剣の鎖 - Chain of Memories - 第四十八話









 響く剣戟。木霊する裂帛。咲き誇るは火花。その空間に、他者の差し挟む隙間など微塵もありはしなかった。

 アルトリアは手にした剣の一振りでアーチャーの二刀に対抗する。否、ただの一振りで凌駕する。
 確かな踏み込み。柔軟なバネが生む円運動。噴射される魔力放出の加護を受けて繰り出される剣戟は、もはや炸裂弾じみた威力を帯びている。

「ぐっ……ぬぅ……っ!」

 十字に交叉された夫婦剣でアルトリアの剣を受け止めるアーチャーの表情に浮かぶのは苦悶以外の何物でもない。一撃受ける度に声を漏らし、二撃貰えば歯を噛み締め、三撃喰らって踏鞴を踏む。
 ただ致命となる四撃目……それがアルトリアにはどうしても超えられない。

 アーチャーは手にした二刀だけでなく、何処かから生み出した剣で以って致命の一撃だけを回避せしめる。
 四撃目。獲ったと思った矢先に繰り出される剣の弾丸。それを弾く為に聖剣を振り抜いた次の瞬間にはアーチャーは後退しているか、攻勢に打って出ている。

 その繰り返し。アルトリアの剣筋が正しく騎士の者であるならば、アーチャーのそれは外道だ。真っ当に打ち合うつもりなど最初からない。持てる全て……それこそアーチャーは全力でアルトリアに対抗、拮抗している。

「…………」

 アルトリアは一旦退き、剣の柄を握り直す。アーチャーもまた握りを改め、数本の剣を宙に浮かばせていた。

 そしてその光景に違和感を覚える。剣の射出。その攻撃手段を持つのなら、わざわざ剣を交える必要性などない。剣を射ち続け、敵に接近されてからようやく手にした剣を振るえばいい。
 わざわざ自らの窮地にのみ妨害としての一矢を放つくらいならば、最初からそうすればいい。あの、黄金の男のように。

 ならばそう出来ない理由がある。それでは不利になる理由があると考えるべき……。

 そんな思考を遮るようにアーチャーが駆け出す。アーチャーもまた相手に猶予を与えていられる程の余裕はない。今のアルトリアはまだ全快ではない。バーサーカーとの戦闘で負った傷はかなりの深さだ。
 イリヤスフィールを守ると誓った狂戦士の残した傷痕……それを癒させるわけにはいかない。相手の全快を待つ必要性など微塵もない。

 決着は時間との勝負。もしアルトリアに全力が戻ってしまえば、アーチャーに勝ちの芽はほとんどなくなってしまうだから。

 一進一退、切迫した両者の激突を見やる中で、士郎は静かに息を呑んでいた。

「…………っ」

 何が違う。あの男と自分は一体何が、どうしてここまで違うのか。もしあの男と同じ事をやれと言われれば、出来る自信はある。たとえ出来ずとも士郎は全力をなお超えて近づこうとするだろう。
 だが、それでも届かない。生きてきた歳月が、積んできた経験が、培ってきた鍛錬が違いすぎる。

 たとえあの姿が衛宮士郎の行き着く先だとしても、今の衛宮士郎の限界点は遥か下。幾ら本来一歩ずつ昇る階段を、三段飛ばしで駆け上がったところで、付け焼刃の戦闘能力でしかない。

 ただ単に力を得ることと、その運用ではレベルに開きがありすぎる。一の力しか持たなくとも、運用次第では十にも百にも変えられる。
 衛宮士郎とアーチャーの決定的な違い。それこそが絶対たる経験の差。積み重ねてきたものの差だ。決して覆せない、命の重さ。

 苦悶にも似た歯噛みの中、アルトリアの剣に吹き飛ばされたアーチャーが、一瞬だけ士郎の方を見た。正しく束の間の交錯であったが、士郎はアーチャーの言わんとするところを理解出来てしまった。

 衛宮士郎とアーチャーは違う。この局面であろうと、二人は己の出来る精一杯を行えばそれでいい。

 戦闘への介入はアーチャーの望むところではない。これは彼自身の戦いであり贖罪だ。あの少女を救うという想い。それは、誰にも譲れない決意であるから。ならば今この場で衛宮士郎が行うべき最優先事項。それは────

 アーチャーが再度アルトリアに向けて駆け出すのと同時。士郎もまた大地を蹴った。向かう先はもう一人、この場に存在していた少女の元へ。
 たとえアーチャーの目的がアルトリアの足止めではなくとも、彼女を抑えてくれている今なら、士郎はイリヤスフィールの手を取り駆け出すことが出来るのだから。

「イリヤっ!」

 虚ろな瞳。ぼんやりと、赤の騎士と黒の騎士との衝突を見守っていたイリヤスフィールの手を士郎が取る。呼びかけに反応さえ見せないイリヤスフィールに士郎は怪訝な面持ちを抱きながらも続けた。

