剣の鎖 - Chain of Memories - 第三話









 炎の中にいた。
 崩れ落ちる家と焼け焦げていく人達。
 走っても走っても風景はみな赤色。

 ────これは、十年前の光景だ。

 長く、思い出す事のなかった過去の記憶。
 その中を、再現するように走った。

 悪い夢だ。悪い夢だと解っていても、出口などない。
 いや、夢だからこそ出口などないのだろう。

 声が聞こえる。声が聞こえる。声が聞こえる。
 でも足は止めない。止められない。

 走って走って、どこまでも走って。

 自分が何処を走っているのかすら、判らなくなって。
 結局、幼い自分は力尽きて。

 崩れ落ちる瞬間、確かに見えたんだ。
 この世界を焦がす炎と、身を灼く黒煙しか存在しない場所で。


 輝きと呼べる、光を────






濫觴の夜/Nocturne I




/1


「────────」

 嫌な気分で目が覚める。
 あの時の出来事を夢に見るのは何時以来だろう。

 胸に鉛が詰まっているような感覚。
 身体が酷く重い。

「……起きるか」

 とりあえず朝だ。
 薄い日差しと、肌を刺す冷たさに身体が震える。

「…………って、あー……」

 身体を起こしてその寒さの原因と自分の居場所を実感した。

「……迂闊。こんなトコで寝てれば寒いわけだ」

 雑多な物置と化している屋敷の一角にある土蔵。
 機械弄りから鍛錬まで何でもこなす、ある種の自室より自室らしい空間。

 俺────衛宮士郎が最も好む場所。

 どうやらガラクタに囲まれているのが好きらしい。
 んで、昨日もここで鍛錬をして、それで意識を失い、朝まで眠りこけていた訳だ。

「……さむ。とりあえず着替えるか」

 頭を振って、意識をクリアに。
 一旦自室に戻ろうとして土蔵の扉から顔を出した時。

「────あっ、先輩」

「桜」

 縁側から歩いてくる少女と顔を見合わせた。

「おはよう、桜」

「はい。おはようございます、先輩」

 柔らかな笑みで朝の挨拶を交し合う。

「ん、どうした、桜? 何か浮かない顔しているけど」

 不機嫌というよりどこか残念そうな表情をしている桜。朝から何か嫌な事でもあったんだろうか。………あのバカ虎か?

「あ、いえ。先輩がもう少し寝ててくれればなーって……」

「え?」

「な、なんでもないですっ!
 朝ご飯出来てますから、着替えて顔を洗ったら居間に来てくださいね!」

 それだけを言って桜は逃げるように去って行った。
 ふと気になり土蔵に視線を戻し時計を見れば、既に六時半。朝食の準備をする時間を過ぎている。

「うげ……寝過ごしてたか。それにしても桜のヤツ……」

 朝食の準備をする前に起こしてくれればいいのに、最近じゃあ朝食を作り終えてから起こしに来るんだもんな。
 一体いつから人の趣味を面白おかしく奪うようになったのやら。
 そこまで思って何をバカな事を、と自分の顔を叩く。

「俺がちゃんと起きればいいだけの話だな。
 人のせいにするなんてどうかしてる。顔を洗ってこよう」







 着替えと洗顔を終え、居間に向かう。
 うん。廊下にまで旨そうな匂いが漂ってきている。

「士郎おっそーい。
 お姉ちゃん、待ちくたびれてお腹ペコペコだよぉー」

 居間に入るなり足をジタバタ、奇声を発するのは我が姉の藤村大河。血縁としての関係はなく、どちらかといえば後見人の体が強い一応の保護者である。
 まあ………今となってはどちらが保護しているのかわからない状況ではあるが。

「食べるだけの人間にとやかく言う筋合いはない。大人しく待ってろ」

 定位置に腰を下ろし、桜が用意しておいてくれただろう温かいお茶を啜る。
 俺と桜は朝夕、あるいは昼の弁当さえも自らで作るが、藤ねえだけは別。昼夜問わず我が家に押しかけ、食卓を食い荒らす野生の虎。一人でこの家のエンゲル係数の上昇を担うダメ保護者。働いてるんだから、いい加減食費ぐらい入れて貰いたいもんだ。

 ……だがまあそれとは別に、藤ねえの存在は既にこの家にはなくてはならない存在となっているのだが。口には出さない。

「む……何よ。士郎だって今日は食べるだけの人間じゃない」

「ぐっ……………」

 反論とはやるな、タイガー。
 事実、寝過ごした自分に非がある以上、言い返す言葉などない。

「いいんですよ、藤村先生。
 先輩はいつも頑張ってますから、たまには楽してもいいんです」

 台所から料理を持って顔を出した桜が弁護する。

「いや、でも今日のは俺が悪い。朝食の準備、手伝ってやれなくてごめんな」

「大丈夫ですっ!
 わたしも楽しんでやってますから、苦にもなりません」

 それに目標に近づく為には努力しないと。と、豊満な胸を反らして言ってのけた。
 目標……とはまず間違いなく俺を超えることだろう。むむむ、まだ負けてやるつもりはないぞ、桜。

