七日月 夜/柳洞寺の攻防-1






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 夜の帳が下りる頃には、降りしきる雨も止み、町は静寂を取り戻していた。
 空には上弦の月が昇り、昏い町を照らしている。
 昨夜起きた事件のせいか、この灰暗い町に行き交う人影は見当たらない。

 しかし。

 ───柳洞寺。
 冬木市屈指の霊地にして、第五次聖杯戦争終結の地。

 だがしそれを知るのは、その時この場所に居合わせた当事者達だけであり、今まさにその地へ至ろうとする二つの影はそれを知らない。

 居合わせる二つの影───それは。

「なるほど。これは………」

 山門の入り口より柳洞寺を見上げるシオン。
 そこは、夥しい魔力に汚染された山だった。
 無理もない。町中からギリギリまで魔力を蒐集したのだ。

 空気が淀み、風が死んでいる。

 周囲を覆う木々は見えない血に濡れている。
 集められた魔力、剥離された精神が残留し、訪れたモノを喰らう土地。

 ──────死地。

 これほどこの言葉が似合う場所も他にあるまい。







 そんな世界を……見ているだけで吐き気がする。

「……シオン。さっさと行こう。あまり長居したくない場所だ」

「同意します。しかし、ここは敵地。油断しないように」

「わかってるよ」

 ポケットより七夜の短刀を取り出す。
 眼鏡は外すかどうか悩んだが、外しておくことにした。

 シオンと共に石段に足をかける。長い、長い石段を登る。

 一歩踏み出す度に木々が鳴動し、訪れる者を拒むよう。
 だがそんなものは気にも留めず、ただひたすら石段を登り続ける。

 そうして頂上。
 あと僅かで山門に至るという時に、それは姿を現した。

「────!」

 それは想像していたモノとはかけ離れていた。
 魔力の蒐集──そこから連想されるものは、やはり魔術師であろう。

 しかし、山門に佇み、月を背負いしその男は、

「こんな時分に何用か? 説法が聞きたくば昼に訪れるといい」

 侍───その立ち姿はまさにそれ。
 五尺を超える日本刀を右手に携え、佇む姿はあまりにも美しい。
 さらり、という音さえする程、自然体。
 颯爽と現れた男の姿はあまりに敵意がなく、信じがたいほど隙がなかった。

「………シオン。あれがタタリか?」

「……わかりません。完全なカタチとなる前のタタリはただの情報体。
 真偽の判断は困難を極めます。いえ、真偽の判断すら意味がない。
 タタリである可能性、サーヴァントである可能性。五分……ですね」

 前回のタタリは知り合いに化ける可能性があったので本物か偽物かで揉めた。
 今回はその可能性は低いだろう。噂の対象に俺たちが含まれていないのだから。
 しかし、化ける相手がわからないというのもやりにくい。
 それに聖杯戦争なんてモノのせいで余計に判別がしにくくなってるし。

 ……とりあえずカマかけてみるか。

「おい。町の昏睡事件はあんたの仕業か?」

「さてな。私の預かり知るところではない」

「……じゃあ、あんたはサーヴァントか?」

 それに、にやりと笑ったあと。

「……然り。この身はアサシンのサーヴァント、佐々木小次郎」

 歌うように、そのサーヴァントは口にした。

「な────」

 ありえない。
 何故なら俺のサーヴァントこそが、アサシンなのだから───!



「そいつは奇遇だな」



 ───刹那。
 横合いから飛び出した黒い影が、侍へと飛び掛る!