「イリヤ、逃げるぞ。今ならきっと振り切れる」

 それこそが最善。あくまでアルトリアの狙いはこの少女なのだ。今逃げてさえしまえば彼女とて多少の焦りを見せるかもしれない。そしてその隙は、巡り巡って赤い騎士への助力になる。

 士郎にしてみればあの男に指図され、あまつさえ手助けになる可能性があるこの行動は甚だ不本意だったが、子供じみた我が侭を言っている場合ではない。
 イリヤスフィールを逃がす。それがせめて、彼女の為に戦った戦士への報いになると想って。

「──ダメよ」

 しかしそんな士郎の思惑は、守るべき少女より発せられた言葉により覆された。

「イリヤ、何を……」

「ダメよシロウ。貴方はこの戦いを見届けなさい。貴方にはその義務がある」

 少女の言っていることが理解できない。義務? そんなものがある筈がない。そもそもの話、士郎とアルトリアの対面は今日が初めてなのだ。

「イリヤ。そんな事を言っている場合じゃないってこと、判ってるだろう。今は逃げなきゃダメだ。でなきゃ、おまえが……」

 士郎が掴んでいた腕が、唐突に振り払われる。すっ、と向けられたイリヤスフィールの表情。人形めいた、感情のない貌だった。

「しっかりと見届けなさい、エミヤシロウ。彼女との“縁”を持つ貴方が、衛宮を継いだ貴方が見届けなければ、彼女は決して救われない」

「イリヤ……?」

 もはや別人としか思えない冷やかな声音だった。落ち着いて、冷静で、大人びている少女の声。イリヤスフィールがもし大人になれば、こんな声で話す時が来るのかも知れない。そんな声。
 いずれにしても、少女は頑として動こうとしなかった。一人で逃げる事など出来ない。仕方なく、士郎は戦場へと再度視線を投げた。

 戦局はじりじりと悪い方向へと傾いていた。時間の経過と共にアルトリアの損傷は癒されていき、逆にアーチャーは傷を負い続ける。どういう訳か、あの剣……あの聖剣に傷をつけられたアーチャーの肉体の損傷が回復していない。

 未だ遠坂凛との繋がりを持つアーチャーには充分な魔力供給が行われている。治癒とて働いているというのに、傷は全く回復の兆しを見せていなかった。

 ……やはりか。

 内心でアーチャーは舌打ちをする。エミヤシロウを生かすもの。エミヤシロウを動かすものが、傷の治癒を阻害している。剣と鞘は二つで一つ。納めるべき剣に、鞘はその効果を齎さない。

 あるいは、拒絶されているというのか……。

 益体もない考えを鼻で笑い、アーチャーは再度剣を執る。理由の如何など知った事か。この胸に誓った尊き理想に、背を向け続けるのはもう止めにしたのだ。
 ならば是非もない。このまま剣を打ち鳴らし続けたところでアルトリアには敵わない。それは生前、幾度も思い知らされた事実であった筈だ。

 であれば。エミヤシロウに出来る事など限られている。

 この戦いは敵の打倒を目的としていない。心を抓む戦いと見て取った。だからアーチャーは本来あるべき弓兵の戦闘方法ではなく、在りし日の剣戟を想い、こうして剣と剣を重ね合わせて来たが……。

「失礼だったな、セイバー。オレはどうやら、まだ間違えていたらしい」

 言ってアルトリアではなく士郎へと視線を傾けた。イリヤスフィールと共にこちらを見つめる双眸。
 もし。仮に今この場にいる全ての者が必然によって集められたとするのならば、この戦いの本質はまた違う結末を望んでいるのかもしれない。

 だが、アーチャーにとってそんな事は余計な感傷。ただ全力で、目的を果たすべく全てを曝け出せばそれでいい。もし運命などというものがあるのなら、それをこそ望んで止まないだろうから。

 ならば駆け抜けよう。ならば挑もう、その高みへ。さあ、行くぞ。ここからが本番だ。

「────体は 剣で 出来ている(I am the bone of my sword.)

「…………っ!」

 アーチャーの纏う空気がその一言で一変した。アルトリアに警鐘を告げた直感は、彼女を前方へと駆け出させた。

 再度打ち鳴らされる裂帛の剣戟。衰えを知らぬアルトリアの剣はなおも容赦なく斬殺を行おうと振り抜かれる。
 アーチャーとて、負けていない。先程までの遠慮は微塵もなく、剣は中空を飛翔し少女を目掛けて飛来する。

 ────血潮は 鉄で、心は 硝子 。(Steel is my body, and fire is my blood.)

 最中に積み上げられていく音階。澱みなく、迷いなく。アーチャーは自らを顕す詩を謳い続ける。

 ────幾たびの 戦場を 超えて 不敗 。(Ihave created over a thousand blades.)