「んー、いいわねぇ。
 桜ちゃん、きっと立派なお嫁さんになるわよー」

 ムフフー、と不敵な笑いを顔に張り付け、俺の顔色を窺ってくる藤ねえ。

「? そうだな。
 桜くらいの料理の腕があれば、どこ行ってもやっていけると思うぞ」

 うんうん。
 ここに通い始めた時は拙い手つきだった桜も、今では俺と五分張るくらいに料理の腕を上げた。これなら師匠として何処に出しても鼻が高い。

「………………………………」
「………………………………」

 と、何やら二人揃って溜め息をついている。

「ま、士郎がにぶちんなのは今に始まったことじゃないから……桜ちゃん、頑張ってね」

「……え、あ、はい。頑張ります……」

「………………?」

 俺、なんかマズいこと、言った?





/2


 朝食の準備はテキパキと整い、桜らしい上品な朝餉の匂いが食卓から伝わってくる。
 鶏ささみと三つ葉のサラダ、鮭の照り焼き、ほうれん草のおひたし、大根とにんじんの味噌汁、ついでにとろろ汁まで完備、という文句なしの献立だ。

「はい、どうぞ先輩」

 にっこり笑ってお茶碗を差し出してくる桜。

「──────、っ」

 ……と。
 毎朝慣れているコトなのに、つい、その白い指に目を奪われた。
 なんていうか……困る。
 成長期なのか、ここ最近の桜は妙に色っぽい。
 なにげない仕草がキレイに見えて、息を呑むコトが多くなった。

 ついさっきの藤ねえの言葉が思い浮かぶ。
 桜が────……。

「──────っ!」

 ってバカか、俺は。友人の妹相手に何を想像しているんだ。
 桜はあくまで出来のいい後輩であり、面倒を見なくちゃいけない年下だ。

「どうかしましたか、先輩?」

「い、いや。
 何でもないから、気にしないでくれ」

「?」

 そもそも間桐桜と自分の関係はあくまでも先輩と後輩にすぎない。桜は友人の妹だが、一学年下だった為、特別親しかった訳でもない。

 今のような協力関係になったのは一年半ほど前からだ。
 俺が怪我をして、桜が食事を作りに来てくれて、あとはそのままこんな感じになってしまった気がする。
 怪我が治っても、なし崩し的あるいは何か本当に些細な出来事があって、家事手伝いを続けてもらう事になったような。

「────」

 素直に言えば、桜は美人だ。
 一年生の中じゃダントツだし、今じゃ二年のとある女子と人気を二分するまでになっていると聞く。
 ちなみに情報源は同じクラスの産業スパイ……もとい、情報通の後藤くんからの情報である。その時はきっと、探偵モノでも見ていたんだろう。

 ま、それはともかくとしても最近の桜は出るところも出てきて、なんでもない仕草にハッとさせられる事が多い。
 つまり問題は俺にある。
 友人の妹にドギマギする先輩って、実際どうなんだろうね……?







「いただきます」
「いただきます」

 桜と二人、きちんとお辞儀をして、静かに食事を始める。
 さっきまで喧しかった人は、突然思い出したかのように新聞を手に取り、カサカサと揺らしながら時折その脇から顔を覗かせていた。
 藤ねえの奇怪な行動は日常茶飯事だ。昨日はきっと、スパイ映画でも見たんだろう。
 桜も今では慣れたもので、さして気にした様子もなく箸を進めている。

 基本的に俺も桜も食事中は喋る方ではない。一人で三人分は姦しい虎が静かなせいもあって、朝の食事はつつがなく進んでいく。

「わるい。桜、醤油とって」

 とろろには醤油である。

「はい───って、大変です先輩。先輩のお醤油は昨日で切れてます」

「んじゃ桜のを分けてもらえるか?」

「あ、はい。どうぞ」

 桜の手から醤油を受け取り、白いとろろにつーっとかける。
 ぐりぐり回してそれをご飯にかけ、口に入れようとした途端、隣でガサッという音がしたかと思えば、

「な、なんでよーーーーーーーーーーーーーーーっ!?」

 突然顔を隠していた新聞を放り捨て、意味不明な咆哮をあげる藤ねえ。
 奇怪な行動に慣れているとはいっても、度が過ぎるぞ。

「うわーーーーーーーーーーん。
 せっかく士郎に“オイスターソース入りとろろ汁を食べさせるぞ作戦”を打ち立てたのに、思わぬ伏兵により阻害されてしまうとはーーーーーーーーー!?
 グフッ、…………無念なり」

