剣の鎖 - Chain of Memories - 第六話









 ────それは見た事もない景色だった。

 頭上には炎を思わせる赤い空。
 足元には赤茶けた大地。
 その世界には、無数のつるぎが突き刺さっている。

 世界は限りなく無機質で、生きているモノの息吹を感じない。
 灰を含んだ風が鋼の森を駆け抜ける。
 剣は樹木のように乱立し、その数は異様だった。

 十や二十ではきかない。
 百や二百には届かない。
 だが実数がどうであれ、人に数え切れぬのであらば、それは無限と呼ばれるだろう。

 大地に突き立つ幾つもの剣は、使い手が不在のままに錆びていく。
 振るわれる事のない鋼の群。
 ただその存在を示すように聳える、夥しい数の剣の跡。

 ───それを。
    まるで墓標のようだと、思った。






一夜明けて/One day I




/1


「…………………ん……む」

 いつもより五割増の陽光の眩しさに目を覚ます。

 なんだ、今の景色は。見た事もない世界。
 夢……だろうか。だがそれにしてはリアルな感触があった。

「あれ………だる……………」

 起こそうとした身体は重力に引かれ再度布団へと落ちた。
 全身に風邪をひいたような気だるさがある。
 しかし額に手を当ててみても、さして熱があるような気配はない。

 顔だけを動かし、窓の外を眺める。
 陽が高いようだ。
 まだ眠気が漂う瞼を擦り、時計を見る。

「……………十一時」

 よっぽど疲れていたんだろう。そうでなきゃこんな時間まで寝ているなんて信じられない。そうか、この気だるさもそのせいか。
 昨日の事を思い返そうとしても、居間を出た辺りからの記憶が曖昧だ。それでもちゃんと布団を敷いて寝てるあたり、慣れってのは恐ろしいものだと思う。

「とりあえず、起きよう」

 日曜だからってこれ以上寝てるわけにはいかないし。
 ひどい倦怠感に包まれている身体に鞭打って身を起こす。

 部屋を出て、洗面所へ。
 冬場の冷たい水で顔を洗うと、それで眠気と倦怠感は大分吹き飛んでくれた。
 さっぱりしたところで居間へと向かう。

「ん……そっか。藤ねえも桜も部活か」

 居間には誰もおらず、静かなものだった。
 日曜ということで弓道部は朝早くから練習なのだろう。部員である桜は言うに及ばず、顧問である藤ねえも今日は我が家に襲撃をかけなかったらしい。

「……たまには一人もいいか」

 微妙な時間ではあるが身体は栄養を欲しているようで、腹が減っている。
 まあ、一人ならそう凝ったものを作る必要もない。
 昼までの繋ぎに軽いものでも作って腹を少しでも満たすかと思い立った矢先。

「──────ん?」

 テーブルの上。
 そこに一枚の紙切れが置かれている事に気がついた。

「なんだこれ?」

 ぺらりと手に取ってみると何やらメモ書きが。

『マスターへ

 少し出掛けてきます。
 ぐっすり眠っていましたが、起きてもなるべく家の中にいて下さい。
 昼間は危険は少ないと思いますが、念の為です。
 それほど遅くなるつもりはありませんので、心配は無用です。

