剣の鎖 - Chain of Memories - 第七話









 セイバーと共に未だ静けさを残す弓道場を後にする。
 校庭ではアップを終えたのか、陸上部の面々が喧騒新たに所狭しと走り回っている姿が見て取れた。
 それを脇目に迂回するように校舎を目指す。
 ここはまだ人が多い。体育館もバレー部などが使っていると思うから人はいるだろうが、休日の校舎の中は流石に人影はまばらな筈。
 教師はいるかもしれないが、職員室から遠い場所なら問題もないだろう。

 校舎に入って数分。
 カツンカツンと誰もいない廊下に自分達の靴音だけが木霊する。
 歩きながら念の為あたりに人影がないことを確認した後、

「セイバー。さっきのコトを教えてくれ」

 そう切り出した。
 セイバーはこの学校が危険な場所だと言った。
 その真意を問う。

「わかりました。
 まず最初に、この場所にはお兄さん以外の魔術師がいます」

「──────っ!」

「あれ、その反応は知らなかったんですか?」

「………ああ、今初めて知った。ソイツは今ここにいるってことか?」

 それとなく周囲の気配を探ってみるも、誰かがいるような感じはない。

「いえ、今はいません。ただ、この場所に適時通っているというところでしょうか。
 生徒か、あるいは教師か。どちらかは判別出来ませんけど」

 この学校に通う者の中に魔術師がいる……。
 それを一目で看破したセイバーが凄いのか、二年通っててまったくその事に気づけていない俺が鈍いのか。

「どうして魔術師がいるって判ったんだ?」

「簡単です。魔術師は魔力を帯びているものですから、その痕跡をちょっと探れば見つかります。普通の魔術師なら他の魔術師がいるかいないかなんてのは、なんなく判別のつくことだと思いますけど。
 ちなみに結構濃い魔力を残していることから、この学校に通う誰かだと判断しました。一度来た程度ではこれほどの残滓は残せませんからね」

 それはずっと通っていながら気づかない俺への皮肉か。
 ほんと、見た目はほがらかなクセになんでこう言動の端々に辛辣さを伴うのか。……でも正論だから二の句は継げない。

「ああ、でも安心してください。お兄さんは魔力を感知できない代わりに魔力を発していないというアドバンテージがあります。
 結局プラスマイナスゼロですけどね」

 魔力を発していない……? いや、そもそもそんなコト気にかけたこともないから初めて聞かされた事実なんだが。
 だが待てよ……そうだとすると……。

「それはつまり、相手も俺が魔術師だって知らないってことか?」

「はい、その通りです。魔力を発していない魔術師なんてありえません。その点から見ればお兄さんは魔術師じゃないんですけど、この際それはどうでもいいです。
 相手の魔術師にとってみれば、お兄さんが魔術を発動する瞬間を見ない限り、お兄さんを魔術師だと断定できません。
 これは大きな利点です。ボクというサーヴァントと契約している以上、完璧に隠し切ることは不可能ですが、それでも充分有利に状況を進められます」

 …………なるほど。
 こっちはセイバーが魔力の残滓を読み取れるから敵がいることを認識できるけど、相手は傍にセイバーがいなければ俺が魔術師だとは気づきにくい、と。

「でもこれはこの学校に通うマスターがアーチャー、またはランサーのマスターでない場合のみです。彼らのマスターであった場合、既にお兄さんの存在は知られていますから油断は禁物です」

「…………言いたいことは解った。
 この学校に通う人物の中に他の魔術師……マスターがいる。ソイツがもしアーチャーやランサーのマスターだった場合、俺を狙ってくる可能性があるってことだろ?」

「理解が早くて助かります。
 もし仮定が成立した場合、明日以降お兄さんの命は常に危険に晒されるコトとなります。
 本来サーヴァントは霊体化し、常にマスターの傍についているものなんですが………お兄さん、出来ますか?」

