剣の鎖 - Chain of Memories - 第四十四話









「セラ、リズ!」

 イリヤスフィールの怒号にも似た叫びに応じ、一体何処に隠れていたのか、二人の侍従が音もなく角より姿を現した。

「セラ、礼装の持ち出しとアレを起動しておいて。リズ、私を抱えてここから飛び降りなさい」

「畏まりました、お嬢さま」

「うん、わかった。イリヤ、掴まって」

「イリヤ!」

 イリヤの指示を受け、素早く姿を消したセラと、リズがイリヤを抱えて開け放った窓に足を掛けた時、追いついてきた士郎の叫びが聞こえた。

「リズ、シロウも一緒にお願い」

「わかった」

「イリヤ、一体どうし……ってうわっ!?」

 有無を言わせず士郎を脇に抱えて、リズは躊躇する様子もなく飛び降りた。突然の無重力状態に驚きの悲鳴を上げる士郎を余所に、リズは涼しい顔をしたままなんなく着地して見せた。

 二階といっても古城のそれと一般家屋のそれとでは高さが違う。幾分高い階層より何の魔術的防護もなく飛び降りて、痺れも痛みもなさそうなリズに士郎はぽかんとするばかりだった。

「ありがとう、リズ。貴女もセラと一緒に脱出を」

「うん。イリヤも気をつけて」

 それだけ言うとかなりの俊敏さで遠ざかっていくイリヤスフィールの侍従。エントランスホールからは未だ轟音が鳴り響いている。

「イリヤ、どうしたんだ、いきなり走り出して。俺の話はまだ終わってない」

「それどころじゃなくなったの。今行かないと、ダメなの。バーサーカーが、バーサーカーが……」

 遠くを見るように目を細めるイリヤスフィール。外へと弾き出されたバーサーカーと黒い騎士の姿は辺りには見当たらない。
 城へと侵入して来たバゼット達の様子からも察するに、戦場を何処か違う場所へと移しているようだった。

 駆け出したイリヤスフィールの後を追う士郎。こうなれば、もう考えたところで意味はない。彼女の焦燥を見るからに、バーサーカーは少なくとも苦戦しているのだろう。ならばそちらをなんとか好転させ、返す足で城の援護へと取って返せばいい。

 そんなに巧く行くはずがないと判っていても、そう思わずにはいられなかった。






築き上げられた信頼/Waltz IV




/1


 変態を終えた黒い影。海月のようだった異形は、此度のライダーのサーヴァントの姿へと変貌していた。

 ただ凛の知る彼女とは同一でありながら相違があった。まず、全体的に暗色だ。あの美しくたなびいていた紫紺の髪も、今では黒に近い色合いになっている。
 それ以外にもところどころか黒く染まり、かつて纏っていた優雅さのようなものが微塵も感じられなくなっていた。

 殊更重要なのが、彼女からは生気をまるで感じられない事だった。サーヴァントとはいえ存在している限りは生身の人間とそう変わらない筈である。手が触れ合えば温かいし、息遣いからも生を感じ取る事が出来る。

 だというのに、目の前のサーヴァントからはそれらをまるで感じない。作り物めいた存在感。生物特有の質感を持たない、糸に繰られた操り人形のようだった。

 鎖付きの短剣を両手に担ったまま、静かに佇んでいる。眼帯で窺えない視線の先は、間違いなく凛とセイバーを捉えている。
彼我の距離は目算で二十メートルばかり。たとえ凛が襲撃されても、初撃までなら充分に躱せる距離だ。

「で、実際のトコどうなのよ。戦えそう?」

 サーヴァントを現界せしめる魔力が枯渇しかかっているセイバーにとって、こうして敵と相見えてしまった事自体が失策だ。

「剣は使えて一本限り。稼働時間は五分がせいぜい、といったところでしょうか」

「ふん、充分じゃない。どこぞのカップラーメンが出来上がる頃には星に帰っちゃう異星人より幾らかマシね」

 だがそれは今現在の状態で、という前提条件付きだ。戦闘中はより疲弊の度合いが強くなるし、傷を負えば負うだけ修復へ回さなければならなくなる魔力が嵩んでいく。
 よって実際に戦闘可能な時間は一分弱程度と見積もれる。その間に、あの敵を殲滅しなければならない……

「ちょっとキツイけど、やるしかないか」

 ここぞとばかりに貯め込んでいた秘蔵の宝石を取り出す。これまでの戦いの中で幾つかは消費してしまったが、一つあれば対魔力の低いサーヴァントならば充分に致命傷を与えられる威力がある。問題は、その隙を作り出せるかどうかだ。