 P.S.
 お兄さんの部屋のタンスから服をお借りしました。
 事後承諾になりますが、勝手に持ち出してごめんなさいです。

                           セイバー』

 えらく丁寧な文体でそう綴られていた。

「……………………………」

 誰が書いたのかは言うまでもない。
 昨夜、アーチャーに襲われた俺を救ってくれた少年。意図せず戦いに巻き込まれた俺に、自分の置かれた状況の説明をしてくれた少年。

 そして────俺に今後の身の振り方を考えるよう促した金髪の少年。

「……そうか」

 俺は決めなくてはいけない。どうするのか。

 聖杯という奇跡を求め、セイバーと共に戦いに身を置くか。
 セイバーとの契約を断ち、今まで通りの生活に身を浸すか。

 前者を選べば魔術師同士の凄惨な殺し合いに参加することになる。
 後者を選んだ場合でも安息を約束されている訳ではないとセイバーは言った。

 聖杯なんて欲しくない。奇跡なんて身に余るモノを求めてなんかいない。
 戦う理由。
 もし俺に戦う理由があるとすれば、それは────………

 ────と。
 タイミング悪く電話のベルが鳴り響いた。

「……日曜日、この時間にうちにかかってくる電話……」

 心当たりはありすぎるが、居留守を決め込むとどんな逆襲が待っているか恐ろしい。

「───はい、もしもし衛宮ですけど」

『はーい、もしもし藤村でーす!』

「……………………………………」

 目眩がした。
 これは、ある意味最強だ。
 昨夜からジェットコースターのように繰り広げられた出来事が、この人の一声でぐるんと日常にひっくり返るんだから。

「……なんだよ。断っておくけど、俺は暇じゃないぞ藤ねえ」

 そうそう。
 俺には考えなければならないこと、決めなければならないことがある。
 ………藤ねえにそんな事言うワケにもいかないし、たとえ言っても信じちゃ貰えないと思うけど。

『なによ、わたしだって暇じゃないわよ。今日も今日とて、お休み返上して教え子の面倒みてるんだから』

 不思議だ。
 えっへん、と受話器の向こうで胸を張る姿が、まるで目の前で起きているかのようなこの錯覚。

「そうか。なら世間話をしてる場合じゃないな。こっちには火事も泥棒もサーカスも来てないから、安心して部活動に励んでくれ」

 じゃ、と手短に会話を切る。

『ちょ、ちょっと待ったー! 恥を凌いでお姉ちゃんが電話してるっていうのに、用件も聞かずに切ったらタイヘンなんだからー!』

「…………言いたいコトは幾つかあるけど、まあ良し。
 んで、用件はなに」

『士郎、わたしお弁当が食べたいなー。士郎の作った甘々卵焼きとかどうなのよう。トンカツなんかもあるとお姉ちゃんうれしいなー』

「……………………」

『以上、注文おわり。至急弓道部まで届けられたし。カチリ』

 ………ほんと。なんなんだろう、あの先生は。

「……ったく。しょうがないな、猛獣ってハラ減ると暴れるって言うし……」

 一方的な要求だが、ここで持っていかなければ被害に遭うの間違いなく弓道部の面々だろう。そして更に言えば明日学校に行って美綴にでもばったり会おうものなら「衛宮、藤村先生の保護者なんだからちゃんと手綱を握ってなよ」とか文句を言われるのがオチだ。

 うむ。教師で年上のくせにそんな認識を植えつけるあたり、あの虎の奔放さは他の追随を許さぬ日本ナンバーワンだ。

 ふと、テーブルの上の書き置きに目を落とす。
 セイバーからの警告。
 しかし幾ら魔術師だろうと───いや、魔術師だからこそ神秘を秘匿とする筈。なら日中のしかも学校なんて場で争いを起こそうとする輩はいないだろう。

「それに、アイツ自身が言ってたことだ」

『いま自分がどんな状況にあって、どうするべきなのか。戦うのか、戦わないのか。良く考えてから、結論を出してください』

 俺はいま俺の置かれている立場を知る必要がある。なら外に出ることは須らくマイナスというワケではない。
 最近多発しているガス漏れ事故。深山で起きた惨殺事件。そんな物騒なコトが立て続けに起きているという事実。これが全て無関係とはとても思えない。

 もしこれが聖杯戦争の参加者によって引き起こされたモノだとしたら。
 俺は。

「────よし。気合入れて作るとするか!」

 腹は決まった。なら後は行動に移すだけだ。





/2


「……むう。作りすぎたか?」

 紙袋の中に入れたずっしりと重い、重箱のような弁当を片手に下げて学校へと向かう。
 俺も朝食を食べてなかったから、ついでに学校で食えばいいやと作ったのは良かったんだが、気がつけば三人前以上はあるという謎分量となってしまった。

「……桜なら食べてくれるだろうし、藤ねえの腹ならこれくらいどうってことないよな」

 そう自分に言い聞かせて坂道を上る。
 時刻は一時を過ぎたあたり。
 通学路には生徒の姿は見当たらない。
 日曜日、部活動にいそしむ連中もまだ昼食後の休憩、というコトだろう。