「霊体化? どうやるんだ?」

 サーヴァントはエーテルで編まれているらしい。人のように肉体的なカタチを持っていても肉体的な縛りはない。
 受肉しているとはいえ元々が霊なんだから元に戻れるのは当たり前か。ちょっと考えれば分かる事だった。

「ボクに繋がっているラインに微かに流れている魔力を絞ってくれればいいです。
 それでボクは実体から霊体へと変われますので」

「魔力を……絞る?」

 流れているかすら定かではない魔力を絞る? そもそも魔力ってどうやって絞るんだ?
 魔術回路を作って魔力を流すのならばいつもしてる事だから出来る。いや、成否は別としてだが。
 だが流れているものを止める……そんなコトしたことないな。いつもはそのまま魔力を流して物質の強化に当てるだけだし。
 ええと、そうだな。絞るには────………

「あ、無理しなくていいです。もし絞れたとして、開けられないなんてコトにでもなったら今度はボクの死活問題に関わりますので」

 俺の顔色に不安を感じたんだろう。セイバーはそんなコトを口にした。

「む……そうなのか。すまんな、半人前のマスターで」

 自分で言ってて情けなくなる。これでも毎日死の淵を彷徨いながら鍛錬を積んできたつもりだったけど、普通の魔術師なら出来て当たり前のことさえ俺には出来ないなんて。まったく、不甲斐ない。

「構いません。悲観したところで現状は変わりませんから、今出来る範囲で出来る事を考えていきましょう」

「セイバー………」

 まったくもってその通りだ。よし、ちょっと気合入った気がする。

「まあ、でも。出来て当たり前のコトも出来ないのはちょっと問題アリですけどねー」

「ぐっ………。おまえな、なんでそう人を一度持ち上げてから貶めるような事ばっかり言うんだ」

「そうですか? そんなに酷いコト言ってるつもりはないんですけどね」

 無自覚ならなおタチが悪い。
 ほんと、おまえの将来が心配だよ……既に死んでるヤツに言っても詮無いけど。

 歩きながら会話をしていた為、いつの間にか最上階……四階まで上ってきていた。一年生のクラスのあるここを更に上れば後は屋上へと出るだけだ。
 一通りぐるりと回った事だし、そろそろ戻るかと思った矢先。

「────では、お兄さん。そろそろ決意は出来ましたか?」

 セイバーが足を止め、そんなコトを口にした。

「──────」

 そうか。ここまでの話は俺に意思を決めさせる為だったのか。
 自分の置かれている現状。同じ学校にマスターがいて、ソイツは俺の存在を知れば間違いなく仕掛けて来るであろう事。

 じゃあ学校に行かないという選択肢はどうだろう。いや、一緒だ。聖杯戦争が始まっているこの状況で普段と違う行動を取れば怪しまれる。もし行かなければ、それだけで俺がマスターだと示しているようなもの。学校のマスターが俺が魔術師である事に気づいていなければ、自分から名乗るのと同義だ。

 どちらにしても戦う決意をしなければならない。俺だって自分の身に火の粉が降りかかるなら払うつもりだ。
 だがそれは本当に俺の意思で戦うという事なのか。俺は、自分を守る為に誰かを傷つける事を良しとしていいのか。

「………………」

「……まだ決められませんか。結構頑固なんですね、お兄さんって。
 じゃあ、もう一つの危険について説明します。これで納得してもらえないと実際に危険に身を晒すくらいしか思いつきません」

 言ってセイバーは歩き始める。向かう先は階段だろうか。






定まる意思/One day II




/1


 重苦しい扉を抜けた先は開けた場所。
 平日、とりわけ夏場の昼休みには多くの生徒で賑わう屋上もこの時期、この時間では閑散としていて、誰一人いなかった。
 陽がまだ高いとはいえ冬場の風は身体に堪える。

 セイバーは屋上にでるなり何も言わず地面を念入りに調べだした。
 何をしているのか判らないが、俺には理解できない事なのだろう。それよりも気になるのはセイバーの言ったもう一つの危険。
 他の魔術師がいるという俺個人に断じられた危険もそうだが、おそらくはその口ぶりからそれ以上の危険がこの敷地内にあるらしい。