 キンという音と共に鋼と鋼が弾けあう。
 影は逆手に構えた短刀で、侍は携えたその刀で。

 一合の間に影は飛び退き、志貴たちの方へと後退する。

「あちゃ、失敗したな」

 黒い影、俺達のサーヴァント、アサシンがぼやく。

「横合いからの奇襲とは無粋だな」

 さらり、と侍が告げる。

「何言ってんだ。アサシンとは暗殺者の意。
 まともに打ち合う馬鹿がどこにいる」

「アサシン。あのサーヴァント、いえ、佐々木小次郎はタタリです。
 あなたがアサシンである以上、彼がアサシンである筈がない」

 その言葉を聞き、小次郎は目を丸くする。

「なんと、七分の一の確率に当たるとは。私の運はよほど悪いようだな。
 バレてしまっては仕方がない。久しいな、エルトナムの娘」

 楽しむように、タタリが語る。

「タタリッ! なぜ貴方がいるのです! 私の計測では二十年後の筈!」

 鬼気迫る表情で、タタリに対するシオン。
 ちらりと志貴を一瞥し

「さてな。一度敗れた相手に、手の内を語るなど無粋も無粋。
 知りたければ時を待つがよい」

 そんな鬼気も何処吹く風。
 まるで本物の佐々木小次郎であるかのように受け流す。

「くッ!」

「落ち着けってシオン。
 ところでアイツ、殺っちまっていいんだろう?」

 アサシンがシオンを制し、指示を仰ぐ。

「……ええ、構いません。相手がタタリであるなら容赦はいらない。
 アサシン、手筈通りに」

 落ち着きを取り戻したシオン。冷静に指示を出し、一歩後退する。

「了解。志貴、眼鏡かけとけ。
 アイツは俺が殺るからさ。おまえの出番はないよ」

 そう言ってしゅるり、と眼にかかる包帯をずらすアサシン。
 僅かにずれた包帯の隙間から左目だけが微かに見える。
 その眼は、どこまでも澄んでいる蒼。

 俺と同じ──いや、俺よりも蒼いその瞳。
 その眼が小次郎を睨んだ刹那。

 ───ゾクリ。

 背中を刺すような殺意が辺りを包む。
 木々がざわめき、大気が凍る。ここにいるだけで息の詰まる殺気。
 できるのならば、今すぐここを逃げ出したい。

「………ほう、なんとも心地よい殺気だ。
 来るがいい。言葉で語る事など皆無であろう」

 じゃり、と一歩踏み出し、刀をアサシンに突きつける小次郎。

「その通り──貴様は俺に殺される、ただ──それだけ」



 銀光が跳ねる。
 ここに───二人のアサシンの戦いが口火を切った。





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 切っ先が交差する。
 幾度にも振るわれる剣閃、幾重もの太刀筋。
 弾け、火花を散らしあう短刀と刀。

 幾度刃を合わせようと二人の距離は変わらない。
 上段に位置した小次郎は一歩も引く事なく、その間合いに踏み込もうとするアサシンは、その一歩が届かない。

「はは。存外この身体は素晴らしい。
 人の身でこれほどの剣技を身に着けるとは、感嘆に値するぞ!」

 五尺もの長刀を苦もなく振るい、アサシンの斬撃を防ぎきる小次郎。
 いや、それは防ぎきる、などという生易しいものではない。

 その刀に視える死の線さえ斬れば、アサシンの勝利に終わるこの戦い。
 相手が殺人貴の能力を知る筈もない。
 しかし、その斬る為の一撃をその長大な刀で全て受け流される。
 ただでさえ、動くモノの死を斬ることは至難。
 鍔迫り合いにでもなれば話は別だが、この男は剣先が触れた瞬間、その刃で弾き、受け流す。
 そうして返される刃は速度を増し、突風となってアサシンを襲う。

「────何」

 その一撃を紙一重で躱して踏み込むアサシンへ、躱した筈の長刀が間髪入れずに返ってくるのだ。

 小次郎の剣筋は曲線を描く。弧を描くその剣筋は優雅ではあるが最速ではない。
 手数では分のあるアサシンの斬撃に間に合う筈がないというのに、どういう理屈か、その差をゼロにするだけの何かが小次郎にはあった。

「チッ───」

 踏み込む足が止まり、咄嗟に後退する。
 小次郎の剣は打ち合うほどに速度を増し、見切ることさえ困難になる。
 退かねば殺られる、と判断したのだ。

 見惚れるほどに美しい敵の剣筋。卓越したその技量と、絶対的に有利な足場。
 守勢に重きをおいたその剣は、この場所では揺ぎ無いものとなっていた。

「ふむ。中々どうして。
 暗殺者の名を冠していながらやるではないか、互いにな」

 小次郎は不動。こちらが退いても彼は追っては来ない。
 何故なら彼の剣は守りの剣。
 深追いする必要もなければ、わざわざ上に位置するという有利を捨てる筈がない。

 彼を彼たらしめているのはこの場所。
 もし戦いの場が屋内であったのなら、アサシンの勝利は間違いなかったであろう。

「……この剣は邪剣らしくてな。並の者ならば一撃で首を落とすところなのだが。
 相応の修羅場を潜り抜けてきたと見える、アサシン」

 追撃する必要がない為か、小次郎は余裕げにアサシンを観察する。

「─────」

 激突する短刀と刀。
 己に迫り来る短刀を受け流し、返す刃でアサシンの首を狙う!