「お姉さん、それ、一つ僕にくれませんか」

 敵を視界に収めたまま、セイバーが呟いた。凛はその意味を勘繰り、すぐに理解した。

「これ、たっかいんだからね。無駄にしたら殺すわよ」

「大丈夫ですよ。僕には生まれ持った黄金律がありますから。この場を生き延びたのなら、必ず返済してみせます」

 セイバーは凛から受け取った赤色の宝石を、あろう事か丸呑みした。
 純度の高い宝石はそれだけで含有する魔力量が多く、また魔力を詰め込みやすい。凛は幼少期からこれらの宝石に毎日欠かさず魔力を込め続けてきた。それが故のAランク相当の魔術であり、詰まるところ、この宝石自体が魔力の塊と言えた。

 サーヴァントの組成は人体を模していても、その全てが魔力によって構成されている。凛ほどの魔術師が込め続けてきた宝石を体内に取り込めば、幾らかの力を取り戻す事とて難しい話ではない。

 尤も……それだけ長い時間を培って蓄えられた魔力でさえ、サーヴァントにとっては腹を少し膨らませる程度の効果しか見込めない。
 故に、本来こんな用途は上策とは呼べない、下策だ。それならばまだ術者自らが放つ攻勢魔術の方が余程理に適っている。

 しかし今だけは、彼女らにとって僅かであろうともセイバーに魔力が供給されるのならこの上ない策になる。

 早くも効果が現れたのか、セイバーに僅かばかりの活力が戻ってきた。これならば、先の宣言くらいは支障なく行動出来るだろう。

 こちらの戦闘準備が整うまで、律儀に待っていたライダーが四肢に力を込めた。握り締めた短剣が軋みを上げ、踏み締めた大地が悲鳴を上げた。
 やおらセイバーは背後に手を翳し、生まれた歪より一振りの剣を引き抜いた。これまでの戦闘において、最も愛用してきた不可視の剣。名もなく銘もない無数の剣群の中で、刀身さえも持たない風呪の剣。

 自らの戦闘能力の不足分を補う為に担い続けてきたこの剣にも、今ではかなり手に馴染んでいた。

 視線を交錯させている時間とて惜しい。宝具を具現化している時点で、セイバーの魔力は刻一刻と消費されている。
 挑むべきは短期決戦……力量の測り合いなど、必要ない──!

 一歩を踏み込んだ瞬間、殺意すらなく放たれた短剣。螺旋を描いて迫り来る剣と鎖を両手で構えた不可視の剣で弾き飛ばす。
 セイバーはそのままライダー目掛けて一直線に駆け抜け、ライダーがもう片方の手に握った手綱で放った剣をセイバーの後方より引き戻す。

 背中に目のついているような精確さでセイバーは容易く躱し、なおライダーに手繰られる鎖目掛けて剣を振り下ろす。がきん、と音を立てて輪と輪を繋ぐ隙間に穿たれる剣という名の楔。
 主の手元へと戻りかけた短剣はセイバーの刺した剣によりその行動を阻害され、手元へと戻る事無く大地に落ちた。

 武器を封じられたライダーは未練などない様子で手にしていた方の短剣さえも手離し、柄を握ったまま座しているセイバー目掛けて突進する。

 見た目からは想像も出来ない怪力を有するライダーの肉弾攻撃。同じサーヴァントといえど、喰らえばただで済む筈がない。
 その様を見て取ったセイバーはすぐさま後方へ飛び退いた。が、加速のついたライダーのスピードは余りに速い。セイバーがもう一度大地を蹴り上げるよりも速く、ライダーは一撃を見舞える距離にまで接近する。

 自重を乗せた渾身の回し蹴りが、セイバー目掛けて繰り出されようとしたその刹那。横合いから飛び込んできた凛によって、ライダーは僅かに体勢を崩した。

 その隙を見逃すセイバーではない。魔力を大きく消費してしまうのを覚悟で更なる剣を引き抜いて、ライダー目掛けて振り被る。バランスを逸したライダーが回避を行える状況ではないが故の必殺。

 だというのに、ライダーは無理矢理に身体を捻り、ついた両手の反動だけで高く跳び上がった。蜘蛛か何かを連想させるしなやかさ。空中で一回転し、近くに生えていた枯れ木の上へと舞い降りた。

