epilogue /1 決戦の夜明け。 橋上で王の最期を見届け、対岸で起きた大火災がウェイバーの与り知らぬところで起きたこの戦争の終結を意味したものだと理解して、一度寄生しているマッケンジー邸へと戻る事に決めた。 これからの身の振り方をどうするにしろ、一度はあの屋敷に戻り為さねばならない事がある。グレン翁に掛けた暗示の効力を確かめなければならないし、日本を去るにしても持ち込んだ魔術道具をそのままにしておくわけにはいかないからだ。 降り頻る雨の中、肌を打つ雨さえも心地良い。未だ冷めぬ心の熱を静めていく、この冬の雨が気持ち良かった。そして何より、雨で濡れてさえいれば、頬に流れた涙の跡も、そう目立たないだろうと思ったのだ。 赤毛の王者との約束。朋友としての誓い。臣下としての忠誠。 手に入れたものは数多く、けれどそれらはもっとも偉大なものを犠牲にして手にしたものだ。 しかしそれを悔いてはならない。いつかあの大男は言っていた。死者を悼み、涙を流すのは構わない。されどその悲しみに囚われて、後悔する事はあってはならぬと。 だからウェイバーは胸を張るのだ。この胸に息衝いた王の生き様を誇れるように、あんな男と肩を並べられる男になれるように……これから、頑張っていくのだと誓ったのだ。 「おぉいウェイバー」 目的とした屋敷に近づいた時、遥か頭上より掛かった声に気付き見上げた。そこにあったのはグレン・マッケンジーの姿。 何を思ってか、この寒空の朝、傘を差して屋根に腰掛けていた。 「ちょ……おじいさん! そんなところにいたら危ないじゃないか!」 「平気平気。いいからおまえも上がって来んか。ちょいと話もあるのでな」 話すだけなら家の中でもいいじゃないかと思いながら、ウェイバーは渋々と家の中を通り、屋根裏部屋を通じて屋根に上がった。 「足元に気をつけてくれよ。雨で滑って孫が落ちたとなったら、ばあさんが悲しむのでな」 「……そう思うならこんなところで話さなくとも」 「こういうところでしか出来ん話もあるさ、なあ……ウェイバー君」 「…………」 その僅かな、けれど決定的な呼称に違いにウェイバーは瞠目し、そして静かに受け入れた。 「……いつから、気付いていましたか?」 「ほんの少し前じゃよ。目を覚ました時、全てを思い出した。儂にはウェイバーという名の孫はおらんし、ならばアレクセイという御仁もそうじゃな。加えて、家の前での騒動も同様に記憶しておるよ」 「……そう、ですか」 ウェイバーはグレン翁に暗示を掛ける事に失敗した。先にウェイバーを孫と偽った暗示を掛けたまま、その上から記憶を操作する真似をした為、どちらもが効力を失い解れてしまったという最悪の結果だ。 グレン翁はウェイバーを赤の他人だと理解しているし、そしてそんな他人のせいで死に掛けた事を覚えている。罵声を浴びせられて当然だと思うし、騙していた事を責められても文句は言えない。 逃げるのは簡単だ。今ならば簡易な暗示を楽に施せるだろう。そのまま行方を晦ませてしまえばそれで済む。しかしウェイバーは逃げなかった。 あの王のように。結果の見えていた戦いに背を向けず立ち向かった偉大なる王のようにウェイバーもまた何事からも逃げたくはなかった。 詰られるのを覚悟で視線を上げた時、グレン翁の顔に宿っていたのは憤怒の色ではなく優しさに満ちた色だった。 「……なんで、怒らないんですか?」 「ん? なんだ、怒って欲しいのか?」 「いや、そういうわけじゃ……」 「まあ、おまえさんは怒られて当然の事をしたと思うからそう言ったのじゃろうし、自分からそう言える人間が根っからの悪者だと思えるほど、儂は耄碌しておらんよ」 「…………」 「おまえさんやアレクセイという御仁が何を目的に儂らの家に住みついとったのかは分からんが、儂らをどうにかする為ではないのじゃろう? でなければあの時、必死に儂を助けると言ってくれたおまえさんの言葉は嘘だったという事になる」 あの時の二人の必死さに偽りはなかったと、グレン翁は語る。 