 響き合う剣と剣の狭間で紡がれる詩。駆け抜けた日々を、胸に抱き続けた想いを奏でる悲しい詩。

 ────ただの一度も敗走はなく(Unknown to Death.)ただの一度も理解されない。(Nor known to Life.)

「おおおおおおおおお……!」

 剣の雨を突破し、アーチャーへと肉薄するアルトリア。突如として目前に現れた七枚羽の盾さえも、彼女は砕いて邁進する。
 その詩を止めろ。おまえの声が、ひどく私を掻き乱す……!

 ────彼の者は常に独り、剣の丘で勝利に酔う。(Have withstood pain to create many weapon.)

 手にした剣と剣とが鬩ぎ合う。折れない剣を互いの手に、譲れない想いをぶつけ合って。

 ────故に、生涯に 意味は なく 。(Yet thosehand will never hold anything.)

 慟哭の丘で叫び上げたあの日。時代も場所も何もかもが違う世界の中心で二人は空を見上げた。
 数多の敵を斬り裂いた剣を大地に突き立て、多くを救った手を血で染め上げて、泣きそうな空を見上げて想った筈だ。
 声を嗄らし、涙を流し、抱いたものさえかなぐり捨てて。

 ……己の身一つでは成し遂げられない奇跡をこの手に。その為ならば、我が身など差し出しても構わないと。

 ただ己を一振りの剣に変えて。皆が望む救世主であり続けた悠久の日々。
 ならばその詩は、エミヤシロウを顕す詩であると同時に、アルトリアの想いさえも汲んだ詩であった。

 だから、だからこそアルトリアは許せない。何故この男がその詩を謳うのかと。何故おまえが、私の想いを空に響かせるのかと。
 それは王である前の一人の少女の追想だ。あの剣を執った日。誰に理解されずとも構わない、受け入れられずとも構わないと、剣を引き抜いた瞬間の想い……

“──多くの人が笑っていました。
   それはきっと、間違いではないと思います。”

「ああああああああああああああ……!」

 郷愁を振り払う激情の剣。怒りに身を任せた剣戟の向こうで、最後の一節が高らかに謳い上げられた。

その体は、きっと剣で出来ていた(So as I prey, unlimited blade works.)────」

 周囲を包む炎の円陣。外なる世界と内なる世界とを隔て、侵食する炎が走る。紡がれた詩が昇華され、或る一つの魔術を為す。
 エミヤシロウに許された、唯一つの魔術。強化も投影も、全てはこの世界より零れ落ちた残滓に過ぎない。

 元よりエミヤシロウに出来る事はこの一つだけ。そしてこの世界こそが、彼の騎士が最期に辿り着いた場所であり、見つけ果てた解でもある。

 赤い荒野。乱立する無限の剣。炎を思わせる空には、巨大な歯車が噛み合い廻り続けている。
 生涯を剣と共に生き、剣を想い続けた或る男の心象風景。おそらく全てがこの場所にはあり、そして何もない世界。

 ああ……と士郎は感嘆の息を漏らした。全てを理解した果てに。

「これがおまえの答えなのか、アーチャー」

「……ああ。そして、衛宮士郎が至る場所だ」

 なんて悲しい場所。

 生物の息遣いなんてまるでなく、剣だけが生まれ朽ちていく世界。寒々しい場所である筈なのに、妙な熱気に満ちている……さながら錬鉄場を思わせる場所だった。

 生涯を無銘のままに貫いた男が手にした一つの剣(セカイ)。己自身を顕す本物を、何一つとして持たなかった錬鉄の英霊が手に出来たカタチあるもの。

 故に。

“無限の剣製”(アンリミテッド・ブレイドワークス)──これが、君に示す答えだ、セイバー」






迫る終焉の時/waltz VIII




/1


「答え……だと?」

 煤けた風の吹き荒ぶ中で、アルトリアが呟いた。

 変わらない。こんな光景を見せられたくらいで一体何が変わるという。アルトリアの信念を砕くにしては、随分とお粗末な世界だ。

「判らないか、セイバー。君が走り続けた先、辿り着こうとしている場所もまた、この風景と変わらない。
 全てを金繰り捨てて向かう先、永劫の奴隷の末路など、どれもさして変わらない」

 アーチャーの謳うものは、アルトリアの見果てぬ夢の先、全てを成し遂げた後の事だ。守護者としての契約を世界に持ちかけた以上、成就された暁には、世界にその意思を取り込まれ、ただの傀儡として動かされる。

 その果てで見たものこそ、地獄。

 永遠に続く人の死。死。死。見せ付けられる欲望の権化。人とはこんなにも醜いものなのかと、思わずにはいられなくなる。
 そしてその先は、否定。狂ったように刷り込まれる人の悪辣さに絶望し、生前に抱いたものを磨耗して、記憶さえも置き去りにして、ただただ自己の否定に奔走する。