「流石に、そう簡単には取らせてくれないか」

 しかし一連の攻撃で武器を奪い取る事に成功した。後は、持つであろう宝具に注意して追い詰めればいいのだが。

「…………っ」

 既にセイバーの息が上がり始めている。剣を二本使用した反動だろう、長くは持たないかもしれない。決めるのなら次が最後。この期を逃せば、敗走以外の道がなくなる。

 樹上に直立したライダー目掛けて、凛は衝き出した指先よりガンドを掃射する。弾丸と呼ぶには余りに巨大な黒い球体が中空を乱れ飛ぶ。
 しかしライダーはひらりと舞うようにして回避していく。木々を足場とし、放たれる弾丸の全てを嘲笑いながら移動していく。

 無論、凛とてこれでダメージを与えようなどとは微塵も考えていない。せいぜいが牽制の意味合いを持つ程度であると自覚して、けれど掃射を止める事無く敵の挙動を計り続けていた。

 ライダーを狙いつつも破砕していた木々の足場がようやくなくなり、ライダーは地上へと降りてくる。その隙を縫ってセイバーが駆け出し、降下を始めたライダーへと凛は続けざまにガンドを撃ち続ける。

 落下中の人間は軽々と体勢を変えられない。高高度ならいざ知らず、せいぜいが十メートル程度では重力の縛りの方が強い。故に落下地点に潜り込もうとするセイバーの行動は正しく、姿勢制御の難しい今をこそ付け狙う凛の判断も正しかった。

 誤算があるとすれば、相手のその異常性にこそあった。

「なっ……!?」

 完全に捉えたガンド。たとえ傷を負わせられずとも、攻撃を成功させたという心理的効果は大きい。より強大な宝石魔術を叩き込む前段階としては上首尾である筈のガンドが、ライダーの身体を貫通せしめてしまった。

 否、正しくは当たっていない。凛の放ったガンドを避けるように、ライダーの肉体が蠢いたのだ。

 身体にぽかりと開いた空間を突き抜ける弾丸。何事もなかったかのように修復されるライダーの肉体。有り得ない異常に凛が目を奪われている間も状況は刻々と進んでいる。

 落下予測地点へと滑り込んだセイバーが剣を構え直す。ライダーならば、あの体勢からでも蹴りを繰り出してくるだろう。一撃防いで一撃叩き込む。充分に可能。算段をつけて、セイバーは下段に構えた剣を振り上げた。

 繰り出される蹴り。剣を盾に防ぎきる。痺れも痛みも二の次で、再度振り上げた剣で以って、その肉体を斬殺する──!

 手応えあり。確かな肉を引き裂く感触を手に感じながら、セイバーは一歩退いた。そしてようやく、異常に気がついた。
 サーヴァントといえど生きている限りは血を流す。袈裟に斬られれば夥しい量の血を噴き出す。だというのに、血煙は上がらず、ライダー“だった”ものが悠然と着地した。

 その肢体に刻まれているのは斬痕。セイバーがたった今斬りつけた傷がくっきりと残っている。しかし中から血は零れることはなく、致命傷を負いながらもライダーは変わる事無く佇んでいた。

「どうなってんのよ……」

 凛が困惑を口にすると、ライダーの身体が蠢いた。斬り裂かれた部分を補うように黒い何かが動き、繋ぎ合わせて補修してしまう。数秒の後、完全な肉体を取り戻したライダーの姿があった。

 何かを口にすら出来ずにいた。理解を超えていた。今の目の前にいるのは一体、なんだというのか?
 サーヴァントのカタチをしたサーヴァントでは有り得ないもの。そうとしか形容出来ない存在。今自分達が、一体何と戦っているのかさえ曖昧になりかけていた。

「斬って死なないのなら吹き飛ばせばいい。隙は作ります、後は」

 言ってセイバーが再三駆けた。応じる無手のライダー。剣による攻勢を肉体を以っていなす異常。何度か斬りつけられてはいたが、どれもが傷の一つすら負わせられない。

「……ええぃっ!」

 気合を入れると共に凛は回り込むようにして駆け抜ける。手にした秘蔵の宝石を出来る限り至近距離でぶつける為に。
 今のライダーには痛覚らしきものがないと見て取ったセイバーは、あえて核となる部分を狙わずにその機動力を削ぐことに着目した。一瞬の隙を衝いてしゃがみ込むと同時に、横薙ぎの一閃を見舞う。

「下がって────っ!」

 片足を切断されたライダーがバランスを崩す。生まれた絶好機目掛けて、凛は極大の宝石を放った。

 爆発。轟音。白靄。広場を覆いつくす白煙の中、凛とセイバーは爆心地より距離をとって趨勢を見つめた。
 確実に入った。これ以上ないってくらいの距離から一撃を見舞ってやったのだ。たとえバーサーカーが相手であろうと命を奪い取れる自信がある一撃だった。