 二つあるという危険のうち劣った危険を後から晒したところで脅威には感じない。
 ならこの危険は少なくとも他のマスターがいる、という事実より俺が脅威に思える危険なのだろう。

「………………」

 何かしら作業をしているセイバーを横目に壁際へと歩み寄り世界を俯瞰する。見えるのは校庭、弓道場、雑木林、更に遠くには街並みが視界に映る。
 下からは喧騒を伴った檄のような言葉がそこかしこから聞こえ、若干しごきに耐えかねた一年生らしい悲鳴のような声も混じって聞こえてきた。

 ──────平穏。

 青く澄み渡った空の下、人は思い思いに駆け回る。
 そこに俺が感じるような不安はない。何も知らず、ただ昨日と同じ今日という平穏を謳歌する人達がいる。
 今この瞬間だけを見ていれば、いたって変わらない今まで通りの日々がある。

 何も変わらない、毎日。

 だけど一人になると厭でも思い知らされる。まるで自分だけが世界に取り残されたような錯覚。そんなものは真実錯覚だと解っている。
 解っているのに、足場が揺らぎ自分の立ち位置が定まらない。

「お兄さん、こちらへ来ていただけますか」

 気持ちを何処かへと飛ばしかけていた俺の意識をセイバーの声が引き戻す。
 今日は昨日とは違う。同じに見えても必ずどこかが違うもの。俺の場合それが顕著に現れただけの話。
 だから逃げるな。昨日と同じ今日はもうやって来ない。ならしっかりと、自分の足元を見ないと。

「ああ、今行く」

 頭を振って雑念を振り払う。
 そして屈み込んだまま俺にその場所を見るように促しているセイバーの手元を見た。

「………………なんだ、これ」

 屋上の一角に七画から成る紋様が刻まれていた。違和感………と呼べるほど奇妙な感じじゃないが、その刻印に近づいて感じたのは何か妙に甘ったるい感覚。

「呪刻です」

「呪刻?」

 オウム返しに言葉を返す。
 いや、待て。切嗣にそんな事を教えてもらったような記憶が微かにある。

「呪刻って……確か結界の基点になるポイントの事か?」

「そうです。何事も無から有は生み出せません。結界という内と外とを隔てる空間を作るのなら、まず基点が必要です。
 そしてこの呪刻がこの学校一帯を覆う結界の基点の一つというわけです」

「なっ──────」

 学校を覆う結界? そんなものがなんであるんだ。

「んー………まだ作り立てで魔力が薄いのかな。どおりで見つけにくいワケだ。
 それにしても……これは………」

 ぶつぶつと一人呟きながら、その呪刻に指を這わせるセイバー。
 なあ、ついていけないんだけど。俺にもわかるように話して欲しい。

「ああ、ごめんなさい。ここまでひどいとは思ってなかったんで。
 そうですね……簡潔に言うならこの結界が発動すると敷地内にいる人間が全員死にます」

「─────────────────────は?」

「結界とは内と外とを分かつ境界線のコトです。
 通常、その境界線上のみが結界としての効果が現れるモノなんですが、これは内側にも効果を現すタイプの結界です。
 内容は“内側に存在する人間を溶解し、純粋な魂として吸収する”能力……かな。
 発動すれば最後、術者が自らの意思で止めるか術者を倒すかしなければ止まらない、結界としてはかなり悪質なタイプといえるでしょう」

「──────」

 セイバーが何を言っているのか解らない。
 いや、本当は解ってる。ただそれを理解したくないと思っている自分がいる。
 落ち着け。
 まだ発動していない。まだ、止められる。

