。
 俺は居間にある電話へ、遠坂は携帯を持って廊下へと出た。

 TRRRRR………TRRRRR………

「………あ、もしもし。衛宮士郎で……え、藤ねえ?」

『士郎!? あんた大丈夫なの!?』

「あ、ああ。俺達は無事だ。
 今さっきニュースで見たんだが、そっちは大丈夫なのか?」

『それがね。私以外皆寝込んじゃって。それで今皆の看病してるところなのよ。
 当分そっちに行けないと思うけど、士郎たちは本当に大丈夫なの?』

「ああ。昨日はこっちにいなかったんだ。偶然だけど、それが良かったのかもしれない。
 桜には遠坂が連絡いれてるし、何かあったら俺たちが行くよ」

『そう。じゃあ桜ちゃんのこと、お願いね。私は学校の方にも行かないといけないから。
 じゃあね、士郎。なんかあったら連絡するのよ』

 ガチャリ、と受話器を置く。
 いつもの能天気な藤ねえではなく、教師としての藤ねえだった。
 事態は思ったより深刻のようだ。

 遠坂の方はどうだったんだろう。振り返れば。

「衛宮くん、そっちはどうだった?」

 遠坂はすでに連絡を終えたようで、卓につき、携帯を仕舞っている。

「こっちは藤ねえ以外ダウンしたらしい。そっちは?」

「桜の方はそこまで酷くないらしいわ。慎二もね。
 間桐は元だけど魔術師の家系だしそれなりの耐性があるのかもしれないわ。
 念の為、数日は休養を取るように言っておいたけど」

 そうか……よかった……。心の底から安堵する。

「色々訊きたいこともあるだろうけど、さっさと食事を終えて会議するわよ。
 特にアンタらは昨日戦ったんだから少しでも食べときなさい」

 そう言って食事を再開する遠坂。
 ………よく食えるな。肝が据わっているというかなんというか。
 仕方ない。食べないと後が辛くなるだろうし、なんとか食べよう。







 ───朝食と片付けを終え、テーブルにつく。

「さて。色々あるけど、順を追って片付けて行くわよ。
 まず、昨日のことから。
 士郎とアーチャーの話を聞かせて頂戴」

 ランサーについては前回と同じ人物だが、その宝具の能力は前回セイバーを貫こうとした突きによるゲイボルクと、今回の投げるタイプのゲイボルクがあることを話す。
 マスター、式と呼ばれた女性については、俺の投影した双剣が切られたことを話した。

 これには遠坂もランサーの宝具の能力以上に驚いていた。

「剣を……切る?……そんなことできるわけ?」

 眉間に皺を寄せ考え込む。

「ナイフ自体はただのナイフだった。これは間違いない、ちゃんと解析したからな。
 ……そういえば、彼女の眼になんか違和感を感じたな。
 もしかしたらだけど、魔眼の類なのかもしれない」

 そう。初めて彼女の瞳を見たとき、何故かはわからないが危険だ、と感じた。
 魔眼の類なのかもしれない。……詳しくは知らないけど。

「眼?……魔眼。………まさか……あるわけない」

 ブツブツとまたも自分の世界へと入っていく遠坂さん。

「なんか気づいたのか?」

「……いえ。まだ確定なんかできないし、そもそもアレがあるわけない。
 たとえあっても人間なんかが持てるもんじゃない。
 ………保留ね。
 とりあえず接近戦は挑むなってことがわかっただけでも良しとしましょう」

 歯切れが悪いがまぁそれは事実。
 これ以上訊いても答えてはくれないだろうし先へ進もう。

「次はあのライダーね。
 これはセイバー、知ってるだけでいいから説明して貰えるかしら」

 皆がセイバーの方へと向き直り、言葉を待つ。
 ライダー……あの英雄王に拮抗する宝具を持つという男。

「はい。第四次聖杯戦争時に相対したライダー……それが彼、イスカンダルです。
 私が彼と戦ったのはたった一度だけですが。
 奇襲による攻撃を受けたのですが、引き分けという不本意な結果に終わりました。
 その時彼が見せた宝具は、昨夜見た兵士の群れと、剣による宝具の二つ。
 ………彼はライダーとしての能力を使うことなく私と引き分けたのです」