 ばたん、と床に突っ伏した藤ねえ。
 まったく……………朝から一体何やってんだか。しかもそんなものを人に食わせようとしてやがったのか。
 今年二十五のクセにいつまでたっても藤ねえは藤ねえだな。作戦の失敗も含めて。

「もういいもん! こうなったらヤケ食いよー!」

 がばりと身を起こした藤ねえが脅威の速度で箸を滑らせ、食卓を荒らしまわる。
 咀嚼の暇などない。
 口に入ったが最後、吸い込まれるように胃袋へと流れ込んでいく。

「ってこのバカ虎!
 どさくさに紛れて俺のおかずを奪ってくんじゃねーーーーーーー!」





/3


 ……と、まあ暴走タイガーを宥めきれずに幾許かのおかずを奪われた俺の慌しい朝食は一応の終わりを迎えた。
 藤ねえと桜は弓道部の朝練の為、俺より一足早くこの屋敷を後にした。
 一人残った俺は朝食の手伝いを出来なかったから片付けだけでも、と桜に嘆願し了承を得た。

 その洗い物を片付けた後、入念に戸締りやら火の元を確認してから家を出る。
 最近は何かと物騒だからな。新都ではガス漏れ事故が多発しているし、深山町でも強盗が入ったとかも聞く。念には念を入れておいて損はないだろう。

 万端を期し、外に出ると肌を刺すような寒さを感じる。
 冬木は冬でもそれなりに温暖な気候のはずだが、今日は珍しく冷えるらしい。特にこっちの山側の方は冷える方だから尚更だ。
 空は快晴と呼べるほど晴れ渡っている訳ではないが、雨が降り出しそうな気配はない。だが雲の流れが早く、風が強いことは見て取れた。

「と、空ばっかり見てる場合じゃないな。さっさと学校に行こう」

 交差点を抜け、寄り道をせず学校に向かう。
 学校へと通じるこの坂道は億劫になるのだが、まあ慣れと鍛錬だと思えば気にもならない。
 まだ少し早いのか、行き交う学生の姿はまばらだ。

 ……と、途中見慣れないものを見た。
 真っ赤なコートをさらりと着こなし、黒く長い髪を風に揺らす一人の少女。

 ──────遠坂凛。

 容姿端麗、成績優秀、人当たりも良いと文句なしの優等生。
 桜と学園の人気を二分する美人として名を馳せる学園のアイドルだ。穂群原学園ミスコン二連覇は伊達じゃない。
 まあかくいう俺も男の子なわけでありまして。少なからずそういう思いもあるにはある。
 ………それをどうこうしようって考えは今のところないけどな。

 そんな思考をしている間に、この時間に見かけることの珍しい彼女は、足早に坂道を上り消えていった。

 学校へと辿り着き、二年C組の自分の机で間もなく始まるホームルームの時間を待つ。
 ウチの担任が時間通りに来ることはまずない。
 一、二分ほど遅れて響いてくる、ズダダダダダダダという地鳴り。
 勢いよく開かれた扉から、

「みんなーっ、おっはよー。今日もホームルーム始めるわよー」

 快活な言葉を発するのは言うまでもなく藤ねえ……藤村先生である。
 藤ねえが英語教師なんてのは今でも信じがたいのだが、事実なのだから仕方がない。昨今の教員事情も混迷を極めているのだろう、うん。
 ま、それはそれとしてもあの人当たりの良さと持ち前の性格が功を奏してか、ウチの学校でも人気のある方の教師だとは思う。
 教師として頼られる、てのとはまた違う意味での人気だとは思うのだが。

 聞き流す程度に耳を傾けていたホームルームが終わり、入れ替わるように一時限の担当教師が入ってくる。
 ここから先は語るまでもない。ごく普通の授業風景である。







 ────そうして放課後。

 土曜日なので授業自体は半日で終わっていたのだが、一成からの頼みごとをこなすべく一緒に学校巡りをし、今しがた終えたところだ。
 外を見れば既に陽は傾き、街並みを茜色に染めている。
 そろそろ帰るか、と廊下を歩いていた頃。

「やあ衛宮。こんなところで何をしてるんだい?」

 慎二が声をかけてきた。
 間桐慎二───言うまでもなく、桜の兄で俺とは同い年。腐れ縁の関係、と言った所か。

「ん、いや別に。
 いつも通りの修理巡りも終わって、帰ろうかと思っていたところ」

 それにふふん、と鼻を鳴らす慎二。
 珍しく機嫌がいいらしい。それが後ろの控えている数名の女子のおかげか、はたまた別の要因なのかは俺の判断のつくところではないのだが。