 一時の夢を抱いた後に訪れる絶望に、理想に生きた人間は耐え切れない。

 それらを差し置いても、彼女の歩く道は茨の道だ。自身を犠牲にし、祖国を想う余りにこんな世界の果てにまで現れたその姿……これより目に焼き付ける絶望を偲べば、アーチャーの行動は当然の帰結だった。

 だが。それでも。

「くどい。なんと言われようとも私は歩みを止めるつもりなどない。貴様を倒し、聖杯を手にし、祖国を救う。
 その後の事など知った事ではない。我が死後は既に、世界に預けられている」

「……だろうな」

 伏し目がちに呟いたアーチャーの言葉は風に攫われていく。言葉ではやはり、彼女の信念は崩せない。
 彼女を止める方法はもはや一つ。その剣を折る以外に有り得ない……

「────ならば、決着をつけよう。セイバー」

 赤い荒野の中心に立つアーチャーの足元に引き寄せられる剣。その剣を見て、士郎が、アルトリアが絶句した。

 澄み渡る青の柄に黄金の刀身。華美な装飾などなくとも、見る者の目を惹き付けてやまない気高き剣。眩い光を放つ彼の剣は、その方向性こそ違えど彼女……アルトリアの手にする聖剣と同一のものだった。

「バカな……」

「ああ。バカな話さ。残念だが、オレの全てを注ぎ込んでも、この聖剣は担えない。どんなに似せようとも、決して本物の輝きには届かない。
 だがしかし、この命を燃やし尽くす分くらいには、あの煌きに迫ってみせる」

 遠い日に見た赫耀に、心奪われた一人の少年。暗黒に包まれた夜空を祓い照らした一騎の勇姿。
 彼の騎士が手にした剣こそは、栄光と常勝を約束された、遍く全ての騎士達の王が担うに相応しい、戦場に散ってゆく兵達の夢を織り上げた剣。
 人の夢、星の輝きを一手に集めた、この世で比するもののない最強の聖剣だ。

 そしてその剣を夢見た少年が手にするは、長き時を渡りて作り上げた紛い物。しかし、臆す必要など何処にもない。偽物が本物に敵わないなんて道理はない。

 ただ手にした剣に導かれるままに。
 あの日見た光を想い、この命をこそ輝きに変えて、今──本物へと挑む。

「…………」

 もはやアルトリアにとっても是非もない。相手が聖剣を手にした以上、こちらも最強の一手で以って応えなければならない。
 これで今日、三発目。無限に等しい魔力供給を受けていようとも、流石に堪える使用頻度だ。だが、手を抜いて挑みかかれるような相手では、ない……!

「宜しい。ならば受けて立とう、アーチャー。この一撃で決着を。私の想いを剣に乗せ、貴方の剣を超えていく……!」

 渦巻く風が暴虐の限りを尽くす。乱立する剣は軋みの声を上げ、彼女を中心に暗黒に染められた光が膨張していく。
 応えるアーチャーもまた両の手に聖なる剣を握り締め、その輝きを増大させる。対照的な白き光。全ての迷いを晴らす、黄金の輝きがそこにあった。

「…………」

 乱れ立つ剣の丘。赤い荒野。炎の空。廻る歯車。中心に黒と白の光が立ち昇り、清廉なる風が頬を撫でる。
 その最中、目を惹き付けて止まない二人の激突を目前に、士郎は確かに声を聞いた。

「衛宮士郎。最後に一つだけ、貴様に問う」

 アルトリアにもイリヤスフィールにも聴こえない声。二人にしか届かない声音でその声を確かに聞いたのだ。

「この光景を見てもおまえは自分を信じられるのか。この剣の丘に立ってなお、おまえは胸に抱いたものを誇り続けられるのか」

 それは、哀切に似た問いだった。
 アーチャーには答えて欲しい解がある。磨耗した心に取り戻したあの日の誓い。けれど今なお信じきれない呪いを前に、士郎にあえて問うたのだ。

 衛宮士郎の答えを聞かせて欲しいと。

 この光景。これまでの道程。アーチャーの辿った道と、士郎が辿る事になる道。その全てを知っている。
 柳洞寺での夜、剣戟の向こうに見た地獄。救っても掬っても零れ落ちていく人の命。救った者に裏切られ、助けた者に罵倒され、それでも信念を貫いて。

 こんな寂しい世界に一人立って、それでも走り続ける事を止めなかった大馬鹿野郎。そして今なお、必死に走り続けている目の前の男を見て、その背を見て、士郎の思い描く答えなんて決まってる。

「────ああ。俺が信じたものは、決して、間違いなんかじゃない」

 だから、走り続けられると。辿る道が判っていても、行き着く先が見えていても、胸を張って走り続けることが出来ると。おまえが走ってきた道は、誇っていいものなんだと、最後に、自分の背中を押して。