 思案の間も足は勝手に前へと進み、校門も通り過ぎ、校舎ではなく雑木林の方へと向かう。そして弓道場を目前としたところで、

「あれ、衛宮だ。なに、もしかして食事番?」

 気心の知れた知人、というのはこういう時に便利ではある。
 弓道部主将・美綴綾子は俺の顔を見ただけで、その用件まで看破したらしい。

「お疲れ。お察しの通り飯を届けに来た。藤ねえは中に居るのか?」

「いるいる。いやあ、助かった。藤村先生ったら空腹でテンション高くて困ってたのよ。学食も休みだしさ、仕方ないんで買いだしに行こうかって考えあぐねてたところ」

 いや、もうホントすいません。不出来な姉で。

「悪いな、そこまで深刻だったか。で、買いだしって、まさか下のトヨエツに一人でか?」

「そこ以外に何処があるって言うのよ。ただでさえ備品で金食ってるんだから、非常食に金はさけないでしょ」

 さすが美綴、無駄遣いを嫌う女。
 だがその通りだ。部員で使うべき部費を顧問の胃の中に納めてやる道理はない。

「それには同感だが、自然災害だとでも思ってくれると助かる。ほら弁当。遅くなったけど、藤ねえに渡してやってくれ」

 ほら、と紙袋を差し出す。

「うわ、何コレ。ちょっと作りすぎじゃないのか? さすがの藤村先生もこれ全部は食えないだろ。
 だけど、へぇ、それにしても豪華だね。いいね、久しぶりに見た。量を作っても細かいところに気を配ってる感じが実に衛宮らしい」

 などと人の弁当を見て評価を下された。
 そして何が嬉しいのか、にんまりと笑う美綴。

 ………そういうコイツは、とにかく大量生産に優れている。
 見た目よりとにかく量を作る事に長けているのだ。
 合宿の夕食はたいてい美綴が担当し、その都度みんなを驚かせたものだ。皮しか剥いていないジャガイモカレーが美味かったあたり、料理の世界は奥が深い。

 ……いやまあ、それはいいとして。
 美綴は中を覗いただけで、紙袋を受け取りはしなかった。

「おい。嫌味はいいから受け取れ。中、藤ねえが暴れてタイヘンなんじゃないか」

「そうね。だけどそれ、どう見ても藤村先生だけの分量じゃないでしょ?
 んー、衛宮は昼飯を食ってないと見た」

 ふふん、どうだと目を細めて顔色を窺ってくる。
 むう、恐るべし美綴綾子。弁当を見ただけで俺の腹具合まで看破するとは。

「ご推察の通りだ。飯作ろうとした矢先に藤ねえから電話が掛かってきてな。
 ついでだからお邪魔じゃなければ飯だけ食って帰ろうかと」

「じゃ、あたしに渡す必要なんかないじゃないか。ほら、上がっていきな」

 くい、と顎で道場を指す。
 それに突き出していた腕をだらりと下げて道場を見る。

「ん、サンキュ。
 けどな美綴。おまえも長いんだから、朝のうちに藤ねえの弁当ぐらい確認しとけよ。顧問が生徒の昼飯を物欲しそうに見て回る、なんてイメージが悪すぎるぞ」

「いや、それがあたしも今朝は疲れててさ。最近ちょっと忙しくて、あんまり余裕がないんだな。ま、アンタに愚痴ってもしょうがないんだけど────」

 と、唐突に身体を寄せると、内緒話でもするかのように耳元に近づいて、

「……で、衛宮。後ろでニコニコしてる金髪の子、アンタの知り合い?」

 なんて、緊張と戸惑いを孕んだ声で言ってきた。

「──────へ?」

 後ろ? 言われてくるりと振り返る。

「いやあ。こんにちわ、お兄さん。
 こんなところで出会うなんて奇遇ですね。たしか家の中にいるように書き置きを残した筈なんだけどなぁ……ま、いいです。
 そちらのお姉さんにも、こんにちわ、初めまして」

 ぺこりとお辞儀をして、にぱっと微笑む金髪の少年。
 美綴は困惑しながらも挨拶を返した。
 俺はと言えば自分でもどんな顔をしているのかイマイチわからない。鏡があればわかろうが、残念外にそんなモノはない。
 とりあえず、後ろにひっそりと立っていたその少年をじっくりと観察する。

 金の髪に赤い瞳。
 服装は昨夜見た時代掛かった衣服ではなく、現代風の服装。
 上は青を基調としたシャツに白のパーカーを羽織り、下は膝下まである迷彩色っぽいハーフパンツ。
 ああ、そう言えば書き置きに俺の服を借りるとか書いてあったな。でも俺はそんな洒落た服は持ってなかったと記憶してるけど。