「へえ。じゃあ衛宮は今暇ってこと?」

「まあ……暇って言えば暇だな」

 特にやることはない。帰って夕食を作るぐらいか。今日はバイトもないし。

「じゃあさ、一つ頼まれてくれないかな?」

「別にいいけど。俺に出来ることならな」

 それに後ろの女子が何やら言っているようだが、特に気にも留めない。

「で、何をすればいいんだ?」

「はは、流石は衛宮だね。実はさ────……」

 弓道場の片付け、ね。
 本来は慎二が頼まれたことらしいのだが、慎二には用事があるという。
 なら暇な俺に代わってくれないか、とそういう訳か。

 それに俺は一つ返事で了承する。
 弓道部を辞めた人間がずかずかとその場所に入るのは気が引けるが、弓を引くわけではないのだから、まあ大丈夫だろう。
 弓道部員である慎二からの直接の頼まれ事だからな。





/4


「…………と。気がつけば外は真っ暗だ」

 どうやら気合を入れてやりすぎたらしい。やる以上は全部ついでだと片っ端から手を出したのがマズかったか。

「ま、綺麗になったんだからいいだろう」

 夜は深い。
 とっくに下校の時間は過ぎており、人の影も気配もない。
 戸締りだけはしっかりとして、弓道場を後にする。

「さむ………。風が強いな」

 身を突き抜ける風は異様に冷たく、汗をかいた身体には余計に冷える。
 ぶるりと身震いをして、足早に校庭の方へ向かうと───

 ────音? 誰かいるのか?

 風に乗って耳に届くのは甲高い音。
 鳥の囀りや虫の鳴き声ではない。
 これは、鉄と鉄が凄まじい勢いでぶつかり合う音だ。

「誰かが真剣で戦ってるとか? はは、そんな訳ある筈が────」

 息を呑む、というのはこの事だろう。
 校庭の中心、爆心地のような凄まじい激突音を響かせながら対峙する二人の男。

 ────戦っている。

 二人の男が、相手の命を奪う為に殺しあっている。
 一目見て理解できた。
 アレは人間じゃない。アレは人間の限界を超えた存在なのだという事を。

 青い方の男は赤い軌跡だけを残しながら槍を無限に繰り出していく。
 対する赤い方の男はその槍突の全てを二振りの剣で迎撃している。

 どちらが凄いかと問われれば、どちらも凄いとしか言いようがない。
 視認すら難しい激突を一筋の切れ間もなく繰り返し続けるなど、到底人間の技ではない。

 焦燥が胸を打つ。
 逃げなければならないという思いとは裏腹に、足は震え身体は痙攣したように動かない。
 それとは別に視線だけは外せなかった。
 何かにとり憑かれたように、俺は知らずその戦いに魅入っていた。

 ─────剣戟は高く、際限なくその音響リズムを上げていく。

 その中でも赤い男の剣技には目を見張るものがあった。
 青い男の刺突も凄まじいが、それは既に人の領分を越えた業。努力や才能で辿り着ける高みではなく、極みと呼べる領域に在るべくして辿り着いた者のそれだ。

 だが赤い男は違う。あの男はまだ人の範疇にいる。

 人の辿り着ける高み。血反吐を吐くくらいの修練の先、決して届かぬと思ったその領域に自身の力だけで至った者の剣。
 その場所へ辿り着いたあの男の剣舞は、ただ俺の視線を釘付けにし、美しいとさえ感じさせた。

 無限に続くかと思われた戦いに終焉が訪れる。一際甲高い激突の後、青い方の男が距離を取った。そして傾けられる赤い槍。

 ────なんだ、あれは。

 大気中に流布する魔力の全てを飲み干さんと貪欲に鼓動する赤い槍。
 ………気分が悪い。
 水を飲むという行為さえ、度が過ぎれば醜悪に変わる。それと同じように限界を通り越した魔力の搾取は、魔術を知る者が見れば嫌悪感さえ植えつけるほどに不気味だった。

 だけど………アレは貫く。
 あの赤い男がどれほどの技量を隠し持っているのかはわからない。
 でもアレは躱せない。
 あの槍が走れば、赤い方の男は確実に死に至る。

 その余りにも張り詰めた緊張感。息をすることさえ憚れる空間に身を浸しすぎたせいだろう。ほう、と吐く息は────

「──────誰だッ……!」

 ────静寂の中ではあまりに大きすぎた。

「──────っ!!!」

 咄嗟に身体が反応する。
 青い男の眼がぎろりと動き、俺を捉えるのと同時。
 獰猛な肉食動物に目を付けられた草食動物の如く、ただひたすらに走り続けた。

 どこを走っているのかすら解らない。
 ただ足を突き動かすのは逃げなければ殺される、という強迫観念。

「は───はあ、はあ、はあ、はっ────………ぁ」

 気がつけば校舎の中にいた。
 バカか俺は。こんな人気のないところに自分から逃げ込むなんて。自分で自分で追い詰めてどうする。
 だが身体の自由は利かない。想像以上に全力疾走したのだろう。肺が貪欲に酸素を欲していた。