 晴れていく視界。霞の溶けた中心地に、ライダーの姿はなかった。代わりに、黒い水溜りが出来ていた。

「やった……?」

「…………」

 形を無くして無形へと戻った敵を見やり、ようやく人心地つきかけたところで──ソレは再び、蠢いてカタチを作り出した。

「どうしろってのよ、こんなの……」

 じくじくと這いずり蠢いては積み重なっていく闇のカタチ。無形であり、有形を得ながらも無である以上は無くせない。徐々に人型に近づきつつある中で、凛はそんな感嘆を漏らす他になかった。
 地に剣を衝いて呼吸を荒げるセイバー。セイバーの息が完全に上がっている。もう時間は過ぎている。これ以上の戦闘行為は、彼の消滅を促すだけだ。
 倒せない敵。殺せない敵。ならばもう、逃げる以外に選択肢など────

“着眼点は良かったのだが。単純に、威力が足りていない”

 声がした。聞き慣れた声が。そして吹き抜ける突風。後方から流れてくる風は髪を掻き上げ通り過ぎ、その先でカタチを得ようとしている闇に突き刺さり……

 凛の一撃を上回る衝撃と音を伴い炸裂した。

 耳を劈く金切音と視界を染め上げる焔の柱。立ち昇る黒煙が、放たれた攻撃の威力を物語る。
 凛は知っていた。この痛烈なる攻撃を。宝具を矢とし炸裂させるなどという、およそ英霊ならば考えもしないこんなバカな真似をするバカを、唯一人だけ知っていた。

「アーチャー!」

 後方、振り仰いだ先──黒檀の弓を構えた姿勢で硬直する赤い立ち姿。長く傍らにあり、目に焼き付けた赤い騎士が立っていた。





/2


 士郎とイリヤスフィールがエントランスホールを脱出した後、残されたバゼット達の戦いは、昏迷を極めていた。

 繰り出された剣群の数は裕に百を超え、城の壁面に穿たれた陥穽はもう数えるのすら億劫だ。かつては煌びやかに栄華を誇っていたエントランスも、こうなっては朽ち果てた廃墟とそう変わらない有様だ。

 ホールの中心に立つ黄金。手には何も担わず、オーケストラの指揮者のようにただ中空で腕を振るう。振り上げた手に応えるように、歪みから無数の剣が現れ滑空する。
 降り注ぐ刃の雨を、ランサーは手にした朱槍で弾き、いなし、サーヴァント一の瞬発力で回避する。あれだけの剣を差し向けられて、真っ向から挑みかかれるのはセイバーのクラスくらいのものだ。

 加護さえも無効化される広範囲への一斉掃射。一方的な防戦を強いられている現状に、ランサーは歯噛みせざるを得なかった。

 バゼットもまた一度はその剣の嵐の只中へとその身を投げ込んだが、いかにルーンの守護があろうとも生身の人間に捌き切れる量ではない。自らの参戦はむしろランサーの動きを阻害すると理解したバゼットは、今一度階上へと戻り戦況を眺めていた。

 バゼットが第一線を退いてから既に五分。進展は全く見られない。湯水の如く現れる敵の武具には、もう限りなどないと断じる以外に術はなかった。

 しかし……敵のそれは、その全てが宝具である。英霊一人につき宝具もまた一つ。ランサーのように一つの宝具を使い分ける者や、中には複数の宝具を持つ者もいるにはいるが、それでも多くて二つか三つ。
 百にも上る宝具を持つ英雄など、聞いたことがない。

 いや。この聖杯戦争への参加命令が下されてから読み漁った歴史書の中に、該当する英雄は一人も居なかったわけではない。
 曰く……最も古く、原初にまつわる一人の王。唯一人──この世全てを手中に収めた、強大なる王の逸話は少なからず知っていた。

「バゼット!」

 呼ぶ声に思考の間隙から引き摺り上げられる。階下にて対峙する二人のサーヴァントよりも先に、こちらへと射出された一振りの剣が視界に止まる。
 ここは戦場だ。考えるよりも速く、手足を動かしてさえいればいい。敵の正体などおおよそで構わない。知れたところで恐らく、こちらには相手の致命的な弱点を衝く手段などないのだから。