 ……とにかく。とりあえず今はアイツの格好なんてどうでもいい。
 言うべきことはただ一つ。

「なんでおまえがここにいるんだ?」

「あ、ひどいです。傷つきました。せっかくお兄さんが心配で見に来てあげたのに」

「……………………」

 拗ねたような表情をしてるけど……本気か演技か微妙なところだな。

「気さくに話してるけど……衛宮。アレ、知り合い?」

 ぐいっと腕を引かれ、耳元で囁かれる。

「……うん、まあ、説明すると複雑なんだが……知り合いなのは間違いない。
 悪いけど、ちょっと時間もらっていいか」

「ああ、それは構わないけど。藤村先生も待ってるだろうから、手早くね」

「わかってる」

 美綴から離れ、セイバーに手招きして弓道場の脇へと移動する。

「なんですか?」

「いや、だからなんでおまえここにいるんだよ」

「先程言った通りですけど? 日中とはいえ危険はどこに潜んでいるかわかりません。ですから昨夜の言葉どおり、お兄さんが決断するまでボクは貴方を外敵から守らなければいけません」

 しっかりと俺の目を見据えてセイバーはそう言い切った。
 ………うん、この子供には悪意の欠片さえ感じられない。
 純粋な善意、ただ本当に俺の身を案じて、どうやってかは知らないが俺の居場所を探り当てこうして来てくれたんだろう。
 ああ、俺はなんて酷いヤツだ。こんな純粋な気持ちを疑うなんて────

「でもここに来たのはただの偶然です。
 散歩してたら偶々お兄さんを見かけたので、こっそり後を付けさせてもらいました」

 ────前言撤回。
 アレだ。コイツは天使の笑顔と悪魔の心の持ち主なのだと、俺の中で現時刻を以って認定されました。

「あれれ? なんですか、そのすごく嫌そうな顔は。ボク何かしました?」

「いや、何も。まあいいけど、とにかくここに危険はないだろう? 俺もすぐに帰るから、おまえは先に帰っててくれないか」

「? 何言ってるんですか。ここは街の中でもかなりの危険区域ですよ」

「──────なんだって?」

 辺りを見回してみる。
 青い空、白い校舎、弓道場の奥には雑木林。校庭では陸上部が午後の練習に向けてアップを始めているみたいだが、これといった異常は見当たらない。

「詳しい話は後でします。ですがお兄さんがこの場所にいる以上、ボクとしてもお兄さんの傍を離れるワケにはいきません」

「………………………」

 これはおそらくだが本当なのだろう。
 でなければセイバーなら引き下がってくれそうな気がするし。それに、この場所に異常があると聞いて黙っていられる筈がない。

「……わかった。後で詳しく教えてくれ。
 ────でさ、話は変わるけど、もう飯は食べたのか?」

「いえ、まだですけど。でもサーヴァントは基本的に食事を必要としていませんので、なくても困ることはないです」

「でも食えるんだろ?」

「はい。食事は活力の補給に繋がりますし、魔力の蓄えにも影響を与えるとは思いますけど、それが何か?」

「よし、じゃ一緒に食おう。丁度飯は持ってるし、量も充分以上にある。それにどうせ藤ねえ達にはいずれ言わなきゃいけないことだったんだし、今でも後でも変わらない」

「?」

 小首を傾げるセイバーに後に付いて来るよう促し、美綴の元へと戻る。

「話はついたのかい?」

「ああ。それと悪いが頼みがある。アイツが部室に入ってもみんなが騒がないように言い含めてくれると、とんでもなく恩に着る」

「……………オッケー。事情は気になるけど、その交換条件は気に入った。衛宮、あとでチャラってのはなしだからね」

 扉を開ける。
 セイバーは笑顔を湛えたまま、俺と美綴の後に付いて来た。







 道場に入る。
 ……昼休み後の弓道場は、まるで戦場のように騒がしかった。

 詳しくは割愛させて頂くが、端的に表すならば生徒の要望を須らく猛獣と化した藤ねえが理不尽な返答を以って斬り捨てているという感じだ。
 憐れなり、弓道部員。だがこんな光景はこの場所では日常なのだ。理不尽がまかり通るなんてのは理不尽極まりないが、藤ねえを御せる猛者はそうはいないからな。

「────さて」

 さりとて俺はそれを制する“対タイガー用マル秘アイテム”を今現在所持しているのでありましてー、日常茶飯事とはいえ、このまま無垢な一年生達が虎の牙の餌食にされる現場をのうのうと眺めているわけにもいくまい。