「……ああ、そうか」

 それが衛宮士郎の答え。エミヤシロウの、求め欲した答えだった。

 安堵にも似た息をつくその横顔に、士郎はあの縁側で最後に見た微笑みを垣間見た。けれどそれも一瞬。決意を取り戻したアーチャーが吼え上げる。

「ならばッ! オレの全てを持っていけッ!」

 暴風にはためく赤い外套。手にした聖剣がなお煌き彩られる中で、アーチャーは謳い上げる。

 ────追いついて見せろ。

 この背中に。今のおまえでは決して届かないこの場所へ、踏み込んできて見せろと、死の先を行く男が背中で語る。
 今はまだ遠い背中。手を伸ばしても届かないその背中へ、いつか、いつか必ず辿り着いてみせると……士郎は伸ばした掌を固く握り締めた。

「ウオォォォォォォォォ……!」

「ハアァァァァァァァァ……!」

 臨界点を突破し、振り上げられた二振りの聖剣。在りし日の黄金の剣と、染まってなお揺るがぬ信念を貫く漆黒の剣とが、全くの同時にその真名を解放し、世界を、視界を白く染め上げた。





/2


 白靄に包まれた視界が徐々に晴れ渡っていく。霞む目を擦り見た光景は、赤い剣の丘ではなく灰色の森だった。

 世界を隔絶させていた結界が解け、視界には在るべき風景を取り戻している。この場所にはもう、あの赤く哀しい世界は描かれない。一時の夢であったかのように、全てが消え失せていた。

 ……いや、その中心。荒野と成り果てた森の中心に、手にした剣を突き立て縋りつくように膝を折った騎士の姿がある。

 黒い剣。黒い装束。魔力が不足し維持できなくなかったのか、甲冑を身に着けていない少女はそれでも確かに、荒い呼吸をついていた。

「ハ……ハァ、くっ、ハァ……っぁ……!」

 ゆらりと立つ騎士。あれほどの衝突を経てなお、彼女の心は折れていない。ただ前に。ただ目指した場所へ。その一心があの少女を衝き動かしている……

「────ぁ」

 そんな中、士郎の隣にいたイリヤスフィールが小さな声を漏らし倒れ伏した。糸の切れた人形のように突然に、その身を冷たい大地に預けていた。

 士郎はイリヤスフィールに駆け寄ることをしなかった。超然と立ち尽くし、ふらふらとこちらに向かって歩いてくる騎士を睨みつけている。

「おい、おまえ」

 士郎の声にも騎士は反応を見せない。出来ないのかしないのかは判らなかったが、応えはなかった。
 無言のまま士郎の脇を通り過ぎ、たった今倒れたイリヤスフィールを、優しくその腕の中に抱いた。

「おまえは何も感じなかったのか。アイツの戦いに。アイツの世界に。アイツの剣に。アイツの想いに。アイツが一体誰の為に剣を手に執ったのか、アンタには、そんな事も判らないのか?」

 騎士は応えない。イリヤスフィールを一度抱え直し、もうこの場所に用はないとばかりに立ち去ろうとする。

「────なら俺が、おまえを救ってやる」

 その言葉に初めて、騎士が歩みを止めた。背を向けたままで。

「俺がおまえを否定してやる。俺がおまえを縛ってるものを断ち切ってやる。アイツがどうとか、そんなのは関係ない。衛宮士郎として、俺がおまえを救ってやる……!」

 士郎の張った宣言に、騎士は小さく笑いを零した。

「……衛宮。そうか、貴方はあの男の……。ならば……ああ、好きにすればいい」

 肩越しに視線が絡み合う。

「私は私の信じた道を征く。止めたければ止めてみろ。
 立ちはだかるというのなら、相応の覚悟を持って挑みかかってくるがいい。私の道を邪魔する者は、全てこの剣で斬り捨てるだけだ」

 その言葉こそが少女の覚悟。何を捨ててでも聖杯を手にするという、強靭な想い。あの男でさえ止め切れなかった信念だ。

 だけど、だからこそ衛宮士郎は奮い立つ。胸に誓った理想を違えはしない。たとえ全てを救えないとしても、せめて目に映る世界だけでも救いたいという祈りは、決して間違いなどではないのだから。

「待ってろ。すぐに、追い駆けてやる」

「ああ、楽しみにしている」

 最後の言葉を交わし、騎士は森の中へと姿を消した。





/3


 たった一人、深い森の中に取り残された士郎が長く息を吐く。

 あの瞬間、騎士に向かって斬りかかるのは簡単だった。サーヴァント相手の二連戦の後ならば、それこそ士郎にも勝ちの芽の幾らかはあったかもしれない。むしろ相手に時間与えれば不利な状況に追い込まれていくのは士郎の方だ。

 しかし、あの選択は間違いではない。士郎の目的は彼女を救うこと。打倒ではない。ただ倒すのではなく、その心を抓む戦いこそが必要になる。
 消えていった赤い騎士と同じ方法であっても異なる手段で、あの剣を超えなければならない……