「………人を分解吸収する結界。そんなことをする意味はあるのか?」

「そうですね……魂なんて集めても魔術師には使い道はないでしょう。これを確立した魔術師はほとんどいませんから。
 しかしサーヴァントは違う。サーヴァントにとっての食事とは第二要素たましいないし第三要素せいしんです。人が肉や野菜から栄養を摂取するように、霊体であるサーヴァントは魂や精神で栄養を摂取出来ます。
 通常はマスターからの供給と聖杯の補助で事足りるとは思いますが、魔力は多ければ多いほどいい。動力が多ければより大きな力を生み出せるのは自明の理でしょう。
 他にはボク達のような関係もそうですね。需要と供給が成り立っていない場合、足りない分を余所から持ってくるのは基本です。
 手段はアレですけど……理には適ってると思いますよ」

 その言葉にカチンときた。

「ふざけるなッ! 理に適ってる!? バカ言え、まったく関係ない誰かを巻き込んでどこが理に適ってるっていうんだ!」

「論点が違いますよ、お兄さん。これは殺し合いです。
 自分が生き残る為にはありとあらゆる手段を講じる。その点は理に適っている、と言ったまでです。
 だいいち魔術師なんて元々そういう生物でしょう。利己的で冷徹。自己を希薄にしているくせに自己に拘るちっぽけな存在。ただあるのは魔術を極めるというコトだけ。その為には犠牲を厭わない」

「それこそ違うだろう。これは魔術の研究でもなんでもない、魔術師同士の戦いだろう!? なんでそこに他人を巻き込むんだ!」

「同じですよ。勝ち残りさえすればどんな願いも叶えられる。たとえ自分の力では届かない場所でも、聖杯の力を借りれば到達出来るかもしれない。
 その為に他を犠牲にして邁進する。ほら、一緒でしょう。どこが違うと言うんです?」

「…………………ぐっ」

 理解は出来る。魔術師はそういうものだっていうのも知っているし、俺のような考えこそが魔術師の中では異端だろうというのも解る。
 だけど、だけど…………っ!

「納得なんか出来るか。誰かを巻き込むなんて、俺は認めない」

 そうだ。それだけは認められない。
 殺し殺される事を納得した上で当事者同士が戦うのはいい。だけど何も知らない他人を巻き込もうとするヤツなんて容認出来るものか。

「じゃあ話は簡単じゃないですか。お兄さんが止めればいいだけですよ」

「───────」

「自分の為には戦えないけど、誰かが巻き込まれるのはイヤだ。ならその巻き込もうとする“敵”をお兄さんが止めればいいだけじゃないですか。
 お兄さんもその殺し合いの参加者なんです。サーヴァントという“力”を持っているんですから」

 セイバーの言葉にぐらりと視界が歪み、唐突にこの結界が発動した後のイメージが頭を掠める。
 俺はこの結界がどんなものかは知らない。だから脳をよぎるのは俺にとっての最悪のイメージ。

 世界を灼く炎。
 身を焦がす黒煙。
 倒壊する家屋。
 助けを求める誰かの声。

 結界が発動すればあの火災ほどではないにしろ多くの人が命を失い、多くの人が悲しみに暮れる。
 それはダメだ。そんな悲劇を起こさせるわけにいかない。
 まだ助けられる。
 結界を張ったヤツを止めれば、助けられる。

「───────」

 空を仰ぎ、ほう、と胸に溜まっていた何かを吐き出す。
 それで胸のつっかえは取れて足場の揺らぎもなくなった。足はしっかりと地面に根を下ろし、心は真っ直ぐに前へと向いている。
 気持ちはとうに決まっていた。俺は自分の為には戦えない。


 ────でも誰かを救う為なら、俺は胸を張って戦える。


「────止める。
 こんな結界を張ったヤツは絶対に止めないといけない。コイツだけじゃない。他にも無関係な誰かを巻き込もうとするマスターがいるなら、俺は絶対に止める。
 その為なら、俺は自分の意思で戦える。その為に、俺はマスターとして戦う」