「お、ちょうどいい。おーい、桜ー」

 弓かけの前にいる女生徒に声をかける。

「え、先輩……!?」

 桜は手にした弓を置いて、目を白黒させて駆け寄ってきた。

「先輩! ど、どうしたんですか今日はっ。あの、もしかして、その」

「ああ、藤ねえに弁当を届けにきたんだ。
 悪いんだけど、あそこで無茶苦茶言ってる教師を連れてきてくれ」

「ぁ────はい、そうですよね。……そういえば先生、電話してました」

「?」

 さっきの笑顔はどこにいったのか、桜は元気なく肩をすくめる。

「そういうコト。藤ねえ、ハラ減って無理難題言ってるんだろ。手遅れかもしれないけど、とにかく弁当作ってきたから食わせてやってくれ。
 それと昨日は遅くなって悪かった。晩飯作っといてくれてサンキュ」

「……はい。そう言ってもらえるのは嬉しいです、けど……その」

 ちらり、と俺の後ろに視線を向ける。
 そこには弓道場に不釣合いな、金髪の少年が立っている。
 セイバーは物珍しいのか、きょろきょろと俺の家に初めて入った時のような忙しなさで視線を動かしている。
 そのせいか、桜の視線には気づいていないらしい。

「あの……先輩?」

「ん? なんだ、もしかしてホントに手遅れか? これで藤ねえを御せなきゃ明日、学校から弓道場は消滅しているっていうくらい気合入れて作ってきたんだけど。
 いちおう桜の分もあるんだけど、無駄?」

「え……あ、いえ、そんなコトないですっ! わた、わたしもお腹減ってますっ……!
 ……その、先生に半分あげちゃったから」

「うん、そんな事だろうと思った。で、俺も昼まだなんだ。みんなもそういう事情なら昼食を再開しても文句はないだろうし、一緒に食わないか?」

 念のため横にいる美綴に目で確認を取り、頷いてくれた後にそう言った。
 主将のお墨付きをもらえれば臆する事あたわじ。

「は、はいっ! 先輩のご飯楽しみです! あの、それじゃわたし、藤村先生を呼んできますね!」

 笑顔でそう答えて桜は未だ暴れ回る藤ねえの元へと駆けて行った。

「じゃ、あたしも行くよ衛宮。アンタの要望にお答えしないといけないからね」

「ああ。悪いけど頼む」

 ぽん、と俺の肩を叩いて颯爽と去っていく美丈夫の後姿を眺めた後、部員達に好奇の目を向けられている少年を一瞥する。
 さてと。桜が藤ねえを連れて戻ってくる間に、少し打ち合わせをしておくか。







 休憩室へと移動し俺、桜、藤ねえ、そしてセイバーとで昼食をいただく。
 テーブルいっぱいに広げられた弁当に藤ねえは目を輝かせ、桜はセイバーの方をちらりちらりと見てはいるが特に何も言わず食事を続ける。セイバーは一口食べるごとに、

「うわー、これ美味しいですね。
 ボクこんなに美味しいモノは久しぶりに食べましたよ」

 なんて輝かしい笑顔で言ってのけた。

「でしょー。士郎の料理はとっても美味しいんだから。ほらほら、遠慮なんていらないわよ、子供はじゃんじゃん食べなさい」

「はい、ありがとうございます」

 若干保護者色の入った藤ねえは、にぱっと笑うセイバーと妙なやりとりをしながら食事を進めていく。
 そうして穏やかながら妙な違和感に包まれている食事は、誰もその違和感を口にすることなく続けられた。

 ────そして数十分後。

 ずずー、とお茶を飲みながらデザートの羊羹をついばむ藤ねえ。
 藤ねえが大人しくなった為か、道場には静かに、弦と矢の風切り音が響いている。

「それにしても士郎、今日のはやけに気合入ってたわねー。なんかあったの?」

「いや、特になにもなかったけど」

 自分でもよくわからないが作ってしまったんだから仕方がない。それにこれだけ幸福そうに食べてくれたのなら、それだけで作った甲斐があるってもんだ。
 一人納得してお茶を啜る。

「でさ、士郎」

 椅子をガタガタと揺らして俺の方へと身を寄せてくる藤ねえ。

「あの子、何? なんでわたし一緒にご飯食べたの?」

 ちらちらとセイバーを見ながら小声でそう言った。

「………………」

 今更といえば今更だが、実に藤ねえらしい。飯を思い切り食って一服ついて、ようやく頭も正常に回り出したようだ。
 普通の人ならまず食べる前にそのことに気づくはずで、その時に説明するはずだったコトも藤ねえの脳が活性化し出した食後にずれてしまったのは言うまでもない。