 グッと手に力が篭もるセイバー。
 セイバーを相手に真の力を見せることなく引き分けた……?
 バカな……。

 それはつまりイスカンダルはセイバーの言った二つの宝具に加え、ライダーとしての宝具を持っている、ということ。騎乗兵としての宝具を有していないのに、騎乗兵として呼ばれることなどありえない。
 これで敵は最低三つの宝具を持っている、ということになる。


 イスカンダル───別名アレクサンドロス、アレクサンダー等。
 幼き頃よりアリストテレスを家庭教師に向かえ、教養を身につける。
 20歳の若さで王位を継承し、敵対者を排除してマケドニアを掌握すると、父王暗殺後、混乱に陥っていた全ギリシアに再び覇を唱えた。
 その勢いは止まることを知らず、ペルシャ、エジプトとその勢力を広げていく。
 インドへも遠征するも、兵の疲弊により途中で帰還。
 王都バビロンへと帰還後、ある夜の祝宴中に倒れ、そのまま帰らぬ人となってしまう。
 彼がその勢力を広げられた理由の一つは、その自身の勇猛果敢さ。
 自身は安全な場所に身を置き、指示だけ出すのではなく、最前線にて軍を率いる。
 その勇姿は味方の兵の絶対の信頼を得、その力を一つとし、敵兵には絶対の恐怖を植え付けた。
 彼は、その王としてのカリスマ性で民衆の支持を得、国を統べ、その戦術性の高さと勇猛果敢さで軍を率い、他国を侵略、征服していく。



 故に────彼の名は征服王・イスカンダル。



 皆の顔が曇る。
 イスカンダル一人でも厄介この上ないのに、あっちにはランサーとそのマスターの不可思議な能力がある。
 こちらもサーヴァントは二人いるとはいえ、もし戦うことがあるのなら、苦戦は免れないだろう。

 …………ライダーか。そういえば………。

「なぁ遠坂。
 確かライダーのマスターの名前を聞いた時、驚いてたよな。なんでさ?」

 そう問いかけると、形容しがたい表情をこちらに向け睨みつけてくる。
 むぅ……。また変なこと言ったか?

「はぁ………。まぁいいわ。説明したげる。
 ライダーのマスターの名前は蒼崎橙子。
 希代の人形師にして、ある色の称号を受けた封印指定の魔術師よ」


 封印指定───後にも先にも類を見ない、本人の体質に起因する一代限りの特別な魔術を保有する者に与えられる称号であり、協会から下される勅令。
 魔術師にとって最高級の名誉であると同時に厄介事でもある。
 稀少能力を持つ魔術保有者を貴重品として優遇し、魔術協会の総力をもってその奇跡を永遠に保存するために、魔術師のサンプルとして保護する、という令状。
 その実は類稀な才能を持つ魔術師、禁を犯した魔術師を保護の名目のもとに拘束・拿捕し、一生涯幽閉すること。


 ………ちなみに俺の固有結界もバレたら封印指定されかねないらしい。
 そう言われるとすごいのかどうなのか微妙になるのだが。

「彼女もかなり有名だけど、蒼崎といえば妹の方の魔法使い・蒼崎青子。マジックガンナー、ミスブルー。こっちの方が有名かもね。
 で、その二人が合わさるとまたヤバイらしいのよ」

 本当に厭そうな顔で説明してくれる。
 そこまでひどいのか? 蒼崎って人たち。

「ものすごく姉妹仲が悪いらしくて顔を合わせるたびに殺し合いをしてるとか。
 二人が出会うと、周囲に跡形も残らないとか。
 姉の方は死んでも死なないとか。
 美少年を囲ったり、男を飼ってたりとか。
 色んな噂はあるけど、曰く『蒼崎には関わるな』これ魔術師の常識よ」

 こ、殺し合いって……大げさな……。
 それに関わるなって……しかも常識? そんなの知らないぞ、俺。

「まぁミスブルーの方はいいわ。
 橙子って人の方だけど、ある色の称号を受けてるのはさっき言ったわね。
 色の中でも三原色ってのは魔術協会における最高の称号なの。
 本人は妹が受けたブルーの称号が欲しかったらしいんだけど、違う色の称号を貰っちゃったらしいのよね」