 そう、赤い瞳を見据えて口にした。
 それにセイバーは屈み込んでいた身を起こし、微笑する。

「やっと決意してくれましたね。わかりました。サーヴァントとはマスターを守るもの。
 マスターが戦うというのなら、その意思に従いましょう」

 セイバーにとって俺のこの返事は予想通りなのだろうか。
 執拗に俺を炊きつけ現状を把握させ、自らの意思で戦う決意を決めさせる。
 それが何の為なのかはわからない。
 だけど、コイツの言葉は正直ありがたい。

「俺は魔術師としては半人前だし、マスターとしての知識もない。戦う理由も聖杯戦争を勝ち抜くことじゃない。
 それでもおまえは、俺と一緒に戦ってくれるのか?」

「もちろんです。争いを止める、というコトは結局勝ち残るコトと同義ですからね。行き着く先が同じなら異を唱える理由もありません」

「そうか。じゃあ────」

 言って右手を差し出す。
 セイバーは不思議そうに差し出した俺の手を見ている。

「あれ、握手はダメか? マスターとサーヴァントの関係もよくは解らないけど、初めの挨拶くらいはちゃんとした方がいいのかなって思ったんだけど」

「あ、いえ。大丈夫です。では、お兄さん。これからよろしくお願いします」

「ああ、こちらこそ。俺に力を貸してくれ」

 もう迷いはない。男が一度戦うって口にしたんだ。なら後はその誓いを果たすだけだ。
 握手を交わすと同時に左手の令呪が赤く輝く。
 その意味は知らないけど、きっとこれは俺達が互いを共に戦う仲間だと認識出来た事のように思う。

 これが俺達の戦いの始まり。
 スタートの合図なんてものはないけど、この握手が俺達にとっての始まりの合図だった。





/2


「──────ギル?」

 屋上を後にし、弓道場へと戻る帰り道。
 階段を降りている最中にセイバーがその単語が自分の名前だと述べた。

「ああ、そうか。セイバーっていうのはサーヴァントのクラス名だったんだよな。で、ギルっていうのが真名ってヤツなのか?」

「そうですね。そう思ってもらって構いません。
 本来なら召喚直後にサーヴァントはマスターに名を明かすものなんですが、お兄さんの挙動が定まってませんでしたから」

 それはすまない。で、覚悟の決まった今、その名を明かしたというわけか。

「でも俺はおまえをなんて呼べばいいんだ? サーヴァントは真名を知られちゃダメなんだろ? ならクラス名で呼んだ方がいいのか?」

「どちらでも構いません。知られたところでどうこう出来るものでもないし、むしろボクは“弱点を衝かれる”方ではなく“弱点を衝く”方に特化していますから」

 セイバーは弾むような軽さで階段を降りていく。
 ギルという名を持つ英雄。
 その後に幾らかの文字を継ぎ足せば思い当たる節はある。が、「ギル」というだけの英雄に心当たりはないな。いや、単に俺が知らないだけで何かのアナグラム的な名前なのかもしれない。
 ……まあ深く考える必要もないか。何か思惑があるのかもしれないし。

「ん、わかった。じゃあギルって呼ばせてもらう。でも敵がいそうなところじゃ出来るだけセイバーって呼ぶことにする。これでいいか?」

「ええ、わかりました」

 それが本当の名前であるのなら、そちらで呼ばれる方がいいだろう。俺もクラス名なんかよりそっちの方がいい。
 ただ敵にその名を知られる危険性も孕むことになるが、それは俺の注意力次第だ。気をつけないといけないな。

 階段を降りきり、後は長い廊下を抜ければ校庭に出ることが出来る。相変わらず人気のない校内だが、人に聞かれたくない話をしている以上都合はいい。

 だが堅苦しい話はここまでだ。聖杯戦争絡み以外でも聞きたいことは沢山ある。その中でもとりわけ目に付くのはこれしかない。

「……でさ。物凄く話は変わるんだけど。その服はどうしたんだ?」

 今日弓道場の前であって以来気になっていた疑問を口にする。
 書き置きに俺の服を借りると書いてあったが間違いなく俺はそんな服は持ってない。ついでにギルは金も持ってない筈なんだが。財布の残金は変わってなかったし。