「これでも伊達に長生きしておるわけじゃないのでな。そういうところは分かるんじゃよ」 グレン翁は遠い目をして遥か彼方を見る。遠く朝焼けを染める紅蓮の炎。未だ完全な鎮火の為されていない、対岸の大火災を。 「アレクセイ殿は……逝ってしまったのじゃろう?」 「えっ……」 「この街で最近起きておった異変。それにおまえさんとアレクセイ殿は関わっておったんじゃろう? そしてあの火事も、何らかの関わりがあるんじゃろう」 「おじいさん……」 「ああ、何も言わんでいいよ。知ったらきっと面倒になる類のものじゃろうし、その原因など知ったところでこの老骨に出来ることなど何もない。ただ──おまえさんが生きて戻ってきてくれた事だけが喜ばしいよ」 自らを騙し、欺いた少年へとそう簡単に掛けられる思いではない。赤の他人の無事を喜べるものなどそうはいない。グレン翁の懐の大きさはウェイバーなどちっぽけに見えてしまえるほどのものだった。 「ま、こうして儂がおまえさんの帰宅を待っておったのは、一つお願いがあったからなんじゃが」 「……お願い、ですか」 「ああ。おまえさんを赤の他人と承知して、儂らに負い目を持っておる事に付け込んで頼むのじゃ。ウェイバー君、どうか今暫くの間我が家に住み続けてはくれんだろうか」 「え……?」 それはウェイバーをして想像をしていなかったものだった。グレン翁の性格を思えば金銭を要求されるようなことはないだろうとは思っていたが、それでも何かしらこちらが不利益を被るものだと覚悟していた。 それでもウェイバーは出来る限り聞き届けるつもりであったし、叶えられるものならば叶えるつもりだった。それでもまさか、騙し続けた人間と一緒に暮らしたいと言われるとは流石に思いもしなかった。 「理由を聞かせて貰ってもいいですか……?」 「ああ。儂はこうしておまえさんが孫ではないと知ってしまったが、マーサの奴は未だにおまえさんを本物の孫だと思っているんだ。 息子も孫も日本を離れ、二人だけでの暮らしも不自由ではなかったが、きっと寂しい思いをしておったのじゃろう。最近のマーサはな、良く笑うようになった」 だからもう少しの間だけでいいから、騙し続けて欲しいと。妻に夢を見させてやってはくれないかと、グレン翁は願いを口にした。 「……分かりました。むしろそれは、ボクからお願いしたいと思っていたところです」 ウェイバーは自らの新たなる旅路の基点を時計塔ではなくあの王と出会い別れたこの地から始めようと思っていた。 これまでは魔術こそを至高と謳い、その研究にのみ没頭してきた。その研究熱心な思いが災いした了見の狭さ。豪放なる王に額を弾かれて当たり前の、ちっぽけな世界しか知らなかった。 だからまずは、世界の広さを知ろうと思うのだ。あの男が果てを見たいと願った世界の在り様を、この目でじっくりと眺めてみたいと思うのだ。 その為には住む所が必要で、先立つものが必要だ。この界隈に長い間住んでいるマッケンジー夫妻なら英語しかほとんど喋れないウェイバーに就職口を紹介して貰えるかもしれないし、何より住居を確保できる事が大きい。 もし暗示が上手く作用していても、作用していなくとも正直に全てを話し、頭を擦り付けてでも許しを請うつもりだった。 無論それで突き放されても文句を言うつもりもなかったし、これはウェイバーにとってのけじめでしかない。 しかしグレン翁の申し出は、ウェイバーにとって渡りに船だったのだ。 「ボクはこの世界を知りたい。その広さを実感したい。あの男が生き、そして駆け抜けたこの世界を。