「…………ッ」

 アサシンとて理解している。
 この理屈を超えた剣戟を防ぎきれたのは、偏にその鍛え抜かれた戦闘センスのおかげだと。
 生まれた時より施された七夜の体術。人外達との戦いの中で培われた戦闘技術。
 たった一つを守る為だけに戦い続けたこの男の、その全てをもって漸く互角。

 またも後退を余儀なくされるアサシン。

「チッ………アンタ、やりにくいな」

 自然そんな言葉が漏れる。

「賛辞と受け取っておこう。
 さて、興も乗ってきたところだ。どれ、そろそろ我が秘剣をお見せしよう」

 そう告げて。
 長刀の剣士はゆらりと、アサシンの真横に下りていった。

「──────」

 地形の有利はこの剣士にとって最大のアドバンテージ。
 それを自ら放棄するなど自殺行為だ。それは小次郎とて承知の筈。

「さて、どう躱すか、どう受けるか。見せて貰おう」

 それは。
 この戦いが始まって以来、初めて見せる剣士の構え。

「秘剣────────」

 アサシンが構える。
 そう、それは何かを待つように。
 そう、それはこの時を待っていたかのように────!

「─────────燕」



「タタリッ……!!」



 シオンの言葉と共に、その手に握られた銃より放たれる光の弾丸。

「─────ッ!」

 石段の下方。そこから撃ち出されるバレルレプリカの一撃!
 それは寸分違わず、長刀の剣士を撃ち貫く………!

 今にも秘剣を放とうしていた小次郎は、その長刀を、迫り来る光の銃弾を弾く為に振るう!

 迫り来る弾丸を弾くは一瞬。そう、それは一瞬。
 しかし─────その一瞬は、あまりにも長すぎた。



「極彩と散れ────」



 繰り出される十七の斬撃。
 躱すことも受けることも不可能な、その一撃。

 それをその身に受けた、長刀の剣士は、地に倒れ伏す。
 壊れた機械のような雑音を撒き散らしながら、タタリであったモノは崩れていく。

「………なる、ほど。
 最初、から………これ、が、ネライ、…か」

 一対一を意識させ、その必殺の一撃を放つ刹那。そこに横合いから一撃を放てば、自然意識はそちらに向く。
 だが、その一瞬が命取り。
 眼前に敵が在る状態で、他に意識を割くなど愚の骨頂であろう。しかし、それは意識を割かせる為の一撃。理解していようと意識をそちらに向けざるを得ない一撃。
 そう、全ては最初から仕組まれていた事。これが、シオン達の策…………!

「言っただろ。
 暗殺者にまともな仕合を期待するなって」

「言ったでしょう。
 タタリには容赦はしない、と」

「クカ…カ……カット!
 だが、まだ、幕は…上がった、ばかり…だ。次の、舞、台は、スグそこ、ダ。
 クカカカカカカカカ………ガッ」

 ドス、という音共に渦のような点を穿つ。

 見目麗しい長刀の剣士の姿は、風と共に崩れていった。









後書きと解説

第9話、アサシンvsアサシン。
セイバーですら回避を余儀なくされるほどの剣戟を
いかに殺人貴といえど切れはしないでしょう。
んで、やっぱ燕返し出ちゃうと、やられちゃうだろう、ということで
やられる前にやっちまいました。いや、やられる瞬間、か?

バレルレプリカの威力って実際どうなんでしょう。
槍鍵と合わせたらカタチのないタタリを倒しましたけど、単体だと…どうなんでしょ。
実体のある相手ならそれなりに威力あるのかな。
仮にも天寿の概念武装の模造品ですし。
まぁ一瞬、気を引ければ作戦成功なので大丈夫でしょう、うん。

やっぱり志貴はまともに打ち合う性格じゃないと思うんですよ。
ネロの時も不意打ちしようとしたし、ロアの時も廊下破壊だし。
元々暗殺者の家系ですし、その能力は不意打ちとか奇襲に特化してる筈。
なら使えるもんはなんでも使うし、シオンもタタリ相手なら容赦なし。
ってことで一瞬の隙に十七分割しちゃいました。

今回ちょっと短いですけど、まだこの夜は続きます。
Fate組出てないですし。






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