「────よぉ。案外遠くまで逃げたな、おまえ」

 不意にかかる声。その主は青い鎧と赤い槍を持つ男。
 追いつかれた。
 逃げ場などない。
 狩る者と狩られる者。
 その定義は覆らない。

「運がないな、坊主。
 こんな夜更けまで一体何してやがったんだ?」

 返す言葉などない。身を包むのは死という逃れられない現実のみ。

 薄い暗がりの世界。
 後光のように淡い月の光を背負うその男は、見る人が見れば一種の神々しささえ感じられるのだろう。
 だけど俺には、その男の存在がどうしようもなく────


 ────死神に見えた。







「────ふう。何とか助かったようだな」

 校庭の中心地で赤い外套の男、アーチャーが溜め息をつく。
 その手にあった双剣はいつの間にか消え、両の手は胸の前で組まれていた。

「ちょっと、アーチャー? 貴方一体何してるの?」

 アーチャーのマスターたる少女、遠坂凛が心底理解できていない、といった表情でアーチャーに尋ねた。

「何と言われてもな。手が空いたから休んでいるんだが」

「ランサーは?」

「見ていなかったのか? 第三者の存在を感じ取り、後を追っていった」

「第三者って……まさか、生徒!?
 くっ………アーチャー、追って! わたしもすぐに追いかけるから!」

 何も言わずアーチャーは後を追う。
 凛の胸を占めるのは自分の迂闊さを呪う声。始めて見るサーヴァント同士の戦いに意識を集中しすぎた結果、周りへの注意を怠ってしまった。

「ああ、もう………! バカかわたしはっ!」

 アーチャーの後を追うように凛も駆ける。
 巻き込んだのなら、その責を負わなければならないのだから。







 凛がアーチャーに追いついた時には全て終わっていた。

 開け放たれた窓。吹き込む風。壁際に蹲る少年。立ち尽くすアーチャー。それだけで見て取れる。全ては終わり、ランサーは既に逃走した後。目撃者には死あるのみ。一方的な理屈だけど、これは魔術師の掟なのだから。

「……看取るくらいはしてあげる」

 蹲る少年に近づき、同じ目線まで膝を折る。
 そして既に命のない少年の顔を────

「──────え?」

 それは何に対する驚きか。
 その少年が知り合いの良く知る人物だからだろうか、それとも生きている事に対してなのだろうか。

「え…………なん、で?」

 ランサーは目撃者を追った。その迅速なまでの行動は始末ではなかったのか。
 目の前の少年は意識こそを失っているものの、正常に呼吸をしている。外傷も頭部を殴打されたくらいしか見受けられない。
 …………大きなたんこぶにはなるだろうけど、命に別状はなかった。

「はあ〜〜〜〜っ、まったく驚かさないでよね、アーチャー。
 アンタが呆然と突っ立ってるもんだからてっきり殺されたのかと……」

 そこまで言って凛はアーチャーの表情を窺う。
 アーチャーの顔は先ほどと変わらず驚愕に濡れ、瞳は当惑に見開かれていた。

「アーチャー……?」

 応える声はない。
 明らかにおかしい。この少年は死んでいない。なのに、アーチャーの顔色は有り得ないものでも見たかのように青ざめていく。

「ちょっと、アーチャー!」

 凛は怒鳴りつけるように声を荒げる。それでようやく、見開かれた瞳が伸縮し我に返るアーチャー。

「む………何かな、凛」

「何かな、じゃないわよ。アンタ顔色おかしいわよ? 具合でも悪いの?」

 サーヴァントにそんなものがあるのかどうかは不明だが、現にアーチャーの様子は見るからに異常だ。
 アーチャーは瞳を閉じて、一つ大きく深呼吸をする。それだけで顔色は戻り、瞳を開けば以前と同じ不遜な顔がそこにあった。

「……問題ない。で、どうするのだ、凛」

「……そうね。とりあえず、ランサーの後を追ってくれる?
 彼を見逃した理由は分からないけど、マスターの顔くらい確かめておきたいしね」

「了解した」

 アーチャーは音もなく夜に飛び出し、数瞬後には姿さえ見えなくなっていた。

「……ま、良かったわ。
 これなら放っておいてもその内目を覚ますでしょうし」

 ──あの子も泣かずに済んだようだし。

 と胸を撫で下ろした。
 凛は気づかない。その感情の中に紛れ込む、一つの思いに。





/5


 夢は見ない性質なのに、最近になってよく見るモノがある。

 一つは剣。
 ぼんやりと浮かぶソレは、時折夢のように浮上してくる。
 鋭利な剣。触れるもの全てを傷つける諸刃の剣。
 もしかしたら、剣とは自分を構成する因子なのかもしれない。

 一つは輝き。
 剣に圧され、僅かに見え隠れする程度のその輝きには、見覚えがある。
 幼い頃、切嗣に助けられるほんの少し前。地面に倒れ込む直前に目の端に映った輝き。
 それが何だったのかは今では思い出せない。
 ただあの昏い世界で、唯一それは消えない輝きを湛えていた気がする。