その為にはまず、此処から始めたいと思うんです。 だからボクからお願いします、どうかもう少しだけご厄介になっても構いませんか」 「ほっほ、これは良い。これもアレクセイ殿の導きかな。おまえさんは良い御仁と知り合えたようで良かった。人と人の出会いは宝だ。大事にしなされ」 「はいっ!」 力強い返事と共に、雨が上がり朝焼けの染める空の中、二人の男は笑みを零す。 数奇な巡り会いの果てに出会えたもの。手にしたもの。ならばこの出会いも、ウェイバーにとって宝と呼んで相違のない宝石だろう。 ……此処から、ボクも頑張ってみるよライダー。だからどうか……見守っていてくれ。 明け行く空に伸ばした掌を透かして見る。 それはまさに、世界を掴もうと伸ばした、少年の日の終わりに見る初めての輝きだった。 /2 半年後。 葬送の歌声が柔らかに響く。しめやかに行われる遠坂時臣、そしてその妻である葵の葬儀を取り仕切るのは未だ十にも満たない子供の凛だ。 これは一般の葬儀ではなく、魔術師という家系で行われる葬送。その喪主を務めるのは後見人ではなく当主の座を継ぐ実子の仕事であり、事実上の当主交代を意味する儀式でもあった。 降り頻る雨の中、参列した者の何かは言峰綺礼の姿もある。如何に凛が優秀で飛びぬけた才を有してはいても子供では限界がある。当日の仕切りこそ凛に任せたが、その為の手回しを行ったが綺礼であった。 戦争の最中、時臣と葵の亡くなった翌日。凛を禅城へと送り届けるその前に、綺礼は時臣の書斎で遺書にも等しい書簡を紐解いた。 そこに記されていたのは完璧という他のない公的文書。凛への相続は元より魔術刻印移植の手配、時臣の知己に対する根回しとその連絡先。 後見人を任せた綺礼に対する財産の運用、処分法などおよそ今後考えられる全ての事柄についてが仔細に記されていた。 それは子を心配する父の想いの現れであり、魔術師として後継者に遺す当たり前のものであり、そして綺礼に対する陰りのない信頼の証でもあった。 これを書き上げた時の時臣は、よもや綺礼が裏切るなどとは思ってもいなかった筈だ。その背を弟子の刃で貫かれる事になるなどと、想像すらしていなかった事だろう。 その様を思い浮かべるだけで綺礼は歓喜の笑みが零れてしまう。差した傘を強く傾け、顔を伏せれば肩を震わせても泣いているようにしか見えないだろう。 しかし今は、もういない誰かを思うよりも、これから積み上げられていく少女をこそ思わねば。 葬送の歌の終わりと共に遺体のない棺桶は大地に送られていった。それを見届けた参列者が一人、また一人と去っていく中、孤独に立つ凛へと綺礼は足を向けた。 「ご苦労だった。当主の初仕事としては上出来だ。ところで、移植した魔術刻印に異常はないか。何か異変があるのなら言ってくれ」 「いいえ、何も。異物感はあるけど、これはそういうものなんでしょ。アンタに心配される事なんて何もないんだから」 凛の辛辣な物言いは当然だろう。凛は綺礼だけが時臣の傍に残る事をずっと不平に思っていたし、結果として師だけを帰らぬ人としておきながら、のうのうと生きている男を許容など出来る筈がない。 それでも完全に拒絶しないのはこの少女なりに父と母をしめやかに送れたのは綺礼のお陰だと思っているし、何より時臣の遺言書に綺礼を頼りにしろと書かれていては、無碍に出来なかった。 遠坂凛という少女はそれでも毅然として独りで立つ。父と母を同時に亡くしながら、涙の一つさえも見せずに強く強く振舞い続けている。 孤独に枕を濡らす事もあるだろう、朝起きて挨拶をしても何の返事もない事に、空虚な思いを抱いているかもしれない。 だというのに、この少女は人前では決してその弱さを見せない。欠片も片鱗も。