「ああ、これですか。
 召喚直後の格好のまま街を出歩くのはちょっと目立つと思ったので、お兄さんの服をお借りしました。霊体に戻れない以上、目立たない服装は必要ですしね。けど、お兄さんの服はどうにもボクの趣味と合わなくて。
 散策ついでにボクの趣味嗜好と合う服も見繕ってきたワケです」

 言うなりギルは足を止め、自分の身なりにおかしなところがないか確認するようにくるくると回りだした。
 まあ………自分で言うのもなんだが、俺はそれほど着るものに執着してないからな。冬場は専ら今着てるトレーナーにジーンズっていうスタイルだし。

「それはいいんだけど、おまえ金持ってないだろ。どうやって買ったんだ? まさか盗んできたとかじゃないよな?」

 一番初めに頭に浮かんだ情景。
 見た目は子供でもサーヴァントなんていう存在なんだ。盗みを働いたとしてもそこらの一警官では歯も立たないだろう。
 家に帰ってニュースを見たら、万引きの報道なんかされてたら流石にイヤだぞ。

「あっ、これも言ってませんでしたね。ちょっといいですか?」

 身なりチェックを終えたらしいギルが俺を見上げ、目を瞑るように促した。
 ただその視線がいつになく刺さるように痛かったのは俺の気のせいか?
 とりあえず言われたとおりに目を瞑ると、なんだ……? 見えないけど眼前に剣を突きつけられているような感覚。まさか今の俺の発言に怒ってそのままグサッと……。

「お、おい。なにやってんだ?」

「指を当ててるだけです。そのまま目を瞑っていて下さい」

 あー………この違和感はアレか。目と目の間に指先を近づけるとムズムズするってやつ。なんでムズムズするのかは知らないが、とりあえずムズムズする。

「見えましたか?」

「む?」

 ぼんやりと移ろうように何かが瞼の裏に浮かんできて、徐々にそれは克明になり、数秒もすれば何やら数値や名称の書かれた表のようなものがはっきりと認識出来るようになった。
 これはサーヴァントの能力表……か? ギルだけじゃない。穴開きだけど、アーチャーやランサーの能力値も垣間見える。

「なんだこれ?」

「サーヴァントの力を把握する為のモノです。お兄さんにどういう風に見えているのかは判りませんが、その人が一番理解しやすいカタチで表されていると思います」

「へえ。こんな便利なモノがあったのか」

 目を開ける。
 それでもイメージすれば欲しい時にその能力表は見れるようだ。

「確認できましたか? ならボクのスキルの項を見てください」

 スキルスキル……とこれか。

『黄金律:A 身体の黄金比ではなく、人生において金銭がどれほどついて回るかの宿命。
       大富豪でもやっていける金ピカぶり。一生金には困らない』

「えーと……なんだこれ」

 今日はこればっかり言ってる気がするが言わずにはいられまい。というかなんだマジで。金が集まってくる能力? しかも宿命付けられてるときたか。そんな能力ってアリ?

「解りましたか? 元手なんてなくても向こうからお金は寄ってくるんです。
 詳しくは説明できませんが、この能力でお金を手に入れて衣服を購入しました。断じて盗みなんて働いていません」

 むん、と胸を張って言ったギル。もしかして俺が泥棒扱いした事に腹を立てているんだろうか。
 それにしても……なんとも羨ましい能力だな。特別金に困ってるわけじゃないが、生きる上では誰もが羨む能力なのは間違いない。一体何者なんだろ、ギルって。

「うん……わかった。泥棒扱いして悪かった。すまん」

「いえ、解ってもらえたのならいいです。
 先に説明していなかったボクの落ち度もありますし」

 それでギルから感じた言いようのない妙な雰囲気は消え、ついさっきまでと同じ、いやそれ以上に晴れ晴れとした笑顔で一人歩き出した。

「………………」

 その後姿を眺めていたらサーヴァントって皆あんな感じなんだろうか、とどうでもいいような疑問が頭をよぎった。













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