「どんな色なんだ?」

「聞かないほうがいいわよ。
 もしうっかり彼女の前でその色を言おうものならぶっ殺されるし」

「………本当に?」

「本当に」

 ………あれだけ話し振って言わないのもどうかと思うけど。
 そんなこと言われたら訊くに訊けないじゃないか。

「まぁ、すごい人だってのはわかった」

「ん。まぁその認識で間違いはないわ。それにしても今回ヤバイはね。
 埋葬機関の弓とヘラクレス。
 剣を切る能力者とクー・フーリン。
 封印指定の人形師とイスカンダル。
 勝ち残るどころか生き残ることさえ不安になるわね……」

 ううむ、確かに。
 前回も結構きつかったが今回もかなりきつそうだ。

「まぁ今そんなこと考えても仕方ないわ。向かって来るなら戦うしかないんだし。
 とりあえず、すでに起こっている事件の方に集中しましょう」

「朝のニュースのやつか……。やっぱりキャスターの仕業なのか?
 それと、被害にあった人たちは大丈夫なんだろうか」

 いよいよ本題。今朝のニュースの昏睡事件。
 俺たちは昨夜新都の方へ行っていたおかげで被害には遭わなかったが、深山町にいた普通の人々はただで済むワケがない。

「やったのは多分、キャスターでしょうね。
 これだけの規模の魔力の蒐集なんて並の魔術師じゃ無理よ。
 被害に遭った人たちだけど、ただ魔力を抜かれただけなら寝てれば治るわ。
 でもまた同じ事をされると今度は命に関わるかもしれない。
 だからできるだけ早く止めたいところね」

 柳洞寺…冬木市屈指の霊地でキャスターくらいの魔術師なら霊脈を辿り、魔力を集めることができるらしい。

「場所は前と同じ柳洞寺だろ? 今すぐ行くか?」

「無意味ね。昼間から出向いても、ノコノコと出てくるとは思えないし。
 それに相手も昼間は動かないでしょう。
 勝負は夜。それまで昨日の疲れと魔力の回復に勤しみなさい」

「わかった」

 そうさ。
 無関係の人間を巻き込むようなヤツを、放って置く訳にはいかない。





/2


 昨日、アサシンから志貴の在り方、戦い方について教授して貰った後、シオンからこれからの活動についての説明を受けた。

 具体的には、まず噂の調査。
 タタリはそのコミュニティにおける噂が真実味を増した時、具現化する。
 俺たちはこの街に住んでいる訳ではないので、この街に限定されている噂など知るよしもない。
 故に足による調査。これが基本と言える。
 シオンのエーテライトを使えば周囲から情報を得たり、他人の脳から直接情報を搾取することもできるが、足でできることをわざわざ他人から搾取する必要もないだろう。
 むしろ口々に語られていない噂など、意味が無いのだ。

 よってその説明を受けた後、散歩がてら街に調査に乗り出した。
 得ることができた噂は前回のように殺人鬼、という大まかな噂ではなく、具体的な噂を耳にすることになった。
 その内容は…………。







「では、昨日の調査によって判明した噂。
 そして今朝のニュースによる報道。
 これらの関連付けによる現在のタタリの状況を確認したいと思います」

 ───一夜の明けた今日。なぜ昨日このことについて話し合わなかったか、というとタタリは満月の夜に発現しやすい。
 現在は七日月。
 つまりまだ満月の夜まで一週間近くあるということだ。それならまだ噂は真実味を帯びておらず、今は傍観しておくのが得策だと思ったから。
 何に成ろうとしているかわからないタタリを前に、無駄な力の消費は抑える必要があるからだ。
 それに聖杯戦争の方も無理に他のマスターと関わる必要はなく、最後に残った相手を倒せばいいだけだ。

 しかし、昨日の噂と今朝の事件。
 これらがタタリに関わることになるなら話は別だ。

「シオン。やっぱり今朝の事件はタタリの仕業なのか?」

 昨日訊いた噂。
 夜になると現れる異形の者達。

 一つ、───山門に佇む侍。
 一つ、───空を舞う魔女。
 一つ、───黄金の男。

 この三つ。
 タタリが何に成るかは不明だが、この三つに成り易いのは間違いない。

「いえ。具体的なところは実際に調査してみなければわかりません。
 聖杯戦争という規格外の儀式が行われているのですから、それを隠れ蓑にタタリが何か行っている可能性はあります。
 ただ、聖杯戦争の参加者自体が引き起こした事件の可能性もありますが。
 それに今はまだ七日月。タタリが発現するには些か早い。
 しかし、今回のタタリは何かおかしいのも事実です。
 計測では次のタタリは二十年後のはずが、僅か一年での発現の予兆。
 何者かが裏で手を引いている可能性、何かに引き寄せられ発現しようとしている可能性、ただ単に私の計測がタタリの計測に届いていない可能性もあります」