 目で合図を送る。こくりと頷くセイバー。
 口裏は合わせてある。……藤ねえがどういう反応を示すかは想像すら出来ないのだが、行くしかない。

「ああ、うん。そのことで藤ねえと桜に話がある。
 桜、まだ時間大丈夫か?」

「え、あ、はい。大丈夫……ですよね、藤村先生」

「それって結構重要な話?」

「ああ。だから藤ねえにも桜にも聞いて欲しい」

「そう。なら桜ちゃんもしっかり聞いておくのよ」

「はいっ!」

 居住まいを正す桜。そう畏まられるとそれはそれで話づらいのだが……。

「えーっとだな、そこにいるのは親父の海外の知り合いの子でセイバーっていうんだ。
 で、今回親父を頼って日本に来たんだけど、その親父はもういないだろ。
 だから彼が帰国するまでの数日……もしかしたら数週間、俺が預かる事にしたから」

 そこまでを一息で言い切って二人の反応を窺う。
 桜はぽかんと口を開いたまま胸の前で手を合わせたまま硬直し、藤ねえはじろっと俺とセイバーとを値踏みするように睥睨している。セイバーはというと相変わらず笑顔を湛えたままだ。

「────────」

 チックタックと時計の音が響き、道場からは変わらず心地よい音が届いてくる。
 反応がない。
 これは過去の経験から察するに嵐の前の静けさだ。この一瞬後には世界を揺るがす咆哮を空に放ち、手負いの獅子並みの勢いで俺に突貫して────

「ふーん、切嗣さんの知り合いの子なんだ。そういえば切嗣さん、日本の知り合いより海外の知り合いの方が多いって言ってたもんなあ。
 いっつも飛び回ってた切嗣さんらしいっていえば切嗣らしいだけどねー」

 なんて、遠い昔に想いを馳せるように語った。

「…………藤ねえ」

「あっ、やだ士郎、なんて顔してるのよ。えっと、セイバーくん? が日本に滞在中、切嗣さんの代わりに預かるんだったわよね。
 うん、いいわよ。礼儀正しそうな子だし、ここで帰れなんて言っちゃ日本の名折れをだと思うし。
 それに────」

 ────切嗣さんを頼ってきた子を、無碍には出来ないでしょう?

 と口を結んだ。
 ……心が痛い。俺は藤ねえの気持ちに嘘をついている。本当の事を言うわけにはいかないのはわかってるけど、何も知らない藤ねえの気持ちを傷つけてるみたいで後ろめたい気持ちだ。

「どうしたの、士郎? 食べ過ぎてお腹痛くなった?」

「いや、大丈夫だよ藤ねえ。
 じゃ、そういう事で頼む。桜もいいかな?」

「え、はい。藤村先生と先輩がそう言うんだったら、わたしに反対は出来ません」

 そう、若干納得していないような面持ちで、いちおう桜も同意してくれた。
 本当の事は言えない。俺でさえまだ把握できていない事に藤ねえ達を巻き込むわけにはいかないから。

「はーい、じゃあ詳しい話は帰ってからにしましょう。
 桜ちゃんはそろそろ射場に戻らないとダメよー。あ、ついでに控えにいる美綴さんに、話があるからこっちに来るよう伝えてもらえる?」

「はい。先輩もゆっくりしていってくださいね。出来れば、久しぶりに指導してもらえると助かります」

 桜は一礼して去っていく。
 ただ、その合間。
 テーブルで静かに俺達の様子を見守っていたセイバーを、不安げに見つめていた。

「で? 士郎はこの後どうするの? 先に帰っちゃう?」

 藤ねえの問いに答える前にセイバーに視線を僅かに傾ける。
 セイバーはこの学校が危険だと言った。ならその真意を聞かなければならないし、俺の手でどうにか出来ることならどうにかしたい。

「いや、もう少し学校にいるよ。ちょっと散歩してくる。ぶらっと校舎を回ったら戻ってくるから」

「散歩? いいけど、物好きなコトするのね。切嗣さんも地味な趣味してたけど、士郎もそーゆー属性?」

「そうゆう属性も何も散歩は地味な趣味じゃないと思うけど。
 ま、いいや。ちょっと行って来る」

「はいはーい。気をつけていってらっしゃい。なるべく早く帰ってくるのよ衛宮くん」

 最後に教師らしく苗字で言いつける。
 それに手を振るだけで応えて、セイバーが席を立つのを待ってから弓道場を後にした。













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