 時間が必要だった。ただイリヤスフィールのことだけが気掛かりだが、同じこと。必ず助け出す。必ず救い出す。困難な道であろうとも、衛宮士郎にはもう、引き返す道は残されていない。

 啖呵は切った。
 これでもう戻れない。後はもう進むだけだ。あの騎士の待つ場所へ。聖杯を頂くその場所へ……

「衛宮士郎……いえ、士郎くん」

 その時、彼方から声がした。雑踏の向こう、居並ぶ木々の隙間を縫い現れたのはランサーのマスター、バゼット・フラガ・マクレミッツだった。

「バゼットさん」

「呼び捨てて貰って構いません。ああ、いや。今聞きたい事はそうじゃない。貴方がここにいて、イリヤスフィールがいないという事は……」

「ええ。おそらく、察している通りだと思います」

「詳しく話して貰えませんか。こちらの事情も話しますので。情報を共有したい」

 士郎もバゼットの顔を見やり頷いた。少し焦燥した表情、泣き腫らしたような目元。ただ事ではない状況になっているのは、どちらも同じようだった。

 二人は時間を割いて互いの場に起こった事情を話し合う。士郎からはバーサーカーとアーチャーの消滅。イリヤスフィールを連れて行かれた事。アルトリアの存在。バゼットからはランサーの消滅と英雄王の実力について。

「……そう。騎士王がイリヤスフィールを連れ去ったのは彼女がアインツベルンの聖杯を担う身だからでしょう。あの男……英雄王にしても同じ目的であったようだ」

 士郎にしてみれば、その話自体が初耳だったが、さして驚きもない。頑なにイリヤスフィールの身柄を確保したがったアルトリアを思えば、それも当然の帰結か。

「出来ればもっと詳しく話が聞きたいところですが……ここではあまりにあれですね」

 一帯が荒野と成れ果てた場所で語るにしては話の内容は存外多い。出来れば腰を落ち着けて話を続けたかったのだが……。

「なら一度街に戻りませんか。俺の家なら、多少のもてなしくらいは出来ますから」

 バゼットにしてみても願ってもない申し出だった。バゼット達が隠れ家としたあの屋敷にはろくな食料さえももう残されていない。

「ただその前に、一つだけ聞かせて欲しい」

 バゼットの言葉に士郎は何でしょうか、と返す。

「貴方のサーヴァントは、今何処に……?」

 その問いには士郎も苦笑するしかなかった。

「さあ、判りません。バゼットさんとも会ったあの柳洞寺以来、アイツとは顔も合わせていませんから。今頃どこで何をしているのかなんて……」

 それでも士郎の腕には未だ二画分の令呪が刻まれている。それは、今も何処かでセイバーが現界している証だった。

 バゼットは驚きを隠せない。どんな理由にせよ、こうして最後まで勝ち残ったマスターがサーヴァントと別行動をしているなど……。いや、イレギュラーの多い第五次聖杯戦争において、ならばこれでさえ正常なのかもしれない。

「やはり、私の読みは当たっていたようだ。貴方は此度の戦いの台風の目だった」

 周りを鮮烈な争いに囲まれながら、なおこうして静かに中心足りえたのは、偏に幸運の賜物なのか実力なのか……。その辺りはまだ判然としなかったが、事実として勝ち残っている以上は是非もない事だ。

 そして、今の彼の表情。あの英雄王に決死で立ち向かった時よりもなお強い決意を秘めた瞳。何かを覚悟した、戦士の顔つきだった。

「じゃあ、俺からも一ついいですか」

 どうぞ、とバゼットに促されて士郎は続けた。

「こんな言い方は失礼かもしれない。けど、貴女は魔術協会の魔術師なんでしょう? ならサーヴァントを失った今、戦い続ける必要があるんですか?」

 士郎が協会に対してどんな認識を持っているかは定かではなかったが、それは当然の問いだろう。
 魔術協会から依頼という形で請け負ったバゼットは、聖杯を手に入れても私物には出来ない。報酬として幾らかの金銭は得られるだろうが、聖杯は回収物として協会に提出しなければならない身だ。

 言い換えるのなら、バゼットにしてみればこの戦いも一つの任務でしかない。任務が遂行不能となった時点で、目標の確保を諦めるべきなのだ。無理をしてまで拘り続ける必要など微塵もない。

 速やかに帰還し、始末書の提出をして終わり。次の任務へと赴くだけの事だ。ただのルーチンワーク。

 聖杯戦争を勝ち抜く最低条件であるサーヴァントを失い、マスターですらなくなった彼女が今なお戦い続けようという理由。それは──

「一つ勘違いを正しておきますと、私の聖杯戦争はもう終わった。だからこれからの戦いは聖杯を巡るものではなく、私的な事情です」

 ランサーは言ってくれた。走れと。世界は続いていると。未だ見ぬ新しい世界に向けて走り出すことを決意したバゼットが、この地に残したただ一つの心残り。それを払拭して、初めて歩き出す事が出来ると、バゼットは思う。