「ん…………くっ……」

 目が覚める。
 それと共に襲い来るのは酷い頭痛。

「いたたたたたっ……うわ、こりゃ随分とでかいたんこぶだ」

 頭の側面をさするように手を当てる。
 触っただけでも解るくらいに、殴打の後は大きかった。

「ええと……それで……」

 ついさっきまでの出来事を思い返す。曖昧な記憶の糸を手繰るようにまだ覚醒しきっていない思考を動かした。
 ああ……慎二に頼まれて弓道場の片付けをして、校庭で二人の男の戦いを見て、それで見つかって追いかけられて────

「…………生き、てるよな、俺」

 身体を適当に触ってみるものの、頭以外に外傷はない。
 あの赤い槍に貫かれたような痕跡もなければ血に濡れているなんていうこともなかった。

「……よかっ、た」

 はあ、と肺に溜まっていたモノを吐き出す。
 そこでようやく、自分は無事に生きているんだという安堵感に包まれた。それで落ち着いたからか、ふと最後にヤツが発した言葉を思い出した。

「……運を試されるのはこれからだ。
 おまえの生死は、あのお嬢ちゃんが握ってる……だったか?」

 よく覚えていない。それに何とも意味不明な内容だ。
 お嬢ちゃん……確かに二人の戦いの赤い男の方に……誰かもう一人いた気がする。だけどあの場面ではあの二人以外に意識を割くことなんて到底無理だった。

 まあ……何はともあれ生きているんだ。
 ならとりあえず────

「……帰ろう」







 まだぼんやりする頭で家路を急ぐ。
 辺りは既に真っ暗で、家々に灯りもついてない。等間隔で設置された街路灯だけが夜を照らしあげている。
 だがそれも当たり前か。時刻は既に日付が変わろうとする頃。
 桜や藤ねえも流石にもう帰っているだろう。

 案の定、坂を上りきって家に辿り着いても人工の光は灯っていない。
 真っ暗な我が家の門をくぐり、独り屋敷の中へと入っていく。

 居間へと入り、電気をつける。
 暗い道を歩いてきたせいか、突然明るくなった視界に僅かに目を瞬かせてから、どかりと座り込んだ。

「とりあえず……どうしようか」

 色々な事、訳の解らない事が一度に起きてまだ頭の整理がついていない。
 桜の作り置いてくれた晩御飯でも食べながら、少し考えてみるか。







 冷めていても旨い桜の晩飯を終え、後片付けをして食後のお茶に舌鼓を打つ。
 食事の最中、洗い物の最中、そして今。色々と考えては見たけども、

「結局、何がなんだかさっぱり解らない」

 そもそもアレは理解の範疇を超えている。人のカタチをした人以上の存在。ほぼ確実に魔術の領域のモノであることだけははっきりと解る。
 だが解るのはそれだけで、他の事はさっぱり解らない。

 何故あんなモノがこの街に存在しているのか。
 何故本気で命の取り合いをしていたのか。
 そもそもアレは一体何なのか。
 最近の街の異変はもしかしたらアイツらのせいなのか?

 などなど、思いつくだけ挙げてみても理解不能。
 魔術師としては半人前、知識もからっきし、物事の当事者でもない俺にはその全てを理解出来る術などないのだろうけど。

「あーもう、わかんないモノに悩んだって意味はないか。
 日課の鍛錬をして寝よう」

 もうそれ以外にする事も出来る事もない。
 そう決めて縁側に出て、サンダルをひっかけた刹那。

 ヒュン、という風切り音。

 その一瞬後。
 自分の足元数センチ先の地面に突き刺さるのは一本の矢。

「───────え?」

 疑惑を抱えたまま矢の射出された方へと視線を上げる。
 目に入るのはほとんどが黒。
 夜の黒だけが世界を占める、眼前百メートル……いやもっと先、魔力で視力を水増ししてようやく見えるほどの距離にある家屋の上に。


 場違いなほど赤い、真紅の外套を風に靡かせる男の姿があった。


「なっ────アイツは……さっきの!」

 銀……というより白に近い短髪。浅黒い肌。
 黒の甲冑。目を引く赤い外套。
 左の手には漆黒で彩られた洋弓。右の手には矢。

 緩慢ながら確実に両手が動き、弓に矢を番える。

「─────っ!」

 なんでか知らないけど、狙われてる────!