 向かい来る剣を右に半身をずらし、その腹目掛けて渾身のフックをお見舞いする。硬質な音を立てて剣は地に落ち、物言わぬ鋼へと立ち返った。

 階下の戦いも業を煮やしたのか、ランサーは一度大きく後退し、少なくとも自らが攻撃を受ける距離ではないと判じたのか、男もまた掲げた手を下ろしていた。

「詰まらんな、ランサー。逃げ回るだけが貴様の戦とやらか? まあ蛮族に騎士道を期待するのも、無理からぬ話か」

「……ちくしょうが」

 階段の半ばまで退いたランサーが悪態を零す。それもまた仕方がない。男の言は事実であるし、ランサーは近づくどころか一矢すら報いていない。何よりも気に障るのは、あの男は初めから一歩たりとも動いていないという事実だ。

「ランサー」

 つかつかと靴音を響かせて、バゼットはランサーの隣まで降りてくる。同じ位置まで降りてくれば、幾分ランサーの視線の方が高い。
 見上げた表情には、猛禽にも似た獰猛な眼光を湛える獣の顔があった。

「ランサー、熱くなるのはいいけど、なりすぎてはダメよ。こういう時こそ冷静にならないと」

 思えばバゼット・フラガ・マクレミッツの直面してきた戦いとは、いつもそうだった。あくまで冷静に、冷徹に。非情に徹して機械の如く敵を殲滅する。
 相手が容赦に値しない外道の類だったのもあるが、全ての戦闘行為において強ち間違った選択ではないと考えられる。

 劣勢ならば尚更だ。力で及ばないのなら、知略こそが武器になる。本能に身を委ねる獣が持たない──人間にだけ許された最強の兵器。それこそ、この頭脳に他ならない。

「つってもな。こんなにやりづれぇ相手はあのアサシン以来だ。しかも相性とかそういう問題じゃない。単純に、コイツの力が化物だ」

 比するのならバーサーカーのそれに近い。あちらはあくまで単純な暴力として最強の座に君臨しうるが、こちらは本人にはそう強力なステータスは見受けられない。
 脅威は奴の持つ宝具。あれをどうにかしなければ、勝機などとてもではないが見い出せそうもない。

「ならば私が活路を開きます」

 一歩を踏み出し、引き締められる黒の革手袋。新たに秘爪で刻んだ硬化のルーンが淡く発光する。

「……何をする気だ?」

「私とて、ただ泰然と貴方の戦いを見ていたのではありません。勝機がないのなら作ればいい。活路がないのなら開くだけだ」

 訝しむランサーを振り仰ぎ、

「────ランサー。私に貴方の全てを預けてくれますか?」

 優しく、慈しむように微笑んだ。

 虚を衝かれたランサーは瞬きほどの間呆然とし、その意味するところを、この二週間ばかりを共に歩んできたパートナーに告げる。

「今更だなマスター。アンタに喚び出された時点でオレはもう、全部託してる」

 この上ない信頼の言葉だった。何よりも、誰よりも憧れを抱き続けてきた英雄に、バゼットはようやく一つの憂いを吐露出来た。

 戦う事しか能のない自分。こんな自分に喚び出されたランサーが、不満を抱いていないか心配だった。開幕目前での戦闘不能、復帰したところでろくに戦えすらしなかった不甲斐無いこの私を、本当の戦を望む彼の願いに応えてやれない弱い自分を、恨まなかった日々はない。

 しかしそれももうこの時までだ。
 すべてを託すと、その背を守る信頼を得たこの私は、いつの自分よりも遥かに強い。

「んじゃ、行くか」

 くしゃりと髪を撫で上げられて、少し不満顔をする。嬉しくて、見せられない表情を隠すようにそっぽを向く。
 それも数秒。敵は未だ目前にいる。この続きは、あの敵を討ち倒してからだ。

「ええ。相手にとって不足はない。私達の本領を、今ここで示しましょう!」

 二人は階下へと跳躍する。歪めた口元を引き締める事無く、侮蔑を込めた視線を遠慮もなく向けてくる強敵と対峙する。

「別れは済んだか? せっかく待ってやったのだ、未練など残さぬようにな」

「貴方こそ。今の隙に私達を殲滅しなかった事、必ず後悔させて上げます」

「だそうだ。おい、最後だ。名乗れよ、サーヴァント。誰からも覚えられないまま消えちまうのは癪だろう?」

 ランサーの不敵な発言に、男はクッと喉を鳴らす。

「我が拝顔の栄に浴してなお、この面貌を知らぬと? フン、所詮は蛮族。敬うべき王の名すら心得ぬとは……」

 男の両腕が上がる。翼を広げた鳥のように。演奏を謳う指揮者のように。

「──ならば知れ。我こそは英雄王。
 この世全てを手中に収めた、唯一無二の王なる者と────!」

 高く響く剣戟の音を合図とし、最強に挑む戦いが加速する。













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