「……なんだか可能性の話ばっかりで、シオンらしくないな」

 シオンは確定的なこと以外話さないような気がするんだけど。

「それは仕方ありません。全ての可能性が等価、言ってみれば不明なのが現状ですから。
 話を先に進める為に、時には推測も必要になります」

「まぁいいけど。
 で、何者かが裏で手を引くって……そんなことありえるのか?」

「可能性としてゼロではない、というだけです。
 現象と化しているタタリを操るなど、人為的に台風を引き起こすようなものです。
 そのようなことができるのは真祖くらいのものでしょう。
 しかし、私たちの知る真祖がそのような事をするはずがないことは明白です」

 それはそうだ。アルクェイドがそんなことをするわけがない。
 なんだかんだでシオンにも協力してくれたし、アイツが死徒に荷担する理由もない。

「じゃあ何かに引き寄せられるっていうのは?」

「引き付けた何か、というのは不明ですが可能性が最も高いのは聖杯戦争でしょう。
 ただ単に私の計測がタタリの計測に届いていない可能性も否定はできません。
 まぁ言ってみれば原因は不明ですが、タタリが発現しようとしているのは間違いない。
 が、それくらいしかわからない、ということです。
 なので可能性が少しでもある事象については調査すべきである、と考えられます」

 うーん。まぁそうだろうな。
 具体的なことが分かっているならそれに越したことはないだろうけど。
 まぁ、その為の調査ってことか。

「とりあえず今朝の事件のこと調べに行くってことでいいのか?」

「そうです。
 タタリが関わっているのなら阻止すべきことですから。
 もし聖杯戦争の関係者ならば倒してしまえば敵が減り、倒さないならそれはそれで構いません」

「うーん。いくら俺たちの町じゃないからって無差別に人を苦しめるヤツを放って置くのもなんだかなぁ。
 止められるなら止めようよ」

 俺にとって重要なのは大切な人たちを守ること。
 でも、助けられるなら助けたい。これも俺の気持ち。

「はぁ。相変わらず厄介事に首を突っ込みたがるようですね、志貴。
 ですが今回最初に巻き込んだのは私ですから何も言えませんが。
 志貴がそのようにしたいのならば、それに従いましょう」

「ありがとう、シオン。
 で、犯人の居場所に目処はついてるのか?」

「はい。昨日の探索とエーテライトによる周囲からの情報の搾取によると、この街に広がる霊脈は全て柳洞寺と呼ばれる場所に繋がっています。
 犯人はおそらく、この霊脈を辿り町の人たちから魔力を蒐集したのでしょう。
 ですから今夜その柳洞寺に出向こうと思います」

「わかった。それで行こう」




───今宵、月と運命がようやく出逢う。









後書きと解説

第8話、いかがでしたでしょうか。
前回バトル三昧だったので、今回は会話多めの作戦会議編でした。

藤ねぇがダウンしないのはやはりその体力と幸運値:EXの為せる技でしょうか。
桜は元々魔術師ですし、慎二は無理矢理ながら魔術回路を開けられたようですし。
まぁ多めに見てくれると助かります。

イスカさんは妄想入ってるので、本物とは違うと思います。
アレです。今作に登場する人物は実在する人物とはうんぬんかんぬんです。

志貴組はようやく動きだします。今まで傍観を決め込んでましたが。
志貴は大切な人を守る為なら赤の他人なんか平気で犠牲にしそうですね。
これは人の在り方として普通だと思います。
まぁ優先順位がそうなだけで、助けられるなら助けようとするのが普通でしょう。
たとえば家族と他人、どっちかだけ死ぬとしたらほとんどの人が
他人を犠牲にするでしょう。
ここで自分を省みずに両方助けようとするのが士郎君ですかね。
だから二人は仲が悪いのか?






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