そうする事が父と母の望みであるというように、気高く遠坂家当主として在り続ける。 それを少し、つまらないと綺礼は思う。年相応に泣きつかれても困るが、こうまで頑なな強さを見せられてはたまらなくなるというものだ。 その強さが脆くも崩れ去る様を想像して。 尊敬する父が誰の手によって討たれたかを知った時の、絶望を想って。 そして絶望に身を浸しまま、消えていく少女の怨嗟の声は、言峰綺礼の心を甘く癒してくれるだろう。 「凛、遠坂家当主となったおまえに、私から門出の祝いとして一つ贈り物をしたいと思う」 「……変なものなら、いらないわよ」 「心外だな。これは私が師に見習い修了の祝いに頂いたアゾット剣というものだ。私が持っているよりも、おまえが持っている方が相応しいだろう」 綺礼は腰に差していた短剣を鞘ごと外し、膝を折って凛に渡す。意匠の凝られた美しき柄と宝玉。引き抜かれた刃に刻まれた文様に、凛は心奪われたように見入っていた。 「これが……お父さまの……」 父の遺品をその胸に抱き締めながら、少女は一粒の涙を流す。 厳しくも優しかった父の姿。 いつも柔らかな笑みを湛えていた母の姿。 もう二度とは逢えない二人を想い、少女はこれまで耐え忍び、秘め隠し通して来た想いの堰を決壊させ、年相応に声を上げて涙を零した。 降り頻る雨が泣き声を掻き消し、涙の跡を洗い流してくれる。 この一時が終わればもう泣かない。 父と母が誇れる娘になるまで決して涙は見せないと誓い、少女は夢の終わりに別れを告げるかのように、いつまでもその頬を涙で濡らし続けた。 その後ろで忍び嗤う聖職者は、いつか果たされる甘美なる時を想い愉悦に身を浸す。 言峰綺礼は知らなかった。 少女に譲り渡した刃が、いつの日か自らの胸に突き立てられる事を、この時は未だ知る由もなかった。 /3 三年後。 炎の染める絶望の中、救い出した少年の容態が安定し、共に暮らすようになったいつの日か。 衛宮切嗣は決死の思いで北欧にある冬の森──アインツベルンの本拠地へと単身乗り込んだ。 その目的はただ一つ。彼が守りたかったものをこの手に取り戻す為。 地獄から一つの命を救い出したことで切嗣は僅かばかりの救いは得たが、彼の後悔はこの地に残っていた。 戦いの邪魔になる妻と娘を置き去りに、冬木へと乗り込んだ。結果としてあの戦いに彼女達を巻き込まずに済んだ事は幸いであっても、この手の中に何も残っていなければ意味がない。 特にイリヤスフィールは次の聖杯戦争を見据えてユーブスタクハイトに命じられて為した子供だ。それが間違いなく切嗣とアイリスフィールの愛の結晶であったとしても、アインツベルンという総体はそんな不要を許容しない。 聖杯は先の戦いのように黄金の器として存在する。過去での戦いでは最終局に至る前に聖杯が破壊された事例もあるという。 その為に考案されたのが自意識を持つ聖杯の鋳造。 聖杯という器に魔術回路を重ねる事でホムンクルスとして機能するように設計し、自らの意思で聖杯を守る事を目的とするもの。 その叩き台、あるいは実験台として産み落とされたのがイリヤスフィールだ。アイリスフィールの胎内にいる時から様々な調整を施され、結果して彼女は聖杯の守り手の機能を得る代わりに人並の成長を奪われた。 切嗣が最後に抱いたイリヤスフィールは、彼が冬木に持ち込んだ狙撃銃よりも軽い。同い年の子等と比べても、それは異常とさえ言えるほどの成長の停滞だった。 本来ならばアイリスフィールがその更に前段階として聖杯の器をホムンクルスの身体に埋め込むという試行を施され、切嗣と共に冬木の地へ赴く筈だったが、直前で切嗣が取り止め進言し、事なきを得た。 事実としてアイリスフィールが同道しては邪魔にしかならなかっただろうし、そんな建前の置くには妻を想う夫としての想いも隠されていた。 