 だから、挑まなければならない。あの男に。復讐心ではなく、光ある明日を掴む為に。

「私の標的は言峰綺礼──彼唯一人です」





/4


 アインツベルンの森での死闘から約半日。

 陽も暮れ、やがて深い闇だけで覆われる柳洞寺に一人、場違いの男がいた。

 幾人もの僧が暮らすというこの寺において、胸にロザリオを下げ、神父服を纏うという異質な姿で言峰綺礼は来るべき時の為の準備に勤しんでいた。

 人払いは既に済ませてある。住職も修行僧も他の者達も全て、山を降りて別の場所に移動している。すなわち、今この広大な寺にいる人間は彼一人だけだった。

「さて、そろそろか」

 重く呟いて、彼は境内の入り口、山門へと視線を投げた。夜の闇を晴らす神々しい煌きが階下より昇り来る。黄金の甲冑を身に纏った英雄王。ただその鎧には、穿たれた痕が見受けられた。

「随分と遅かったな。それにその様子では手酷くやられたようだな? 一体誰がおまえにそこまでの傷を負わせた?」

 未だ興奮冷めやらぬという様子の英雄王目掛けて臆すこと投げられた問い。鋭利な視線にも、全く動じた様子はない。

「セイバーは何処だ」

 綺礼の質問に答えず王は逆に問い返す。綺礼は少し肩を竦めてから答えを返した。

「下だ。イリヤスフィールに連れられて、大聖杯の元へと降りた」

「もう一人の聖杯は?」

「あちらはまだ隠れ家(むこう)においてある。紛い物だけに、使い物にならない可能性が出てきたからな」

「どういう事だ……?」

 王は訝しんで綺礼を見る。

「砕いたと思った心だが、如何せんアレの殻は頑強だったようだ。罅が入っただけでまだその中身までは窺えなかった。
 それでは使えないのだが……心配はいらん。既に手を打ってある。そろそろアレにかけた魔術も切れる頃合だ。私の魔術はそれほど性能が良くはないからな、重ねがけた分を差し引いても頃合だろう」

 彼女の心を壊すのは綺礼ではない。彼女の想い人か、でなければ彼女自身だろう。綺礼はその背を軽く押すだけだ。足元の見えない闇の中へ、奈落へと一歩を踏み出させる勇気をくれてやるだけ。

 綺礼の話を聞いていたのかいないのか、王は身に纏っていた黄金の甲冑を解除する。元の黒いライダースーツに着替えを終え、再度綺礼を見やった。

「フン、ならばいい。で、貴様はどちらを使うつもりなのだ? 白き本物の杯か、黒き偽物の杯か」

 そう。この段まで来て不備があるとすれば、その決定を下せていない事だった。この地に英霊の魂の受け皿となる器は二つある。
 アインツベルンの用意した黄金の杯であるイリヤスフィール。間桐臓硯が生み出した青銅の杯である間桐桜。

 一つの器に注がれるべき英霊の魂の数は七。前回より現界を果たすサーヴァントを含めれば冬木には九騎のサーヴァントが存在し、完全なる“道”を通すのであればきっちり七つ分の魂が必要だ。

 けれど手元に両方の聖杯を置いた彼らにとって、その選択はさしたる問題ではなかった。

「通常であればイリヤスフィールを使うべきだろうな。間桐桜を手に入れたのはあくまで保険だ。黄金の杯を手中にした今、無用の長物でもある。
 ただし、間桐桜にも英霊の魂が注がれている点だけが気掛かりだが……」

 失態があったとすれば、最初に聖杯として成そうとした間桐桜よりも早く、この一日の間に消滅したサーヴァントの全てをイリヤスフィールに掠め取られた事であろう。
 でなければ間桐桜を聖杯と成し、イリヤスフィールは予備としておけば良かった。間桐桜の不完全な覚醒も要因だったが、事を急いた彼らにも非はある。

「さしたる問題ではないな。片方を殺せばもう片方に魂は流れよう。聖杯の起動による孔が開かなければ、英霊の魂もまた在るべき場所へと還ること叶わぬのだからな」

 だがそれでは、完全に開く恐れがある。英雄王はそれを求めていない。彼が求めるのは玩具たる悪意。そこに他者の意思の介入は不要なのだ。

「ならばいっそのこと、二つ同時に捧げてみるというのはどうだ? 開くか開かぬか。完全足りえるのか不完全で終わるのか。興味はある」

 英雄王が昏い笑みを浮かべる。誰もが成し得なかった事。未知はそれだけで価値ある財宝だ。望んだ結果にならないのであれば、片方を殺せばいい。不備はない。何も。

「……ふむ」

 綺礼は呟いて、少しばかりの距離を歩いた。

 彼の求めるもの。それは十年前に垣間見た悪意の誕生に他ならない。どんなカタチであろうと、生まれる前、最初から悪であれと願われて生まれる者の齎す結末。その意味にこそ興味があった。
 自らが持って生まれた歪みの正体。方程式の解ではなく、その過程にこそ真実があると信じて。