 そう思った時には既に身体は動いていた。
 足に力を込め、思いっきり右前方へ飛ぶ。
 それとほぼ同時にまたも空気の裂ける音が聞こえ、さっきまで自分の居た場所に矢が突き刺さっていた。

「くっ………何なんだよっ、一体!」

 止まっていては狙い撃たれる。ならば足を使って逃げ回るしかない。
 だがそれもいずれは撃ち貫かれるだろう。
 弓道だって的まで三十メートルもないってのに、百メートルを越す位置からの狙撃なんてバカげてる。
 ライフルなら考えられなくも無いが、アイツは正真正銘弓でこちらを狙撃している。そんな技量は既に上手い下手で測れるようなモノじゃない。

 ああ────くそっ、愚痴っていても仕方が無い。

 とりあえず障害物、壁となるものが欲しい。だがソレは思考より前に目が捉えている。
 射手が矢を取り出し、弓に番え、狙いを定める一瞬の隙。
 その間に出来る限り前に向かって全力疾走し、三射目が放たれる刹那。
 前方へと大きく飛び込んだ。

「痛っ…………」

 放たれた矢は肉を切り裂いて大地へと突き刺さる。腕からはぬめるような赤い血液が零れ落ち、大地に真紅の斑点を作っている。
 だが同時に身を守るものも得られた。家の塀。ただの矢で、この壁を貫ける筈がない。

「なんなんだよ……なんなんだ……」

 ワケがわからない。
 青い男に追いかけられたかと思えば、今度は赤い男に狙われてる。
 今日は厄日なのか………?
 だが悲運を嘆いたところで現状は変わらない。今出来ること、それだけを考えろ。

「武器……武器が欲しい……」

 今のアイツは弓で攻撃を仕掛けきているが、校庭の戦いでは剣を使っていた。
 つまりアイツは遠近両方を戦えるって事。
 接近されたら終わりだ。あんな怒涛の剣戟を受けきれるワケがない。

 武器……武器……土蔵。そうだ、土蔵に入れば何かしら武器はある。
 強化も出来れば硬度的には十分耐えられるだろう。
 ……耐えられたとしても打ち合えるかはまた別の話だけど。

「よし、そうと決めれば───」

 途端、天上に架かる月からの淡い光が遮断された。
 覆うのは影。
 ゆっくりと見上げれば────

「──────」

 塀の上に立つ赤い男が俺の姿を見下ろしている。見つめる双眸に色はない。無機質な……まるで機械仕掛けの瞳に、身体が萎縮し、恐怖が背筋を駆け抜ける。
 そして響く侵入者を告げる屋敷の警告音。ええいっ、遅いっつーの! それでも発された警告音は、自らの足を奮い立たせるには充分な音量だった。

「─────うっ………あぁ!」

 背にしていた塀を両手の力で思い切り押して反動をつける。
 それと同時に足を踏み出して、転がるように土蔵の方へと身体を滑らせた。

 だがまだ遠い。

 背後からザッ、という音が聞こえ、それが赤い男が地に舞い降りた証だと告げている。
 視線だけを向けて見れば、男の両手には校庭で見たのと同じ白と黒の中華剣。

 ──────殺される。

 後はもう是非もない。
 身を守る武器を求めて、ひたすらに土蔵へと駆け込む。

 だが速い。後ろから迫る赤い男の速度は俺の比ではない。
 追いかけられるというプレッシャー。殺されるというプレッシャー。二重の重圧が俺を蝕み、

「うわっ─────!?」

 土蔵を目の前にして何もないところで転んだ。

 だがそれが功を奏し、男の薙いだ剣はただ空を斬った。
 なんて悪運。本当に運がいいならこんな目に遭わないんだろうけど、今はそんな愚痴を吐くときじゃない。

「くっ─────!」

 最後の力を振り絞って土蔵の扉を押し開け、そのまま中に転がり込んだ。

「よし!」

 武器武器武器武器武器武器武器武器。
 木刀でも竹刀でもいいから何かないか。ストーブなんかで身を守れるわけがないし、細くて長くて剣のようなものがいい。

「あった!」

 男が扉に手をかけるのと時を同じく、木刀を見つけ出した。
 時間がない。無理矢理にでもこの木刀に魔力を通して武器とする。どうせ失敗したら死ぬんだから、後先のことなんか考えてる余裕はない。

「────同調トレース開始オン

 殺されようとしているのはこれで二度目。
 それだけでもさっきのような無様は見せられないっていうのに、衛宮士郎は魔術師ではないのか。
 出来る。出来る。出来る。ここで出来なきゃ、何時出来る。こんな時に自分さえ守れなくて、この八年何を学んできたという───!

 構成材質を解明し、補強する。一部の隙間もなく自身の魔力を流し込む───!

「で、きた────」

 強化の魔術が成功したのは何年ぶりだろう。
 だがこれでなんとかなる。鉄の硬度を得た木刀なら、あの剣とだって打ち合える。

 両手で木刀を持ち、正眼で構える。
 ゆらりと扉より入り込んできた男は、襲い来る気配もなく俺を見据えていた。

「──────」
「………………」

 視線が交差する。鈍色の瞳は射抜かんとばかりに俺を凝視し、籠められた感情は理解に難いものに感じられた。
 なんだ、コイツは? 俺を殺す気じゃなかったのか?