そして今、男は単身冬の森に妻と子を救い出す為に挑もうとしていた。 彼の身体は全盛期とは比べ物にならないほど劣化している。酷使し過ぎた身体は体内に宿していた聖剣の鞘でほぼダメージは抜け切ったものの、その身を侵した泥の影響は今なお彼の中で燻り続けている。 あの煉獄で救い出した少年に聖剣の鞘を譲り渡さなければ、あるいは無事で済んだかもしれない。それでも切嗣はあの子を救いたかった。自らの産んだ地獄の中で、精一杯に生き足掻いていた少年を助けたかったのだ。 助けた少年よりも切嗣自身が救われた。あの時助けていなければ、身体は無事でも心が死んでいたに違いない。だからあの選択は間違いだとは思わないし、間違っているとすれば今こうして無様を晒している事だろう。 根雪に閉ざされた森。結界で封鎖された入り口を抉じ開ける事さえ叶わない。いや、今の切嗣では入り口の場所が何処かさえも分からないのだ。 当てもなく睨んだ場所を徘徊し、探り当てようのない入り口を探し続ける。極寒の雪が降り積もる中、助けた少年を蔑ろにしかつての想いの在り処を求め続ける。 それは滑稽であり無様。 少年が男に夢見る正義の味方の在り方ですらない。 少年に語り聞かせる物語は、戦場を横行していた頃の昔語り。血生臭い部分を省けば、それは少年の心には充分に英雄譚に聞こえるものだろう。 そんな夢を謳いながら、現実の切嗣は無様にこうして掌から零れていったものを追い求めている。 アインツベルンの門扉が開く事はない。 彼らの切嗣の裏切りに対する制裁は拒絶のみ。 イリヤスフィールを玩具にし、次の六十年後の戦いを既に見据えている。 そしてそれは唐突に──切嗣の前に現れた。 ついさっき通った時には何もなかった根雪の上に、まるで打ち捨てられたかのように転がる物体。吹き荒ぶ吹雪の中で、それが何なのかはっきりと見て取れた。 「……まさか」 そんな筈がないという思いで駆け寄り、抱き起こした切嗣の目に飛び込んできたのは、 「アイリス……フィール……」 愛した妻の、亡骸だった。 その身体に外傷はなく、顔に宿るのは柔らかな表情。停止してしまったかのようなかつての美しさをそのままに、身体から熱だけが奪い去られていた。 これはアインツベルンの切嗣に対する報酬なのだろう。裏切りの対する対価。拒絶だけでは飽き足らぬと、使用価値のなくなったアイリスフィールを打ち捨てたのだ。 「あ……ああっ……!」 冷たくなった妻の遺体を抱き締めながら切嗣は思う。 彼女はこの数年、何を思っていたのだろうか。 切嗣の帰りを待ち侘びていたのだろうか。 それとも裏切りを、ずっと責め続けていたのだろうか。 それを知る事はもう出来ない。 彼女の声を聞く事も、彼女の笑顔を見る事さえ叶わない。 吹き荒ぶ吹雪の中、一人の男の慟哭が空に響く。 あの地獄で枯れ果てた筈の涙を、愛した妻をその腕に抱きながらに零していく。 何処までも何処までも、高く、声は誰に届く事もなく響いていた。 この一件の後、切嗣は外に出る事が少なくなった。 救った少年と共に暮らす屋敷で過ごす時間が増え、穏やかな笑みが零れるようになった。 それはまるで死期を悟った獣のような行い。 自らの安住の地で終わりを迎えようとする、老衰の至りのようだった。 その生涯において何一つ掌に残せなかった男に救いがあるとすれば。 死の間際、男が少年の日に夢見たものを受け継ぐと言ってくれた、この赤毛の少年の笑顔だけ。 自らが叶えられなかった想いと夢を、 背負うと言ってくれた少年の言葉だけを胸に秘め── ──戦いの終結より五年後、衛宮切嗣は静かにその息を引き取った。 執筆期間:2010/010/22〜2011/12/07 了 web拍手・感想などあればコチラからお願いします back |