 ただ、ここに来て亀裂が生じた。言峰綺礼が祝福するもの。英雄王が求めるもの。両者は同じものであると思っていたが、どうやら違うらしい。

 かつて英雄王自身が口にした言葉を思い出す。彼らの関係は利害の一致が招いた結果。十年前の契約を経て、今なお二人を繋いでいる二画の令呪。
 利害の一致。確かにその通りだ。この戦いを見越しての協力関係。だがここに来て二人の間に生まれた溝。望むものが、決定的に別たれた。

「残念だな、ギルガメッシュ」

「……なに?」

 英雄王が振り仰いだ時には既に、その刻印が発動していた。

「命じよう。────自害しろ、ギルガメッシュ」

 赤い律動が奔る。言峰綺礼の言葉を媒介とし、英雄王の身に襲い掛かる。
 令呪の強制。絶対的な命令。決して逆らう事の許されない言霊は、この男が相手であろうと例外ではない。

「綺礼……キサマァ!」

 英雄王は言葉とは裏腹に、自らの意思とは異なって剣の群れを召喚した。赤い歪が彼を囲むように展開され、月の光を浴びる銀色の刃が顔を覗かせる。

「ほう? 逆らえるか」

 静やかでありながら、重い綺礼の呟き。距離を取ったまま見つめる神父を射殺さんばかりに凝視する英雄王。強大な自我で、誰かに使われる事を何より嫌うこの男が、令呪にさえも反逆の意思を抱いていた。

「ぐっ……許さん……誰も縛れぬ……誰にも我に指図などさせぬ……ッ!」

 紅蓮の双眸をなお怒りの炎で燃え上がらせて、王は出でた剣群を綺礼に差し向ける。有り得ない。令呪に逆らうだけでなく、そのまま契約者に剣を向けられるなど……

 けれど綺礼は冷静だった。冷やかに、もがく英雄王を見やり、

「──聞こえなかったか? 私はおまえに死ねと言ったのだ」

 その言葉が、トリガーだった。英雄王を縛る最後の令呪を発動させた瞬間、王の意思など無視して無数の剣が放たれた。
 四方より襲い来る剣に為す術もなく貫かれる英雄の王。王の配下たる剣群が、主たる王の血で自らの刀身を染め上げた。

 奇しくもそれは十年前、綺礼の師であった男が成そうとした結果だ。決定的な違いがあるとすれば、綺礼に勝利は必要ない。ただ生まれ来る者を祝福するのみ。

 あの聖杯を求め続ける少女と綺礼の思惑は一致する。泥に呑まれながら、己を染めたものがなんであったかを忘却しているあの騎士は実に都合が良い存在だ。少なくとも、聖杯が結実するその瞬間までは。

 少女が手元にあれば、サーヴァントがここまで減った今、反逆の芽は先に抓んでおくに越したことはなかった。

「────」

 絶命の叫びもなく倒れ伏した英雄王の周りに現れる影。ずぶずぶと、沈み込むようにその身を喰らっていく。

 大した感慨も沸いてこない。さながら、師を手にかけた時の気分に似ているか。あるいはこれより訪れる幸福が余りに巨大すぎて、こんな程度では心が揺るがないのか。益体もない思考だな、と頭を切り替える。

「余程腹を空かせていたようだな。さて……」

 これで準備はほぼ整った。英雄王を取り込み、黒の杯と白の杯は拮抗する。数えで六つの魂が納まった。後一つだ。後一つであの悪が産声を上げる。

「さあ来い、衛宮士郎。おまえのサーヴァントを取り込み聖杯は成就する」

 思えば、奇妙な偶然もあるものだ。前回、言峰綺礼の元にはアーチャー(ギルガメッシュ)があり、衛宮切嗣の元にはセイバー(アルトリア)があった。
 今回はその逆だ。言峰綺礼の元にアルトリアがあり、衛宮士郎の元にギルガメッシュがある。互いに同じく、姿形が異なるのもまた面白い。

 綺礼は境内の中心に立ち空を見上げた。刃物のように鋭い三日月が輝く夜空。暗雲立ち込める夜空を斬り裂く、剣のような月が見下ろす場所で綺礼は佇む。

 胸に下げたロザリオを握り締め、念願が来る瞬間を思い謳い上げる。

「──さあ、始めようか。最後の仕上げを行うには、随分と良い夜だ」

 夜を割って、言峰綺礼は柳洞寺を降りた。













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