「……………一つ、聞こう」

「──────!?」

 男が声を発する。低い声色が、一層夜の闇を深くするよう。
 聞く? 殺そうとしたヤツが、殺そうとした相手に一体何を聞きたいって?

「貴様…………一体何をした?」

「は?」

 何をした? どの事を指して言っている?
 この強化の魔術の事か? それとも学校での出来事なのか?

 要領を得ないその言葉に返せる言葉はなかった。
 相手もそれ以上語る必要などないのか、ただ見据えてくるだけだ。

 そして数瞬の沈黙の後。
 ふっ、と男は口元を吊り上げ、手に握る双剣に力を込めた。

「…………そうだな。我等に問答など必要ない。
 語るべきは剣が語ろう」

「──────っ!」

 振り下ろさせる黒の剣。
 それに合わせるように木刀を繰り出した。

 ぶつかり合い、響くのは鉄の衝撃音。
 良し、硬度としては十分だ。
 あとはどれだけ打ち合えるかなのだが────

「ぐぅ─────!」

 剣を合わせるだけで腕が痺れる。くそっ、忘れていた。今目の前にいるのは常識から外れた悪鬼だ。
 それに強化を施してあっても、元はただの木だ。木刀は一発貰う度にギシギシと軋みを上げ、このまま打ち合っては後数合も持たない内に圧し折られる。
 だが逃げ道もない。入り口は男の後ろ。それに双剣を受けきるだけで手一杯だ。

 どうする。どうする。どうする。

 一撃受ける度にじりじりと後退する。
 いや、これは俺が相手の剣を受けきる為に下がっているのではなく、ただ単に追い詰められているだけだ。

 それで理解した。
 この男はまるで手を抜いている。
 本気になれば俺なんてそれこそ瞬きの間に殺せるのに。
 目をつけた獲物を嬲り殺すかのように、ただ追い詰めているだけだ。

 思考と剣戟の間、不意に冷たい感触を背中が捉える。
 それが壁だと知るのに理解はいらなかった。

「──────」

 それで頭にきた。
 ふざけてる。
 そんなに簡単に死ぬなんてふざけてる。
 一日に二度も殺されそうな目に遭って、現に今殺されようとしている。
 そもそも意味がわからない。
 何故俺は、こんなところで殺されようとしているんだ?

「────終わりだな。予定とは違ったが、まあ構うまい。
 気掛かりは残るが………アレなら自力でなんとかするだろう」

 男の呟きなど耳に入らない。
 ただ身を焦がすのは、こんな理不尽な死は受け入れられないという思いだけ。

 まだ何もしていない。まだ何も成していない。まだ何処にも届いていない。
 助けられたのだ。生き延びたのだ。
 ならばその責を、義務を果たす前に死ねるものか。

 約束した。
 心に誓った。
 安心したと言ってくれたんだ。
 跡を継ぐと言った俺を見て、笑顔でこの世界を去ったんだ。

 ならばその思いをカタチにする前に。
 その約束を果たす前に。
 その理想を叶える前に!


 オマエなんかに───────殺されてなんてやるものか!!!!


 その刹那。

「え──────?」

 それは、本当に。

「なに…………!?」

 魔法のように、現れた。

 目映い光の中、それは、俺と男の間に現れた。
 思考が停止している。
 現れたそれが、人のカタチをしている事しか判らない。

 余りの光に男が一歩後退する。
 その隙を見逃さず、現れたそれは何もない空間から更に視えない何かを引き抜くと、そのまま男に向かって振り上げた。

「──────ぐっ……!?」

 ぎぃんという衝突音。構えられていた男の剣を寸分違わず弾き返す。
 勢いをそのままに、それは更に踏み込んだ。

 二度散った火花。それの力は見るからに大したことはない。
 ただ相手の男が有り得ないほどに狼狽している。ただでさえ視えない武器というのはやり辛いだろうに、更にその困惑が剣先を鈍らせ、剣筋を読ませ易くしていた。

「チッ───────!」

 不利を悟ったのか、男は剣をブーメランのように投擲し、土蔵の外へと飛び出した。
 その剣を弾き落としたそれは、くるりとこちらに向き直る。

 何故かは判らないけど、助かった。
 それで気が抜けたのか、俺はぺたんと座り込んでしまった。

 ────静寂が訪れる。

 風の強い日だ。雲が流れ、僅かな時間だけ月が出ていた。
 だがその灯りすら霞んで見える。
 土蔵に差し込む銀色の月光さえ遮るような、黄金色の髪。
 太陽のように赤い瞳が、俺を見据えている。
 口元に僅かに笑みを残し、


「───こんばんわ、お兄さん。貴方がボクのマスターですか?」


 歌うように、その少年は口にした。













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